大泥棒の卵   作:あずきなこ

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15 蹂躙

 建物の角。そこに身を潜めている能力者の元へと近づく。

 足取りは既に戦闘用のそれに移行。音を消して忍ぶためのものではなく、即座に全力で大地を蹴れるように。

 これによって、向こうもこちらが気づいていることを悟る。隠れていた能力者は、その身に纏うオーラを先程よりも強大なものにして姿を表した。

 

「チッ、やっぱこっちはハズレかよ」

 

 これじゃ楽しめそうにねぇな。彼はつまらなそうに頭を掻きながら数歩前にでてそう言った。

 背丈は180cm程だろうか。金の短髪にツリ目、黒い道着のような服の上に白いコートを前を開けたまま羽織っている。

 ガタイはまぁそこそこ。コートの揺れ方からして結構重そうだし、内側に大量武器を収納しているだろう。

 姿を表したのを意に介さず、歩みを止めずに距離を詰める。

 

「たったの6人でココを襲撃するなんてよぉ、テメェら正気か? しかも女とチビまで連れて」

 

 誰がチビだこのクソ野郎。150cmはあるっつーの。

 外見的特徴を上げるのであれば、せめて私の格好についてにして欲しかった。あるだろう、胡散臭いお面とかそんな感じのが。

 まぁ、見た感じ弱そうなのは認めるけど。パーカーのフードと黒いお面で頭部を隠しまくった少女――顔が見えなくても胸を見ればギリギリ性別が分かる、はず――と、どう見ても激しい運動には不適切なミニスカスーツのボインお姉さんの組み合わせだし。

 見た目どころか、今回の3つのペアの中で実質的な戦力も最弱だけど。

 

「……御託はいいから、さっさとかかってきなよ」

 

 それでも、目の前に居るコイツよりは圧倒的に強い。

 恐らく念という力に溺れ、修練を怠ったのだろう。彼が纏うオーラには精彩さが掛けている。

 オーラというのは、纏うだけで何とも言えぬ全能感が全身を包む。それこそ、”もうこれで十分だ”とさらなる高みを目指すのをやめてしまう気になるくらいには。

 鍛えればある程度の火器の類が脅威ではなくなるし、個別の能力を修めれば彼らの世界では事足り居るだろう。警備という観点からすればそれだけで大概の襲撃者に対処できる。態々自分を痛めつけてまで強くなる必要はなくなる。

 後はどこか羽振りのいいところに雇って貰って、そこでデカイ顔をして過ごせば安泰だ。

 

「デケェ口叩くじゃねぇか。決めたぜ、テメェは四肢をへし折って他の奴等を釣る餌にしてやる」

 

 私の挑発を受けて、彼は表情を歪めて苛立った口調で言い放った。扱いやすくて助かるね、ホント。

 さぁ、見せてみろ。先手はくれてやる。

 

「後悔しても押せェぞクソチビィ!!」

 

 チビじゃねぇっつってんだろうがビチグソが。

 心中で悪態を吐きつつ、彼が飛ばしてきた攻撃に対処する。

 飛んできたのはナイフ。刃渡り15cm程度のものをコートの内側から取り出し、同時に2本投擲。

 彼我の距離は現在40m程度。私の左側には美術館の外壁、右側は広い空間。足元同様に、舗装された地面が広がっている。相手は私と左右が逆。違うのは、数歩後ろが美術館の裏手ということか。

 飛んできたナイフはどちらも私の正面。しかもそんなに速くない。”凝”で何らかの仕掛けがあるかチェックしてみたがそれも無し。大げさに避けるものでもないだろう、と歩きながら体を捻って回避。

 

 それに舌打ちをした男は、更にナイフを投げてきた。やはり対処が容易なそれを、躱してやり過ごす。

 加減して投げているようには見えないし、アレが全力だろうか。一応それなりではあるんだけれど、私からしてみたらお遊戯程度だ。

 念を使えるようになると、肉体の方の訓練が疎かになるのはよくある話だ。攻撃力や防御力を鍛えるのであれば、素体を数倍に強化する念を鍛えるほうがはるかに効率がいいし。

 ただ、そちらにばかりかまけていると良くないのだ。元が弱かったら強化される量も少ないし、素早い相手に対処できなくなる。どちらも満遍なく鍛えるべきなのだ。

 こちとら普段から蜘蛛の戦闘要員に揉まれているのだ。その上で真面目に鍛えている私が、こんな遅い攻撃に当たるわけがない。

 と言うか何で蜘蛛の奴等は真面目に鍛えている感じでもないのにあんなに強いのだろうか。奴等の肉体の強さは異常である。念は割りとお粗末な部分があったけれど、それも最近は解消されてきてるし。私のアドバンテージがなくなってしまう。やっと追い付いて来たと思ったら何なんだアイツらは、一丁前に危機感でも抱いてやがるのか。

