大泥棒の卵   作:あずきなこ

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03 異常事態発生

 とあるビルの屋上。そこで待機し脱出用の気球を運ぶ役目を担った私達は、顔をつき合わせるようにしてトランプをしていた。

 興じているのはページワン。親が出した記号と同じ物を手札から出し、無ければ出せるようになるまで山札からドロー。手札をなくせば勝利というルールだ。

 運の要素が強く、あまり頭を使わず遊べるので、こうしてダラダラと会話しながらやるには丁度いい。また今は待機中だし人目もないので、狐の面は外している。

 時刻はオークション開始時間の9時直前。予定であれば直にシャル班が動き出す頃だ。

 

「オレらも暇な役回りだよなぁ。正直あっちみたいに大暴れしたかったぜ」

「まぁいいじゃん、私的には雑魚をプチプチ潰してもあんま楽しくないし。フランみたいに爽快感ある殺り方できれば話は別だけど」

「アタシも。大量の雑魚を相手にすると服汚れるし、後半ダレてくるんだよねぇ」

 

 ノブナガのボヤキに、私とマチが各々の意見を言う。口にした通り、フランの能力は正直羨ましい。

 両手の指先から念弾を乱射するという、放出系に属する彼の能力。機関銃のようにばら撒かれるそれは、一発一発がかなりの威力を誇る。

 その威力を生み出しているのが、彼本来の実力と覚悟。あの巨体から生み出される無尽蔵とも言える程のオーラ量によって、大量に念弾を放つという燃費の悪い能力を扱いこなしている。

 覚悟に関しては、指の先を切り落とすことによって威力を上げたらしい。普段の指先は作り物で、能力使用の際は外されている。

 空洞から発射っていうのは確かに機関銃っぽいけれど、何もそこまでやらなくてもいいのでは。その辺を考慮すると、あまり羨ましくないかも。

 普段の生活が有った上で、そのために戦うというのが私の考え方だ。金のためであったり、他のもののためであったりと理由は様々だけど。

 対してフラン、いや蜘蛛の数名は、戦うために普段生活しているからそういうことが出来るのだろう。まぁ根本的な考え方の違いだし、好きに生きればいいんじゃないの。

 

「お前ェらはそうだろうけどよぉ、オレは斬った感触が……、……お、始まったか」

 

 親として場にスペードのカードを出しながらノブナガが喋っている途中、会場の方で強大なオーラが膨れ上がったのをこの場に居た全員が感じとり、そちらに顔を向けた。

 恐らくフランが彼の能力を駆使しての殲滅を開始したのだろう。彼がオークション進行役に扮したということは、競売が行われる部屋に居た奴はもう全滅だろうか。

 自分がカードを出す番になったマチが会場から視線を外し、手札を減らしながら疑問を口にする。

 

「あっちは仕事してんのに、アタシらは遊んでて本当にいいのかい?」

「いーのいーの。動く準備はできてるし、ビルだってちゃんと見えてるし」

「まぁ、初動が遅くなることはねぇか」

 

 手札にスペードがないため、山札からカードを引くために手を伸ばしながら笑う。

 既に気球は火を灯せば離陸できる状態。それに離陸するまでの間にカードを全部回収するのも容易だし。

 すぐさま動かなければならないような事態が起きても、気球を操縦するマチだけを残してノブナガと共にすぐ援護向かえばいい。それに遊びながらも警戒は解いてないから動きに問題は無いし。

 ノブナガの相槌に頷いて、スペードを求めて手札を増やしながら続きを話す。

 

「それに私の予想だと、何かが起きるのは迎撃戦の時……、……おいスペードどこ行った、ノブナガの陰謀かこれは」

「いや知らねぇよ、さっきカード混ぜたのお前ェだろうが」

 

 言いながらも手は手札と山札を行ったり来たり、最終的に15枚も手札を増やした時点で漸くスペードが出た。眉間に皺が寄る。なんてこった、もう勝ち目がなくなってしまった。

