大泥棒の卵   作:あずきなこ

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07 鎖使いを追え

 ヨークシンシティは夜中でも人々の往来は多い。

 現在時刻は23時手前。だというのにも関わらず、私達以外にも多くの車が道路を走っている。

 綺羅びやかな街灯も合わせて、夜中だというのに太陽が照らしているかのようにこの街は明るい。

 そんな光源の中で今日は殊更に黒塗りの車が多く見られることと、先ほど蜘蛛がマフィア相手にやらかしたこととは無関係ではないだろう。問題へ対応するためにアチラコチラへと人を動かしている。

 オークションに依るものだけではない喧騒。それに紛れるように、私達もまた黒塗りの車でヨークシンを移動している。

 

「見えてきた。この道を真っすぐ行けば目的地だけど、皆やることわかってるよね?」

 

 指揮官で偉い立場、ということでその車の運転席の後ろの席、つまり上座に座っている私は、前方に目的地のホテルを視認して他のメンバーの声を掛ける。

 手元のケイタイを確認してもあのホテルから信号が2つとも出ているし、クラピカが居るのは確実。流石に部屋番号まではわからないけれど、それは既に調べてある。クラピカのではないけれど。

 確定しているのはノストラードの娘のボディーガードとして雇われている、眼の下に刺青があるダルツォルネという男の宿泊している場所。それが、今から向かうホテルにある。

 この場にいるメンバーにもそのことは教えてある。まずやることはその部屋に相手に気づかれること無く接近すること。

 

「オウ。男はぶっ殺して女は攫えばいいんだろ?」

「馬鹿かオメーは、顔に刺青のある男も攫うんだっつーの」

 

 そして部屋に突入してからやることは、今私の隣に座るウボォーと運転中のノブナガが言ったことで大体合っている。

 ウボォーは途中立ち寄ったコンビニで調達した白のタンクトップを着ることで半裸ではなくなっていて、同じく調達した大量のビールを飲んでいる。酔って使い物にならなくなっても困るので酒は私が管理している。車内が酒臭いのは我慢である。でも窓開けてても隣だから結構臭う。死ね。

 まぁ酔っ払っても計画上ウボォーがすることは殆ど無いから問題ないといえば無いんだけど、念のため。

 だって今のところは本当にさっき彼らが言ったことを実行するだけなのだ。男はダルツォルネは攫ってそれ以外は殺して、女は取り敢えず全員攫う。目的は占いの娘ネオンだ。

 まずは居合わせた女全員攫って、ネオン=ノストラードが居るか確認する。違ったら殺処分してしまえばいい。

 居なかった場合は、ダルツォルネから情報を聞き出す。護衛のリーダーらしいし、繋がりの多さからもコイツが適任だろう。

 

「そーかソイツは攫うんだったな……つーか、やっぱオレは鎖使いをブチ殺してぇんだけどよぉ」

「まだ言うのかいアンタ。さっき散々暴れたんだから少しは大人しくしてな」

「そーそー。それにアレは私の獲物だっつってんでしょーが」

 

 自分が奇襲されかけたのがよほど腹立たしいのか、飲み干した缶をビー玉サイズにまで握りつぶしながらウボォーがぼやいた。

 それを助手席のマチが却下し、当然私も却下。そもそも外見的特徴さえ教えていないのだから、殺らせる気がないのは明白だろうに。

 その後は何やら雑談し始めた彼らを尻目に窓の外に視線を移す。クラピカについては決定事項なので、今更何を言われようが変える気はない。

 襲撃するのは護衛リーダーのダルツォルネの部屋。発信機があっても信号の位置は割とおおまかなのでクラピカの泊まっている部屋を割り出せなかったため、同ホテル内で唯一ノストラード構成員名義の部屋だし、立場的にも適切だということで標的にしたけれど、同じ部屋にクラピカが居るかどうかは分からない。

 居たら仕留めればいい……、……って、あぁ、そういえば仮アジトに連れて行ってパクの能力使ってもらえれば、明確な裏切りの証拠があるわけだから組織としてヒソカを討伐できるか。組織というしがらみに縛られて面倒だとは思うけれど、要はそれをクリアしてちゃっちゃとヒソカを殺せば済む話だから捕縛も有りかな。

 部屋に居なければ”円”でホテル全体を感知する。その後はこちらに向かってくるか逃げるかの2択だ。向かってくればやることは同じ。逃げても私が追いかけて同じように対処すればいい。

 いずれにせよ、このままこの計画通りに事が運べば、思っていたよりも早く決着が着くことになるはずだ。可能性低そうだけど。

 

 彼は復讐者。能力的に蜘蛛は相性悪い可能性が大いにあるし、出来れば攻撃される前に速攻でケリを着けたい。

 そうなると部屋に突入するときは私が先頭のほうがいいのか……と、近くなってきたホテルを見ながら計画の細かい部分に思考を巡らせ始めた所で、不意に車内から車の駆動音以外の一切の音が消え失せた。

 何かが来る。誰も口には出さないし、気配も、ましてやオーラも感知できていないけれど、空気が変わったのだけは肌で感じている。先程まで緊張感のない会話に包まれていた車内だったけど、今では全員鋭い目つきで周囲を警戒している。

 しかしそれも僅か数秒。張り詰めていた空気は、突如として破られた。

 

――――上!

