一本杉目指して歩く。
道中狼型の魔獣が群れで出てきたが、彼らも彼我の戦力差を本能で感じ取ったのだろう、いきなり襲い掛かってきたりはしない。
いくら群れようが魔獣程度に負ける私ではない。念も使えるのだから。
最初は唸り声を上げながら立ちふさがってきた。しかし私が意に介さずに歩を進めると何匹か飛びかかってきた。
動きは速かったのでそれなりに強い種族だったようだけど、突っ込んできた奴らを受け流してはポイポイ投げて軽くあしらっておいた。怪我も特にしてないはずだ。
それ以降は警戒しながら私を遠巻きに見つめているだけだ。獣相手は余計な手間がなくて助かる。
魔獣たちに見送られて進んだ道の先には一人の男が立っていた。”纏”をしている。念能力者だ。
「こりゃ驚いた。まさか女の子がここに来るとはな」
しかも一番最初に、と男は続けた。まぁ、あの数の魔獣、それもそれなりに強いのものの群れを相手にするのは些か難易度が高い。現に先ほどの魔獣の居たエリアには人骨っぽいのがゴロゴロしていたし。
だけど念を使えなくともそれなりに強ければちゃんと通れる難易度だったとは思う。私の場合は念も使えるのだからなんの問題もなかった。
「しかも無傷ときたもんだ。使えそうだし、試験にもまぁ受かるだろうな。アンタ、名は?」
使える、というのは念のことだろう。私も”纏”をしているし。
ここでこの男が出てきた意味。魔獣の群れを難なく抜けた私の実力を図るにはさらに強いものが必要になる。彼はハンター協会の人間で、先ほどのおばあさんと同様に参加者をふるいにかけるためにここにいるのだ。
戦闘になる可能性が高い。口を開く訳にはいかない。
名前が能力の発動条件に含まれるかもしれない。偽名を答えたとしても、声を聞かれただけで私が不利になるような能力かもしれない。
念能力者の固有能力は十人十色だ。どんな能力を持っていたとしても不思議じゃない。警戒するに越したことはない。
そんな私の様子を見かねて、男はため息をつきながら言った。
「そんな警戒すんな。俺はお前とやりあう気はないし、お前がなんか喋ったからどうにかなるようなこともない。本当はここでちょっと遊ぶ予定だったが随分余裕で、しかも魔獣を特に傷つけること無く抜けてきたからな、お前は合格だ」
「……遊ぶ予定だったってことは、それも試験に含まれてたんじゃないんですか?」
「いや、あそこを切り抜けられた奴とちょっと戦ってみたかっただけで、試験自体はアレだけだ。で、お前は気に入ったから普通に合格」
なんだこの人もバトルマニアか。私は違うけれども蜘蛛にもこういう奴らが多い。何でそんなに戦いたがるんだろうか、こういう人達は。
まぁ、彼の試験はクリアできたようだし、素直に名前を答えておこう。
「メリッサ=マジョラムです」
「メリッサか。ではメリッサ、お前に試験会場と参加方法を教えよう」
人差し指を立てながら男が言う。どうやら会場には着けそうだ。
「ザバン市ツバシ町2-5-10、飯処ごはん。そこが試験会場への入り口だ。でかいビルの隣の定食屋だ。そこでステーキ定食を頼め、焼き方は弱火でじっくりでな。それで試験会場にいける。覚えたな? 俺は同じ事は2度言わんぞ」
ふむふむ、なるほど覚えた。しかし飯処ごはんって、随分適当なネーミングだなぁ。
それにしても会場への入り口が定食屋とはなかなか考えられている。ザバン市内で闇雲にそれっぽい建物を虱潰しで当たっていたらまず辿り着くことはできないだろう、だれも定食屋が入り口とは思えないだろうから。
それに焼き方の指定はおそらく合言葉的なもので、もし食事休憩とかで運良くその店に入ったとしてもそれを知らなければ会場に行く事はできない。協会の出す課題をクリアした人間以外は100%会場に辿りつけないシステム。
私はここでその場所と合言葉の両方を手に入れることができ、試験への参加権を得た。
「覚えました。ありがとう、試験官さん」
「試験官と言うよりはナビゲーターだ。まぁそれはともかく、頑張ってこいよ」
そう言った男性にお辞儀をして、今まで歩いて来た道へと走りだす。ドーレ港から一本杉までの方角はザバン市への方角とはまったく異なるので、ここからだと結構距離がある。日が落ちる前にザバン市に着きたい。試験は明日だから今日は宿をとって休もう。
「いらっしぇーい!!」
昨日、あれからザバン市目指して走っていた私は日没前には到着し、ホテルでしっかりと休んでから、今朝になって会場の入口になっているらしい定食屋へと赴いた。
飯処ごはん。小ぢんまりとした外見ではあったが、店内に入るととてもいい匂いがする。
ネーミングセンスはアレだが、料理のセンスはいいのだろう。ここの料理食べたいな。
店内には普通に食事を楽しみに来た客もいるようで、それなりに繁盛している。彼らの食べている物もとても美味しそうだ。
涎が出そうになるのを耐えていると、店主らしき人が話しかけてきた。
「御注文はー?」
店に入って、まだ席にも座っていなければメニューも見ていないのに注文を聞かれた。聞くタイミングが早すぎやしないだろうか。
