あのヒソカとカストロの一戦のあと、誘いに応じたマチと共に個室のあるレストランで夕食を食べた。
その席で交わした会話は主に雑談だったけれど、カストロ戦でヒソカが用いた能力についての意見交換をするためでもあった。
治療後に間近でそれを見たと言うマチの話も踏まえて私達が出した結論は、物体の表面上に張った薄い膜で外観を任意に変更できる、という事になった。
幻影旅団員の証である、団員ナンバーが刻まれた12本足の蜘蛛の刺青。ヒソカの刺青もあの能力で作った偽物だったりしてね、という冗談をマチが笑いながら言ったけど、9月にヒソカがガチで裏切るという事を知っている身としては笑えない。
マチにはヒソカの裏切りについての話はしていない。ヒソカがこちらの動きに気づいているという確証が無いので、おおっぴらに行動しないほうがいいからだ。
確率はそう高くはないけれど、私達がヨークシンで起きるであろうことを察知しているとヒソカが知らないと仮定すると、事情を知る者の数は必要最小限に押さえておくべき。
勘のいいヒソカであれば、ちょっとした言動の変化からそのことを察する可能性が高い。情報の漏洩を防ぐためにも、誰彼かまわず話すのは得策ではない。
気取られて居ないのであれば、ヒソカを討つのも簡単。これがもたらすメリットを考えれば、対策可能なデメリットは無視しても良い。
事情を知っているのは私とパクノダ、それにクロロとシャルナークの4名だが、これだけで十分。蜘蛛はグループに分かれて行動するが、その全てに私達4名の内の誰かを配置すれば、状況を見て事態の対応に当たれるからだ。
ぶっちゃけヨークシンに全員集合した時点で袋叩きにすればいいじゃん、と言ってみた事もあるけれど、それはクロロの団長としての矜持的に駄目らしい。以前にも言われたが、一応実際にはまだ何もやっていないかららしい。
組織ばかりでなく個人も少しは見るようになったと思ったが、こういうところはまだまだ頑固だ。まぁ、ヒソカが動いたときに対応できるようにしている辺りは成長しているのか。
そして天空闘技場といえば、9勝3敗のヒソカが行う残りの一戦。勝てばフロアマスターとの挑戦権が得られ、負ければ選手登録からやり直しとなる注目の試合。
試合日は7月10日。そのお相手を務めたのは、予想に違わずゴン=フリークス少年だった。
昨日行われたその試合はヒソカの勝利で幕を閉じたらしい。らしい、と言ったのは私は実際に見ておらず、キルアからの試合結果報告メールによってそのことを知ったからだ。
私がワンパンでブチ殺せるような相手にヒソカが本気を出すはずもない。見て得られるものも無いだろうし、興味もない。
試合が行われていた当時、私はジャポンの新居にいた。
新たに購入したマンションの部屋は、手元に置いておきたい本の数の増加、また数年間はココに住む予定だということもあり、間取りは以前住んでいた場所よりも一部屋増えて4LDKとなった。
トレーニング用の部屋の床や壁、天井に念字を書き込む作業も、以前のものを再利用することで省いた。元々デカい紙に書き込んで張り付けていたものだったので、外して預けて持ってきて貼り直せばそれで完成。
そんな自宅で昨日の昼から私がしていたことは、本にかけられた念の除念作業。
何事も経験を積まねば上達しない。特に内容に興味があったわけではないけれど、読んだものに災いが降りかかると評判の物を経験のためにと態々盗んできたのだ。結果としてそれは良からぬ念がかけられていたものだった。
10数時間に渡る除念の末、明け方には無事に閲覧が可能となった本は、例に漏れずデータ化されて本体は燃やした。念がかかっていたはずの盗品の本を念が無くなった状態で私が持っているのも、闇市場に流すのもどちらも私にとって不都合だからだ。
私の除念能力、
また除念にかかる時間と量は対象に掛けられた念次第で変化し、時間は思念の深さに、単位時間あたりのオーラ消費量は思念の強さに依存する。前者は執着の強さ、後者は感情の大きさと言い換えてもいい。
簡単な例を上げるならば、幼少時の写真は思念が深いが弱く。最近身近な者などにもらったプレゼントは思念が浅いが強い。前者は単位時間あたりの消費オーラは控えめだが時間がかかり、後者であれば消費オーラが多いけれど時間は短くてすむ。
今回除念したものは思念が深いがそこまで強いものではなかったので、10数時間掛かったけれどオーラが枯渇することはなかった。それでも長時間オーラを吸われ続けて疲れたし、当初の予想よりも消耗が激しい。
