大泥棒の卵   作:あずきなこ

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19 お泊りに付き物のアレ

 旅行初日は移動の都合もあって旅館についたのが日暮れ時だったために、その日の内に堪能できたことといえば豪華な夕食と充実した温泉のみだった。

 最終日にも移動の都合があるので、昼食後少し経ったらここを立たなければならない。実質、丸一日掛けてここを堪能できるのは中2日のみとなる。

 2日目にはバスなどを利用してこの辺りにある名の知れた観光地へと赴き、記念撮影やお土産を選ぶなどして過ごした。

 3日目には2日目の疲れを癒すように旅館の温泉を堪能するのがメイン。合間に近所を散策したりはしたが、基本的にはゆっくりと身体を休めていた。

 初日と2日目は移動や歩きで疲れていたため私以外の2人は布団に入るなり早々に眠りに就いていたけれど、3日目となる今日は体力が余っているようで、夜中布団に入ってからも室内が静まることはない。

 

「それでね、梅ちゃんは卒業間際の合格発表の時期に柳君とくっついたらしいよ」

 

 薄暗い部屋で顔を突き合わせて交わされる話題は専ら恋の話である。以前私達が通っていた中学校内で、卒業が近づくにつれて焦りを覚えて秘めた思いを告げる生徒が急増し、恋の花が咲いたり散ったりとてんやわんやだったようだ。

 私は3年の時に転校してきたために、クラスが違う生徒の名前が出てもいまいちピンとこなかったが、今椎名が言ったようにクラス内でもそういう話があったようだ。

 小柄で可愛らしい梅ちゃんこと梅宮さんと、長身で切れ長の目をした柳君。仲良さそうにしているのをクラス全体で生温かく見守っていた2名の顔を思い出しながら相槌を打つ。

 

「あぁー、あの幼馴染夫婦。くっついたとか言われても今更感が半端ないね」

「よくひっついてたもんねー。でもこれで漸く名実ともに夫婦って感じ?」

「実際にはまだ違うっしょ。そのうちそうなるだろうけど」

 

 楓の言葉に軽く突っ込みつつごちる。幼稚園ぐらいからの幼馴染らしいから既にお互いの嫌な部分も知ってるだろうし、順調にゴールインする確率は高いだろう。

 

「で、橘さんはこないだバスケ部の元副部長に告白してオーケーもらったみたい」

 

 うつ伏せで枕の上に顎を乗せた椎名が、左右の足を交互に上下に振りながら話す。この子さっきから結構な数の情報口にしてるけど、どうやって仕入れてるんだ。

 

「あれ、あの子めっちゃ面食いじゃなかったっけ?」

「相手の人確か中の上くらいでパッとしない印象だったじゃんね。なんか意外」

 

 布団の上で胡座をかいた状態の私と楓がそれぞれ反応する。橘さんはイケメンが大好物だったはずだ。対していま話題に上がったバスケ部の副部長は確かそんなでもなかった気がする。私の言葉に楓も同調したので記憶違いというセンもないだろう。

 それにしても橘さん、か。そういえば以前見られたくない場面を見られたな。

 

「本人と会った時に聞いたけど、なんでも年明け頃の買い物中に会って、それで話してたら意気投合したのがきっかけだったとか。メイクも控えめになってたし、男を顔で選ぶ時代は終わりだって言ってたよ」

 

 クスクスと笑いながら椎菜が言う。記憶の中の彼女は化粧が濃かったけれど、なるほど恋が彼女を変えたらしい。

 特に最後の部分。顔で選んで失敗してきたという話は以前に本人以外の口から聞いたことがあるし、そんな彼女が言うのだから重みも一入。きっと相手は誠実な人柄なのだろう。

 

「ふーん。まぁ顔だけ見て選ぶよりはソッチのほうがいいんじゃないの」

「他人事みたいに言ってるけど、橘さんって言えばさぁ……」

 

 テキトウに相槌を打っていると、ニヤけ面の楓から声がかかった。

 あぁ、彼女が言おうとしていることが手に取るように分かってしまう。

 橘さん、面食い、私と来ればこの後彼女の口から出る話題は一つしか無い。

 

「前にクラスであったよねー? あんたがイケメンと駆け落ちしたっていう話」

「あったあった。橘さんが言ってたよね、相手はかなりのイケメンだったって」

「先に言っておくけど何もないかんね」

 

 横合いから椎菜が肯定するが、その後ですかさず口を挟んで牽制する。

 これは以前、クロロと店で茶を飲んでいるところを橘さんに見られ、その後ハンター試験に出た私が音信不通になったことで、芽衣ちゃん死亡説を吹き飛ばすかのように湧いて出てきた芽衣ちゃん駆け落ち説についてである。

 そもそも彼女達は事情知ってるし、面白半分に聞かれても実際に何もないし、早々に興味を失ってもらおうと思ったのだけれど、そうは問屋がおろさなかったらしい。

 

「まったまたー。休日に2人で出かける仲なんだから、何かあるんじゃないのー?」

「いや、アレはほら、仕事関連の話してただけだし……」

 