ああいや、この不自然さもここが会場への入口だからなのだろうか。だとしたら納得である。
ここが”そう”だと理解して入ってくる受験生たちは、この段階で店主に回答をすることができるし、そうでない一般客ならばまだメニュー見てないんで、とかそういうことを言うだろう。
まさか来る受験生をいちいち席に案内したりしてたら非常にめんどくさいし、時間もかかるからこそのこの対応なのかな。
「ステーキ定食お願いします」
店主の問に対して、昨日ナビゲーターから教えてもらった答えを返すと、店主がわずかに反応し、焼き方を聞いてくる。
「弱火でじっくり」
「あいよー」
「お客さん奥の部屋へどうぞー」
そんなやり取りの後に店員の女性に案内されてたどり着いたのは狭い個室。階数を表示するモニターもあるし、おそらく地下へのエレベーターだろう。
そしてこの部屋の中央にはテーブルと椅子があり、その上には美味しそうなステーキ定食らしきものが置いてある。
なんと、食べさせてくれるのかっ! しかもジュージューと小気味のいい音を立てているステーキは出来立てだ。アッツアツのホッカホカだ。
気前のいい事だね、私さっき注文聞かれて案内もされたけどまだ代金払っていないのに。
それとも、それは君の最後の晩餐的なヤツだからお代はいらないよ、ってことか? だとしたらなんかものすごく嫌だ。
まぁ、エレベーターが降りてから代金請求されるかもしれないけど。それはそれでがめつく感じてやっぱり嫌だ。
「それでは、ご武運を」
心配そうに微笑みながら言う女性に私も笑みを返す。自分より年下の同性が危険な試験を受けることに何かしら思うところがあったのだろう。
女性が退出し扉を閉めてから少しすると部屋全体が動き出した。下へ向かっているようだ。
とりあえず料理を食べちゃおう。到着にはどれだけの時間がかかるのかはわからないけど、早く食べるに越したことはないだろう。料理は出来立てほやほやのうちに食べるのが一番でもあることだし。
椅子へ座り、頂きますをしてから肉を口に運ぶ。うん、思った通り非常に美味しい。試験が終わったらまた食べに来て、店員の女性にも顔を見せて上げよう。忘れられてるかもしれないけど。ていうかそもそも私が忘れてるかもしれないけど。
普通に食べ始めてしまったけれど、私は毒については特に警戒していない。ここまで来て毒物とか、さすがにそれはないだろう。
それに一応ある程度毒物への耐性はある。強くなろうと心に決めた日から少しずつ、少しずつ慣らしてきた。だってせっかく強くなったのに毒でコロリと死んじゃったらかなり切ないし。
食事に混ぜる毒の量はあくまで少しである。体にあまり影響の出ない量で、慣れてきたらちょっとだけ増やすのだ。
さすがにゾルディックのように致死量ギリギリとかは嫌だ。苦しいのは好きじゃないし、それに食事とは楽しむものだ。だから、少しだけなのだ。
別に食事時じゃなくてもいいけど、そのほうがヤバい時に体外に排出しやすいだろうからそうしている。摂取しやすく、排出しやすいのが食事時だからそうしているのだ。
その甲斐もあってそれなりに耐性はついた。ちょっとやそっとの毒じゃビクともしないよ。それなりに強い毒をそれなりの量食らったらマズイことになるけど。
そういえばあの家にいてあそこまで太れるミルキくんって凄いんじゃないかと思う。
毒はあちらも食事に混ぜられているらしいが、あんなに太るには、それはもう大量に食べたというわけで。つまり毒もモリモリ摂取したわけで。
それでも彼は生きている。体に異常はなく、至って健康だ。体格的には健康とは程遠いけど。彼の食事は体に悪い感じだけれど、それはポイズン的な意味ではないし。
もしかしたらミルキくんは世界で一番毒に強いんじゃなかろうか。すごい。でも家からでないのに毒殺に強くなっても微妙だが。使用人の教育もしっかりしているので、あの家で内部の人間がヤバい量の毒を盛るとも思えないし、そもそも彼らの毒への耐性からして致死量入れるとなると確実にバレる。
まぁただ単にジャンクフードの食い過ぎと運動不足かもしれないけどね。
店売りの食べ物に毒は当然入ってないし、それがミルキくんの手に渡る前に執事か誰かが入れてる可能性もなくはないけど低いだろう。
あれ、その場合特に毒に強いってわけじゃないじゃん。だめじゃんミルキくん。
考え事をしながらもステーキ定食完食。ごちそうさまでした。とっても美味しかった。焼き加減はウェルダン派じゃないけど十分満足できた。
階数表示を見るとB90だった。何階が目的地なのかわからないから急いで食べちゃったな、もったいない事をした。
今度食べに来るときはゆっくりと味わいたいものだ。焼き加減も好みのものを注文しよう。
エレベーターの速度が下がり、B100階に到達するとチン、と高い音がして停止した。どうやらここが会場のようだ。
扉が開く。荷物を持って扉の向こうへ踏み出す。
さあ、漸くスタート地点だ。