 しかしノブナガの言葉を信じるとすると――実際自分で混ぜたって覚えてるけど――彼の陰謀ではないということか。

 ノブナガのせいにするという姑息な手段も失敗。これはもう単純に運の話か。

 

 実際に今言いかけた通り、ヒソカが仕掛けるのならそのタイミングだろう。

 成功率を上げるためにも、交戦中で意識をそちらに割いている内にくるはず。

 或いは、確率は低いけれど移動中を狙う手もある。けれど、その時は既に私とシャルの班は合流済みだろうし、いずれにせよ今は警戒しなくてもいい。

 さっきマチが旅団全員集合時の様子を語ってくれた。その時クロロが言っていたそうだ。邪魔する奴は一人残らず殺せ、と。

 その場に居たヒソカもそれを聞いていた。なら私達実行部隊がその言葉に従うためには、襲撃後は宝を持って逃げの一手を打つのではなく、どこかで大規模な戦闘になると思うはず。

 だから事態が動くのはここではなく、ゴルドー砂漠以降になるはず。そう思えばこそ、気を張り詰めて待機するのではなく、程々に警戒しながら遊んでいる方が有意義だ。

 

「チッ……とにかく、ここですることは特に無いってこと」

「ぷっ、無様だねぇ……。まぁ、アタシもここですることは無いってのには同意だね」

 

 大量になってしまった手札に舌打ちをしながら言葉を締めくくると、横で私の手元を見たマチが嘲笑する。酷い。

 その言葉を聞いたノブナガが、彼女に問うた。

 

「そりゃお前ェの勘か?」

「ああ、勘さ。……はい、コレでページワン」

 

 答えながらマチは手元の枚数を1にし、それで口元を隠して目で笑う。最期の宣言は、言わないとペナルティのあるリーチコールだ。

 彼女の勘はよく当たる。その的中率の高さから、蜘蛛の中ではよくアテにされている。勘が当たるということは、こうやって運が絡む勝負でもめっぽう強い。

 彼女の勘も手伝い、シャルの連絡待ちになるだろうということで認識が一致し、私たちはゲームを続けた。

 実際に異変は起こらず、マチの独壇場で進行していたゲームが終了したのは、シャルから飛行船を動かす要請が来た時だった。

 

 競売品が無い、という異常を知らせる声とともに。

 

 

 

 

 

「おつかれ。で、競売品がないっていうのは?」

「そのまんまの意味。金庫が空っぽだったんだよ。どうやら陰獣の梟って奴が持ちだしたらしいけど、見た奴の話では手ぶらだったらしいからシズクみたいな能力を持ってるね。どこに持ちだしたかまでは知らないようだった」

 

 セメタリービルの屋上でシャル班と合流後、すぐさまお面越しに彼に問いかけると帰ってきたのはここで起きた一連の簡単な説明。

 他の団員は気球に先に乗ってもらい、私とシャルは少し離れた所で早急に懸念について対応している。

 私たちの班が何か行動するような異変はたしかに無かったけれど、こちらの内部では異常が起きていたのか。

 競売品の行方も不明。恐らく聞き出すときにはフェイが体に聞いたはずだ。死なないように丁寧に痛めつけて、内臓とか骨とかを剥き出しにして見せつけたりする彼の拷問であれば、今までの実績もあるし信用できる。

 ここでその情報が得られなかったのは残念だけれど、別にこれから交戦するであろう陰獣の梟から直接聞き出してしまえばいい。

 

 シャルの口ぶりからすると、梟は既にこの場に居なかった。なら競売品の方は後回しでいい。

 話を聞いてまず思い浮かんだのは、蜘蛛の襲撃が漏れ、それによって陰獣が既に動いているという事。

 今考えるべき問題点はそれ……なんだけど、すぐに違和感に気づき、それを口にする。

 

「……陰獣が出たにしては、皆なんともないみたいだけど」

 