 グイッと顔を近づけて追求してくる楓。その勢いに押されるかのように、答える私は上体を後ろに反らしてしまう。

 本当は仕事の話じゃなくて食材の買い物帰りに寄った先での雑談だったんだけど、まぁ話題は本についてだったし、しかもその本は盗品だから嘘ではない。ちゃんとお仕事と関連してるし。

 以前から何らかの仕事をしていたと彼女達に漏らしたことはないけれど、私がハンターになっているという現状から鑑みて、その頃から何かしていると思ってくれたのだろう。今の発言に疑問が挟まれることはなかった。

 楓も思いっきり顔をしかめて大きな舌打ちをしたものの、一応納得してくれた。

 

「つまんない……。あ、じゃあメリー的にはその人どうなの?」

「おお、ナイス質問! それくらいは聞かないとこっちとしても引き下がれないね!」

 

 流石にあの質問だけでは開放してくれないらしい。椎菜の発言によって楓も再び勢いづいた。

 っていうか別に、外で男と2人でいるのは何もクロロ相手に限ったことでもないんだけど。私の家に遊びに来た蜘蛛の連中と外をぶらつく事は結構あったし。

 その時は当然変な格好して目立つのは自粛してもらったけど。ボノさんはその点隠すのが大変で、絶対に長袖長ズボンにフードをかぶらせる必要があった。包帯取れよ、とも思ったがなにか事情があるのだろう。”円”で感知すれば中がどうなってるのか分からなくもないけれど、やったら怒られそうなので自粛している。ちなみにウボォーとフランのデカブツコンビはどうしようもなく目立つから連れ立って歩くことはない。

 さて、クロロか。どうなのって言うのは勿論恋愛的な意味としてってことだろう。その質問に対する答えは決まっている。

 

「どうかって聞かれたら、うん、無い」

 

 この一言に尽きる。今の状態の付き合いであれば何ら問題はないのだけれど、そういう意味であれば話は違ってくる。

 しかし私の答えに彼女達は不服そうだ。これは理由もちゃんと言わなくては駄目だろうか。

 

「話の通りに顔はいいけど、性格めっちゃ悪いし、セフレいるし飽きたらすぐポイーするから論外」

 

 膝のあたりに頬杖をつき、その手に顎を乗せて表情で呆れを体現しつつぼやく。

 長所の後に短所をいう場合、それは長所では短所を補うことが出来ないことを意味する。逆の場合は短所を補えるほどの長所を持っている、ということになるが。

 つまりこのクロロの場合、私からすると顔の良さという長所が完全に吹っ飛ぶレベルで女癖が悪いから論外である。性格が悪い、とも言ったけれど、それは私も彼のことを言えないレベルで性格が悪いからそこは問題ではない。むしろあのぐらいの性格の悪さならば問題はない。

 セフレの辺りについては蜘蛛と仕事するようになって少し経った頃に彼自身から聞いたので、まず間違いない。

 彼女達も女癖の悪さはちょっといただけないようで、椎菜は苦笑いをしながら私と同じ評価を下した。

 

「確かに女癖が悪いのは、ちょっと無いかなぁ……」

「……、……でもそんな彼がー?」

「大好き! って、何言わせんのキミ」

「いやノッたの自分じゃん」

 

 楓がツッコミを入れる。ご尤もである。でも乗ってしまうようなフリをした彼女にも責任の一端はあると思う。

 少なくとも現段階ではありえない話だ。私の中でクロロの評価が覆らない限りは。現状だとぶっちゃけ変態だけどマニアのミルキ君のほうが遥かにマシである。あくまでマシなだけだが。

 また近い内に遊びに行くか、と最近さらに肥えて来ているひきこもりの顔を思い浮かべる。どちらにせよ近い内に連絡入れたほうが良さそうだ。

 と言うか、さっきから私ばっかり聞かれるのも気に食わないので、今度は彼女達に矛先を向けてみる。

 

「私とか他人のことばっか話してるけどさ、2人はそういうの無いの?」

「別のクラスの男子に告白されたけど、全然知らない人だったから断っちゃった」

 

 椎菜が朗らかに答える。特にもったいないとかも思っていなさそうだ。まぁ、彼女の場合は高校に行ってからでもチャンスは十分にあるだろう。

 それに別のクラス、と言われると私は人物像が全く浮かんでこない。なので追求することも出来ないので、流すしかなさそうだ。

 

「私もね――――」

「あ、楓は彼氏いないのわかってるからいいよ。高校で彼女作る予定だもんね?」

「――――いないけど、そりゃいないけど! でも彼女を作る予定もない!」

 

 楓の言葉を遮り、女子校進学の彼女を百合ネタでからかう私。続く言葉で彼女も恋人無しなのが確定したが、遮る前に私もって言ってたから椎菜同様に告白されたけど振ったのだろうか。

 自分を棚上げして悪いけど、内緒だったけど実は彼氏いますってどっちか言ってくれれば面白いのに。

 とりあえずメンゴメンゴとテキトウに謝れば、楓も特に気にしていないようであっさりと矛を収め、背を反らして後ろに手を付きながら漏らした。

 

