01 ザバン市を目指そう
1月6日、私はハンター試験の会場に向かうためにドーレ港にいた。この地方は暖かく、今日は天気もいい。
今日の私の服装は、上が灰色のパーカーの下に白地に細い黒の横線なボーダーTシャツ、下が黒の七分丈カーゴパンツにスニーカー。動きやすい服装だ。そして地味だ。
着替えも大体こんなもんである。とくに上着はパーカーオンリーである。
パーカーはイイ。フードがおしゃれ且つ実用的だ。
さて、なんで私が目的地であるザバン市ではなくドーレ港にいるのかというと、試験関係者に連れてこられたからである。
ここよりもザバン市に近い町でザバン市行きのバスに乗ったがなんとバスは進路を途中で反対方向のこちらに向けたのだ。
不審に思った私以外の受験希望者は運転手を罵倒しながら途中下車した。車内に残ったのは私だけだったので、乗客全員ハンター志望だったのだろう。あれ、あいつら金払ったか?
残った私はというと、この状況なら確実にこの運転手はハンター協会の息のかかった人間であると思ったため交渉を開始したのだ。殺気を飛ばして威圧するのも忘れない。
結果、運転手は私をドーレ港で下ろした。あの山の一本杉に向かえ、と次どこに行くべきかまで教えてくれた。
ザバン市とは反対方向だがここは従うべきだろう。お金は一応払っておいた。
一本杉までは結構な距離があるので走っていく。行き先が決まったのならゆっくりする必要はない。この程度で疲労するようなやわな鍛え方もしていない。
だいぶ走った頃、建物がボロくなんだか寂しい感じのする場所に入った。姿は見えないが、人の気配はする。隠れているのだろうか。それと、ほんの僅かな異臭と、空気のゆらぎ。
更に歩みをすすめると、前方に何やら人が集まっているのを発見した。まず目についたのは全身をフードですっぽり覆った変な格好をした集団と、おばあさん。
そしてスーツの男性と、民族衣装っぽいものを来た青年、とんがり頭の少年もいた。
彼らがいるのは私の進行方向である一本杉のある方向なのでそこに近づくと、全員の視線がノコノコ現れた私に注がれる。
試験官と、受験生だろうか。3人の受験生っぽい人の前には開かれた扉がある。見たところによると彼らはあそこを通る権利を得たのだろうか。
「あんたも一本杉を目指してんのかい? だったらクイズに答えてもらうよ」
どうやらここで試験を行なっていたようだ。私が頷いたのを見て、おばあさんが説明を開始した。
今からクイズを出題するので、それに答える。考える時間は5秒、①か②で回答。曖昧な返事は不正解。
それを聞いて私は参加する旨を伝える。クイズなら自信はあるし、断る理由もない。
その間受験生3人組も扉をくぐらずこちらを見ていた。私の動向を見守るつもりだろうか。見ていたって面白いものもないと思うけれど。
おばあさんは一つ頷くと、問題を口にした。
「では問題。お前の最も大切な異性と同性が同時に殺人鬼に襲われている。どちらか片方しか助けられない。①異性、②同性、どちらを助ける?」
そして出題されたものは、私を悩ますには十分なものだった。
というか、これが、クイズ? どっちかって言うと心理テストみたいなものじゃないかな?
この問題であれば回答する人によって答えは違うし、①も②も正解不正解の判断ができるものではない。試験官の主観で正解が変わるのならばこのクイズ自体がそもそもクイズとして破綻している。
でもコレはハンター試験だ。まさか本当にこの内のどちらかが正解というわけでもないだろうし、コレは私の何かを試しているのだろう。
とすると、何か隠された意図があるのだろう。これは少し考える必要があるかな。
私の思考がそこまで至ったと同時、というか先ほどの出題が終わってから一呼吸程度の時間を置いておばあさんがカウントを開始する。カウント自体もゆっくりとしたものだからまだ時間もあるし、少し情報を整理しよう。
先ほどおばあさんが言ったルールは、5秒以内に①か②で回答。曖昧なものは不正解。そして時間切れは……なにも、言われていない。5秒以内に回答しなかった場合のことをなにも言っていない。うっかりではなく、意図してのことだろう。
選択できるものでないのだから選択しなければいいのか。選択しないことを選択する、つまりはこの場合であれば沈黙。で、あれば、やはりこのクイズ、2つの選択肢自体には正解も不正解もないだろう。
不正解があるとすればそれは曖昧な返事と、あとは沈黙していたが正解と気づかずに試験官に危害を加えるか、あるいはきた道を引き返すかなど、意図に気づいての沈黙ではなかった場合。
沈黙していればほぼ問題ないであろう。不正解の条件には入っていない。
これらのことを踏まえ、私が出した結論は。
「②の同性かな」
回答することであった。
3人組がやっちまったよコイツ、というような顔をした。何だその顔、馬鹿にしてるのか。
「根拠は?」
根拠。この問で私が思い浮かべた人物は、同性が楓と椎菜、蜘蛛の女性陣。男性はクロロ、その他蜘蛛の男性の一部。あくまで一部なのは何事にも例外があるからである。特にピエロとか、あとはピエロとか、それにピエロも。