 陰獣。念能力者でマフィアトップクラスの武闘派。

 それを相手にしたのだとすると、彼らの様子がおかしい。

 まず私の班への対応。陰獣が警備にあたっていたのなら、こちらに援護を要請するか、それをしなくとも気球の要請は戦闘の影響でもっと遅れているはず。

 そのうえダメージも消耗した感じもない。戦闘後特有の興奮状態でもない。

 競売品は移動済み。競売場は制圧済み。客は全滅。実力者との戦闘の形跡はなし。

 

「陰獣はあそこに誰も居なかったし、交戦もしていない。中に居たのは客とコミュニティー所属の連中だけだ。それも非武装のね」

 

 競売会場の中では、武装や撮影及び記録機材の持ち込みは許可されていない。信用を重んじるだとか、たしかそんな理由だったはず。

 襲撃があるのがわかっていたのならば、シャルの言葉通り客が武装していないのはおかしい。客のみを普段通りにさせて囮にし、品物だけを避難させたのであれば、コミュニティーの信用が落ちるからだ。

 それに罠や陰獣の配置などの迎撃体制も敷いていない。競売品だけは守れたけれど、対応があまりにも中途半端だ。

 情報がリークされたと考えると、まず先に浮かんだのはヒソカ。ただ、そう仮定するとやはりおかしな点は多い。

 

「品物以外の対応は無し、ね……。A級首の蜘蛛が来るって情報が入ってたとしたら、この程度じゃないと思うんだけど」

「オレも同意見。アイツでも無いだろうし、情報源は別のとこだろうね」

 

 やはりシャルもヒソカではないと思うのか。まぁアイツがマフィアを利用するメリットを考えれば、当然の結論だ。

 マフィアは実力を過信しすぎるきらいがある。利用しようにも、勝手に暴走して事態をかき回す可能性が高い。忠実に指令を聞く可能性もほぼゼロ。

 それに、この中途半端な対応。情報が不足だったのか、或いは完全なそれに対する信用が不足だったのか。どちらにせよ、現状の関係ではマフィア側としても手を組む気にはとてもなれないだろう。

 襲撃が真実となった今であれば話は別だろうけれど、むしろ情報を渡したヒソカがマフィアの敵として認識されることもあるだろうから、やはり可能性は低い。

 一先ず現状で分かっていることからの推察を口にし、シャルと私の認識を一致させる。

 

「具体的にはわからないけれど、何かが起きるかもしれない。最低限の対応として、品物を移して様子を見た?」

「そう。何らかの手段で何かが起きると知った。お粗末だった警備のレベルから鑑みるに、具体性は低いだろうね」

 

 警備はお粗末だった。客も非武装だし陰獣も居ない。少なくとも、どんな存在が何をしに来るかまでは分かっていなかったのか。

 ただ、そんな大雑把かつあやふやな情報でも、マフィアン・コミュニティーはそれに沿って行動し、結果として競売品は無事。

 ヒソカからではない、何処かから寄せられた情報。それに対する信頼はコミュニティーが行動を起こすに足り、されど抽象的なもの……、……ん?

 頭のなかで何か引っかかるものを感じ、少し俯き記憶を探る。すると程なくして、その全てに繋がりそうな人物が浮かんできた。

 

 ネオン=ノストラード。近年になって頭角を現してきた、クラピカも所属するノストラード(ファミリー)組頭(ボス)、ライト=ノストラードの娘。

 クラピカが所属する組ということで、ライセンスを使って調べていた構成員の情報。その中に彼女についての情報も有った。

 なんでも、コミュニティー内では娘の占いがよく当たると評判なのだ。それこそ、コミュニティー内で上層部に位置する組さえも、常連客となるレベルで。

 占いといえば、朝のテレビ番組や雑誌でもおなじみの、取り敢えず大まかに書いておけば的中しそうな人が多そうな、抽象的な文章。

 或いは街頭などで行われている、客となった個人の未来を予知するもの。まぁ大概はイカサマや、良い未来を告げることでその通りに動くようにし、信頼を得ているだけの紛い物だけど。

