ヨークシンの街が部分的に破壊されるという大惨事となった現場を背に、目的地だったはずのホテルを素通りして、ウボォーは野次馬しに向かう人達の合間を縫うように飛び跳ねながら、私は街灯の上を飛び移りながら真っ直ぐ進む。
ケイタイで確認したところ、交戦前の打ち合わせで少し時間を使った分、クラピカは既にホテルから離れていた。
まぁむしろホテルの敷地内で接触した場合、さっき抜いた6人から思わぬ妨害を受ける可能性もあったし、この状況は私の狙い通りと言える。
どうせ位置情報は完全に把握しているんだし、いくら逃げようが無駄。追いつくのが早いか遅いかの違いでしか無いのだし。
クラピカはこの道の先を車で移動しているようだ。ただこの辺りは11時過ぎた辺りのこの時間でも車の数が多い。渋滞とまではいかないけれど、周りの速度に合わせて移動しているため、そう遠くまでは行っていない。
急いで追い付くつもりもないので、コチラも車を使わせてもらうことにしよう。ウボォーとも情報を共有しておきたいし、会話をするためには今の状況よりもそっちのほうがいい。
目前に丁度赤信号で止まっているたくさんの車。その先頭に見慣れた黒い車とその中の黒スーツを見つけて口角を上げる。すぐさまウボォーに手で合図をして呼び寄せ、街灯からその車の脇へ飛び降りる。
突然真横に狐の面をつけた何者かが現れ、車内の男は目を見開き、慌てながらも銃を取り出して構えようとする。が、そうは問屋が卸さない。別に撃たれても痛くも痒くもないけれど、多少イラつくし。
閉まっていた運転席の横の窓を右腕でぶち抜き、そのまま男の首を掴む。頸動脈を圧迫してオトしてからドアのロックを外す。
やってきたウボォーを助手席へ促し、ドアを開けると失神した男を歩道へと投げ捨てて荷物とともに車へ乗り込む。数メートルの距離ぶん投げたから骨何本かイったと思うけど気にしない。つーかどうでもいい。
周囲の車に乗っていた人々は突然の暴行、或いは凶行に目を見開いていたけれど、奪った車は信号待ちの最前列。信号が青になると同時に、パニックに陥った周囲を置き去りに発進する。後ろ、クラクション鳴らされてますけど。
「意外だな、お前運転できたのかよ?」
「当たり前でしょ。ホラ、1本飲んどきな」
微妙に不安そうな顔をながら聞いてくるウボォーに答えながら、ビール缶を1つ投げ渡す。少なくとも酔っぱらいのウボォーが運転するよりは遥かにマシだ。免許証ないけど。まぁむしろ蜘蛛も誰も正規のモノは持ってないから言いっこなしだ。
隣で缶の蓋を開けて勢い良く中身を飲む音を聞きつつ、胸ポケットから携帯を取り出して片手で幾つか操作をする。メール作成画面の宛先だけを入力してクロロへと空メールを送信、すぐに来る返信に備えて手に持ったまま運転する。
この空メールは予め打合せていたもの。受信側は自分やヒソカの状況を返信するのだ。文字を打たないのは文字入力の手間やを省くためや、コチラの送ったメッセージを見られることの防止などの理由から。
程なくしてメールの着信が告げられる。ケイタイを弄っている、とだけ書いてあった。勿論これはヒソカのことだろう。クロロならメールしてるんだからそりゃケイタイ弄ってるだろうし。
ケイタイ……、……。メールでもしてるんだろうか。とにかくアイツ自身は動いていないようだけど、指示ぐらいは出しているんだろうか。
「後はこのまま追い詰めるだけ、か? 今んとこは順調だな」
飲み干した缶をその豪腕で握りつぶし、小さなアルミ塊へと変貌させながらウボォーが言う。
順調、か。その発言に、私は口元を皮肉げに歪ませた。……まぁ、順調と言えなくもないんだろうけど。
表情は見て取れなかっただろうに、私のその微妙な変化を雰囲気から察したのか、彼は訝しげな表情でコチラを見た。
「さぁ、どうなのかなぁ……。順調とも言えるし、逆に追い込まれたとも言えるんだけどね」
「は? そりゃどういうことだよ」
さすがに追い込まれたっていう表現は言いすぎかもしれないけど。でも、あながち間違いじゃないんじゃないかと思う。
聞き返してくるウボォーに、さて何から話したものか、と少し考えてから口を開く。
「もう気づいてると思うけど、私って他人のオーラにすごく敏感なんだよね。”隠”なら知覚できるくらいに。自分に向けられている場合なんかは特にね」
