大泥棒の卵   作:あずきなこ

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12 前哨戦

 お面で遮られているので見られることは無いけれど、意識を切り替えて笑みを消す。平常心であるに越したことはない。

 ウボォーが去っていった方向を背にするように道路の中央に立つ。見た目だけで言うならば私がここで敵を食い止める意志がある感じだ。

 ぶっちゃけそんな気は毛頭ないのだけれど、相手の思惑通りに動いているように見せておけば、調子に乗って精神的な隙も増えるだろう。

 コチラが相手を探す必要はない。私達を分断したのが分かっているのならば、すぐに向こうから出てくるはず。

 数10秒後か、或いは数分後か。……あまり時間がかかるようだと、コチラから打って出る必要もあるか。

 手に持ったままだったウボォーのケイタイを仕舞い、月明かりとまばらな街灯の作る夜闇の中、”纏”を維持した状態で感覚を研ぎ澄まして向こうの出方を伺う。

 

 およそ6分。

 それだけの時間が経過して漸く、周囲から人の気配とオーラを感じることができた。”絶”を解除したようだ。

 時間を掛けた理由は、ウボォーが戻ってくるのを警戒してだろうか。あとは戦闘の下準備とか。何にせよ、これ以上遅かったらコチラから動かざるを得なかった。

 相手の位置は衝突地点のT字路の車が突っ込んできた方の道。私から見て正面右手の道からゆっくりとコチラに近づいてくる。

 2……か。予想よりも少ない。どこかに隠れて奇襲するつもりなのか、或いはこれで全部なのか。後者の確率は低いけど、もしそうだとしたらだいぶ楽だからぜひそうであって欲しい。

 

 徐々に近づいてくる2つの気配。音もなく建物の影から現れたのは、どちらも男。ただ、その人相はだいぶ差異がある。

 片方は大柄で筋肉質な男。と言ってもウボォーのようなスーパーマッチョではなく、がっしりと太い体躯だけどアレよりはもう少しシャープ。精悍且つ凶悪な顔立ちで見た目は30歳前後、焦げ茶の短髪に同色の瞳、灰色のズボンに上半身は裸。そして背中には大きな斧を背負っている。……どうでもいいけど、何でコイツ半裸なの。

 もう片方は、成人男性の平均的な身長で結構細身。20代に見えるタレ目の顔にいやらしい笑みを貼り付けていてウザい。金のマッシュルームカットに青の瞳、上下白のスーツに黒いシャツ、そして赤いネクタイ。持ち手が曲線になっているステッキは、武器か。

 最初に襲撃してきた奴等とは違って、今度は格好に統一性がない。マチとノブナガが相手にしているのが雑魚い量産型でこっちがどこかで拾った優秀なやつなのか、またはその逆か。それともどっちも同程度か。

 彼らは少しだけコチラに近づいたあと、抉れた道路を背にするように立ち止まった。彼我の距離はほぼ私があそこから吹っ飛んだ距離、つまりは20mほど。全員が目に”凝”をして、警戒しながら向かい合う。

 

「……んだよ、妙ちくりんな面のせいで顔は見えねぇけど、近くで見てもやっぱガキだな。こんなのが居るなんて、天下の幻影旅団も結局は名前だけのお遊び集団ってわけか」

「ックク、弱っちそうでいいじゃあないですか。これなら仕事も楽に終わりそうですねぇ」

 

 短髪の、次いでマッシュルームの声が聞こえる。初対面で早速見た目を馬鹿にするとか、このクソ共は命が惜しくないらしい。

 とは言え、短髪の方からは舐めている様子は見受けられない。粗雑な口調だが隙もなく油断もない様子だし、むしろさっきの言葉は挑発としての意味合いが強いか。私のことを蜘蛛の一員だと勘違いしているのも、彼の警戒度を引き上げている要因だろうか。

 大してマッシュルームの方は完全に舐めきっている。服装だけは紳士っぽいけど、いやらしい笑みやねっとりとした口調のせいで似非紳士っぽい印象を受ける。なんかムカツクし、コイツの呼称はもうクソキノコでいいだろう。どうせ爆弾もコイツだ多分。苦しませて殺してやるクソキノコめ。

 戦うときに最初に狙うならクソキノコの方か。短髪は獲物が大斧だから前衛のアタッカーだろうし、そうなるとクソキノコはその援護を担当するはず。

 と言うか、アッチの短髪はどこかで顔を見たことがあるような気がする。それに武器も、大斧……、……あぁ、思い出した。

 

「……そっちの奴、確かA級首の”破砕鬼”トーガンだっけ? ブラックリストとかで見た記憶あるよ」

「その声、女か。たしかにオレがそのトーガンだ。……で、それを知っちまったお嬢ちゃんはどうするんだ? 尻尾巻いて逃げたっていいんだぜ?」

 

