大泥棒の卵   作:あずきなこ

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04 追手を蹴散らせ

 賑やかな集団を引き連れて辿り着いたゴルドー砂漠。

 砂漠という名称ではあるけれど、地面は砂ではなく、土や岩が大半を占める。まぁ、砂漠の名に恥じず、草木は一本もないけれど。

 乾いた緩い風が吹き抜ける大地に足を下ろすと、硬質でしっかりとした感触。動きを阻害されることは無さそうだ。風も弱いから砂埃の心配もなし。

 加えて視界。赤味がかった淡く確かな光を放つ満月が照らす夜は、私達にとって昼間と変わらぬ鮮明さで以って世界を照らしている。

 所々隆起や沈降で岩肌が見えている部分もあるけれど、基本的には遠方までよく見渡せる。コソコソ死角から近づいてからの奇襲も防げる。

 迎撃するのであれば、理想的とまでは行かないけれど、好条件が揃っている。

 

 そんな場所へノコノコと、私達から数分遅れでマフィアが車で大群を成してやって来る。

 高い岩山の上に着陸してその場で待機していた私達の下、斜面に隔てられたそこに車から降りて走ってきた彼らが続々と集結する。

 足元で大声で威嚇したりしているマフィアの総数は、100を軽く超えるだろう。今も遠くからたくさんの車のヘッドライトがこっちに近づいてきているし、数はこれからもっと増える。

 これからコイツら相手に暴れてやれば、そのうち陰獣や、それを餌に他のも釣れるはずだ。

 

「集まってきたね。じゃあここは……、……そうだな、ウボォーが行ってくれ。できるだけ派手に暴れてくれよ」

「おっ! ヨッシャ、任しとけ!!」

 

 そしてここでの大立ち回りをシャルから任されたウボォーは、豪快な笑顔を見せながら快く引き受け、岩肌を滑り降りていく。

 それを見送る面々の表情に不安の色はない。自分が暴れたかったフェイとノブナガだけは不満気な顔をしていたけど。ノブナガは私の指揮下だろうが。不測の事態用の戦力だから、この状況は予定通りだから出番じゃないぞ。

 まぁ、ウボォーが適任だろうね。肉体の強さで言えば蜘蛛イチ、しかも強化系だから単純な攻撃力、防御力は相当なものだ。

 分かりやすく言ってしまえば、とんでもない怪力と頑強な肉体の怪物を相手にしているようなもの。怪獣映画のようなそれは、当然銃などで武装しても歯がたたない。

 そんな時に必要なのが、特別な兵器。量産型では歯がたたないのなら、ワンオフの高性能なモノを持ち出せば良い。

 物語ではよくある話だ。普通の軍隊の攻撃じゃどうしようもない怪物を、どこかの組織が秘密裏に開発した兵器でやっつける。

 この場合なら、群がるマフィアが量産型、後からくる陰獣が高性能ワンオフ兵器か。

 まぁ映画と違うのは登場人物すべてが悪で、怪獣側が勝利するって部分かな。

 

「あれって掃除しなくてもいいんでしょ?」

「うん、あれは別にいいよ。それじゃ、見てるだけじゃ暇だろうし、誰かダウトやんない?」

 

 小首を傾げながら問うシズクに答えながら、シャルはダウトへの参加者を募る。私への目配せを添えて。

 ダウトもトランプのゲーム。数字を順番に裏返しで出し、そこに書かれた数字が実際に出すべき数字と違うと思っていたらダウトと宣言。数字が当っていたらダウトと言った人が、別のものなら言われた人が場にあるカードを回収する。

 

 ウボォー見ててもあまり面白くないだろうし、私もそっちに参加したかったけど、先ほどのシャルの視線のこともあって思いとどまった。

 お面越しに僅かな時間重なった視線からは、キッチリと見張りよろしく、という意思が感じられたのだ。

 まぁシャルもただ遊びたいだけでなく、ああやって余裕を見せることで誘ってるんだろうけど。それにしたって、立場逆でもいいじゃないか、という思いもある。どうせシャルは運が悪いからダウトめちゃくちゃ弱いくせに。

 結局フランとシズクとマチがダウトに加わった。あの3名にはせいぜいシャルをいたぶって貰いたいものだ。

 そしてウボォーの虐殺劇を見るのは私とフェイ、そしてノブナガ。

 先程鳴った銃声をきっかけに、すでに惨劇は始まっていた。その光景を見た私、フェイ、ノブナガがそれぞれ一言。

 

「まぁそりゃこうなるよね」

「肉体の強さは蜘蛛イチね。雑魚が何しようが無意味よ」

「アイツにとっちゃ銃なんてオモチャだぜ、オモチャ」

 