「……あぁ、それは何となくな。さっきの奴等が来るのも、攻撃も、陰獣も。誰よりも早くメリーが反応してたしな」
私の言葉に、ウボォーも正面を向きながら真面目に答える。
今まで彼らの前でこの特技……、……特技? を見せたことはなかった。隠していたし、彼らとの仕事の時には見せるほどの相手が居なかった、というのもある。
今回それを見せたのは、手札を出し惜しみしている余裕はないと思ったから。
流石に2度も見せれば気がついているだろうと思っていたけど、どうやらビンゴだ。ならば話は早い。
「オーラは正直だ。敵意も、害意も。少しでも私を意識してそれを滲ませていたなら、数100m離れていようが容易く伝わる」
ここまでが前提ね、と言えばウボォーが頷く。
この前提がまず真実であると信じてもらえないと、この後の話が彼にとって荒唐無稽なものに成り下がってしまう。
理解が早くて助かる。まぁ実際にそれを見せているからこそすんなりと受け入れてもらえたのか。
「だからこそ分かる。さっきのアイツら、私達が抜けた後はこっちに全く興味を示していなかった。追うか止めるかの意識をしていれば、私はそれに気づけたのに」
アイツらは何のために立ちふさがった。私達の足止めじゃなかったのか。
目的が足止めだけなら、まだよかった。だけど、実際は違った。それも、悪い方向に。
対峙していた時にはヒシヒシと伝わってきていた敵意。それが、あの戦場を抜けた瞬間から全く感じられなくなった。
「マチとノブナガが足止めに成功したんじゃない。逆に足止めされているんだ」
「……オレ達は突破に成功した。同時に、アッチも分断に成功したってわけか」
そういうこと、と彼の言葉を肯定する。
私達を追おうとしなかったのは、その必要がなかったから。むしろ2手に分かれてくれたのは向こうにとって僥倖で、危険を承知で追い討ちするよりは、万全の戦力であの場でマチ達を足止めした。
結局、アイツらはその先を見ていなかった。あそこに残り、そして死ぬのだろう。あの時先を見ていたのは私だけなのだ。
そして分断された。結果、向こうも幾らかの戦力が削れたが、減った戦力としてはコチラのほうが大きい。
足止めだけではなく、分断させるのも目的だった。それの意味するところがわからないほど、私もウボォーも馬鹿じゃない。
明らかに、誘い込まれている。このまま行くと、最悪敗北も有り得る。
だけど、と頭の冷静な部分でそれを否定する声もある。
あの場を切り抜け、現状をゆっくりと吟味した頭が別の可能性を提唱する。
視線を落として視界に映る影は、黒い輪郭しか映らない。しかし顔を上げれば、影を作っていた姿はハッキリと見える。
それは可能性としては、筋も通るし確かに高い。けれど、そうだと信じて動いて、もしもそれが間違いだったら。まだ、情報が足りない。
アレきり、車内には沈黙が降りたままだ。ウボォーも顎に手を当て、何か思案している様子。
車はクラピカと数kmの距離を保ちながら、どんどんと人気のない方向へと進んでいく。
脳内に叩き込んだヨークシンの周辺地図を思い返す。この先には、都市開発に置き去りにされた廃工場や廃ビル、マンション。捨て去られた郊外がある。
ここまでは一応クラピカと同じルートは避けてきた。しかしこれから先はそうもいかない。
狭い路地が増え、車が通れるルートは限られてくる。遠回りになりすぎることだってザラだ。
あからさますぎる。これが好機ともとれるし、危険ともとれる。
進行か、撤退か。
「誘い込まれてるね、完全に。これ以上進むと接触前に攻撃を受けると思うけど、どうする?」
「こんな場所じゃあ補足されんのも時間の問題だしな。こうなりゃスピード上げてさっさと追いついたほうがいいんじゃねぇか?」
一応ウボォーにも意見を仰いでみたけれど、案の定撤退は選択肢なかった。まぁ、私としても現段階での撤退はあり得ないと思っているけど。
追跡している私達は、まだ補足されては居ない。しかし彼の言う通り時間の問題なのだ。
私達のターゲットはクラピカ。目的地が分かっているなら、後はその周辺を見張っていればいい。
移動手段がわかっていれば、ルートの割り出しも容易になる。接触前に確実に補足されるし、攻撃もされるだろう。
少なくとも、クラピカと一緒に行動しているはずだ。
