大泥棒の卵   作:あずきなこ

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孵化
01 作戦前日


 ヨークシンという都市は、2つの全く異なった顔を持つ。

 1つは表の顔。世界最大級のオークション、サザンピースが執り行われる大都会の姿。行き交う人々は自分たちを照らす光の下、綺羅びやかな街で楽しい時間を過ごす。

 1つは裏の顔。マフィアン・コミュニティー主催の裏世界最大のオークション、地下競売(アンダーグラウンドオークション)が執り行われる闇の姿。光の通らぬ路道を行けば、力が全てを支配する。

 この都市で近いうちに起こる騒動の発端となるのが、幻影旅団。通称蜘蛛と呼ばれる盗賊組織だ。

 

 蜘蛛の団長クロロ=ルシルフルは、ヨークシンに団員が集まる前に私に言った。

 地下競売のお宝をまるごとかっさらう、と。

 正直全部奪ったところで殆ど要らないだろうと思うけど、やるって言うならそれに従うまでだ。

 ちまちまと必要な物だけを奪うよりは、そちらのほうが手間もいらないだろうし。

 ただ、マフィアとの全面戦争になるのは避けられそうもない。意地とメンツを何よりも重んじるバカの集団だから、今後もしつこく狙ってくる可能性もあるだろう。

 

 全面戦争するに当たって、ぶつかる可能性のある敵も多い。

 マフィアン・コミュニティーが抱える最高の戦力は、十老頭と呼ばれる5大陸10地区を縄張りにしている大組織の長、その10名が各1名ずつ従えている武闘派構成員の集まり。

 陰獣と呼ばれる彼らは、その全員が念能力者であり、高い戦闘能力を持つ。

 おそらくマフィア直轄の戦力で障害になるのはこの陰獣のみ。一般構成員が武装したところで何の足しにもならないから、マフィア相手はこの10名を警戒すれば良い。

 

 それとは別に、殺し屋などを雇い戦力にする方法もある。

 念能力を使えて戦闘能力の高い者を雇うとなると相当な額が必要になるけれど、大量の組織が集まれば複数雇うことも可能だろう。

 最悪、ゾルディックが参戦する危険性だってある。陰獣はそれなりの強さだろうけど、こっちは世界トップクラスだ。

 流石にゾルディックへの依頼絡みの情報をミルキ君にリークしてもらうことは不可能だから、このことについては常に念頭に置いて、遭遇時に適切な対応をとる必要がある。

 即ち、逃げる。そして依頼主を誰かが殺すまで粘るしか無い。報酬を払うものがいなくなれば、彼らも仕事でやっているだけなので、矛を収めてくれるはず。

 

 そして獅子身中の虫、ヒソカ。

 正直コイツが一番厄介だ。今は一応蜘蛛の一員なので、蜘蛛の潜伏先まで把握しているコイツが。

 彼が動き出せば確実に誰かと戦闘になるし、しかもその戦闘が終了するのは勝利か敗北のどちらかだけ。外的要因が絡まない点は殺し屋連中よりも危険。

 ただ彼の目的はハッキリしている。クロロとの一対一での殺し合いだ。

 でもこちらとしてはその本懐を遂げさせてやるつもりは毛頭ない。ヒソカが目的遂行のためにどう動くかを推察して、適切に対処し仕留める。

 幸いにしてヒソカの動くタイミングの目安となる者も存在する。

 

 それが緋の目の一族、クルタ族の末裔クラピカ。

 一族を滅ぼされた恨みを蜘蛛へぶつける復讐者。ハンター試験で出会った”オトモダチ”。

 今となっては、彼を生かしておいたことが間違いではなかったと確信できる。

 彼はこの街で蜘蛛に接触する。そして、そこから発生する混乱に乗じてヒソカが行動をする。

 クラピカという便利な駒があるのだから、ヒソカも利用するはず。ならばこちらも、ヒソカの行動開始のアラームとして利用してやれば良い。

 一応戦闘能力として、蜘蛛専用の念能力を習得している危険性があるから、蜘蛛と彼を戦闘させるのはリスクが高いか。

 まぁ、用が済んだら蜘蛛ではない私直々に始末してしまえば良い。役目を終えた1度しか鳴らないアラームに用は無い。

 今はまだ”オトモダチ”だけど、戦場で会えば即座に”敵”として認識する。蜘蛛とクラピカ、どちらが私にとって大事かなんて、思考を挟む余地さえ無い。故に殺すことにためらいは欠片もない。