 私が記憶を頼りに彼の正体を確かめると、返ってきたのはニヤけながらの肯定。そうかそうか、短髪はあのトーガンか。

 たしか大斧の使い手で大量殺人鬼。彼がその手にかけた人数はよく覚えてないけれど、200をちょっと超えたぐらいだったと思う。

 200人という犠牲者の数は、それだけでA級首と扱うのには数が足りない。人数的にはB級ぐらいだ。しかしそれでも彼がA級なのはその殺害現場の状況に依るものだ。

 彼の殺害現場に共通しているのは、10数mに渡り一直線に抉られた地面、そして扇状に広がる破壊の跡。大斧に依る振り下ろしで地が裂け、衝撃が広がったのが見て取れる現場。そしてその破壊の始点近くに散らばって存在する、潰れた真っ赤な死骸。

 量より質。被害者の数ではなく、加害者の能力の高さが伺えたことがA級首になった理由。それだけ危険だと判断されたということ。

 人体も地面も粉々に破砕されていたからこその”破砕鬼”という呼び名。ここまではブラックリストにも載っていた情報。ただ、私が彼について見たのはそれだけではない。

 

「フッ、別に雑魚をプチプチ潰して名前だけ広めた小物相手に逃げる必要ないし。つーかキミさ、ブシドラとか言う1ツ星(シングル)程度の賞金首狩り(ブラックリストハンター)に捕まえられてムショ行きになった雑魚じゃん。何で出てきてんのか知んないけど、死にたくなければキャンキャン吠えてないでさっさと逃げたら?」

 

 7分。

 鼻で笑いながら散々馬鹿にする。シングル認定って特定の分野でいい業績を残すのが条件らしいけど、そっちも数だけ積めばなんとかなるのでブシドラとやらも小物の可能性は否めない。確かトーガン捕まえたときは集団で行ったらしいし。

 そう、トーガンについてはニュースでも見たのだ。2年ほど前にブシドラというハンターが率いる集団に捕まったと言うのは、一応A級首ということもあって数日間はそのニュースで持ちきりだった。

 ムショにぶち込まれたのは確実なはずなんだけど。まぁプロハンターならそういった手合いでも契約して雇えるから、一応プロハンターのヒソカが雇ったんだろう。

 

「……おい糞ガキ、舐めた口利いてんじゃねえぞ。テメェも幻影旅団もまとめてブチ砕いてやろうか?」

「私の天使のような愛嬌と優しさ溢れる忠告を無碍にして、出来もしないことをピーチクパーチクと……。救いようのないアホだね、雑魚のくせに増長してるから簡単に捕まったんじゃないの? 学習能力も皆無なんだね」

「このっ……!!」

 

 眦を吊り上げてコチラを睨みつつ、低く唸るような声で威嚇するトーガン。短気は損気、この程度で怒ってちゃ駄目だと思う。

 対して私は余裕の姿勢を崩さず、表情を見せられないので大げさに両手を肩の位置まで持ち上げて、やれやれとジェスチャーをしながら追い打ちをかける。

 既に戦いは始まっている。舌戦という名の前哨戦は、先に心を少しでも乱せばそこにつけ込まれ、激昂した感情は冷静さを失い、更に心をかき乱される。

 そうなれば戦闘時の思考や肉体の動作にまで影響を及ぼす。徐々に染みわたる毒のように、自由を奪い死へと追いやる。

 相手には捕まっていた期間である2年のブランクが有る。出てきたのだってつい最近だろう。おそらく2年前当時の戦闘能力に戻すくらいが関の山だ。

 元々どの程度の実力だったのかは知らないけれど、一対一なら高確率で私が勝つ、と思う。ただ、それでも勝率をあげられるなら上げておきたい。

 それに、怒らせた割にはこっちに突っ込んでこない。一応まだ冷静さが残っているのか、それとも初撃は誰がやるか既に決まっているのか。

 何にせよまだ向かってこないのであれば、もう少し精神攻撃を仕掛けるか、と思ったところで、クソキノコがトーガンを手で制して一歩前に出て口を開いた。

 

「まぁ落ち着きなさい、相手の思う壺です。……アナタも、このボクを無視するとはいい度胸ですね。このB級――――」

「おいウルセーよ私発言許可してねーだろクズ。雑魚の金魚の糞になんか微塵も興味ないからしゃしゃり出てくんなバカ死ね」

「なっ……!」

 

 しかしそれを遮って、今度は口撃の対象をクソキノコへと移行させる。彼についての情報は持っていなかったけれど、B級首であろうところまでは聞き取ったしこれで十分だろう。

 とりあえず物凄い上から目線な言葉と、B級ということからトーガンの金魚の糞扱い。そしてさらに罵声を浴びせる。場税の割合が多いのは、彼の情報がないせいでそれ以外言うことがないせいだ。

