手当たり次第に注文した飲食物を全て平らげると、漸く彼女達の待ちわびていたものを取り出して、テーブルに載せる。
態々この施設を選んでまで、極端に人目を避け情報の漏洩を防いだのは、コレを見せる目的があったからだ。
楓と椎菜は並んで座った状態から、同様に身を乗り出してそれに顔を近づけ、しげしげと眺めている。腕を触りたそうにゆらゆら前後に動かしながら。
「別に触ってもいいんだけど」
何を遠慮しているのだ、と彼女達の後押しをする。遠慮するものでもなし、置いてあるのはたかだか1枚のカードである。
まぁ、一応かなり価値のものではあるけれど。なんたってハンターライセンスだし。
「マジで? え、マジで触っていいのコレ?」
楓は恐る恐るといった様子で、私の顔を伺いながらも腕を伸ばし、カードに近づける。一本だけ伸びきった人差し指が、触れるか触れないかの位置でプルプルと震えている。
普段の快活な彼女はどこへ行ったのやら、見ていて若干の不安を覚えてしまうほどに挙動が危うい。
「いいっていいって、ほれ」
「おぉうわあぁ!! ちょ、投げんなって!」
じれったいので置い得てあったカードをひょいと手に取り、楓のお腹の辺りへと山なりに投げつける。
彼女は突然のことに面食らいながらも何とか反応して立ち上がり、しかし上手く掴めずに何度か空中でお手玉した後、両の掌に着地させて安堵の息を吐いた。
「なんてテキトウな扱い……。これってかなり価値があるんじゃないの?」
超ビビった……と胸を撫で下ろす楓の手にある物を見ながら、同じく立ち上がり引きつった顔で私を見た椎菜が問う。いや、問うというよりは、お前こんな高いもんぞんざいに扱うんじゃねーよ、と言うような意味合いか。
まぁ確かに彼女の言う通りハンターライセンスは非常に価値のあるものである。私にとってすれば難易度の低かった試験も、ごく一般的な観点からすれば超難関。
数えきれない参加希望者の中から、まずは例年事前に大まかにしか知らされていない受付会場にたどり着くまでの道のりで篩に掛ける。その時点で命を落とすものだって居る。
その後は私が経験したような試験が始まる。年によって内容は違うようだけれど、少なくとも毎年命の危険は付き纏うだろう。今年も結構な数が死んだ。ヒソカもなんか殺ってたっぽいし。
それらの試験に合格して漸く手にすることが出来るハンターライセンス。私もそうだけど、武装した警官程度では話しにならないような犯罪者、或いは危険な魔獣や未開の地が数多くある世の中では、それらに個人の武で以って対応できるハンターの存在は大きい。
ハンターという職業が誕生した経緯は知らないが、昔はともかく今ではそのような探索、犯罪の抑止等の効果に期待が寄せられている。その効果を最大限発揮するために、ライセンス所持者には様々な恩恵が与えられる。
制限や禁書指定のかかった本の閲覧許可を筆頭に、様々な規制の緩和が特例として認められている。武力で制圧するという場面もあるため、たとえ殺人を犯しても免責になることが多い。殺す必要のない場面であろうとも、一応は実力のある貴重な存在故に大抵は見逃される。
危険な行為への制限さえも外してしまうからこそ、それは誰にでも与えられる物ではなく、命を賭けた試練の末に手に入る物。もたらす恩恵によって夢を後押しする物。それ故の狭き門。
1年毎に行われる試験で、コレを手にすることが出来る者はほんの一握り。ライセンスの入手難易度とその効果から、価値は非常に高いものになっている。
でもまぁ、私にとっては大して価値のあるものではない。正直表の世界で生きていく気もないし、ここに来るだけならばこんなものは必要ないのだ。通行証にもなりはしない。
本の閲覧許可の効果もあるけれど、やろうと思えば盗むことだって可能。リスクはあれどもライセンスがなくても読めるようにはなるので、こちらの意味でも必要とは言いがたい。
このカード1枚に比べたら、試験を経て私の内面が変化、また自覚した事ほうがよっぽど価値がある。正に価千金とも言えるコレがあっただけでも、試験を受けた意味はあったというものだ。
「金に換算すると……そうだなぁ、上手く捌けば100億くらいにはなるんじゃないの」
それなりに権威のあるオークションに流して、上手いこと競って値段を上げてくれれば結構な値は付きそうだ、と頭でシミュレートしながら答える。
椎菜は値段を復唱し、今では楓の手の中でひっくり返ったり撫でられたりしているカードにもう一度視線を向け、自分もと手を伸ばし指先で恐る恐る触れた。
一方弄っている楓は既に慣れたというか、持ち主が放り投げて寄越した事で気を張って扱う必要もないと悟ったのだろう。値段を聞いても動じることもなかったし、触る手には遠慮が欠けてきている。
「たった1枚のカードで100億かー……一生遊んで暮らせるじゃんね。あ、コレ曲がるんだ」
