大泥棒の卵   作:あずきなこ

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09 防衛線を突破せよ

 強化系に属する念能力者は、何かを強化することに長けている。その強化する対象は多岐にわたり、当然能力者自身の肉体も含まれている。

 ウボォーギンの系統はその強化系。彼自身が元々備えている屈強な肉体、鍛えあげられた筋肉が発揮する攻撃力や防御力が、念によってさらに強靭なものとなる。私を基準に評価するならば、彼の本気の攻撃の”受け”にたった1度失敗しただけで致命傷になり、更にこちらの通常の打撃ではダメージが通らないほどだ。

 そんな彼を先頭にして突撃すれば、生半可な攻撃を全て弾き飛ばしてくれるし、後ろに控えた私達がその後の隙を突いて敵の布陣をこじ開けるのは容易。そう思っての判断だった。

 しかし接近する途中で、私は1つの誤算に気づいた。おそらくそれは、アルコールが入ったせいで彼のテンションが結構高くなっており、またここでの彼の仕事が戦闘ではないと告げていたのだから余計なことはしないだろうと思っていた私の油断が招いたこと。

 とはいえ、その誤算は別に悪い方向のものではない。むしろこの場を切り抜けるということだけを考えれば、手段としてはただ突っ込んで強引にこじ開けるよりは有効だといえる。

 そのことに気づいた要因。私の前を駆けるウボォーの右腕に込められた、膨大なオーラ。

 それは彼の能力発動の兆候。ちょっとリスキーだけど随分と思い切った行動に出たなぁ、ウボォー。

 

 ウボォーの発動しようとしている能力は、端的に言えば物凄いパンチだ。超破壊拳(ビックバンインパクト)と名付けられたその能力は、名前に見合った威力を誇る。

 ただこの能力は、1度大きく姿を変えている。以前のは、ただ単に名前が付けられただけの右ストレートで、”念能力”と言うよりは”技”と言ったほうが正しいものだった。

 念能力というのは、能力者が固有に持つ”発”の形を指して言う。以前の超破壊拳(ビックバンインパクト)は、とりあえず”凝”でオーラを集めた右の拳で殴るだけというものであり、悪く言えば念の技術を用いただけのパンチ。

 ただその威力が凄まじかったから名前を持つに至っただけであり、ぶっちゃけてしまえば私がオーラを込めた右ストレートをやったとしても不完全ながら超破壊拳(ビックバンインパクト)を使用したということになる。そんな風に、技術があればだれでも出来るものはただの”技”であり、その能力を持つ能力者以外には原則使用不可能な”発”とは到底言えないものだった。

 ちなみにこの原則に当てはまらない例が、クロロだ。人の能力盗んで使うとか、とんでもなく型破りである。

 

 ただ、それも以前の話。大体1年と半年くらい前までのことだ。

 今からウボォーが発動するのは念がこもっただけのパンチではなく、”発”として固有の形を持った超破壊拳(ビックバンインパクト)

 彼の右腕に込められたオーラに、向こうの6人も能力発動の兆候を察して警戒を強めて身構える。防御や回避、そしてその後の反撃のため。

 

 ウボォーは敵の中央、多節棍を持った男目掛けて肉薄。その間に他の敵からチャクラムと念弾での迎撃があったけれど、チャクラムを一時的に前に出たノブナガが刀で弾き、念弾を私とマチで相殺して道を作る。

 そして敵を間合いに収めたウボォーが右腕を振り上げると、敵もいよいよ持ってその脅威を肌で感じる。防御など何の意味も持たない程の念が篭った拳を間近にし、カウンターや防御ではなく全員が回避を選択した。攻撃後の隙を突くために。

 様々な方向へ跳躍した敵を見て私はほくそ笑む。この場にいる蜘蛛のメンバーと私は、いずれもが1度はウボォーのその能力を目撃しているが故に、この時点で勝利条件を満たせることを確信した。

 元居た位置から離れた敵に構わず、ウボォーは上げた右腕を勢い良く振り下ろす。それと同時に私達は姿勢を限りなく低くする。

 その場に踏み留まる(・・・・・)ために。

 

 進化したウボォーの超破壊拳(ビックバンインパクト)は、強化系と放出系の複合能力。

 元来の系統である強化系の念によって高められた拳自体の攻撃力。そこに、更に強化系と相性の良い放出系を組み合わせたもの。

 拳が対象に触れる、或いは外した場合にでも発動されるそれは、念の篭ったパンチに、追い打ちのように周囲に衝撃波をまき散らす。直撃などしようものなら、2重のダメージに依って誰であろうと無事では済まない。