「りょーかーい。……あーあ、もうやんなっちゃうよなー、さっさと終わらせてベッドで寝たいわー。お面長時間つけてんのもダルいしさー」
「いやお面はお前の意思でっ、うおおあぁ!?」
ハンドルに顎を乗せながらボヤきつつ、アクセルをべた踏みして急加速させる。隣の大男の悲鳴が若干心地良い。
これからの事を考えると憂鬱だ。多分、碌な目に合わないだろう。
ただ、何も起きないうちから撤退するのはやはり出来ない。それをしてしまうと、何のためにマチとノブナガをあそこで切り離したのか分からない。
あそこに居た6人の目的はわかった。ただこの先にいる奴等が、分断して何を成そうとしているのかは不明瞭。
打ち合わせの際、私は所属不明勢力への対応を任された。該当するのはマフィア以外の勢力。その蜘蛛本来の作戦とは関わりのない相手には、当然クラピカも含まれている。
対応の内容は情報収集や偵察、或いはその殲滅だったのだ。
まだ私は、どれも満足にこなせてはいない。
接触が足りない。危険を犯してでも進む必要がある。
「おまっ、思い切り良すぎんだろ!! せめて前もって言えよ舌噛むとこだったじゃねェか!!」
「うっさいなー、何でもいいけどビビったからってシートベルトすんなよ?」
「ビビるわけねーだろナメてんのかコラ」
横から飛ばされる文句を軽く流し、スピードを出したままハンドルを切って路地を曲がる。多少側面を擦ったけど気にしない。
高速で後ろへ流れていく景色を横目に、ケイタイの画面の確認は怠らない。
少し前から、クラピカはあまり真っ直ぐ進んでいない。これだとルートが予測できないから、先回りするのは難しいか。
ただコチラを惑わせるためだけの行動か、それともポイントにコチラをおびき寄せるためなのか。
まぁいい。どちらでも構わない。不規則なルートで進むのならば、コチラは速度が出やすいように真っ直ぐ、最短ルートで。
逃げ足には自信があるし、ヤバくなったら逃げればいい。今はとりあえず、追うのみだ。
「後数分で追いつく。警戒して」
「オウ。油断はしねぇ」
距離を急速に縮めながらも、神経を張り巡らせて周囲を探る。
攻撃が来るのであれば、その前に悟れるように。対処を誤らないように。
ピリピリとした緊張感が車内に漂う中、両者の距離はどんどん縮まっていく。
そして道を曲がって少し幅の広い道に出た時、遂にその後姿を捉えた。
「アレか――――!!」
横でウボォーが獰猛な笑みを浮かべる。引き裂くように形作られたそれは、非常に残忍な色をしている。
遂に肉眼で見つけた。しかし、正念場はここからだ。決して気は抜かない。僅かな思念も見逃さない。
向こうの車内もコチラに気づいたことを、彼らのオーラが教える。あの中にいるのはクラピカも含めて、3人。
前方の車の速度が上がる。逃がすものか。まずはこれ以上遠くへ行けないようにタイヤを、――――っ!!
「ヤベェ逃げるぞ!!」
「クソッ!!」
ウボォーが叫ぶ。同時に事態に気づいた私も毒づき、舌打ちをする。
ぬかっていた。失念していた。まさか、こんな手段で来るなんて!
クラピカの他に2人。あの車に乗っている奴で確認できたのはそれだけ。
少ないと思った。当然まだどこか、近くにいるとは思っていた。接触前に攻撃されるとも。
それは分かっていたのだ。なのに、してやられた。
ポイントで待ち伏せしたわけでもない。惑わせようとしたわけでもない。
ただ、待っていたのか。なるべくやりやすいような場所ばかりを通り、追いついた私達を奇襲するこの瞬間を!
相手は念能力者。それは正しい。
では念能力者の攻撃は、全てが念能力に依るものだろうか。答えは、否。
思念を全く感じ取ることの出来ない、完璧な”絶”。その使い手が、突如として左の横合いの道から現れた車に乗っていたのだろう。私達の乗っているものと、同種類のものだ。
質量兵器を用いた特攻。自車のエンジンの音が、破壊され閉まることのなかった窓から入る風の音が。それが接近する音を霞ませた。オーラにばかり気を取られ、その他の感覚が御座なりになっていた。
車同士の衝突は避けられない。いや、もし避けたとしても、嫌な予感がする。視界に入ったあの車には、既に誰も乗っていない。その周囲にも、人影は見受けられない。
離脱が早い。その理由に思い至り、背筋が冷える。
歯軋りの音が頭蓋に響く。
そしてその直後、車同士が衝突し、目も眩む閃光と凄まじい爆発が周囲を包んだ。