 幸いいつでも殺しにいける準備はしてあるし、さらに確実性を増すためのカードも近い内に手に入れよう。

 

 予想される敵対勢力はこんなものだろうか。

 この中で一番不確定要素が強いのは雇われの殺し屋だ。

 殺し屋って言ってもピンからキリまでいるし、上下の幅はかなりでかい。

 まぁ流石にマフィアン・コミュニティーが雑魚を雇うようなことはないだろうけれど、その数も内容も不明。

 願わくば、ゾルディックが雇われませんように。あんなの持ち出してこられたら、こっちにどんな被害が出るか予想もつかないし。

 

 対するコチラは、蜘蛛のヒソカを除いたメンバーに私を合わせた13名。

 蜘蛛は構成員全員が念能力者で個々の能力も高いし、ソイツらに数年間揉まれ続けた私も実力は付いている。

 基本的に単独行動は取らない方針だし、全員場数は踏んでいるので対応力も高いはず。

 戦力は十分。まぁ過信は禁物だけど。

 

 一つ息を吐きだし、座っていた椅子から立ち上がって窓へ歩み寄る。

 大都会ヨークシンシティに聳えるベーチタクルホテル、その上層階の一室から眼下に広がる町並みを見渡す。

 思えば7ヶ月ほど前のハンター試験から、よくもまぁこんな事態に発展したものだ。

 偶々私が参加した試験に、ヒソカとクラピカが居て。彼らが交わした言葉を聞いて行動して。

 こんなことでもなければオークション襲撃なんて参加しなかったのに。まぁ関わってしまった以上は最後まで付き合うけれど、偶然とは怖いものだ。

 

 知らず握りしめられていた手をほどいて、窓に宛てがう。

 今日は8月31日。本日の正午までに、まずは全団員ヨークシンシティの郊外にある廃墟に集合、その後更に競売開催地に近い場所へと移動し、元はマンション地帯として利用されていた、今では人の住まない建物を仮アジトとして行動するという手筈になっている。

 唯一毎回遅刻してくるヒソカに対してだけ、30日の正午と言い渡されているらしい。伝言役を任されたマチがそう言っていたし、クロロも何故か自慢げに言っていたし。ヒソカは遅れたつもりでも、今回は遅刻無しということになるだろう。

 そんな予定にもかかわらず、私の視界に映る昼下がりのヨークシンは、大都会のど真ん中。昼食を摂るなどの目的で歩いている人々が小さく見えているこの場所は、都市の郊外ではなく中心だ。

 私はこのベーチタクルホテルに2日前から洋風の偽名で宿泊していて、それ以来ホテルの一室で読書したり、街をぶらついたりするだけで、集合時間を過ぎた今でも蜘蛛の集合場所には一度も訪れていない。

 

 私が団員ではないから免除……というのも1つの理由ではある。全団員の中に私は含まれていないのだから、行かなくても命令に背いた事にはならないし。

 大きな理由として、私が参加している事自体が不自然だという点が挙げられる。それは勿論、ヒソカや事情を知らない団員にとっての話だ。

 さっきも思ったことだけれど、今回はヒソカの件があるから参加しているのであって、本来ならばオークション襲撃には参加しないのだ。

 それなのに私が集合場所や仮アジトに現れれば、誰しもが違和感を覚えるだろうし、ヒソカだってこちらが動いているのを察するかもしれない。

 あえて姿を見せて牽制しても良かったかもしれないけれど、それがヒソカに効果があるのかも甚だ疑問だ。

 ならばやはり隠密に事を運ぶためにも、私の潜伏先は別の場所にするのが最適なのだ。

 ちょっと値段のお高いベーチタクルホテルの、その中でも高めの上層階に宿泊しているのは、ただの贅沢だけど。

 廃墟で寝泊まりしている蜘蛛との落差がちょっと快感なのは、彼らには内緒だ。

 

 そういえば、彼らはもう仮アジトへの移動を開始したのだろうか。

 既に集合時間は過ぎているし、唯一遅刻しそうな奴も対策済み。

 となると、何も問題が発生していないのであれば、もうそろそろ連絡がないとおかしい。

 そう思った丁度その時、私の携帯が震え、メールの着信を伝える。

 すぐさま窓辺から離れ、ベッドに放り投げてあった携帯電話を手に取り、内容に目を通す。

 

『全員集合して問題なく出発した。後は手筈通りに』

 

