大泥棒の卵   作:あずきなこ

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14 狂も狂とて

 時計の短針が頂点を通り過ぎ、街から街灯以外の明かりがめっきり減った、時折緩く吹く2月の風が肌寒い深夜。

 人々の大半が就寝していて、街は昼間の喧騒とは打って変わって静まり返る。まぁ日付が変わってもまだ起きている奴は居るだろうけど、どちらにせよ自宅でおとなしくしている。

 その大半以外で起きているのといえば、未だに勤務地で残業なり夜勤なりをこなしている人か、或いは今の私のように、こんな時間帯に室内外問わず騒音を出したり、夜遊びをしていたり、他人に迷惑をかけるクズに大別されるだろう。

 とはいっても、私は一応遊びでやっているわけではないし、騒音も私自体が出しているわけではない。まぁ騒がしくする原因になっているのだから同じ事なのだけれど。

 今だって静かに行動しているというのに、私を見つけた夜勤の人が、片手に持った懐中電灯でこちらを照らし、もう片方の手に持った黒光りするものを私に向け、けたたましい騒音を立てる。

 

「クソッ、何なんだよテメえひゅっ」

 

 それを銃声が遮る。静かな夜の世界で、ここだけ切り取られたかのように異質な騒がしい空間。私の目の前で、息を呑むような短い音とともに息を引き取った若い武装警備員の男が出していたような、怒号と乾いた銃声が鳴り響く場所。

 彼の脳天を撃ち抜いたのは、私の右手に握られた一丁のリボルバー。回転式弾倉の拳銃。”周”によってオーラに覆われた弾丸は、容易く頭部を貫通した。

 頭部への衝撃によって後ろに傾いだ身体が、慣性に抗うことなく地面へ倒れる。

 しかし即死には至らなかったようで、手足は破壊された脳からの信号によって地面を掻く。脳ミソをぶち抜いたっていうのに、なんて不幸な男なんだ。

 まぁどうせすぐに動かなくなるし、でかい音を立てることもない。やはり仕留めるならば首を落とすか脳を破壊するに限る。心臓だったらほんの少しの間だけ動けるし、それで増援でも呼ばれたら困る。相手するのめんどくさいし。

 彼の手から転げ落ちた懐中電灯へと銃口を向け、引き金を引く。甲高い破壊音とともに、周囲は暗くなった。

 銃口を口許に寄せて、硝煙反応によって発生した硫黄臭い煙を息で吹き飛ばし、右後方にたつ女性に話しかける。

 

「今のどう? かなりいいセン行ってると思うんだけど」

「70点くらいかしらね。最後の動作でマイナス30よ」

「えぇー……。いいじゃん、匂いつくの嫌だし」

 

 無駄な足掻きだと言う女性、蜘蛛と呼称されることもある幻影旅団、その団員であるパクノダからは辛口な回答が来た。とりあえず射撃とオーラの扱いについては問題ないようだ。

 2月も終わりが迫った今、私はヨルビアン大陸の北側に位置するサギスゲ公国という国にあるラムズイヤー美術館という場所に来ている。今月の頭にクロロが次の目的地だといった場所。目的は言わずもがな、盗みだ。

 今回の参加者は、全身包帯ぐるぐる巻き男のボノレノフと、筋骨隆々ウボォーギン、黒髪ボブで眼鏡を掛けた少女シズク、そして団長のクロロと、私のそばにいるパクノダ。蜘蛛からは計5名、平均よりは少数といったところか。前回の2名よりは遥かにマシな参加率だ。

 最初の目的は、この美術館の制圧。その後で各自欲しい物を選んで持ちだす。運搬の関係上、戦利品を一度集めなくてはいけないので、先に邪魔なものを処分するほうが楽なのだ。

 凶悪な犯罪者が蔓延る世の中、こういった施設には自衛のための武装警備員が配備される。警察の到着を待たずに襲撃者に対応できるそれは、施設の規模によって数を増やす。ここは結構多そうだから、きちんと掃除しなければ。

 

 運搬には、シズクの念能力を用いる。彼女は具現化系に属する能力者で、”デメちゃん”という掃除機を具現化し、生き物や念の込められたもの以外は際限なく吸い込むことができ、また最後に吸い込んだものであれば吐き出させることも可能。

 念空間の形成は放出系の領分なので、具現化系の彼女にとっては苦手分野ではあるのだけれど、制約によって大容量を可能としている。まぁ別に具現化系でも体の内部に擬似的に念空間を作って収納するくらいであれば、ある程度訓練すれば簡単に出来る事だし、”制約と誓約”次第では結構広げられる。