 

 オープンカーなどでもない限り、必ず死角になる場所。上空から降ってきた人影は、直前まで私達が乗っていた車に直撃して豪快な破壊音を立てた。

 中に誰も乗っていない車は大きくひしゃげ、タイヤも外れて車体を道路にこすりながらも慣性に従って滑っていく。直にガソリンが漏れて引火するだろう。

 襲撃してきたのは、黒いスーツのパンツに白のYシャツを着た、筋肉質で精悍な顔立ちの男。落下したままの、屈んで両腕を車体にめり込ませた体勢で、耳障りな音と共に地面を滑る車に乗っている。

 

 ここは片側2車線の道路。

 襲撃の直前に車外へと脱出した私達。左側に居たノブナガと私は、隣の車線を同じ方向に走っていた同じ車の上に飛び乗り、右側に居たウボォーとマチは歩道へと飛び出していた。

 マチとウボォーは地面に着地してブレーキを掛けているので体勢も若干崩れているし、未だ動いている壊れた車の上にいる男への反撃は不可能。可能なのは、ほぼ同速度で隣を走っていた車の上に飛び乗った、私とノブナガだけだ。

 幸い今はまだ無事だけど、この車の運転手がパニックに陥ったり急ブレーキをかける可能性もある。反撃するなら今すぐに、だ。

 しかし私は咄嗟に掴んだ酒の入ったビニール袋を持っているせいで片手がふさがっている。ならばとノブナガに視線を向けると、彼は既に居合の構えをとっていた。

 そうか行くのか。ならば、私がすべきことはキミの援護だ。

 

「斬るぜ」

 

 私が腰を落として衝撃に備えたのと、静かに言い放ったノブナガが足場の車を蹴ったのはほぼ同時。馬鹿が、こっちの状況の確認くらいしろ。

 ノブナガに蹴られて衝撃を与えられた車は大きく揺らぐ。構えていたからバランスは崩れなかったけれど、そんなの結果論だ。ノブナガは後でお仕置き決定。

 一直線に対象へと突撃したノブナガは、それを射程圏内に収めると、腰溜めから超高速の居合い切りを放つ。

 

「ナニッ!?」

 

 それを男は車体にめり込んでいた腕を上げて対応。でもそのまま斬られると思っていた手には、鉄製の鉤爪。刀と鉤爪のぶつかり合う甲高い音が響く。

 ノブナガの驚愕の声が聞こえるが、私も同じ心境だ。不完全な攻撃とはいえ、まさかアレを受け止めるとは……少なくともさっきの陰獣クラスの実力はありそうな相手だ。

 

 足場が不安定でスピードが乗っていなかったけど相手も足場が不安定な状態。ノブナガの居合い切りの衝撃を受けて、体勢は崩れている。

 だけど、もっと悲惨な状況なのはノブナガだ。相手のガードはおそらくノブナガの想定外。空中で隙ができ、まともな着地点も確保できていない。このままの速度で地面に着地すれば更なる隙が生まれる。

 相手がなかなか腕を上げなかったのはこのためか……いや、違う。まだだ。まだある。

 相手の獲物は手甲鈎。手に取り付けるタイプの武器で、手の甲から4本の鋭い刃が突き出ているものだ。それを、片方にしか装着していないはずがないのだ。

 

 恐らく狙いは、もう片方の手での追撃。防いだ手は弾かれてすぐさま攻防に用いることは出来ないけれど、もう片方であれば可能。

 ここで追撃し、さらにノブナガの接地に合わせて攻撃を叩きこむつもりか。

 この状況でも、放っておいてもノブナガなら多分軽傷で済ませることは出来るのだろうけれど、みすみす味方がダメージを追うのを見過ごす理由もない。

 それに――――どうやら敵はアイツだけじゃないようだし。怪我は少ないほうがいいはずだ。

 

 私が濃紺のジャケットの内側から取り出した小振りのナイフを投げつけるのと、男がもう片方の腕を抜きざまに突き出したのはほぼ同時。

 相手は私の援護に気づき、攻撃を中断して車の進行方向へと飛び退いて躱した。ノブナガに攻撃可能なタイミングではあったけれど、それをすると今度は私の攻撃にさらされるからだ。

 一旦距離をとるつもりならば、私もここにいる必要はない。ほんの僅かな間の攻防を終え、足場にしていた車を軽く蹴って歩道へと移動した直後、その車の運転手が急ブレーキをかけたのはほぼ同時。

 ノブナガが着地し、私達が集まっている歩道へと移動し終えた頃には、私たちの乗っていた車は爆発、炎上して周囲に熱気と混乱をまき散らしていた。

 

