痛む頭部を擦る私を見下ろしながら、クロロは手にした缶ビールを煽る。どことなく愉快そうな目をしているのは気のせいだろうか。まさか痛がる私を肴にしてはいないだろうか。
酒の肴になる趣味はないし、まぁ彼の内心がどうであれリアクション的にももう十分だろうということで普通に座り直す。
「お前のクソみたいな都合は置いておいて、今日はどうだった?」
私の行動に特に反応を示さなかったクロロはつまみを口に入れながら、言うに事欠いて私の悲願をクソ扱いしやがった。
と言うか、待って欲しい。確かにさっきの話の前振りにまずは、と言う言葉があったから聞きたいことは他にもあるんだろうけど、そもそもさっきの話が消化不良である。
「ちょっと待った、まださっきの話終わってない。それとクソ言うな」
質問には答えず、掌をつきだして待ったをかけながら一言の文句とともに話の流れを元に戻す。
まだ聞いておきたいことはあった。簡単に信用し過ぎではないのか、とかクロロの言った影響の話だとか。
だけど当のクロロは私の聞きたいことは察しが付いているようで、かと言って十分ではない返答をチラ見と共に寄越した。
「お前の性格から可能性はゼロだし、こっちの都合もあったがゆえの判断だ。確証があった上での判断だし簡単に信用したわけじゃない。それと俺の話は気が向いたらしてやる。ハイ終わりな」
聞きたかったことのどちらもがにべもなくバッサリと言い切られ、今度こそ完全にこの話は終わってしまった。これ以上追求したところで、恐らく何の情報も得られないだろう。
まぁ前者はいい。彼の中で信用するに値する明確な下地があったのであれば、私がとやかくいう事でもない。
ただ後者は問題がある。蜘蛛全体への影響の話で流れてしまっていた彼自身への影響の話は、今の口ぶりからしてもいつか明かされる確率は低い気がする。気が向いたら、だなんてその場をやり過ごすための常套句だし。
食い下がる意味もないし、話が進まないから素直にさっきの質問に答えるしかないようだ。
「……まぁ、気分転換程度には。改めて実感するいい機会ではあったよ」
結局、こういう裏の世界が私にはお似合いだということ。既にココ以外で生きることなんて出来ないところまで来ているということ。
頭で理解し、心で感じてはいても、やはりそれを体に教えこむ必要はあった。中途半端なままでいては、それがいつか自分を殺すことになりかねないから。
自分自身の仕事を数こなしていても良かったんだろうけれど、手っ取り早いのはこうやって蜘蛛の方に参加して手当たり次第に殺しまくることだ。
「くくっ。お前の気晴らしの隠れ蓑にされた甲斐はあったか?」
「あれ、パクから聞いた?」
「帰りの車でな。まぁ別に気にしないからいいさ」
笑いながら言うクロロに、そりゃどうも、とこちらも笑いながら返す。
まぁ私が殺らなければどうせ誰かが殺っているし、犠牲者の数には変化がないから向こうにはデメリットの意識とか無いんだろうけど。
それでもこちらが利用している形で、それを許容してもらっているのは事実なので感謝はしておく。
「ただ、満足できるような相手はいなかったらしいな」
「ホント、惰弱脆弱超貧弱。やっぱダメだね、あの程度のところで収まっている連中じゃ」
私が戦った相手についても、既にパクから聞いているらしい。
どっかの施設の警備に収まっているような奴等では相手にならない。強い奴は雇われると言うよりは、自分の仕事に対して高い金を支払わせるのだ。ゾルディックなんかは、100%殺してやるからそれ相応の金を払えってスタンスだし。
強い奴は金に執着しない。あの家の依頼料が超高いのは、単にそれだけの価値があるということだ。そういう商売をできずに、お給金を貰っているようじゃ駄目なのだ。
私が遭遇した念能力者の数は2。最初に遭遇した奴はアポートとオーラの腕を繰る能力者だったけれど、蹴り一発でノックアウト。
その次に遭遇した相手は、おそらく脚力だか速度だかを高める効果がある靴を具現化する能力者だったか。見た感じからの判断だから、詳しくは知らないけど。