除念発動後の中断は効かないため、もしも私が除念しきれないほどに思念が根強く深く、除念より先にオーラが尽きれば失敗となる。そして失敗すれば対象物は壊れ、それにかけられていた念は私に振りかかる。正に弱り目に祟り目だ。
成功すれば後腐れがないけれど、失敗すれば生命の危機。掛けられている念の大きさを見極められなければヤバイし、そんな自分の実力ではどうしようもないレベルの念もあるわけで。手元にあるそういった本は自室に何冊か保管されている。
念を鍛え除念の経験を積めば、その他の条件が同じでも時間と消費量は軽減できるんだけど。自分がどれくらい消耗するのか、思念の深さと強さを見極める感覚を養う必要もあるし、こうやって折を見て除念をするのも必要なことなのだ。
内容に興味ないとはいっても、一応趣味と実益を兼ねそろえているわけだし、まぁ無駄ということはないだろう。
何はともあれ昨日今日と日をまたいで行なっていた除念も成功。
その後は朝食を済ませ、間食用のクッキーを焼き、食材の補充に買い物へ。
そこまでは普段通りの行動を送っていたのだけれど、帰宅した私の目には普段通りではない光景が広がっていた。
家に入る前に中から覚えのある気配がするとは思っていたけれど。事前の連絡もなしに我が家を訪れたカジュアルな格好の3名に、私は頭を抱えていた。
「……既に来ちゃったもんはしょうが無い。鍵をピッキングしたことも、まぁ大目に見るよ。でも、アポ無しで来るのだけはやめろ」
「ハーイ、以後気をつけまーっす」
リビングに屯す連中に呆れ混じりに私が言うと、テーブルを囲うように四方に配置されたソファの1つに腰掛け、テーブルに置いてあったクッキーを食べながらテレビを観る、金髪の優男シャルナークが軽い返事をした。
アポ無しだけは本当にやめて欲しい。今回のだって時間が少しずれれば除念の現場と鉢合わせである。
一応手元から離せなくもないけど、その場合も常時”円”でオーラを広げて卵をその範囲内に収めないといけないし、常に消耗するから円も普段の10分の1くらいにしか広げられない。遠くに隠せないし、まず何より常時”円”は不自然。そういった自体を防ぐためにも、来るなら事前に連絡を入れるように何度も言っているというのに、こいつらときたら。
「ごめんなさいね、クロロが問題無いなんて言うからそのまま来ちゃったわ」
「まぁそんなことだろうと思ってたけど。パクが謝ることでもないよ」
ポットからお湯を注ぎ、市販のティーパックで紅茶を4つ淹れていたパクノダの苦笑交じりの謝罪にそう返し、廊下からリビングに歩いてくるクロロをジロリと睨む。
大方連絡済みだと嘯いたか、パクとシャルがそう思ってしまうような発言でもしたのだろう。こういうサプライズは勘弁して欲しい。
それにしても紅茶を入れる際中のパクや家の中の様子を見るに、来た直後だろうか。ならシャルはもう少し放っておいてもいいか。クッキーもそこまで減ってないし。
「で、クロロはなにか私に言うことは?」
「ん? ああ、ただいま」
「おかえり……、……って、そうじゃないよね?」
恐らく本を保管する部屋から出てきたのであろうクロロは、10冊ほどの積まれた本を抱えながら私の言葉にとぼけた返事をした。
こいつらさっきからやりたい放題である。別にいいけど、いいんだけど。なにか言うべきことがあるのではなかろうか。ただいまじゃなくってさ。
クロロはシャルの対面のソファに腰を下ろし、今からどれを読むかを吟味しながら、彼の冗談にノリつつ放った私の再びの問いを無視して口を開いた。
「そんなことより、オークションの出品物の情報が手に入ったから持ってきたんだ」
「いや、だから……はぁ、もういいから次から気をつけてよ」
溜息混じりにそう零し、クロロとシャルの側面のソファに腰を落ち着ける。連絡なしに来た理由とか、以後気をつけるとの言葉が聞きたかったのだけれど。
言う気も無さそうだし、もう一度念押しするのに留める。もうこういうことがなければいいけど。
私が諦めたのを悟り、クロロは丁度テーブルに紅茶を置きに来たパクに目で合図を送った。
それを受けた彼女は荷物をあさり、取り出したプリントの山を2つテーブルに並べて、それぞれについて軽く補足した。
「はいコレ。こっちが
「あれ? サザンピースもやんの?」
「いや、話の種程度にな。マフィアの方なら意地でも来年以降も続けるからいいとして、こっちは暴れたら無くなりそうだし」
パクの声を聞いてを聞いてまず浮かんだ疑問を口にすると、クロロが答えた。勿論欲しいものがあるなら参加してもいいがな、と添えて。