 ここで注目すべきは、蜘蛛という組織にとっての彼女。高い実力と収納に特化した彼女の能力は、盗賊団である蜘蛛にとっては非常に有用。彼女の能力のおかげで、えっちらおっちらと運び出す必要がなくなるのだ。

 問題点があるとすれば、彼女が天然で抜けている性格なことだろうか。吐き出せるものは最後に吸い込んだもののみで、念空間が上書き保存される感じなので、戦利品を吸い込んでそれを吐き出す前にまた何か吸い込むと、戦利品が全て何処かへ消え去ってしまうのだ。

 未だにそのような事態にはなったことがないらしいけれど、シズクと同行する団員はいつもその点に気を配っているそうな。

 基本的に蜘蛛は単独行動せず、蜘蛛にとって重要な役割を担う彼女は、当然同行する者に高い戦闘能力と団長からの信頼が求められる。まぁ戦闘能力だけなら蜘蛛の戦闘要員は例外なく条件満たしてるし、信頼も護衛としてきちんと動けるかってとこだけど。

 今回は団長であるクロロがペアを組んでいる。あとは私とパク、ウボォーとボノさんのペアだ。

 

「大体ね、硝煙の匂いなんて銃扱ってたら服とかに染み付くんだから。対策を取れば別だけれど」

 

 パクの言葉に、なるほどと頷く。普段から銃を武器として用いている彼女も、匂いで嫌な思いをしているようだ。それで居場所がバレたりとかするかもしれないし。

 まぁ普段から使うわけじゃないし、と思いながら妥協を口にする。

 

「頻繁に使うわけじゃないから我慢するかなー。……っと、また来たよ」

 

 まだ襲撃を開始して間もない。にも関わらず、今まで遭遇した警備の数は両手の指でギリギリ数えられる程度。

 現在地は美術館の庭。建物の内部に侵入していないのに、熱烈な歓迎を受けている。

 ゆっくりと歩きながら会話している間に、また暗がりの奥から慌ただしい足音が聞こえ、懐中電灯の光が見え始めた。人数は2。

 そして私達を視認した彼らは、また大声とともに銃声を響かせる。それを黙らせて移動すれば、また警備員。暫くこのパターンが続くと思うとうんざりする。

 

「ま、私の”コレ”は我慢の必要もないけれどね」

 

 そう言って何も持っていない手を彼らに向けて差し出したパク。開かれたその手に、何もなかったはずの空間から突如、私の持っているものと同じ拳銃が現れた。

 確かに念能力によって具現化された銃ならば、この匂いとも無縁に出来るだろうね。しかし、彼女にそんな能力があるなんて初めて知ったなぁ。

 彼女の手にある物をチラリと一瞥し、私も銃を構えるながらパクに話しかける。

 

「へぇ、銃の具現化も出来るんだね。いつもこの銃で戦ってるのかと思ってたよ」

「いつもはそっち使ってるわよ。自前の銃を壊したメリーにそれを貸してるから、コレ以外に武器がないだけよ」

 

 パクの言葉が私に刺さり、私達の銃弾が警備員の脳天に突き刺さる。ぐぅのネも出ない。

 襲撃前に現地近くの仮アジトに集合する前に、ちょっと思いついて購入したピストル。石とかぶん投げるだけで十分だろ、と特に使おうと思わなかったけれど、せっかく的もいるんだしと試しに購入したのだ。

 結果は、1発撃っただけで破損。テキトウに”周”すればいいだろ、と弾丸にのみオーラを纏わせたら、銃弾が銃内部のライフリング――銃身内にある螺旋状の溝で弾丸を旋回させ、発生したジャイロ効果によって弾の直進性を高める構造だ――を抉り取ってしまい、弾道が全く安定しなくなったのだ。

 パクに聞けば、銃弾と銃身にオーラを均一に配分するべきだ、とのこと。”周”による威力の強化は足し算ではなく掛け算。僅かなオーラのズレで大きく強度が変化する。銃の構造上、均一でなければ弾丸か銃身のどちらかが破損してしまうようだ。

 そうして使い物にならなくなった銃は捨て、今度はパクに銃を借りて試し撃ちをしているのだ。オーラの配分や照準など、結果は良好。

 

「それにしても意外ね、あなたが銃を使うなんて」

「手札は多いに越したことはないからね。っていうか、私としてはパクが手札を見せたことが意外だよ」

 

