大泥棒の卵   作:あずきなこ

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11 作戦変更

 爆発の規模からして爆弾が詰んであったのだろう。衝突直後に発生した爆発は2台の車のみならず、周囲にまでその影響を及ぼしていた。

 まず私達の進行方向。そちらには私達の車の残骸が大なり小なり吹っ飛んでおり、それが周囲の建物を削り爪痕を残していた。元々時速100kmオーバーで移動してたから、小さな破片も中々の脅威だ。

 次にもう1台の車の進行方向。衝突地点がT字路だったのでその先は道ではなく廃ビルだった。ここら一帯は既に使われていない高層建築物しか無いので人的被害はないが、廃ビルは1階と2階部分が大きくえぐれている。

 また衝突地点の道路は半径数mにわたりアスファルトが破壊されていて、あの道を車が進むのは困難だろう。道路がぶっ壊れてしまったけれど、まぁこんな道はチンピラが集会かなんかの時に使う以外に用途ないと思うから問題ないはず。

 眼下のそこかしこで黒煙を上げている車の残骸を見、地上の安全を確認したところで、既に割られている大きな窓ガラスの縁に足をかけ、そのまま自分の居た廃ビルの4階から飛び降りる。

 

「ウボォー、無事……、……って、聞くまでもないか」

 

 着地したのはウボォーの隣。今回も守り通したビニール袋が音を立てる。衝突地点から私達の車の進行方向に20m程度進んだ辺りに彼は立っていた。

 お互いに、爆発の瞬間までには既に車外へと退避していた。予期せぬ攻撃手段だったとはいえ、流石に直撃を喰らうようなヘマはお互いにしない。

 けれど、私の記憶が確かであればあの時彼は私より爆心地に近かったはず。だというのに現状の格差はなかなか大きい。

 ちょっと悲惨な目にあったお陰で20mの移動ですんだ私とは違い、彼はどうやら建物の外壁に指を突き立てて勢いを殺していたようだ。指の先が汚れ、建物に5本の傷跡が残っている。

 位置的に私よりも強く爆発に煽られ、且つ残骸の衝突を受けたはずの彼の肉体には目立った傷は見受けられなかった。

 流石、このコンディションでも彼の肉体の強度は健在なようだ。羨ましい。

 

「ったりめーだろボケ、あんなん余裕だっつーの。お前の方はどうなんだよ」

「髪が焦げた。それと左側頭部から出血、背中を強打、全身何箇所か軽く打撲。何よりも髪が焦げた」

 

 ウボォーの言葉に大事なことを2回言いながら返しつつ、左側頭部を片手で抑えてもう片手で後ろ髪を一房手に取る。彼とは違いこっちは結構な被害だ。

 左手からはぬるりとした感触、そして鉄の匂い。その他外傷はいくつかあるけれど、ダメージが大きいのはココと背中だ。打撲と頭部の傷は、超高速で飛来してきた車や道路の残骸が直撃したのが原因。

 そして私が背中を強打したのと、吹っ飛んだ距離がこの程度で済んだ理由は同じ。不幸にも廃ビル4階の窓の高さまで飛ばされ、そのまま窓をぶち破って建物内に突っ込んだからである。さっき降りてくるときに窓が既に割れていたのは、私が入るときに割れたからだ。

 本来であれば建物の外壁にダガーを突き立てて勢いを殺してからなんとか姿勢を制御して止まる予定だったのに、勢いを殺せず建物に突っ込んでそのまま背中から壁にぶち当たって強引に止まったのだ。”堅”で防御しても勢いが勢いだから結構痛い。時速100kmオーバーは伊達じゃない。

 

 ただ、体の傷はさして問題ない。動作には問題ないし、この程度であればすぐに治る。

 問題は髪だ。私の大事な大事な髪が、被害の大きい部分だと毛先から3cm辺りまで焦げてしまっているのだ。

 肩甲骨の上辺りまであった髪も、この分だと肩口辺りまで切らなくてはならない。なんということだ。

 確かに髪があまり長いと戦闘時には邪魔だ。邪魔だが、私の生活は別に戦闘メインで成り立っているわけではないのだ。

 当然オシャレだってするし、気分で髪型を変えて楽しんだりといったこともする。だというのに、髪が短くなってしまっては可能な髪型のバリエーションが減ってしまうではないか。