まぁそりゃそうか。地下の方は表立ってやってる訳じゃないからマフィアンコミュニティーの裁量次第だけど、世界的に有名且つ富豪が勢揃いするサザンピースオークションで幻影旅団が暴れたとなると、安全面を考慮してオークション取りやめも考えられるし。
パクが私の対面のソファに座り、私に見るように促したので、プリントを手にとってパラパラとめくる。うわぁ、流石地下競売。
そのラインナップを幾つか見て、率直に思ったことを言葉にする。
「エグいもの扱ってるなぁ。王女のミイラとか欲しがるヤツの気が知れないよね」
「オレそれちょっと欲しいんだが」
「えーマジかよクロロきもーい」
からかうように半笑いでクロロを貶す。即座に飛んできた本の背表紙がおデコの中央に縦に直撃し、本が下に落ちる前にキャッチする。大事に扱え馬鹿野郎。
無言のツッコミに使われた本をクロロに手渡し、熱い紅茶を一口飲んで再びプリントに目線を落とす。
どれもこれも、表じゃ扱えないような品ばかり。曰く付きっぽい品だって数多い。念が掛かってるのも多そうだ。
ミイラみたいに鑑賞するだけならまだいいけれど、武器や本のようなものを実際使う場合は除念は必須。とは言え、読むには蜘蛛の前で除念しなくちゃならないか。
分け前としてもらっても怪しまれるし、蜘蛛が売り払った先で盗むのが得策かもしれない。何にせよ、ココに書かれてる本で念が掛かってるものがあったら、読むのはしばらくは我慢するしか無いか。
他に興味をひくものはないかを探してみると、最後のページの最後の部分に目が行く。そんな私の様子を見て、クロロがニヤリと笑って言った。
「緋の目。なかなか面白い偶然だろう?」
クラピカが蜘蛛に一矢報いるために動くヨークシンシティで、彼の一族、クルタ族が持つ緋の目が競売にかけられる。
なるほど、と笑う。たしかに面白い偶然だ。運命的なアレで引かれてる的な感じっぽい奴だろうか。
今年9月のヨークシンには、クラピカの求めるものが2つ存在している。そして彼は、そこで選び取るものを間違えている。
一通り確認し終えた地下競売に関するプリントを机に置き、今度はサザンピースのものを手に取り、しみじみと呟く。
「クラピカも難儀だよねぇ……大人しく目ン玉集めてりゃ死なずに済むのに」
「っふふ、それ、あなたが言うことじゃないでしょう?」
「あっはは、それもそうだね」
うふふあははと笑いあうパクと私。彼を難儀な目に会わせているのは私達である。死なせるのも、勿論。
和やかな雰囲気のやり取りではあるけれど、その内容は物騒である。
まぁ大人しく目を集める方に軌道修正したら見逃して上げる可能性がもしかしたら存在するかもしれないけど、そもそも向こうが軌道修正しないだろうし。
手元のプリントに目を通す。その中に一つ、気になるものを発見する。
「グリード・アイランド……、……ハンター専用ゲーム?」
「それに興味が有るのか?」
「ちょっとだけだけど、おもしろそうかな」
クロロにそう答えて、プリントの束をテーブルに放る。
ハンター専用。なんか知んないけど”練”って書いてあったし、念を使ったゲームか。っていうかそんなこと大っぴらに書くなよ。
まぁ頭の片隅に留めておくくらいはしておこう。欲しくなれば機を見計らって盗んでしまえばいい。
そう結論付け、漸く私達とはずっと別のものを見ていたシャルに声を掛ける。
「そういえばさ、シャルはさっきから何やってんの?」
「んー? だってその資料集めたのオレだしさー、今更見る必要ないんだよね」
クッキーをつまみ、テレビから視線を逸らさずに答えるシャル。完全にくつろいでいる。
彼の台詞は言われるまでもなくわかっていたことだ。こういうものを調べるのが彼の役目なのはいつものこと。私が聞いているのはそんなことじゃない。
これはそろそろ助け舟出してやろうと思っての発言である。口元がニヤついてるのはご愛嬌。
「それは知ってる。聞きたいのはそうじゃなくてさ、なんでさっきから毒摂取しまくってるのかってことなんだけど……毒、平気だったっけ?」
「え、毒? ……、……毒ぅ!?」
素っ頓狂な声を上げて、テレビから視線をはがしてこちらを見やるシャル。
その手から毒入りのクッキーがポロリと床に落ちた。あぁ、もったいない。
「いやー、何かシャルだけモリモリ食ってるから、知っててやってんのかと。駄目だった?」
「知らないよそんなこと、もっと早く言えよ! え、っていうかオレだけなの!?」
笑顔でからかう私に対して声を張り上げるシャル。
テレビばかり見ていた彼は気づいていなかったが、他2名はクッキーに手を付けていない。