 危険地帯と化した美術館の敷地内を、まるで何事も起こっていないかのように雑談しながら歩く。流石に警戒は解いていないし、視点は正面に固定されているけれど。

 手札云々は、パクもヒソカ関連のことをクロロから聞いているから分かるはず。ただ、私にはなぜ彼女が能力を見せたのかが分からない。

 普段使っている実銃とは別の、具現化された銃。実銃が何らかの形で使用不可になり、距離を詰めてきた相手の不意を打てる、切り札にもなるような能力。

 また、具現化能力と銃は結構相性が良い。念を体から離して運用するのは放出系の領分で、それ以外の系統だと放出に比べて遠距離でのオーラ運用は威力も精度も劣る。だけど、系統図で対局に位置する具現化系は、デメリットを消せるのだ。

 具現化した念が手元を離れれば、強度も精度もガタ落ち。これは放出系の苦手な具現化系ではしかたのないこと。あぁ、彼女は特質系の能力者だったか。まぁ放出系が向かないことは同じだ。

 だけど、銃であれば。弾はたしかに脆くなるけれど、発射時に与えられた運動エネルギーはそのまま。更に実銃と同じ挙動で直進するので、操作性は関係なくなる。結果、実銃以上の速度で弾は飛ぶ。

 そして威力。これは銃弾で攻撃するのではなく、銃弾内部に込められた圧縮されたオーラによるものにすれば、威力も実銃を上回る。本来であれば手元から離れたオーラは、能力者の放出系技能と距離に比例してその量を減らしてしまうけれど、コレも対策はできるのだ。

 オーラが纏まりを失うのならば、逃げ道をなくせばいい。銃弾という薄皮の中に、オーラを閉じ込めるのだ。こうすればオーラは減衰すること無く目標物まで届き、着弾と同時に十全の状態のオーラがダメージを与える。

 私の卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)という能力も似たような原理だ。卵の殻の中にオーラを込め、離れた場所にも威力が減ることなく届く。まぁ破裂した後はすぐにオーラが霧散してしまうため、衝撃波が影響を及ぼす範囲は狭いのだけれど。それでも破裂した卵の殻は、薄く脆いけれど鋭利で速いためきちんと対応しないと怪我をする。

 パクの銃もこの原理だろう。と言うか、こうでもしないと具現化した銃なんて使いものにならないし。純粋に弾丸を具現化して飛ばしたところで、着弾した時点で壊れるほど脆いだろうし、当然ダメージなんて与えられない。

 そもそも彼女は具現化系じゃないから、弾丸自体も少し弱め。こうするのが妥当だ。

 

 だからこそ、なぜ彼女が能力を見せたのかが余計に分からない。弾速、威力共に彼女が普段使っている銃よりも上の、彼女の戦闘用の念能力。

 この場面で使う必要なんて無い。雑魚掃除は私に任せて、後ろで見ているだけでも良かったのに。どうせあいつらの銃弾なんて、”堅”でオーラを纏っていれば痛くも痒くもないわけだし。

 意外だ、という私のさっきの発言は彼女の真意を問うためのものでもあった。

 

「団長があなたを信頼しているみたいだからね。私もそれに倣ったのよ」

「信頼、ね……」

 

 パクの回答に、ポツリと零す。

 信頼。にわかには信じ難い話ではあるけれど、この状況を鑑みるに、それはありえないと一蹴することは出来ない。

 なぜならば、クロロが私を信頼していないのならば、私とパクがペアを組むことにならないからだ。

 

「まぁそうでもなきゃこのペアにならないけどさ、ぶっちゃけウボ……、……ボノさんの方が適任だと思うんだけどなぁ」

 

 ウボォーの名を出しかけて止める。ウボォーは壁としては適任な体格をしているけれど、迂闊な部分があるので護衛には向かないかもしれない。

 だからこの場合はボノさんの方が適任だろう。彼ならば役割をきちんとこなせると思うし、彼の能力は知らないけれど総合的な戦闘能力は私以上だろうし。

 そもそも私は戦闘用以外の念能力も修めているから純粋な戦闘タイプじゃないし。ボノさんがどうかは知らないが、私よりは強いんだからこの配置はベストじゃない。

 パクも私の意見に概ね同意らしい。苦笑を漏らしてから彼女は口を開いた。

 

「今ウボォーを除外したわね、気持ちはわかるけど……。単純に考えればその配置が適当だけど、団長もなにか考えがあるんじゃないかしら?」

 

 私とパクが組むことが、クロロの信頼の証。この2つが結びつく理由は、パクの持つ能力にある。

 シズクは特殊な効果の念能力によって、蜘蛛に多大な利益をもたらす。制約のせいで自在とは言えないけれど、物の出し入れが利く大容量の念空間。これが希少な能力だからこそ構成員としては換えが利かないし、優秀な同行者が必要。