 胸中を満たす感情は、悲しみと怒り。ともすれば思考さえ塗りつぶしそうなほど大きなそれらだけれど、身体の痛みと出血に上書きされて判断を誤らせない。

 

「……髪はともかく、そこそこダメージはあるのか。アッチからは仕掛けてこねぇようだが、どうすんだ?」

「予定変更」

 

 周囲を警戒しながら、ウボォーが私の状態の感想を述べ、今後の行動の確認をとる。髪はともかくじゃねーよ、そこ一番重要なんだよバカ。

 その言葉は口に出さずに視線に込めて彼を睨み、短く返答する。

 予定変更。その言葉に、すわ撤退かと鋭く睨み返してくるウボォー。どうやらそれは気に喰わないようだ。

 まぁ、その行動も分からなくもない。私が手負いになったことで、コチラ側はどちらもベストコンディションではなくなったのだ。相手の手が見えないうちは、撤退が最善策。

 だから彼は変更を撤退と捉えた。だけど、彼の思っている変更後の予定と、私の思うそれは違う。つまり。

 

「そう睨まないでよ、別に撤退するわけじゃないから。変更したのは別の部分だよ」

 

 作戦続行。その旨を告げれば、ならばよしと彼の顔は楽しげに歪む。残忍さが滲むその表情は、そうこなくてはと言葉にせず語っている。

 この状況ならば、最善の策は撤退。しかし、それは相手の手の内が見えていない時に限る。

 しかし既に相手の狙いがわかっており、尚且つそれがこの戦力で打ち破れるものならば、撤退をする必要はない。

 ウボォーの腕を掴んで下へ引っ張り、彼の頭の高さを私と同じにする。はたから見れば内緒話をしているとまるわかりな状態だ。

 

「これで追跡に横槍を入れられたのは2度目。どちらも露骨で、どちらも先手を取るだけ」

 

 一応声を落としながら、ウボォーに説明を開始する。別に言わないで指示だけだして動かしてもいいけれど、あまりにも言わないことだらけだと不信につながるし。

 

「動きを読んで先回りされているみたいだけど、行動自体はまるで威嚇でしょ? これは別の見方をすることも出来るんだよ」

「……あぁ、なるほどな。撤退して欲しい、ってとこか」

 

 私の言った内容へのウボォーの返事に満足し、頷いて肯定する。

 2度の妨害は、どちらもファーストアタックが派手。不意を突き、対応が遅れれば生死に関わるような攻撃は自然だったけれど、今回の爆発はさすがにやり過ぎた。

 爆弾を積んでいた車の突撃。強大な衝撃と爆発はコチラの恐怖と不安を煽るのには十二分な効果だった。でもその過剰分が策の底を見せた。

 

 1度目の妨害の際は、情報の少なさから判断をしかねた。先手を打ったような向こうの対応も、ヒソカが相手なら何が起こっても不思議ではないと最大限に警戒した。

 だけど、そんなことはあり得ない。いくら変態ヒソカだからといって、コチラの動きを読むのは不可能だ。クラピカの位置情報を把握されていることだって知っているはずがない。

 何しろこっちは半年以上前から対策し、更に下準備まできちんとしているのだ。本来であればもっと簡単に事が済んでいてもおかしくはない。

 

 2度もコチラを補足して妨害してきたのだって、目的地がクラピカで確定しているのだから、そちらを張っていれば可能なだけ。何も特別なことではない。

 ホテルでのクラピカの不自然なタイミングの逃走も、連携を密にとれていなかったから。更に逃走の直前にもたついていたことから、これは予言されていなかった、或いは新入りの彼は個人的に占われていないことが予想できる。

 爆弾詰んだ車で突っ込んできた奴等は、ホテルの地下か逃走途中で合流。私達が間近に迫るまで攻撃しなかったのは単に補足できていなかっただけ。

 それに爆弾があるのならば、完全に隠れて気配を消し、どこかに仕掛けて爆破したほうが確実にもっとダメージを与えられたはず。そうしなかったのは時間がなかったため。時間がないのはつまり、事前準備というものが全くなかったということ。

 彼らの間に打ち合わせは存在していない。どこかで雇った戦力を、コチラの行動に対し、その都度ヒソカが指示を出していると見ていい。

 どう転んでも、ヒソカの目的を果たす方向へ行くような指示を。

 