「はぁーあ、誰も惚れた腫れたのすったもんだは無しかー」

「くふっ、すったもんだって」

「まぁしょーがない、今後に期待ってことで」

 

 枕に顔をうずめて肩を揺らしながら笑う椎菜。相も変わらず楓は言葉のチョイスがちょっとアレだ。

 今後に期待、という私の言葉も本心だ。なにせまだ15歳、焦ってテキトウに選ぶよりは落ち着いてどっしりと構えていたほうがいい。

 

「あ、今後といえばさー、メリーってこの後どーすんの? つーか家いつ買うの?」

 

 ふと思い出したように楓が聞いてきた。

 今後の予定か。ここに来る前までは、今まで集めた本を読みまくって消化しつつ戦闘能力を鍛えまくろうと思っていたのだけれど。

 

「そういえば学校行くわけじゃないんだもんね、どうするの? あと次のお泊りはいつ?」

 

 椎菜も枕に埋めていた顔を上げて問う。

 家、か。最近は暖かい国のホテルで寝泊まりして、メカ本に保存されてる本読んで過ごしてたけど。貸し倉庫に預けてた本もそろそろ読みたくなってきたし、ジャポンも暖かくなってくる頃だしそろそろマンションの部屋買うか。

 我が家は何故か彼女達に人気だった。まぁ日当たりとか近所の店とか考慮したし、部屋数もそこそこ。更には家主が私自身と来れば当然か。

 ジャポンの冬は寒いからって余り寄り付かなかったけど、春のジャポンは好きだし。そうと決まれば善は急げだ。

 

「家は旅行終わった後にでも、条件いいとこ探して買うことにするかな」

 

 既にシャルナークから私の新しい戸籍は受取済み。あとは家を買って、預けていた荷物を全部引き取ればいい。

 彼女達が遊びに来るのであれば、距離は以前の家よりそう遠くないほうがいいだろう。駅を幾つかまたぐくらいが最適か。しばらくは伊達眼鏡をかける必要があるだろうけど、別に苦じゃないし。

 

「今後の予定は……、……折を見て天空闘技場に行くつもり」

 

 そう言うと、家を買うと聞いて目を輝かせていた彼女達の顔が若干曇った。恐怖の変態殺人鬼トランプピエロのことでも思い出しているのか。

 ヒソカがあそこにいるのであれば、彼の戦いはぜひ見ておきたい。強い相手との対戦であれば彼も自身の念能力を使用するだろうし、それを見て対策を練る必要がある。ミルキ君と連絡をとるのは対戦カードの確認や観戦チケット確保のためだ。

 問題は、アソコに居るのは雑魚が大半という点だろうか。ヒソカクラスの実力者であれば物足りないはず。そこは彼のお眼鏡にかなう能力者が彼と対戦してくれることを祈るしか無い。

 闘技場に闘士として参加するつもりは毛頭ない。手札を晒すなんて馬鹿馬鹿しいし、200階クラスの雑魚と戦っても得られるものはない。フロアマスター相手なら話は別だけど、大衆の面前で戦うのであればデメリットが勝る。

 

「とは言っても戦うわけじゃないし、ピエロと会うわけでもないよ。元々オトモダチが参加してて、前から呼ばれてたからさ」

 

 手をパタパタと振りながらその旨を彼女達に伝える。ピエロとは関わらないときて安心したのか、多少は陰りもマシになった。観戦はするけど会うわけではないから問題ない。

 キルアの様子も気になるし一石二鳥なのだ。ゴンがやらかして大怪我して、師匠が怒って念の修業が停滞して、キルアもそれに付き合わされてるらしいけど。メールや電話で近況は聞けても、いい機会だから会っておくか。呼ばれてるのも本当のことだし。行く時期未定だけど。

 とはいってもまぁ、今は楽しい旅行の最中だ。彼女達の心に不安を残しておくわけにもいかない、と明るい笑顔と声で未来の約束をする。

 

「そっちが落ち着いたらさ、また予定合わせて温泉来ようよ。私これ癖になっちゃった」

「……そうだね。うん、私もまた来たいな」

「私もー! 都合と、あと周期も合わせてね!」

 

 約束は未来に繋げるもの。だから私は決して約束は破らない。これは彼女達に対する無事に帰ってくるという誓いでもある。

 嘘は心を裏切るもの。嘘を条件に発動する能力に対する警戒というのもあるが、私はそもそも裏切りという行為が大嫌いだ。だから私は決して嘘は吐かない。また来ようといった言葉に嘘はない。

 彼女達も笑顔を見せて同意する。楓は余計なことまで付け足したが。まぁそれも大事だけど、分かってるから皆まで言わずともよろしい。

 とりあえず楓をシメて、あとはまた他愛もない話が続いた。会話が途切れるのはきっと、彼女達が眠気に負けるまで。

 そうして温泉旅行最後の夜は更けていった。




これで今のところはジャポンガールズのネタ消化しきりましたかね。

ちなみにミルキが引き合いに出たのは好意以外の理由からです。
よく読むとわかりますが、わかると今後その話が出てきた時にニヤつけるかもしれませんね。

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