大泥棒の卵   作:あずきなこ

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02 作戦開始

 明くる日、9月1日。時刻は夜の7時。

 幻影旅団の地下競売(アンダーグラウンドオークション)襲撃は今夜9時に行われる。

 それに先立って、実行部隊は作戦を開始する。襲撃の前段階としての会場内への潜入だ。

 

 潜入ともなると、会場となるセメタリービルを訪れるマフィアや、コミュニティー直轄の従業員がそうしているように、服装はスーツで統一しておく必要がある。

 とは言っても、それは潜入するメンバーに限っての話だ。脱出の都合もあるため全員が潜入するわけではなく、数名は外部で待機となる。

 私は既に待機への配属が前以て決まっているので、スーツは着なくても良い。と言うより、着てはならない。

 待機はやはり有事の際の対応も仕事の内となるため、その際行動する時にスーツでは動きにくいからだ。

 

 なので今回は、動きやすい服装。それも蜘蛛の仕事に参加する際には着ていったことのない、私の仕事用の服。

 蜘蛛と行動するときはだいたい彼らに任せておいても事が済むから特に激しい運動する必要がなかった、というのが今まで彼らの前で着なかった理由だ。

 黒い長袖の首筋まで覆うタートルネックシャツ。肌にピッタリと張り付きヒラヒラせず、また伸縮性が良いので行動を邪魔しない。

 その上に濃紺色のジャケット。こちらはシャツとは対照的に肌との間にゆとりがあるサイズで、小型の武器や暗器を収納する。さらに着脱可能な濃灰色のフード付き。

 下は黒に近い濃緑のカーゴパンツ。両側面のポケットは収納に使い、足首付近は上から紫の布を巻いて裾のヒラつきを防止。

 更に鉄板や隠し刃仕込みの黒いブーツ、素顔を隠す狐のお面。それにベルトや腰にポーチや主装備のダガーを取り付けた格好。

 闇に紛れる暗色系の私の正装。どのタイミングでどんなトラブルが起きようとも、全力で対応できる状態だ。

 

 夜に溶け込みつつ人目を避けて移動し、彼らの作戦前の潜伏先を訪れる。辿り着いたのは会場付近のビルの空きフロアの一室。

 音はなく、しかし気配を隠すこと無く近づきドアを開いた私を、暗い部屋の中で思い思いの場所に佇んでいた14の瞳が一斉に見つめる。

 そこに居たのはシャルナーク、フランクリン、シズク、ウボォーギン、フェイタンという私の予想通りの5名に加え、ノブナガとマチ。

 この内スーツ姿なのがノブナガとマチを除いた5名。彼らが潜入と襲撃担当らしい。

 一通り室内のメンバーを確認し終え、顔を隠していたお面を外して彼らに声を掛ける。

 

「おっす、久しぶり。待たせちゃったかな?」

「15分くらいだね。そろそろ説明しようと思ってたし、調度良かったよ」

 

 いま来たところだよ、という待ち合わせではお決まりの返事ではなく、現実的な数字付きの回答をするシャルナーク。

 それを受け流して部屋の中に足を踏み入れると、ノブナガが怪訝な表情で口を開いた。

 

「メリーか? 待たせたって、そもそもお前ェは今回不参加じゃ、」

「はーいはいはいストップノブナガ。そりゃ皆にとっては共通の疑問だろうけど、メリーが来るのは予定通りだから。コレに関しては今回の作戦の話と一緒に簡単な説明をするから、質問はその後であるならしてくれない?」

 

 しかしそれを、手を叩きながら部屋の中央に歩み寄るシャルナークが制する。

 しょうがねぇなとノブナガもそれで一旦言葉を飲み込んだ。物分かりが良くて助かる。

 視線が今度はシャルナークに集まり、私は扉を閉めてその近くの壁に背を預けた。

 

「じゃ、概要を説明するよ。今回潜入して事に及ぶのはオレ、ウボォー、フラン、シズク、フェイ。オレ達はマフィアに扮装して内部に入り込み、中の奴等を殲滅した後にお宝を回収する」

 

 名前の上がった各々を指差しながら、シャルは潜入組のメンバーとその役割を大まかに告げる。

 やはり指名されたのはスーツ姿の全員。そのままシャルは、潜入後の流れを説明。

 

「シズクは裏方、フランとフェイはオークション進行役に扮して会場に侵入、9時の開始時間に合わせて殲滅、残骸はシズクが回収。オレとウボォーはその間にお宝がある金庫付近のゴミ掃除。合流して回収し終えたら屋上へ向かう」