 ヒソカは信用に値する存在ではない。それはクラピカも分かっているはずだ。

 だからこそ連絡は最低限。おそらく、私達がホテルに接近する前は碌に連絡をとっていなかっただろう。

 今回私達の接近に伴い、連絡の必要性が発生した。だからおそらく今はヒソカの指示通りに動いているだろう。利用されているのも承知で。

 だけどクラピカは一族を殺されたらしいし、蜘蛛への恨みは根深い。駒で終わる気もないはず。

 故に、ヒソカもクラピカも、結局は互いを利用しあう腹積もり。共に戦う共闘関係ではあるが、力を合わせる協力関係ではない。信用など有りはしない。

 

「形だけ見れば誘い込まれてる感じだし、実際そのセンも無いとは言い切れないけどね」

「お前にしちゃあ大胆な決断だな。読み違えてたらヤベェんじゃねぇか?」

 

 あからさまな攻撃を仕掛けることで、コチラの撤退を促す。これまでの行動で得た情報はその確率が最も高いことを示し、そうならば今までの相手の行動も筋が通る。

 しかし、まだ確実ではない。そのことを言うと、ウボォーが意地悪く笑いながら問うてきた。

 確かに、高確率とはいえ確実じゃないのなら、読み違えていた場合はコチラが窮地に立たされる可能性が大だ。最悪全滅もあり得る。

 常の私であれば、この状況なら確実に撤退を選択していた。だけど。

 

「まぁそのへんは心配要らないんじゃない? マチの勘もあることだしさ」

 

 笑いながらそう答える。思考だけでは判断しかねるなら、別の手段で。

 高確率、だけど外した時のリスクがかなり高い。自他ともに認める慎重派の私としては、この選択は本来はあり得ない。

 だけどそれは、私だけで状況を判断し、行動を選択した場合の話だ。

 マチは言った、突っ込むべきだと。私は彼女の勘の良さを信用している。彼女の勘がそう告げたのならば、きっとそれが正解なのだ。

 

 ヒソカは知らない。私が蜘蛛の意見を自分の行動に組み込める程度には信用していることを。ここ最近の彼らの訪問頻度上昇もあって、心情的には既に利害関係の一致に依る関係だけではなくなり、団長の命令以外も私の行動に影響をおよぼすことを。

 ヒソカは知らない。ハンター試験以降の私を。なにせアレ以降は1度も会っていないのだし、私やその周囲がどのように変化したのかなんて彼には知るすべがない。

 ヒソカは知らない。そもそもの絡みが少なかったこともあって、彼の前ではそういう面を見せたことはないけれど、私はやられたら絶対にやり返す主義なのだ。蜘蛛だろうがゾルディックだろうがピエロだろうが、例外はない。

 

 状況の判断、マチの勘。さらに仕返し。

 この3つが揃ったからこそ、危険は承知で撤退の選択肢を捨てる事ができる。

 これはヒソカの策。彼の最終目的から、彼がここで何を成したいのかを逆算し、動く。

 

「で、こっからが作戦の変更内容。ウボォー、ケイタイ出して」

 

 私に言われ、ウボォーは私に掴まれていない方の手でズボンのポケットからケイタイを取り出す。

 ちゃんと持っててくれてよかった。まぁ、さすがにこれがないと蜘蛛としても連絡の取りようがないから持ってて当然なんだけど。

 彼の手からそれを取り、代わりに私のケイタイを渡して説明をする。

 

「ウボォーには鎖使いの相手を任せる。その画面の交点で示されてるのが標的の現在位置ね。見方は分かる?」

「ああ……。いいんだな? オレがコイツを殺っちまっても」

 

 それを聞いたウボォーは、怪訝な表情をガラリと変えて嗜虐的な笑みを浮かべた。

 1台目の車内でも言っていたし、自分に不意打ちしようとした相手を自ら仕留められるのが嬉しいのだろう。

 

 クラピカの進行方向は今までと同じっぽいけど、そう遠くまでは行っていない。当然だ、もう彼らの車は使いものにならないのだから。

 私は車から退避する際、敵から奪取していたチャクラムを前方の車目掛けて投擲していた。投げたのがそれだった理由は、酒の入ったビニールの近くにむき出しで置いてあり、武器を取り出す動作を省けたからだ。