 そしてそれは、パクノダにも言えることなのだ。彼女の能力も希少性が高く、組織にとって有用であり替えの効かない物。

 パクは特質系に属する能力者。そしてその能力は、対象の記憶を読み取るというもの。対象の体に触れた状態で、知りたい記憶に関することを質問するだけで記憶を読み取れる。

 どんな秘密も暴くことが出来るこの能力は、現場での情報収集に重宝される。敵がどのくらい居るのか、念能力者は居るのか、またソイツはどんな能力なのか。対象にその記憶があればそれらは全てパクにとって読み取られ、情報という武器によって蜘蛛の任務の安全性と確実性が大幅に上昇する。

 そんなパクは当然シズクと同じように、同行する者には高い戦闘能力と団長からの信頼が条件のはず。

 

 それを私に任せるだなんて、正気の沙汰じゃないな。

 だいたい今回私はテキトウに暴れるつもりで来たのだ。こんな大事な役割を与えられたのは完全に予想外。

 今日の出で立ちだって、真っ黒いお面に同色の長ズボンとグレーのパーカーというもの。お面は問題ないけれど、服装に関しては私服である。

 私服の中でも暗色系で夜闇に紛れるものを選んだだけであって、動きにくいわけではないけれど戦闘するには不十分。私と同程度かそれ以上の戦力とぶつかった場合、パクにまで危険が及ぶ可能性が高くなるというのに。ちゃんと先に言っとけ馬鹿野郎。

 

 心中でクロロを罵倒していると、建物の内部から地を震わすような大きな破壊音が響いた。ようなって言うか、実際に若干地面が揺れた。

 大方正面から突っ込んだウボォーが大暴れしているのだろう。他の奴等はこんな豪快なことをやらないし。よくあることだし、私達は特に動揺しないけれど、警備の連中は恐慌状態に陥ったかもしれない。

 2度目の破砕音が聞こえる。音の方向に目線をやるも、視界には施設の外壁しか映らない。うん、罅は無いようで安心だ。とりあえず柱は壊すなよ、ウボォー。

 

「相変わらずやること派手だよね。まぁ目立って引きつける役割でもあるんだろうけど、私はあんま真似したくないなぁ」

「たしかあなたって単独の時は目立つ行動や殺しはしないんだっけ? この間もそんな感じだったって団長から聞いたわよ」

「まぁね。わらわら出てこられても邪魔なだけだし、殺すのだって必要な場合だけだし」

 

 壁を見て思ったことを呟けば、パクが問いかけてきた。ヒソカの事はもう聞いているだろうし、その時にクロロが話したのか。特に隠し立てすることでもないので、正直に話す。

 殲滅は目的じゃないし、警備だってあっさり無力化出来るのであれば殺す必要もない。

 並の警備をものともしないのだから、隠密に事を運ばないほうが早く終わるのだけれど、そうするとハンター協会に目を付けられやすいし。命が絡むと向こうも調査にやる気出してくるから困る。

 コソ泥やっているからこそ、私は顔も名前も割れていない泥棒で、その賞金も純粋に盗んだ物によるものなのだ。偶に皆殺しにするけど、滅多にやらないのでその犯行がコソ泥の私と結びつく可能性も低いだろう。

 正直オフの日に襲撃者の相手なんかしたくないし、狙われるのは御免蒙る。襲うのはいいけど、襲われるのは嫌だ。

 今は私は正体不明の泥棒として手配されている。だから私を見かけても、犯罪者であると認識するものはいない。

 コソコソ隠れ住む必要がないからこそ、私は街中に自宅を持って定住できるのだ。追われる暮らしになるとこれができなくなるのも嫌。

 まぁ、そんなだから未だにB級首なんだろうけど。あぁA級が遠い。

 

「あら、じゃあひょっとして殺しは嫌いかしら?」

 

 パクのからかうような声音。クスクス笑う彼女の視線の先、私たちの正面にはまた湧いてきた警備員。今度も2人だ。

 懐中電灯に照らされた私達目掛けて銃弾が雨霰のように降り注ぐ。しかしそれは、何の効果もない。

 私達は変わらず歩き続ける。当たっていないわけではない。当たっているのに何のダメージもないのだ。

 彼らもそれを理解したのだろう。徐々に近づいてくる私達に、表情は引きつり、全身が震え恐慌状態に陥っている。いつしか銃声は止み、代わりに歯を打ち鳴らす音が聞こえる。

 お面の内側で口元を歪める。まったく、今更な問いだ。彼女の目の前で、一体どれほど殺したと思っているんだ。

 

「まさか。基本的に奪うのは好きだからね、命を奪うのだって好きだよ」

 

