大泥棒の卵   作:あずきなこ

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08 戦闘開始

 既にほぼ全員が”堅”で臨戦態勢。唯一私のみが先ほどの戦闘後は”纏”に切り替えてそれを維持している。

 確定はできないけれど、状況からしてそれなりの確率で仮定することは出来る。

 複数の候補を除外して絞り込む。占いか、ヒソカか。可能性が高いのは、圧倒的に後者。

 

 向こうの6人。戦闘能力的には、明らかに幻影旅団クラスを意識している。少なくともマフィア対策の戦力ではない。まぁ意識している、とはいっても、それは勝利ではなく足止めだろうけど。

 戦えば必ず私達が勝つ。ただ、すぐにでも全員を始末できるわけではない。少なくとも数分は要するはず。

 それだけの時間があれば、クラピカを逃がしつつ、次の一手を打つことは出来るはずだ。あの変態ならば、どんな事をしてきても不思議ではない。

 それに、これが占いに依るものではないと判断した理由。その確証を得るため、向こうには聞こえぬように小さく問いかける。

 

「ねぇ、ノブナガ。さっきの奴さ、綺麗な動きだったと思わない? ……まるで誰かに教わったみたいに」

「あ? ……あぁ、そう言やそうだな。我流には思えねぇし、格上との戦い方も心得てるみてぇだし、武術の型が出来てやがった。他の奴等も似たようなもんだろうな」

 

 正面に顔と意識を向けたまま、同じような声量でのノブナガが返答に、だよねと相槌を打つ。直接切り結んだ彼が言うのだから、これはほぼ確定と見ていいだろう。

 私や蜘蛛、そして散っていった陰獣。これらの荒くれ者は、誰かに師事することがないため我流での戦いになる。型に嵌らず自由に、或いは型から自己流に発展させた自分だけの戦い方をする。私は後者に分類される。

 対して向こうの奴等。動作が綺麗で、だれにでも扱える武術の動きだった。悪く言うと没個性なそれは、立ち姿や纏う雰囲気からして相手は全員そんな感じだろう。

 ノブナガとの攻防。居合に合わせたカウンターや、それ以外にもノーダメージ且つ攻撃的な対応はいくつかあったはず。だけど選んだのは、何よりも安全性を重視した防御からの反撃。

 それは格上相手の常套手段。攻撃を確実に防ぎ、生じた僅かな隙を叩く消極的な戦い。あれだけ動けるならもっと自信満々に大胆に攻めてもおかしくはないのに、実力にそぐわぬ戦い方を選ぶのは、格上相手と日常的に戦闘をしていた可能性の高さを示唆する。つまり誰かに教えを受けていたということだ。

 

 そんな彼らが荒くれ者の集まりであるマフィアに所属しているかといえば、高確率で否だ。私が見た陰獣でさえも、4人全員動きが我流だった。

 実力的にもこの6人で陰獣全員と同等かそれ以上なはず。そんな彼らが、抽象的な占いで動くとは到底思えない。

 地下競売の時だって、占いで襲撃が仄めかされていたとはいえ、競売品を他所へ移すという対策のみで、襲撃者に関しては特に対応していなかったのに。

 未来予知能力者とはいえたかが小娘一人に対して、独自の護衛団も持っているというのにマフィアン・コミュニティーがさらにこれだけの戦力を動かすとは到底思えない。どうせなら再びの襲撃に備えて戦力を温存しておくべきだ。

 マフィアの所属とは思えない。仮にその所属だとしても、ここにいるのはおかしい。だから、彼らの登場は占いの結果に依るものではないはずだ。

 

 だからこそ、彼らはヒソカが何処かから調達してきた戦力の可能性が高い。

 無論、突破するのは可能……だけれど、ノーダメージでは済まないだろうし、その先にまた策が張り巡らされているかもしれない。危険度は高い。

 少なくとも、目的は1つ達した。クロロから連絡がない以上はヒソカはまだ仮アジトにいて、だけど目の前にヒソカの息がかかった者達が居る。ヒソカはクラピカをサポートしているというスタンスは判明した。

 そして、目の前の彼らの目的が足止めだということ。それはつまり、彼らは今はまだ仕掛けるつもりがないのか、或いはその準備ができていないのかだ。

 ならば、ここで見逃しても分が悪くなるわけではない。互いに準備期間があるのだから、事態が悪転する可能性もそんなに無いはず。

 何より、深追いは危険。ならばこそ、ここは撤退を……、……!?