 一応投擲武器は一通り練習してあるので、命中率には自信があった。実際、きちんと後部タイヤの1つを切り裂き、彼らの移動手段を奪うことに成功している。つまり今は、足で移動しているのだ。

 転んでもただでは起きない。今の状況を考えれば、多少の危険を犯してでも攻撃したかいがあったというものだ。あまり距離を離されると面倒だし。

 

「コイツを追うのがオレだけってことは、お前がここに残るのか?」

「うん、私はここで舐めた真似しくさったクズ共をブチ殺す。多分3、多くても4人くらいだと思うからまぁ何とかなるでしょ」

 

 ウボォーの問に、彼の腕を掴む手に力を込めながら返答する。全然痛がってくれない。

 髪と出血と全身打撲の恨み。まぁ私がここに残る役目を担う理由はそれだけじゃないけど、当然それだって含んでいるのだ。

 未だに動きを見せない敵の気配を探る。……察知することは出来ないけれど、まず間違いなく近くで待機しているだろう。察知できないのは、それなりの実力を持っていることの証明。

 クズ共の役目には分断もあるのだ。ウボォーが単独でここから動けば、ここに残った私をここに縫い止める、或いは始末するために動き出すだろう。

 ウボォーの方は、おそらくここからしばらく距離をとった場所で布陣して迎え撃つはず。速度はウボォーのほうがありそうだから、そこまで遠くはならない。

 

「ってわけで、ハイこれ。戦闘前に2本、戦闘後に3本。飲んだゴミは捨てないで、小さく丸めて私に提出すること。わかった?」

「あァ? 何でんなめんどくせぇことすんだよ、確認されなくてもちゃんと飲むってーの」

「これは命令。別に嵩張るものでもないし、文句言うんじゃないよ」

 

 握っていた手を離し、ビニールに残っていたビールをすべて渡しながら言葉を交わす。これも結構大事なことだからちゃんとしてもらわないと困る。

 結局命令という言葉が出たことにより、舌打ちをしながらも彼が折れる。本来なら嵩張るけど彼の握力なら圧縮しまくれるから、命令に逆らってまで拒否することでもない。

 彼は早速ビールを一本開け、進行方向へと身体の向きを変える。そして振り向きざまに私のケイタイを示しながら口を開いた。

 

「そんじゃあ行ってくるぜ。……今お前にやった分は、コイツを譲ったことでチャラにしといてやる」

 

 それきり彼は夜の街の更に光の弱い場所へと駆け出した。

 彼が言っていたのは、ずっと掴んでいた腕から盗んでいたオーラのことだ。まぁメチャクチャ堂々と盗んでたし、バレないはずがない。

 太っ腹なことだ。別にクラピカを殺る権利を譲ったつもりはないのに、オーラをもらった事とそれで相殺してくれたようだ。

 まぁ、多分多少減ったところで戦闘結果に変化はないと思っているのだろう。それは事実だ。

 

 ウボォーは、ほぼ確実に負ける。

 

 私が向こうに行く役目でも結果は変わらないだろう。だからこそ彼を行かせたのだ。

 向こうで負けるのがウボォーならば別に構わない。私がこっちで勝てばいいのだから。

 

 ただ、この作戦の現時点での最大の不安要素は、私が単独でクソ共に勝てるのか、という部分。

 多少痛む身体。既にトップギアのオーラ。現在の状態を確認しながら、ふと思う。

 そういえば、最近それなりに強い相手と殺し合いしたこと無いな。蜘蛛とのアレは遊びだからカウントしないし。今回のは結構久しぶりなのか。

 それを認識した途端、お面の下の表情が少しだけ歪んだ。唇が僅かに弧を描く。

 

 ……おかしいな。私は戦闘狂じゃないし、勝利が確定していない殺し合いって好きじゃないはずなんだけど。

 気分が少し高揚しているのは、何故なんだろうか。




更新間隔が結構開いてしまったので、とりあえず投稿。話を先にすすめるためにも、未熟ながらですが。
なんか今回のは納得の行く文にならなかったので、ここも折を見て修正入れようと思います。
ヘタしたら大幅に文章直すハメになるかもしれません。前後の流れは変えませんが、折を見てやろうとおもいます。

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