 

 眉唾な話であると本気にはしなかったけれど、もし本当に的中する占いがあるのだとしたら。

 個人に対して、抽象的ながらも未来に起こりうる事象を予知できるとしたら。

 自分より上の立場の者を占い、それが的中することで、金と信頼を同時に得ていたのだとしたら。

 その力で以って、今日の出来事に関するマフィアの未来を予知したのだとしたら。

 抽象的な情報。それが、セメタリービルで今日行われる予定だったオークションの参加客への、不幸の予告だとしたら。

 ヒソカや、或いはそれ以外の何者かが情報をリークしたと考えるよりは、遥かに可能性が高く、現状にも一致する。

 

「……そう言えば、クラピカが所属してるノストラード組。私あそこ一応調べたんだけど、娘の占いがよく当たるってことで十老頭や有力マフィアからの覚えがいいらしいんだ。近年急に力をつけ出したらしいんだけど、それがマジで占いの力って考えると……」

「占い……? ……、……なるほどね、抽象的な未来予知。確かに、念であればおそらくは可能だ。娘の念能力発現をきっかけに、それを利用してのし上がった。そうだとすると、この状況にも納得がいくな……」

 

 顔を上げた私が頭のなかで整理したことをシャルに告げると、彼は神妙な顔つきで顎に手を当て、少し考えた後に私とほぼ同様の結論を出した。

 そうであると断ずるのは危険。ただ、現状最も有力な候補としては頭にとどめておくべき。

 占いであれば、この事態を回避した時点で、そこから枝分かれする未来は分からないのか。それともその先まで予知し、蜘蛛の先の先を取り続けるのか。

 前者であれば、この後は私達の有利に事が運ぶはず。後者であれば、何をするにせよ先回りして対策されているはず。

 ただ、後者は念能力で実現できるレベルでは無い。完全な未来視はもはや神の域とも言える。恐らくは、未来が変化した直後にもう一度予知をすれば擬似的にそれを行えるだろうけど。

 いずれにせよ、事態が占いによるものと仮定するなら、少なくとも今夜中にどういった性質のモノなのかがある程度見えてくるはずだ。

 ただ、そうだとしても現状では対処している暇はない。ここは襲撃した建物の屋上なんだし、そろそろ移動しなければ。

 

「とりあえずそっちへの対応は無理だし、今はゴルドー砂漠へ。移動中にでも団長に電話して、今後の指示を仰ごう」

「陰獣おびき出す必要あるから、やることは変わんないと思うけどね。団長には予知か予言かもってことで伝えるか、アイツも聞こえてるだろうし」

 

 私に薄く笑いながら返答したシャルが、小悪魔のような意匠をあしらった携帯電話を取り出しながら気球へ移動したので、それに続いて私も乗り込む。ちなみに仕事中なのでどちらもちゃんと団長と呼んでいる。

 電話はすぐに繋がったようだ。今回の仕事中、ヒソカに私の存在や余計な情報が渡らないためにも、連絡はシャルが受け持つ手筈になっている。

 時間を取らせたことを既に乗り込んで待っていた面々に謝罪し、悪意を積み込んだ気球は空へと舞い上がる。

 シャルとクロロの通話に耳を傾けながら、人の形を認識できないほどに離れた地上へと目を落とす。

 ここで起きた騒ぎなど露知らず、普段通りの夜の街。景色の大半を占めるその光景の中、セメタリービルの付近だけが色めき立つ。

 マフィアが会場内の異変に気づいた。あとは客などが綺麗サッパリ無くなっていることが、何によるものなのか正しく認識してもらえれば。

 

 これから向かうゴルドー砂漠で陰獣を迎え撃つ理由。

 それが1つ増えたけれど、やることは何も変わらない。


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