 才能に胡座かいていてくれればいいのに。なぜ私がいつも負けなくてはならないんだ。

 シャルとかシズクとかの後衛には勝てるんだけどなぁ。なんで今回シャルが居ないんだボコらせろちくしょう。と言うかこの間の仕返しさせろ。

 

「根性無しが、避けてんじゃねぇよ!!」

 

 現状に関係のないことに思考を割いている間にも、同様のやり取りは続いていた。それに男は声を荒げつつまたもやナイフを投げる。もう距離は20mを切った。

 だというのに、今度のナイフは先程までよりも速度が若干落ちている。さりとて何らかの念の仕掛けがあるわけでもなし。

 分かりやすい奴だ。先ほどの彼の言葉とこのナイフから察するに、コレを避ける以外の方法で対処して欲しいということか。

 

 ならば、お望み通りにしてやろう。そしてさっさと手の内を見せろ。

 こっちは相手の能力を見るのも仕事の内なのだ。団長様の言いつけである。

 なぜならばクロロの能力が、相手の念能力を盗むという反則級のものだからである。オーラを盗むだけの私とはワケが違う。

 恐らく盗むまでに厳しい条件があるんだろうけれど、生け捕り――つまり生殺与奪権を握った状態――にしてしまえばそれを満たすのは容易だろう。死をチラつかせれば大体思い通りになるし。後は多彩な能力を使いたい放題である。

 だから相手が使えそうな念能力を持っていた場合には、捕獲して団長に引き渡すよう言われている。無理してやる必要はないらしいけれど、まぁ一応仕事だし、それに今回の相手は大したことないし能力を見てから判断しても危険はあまりないだろう。

 さっさと無力化してパクの能力使って調べられたらいいんだけど、触ったら発動する能力持っててカウンターされても困るから、少なくとも相手の能力の傾向を知る程度には戦う必要がある。

 ちなみに奪った念能力はクロロの実力に準拠した威力に変わる。だから具現化や操作の念能力だったらオリジナルより強くなるかもしれないし、逆に放出や変化、強化だと弱くなるかもというのがネックだ。

 

 顔と心臓目掛けて飛んできたナイフを、どちらも柄の部分を持って受け止める。それと同時に、笑みを浮かべる男。

 さぁどうしようかな。やはり”凝”で見てみても特別な仕掛けがあるようには思えないし、手にとった感じからしても何らかの念が掛けられている痕跡はない。この辺は除念師として培った経験と感覚からしても間違いない。

 ナイフを掴んだ手をおろす。取り敢えず、投げ返して様子見を――――

 

「これで2本、っとぉ!!」

 

 男の声とともに更に飛んでくる刃。それとは別、彼の両肩の上に突然現れた左右1本づつの腕のような形状のオーラ、その先端に浮いているナイフ。

 そして、私の手元にあったはずのナイフは、まるで初めから無かったかのように忽然と姿を消していた。

 舌打ちをして、遂に歩みを止める。飛んできたナイフを躱し、状況を確認。

 

 ナイフはどこにでもあるようなものだった。念で具現化したわけではないから、敵の手に渡ったからといって消すことは不可能。

 となれば移動。あの浮いているナイフが、先程まで私が掴んでいたものか。

 彼の能力について大体の予想はついた。後はいくつか試せば確証が得られる。

 

 更に2本。投げられたそれを、右手で片方だけ掴む。

 掴んだナイフを振りかぶり投げようとするも、またもや手から消える感覚。そして同時に彼の右肩から2本目のオーラの腕が現れ、そこに3本めの浮くナイフ。

 3本目だ、とニヤニヤしながら言う男は、更に刃を飛ばす。それに対して、こちらも武器を後腰から取り出し、右手に構える。

 

 以前ミルキ君に紹介してもらった武器屋で買った私の新しい武器、両刃のダガーだ。

 柄は12cm、鍔が3cm、刃渡り30cmで厚みが1cm。刃の中腹部分の幅が若干膨らんでいて少し丸みを帯びた形状になっている。柄には小さな穴が開いており、そこにワイヤーを通す事も可能。

 基本的に左右の手に1本づつ持つスタイルだけれど、ワイヤーを付けることによって、両手に刃物を持って戦う際に機動力が落ちるのを防げる。刃物を持ったままだと地面に手をつきにくいけれど、ワイヤーで繋がっていれば一旦離しても回収できるからだ。