 正しく”ビッグバン”の名を冠するのに相応しい”衝撃(インパクト)”。

 込められた大量のオーラが、まるで爆発のように周囲に放出される。全てを吹き飛ばすように。

 

 防御は意味を成さない。仮に私がアレを正面から受け止めたとして、粉微塵になって死ぬのがオチだ。上手く”受け”たとしても、一撃で勝負が決まるほどの代物。っていうか多分それでも死ねる気がする。当たったらマジでヤバイ。

 反撃さえ許されない。オーラから発せられた暴風は、実体もオーラもその悉くを寄せ付けない。

 唯一可能なのは回避。だけどそれも、能力の実態を知っていなければ、私達と対峙していた彼らのように吹き飛ばされてしまう。

 超攻撃的な殴打と衝撃波、そしてその副産物として発生する鉄壁の暴風。攻防一体の一方的な、衝撃波も含めれば不可避の超暴力。

 これがウボォーの能力。鍛えあげられた肉体と膨大なオーラが織り成す彼の真髄。

 

「くっ……! ったくよォ、いつ見てもとんでもねぇなコリャ」

「ホントにね……。メリー、アンタちっこいから吹っ飛んでないだろうね?」

「馬鹿にすんなし! ……まぁちょっとやばかったけど」

 

 爆心地に立っているウボォーの背中を睨みながらノブナガがぼやき、それにマチが同調しながらこちらにからかいの色が浮かぶ顔を向ける。両者とも両足と片手で地を掴み、残った手で顔を風と瓦礫から守っている。

 私もマチに言い返しながらも、両手足の力は緩めない。成長して今は150cmはあるのでそんなに小さくないはず。そうは思いつつも、お面で顔をカバーできているから両手を使いながら耐えているのに、気を抜いたら飛ばされそうだ。オーラ混じりの暴風も、そのオーラを”盗んで”軽減しているというのに。

 体の下に抱え込んだビニール袋がガサガサとうるさく音を立てる。もう一度酒を調達すると時間を結構ロスするので、これを守り切れたのは僥倖だ。

 本当に、とんでもない能力だ。もし彼と能力使用ありのガチバトルをする場合は、アレだけは絶対に直撃しないようにしなければならない。

 

 ウボォーの攻撃は、ヨークシンの街さえも破壊していた。

 正面には、半径数10mにも及ぶ巨大なクレーター。歩道に面した建物が近い物は崩れ、またある程度離れた物でも壁がひび割れている。

 事故現場を見ていた野次馬たちも吹き飛び、近くの乗用車もひっくり返っている。何が起こったかわからない混乱と、何かが起こった恐怖に依る悲鳴が周囲を包む。

 更に視界は最悪。アスファルトを破壊したことで土埃が辺りを覆い尽くしている。

 まぁ、敵の位置は気配でわかるからそこは問題ないか。むしろ明らかに事件の中心に居るところを目撃されずに済むし。どっちにしろ見られても私は顔隠してるけど。コイツらは砂漠で顔見られてるから気にしなくていいか。

 突破の際に”隠”で気配を消せば姿ををくらませることが出来るから、それがあるだけでもこの砂煙は中々いい仕事をしてくれている。

 

 敵は各方向に吹き飛ばされて陣形はバラバラ。中には建物の壁を利用して早々に復帰するものも居るだろうけれど、少数では食い止めることは不可能。むしろ反撃で死ぬ可能性が高いから、直接立ちはだかりはしないだろう。

 つまり、今が最大の好機。衝撃をやり過ごした直後、”隠”に切り替えてビニール袋を左手に持ち直し、素早く前へ駆ける。

 ほぼ同じタイミングで同じように気配を消したマチとノブナガ、そして前方に居たウボォーを伴い、砂煙の中を抜け、更に前へ。

 視界が悪いのはお互い様なので、相手も何人かは”隠”で気配を消したけれど、”絶”でない限り私は補足可能。

 隠れている相手とそうでない相手、合わせても私達より前のラインに居るのは2人のみ。隠れているのが右前方の地面から5m程の位置、隠れてないのが道路を挟んだ左前方。左側は横に大きく逸れている。左は遠距離攻撃の手段がなければ無視しても良い。