もっとカチカチなもの想像してたわー、と言いながら、カードの上下を両手で持って軽く曲げる楓。くにゃりくにゃりと緩く変形するそのカードは一応権力の象徴でもあると思うんだけれど、ああなってしまっては形無しだよなぁ。
一頻り弄り倒し、ある程度満足した楓はカードを椎菜へと投げて寄越した。哀れ慌てふためいた椎菜は先程の楓のように受け取ることが出来ず、床に向かっていくカードを絶望した面持ちで見つめていた。
落としたくらいでそんな顔しなくても、とは思いながらも一応フォローしようと、床に着地する前にカードを蹴り上げて彼女の胸辺りまで浮かせた。
それを今度こそ受け取った椎菜は、私を信じられないものを見るような目で見てきたが、やがてそういう扱いでいいのだと理解して弄びだした。
「まぁ売ったとしても、本来の持ち主以外が持ってたって何の効果もないから、買うのはよっぽど酔狂な奴くらいだね」
所詮はカード、弄るにも特にすることがないので割りとすぐに飽きられて手元に戻ってきたそれを仕舞いながら言う。
金持ちの道楽かー、と大げさな溜息とともに楓が零す。彼女からしてみればたかが道楽に大金をつぎ込むなんて馬鹿馬鹿しい限りだろうね。
金持ちにはそういう高価なものを見せびらかすのが趣味な奴が多い。豪華に綺羅びやかに飾り立てることが権威の象徴とでも思っているような奴も。そんな奴等から大事なコレクション奪って売っ払うのは結構快感だったりする。おかけで普段あまり金を使わないのも相まって貯金額は数10億に達している。
「芽衣……ミスった、メリーはソレ使って何かハンターっぽい活動すんの?」
呼び名を言い直しながら楓が問う。まぁ呼び方変えて間もないから仕方ないし、おいおい治ってくるだろう。取り敢えずさん付けがデフォルトでは無いようで何よりだ。
しかし、活動か。今ではハンターとして生きる気もサラサラないし、そうなると何もないなぁ。ハンターを目指して志半ばで散っていった同期の受験生には悪いけど。
と言うか今年は合格者9名と数こそ多いけれど、その内私を含めた3分の1は大した目標もなくライセンス取っている。更に私以外の2名は殺しが目的ときたもんだ。もう少し内面も考慮して合格者出せよ、と思わなくもないが、そうすると私の合格も危ぶまれるかもしれないので微妙なところである。
「特に何も。やらなくても何か言われるわけでもないし、別にいいかな、と」
「えぇーもったいない……。じゃあソレ以外では使うの?」
今度は椎菜が苦笑交じりに聞いてきた。ハンターとして使わないというのであればどう使うのか、というのは当然の疑問だろう。せっかく利用価値があるんだから使わない手はないし。
必要はないとは言えども、あるのならば使ったほうが楽だし、本を読むために使わせて貰う予定である。
「これがあれば読ませてくれる本も多いし、色んな国のそういうのが置いてる図書館をハシゴするのに使うよ」
本の虫だな、と呆れ混じりの視線を笑いながら浴びる。こうやって使うにしても本の数が多いからかなり長期間になるし、ゆっくりやっていくつもりだ。興味を持ったものを読むだけでも相当の時間が必要になるし、一般に出回っている本でも読みたいものはたくさんあるのだから。
取り敢えずは今まででは難しかったことが簡単にできるようになったわけだし、暇をつぶす方法が一つ増えたと思えばいい。
盗みはやめないし、余暇の過ごし方の選択肢が増えただけ。……まぁ本を読むという行動自体は同じだから増えたといえるのかは甚だ疑問だけれど、このカードが私にもたらす効果はその程度だ。
「っていうか、いいなー海外。私も行きてー。ねえ連れてってくんない?」
なんつってねーだなんて冗談交じりに言う楓。……海外旅行か。それはなかなか面白そうかもしれない。思えば外国を満喫するのだってその国の料理食べるくらいだったし、まともな観光というのはしたことがない。
彼女の冗談を現実のものにしてしまうのは中々良さそうだ。どうせ金は有り余ってるわけだし。反対する理由もない。
「いいよ。じゃあ行こうか」
「マジで!? え、いいの!?」
目を輝かせて顔を近づかせながら喜ぶ楓の顔が鬱陶しいので手でどかしつつ、椎菜にも確認を取ると賛成をもらえた。
旅行に行くことが決定し、じゃあ日程を決める必要が有るなと思ったところで、ふと気づいた事があるので聞いてみる。
「入試ってまだ終わってないよね?」
今は2月の上旬、さすがに高校入学試験を控えているのに旅行してちゃマズい気がする。今日1日ぐらいならまぁいいとしても。返答によればどちらもまだらしいし、楓に至っては本命である私立の女子校の入試が近いはずだし。
となると、それ以降になるか。適切なのは椎菜の県立高校の合格発表後だけれど、まぁ今決めなくてはいけないことでもないし、それは追々打ち合わせすればいいだろう。