 

 視界に入ったものに驚愕する。先程からあれこれ考えはしたが、全員揃った彼らと対峙していた時間は短い。

 撤退。分の悪さを感じてその判断を下そうとした時、ふと視線を落とした先にあったのは、口元に当てていた状態から前に傾けられたケイタイの画面。

 そこに映っていたのは、先ほどの位置よりもいくらか横にずれた――――そう、あのホテル内で言うと、丁度エレベーターのある付近へと移動していたクラピカの信号。

 ということはつまり、下に降りてホテルから離れるつもり?

 

――――クラピカが逃走を開始した? この状況で?

 

 私達の目の前に敵が立ちふさがっているのに。下手に動けばむしろ危険なのに。

 私がさっき決断しようとしたように、こちらが撤退する可能性だってあるのに。睨み合っている現状、このタイミングで動き出す利点はあまりないはず。

 まだこちらがどのようにして追跡したのかだって、向こうからすれば判断材料が少なくて分からないはず。下手に逃げて目の前の6人と離れるよりは、事態が動くまでじっとしていたほうが安全だ。

 なのに動く。それが意味するところは……。

 

 外の状況が分かっていないのか? もしかして、連携があまりとれていない? そこを突けば、一気に崩せる?

 それとも、これもヒソカの策のうち? 追えばむしろこちらが追い込まれる?

 ならやっぱり撤退を……、……いや待て、私は自他ともに認める慎重派。この選択を読まれていて、後ろに新手が布陣しているかもしれない。どうせこの状況がヒソカの仕業と仮定するなら、私がここにいることを彼が知っていても何らおかしくはない。

 追うべきか追わざるべきか……、……あぁクソ、駄目だ。ヒソカが相手なら全てを読まれている気さえしてくる。あの変態ピエロなら何をやってのけても不思議ではない。思考の袋小路から抜け出せない。

 なぜ相手の動きは不揃いなんだ。ただの連携不足なのか、狙ってやっているのか。せめてそれさえ分かれば動けるのに、ヒソカの影が私を踏みとどまらせる。

 正解が見えてこない。どれもある程度のリスクを伴う可能性があるし、どれもリターンを見込めない気もしてくる。あの嫌らしい笑いがこびり付いて離れない。弄ばれているとでも言うのか、私が!

 

「……、……マチ」

 

 ケイタイをジャケットのポケットに突っ込み、正面を見据えて小さく問いかける。

 混迷した思考を切り捨てる。狙って作った状況なのか、そうでないのか。もうこうなったら、今はそんなことはどうでもいい。

 後でいくらでも考える時間はある。今は何よりもまずは動くべきだ。現状を大局的に判断できる材料を増やせ。正解の選択肢を掴みとって。

 

「突破するか、撤退するか。闘争心を抜きにして勘で答えるなら、どっちが正解だと思う?」

 

 私の質問を受けて、斜め前に立っていたマチは少し首をひねり、視線を私に向ける。

 私では解決できない問題ならば、私じゃない誰かへ託す。私の思考が通用しないのならば、マチの優れた直感で切り抜ける。

 突破と撤退。簡単な2択。ターゲットが動いたことも告げずに出した選択肢は、余計な情報がないからこそ完全な直感頼り。

 彼女の視線と私のそれを合わせる。それだけで彼女もこの判断の重要性は感じたのだろう。闘争本能を抑えこむように一つ息を吐きだし、僅かな間の後に答えを出した。

 

「あんまアテにされても困るけど……そうだね、アタシは突っ込むべきだと思う」

 

 ここで引くべきではない。彼女の勘がそう告げたのであれば、私はそれを元に次の行動を練ろう。

 彼女の答えを聞いて口角を上げると、彼女も笑みを返して正面を向いた。とは言っても私の表情はお面越しなので彼女には見えてないから、笑みを返すという表現は語弊があるかも知れないけど。まぁ笑ったような雰囲気的な何かを感じ取ってくれていたらな、と思う。