「ンだぁ、アイツ。陰獣はもう全部仕留めたんだろ?」

「そのはずだ。でも、アイツも結構やるね」

「そんなんどっちでもいいぜ。とにかく気に食わねーな、あの野郎」

 

 ウボォーとマチの言葉に、ノブナガが舌打ちとともに吐き捨てる。ただ、少なくとも陰獣じゃないのは確実なはずだ。

 シャルから陰獣を全滅させたというメールが来たのは今から10分ほど前のこと。負けて携帯を奪われたというのも考えにくい話しだし、それは真実のはず。

 じゃあアイツはどこの勢力なんだろうか。マフィアか、それともまた別口なのか。

 20m程先で男が立ちふさがる歩道をまっすぐ進めば、その200m程先には目的地のホテルが有る。そして後ろから、先ほど戦闘中に感じた気配が接近してきている。

 

「私としてはさ、足止めする気満々なあの立ち位置が気になるんだよね」

「あ? なんでそう言い切れんだよ」

 

 ケイタイを顎に当てながら喋る私に、片眉を上げながらノブナガが聞き返す。

 こちらへと高速で向かってきている気配は”隠”でオーラを隠している。”絶”だったら私も気づけなかっただろうけれど、速度を重視した結果だろう。”絶”だとオーラを絶つわけだから移動速度も落ちるのだ。

 気配を察知していないノブナガの疑問は尤もだ。偶々そちらに避けた可能性もあるし、ホテルを背にしたからといって、この状況だと足止め目的だと断定するのは早計。

 

「増援が5。全部アイツの後ろ側から近づいてきてる。私達を倒したいんなら立ち位置が逆で、自分を意識させてる内に挟撃させるべきだからね」

 

 それをしないから足止め目的、と締めくくる。後ろと言うよりは横と言う方が正確っぽい場所のやつもいるけれど。

 攻撃だって、別に向こう側に避けなくちゃいけないようなものじゃなかった。倒すのが目的なら同じ方向に居るべきじゃないのだ。それを証明するように、徐々に集まりだした敵の増援を見て皆も納得する。

 これも少し引っかかる。徐々に集まりだした……と言うことはつまり、全員がバラバラの場所に居たということの証明だ。

 いや、オーラを察知した時点でわかってはいたけれど、それを隠す気もないのか。足止めが目的だと悟られても問題ないと思っているらしい。

 

 恐らくこちらに向かってきたのは、あの手甲鈎の男の襲撃時の轟音や、隠されること無く膨らんだオーラが原因のはず。

 それを合図に、”隠”で隠したオーラを足に集めて高速でこちらに向かってきたのだ。おかげでそれぞれの初期位置はだいたい把握できた。

 手甲鈎の男を含め、それぞれがホテルを中心とした200から300m程度の距離の6箇所、ホテルへのルートを全て塞ぐ形で待機していたようだ。

 反対側に居た奴は500mぐらい離れていたけれど、あれだけこちらを意識していてくれたら嫌でもわかるというものだ。

 この配置は、私達を警戒したものなのか、それとも何が起きても対応できるようにというものなのだろうか。現状では確定出来るだけの材料はない。

 ただ、少なくとも私達の位置情報が把握されているということは無さそうだ。真っ直ぐホテルに向かってきていたし、位置を知っていればもっとこちら寄りの配置になっていたはず。

 

 向こうも6人全員揃い、私達は奴等と睨み合う形で対峙している。道路などの周囲の喧騒からは、そこ一帯が切り取られたかのように空気が張り詰めている。

 獲物こそ違えども、全員似たような格好。そして、同じくらいの実力の持ち主。陰獣全員とどっちが上だろうか。

 随分と立派な戦力を投入してきたものだ。断定こそまだ出来ないけれど、蜘蛛を警戒しての戦力である可能性がかなり高い。

 そりゃスムーズに事が運ぶとは余り思ってなかったけれど。これは全体の状況を意識していないと足元を救われかねない。

 まずは目の前のコイツらか。一触即発の空気ではあるけれど、どうやら向こうから仕掛けてくる気はないようだ。つまり現状はお互いに相手の出方待ち。

 

「で、アイツらどうすんだい?」

「んー……、どうしよっかなー」

 

 マチが戦闘態勢に移行したオーラを滾らせながら質問してきたけれど、さてどうするべきだろうか、とケイタイの画面を見ながら返事する。

 こちらも気になる。クラピカから発せられる信号は少し揺らいでいる程度で、内部で動いてはいるのだろうけどまだ逃げ出した様子ではない。

 離れた位置や壁を隔てた場所では、他者のオーラを知覚するのは難しい。音も遮られただろうし、クラピカの実力じゃ気づけなかったはず。

 ただ動きがあるという事は外の様子に気づいたのだろう。でも、この行動の遅さが気になる。もう少し様子見するべきなのだろうか。

 

 不明瞭な点が多い。この状況は、占いに依るものなのか、それとも。

 とりあえず当初の計画は使えなくなったけれど、私達はどう動くべきなのだろう。


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