複数浮かべたのは”個人”であると限定するワードがなかったから。
クロロたちなら、危機的な状況で、しかも私がどちらかを捨ててまで助け無くてはならない状況になった時に助けられることを是としないだろう。
生かすべきは個人ではなく、蜘蛛。彼らの自身の生への執着は薄い。その状況下で彼らが望まないのだから私が助ける必要はない。あくまで必要はないだけだが。
だが楓や椎菜は違う。遊びたい盛りの思春期だ。生きたいと強く願うだろうし、彼女たちにひどい目にあってほしくない。
それに男性陣は全員が高い戦闘能力を持っていて簡単には死なない。この辺は彼らのことを信頼している。だからこの選択肢は②を選ぶ。
「異性のほうはそれを望まないだろうし、簡単に死ぬようなタマでもない。でも同性の子はそうじゃないから」
そういうと、おばあさんと変な服装の集団がヒソヒソと何かしら話し始めた。
審議中、という3文字が浮かんだ。いかん、置いてけぼりにされてしまって退屈だからって思考が変な方向に行ってしまった。
内心喝を入れて気を引き締めたところで、おばあさんたちが私の方へ身体を向けた。どうやら結果が出たようだ。
「通りな」
そう言って彼らが端に寄って道を開けた。通れといって示されたのはココを真っ直ぐ行く道。
先に見える山の頂上には一本杉が見えている、3人組とは違う道である。彼らの進路はここから横道にそれる扉の先だ。
その道を示された私に男性と少年が私に声をかけようとするが青年がそれを止める。おばあさんは試験官だろうし、そんな人の前でそんなことをしたら彼らもどうなることか。カンニングみたいなものだし、下手したらこの場で不合格通知をされてしまう。青年よくやった。
彼らがなにを懸念しているかはわかっている。先程も感じ、この距離になって明瞭になったそれは、道の先、わずかに興奮しているのかこの距離で感じ取れる殺気と、ほんの微かな血の匂い。
「どうもありがとう。……それじゃ、また試験会場で会おうね」
おばあさんたちに礼を言い、3人にそう声をかける。なんとも言えない表情をしていて少し愉快だ。別に不正解を選んだわけではないからそんな顔しなくてもいいのに。
私が回答した時の表情の変化から察して、彼らは沈黙を選んだのだろう。
その結果がコレ。
彼らは脇道に入ったおそらく安全な回り道。片や私は危険な感じのする真っ直ぐな一本道。
私の進む先には確実に障害となる何らかの生物がいるだろうから戦闘があるが、彼らの進む先にはそんな感じはしないので、まぁ時間はかかるだろうけど歩くだけで済むだろう。
彼らはわかっていない。
沈黙した彼らはただ単に問題を先送りにしただけである。その回答は時間のかかる回り道になって帰ってきた。
しかし彼らにとってはそれでよかったのだろう。真っすぐ行って無事に済むとは到底思えない。
いつか決めなければならない日が来るかもしれない選択肢、無理に今決めてその身を危険に晒すこともないけれど。
選択には、常に責任が伴う。責任を果たすには様々な力が必要になる。暴力然り、財力然りだ。
どちらを助けるか選んだ私は、その責任を全うできるだけの実力を示せ、ということだろう。
その実力がないものは受験資格を剥奪される。出題にあった大事な場面で判断を誤ったから。
おそらくこの血の匂いはそんな人間のものだ。実力に見合わない責任を負い、それに押しつぶされて死んだ。
だから彼らはわかっていない。私はそんなに弱くない。
私たちの進む道が違うのはそのまま現時点での私たちの実力の差だ。
ちなみに私にとっては道だが、おそらくこの先で死んだであろう人にとっては道ではなく行き止まりだった。
ただし人生の、だが。実力によって、道か行き止まりかが変わる。というか、ちょっと高めのハードルがある感じか。超えることが出来る者にとっては道になる。
故に私にとっては、道。弱い人間が通っても道にはならない。なっても一本杉ではなくあの世行きのものである。
彼らはまだこの道を通れるほど強くはない。彼らの選択は彼らにとって最善だった。まだ通れないのなら迂回すればいい。
いつかは私と同じ道を選べるだろうが、今はまだ無理だ。
私はこの道を通れる。最短ルートであろうこの道は、通れる私にとっては最善の選択なのだ。
実力のある人間は、自分の選んだ道を突き進める。どの分野でもそれは同じ事だ。
さらに私は彼らと同じ道も歩くことができる。強いと選べる選択肢も増えるのだ。
強い私は、沈黙か回答が正解。弱い彼らは、沈黙のみが正解。あえてこの試験の正解を挙げるとすればこんなところだ。
この試験。簡単に言うと、短いが危険な道と、長いが安全な道の2択で、自分の実力に見合った方を選んでね、といったところか。
そのまま3人組は扉の向こうへ行き、私はまっすぐ歩き出す。彼らも会場にたどり着けるだろうか。
ライバルに成り得る私の身を心配した彼らは優しい人間のようだ。ぜひ頑張っていただきたい。