 

「なにか来る!」

 

 マチの警告。膨れ上がったオーラを察知し、先んじてその方向へ動いていた私が対応に当たる。

 飛来してきたのは、先ほど弾いたものと同じ形のチャクラム。右斜め前方から飛来してきたということは、飛び道具を使うチャクラム男が右前に居るのか。

 しかも、先ほど飛ばされた物よりも内包するオーラが明らかに多い。しかも見るからに通常の投擲攻撃ではなく、能力に依る攻撃。

 なればこそ、私が咄嗟に動いたのは最善といえるだろう。ナイス私。

 

「風か!!」

 

 ノブナガがチャクラムの異常を見抜き叫ぶ。直径が30cm程の大型のチャクラムが1つ、彼の言うように刃の方向に鋭い風を纏い、中心の円から両側に向けて竜巻のような風が噴出している。

 十字に展開する風は攻撃範囲が広く、また刃の方向は殺傷能力も高そうだ。私達が全員突破してしまいそうな状況下で1つしか飛ばさないということは、おそらく連発は効かないのだろう。出し惜しみしている場合じゃないし。

 別に回避も防御もそう難しいことじゃない。しかし他の物も投げないということが引っかかる。……多分、対処されても問題ないからか。

 おそらく遠隔操作が可能。しかも一回弾いた程度じゃもう一度飛んでくるだろう。そうでもなければ、小型のものを投げまくったほうが足止めとしてはよっぽど効果的だ。

 

「任しといて、私の得意分野。足は止めんなよ」

 

 相手の能力の傾向を分析し、問題無いと判断する。メンバーに短く指示を出し、右手で後ろ腰から取り出した両刃のダガーを取り出してチャクラムの軌道上に立ち、構える。

 対象は1つ。ならばこちらも1本で十分……っていうか、手が空いてない。本来もう1本ある私の主武装であるこのダガーは、厚みが1cmで刃渡り30cmの大きいサイズ。重厚な作りのコレは、ちっとやそっとじゃ傷付きはしない。

 そしてあの鬱陶しい蠅をたたき落とすには、コレと私の能力を組み合わせるだけでいい。

 

 真っ直ぐ飛んでくるチャクラムに対して狙いを定める。軌道を見るに、向こうの狙いは私の首辺り。

 しかしそれが私の手前で急に角度を落とし、竜巻で体を煽る。そして直後に左上方、心臓目掛けて軌道修正する。こちらの体制を崩し、その上で心臓を刈るためのその動きは、しかし私の想定内。

 急所の首から、体勢を崩した上で更に当てやすい胴体部分の急所を狙うとは。分り易すぎて笑えるレベルだ。

 構えていたダガーと体勢をずらし、それを真正面から受け止める形にし、ダガーと念で形成された刃をぶつけあう。

 

 竜巻を喰らう直前に、私は自身の能力である盗みの素養(スティールオーラ)を発動させていた。

 この能力は、相手のオーラを奪いそれを自身に還元するもの。竜巻もオーラが込められたものであれば、それを奪い威力を殺せる。迎撃に問題はない。

 そしてチャクラムに込められたオーラがなくなるまで攻撃を繰り返せるのであれば、それを全て奪い尽くしてしまえばいい。

 金属と念の刃の衝突が、硬質な甲高い音を響かせる。絶え間なく発せられるそれは、衝突しようともチャクラムが弾き飛ばされないこと、そしてそれ自体が念による推力を持っていることを証明する。

 オーラが切れるまで継続して縦横無尽に攻撃可能なそれは、敵の足を止める必要があるこの状況では非常に有効。だけどそれが逆に、私が簡単に能力の実態を掴ませた。

 本当に、綺麗な戦い方で分かりやすい相手だ。

 

 接触さえしてしまえばこっちのものだ。武器を介しているため素手よりは効率が落ちるけれど、それでもたかがチャクラム1つに込められたオーラを奪い切るのは数秒あれば十分。逃す前に墜としてやる。

 ダガーがチャクラムの纏う念の刃に食い込み、侵食していく。それに伴って、念の刃は小さくなり、竜巻は勢いが削がれていく。推力も弱まってきている。

 手元から離れた念の状態を、正確に把握しているのは困難。念で遠隔操作している物体の状況を細かく把握するようにすればするほど、能力は複雑になり扱いにくくなる。こういった能力の場合、せいぜい位置座標がわかればいい。