速いのはいいけど、対応できる程度だったしそれ以外がクソ。何度かいなした後の顔面へのカウンターパンチで一撃死である。もっと防御にも気を配れよ、と。
結局はその程度。警備に収まっている程度の奴等は、今日殺した奴等と大差ない。これは経験則だ。
私まだ本気出してなかったし、そもそもお面取ってないし。しかも先手までくれてやっても楽勝。実戦経験を積むための相手としては相応しくない。
やはり手頃な相手といえば、多様な戦闘スタイルの奴等が揃っている蜘蛛が妥当か。それ以外で用意できなくはないけど、そっちは結構出費とか諸々が嵩みそうだ。
そう今後の訓練について思いを馳せていると、持っていたビールを飲み干したクロロが嬉しい提案をしてきた。
「体動かし足りないんだったら、今からやるか? オレが相手になるぞ」
「クロロかよ……。じゃあ、まあ、うん……、……チッ」
「おいなんだその含みのある返事」
「ふっへへ、冗談冗談。んじゃやりますかー」
軽口を叩きながら立ち上がり、クロロと連れ立って仮アジトの廃墟を後にする。外も幾つか似たような廃墟があるけれど、取り敢えずココだけ残しておけば他は多少壊れてもいいだろう。
クロロは今ならアルコールが入っているし、もしかしたらやれるかもしれない。それでなくとも彼の体術はかなりのものなので、特訓相手として申し分ない。
ただこっちからも聞きたいことがあったのに、それをまだ聞いていない。戦闘後じゃ疲れてそれどころじゃなくなるかもしれないし、開始前の雑談程度に聞いておこう。
「そういえばさ、宿題出してたでしょ。答え自信あるんだけど」
「あぁ、あれな。正解もうわかってるみたいだし、なら答え合わせはいらないだろ」
「まぁいらないって言えばそうなんだけど、ほんとに聞きたいのはそこじゃなくってさ」
事も無げに言うクロロに、ジト目で返す。宿題に関しては別にいいんだけれど、その他に気になることがあるのだからそうもいかない。
そりゃまぁ色々あったし、正解は導き出している。でもそれは、変わったからこそ変わっていないという部分に限ってのことだ。
あれは私が内面的にちょっと変化があって、そこからまた変化して元に戻ったって感じの解釈で合っているはず。
少し前のキルアとの会話の中で気づいた、自身に起きた変化。ただ、その時に理解できたのは私の内面についてのみだ。
クロロが以前言った、私の目。それは言った彼自身しか知り得ないことだと思う。
彼からの問いかけに対するヒントとして出されたそれだけれど、問いが解決した今となっては、むしろヒントの方が難問だ。
「私が聞きたいのは、ヒントとして出た私の目の話だよ」
「……あぁ、あれか」
一つ息を吐いて表情を元に戻してから、彼に質問する。思い当たることがあったようで、彼は頷きながらそう言った。
だけどすぐに表情を曇らせ、こんな言葉を漏らした。
「……いや、でも言ったら怒られそうだしなぁ」
言い淀むクロロ。むしろそんなこと言われると余計気になるんですけど。
とりあえず今の口ぶりからして、碌なことではないのは確かだろうけど。
「それって、つまるところ言ったら怒られそうなこと思ってたってことだよね」
「まぁ、つまるところそういう事になるな」
確認をとってみれば、どうやら当たりらしい。
チラリと表情を覗い見れば、無表情ではあるがずっと正面を向いたまま歩き続けている。目を合わせないのは後ろめたいことの証明だろうか。
そうかそうか、私の目に対してなにか失礼なこと思っているわけだな。
とはいえやはり気になる。一応彼好みの目らしいから、そんなに酷いこと思われてないはずだし。
「ふぅん。ねぇ、言わないで怒られるのと言って怒られないかもしれないのどっちがいい?」
「それなら言う方が……、……いや待て、その条件だとお前どうせ怒りそうだしな」
「じゃあ怒らないでやるから言え。さぁ言え」
さぁさぁと催促すると、クロロもまぁそれならと話す気になったようだ。