 

 ここまではいいよね? とシャルが確認を取ると、全員が首肯して答えた。

 シズクの能力、掃除機のデメちゃんは、生き物や念能力で作られたもの以外はなんでも吸い込んで収納できるので、死体にしてしまえばマフィアも吸い込めるのだ。

 続けてシャルは、もう1組の方の説明に移る。

 

「マチとノブナガ、それにメリーはこのビルの屋上で待機。何かあったらすぐに来れるようにしておいて、オレが連絡したら屋上の気球でセメタリービルの屋上に移動、その後全員で空から脱出する。気球の目的地はゴルドー砂漠だ」

「ちょっと待てよ、何だってそんな所に行くんだ?」

 

 気球の進路について、ウボォーが疑問の声を上げる。

 シャルは彼に一度視線を向け、それを踏まえて続きを話す。

 

「どうせ気球は目立って追跡されるから、そこで追手を殲滅するんだよ。広くて視界を遮るものが少ないあそこなら、誘い出すのにうってつけだしね。どうせ今の流れだと暴れ足りないでしょ?」

「誘う……陰獣か」

「そーゆーこと。その後の移動手段は奴等が山ほど持ってくるだろうから、帰りはそれを頂戴すればいい」

「おお、ソイツらぶっ潰していいのか。そりゃ楽しめそうだ!」

 

 楽しげにポツリと零したフェイの呟きをシャルが笑いながら肯定すると、それを聞いたウボォーが嬉しそうに獰猛に笑う。

 会場内のマフィアは殺害後に血痕さえ残さずシズクが回収する。警備も客も誰も彼もが消えれば、明らかな異常に気づくだろう。

 そして念能力者か、それに関する知識があるものがいれば、即座にそれが念能力者の仕業だと気づく。

 そうなるとお鉢が回ってくるのが、十老頭お抱えの武闘派構成員、陰獣。

 念能力者には念能力者をぶつけるしか対抗策がないから、確実に陰獣が動く。

 

 だけど、私達の本当の狙いは陰獣ではない。

 陰獣はただの撒き餌。狙うのはその餌につられて寄ってくる、ヒソカやクラピカの勢力。

 ヒソカはアジトで待機している限り動きようがないから、実際に行動を起こすのは彼の手駒。恐らく最も確率が高いのはクラピカ。

 彼が既にマフィアに所属しているのは確認済み。ノストラード(ファミリー)であることも分かっている。少なくとも追手の中に居るだろう。

 いつ動くかわからないのであれば、こちらから動きやすい状況を作ってやればいい。

 ここで作戦についての流れを言い終えたシャルが、今回の作戦の肝を発表する。

 

「流れとしてはこんな感じだけど、ここからが重要。不測の事態が起きた場合も考えて、今後もこの2班で役割を分担する。そしてこの2班はオレとメリーがそれぞれ指揮する。勝手な行動は謹んでそれに従って行動してくれ」

「ちょと待つよ、シャルはともかく何でソイツが指揮するか?」

「つーかよォ、不測の事態ってのぁ何だ?」

「言葉の通りだよ。あとこれは団長命令だから。ハイこれ」

 

 フェイの抗議の声とウボォーの疑問に、余計な問答は無用とシャルがフェイに自分の携帯を投げつける。

 受け取ったフェイは、促されるまま光るディスプレイへと目を落とし、そこに書いてある文を黙読する。

 やがて読み終えたのか、舌打ちをしてシャルに携帯を投げ返した。フェイはその後沈黙し、これ以上抗議の意志がないことを示した。

 携帯に表示されたのはクロロからシャルへのメール。今のフェイの抗議は当然のものだから予想済み。それを鎮めるために事前に、彼直々の私達に従うようにという指令のメールが用意されていたのだ。

 フェイの様子を見て他の団員も書いてある文の内容をほぼ正しく推測したのだろう。抗議はなくなったが、やはり疑問は尽きずシズクが手を上げて発言する。

 

「うーん、団長の命令なら従うけど。でも何で彼女なの?」

「じゃあ逆に聞くけど、この中でメリーより冷静で頭いい奴ってオレ以外に居る?」

「異議あり! 私のほうがシャルナーク君より冷静で頭いいと思います!」

「異論は無いみたいだね。つまりはそういうことだよ」

 