 多分コイツもトーガンと同じように、捕まったB級首をヒソカが雇ったのだろう。……トーガンは誰かと手を組んでいたという情報はないから、このチームは急造のものか。

 ……それとどうやら、3人目もお出ましのようだ。私の言葉にわずかに表情を歪めたクソキノコが、私のから視線を少し斜め上に移してから元の表情に戻った。

 先手を取って、そこから一方的に攻撃する予定だからこの場は溜飲を下げた、と言ったところだろうか。後ろのやつの”絶”は大したものだけど、このクソキノコのせいで台無しだな。

 

「……随分と口が回るようですが、その態度後悔させ――」

「もう相手すんのめんどいからさっさとまとめて肥溜めに帰りなよ。負け犬どもの相手してる暇無いんだよ私は」

 

 もう1度、今度はトーガンとまとめて挑発する。うーん、事態が向こうにとって好転したと思ってるみたいだから、これ以上は効果が薄いか。

 近い未来で私が無残な姿になっていることは、彼らの脳内では確定事項だろう。圧倒的優位に居ると思っている状態で挑発しても、精神的に余裕があるし、こんなもんでいいか。

 まぁ、そういう方向でいい気になってくれているのも、それはそれで私にとって都合がいい。想定外の事態が起きた時に、冷静な判断力を失うだろうから。それに今までの挑発も、戦闘が長引けば後々生きてくるはずだし。

 そして3人目の相手は、”絶”から”隠”に移行したようだ。オーラの発生源が1つ……、……いや、6つ? 大きいのが1つ、おそらく能力者本体と小さいのが5つ。何らかの放出系等に属する能力でも使ったのだろうか。

 そのまま小さな5つがゆっくりと移動し、私の側面や背後へと移動していく。……おいクソキノコ、だからお前の目線は分り易すぎるんだよ。感知するまでもないんじゃないかコレ。

 

「負け犬だと……? もう許さねぇ、テメェはオレが殺す!」

「聞き捨てなりませんねぇ……アレはボクの獲物ですよ!」

 

 トーガンとその金魚の糞が、それぞれ自分の武器を構えながら叫ぶ。

 構えられたトーガンの大斧は、全長1,5mほどの長さで、柄の両側に半円型の半径25cmくらいの大型の刃が付いている。目測だけど大体合ってるはずだ。柄の先端には小型のナイフのような刃が付いていて、突きにも対応している。リーチは長くて破壊力もありそうだけど、懐にもぐりこめればなんとかなるか。

 結局名前を聞き出さなかったクソキノコの構えたステッキは、1m近くある長めのもの。尖った部分があるわけでもないし、所持者の肉体が屈強なわけでもない。アレで接近戦をするつもりじゃないだろうけど、どう使うつもりなのだろうか。

 それにしても、あえて声を出して構えることで私の意識を前方に向ける魂胆か。まぁ手段としては良いものだし流れとしては自然だけど、クソキノコのせいで台無し。アイツは実戦経験少ないだろうなぁ。

 対する私は未だに武器を構えていない。その代わり、しばらくそのまま睨み合ったあと、ゆっくりと右手を顔の方へと持って行き、顔を覆い隠していたお面を外した。

 

「あっそう、そんなに死にたいんなら全力で殺してあげるよ。……死にたいやつからかかってこい」

 

 そう言いながら、お面を横へと放り投げる。放物線を描いて宙を舞う面に隠されていた素顔が闇夜に浮かび上がる。

 私が素顔を晒すのは、視界を狭めていたものを取り外して、万全の状態で戦うということ。そして、私が仕事している時の素顔を見た”敵”は、誰であろうと生かしてはおけない。

 元より、今夜の作戦を成功させるには、私がここで勝利しなければならない。私が敗北か敗走をした場合、作戦は失敗となるのだ。この場で引く気はない。

 ……そういえば、ウボォーには今夜の作戦の勝利条件も変更になったことを言ってなかったな。まぁ、終わってから言えばいいか。

 

 背後と側面で、配置を終えたオーラが更に膨らむのを感じる。

 私はまだ素手のまま、お面を右に放り投げた状態、右手を広げたままの体勢。武装もしていない今は攻撃するにはまたとないチャンス。

 そして、お面が地面に衝突して硬質な音が周囲に響いたのと同時。それを合図にして、周囲から”隠”で隠された不可視の念弾が5つ放たれた。

 

 ここまでで、9分と少し。

 ずっと頭のなかでカウントしていた数字は、私がウボォーからオーラを盗んでから経過した時間。

 私の能力、盗みの素養(スティールオーラ)での自己強化の効果適用時間は、最後に自己強化目的でオーラを盗んでからちょうど10分。

 つまり、今はまだ効果が適用されている!

 

 念弾が発射されたのを合図に、私も地面を蹴り正面へと駆ける。

 最初に仕留めるべき相手を正確に見定めるように、目を鋭く光らせながら。




アンビシャス先輩、名前だけ出演。

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