 それは彼も例にもれない共通認識。目視でのみ念の残量を確認する能力だったため、彼は異変に気づくのが遅れてしまった。

 結果。私の刃は接触から3秒後にはチャクラムそのものの刃に届き、その後全てのオーラを奪いつくされたチャクラムは、念を纏わぬただの投擲武器となり私の手中に収まった。

 

 コレを投げてきたチャクラム男を見、手元のチャクラムを見る。そしてもう一度彼に視線を向けてから、私はすぐさま先を走る皆に追いつくよう走りだした。

 彼が僅かに焦っている気配を感じるが、私の知ったことではないと脱兎の如く駆ける。この武器は没収である。

 投擲武器を扱う場合、大型のものほど携行数は少なくなる。直径30cmは結構なサイズだし、1つなくなるだけでそれなりの痛手だろう。

 

 これ以上は無駄撃ち。そう悟った彼を尻目に、私達はすぐさま抵抗が無くなった向こうの最終ラインを超える。

 ウボォーが能力を使ってくれたおかげで、随分と楽に攻略することができた。

 勝利条件達成。マチとノブナガが反転して構え、今度はこちらが敵の行く手を阻む。

 後方を見据えるその横を私とウボォーは止まらず走り抜ける。

 

「無様に仕留め損なったら承知しねぇからな」

「誰に物言ってやがるボケ」

「油断すんじゃないよ」

「そっちもね」

 

 すれ違いざまにウボォーとノブナガ、マチと私が短く言葉を交わす。そのまま振り返らずに、ただ前へと進む。

 後方から追ってくる気配はない。ノブナガとマチが足止めに成功している……いや、少し違うか。

 まぁ何はともあれ、ウボォーを置き去りにする必要はなくなった。

 そして確認も出来た。この先も、マチの言ったように油断してはいけないだろう。

 

 とにかく私とウボォー、特に私が無傷で切り抜けたことは大きい。さっきのチャクラムから奪ったオーラで多少なりとも回復できたし。元々ほとんど消耗してなかったけど。ウボォーは元々ちょっとダメージあるし酔っ払いだから別にいい。

 とりあえずクラピカの現在位置の確認と、速度や経路から移動手段の割り出し。場合によってはコチラも移動手段を確保する必要がある、か。

 ただ、それをする前に1つだけウボォーに確認しておくことがある。

 

「ねぇ、ウボォーはなんであの時能力使ったの?」

「あん?」

 

 隣を走るウボォーが、私のお面を見返しながら声を出す。

 確認したいこと。それは、あそこで能力を使用した理由。

 おそらく私とかぶる部分があるはず。そう思っての質問。

 

「そりゃぁ、周りの奴等はどうせわかんねぇだろうし、見られても問題ねぇ能力だったし――――」

 

 顔を上に向けながら、確認するように理由を話すウボォーが、そこで一旦言葉を区切る。

 そこまでは、私と同じだ。周囲にいた一般人はそもそも理解できないだろうし、ウボォーの時は大半が事故現場に注目していたし。私のは一般人が見ても何もわからないし。

 更に、お互いにアレはよく使う能力。ぶっちゃけ知られてもそこまで支障のない能力なのだ。隠しておくべき”切り札”となる能力を見せたわけでもない。

 そして、ウボォーは区切った言葉を再開させる。まるでこれから言うことが一番の理由だとでも言わんばかりの笑みを浮かべて。

 

「――――それによぉ、どうせ敵はアイツらが全部始末すんだろ? まともな目撃者なんか残りゃしねぇよ!」

「……ふふっ。まぁ、確かにそうだよね」

 

 確信したように言い放たれたそれに、コチラも思わず笑みを漏らす。

 一般人に見られても、どうせ水道管の爆発か何かにするだろう。水吹き出してたし、そうやって現実的な線と結びつければ安心できる。能力者に見られたって、死人に口なしと言うし。

 やっぱさっきすれ違いざまに発破をかけたのは、能力の目撃者を確実に消せって意図もあってのことか。多分、向こうにも正確に伝わっているだろう。

 その前の私のも合わせて、彼らの気合は十分。まず間違いなく全滅させてくれることだろう。

 ひょっとしたら、生け捕りにする余裕もあるかも知れない。

 

 それにしても、能力を使った理由。

 なぜ、多少なりともリスキーな手段をとったのか。

 かぶる部分どころか丸かぶりじゃないか、全く。


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