 眼下で広がる光景は、先ほどの私の予想を見事に体現したものだった。

 飛び交う怒号と銃声。しかしそれらに徐々に呻きと悲鳴が混じり、時間の経過とともに後者の比率が大きくなっていく。

 ウボォーの行動は至極単純。単身丸腰でマフィアの群れへと突っ込み、素手での殺戮を開始したのだ。

 銃での反撃などものともしない。回避する必要さえない。全てをその身で受け止め、そして壊す。見せつけるのは非常識且つ圧倒的な力。ここにいる人間では、銃火器を用いた所でどうしようもないと思ってしまうほどの。

 拳を振りかざせば頭が弾け。腕を引けば胴体がちぎれ。足を出せばひしゃげて吹っ飛ぶ。

 潰して殺す。殴って殺す。蹴って殺す。頭突きで殺す。投げて殺す。割いて殺す。嬲り殺す。ひたすら殺す。何か殺す。取り敢えず殺す。殺しました。

 地面や自身を鮮血で赤く染めながら、ウボォーはただただ規格外の暴力を振るい続ける。

 

 もちろん、マフィアだってただ黙ってやられているわけではない。

 銃による抵抗が無意味だとわかっても、前線に居るマフィアはそれしか手段がないため、それをするしか無いけれど。

 後方からは、スナイパーライフルによる強力な射撃もあった。ウボォーの頭部に直撃し、傷はつかずとも痛みを感じさせたその狙撃手は、気分を害したウボォーの投げたこぶし大の石の直撃を受けて絶命した。ナイスコントロール。

 それでも効果がないと見ると、持ちだされたのはバズーカ。だけどそれを見たウボォーに、動揺などの後ろ向きな感情は見られない。

 むしろ余裕綽々で仁王立ちし、右手を前に出して誘う始末。バズーカはさすがにキツイと思うんだけど、まぁあれだけ自信があるなら耐えられるのだろう。

 そんなウボォーへと発射されたバズーカ。白煙の尾を引いて飛来するそれは、彼の右手に当たると同時に爆発し、轟音と高熱と衝撃、そして大量の砂煙を発生させた。

 マフィアから勝利を確信した歓声が上がる。しかし、ゆっくりと風に流されて晴れた砂煙の中からは、五体満足で立っているウボォーが現れた。

 

「ひゅーぅ。おいおい、ウボォーの野郎片手でバズーカ止めてピンピンしてやがるぜ」

「つーか半裸じゃん、着替え持ってきてんの?」

 

 楽しそうにその頑強さを称賛するノブナガ。ウボォーから流石に少し痛いという声は聞こえてきたが、大したダメージでは無さそうだ。上半身の服吹っ飛んだけど。着替えマジでどうするんだろう。

 と言うかノブナガ、強化系のキミもやれば多分出来るよ。ウボォーほどじゃないけど防御力高いし。私は痛いの嫌だからやりたくないけど。

 服はどうでもいいだろうが……と呆れているノブナガを無視し、マフィアの様子を観察する。

 

 ウボォーの姿を見てから僅かな間を置き、悲鳴を上げて逃げ出した彼らからは、戦意がほぼ喪失してしまっているようだ。

 まぁ無理もない話だ。ドヤ顔で持ちだしたバズーカさえも意味を成さないのであれば、もはや彼らでは対抗のしようがない。

 しかし背中を向けた彼らを、ウボォーは逃がしはしない。すぐさま距離を詰め、手当たりしだいに殺していく。

 数分前とはまるで違う様子だ。威勢の良かった最初に比べて、今となっては敵に背を向け、腰も引けている。

 対してウボォーは装いが黒い半ズボン、そして毛皮製のソックスと腰巻とベストっぽいものから、ズボンとソックスのみになっただけの変化。

 優劣は誰の目から見ても、いや、見るもクソも戦う前から明らかだった。

 

「そろそろ終わりね」

「ああ、案外早かったな」

 

 フェイの呟きにノブナガが答える。

 今生き残っているのは極わずか。それ以外の奴等は全員死亡、或いはウボォーの異常性を察して近づく前に逃げた。

 私としても、もう少し粘るんじゃないかと思っていたけれど。せめて陰獣の到着くらいまではもって欲しかった。

 これは時間稼ぎも兼ねていた。だって別にマフィアを殺すだけならフランにやらせてさっさと終わらせればよかったのだ。

 それをせず、肉体のみの攻撃のウボォーをシャルが選んだのは、フランの能力を無意味に見せるのを避けるのもあるけれど、陰獣到着までの時間を自然にここで過ごすため。

 戦闘が終わったのならばさっさと移動してしまえばいい。用が済んだらそうするのが当たり前だし、いつまでも残っているのは明らかに不自然となる。

 ここで陰獣と接触したいのに、その不自然さを警戒して、奴等が仕掛けて来なくなるのを避けるためという狙いも有ったのだけど……、……!