早く言わなかったのは、ちょっと言うのを遅らせたほうがいい反応してくれそうだったからだ。
彼がクロロとパクに視線を向けると、彼らは順番にその理由を明かした。
「毒入りの食事を食うことがあるって聞いてたからな」
「あぁ、そういうことだったの。クロロがメリーのお菓子食べないなんて不自然だったから、敬遠しておいてよかったわ」
パクが口元を手で隠しながら上品に笑う。仲間が毒に侵されているというのに、その対応でいいんだろうか。
胸中はやらかした感で一杯だろう。シャルは額に手を当て、背もたれに体重を預けて天を仰ぎながら漏らす。
「それオレも知ってたけどさぁ、オレらの食い物には毒入れないとも言ってたじゃんか……」
「あははは、だってそれ私用だし。来るって知らなかったんだからキミらの分は用意してないんだよ」
私の台詞に合点がいったのか、シャルはそのままの体勢で、薬……と一言だけ呟いた。流石に放置は可哀想なので、近くの棚からカプセルの解毒剤を取り出す。
私は彼らの食事には毒は盛らない。蜘蛛の誰かがいる際に作る食事は、毎回毒抜きのものなのだ。
ただ彼らが居ない時であれば、1日に一回くらいは毒入りの食事をするのだ。今回はそれが偶々毒入りクッキーだったってだけで。
燃え尽きたシャルを愉快そうに眺めていた薄情な団長さんは、ふと気づいたように私に聞いてきた。
「そう言えば、この毒の効果は何なんだ?」
「手足の痺れ、頭痛に目眩、幻覚……まぁ死にゃしないよ」
シャルに薬を投げ渡しながらそれに答える。今回のは致死性の毒じゃないというのも、シャルの行動をしばらく放っておいた理由の一つだ。
すぐさま紅茶で薬を飲んだシャルを確認し、それに、と更に言葉を重ねる。
「私が一回で摂取するぶんが、あのクッキー全体だからね。余り食べてなかったら影響ないんじゃない?」
シャルはまだ全体の5分の1程度しか消費していない。それはつまり私が摂取する予定の毒の5分の1ということだ。
大した量ではないし、薬も上げたし苦しむことはないだろう。
私の言葉を聞いたクロロは、ふむと一つ頷いて言葉を発した。
「なるほど、なら食っても大丈夫そうだな。お前ら、毒は平気か?」
「私は、少しだったら……」
「俺も少しなら平気になった……んだけど、もう食欲ないっす……」
パクの後に答えたシャルは、腕でバッテンを作りながら首を左右に振って拒絶。
クロロは平気なのか。口ぶりからするとそこまで耐性高くは無さそうだけど。パクとシャルはクロロほどではないようだけど、少しは大丈夫なのか。シャルは精神的にダメそうだけど。
結果、残ったクッキーはシャルを抜く3名で食べることとなった。一応、テーブルの上に薬を2つ用意しておく。
まず1枚ずつ食べたクロロとパクが、味についての感想を述べる。
「普通に美味いな。毒が入っていると聞かされない限り分からないな」
「あらホント。シャルが気づかずに食べたのも頷けるわね」
「オレ完っ全に騙されたよ……。味に違和感無さすぎ」
シャルが苦笑いしながら、騙されただなんて人聞きの悪い事を言う。騙されたのではない、勝手に思い込んだだけだ。
彼らの称賛は素直に受け取る。まぁ普段から毒入れて料理してるし、それ込みでの美味しい調理も心得ている。毒もエッセンスのような扱いだ。やり過ぎるとキツイけど。
私もクッキーを1つ手に取りながら、ニヤリと口元に弧を描いて疑問を投げかける。
「……、……で? このメンツでココに来たって事は、他にも話すことあるんでしょ?」
「……まぁな」
それにクロロが似たような表情で返す。
彼らには既に、クラピカが確実に動くこと、更にヒソカの念能力など、私の持ち得る情報はすべて話している。
毒をその身に取り込みながら、私たちは大まかな行動の方向性を定めていった。
数日間滞在した彼らと共に鍛え、その後も偶に訪れる客をもてなしながらも、私の時間はゆっくりと進んでいく。
私の世界を確かめるように。私の世界が壊れぬように。
いつも私の傍にあり、隙あらば襲い来る報いに飲まれぬように。
全力で、悔いだけは残さぬように。
9月1日、ヨークシンシティ。
その時が近づくまで、変わらぬ日常を過ごした。
ここで胎動編は終了となります。
少し駆け足感がありますが、余計な事件を起こさず日常を噛み締めさせるのも有りかな、と。
次回からは新章に突入、舞台はヨークシンシティへと移ります。
ここまで来るのに時間がかかりましたが、これからもよろしくおねがいします。
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