 私の手の中にある、光を鈍く反射する灰色の凶器。そこから吐き出された2つの弾丸は、寸分違わず各々の脳天に突き刺さり、彼らは脳髄を撒き散らしながら倒れる。

 続いて懐中電灯を撃ち抜こうと引鉄を引くも、弾切れ。そういえば借りる前にパクが1発、私が5発。装填数は6だからこれで打ち止めだ。

 練習はもう十分だし、感謝の言葉とともにパクへ銃を投げ渡す。十分実戦で使えるレベルだというのも分かったし、今度は新調した武器も使わねば。

 

「でしょうね。……って、じゃあなんで普段はやらないのよ?」

「いやー、蜘蛛の仕事の時なら殺っても蜘蛛に罪擦り付けられるけどさ、単独の時だと私の罪になっちゃうじゃん?」

 

 銃をキャッチしながらのパクの問いに、それは困るんだよねーと笑いながら答える。

 すると私のデコの辺りについさっき私がパクに返した銃が飛んできた。いい音を出して直撃したそれは、お面越しで痛くはないけれど衝撃を伝えてくる。

 手で足元に落ちた銃を拾ってパクに再び投げ渡す。まったくもう……と言いながらそれを受け取り、パクは銃に弾を込めだした。

 良いツッコミである。まぁ私はボケで言ったつもりじゃないんだけどね。完全に本音なわけでもないけど。

 

 先ほど行った通り殺すのは好きだ。

 奪うという行為は私に快楽をもたらす。

 けれど、そこに命を奪う以上の価値を見出だせない。

 私が得られるのは快楽のみ。誰を殺そうとも私の手元に何も残らないのであれば、得られる悦びも微小。

 だから、好きとは言っても好きと嫌いで大別した場合での話だ。

 実際のところ、必要がないのであれば殺そうが殺さなかろうがどちらでもいい。

 誰かを殺して得られる快楽よりも、読書の楽しみや物を奪った達成感のほうがよほど良い。

 

 単独での活動時、必要のないとき以外は殺さないのだってそう。メリットとデメリットを天秤にかければ、殺すのは私にとってマイナス。

 ただ、蜘蛛の仕事で殺しをするときはそのデメリットが打ち消される。ここで私が何をしようとも、それは幻影旅団の仕業なのだから。

 私が殺しても結局犠牲者の数は変わらないだとか、そんな感じの言い訳をする気はない。私は私の目的のために、蜘蛛に紛れて人を殺す。

 殺したその先。命を奪う行為のその先に、私の求める何かがある。そんな気がするのだ。

 

 普段特に本を読ませてもらう以外の報酬を要求していないのだから、少しくらい利用したっていいんじゃないだろうか。

 一応報酬代わりってことで、と苦笑しながら言うと、パクも別に気にしていないと同じように返してきた。彼女の様子からしても偽りではないだろう。

 なんとも懐の大きいことだ。これで蜘蛛に罪をなすりつけるのは蜘蛛公認である。今のところパクしか知らないけど。

 ……さて、じゃあその分仕事をきっちりやりますか。

 

「見られてるね。”絶”で気配隠してるみたいだけど」

「えぇ。ただ気配は隠せても視線がモロバレ。二流以下ね」

 

 パクも当然気づいているようだ。彼我の距離はおよそ60m、と言うかこの施設の角。私達は建物の横を歩いて来たけれど、相手が隠れているのはここの裏側。

 つまり、あそこが建物の側面の終わり。外の此方側は制圧が完了したことになる。

 ここの美術館で雇っている念能力者か。まぁ数名いることは事前に分かっていたことだ。能力者を投入したということは、向こうも遂にこちらの排除に本腰を入れたのか。

 ライセンス持ちではない念能力者は、こういう風に雇われて生計を立てるものが多い。念を使えるというだけで報酬も破格だからだ。

 ただ、だいたいそういう奴って自分で稼げない程度の雑魚がほとんどなんだけど。建物内部で派手に暴れているのが居るのにこっちに来るくらいだし、視線もモロバレだし間違い無く雑魚。

 手伝おうかと冗談めかして聞いてくるパク。私服とはいえこの程度の相手なら何の問題もないので、首を横に振って答える。

 

「私だけで十分。パクはここで待ってて」

 

 パクをその場で待機させ、私は前へと踏み出す。

 お面は着けたまま。視界は悪いが、これを外す程の相手でもないだろう。

 ただたとえ格下であろうとも油断はない。隙のない動きで一歩、また一歩と距離を詰める。

 

 できれば準備運動くらいにはなってほしいものだけど。

 まぁ、精々足掻いてもらおうか。


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