 

「待って、なにか来る」

 

 更に数を減らすマフィアをちょっぴり応援していると、不意に遠方からウボォーへと近づく気配を感じ、下ろしていた視線を上げて声を出す。

 まだ遠い。だけど明らかにこちらへと敵意を向け、近づいてくる1つの気配。私達への殺意という明確な指向性があれば、遠くても察知は可能だ。

 ただ、本当に唐突に感じられた。おそらく途中までは車か何かで”絶”を使いながら接近してきたのか。つまり念能力者、陰獣か。

 有るはずのオーラを見えなくする”隠”ならば、結局はそこに有るのだから感じ取れる。だけど、オーラを完全に絶つ”絶”だと、オーラがないから感知も出来ないのだ。

 

「あぁ? オイ、何も見えねぇぞ」

「ワタシも見えないよ。テキトウ言てるか?」

「いや、来てるよ。間違いない」

 

 私が見据えている方向を見て、ノブナガとフェイが訝しげな声を上げるが、それに対して私は揺るぎない口調で答える。

 そりゃ見えるわけがない。私だって見えてないのだから。方向は大体分かるけど、その先には岩山があってその先は目視できない。

 どんどん近づいてくる思念に注意を向けていると、それが岩山に近い位置で一旦停止した。……あの岩山の奥に何かが、いや誰かがいるのか?

 可能性が高いのは陰獣の仲間だろうか。”絶”ならば私には分からない。あそこで合流した?

 奴が停止した理由を考えている所に、後ろから近づいてきたシズクとフランの声がかかった。

 

「なになに、陰獣きたの?」

「やっとお出ましか?」

「それがよぉ、オレらは見えねぇんだけど、メリーが来たっつうんだよ」

 

 ノブナガが私の代わりに答える。陰獣が来たと聞いては、恐らくダウトは中断か。まぁどうせシャルの負けだろうけど。つーか負けろ。

 負けるべきシャルが、私の斜め後ろに立ったのを感じる。視線は私と同じ方向だろう。ただ、残念ながらまだ姿は見えていない。

 

「確かに見えないけど……来てるんだよね? ウボォー!」

 

 シャルの問いかけに首肯で返すと、彼は私の見ている方向をウボォーにも示した。

 長い間他者のオーラに干渉して鍛えたこの感覚、間違えようもない。

 最後に作り出した骸を投げ捨てたウボォーが、シャルの声に気づいてこちらを振り向き、シャルの示した方向に目を向けたその時、向こうで動きがあった。

 

「来る! ……、……?」

 

 その感覚に従い、小さく鋭い声で警戒を呼びかける。ウボォーもそれが聞こえたのか、或いは背後の私たちの変化に気づいたのか身構える。

 数秒の間をおいて、岩山の影から姿を表したのは、3人。それを見て、私はおかしな点が有ることに気づく。

 距離が近くなり、思念がより鮮明になることで、疑問は確信へと変化した。

 

「お、ホントに来てやがった。相手は3人か」

「いや違う、4人だよ」

「4? でもあそこにいるのは、」

 

 現れた陰獣の姿を確認したノブナガが、感心したような声で言ったことを否定する。それを聞いたシャルは言いかけた言葉を途中で止めた。

 先ほど敵の接近を言い当てた私の言葉。信憑性の有るそれを信じたならば、皆の認識も一致したはず。誰も疑問を挟まなくなったし。

 

 姿を表した3人の位置と、私が感じている思念の位置の差異。

 戦闘態勢に入った3人が纏うオーラ、ウボォーのも合わせて4つのはずのそれを、5つ感じている。

 何処かに、もう1人居る。能力を使って姿を見せずに接近しているのだ。逆にそのせいで、私に早々に気取られるハメになったけれど。

 その方法については、感じ取れる位置が教えてくれた。奴は姿を消して移動しているのではない。あの思念の位置は、4つのそれより更に低い、地面の中――――。

 

「下だウボォー!!」

 

 それが膨れ上がり、臨戦態勢に入った瞬間。死角からの奇襲を仕掛ける直前、もう後戻りができないタイミングで。

 大きな声で私が呼びかけ、ウボォーが意識を下へと向けたコンマ数秒後、彼のすぐ後ろの土が隆起した。

 

 そして、地面の中から。

 ブーメランパンツ一丁というきわどい格好の、キツいビジュアルをした男が飛び出した。

 すごくきもい。早く殺して欲しい。


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