 順調であることを伝えるメール。あまりクロロが携帯を弄るのも不自然だろうから、返信はしない。このメールだってパクやシャルを上手く配置して、他の団員に気づかれないように打ったものだろうし。

 携帯は放物線を描いて再びベットへと放たれ、次いで私も背中からダイブする。

 背中に柔らかな衝撃を感じながら、息を一気に吐き出す。

 要らぬ心配をしてしまうところだった。どうやら気が急いているらしい。

 

 これで蜘蛛は仮アジトへ移動。ここまでは何事も無く順調、ヒソカも今はまだ従順。

 事前に事情を知る4名での大まかな打ち合わせとして聞かされていた流れだと、この後は実行部隊が競売会場へ潜入、だったかな。

 実行部隊として行動するメンバーは、少なくとも3名は確定している。

 事情を知るシャルナーク、広域殲滅を得意とするフランクリン、盗品の運搬を担当するシズク。

 他のメンバーは未定だけれど、ココに数名を加えたのが実行部隊となる。

 

 そして、仮アジトで待機し、前線で不測の自体が起こった時に対処できるようにする待機部隊もある。

 こちらについても打ち合わせの段階で確定しているのは3名。

 団長であり全体を指揮するクロロ、シャルと同じく事情を知るパクノダ、そしてヒソカ。

 作戦行動内であれば自由に動ける実行部隊に配置するよりは、妙な動きをすれば確実に不自然になる待機部隊の方が、監視の面からして良いという考えのようだ。

 こちらも当然この3名だけの構成にはならない。

 

 そして私は、作戦決行前に実行部隊と地下競売場付近の潜伏先で合流し、そのまま実行部隊に加わって行動する。

 2つの部隊に私達事情を知る者を2名ずつ配備。こうすれば、何らかのトラブルでそこから2グループに別れることになっても、各グループに私達が満遍なく属することが出来る。

 そして実行部隊の方で何か問題があれば、作戦通りに動くグループと問題に対処するグループに別れる。

 その内の後者を私が指揮し、対応に当たる予定だ。とは言っても予定だし、その場の状況次第では色々違ってくる。

 事前に決めたのはあくまで大まかなこと。細かく定めて雁字搦めになるよりは、指針だけを定めて後は個々の判断に委ねるほうが効率も良い。

 

 今のところ決まっている実行部隊の大まかな仕事としては、競売会場を制圧し、金庫を何らかの方法で開けて盗み出すことだ。

 制圧はフランがやってくれるけど、他は誰が担当するのだろう。

 金庫は鍵がかかっているだろうから、それを解除する方法を聞き出す必要がある。記憶を読み取る能力者のパクノダは待機部隊にいるし、念以外の方法なら拷問で体に聞くのが得意なフェイタンになるか。

 鍵が開けられない時のことも考えると、競売品に傷が付く可能性はあるけれど、一撃の破壊力が高く力技で開けられそうなウボォーギンも必要かな。

 うぅん、これは参った。よりにもよって扱いづらい奴等が居る方の部隊である。2グループにわかれることがあったら、あいつらはシャルに押し付けよう、うん。

 

 さて、蜘蛛が問題なく仮アジトへ向かった、ということは、私が予定外の行動を取る必要が無くなったということだ。

 一応向こうで問題が起こった時の対策という意味も込めて、私は別の場所にいるようにクロロから言われてたのだけれど。

 移動中を狙われることも無くはないけど、ヒソカの駒は今使える状態じゃないし、しばらくは安泰だろうね。

 

 そうなってくると、私はやることがない。明日の夜に競売会場の襲撃があるけれど、それまで私は蜘蛛の仕事が一切ないのだ。

 いや、やることがないわけでもないか。とはいってもそれは明日の話だ。

 つまり今から丸一日以上は自由時間ということになる。

 

 とは言え流石に完全にだらけきるわけにも行かない。一応ある程度体を動かして体調を整えて明日に備える必要はある。

 まぁそれは今すぐにじゃなくてもいいだろう。せっかくゆっくり出来る時間なのだし、満喫させてもらおう。

 

 寝そべっていたベッドから起き上がり、荷物の中から音楽プレーヤーと本を取り出す。

 イヤホンを装着し、再びベッドに寝っ転がれば準備完了。

 やはりいいホテルのベッドは感触が良い。今日はほぼこうやって過ごすことにしよう。

 決してだらけているのではなく、英気を養うためにも。




新章突入です。タイトルミスと内容の誤表記修正。

物語も佳境を迎えたところで、評価や一言、特に感想をお待ちしています。
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