 他にも投げた後にワイヤーを引いて軌道を変えたり、弧を描くように飛ばしたり。……まぁ、買ったばかりだからその辺りの使い方は練習中なので、今回はワイヤー無しだけれど。

 気に入ったので予備用に数本と、投擲用のナイフを複数本購入しておいた。おかげで数億ぶっ飛んだけど。あまり値切ってもらえなかったし。

 ダガーはスチールグレイの刃に黒の柄と鍔、ナイフも似たような夜でも目立たない色合いで、どちらも蒐集品としての価値は皆無らしいけれど、武器としての質は相当いいようだ。”周”でオーラを纏わせた際もよく馴染むし、頑丈で切れ味も良好、重さも私の動きが鈍らないがそれなりにある、いい塩梅だ。

 

 それを見た男が笑みを深める。私はダガーを振るい、ナイフを弾こうとする。

 しかし2本のナイフを結ぶ直線を描こうとしたダガーは、その直前で私の手元から消えていった。

 残るのは素手の私と、迫り来る凶刃。

 

 まぁ、予想通りだ。

 手に持ったダガーで弾こうとしたのだから、当然その私の手はナイフへと向かっている。

 それを少しだけ軌道修正し、片方を掴んで止め、もう片方は回避。

 そしてすぐさま手を離すとナイフは垂直落下し、硬質な音を立てて地面に転がった。

 ナイフが消える気配は、無い。

 

「ハイ没収ー。気づいたみてぇだが今更だな、こっちの準備は大体完了だ」

 

 地に落ちたナイフを指してニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、肩から生えた合計4本のオーラの腕を蠢かせる男。新たに左肩に生えた腕には私のダガー。完了はこっちの台詞だお馬鹿さん。

 振り向いてパクを見る。腕を組んで成り行きを見守っていた彼女は、私の視線に気づいて親指を立て、そしてそれを下に向けた。

 よくやった、殺って良し、と。パクもアイツの能力を見抜き、その上で殺して良いということだ。彼女はクロロの盗んだ能力を結構知っているみたいだし、その彼女が良いと言うのなら良いのだろう。

 そういうことならさっさと終わらせよう。どうやらもう1つ、こちらに近づく気配があるようだし。

 

 彼は放出系、或いは操作系に属する能力者だ。

 瞬間移動能力。それも俗にいうテレポートではなく、アポートと呼ばれるものだ。テレポートは自分や物体を離れた場所に送るのに対し、アポートは物体を引き寄せるのみ。似たようなもので、自分以外の物体だけを手元から離れた場所におくるアスポートというものもある。

 テレポートやアスポートは始点が固定され終点が変動するが、アポートはその逆。今回の彼の場合だと、自分以外の誰か、或いは敵が手に持っている武器を、彼の肩の上に転送する。私が落とした武器はアポートできなかったことから持っている場合限定だが、ある程度の範囲なら持っているだけで発動可能だろう。逆にアポート先は肩の上固定だ。

 オーラの腕はアポートした際に増える。大したことない使い手だが、腕は肩から伸びたのではなくまるで初めからそこにあったかのように現れた。

 腕が現れる条件がアポートだろう。でなければ態々ナイフを投げずに、初めから腕を出して持たせればいいだけのこと。

 それと、大体完了という言葉。おそらく腕の上限はあと2本程度だろう。多く見積もってもあと4本。

 まぁ、こんなものだろう。あと1つくらい隠し球があるかもしれないけれど、全く別系統の能力ってことはないはず。それに、あまり大技でもない。

 念能力っていうのは、新たに習得するにしても元々あるものと関連付けたほうが効率良く運用できるのだ。彼だってそれを理解しているからこそ、アポートと腕は関連付けて切り離せない関係にある。既にこの2つを関連付ける程に余裕が無いのだから、隠し球も似たような系統だ。予想はつく。

 

「獲物が無くっちゃあどうしようもねぇだろ。そんじゃあ、くたばりやがれぇっ!!」

 

 気合一喝、更にナイフを手に持って投擲し、腕を3本こちらに向けて放つ男。合計5本のナイフが私目掛けて飛来し、私のダガーは奴の防御用に動かぬまま。

 ただ飛んでくるだけの2本はいいとして、その後を追うように迫る腕は自由に動かせるはず。自力に差があるとはいえ、向こうに残ったままの腕と奴自身の抵抗を考えると、突破するにはちと厄介。

 ならば。

 