と言うかそもそも怒られるのを気にして言うのをためらうようなタマでもないだろうに。面倒な言葉遊びに付きあわせやがって。
今のだって、私が厳し目の条件を出した後にそれを少し和らげて彼の妥協を引き出した、みたいな形になってはいるものの、お互いわかっててやっていること。向こうも楽しんでるみたいだし。だって顔がにやけてる。
「そうだな……オレが受けた印象としては、お前の目はいつも何かを求めるようにギラギラしていて……」
「うんうん」
「かと言って輝いているわけでもなく、むしろ泥沼の底のようにドス黒い何かが沈殿しているような薄暗い、何か濁ってそうな感じだな」
「うんうん……、……うん……?」
腕を組んで頷きながらノリノリで聞いていたのだが、後半部分に差し掛かった辺りから首をひねる。
前半はまぁ分からないでもない。私だって自己分析ができていないわけではないし、そう言われる心当たりだってある。的はずれなことを言っているわけではないし、特に問題はない。
でも後半はなんか酷い。言わんとしていることは分からないでもないけれど、これもうほぼ悪口じゃないのか。何か濁ってそうとか変なの付け足した所に悪意を感じる。
しかし別に彼はニヤけ面じゃないし、冗談言っているような雰囲気でもない。マジで言ってるのかコイツ。
内心ちょっとイラッとしたけれど、それは表に出さないまま聞き返す。
「何かすっごくバカにされてるような気がするんだけど気のせいかな?」
「気のせい気のせい。オレは至って真面目だぞ」
ふっと笑いながらのクロロの言葉に、尚更タチが悪いと内心突っ込む。
それにしても濁ってるって。なんか割とショックである。
鏡で自分の目を見る回数は多いけど、見た目だけで言えばむしろ綺麗な方だと思うけど。
とは言っても印象の話だから、見た目は関係ないのか。でもそれにしたって濁ってるは無い。酷い。
不服であるというのを表すように半眼で、口角だけを上げた歪な笑顔で反論する。
「ケッ、こんな清廉潔白純情少女の目が濁ってるとか、クロロは見る目が無いよね」
「お前を表現するにあたって全くかすりもしない、不適切な言葉だけを並べられてもな」
ケッとか言ってるしネタにしても酷すぎる、そう言いながらクロロは両の掌を上にむけて、やれやれというポーズをとった。
まぁ冗談で言ったんだけど、そこまで言わなくてもいいじゃないか。なんかいつも以上に容赦がない気がする。こいつ絶対酔ってるだろ。
丁度戦うためのそれなりに広いスペースがある空間に到着したので立ち止まり、恨めしげな目で彼を見上げる。酔っても顔に出ないから判断がしにくい。
「ただオレとしては好みの目だって話だ。まぁ酔っぱらいの戯言だと思え」
「好みとかはどうでもいいんだよ。問題は濁ってるって言われたことなんだけど」
「っふふ、それがいいんじゃないか。約束したんだし怒るなよ?」
今度は両の掌を私へと向け、数歩下がって距離をとるクロロ。
酔っ払いだなんて彼の言葉が本気なのか冗談なのかは判断しかねるが、別に多少バカにされたくらいで怒ったりはしない。
「怒っちゃいないけど。でも戦闘開始のゴングは私からの腹パンでいいよね?」
「いいわけないだろ。怒ってないって言ったじゃないか」
「怒ってないよ、これは正当なハンデの要求だよ。何なら顔面でもいいよ」
「オレはドMじゃないから痛いのは却下。ハンデも無しだ」
軽口を叩き、軽く笑いながら構えをとる私達。どうやら失言に託けてハンデをもらっちゃおう大作戦は失敗のようだ。
目を合わせ、同時に笑みを深くし、寸分違わぬタイミングで走り出し、衝突する。
調子は良好。クロロの酔いの程度は計りようがないけれど、ひょっとしたら行けるかもしれない。
そんな仄かな希望を胸に、蹴りを躱し拳を突き出した。
結果は惨敗だった。
毎日更新、2日目にして既にきつい。
背水の陣なんか敷くんじゃなかったと若干後悔。しかし有言実行、前言撤回はなし。
本当は今日中に明日の分少し書いておきたかったんですけどね。
アレです、全部サッカーが面白いのがいけないんです。