 室内を見渡しながらのシャルナークの問いかけに手を真っ直ぐ上げて異議を申し立てるも、完全にシカトされた。シャルてめぇ。

 馬鹿っぽい言動をしたせいで突き刺さる視線が痛い。シャルと比較しての頭の善し悪しはともかく、発言自体は冗談だからそんな目で見ないでください。

 若干の居心地の悪さを感じたが、私からいち早く視線を外したフランがシャルへ向き直り、低い声で彼なりの推論を述べる。

 

「なるほどな。仕事自体は問題ないが、それ以外に問題がある。団長は何かが起きるのをほぼ確信していて、そのための対策ってことか」

「理解が早くて助かるよ。そう、今回は相手がデカい。想定外の外部戦力の参戦も有り得る。それこそ腕の良い殺し屋とかね」

 

 フランの発言はなかなか的を射ている。流石に後方からの援護射撃を担当することも多いだけあって、大局的に物事を見て判断する能力は長けている。

 規模のデカさは財布のデカさ。マフィアン・コミュニティーともなれば相当の財力がある。高い依頼料もなんのそのだ。

 蜘蛛の顔が歪む。苦々しさだったり、憎しみだったり、はたまた愉悦だったりと様々だけど。

 たしか彼らは以前団員を暗殺者に殺されていたはずだ。私は現場に居合わせなかったけれど、殺したのはゾルディック家。世界最高峰の暗殺者一家。

 きっとそのことを思い出しているのだろう。ゾルディックや、それに近いレベルの相手が参戦するかもとなると、警戒心や闘争心にも火がつく。

 

「メリーがこの時間に合流したのも、詳しくは言えないけれどそういう事情が絡んでいる。団長なりに考えての指示だ。だから所属不明の戦力と遭遇したら、対応をミスらないためにもオレたちの指示を仰ぐこと」

 

 シャルがそう言って説明を締めくくる。この意味も確かに含んでいるけれど、実際には彼らに明かされていないヒソカやクラピカ対策のほうが比重は大きい。

 詳しく言えない、というのは、その点に関してはこれ以上聞かれても答えられない事を暗に示している。

 これも打ち合わせ通り。言えない、その言葉はシャルが自分より上の立場の者、つまりはクロロから口止めされているという印象を彼らに与える。

 私達の目論見通りその点にこれ以上突っ込まれることはなく、代わりにノブナガが賛同の声を上げた。

 

「ま、メリーの指揮下に入るっつってもそりゃオレ達だけだろ? オレァ構わねぇし、おめェはどうよ?」

「アタシも構わない。意見が割れたり馬鹿に従うよりは、こっちのほうがずっといいしさ」

 

 話を振られたマチも肩をすくめながら頷く。おぉ、いい流れを作ってくれた。流石に私の家の常連客なだけはあるね。

 彼らはジャポンが好きでよくジャポンに来るし、その際私の家を利用することもあるので、家に来る頻度は高いほうだ。

 つい先月も彼らと私の3名で、私がハンゾーに天丼の旨い店を教えたお返しに教えてもらった美味しい蕎麦屋に行ったし。どちらとも親交を深めておいてよかった。

 ちなみにその時他の奴等はハナから誘っていない。和食が特に好きというわけでもなかったり、うどん派だったりするからだ。

 こうなってくると、確固たる理由で参加した5名以外に彼らが加わったのは、クロロの粋な計らいなのかもしれない。何にせよ、指揮しやすくて良い。

 

「それじゃあよろしくね。迅速かつ適切な判断で馬車馬の如くこき使ってあげるよ」

「かっかっか、そいつぁ頼もしいこった!」

「アンタ実際やったらケツ蹴るからね」

 

 笑顔で冗談を飛ばし合う私達。まぁ実際に事が起こったら私も積極的に動くから、マチに蹴られることもないだろう。

 これで作戦前の話は纏まった。この時点での最悪のケースとして、私の参加や指揮の同意が得られないという事も考えてはいたけれど、それも杞憂だったし。

 

「さて、作戦前の打ち合わせはこんなもんだけど、何か質問ある奴は居る?」

 

 最終確認をするシャルに誰も反応を返さず、それが全員が作戦内容に納得したことを伝える。

 彼はその様子を満足気に見渡して一つ頷くと、声を張り上げた。

 

「よし、じゃあ作戦開始!」

 

 その号令を受け、屯していた部屋をぞろぞろと後にする。なかなか締まらない出撃風景だ。

 廊下に出て階段へ差し掛かると、屋上へ向かう私の班と、ビルの出口へ向かうシャルの班は上下に別れる。

 予定通りにシャル達が潜入して襲撃している間は、私達は待機となる。

 ポーチには遊ぶ用のトランプも入っている。暇つぶしの準備はバッチリだ。


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