 腰をかがめ、オーラを足に溜める。そして地面に落ちたナイフを拾い、下手投げでアポートされるより先にすぐ投擲する。

 奴が投げたナイフより速く飛ぶそれに、奴は意識を傾けなければならない。心臓に迫るそれは防ぐ乃至は回避しなければ命を奪う。

 案の定、彼は新たに取り出したナイフで以ってそれに対処しようとする。それを確認し、私は強化された足で地面を蹴って斜め前方へと駆け出した。

 

 私のすぐ横を通り過ぎる2本のナイフ。心臓に迫るナイフを手に持ったナイフで弾く男。視線はそのナイフへ。 

 更に距離を詰める私。男がこちらを見やった時には、既に私と腕の先端は彼から見て同じライン、2者間の距離は3m程。今から急停止し、こちらに向けても間に合わない。

 残った腕、私のダガーを持つそれが振り下ろされる。難なくかいくぐり、数メートル先にはナイフを構えた男のみ。

 

 強張った表情。目に映るそれが歪む。愉悦の表情へと。

 その次の瞬間、伸びていた腕が消え、その全てが奴の肩の上にあった。

 死ね。奴の口がそう動き、そして全ての刃物が私に放たれた。

 

 だけど、これも予想の範疇。

 こちとら場数を踏んでいるんだ。そもそもこういう遠隔操作系の能力者が、懐に入られた時に対処するための能力を持っていると思わないわけがない。

 

 全てが急所に目掛けて放たれたそれを、左にずれて避ける。

 せめて逃げ場をなくすように広げて飛ばせばよかったものを。こっちはお面のせいで視界が悪いんだから。

 対処しやすいように撃ったのは明らかな悪手だ。まぁどっちにしろ想定内だから対応できたけど。

 

 笑みから一転、驚愕に目を見開いた男の横腹に、回し蹴りの右の踵がめり込んだ。

 ミシビキボキグシャ。骨の砕ける音と肉の潰れる音を立てて真横に吹っ飛び、10数m離れた所生えた木に背中からぶつかって静止した。

 吹き飛んでいる最中に腕は消失し、凶器は全て地に転がった。どうやら大きいダメージを与えると能力が解除されるようだ。

 彼の”堅”での防御は、致命傷を避ける程度には働いたようだ。もう少し真面目に鍛えていればもっとダメージを軽減できたのに。

 まぁその程度で満足しているキミが悪いわけだけど。

 

「雑魚1匹仕留めんのに獲物なんかいらないっつーの」

 

 心底バカにしたような声を出し、自分のダガーを拾って後腰に収納し、木に背をもたれて座っている男に近づく。

 もう戦闘不能だろう。増援が参戦する前に終わってよかった。2体を同時に相手するのは面倒だし。

 後頭部に視線を感じる。もう到着しているだろうに、仕掛けてこないのか。だったら。

 痛みに呻き、地を吐く彼の頭部を足蹴にし、後ろの木に押し付けて声を掛ける。

 

「ここにいる他の能力者の情報、知ってるの全部吐いて」

「ゲホ、くっ、誰がテメェなんかに……っ!?」

 

 そこで言葉を途切れさせ、叫び声を上げる男。その肩には私が投げたダガーが深々と刺さっている。

 頭にかけていた足を一旦離し、その足で蹴りつけて黙らせる。

 あぁ鼻が折れてしまったようだ。彼の声をちゃんと聞き取れるだろうか。

 まぁ別にコイツから情報をもらう気は無いんだけど。

 

「無駄口叩かないで聞かれたことだけ……あ、やっぱいいや」

 

 言葉を途中で止め、それを終えると同時に私は彼の頭にもう1本のダガーを投げつけた。2本持って使う内の、もう1本だ。

 カツンと軽い音を立てて頭部に突き立てられたそれは、用済みになった彼の命をあっさりと奪った。

 頭部と肩のダガーを抜き取って振り返れば、憤怒の表情でこちらを見やる男性が姿を表していた。

 

 釣れた釣れた。能力者としてはアレだったけど、餌としては優秀だったようだ。

 コソコソと隠れて隙を伺っていたようだったから拷問してみたけれど、こうも簡単に出てくるとはね。

 能力がバレるのを危惧して? それともコレと仲が良かったのかな?

 どっちにしろ、敵の都合なんか知ったこっちゃない。

 敵は潰す、ただそれだけ。

 

 ゆっくりと新たに湧いた敵に近づく。

 情報はこっちからパクに抜き取ってもらえばいい。

 刃に付いた血を振り払い、真っ黒い顔を向け、誘うように両手を広げる。

 

 さぁ、キミもどうぞ。


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