取り敢えず彼女達の勉強に対するモチベーションを上げるためにも、両方志望校に合格していたら連れて行ってやる、と提案すれば、彼女達は望むところだと受け入れた。ヤル気が滾ってきたようで何よりである。
「海外旅行かぁ、これは絶対合格しないと。家族にもお土産たくさん買ってあげたいなぁ」
「頑張ったご褒美として、お土産代もこっちが負担……あ、そうだお土産、近くに預けてあるから帰りに渡すね」
「あ、そうそうお土産! ……生首じゃないよね?」
椎菜の発言でお土産のことを思い出した。待ち合わせ場所が決まった段階で、直接手渡そうとこの近くに郵送して預かってもらっているのだ。後で渡さねば。
何やら以前冗談で言ったお土産生首説を警戒している様子の楓に、優しく微笑みながら諭す。
「生首って時間経つと鼻から脳みそ出てきたり目玉落ちたりするし、匂いも酷いから私も流石にやめておいたんだよ」
「微笑みながら言うことじゃねーよー! もっと簡潔にグロいからとかでよかったよ!」
大いに顔を歪ませて喚く楓。この程度で軟弱な。椎菜を見習うべき……いやあの子もちょっと引いている。まぁ取り敢えずお土産が生首ではないことと、あれは後々酷いことになるのが分かってくれたのならばいい。
ちなみに購入したお土産はというと、教会のロゴのはいったクッキーやライセンスカードを模したストラップ、ネテロ会長の付け髭など様々なものがあった。各分野で名を挙げているハンターの内、恐らく許可の取れている人物についてはストラップが有り、キューティー=ビューティーなる人物については複数の種類のぬいぐるみまであった。正直あまり美しくも可愛くもなかったけど全種類買っておいた。
中でも会長直下の組織である、干支を模した”十二支ん”のメンバーを模したストラップはなかなか興味深い。それぞれが干支に合わせた格好をしていて面白いのだが、協会の精鋭たちの特徴がこんなに簡単に出回っていていいのかと少し疑問に思う。
まぁ何人かはテレビでも見る顔だし、今更か。鼠はともかく猪がまんまその動物なのはどういうわけか分からないけど。鼠は確か副会長で、彼は確か普通の格好をしていたからそのせいだろうか。
一先ず彼女達にはお土産の詳細をぼかして、お土産らしい感じのものとだけ伝える。一応協会のロゴが入った小物入れとか、実用性がありそうなものもあるので満足いただけるだろう。
「話しとくことはこんなもんかな? じゃあせっかくここに来たんだし、やることやろうか!」
「おっけー! よーし、ストレス発散するぞー!」
大体大まかに話しておくべきことも終わっただろうし、これからはお待ちかねのお楽しみタイムである。今日は彼女達にも日頃の受験勉強のことは忘れて、大いに楽しんでもらおう。
入試まではあるが、今日だけは特別、と言う事で。私も彼女達が忙しい間はまたジャポンから離れるし、せっかくあったのだから遊べる時に遊んでおきたい。
その思いからポンと手を叩いて宣言すると、椎菜が元気よく返事をした。しかし楓からは返答がない。
テストが心配だから遊ぶ時間も惜しいのだろうか、と思い彼女を見やると、顔を赤くして慌てふためいていた。
「え、ここでやることって、え、えぇ?」
忙しなく顔を動かしながらそういう楓。まさかとは思ったけれど、顔を向ける場所が私達、そして風呂場とベッドの3箇所であることから、疑問が確信に変わる。コイツはなにか勘違いをしてやがる
椎菜も同じ結論に達したようだ。彼女は笑みをこらえながら、その勘違いを指摘する。
「楓、違うって。それじゃなくて、あれだよあれ」
「は? あれって……、……あっ」
椎菜の指差す方向を見て、自分と私達とでは連想していたものが違うと悟った楓は、更に顔を赤くした。
確かにここはそういうことをするのが主な目的のホテルだけれど、何のために私がカラオケがある部屋を選んだと思っているのだ。
「やーらしい、まさかそっちのケがあったりして……」
「第一希望女子校だっけ? これは百合の花が咲き乱れる予感だね」
「う、ぐっ……、うわああぁぁぁあ、マイクをよこせーっ!!」
ニヤニヤしながら椎菜と私がいじると、羞恥に耐えられなくなった楓は一目散にマイクとカラオケの電子目次の元へと走り寄り、大慌てで機械を操作し始めた。歌って誤魔化す気か。
その様子を椎菜と笑いあう。彼女に至ってはツボに入ってしまったようで、目に涙まで浮かべている。
やがて流れだしたイントロの後、楓の照れを紛らわすかのような全力のシャウトを聞きながら、今この瞬間を噛み締める。
願わくば、これからも彼女達とこうして過ごせるように。彼女達だけじゃない、私の世界が壊れぬように。
何があろうとも決して負ける訳にはいかないと、深く心に刻み込んだ。
今回は活動報告の方で更新報告以外にお知らせがあります。
是非目を通しておいてください。でも無視しても普通に読む分には問題はないです。