 そして今のやりとりを聞いていたノブナガとウボォーも、小声に嬉しさと狂気をにじませて笑う。

 

「うっし、ヤるんだな? ここで撤退とかほざいたらぶった斬ってるところだったぜ」

「オレだったらペシャンコに潰してたな。ここで逃げるとか冗談じゃねぇぜ」

「アタシは多分締めてたね。こう、キュッと」

 

 正面を向いたまま物騒なことを言う男ども。本気かどうかは定かではないけれど、一応指揮してるのは私なんだから決定には素直に従ってほしいんだけど。

 そしてマチも。私の首の高さ辺りで、水平に並べた両の握り拳を左右に引く動作は止めて欲しい。何でどこをキュッとするつもりなのかが容易に分かって怖い。無いはずの”念の糸”がそこにあるような錯覚さえ覚える。

 というか、マチにまでそんな反応されると、先ほど彼女に仰いだ判断が本当に勘に依るものなのかどうか疑わしくなってくる。

 

「いやマチ、さっきのはホントに勘で言った? 欲望を口にしただけとかじゃないよね?」

「あぁ、アタシのはさっきの発言踏まえて撤退って判断したらって話。アレには私情は挟んでないよ、多分」

 

 少し不安になったので聞いてみると、またこちらを向いてニヤリと笑いながらそう答えられた。色々と引っかかるところはあるけれど不安になっても仕方ないし。まぁいいけど、と溜息とともに流す。

 なにはともあれ次に取るべき行動の方向性は決まったのだ。あとはどのように突っ込むのかを考えるだけだ。

 偏に突破すると言っても、その方法だって色々ある。ターゲットであるクラピカの現在位置は既に駐車場。それも踏まえて、さてどうするべきか。

 ……ここはやはり相手の出方も気になるし、ちょっと大胆にこの手で行ってみようか。

 

「とりあえず、あそこに突っ込むとしようか……で、アレの処理はマチとノブナガに任せて、私とウボォーで逃げたターゲットを追う」

「逃げた……? 既に逃げてんなら、全員でコイツら殺っちまってもいいんじゃねぇのか?」

「まぁそれでもいいんだけど、向こうの反応も見たいしね」

 

 私が告げた内容に、ノブナガが疑問を呈する。

 逃げたと告げても焦りが全く表れないのは、方法は告げていないけれど私が相手の位置を把握しているから。だけど、位置を把握しているのであれば、態々急いで追う必要もない。全員で仕留めてからでもいいのではと言う彼の疑問も尤もだ。

 実際その方が安全性は高いし、私だってそっちのほう楽そうでいい。ただ、相手のバックがあのヒソカであり、私の存在も認識していると仮定して動く以上、読みやすい行動は極力避けたい。

 

「ここは大通りだし、アイツら全員抑えるのは無理そうだけど。アンタらの方を追いかけてった場合はどうするんだい?」

「そしたらウボォーを残して私が単独で追うよ。逃げるの得意だから、足の遅いウボォーが居なければ簡単に振りきれるし」

 

 マチの問にそう答えると、違ぇねぇやとノブナガがくつくつ笑う。足が遅いと言われたウボォーは、言った相手が自分より明らかに早い私だからうまく反論できないため、笑ったノブナガに矛先を向けるようにギロリと睨んだ。

 ウボォーも別に普段から足が遅いというわけではなくて、アルコールが入って筋力が低下しているから今日は遅いのだ。普段であっても私よりは遅いけど、それでもあの筋肉のお陰で巨体の割りにはかなり素早く動く。

 酒も適量であればノルアドレナリンの働きで一時的に筋力だけはアップするかもしれないけど、排尿のためにそこそこ飲ませてるから、そのラインは超えてるはず。追われる状況で普段より遅いウボォーが居ると確実にお荷物になるから、置いていったほうがスムーズにことが進むはず。

 マチとノブナガが立ちふさがる状況で、逃げる私とウボォーを追撃するのは相応のリスクが存在する。その上でもそれを実行するとなると、よほど今すぐ突破されたくはないということになる。

 つまり、私とウボォーがあっさり抜けられた場合、向こうはまだ何らかの策が残っている。そうでないのであれば、ただ只管に逃げるしかない状況。確実ではないけれど、この可能性は高い。

 勘を頼りに動くことを決めた。それに対してどちらの反応をするのか知りたい。前者であれば状況を見てまた考えるし、後者であれば私だけでも全員ブチ殺せるだろうからそれで終わりだ。

 

「で、マチ達はアイツら仕留めた後に余裕があったら――――」

 

 と、そこで一旦言葉を区切る。と言うよりも、言葉を訂正するために一旦止めた、という方が正しいけど。

 彼女達の役目はアイツらの殲滅だけじゃない。どんな存在なのかを見極めたりは言わないでもしてくれるだろうからいいとして、頼みたいのはその後だ。

 クラピカが逃げたのは分かる。だけど、彼以外のノストラード組が動いたかどうかは定かではないのだ。それの確認と、もし居た場合は対処当初の予定通り対処して欲しい。

 それについて余裕があったらやってほしい、というつもりだったけれど、そんな生温い言い方はしなくていいだろう。

 もっと、口調は挑発的に。しかし戦闘能力への信頼を込めて、発破を掛けるような言葉を選びなおす。

 

「――――いや、まぁ当然圧勝ですぐに終わってめちゃくちゃ余裕だろうから、その後は最初の予定通りに動いてね?」

 

 まさかこんな奴等に手こずらないよねー、だってキミ達あの幻影旅団だもんねー。

 言外にそんな思いを滲ませると、私に背を向けたままのマチ達のオーラが分かりやすく反応した。

 当たり前だ、舐めるな。そんな思いが伝わってきそうなほどに、突き刺すような鋭さを増したドス黒いオーラが滲み出ている。感受性が良かったのだろう、車の方に注目していた野次馬の何人かが青ざめた顔でこちらを向く。

 

「ったりめェだクソボケ。あんな雑魚共5分もありゃァ十分だ」

「随分弱気じゃないかいノブナガ。殺るのがアタシだけでも3分ありゃ余裕だけどね」

「お゛?」

「あ゛?」

 

 その状態でやはり小声で返答したノブナガにマチが張り合い、そのまま二者間でオーラの小競り合いが発生した。

 私達が乗っていた車の事故の影響で止まっていた数多くの車。それらの窓に罅が入り、私達に近いものはそのまま割れる。

 まぁ5分かそこらじゃ終わらないだろうけど、テンションを上げることには成功、なかなかいい状態に仕上がった。相手も決して雑魚ではないし、これぐらいはやっておいたほうがいいだろう。

 ちょっと効果が出すぎて同士討ちしそうでむしろ逆効果っぽく今はなっているけど、そこは心配ない。

 

 この場にいる念能力者。その中で唯一”纏”を保っていた私が、オーラを一気に練り上げ”堅”の状態に移行する。

 ”練”で練ったオーラを”纏”で留める応用技。大量のオーラを身に纏うそれは、念能力者が戦闘状態に移行したことを意味する。

 告げるべきことは告げた。後は行動を起こすのみ。オーラで以ってそれを蜘蛛に伝えると、マチとノブナガの意識も自然とお互いではなく対峙する相手へと向かう。

 ただその相手は、私の”堅”による戦闘の意思表示を受けても、動く気配は無い。どうやらあくまでも”待ち”の姿勢らしい。

 

 この広い大通り、私達はお互いに同じ歩道の上、固まって睨み合っている。

 どこからだって向こう側に抜けられる。車道は事故の影響で車が走っていないし、何なら路地から回り込んだっていい。

 だけど私が先ほど言ったのは、あそこに突っ込むということ。回り道をせずに、正面に道を切り開くのだ。

 そうする理由は時間短縮などではなくて、そうすることであることがより分かりやすくなるからだ。

 だからこその正面突破。お面の下で薄く笑い、その起点となる指示をウボォーに出す。

 

「じゃ、行こっか――――ブチかませ、ウボォー」

 

 直後、全身に強靭なオーラを滾らせたウボォーが咆吼と共に突撃し、その彼を先頭にして、残りの3名がカバーできる距離を保ちつつ続く。

 相手もそれを見てさらに身構える。距離が縮まりながら睨み合う両者の中で、私は彼らではなくその先を見据えていた。

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