大泥棒の卵   作:あずきなこ

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14 戦力を削れ

 ウボォーから奪ったオーラで自身の”堅”を強化。纏っていたオーラが急速に膨張し、それまでの2倍の量が私の全身を包む。

 轟々と全身から湧き出るオーラが足元の細かい瓦礫を吹き飛ばし、私の存在を彼らに大きく見せつける。

 全力で殺す宣言の後のパワーアップ。彼らの目には私が今まで完全に手を抜いていて、戦力差を把握した上でさっさとケリをつけるつもりとでも映ることだろう。

 まぁ実際戦力は大体把握したけどそんなに大差はないし、手を抜いていたとしても能力の強化分だけであって身体能力的には完全に本気だったけど。

 それでもとりあえず私の期待していた視覚的且つ精神的効果は確実に現れている。……威圧という形で。

 目を見開く彼らへと魅せつけるように、顔に貼り付けた笑みをさらに濃くしていく。

 

 盗みの素養(スティールオーラ)に依る強化は、”堅”で自身の纏えるオーラの量を2倍にする能力。これは最大値であり、最大にするには当然奪うオーラもそれなりの量が必要になる。

 強化は”堅”のみに留まらない。”堅”とは通常以上のオーラを生み出す”練”と、オーラを留める”纏”の複合技術。その念の基礎の基礎同士を組み合わせた技術が強化されるということはつまり、私のオーラの出力と安定性が共に強化されるということ。その他の念の技術や能力にまで効果は及ぶ。

 2倍というのは中々欲張った量に思えがちだが、強化量がここまで多いのは私の系統と本来の強化方法に依るもの。

 特質系の私は強化系の念と相性が悪く、オーラの単位量あたりの力強さで他系統に劣る。どういうことかというと、同じ量のオーラでも攻防力に大きな差がでてしまうのだ。系統別修行によりある程度はカバーできるとしても、そのある程度の量にだって限界はある。

 そんなわけで念系統から考えると接近戦は危険。だというのに、強化条件のオーラを奪うために必要なことが、相手の念と接触すること。しかもその距離が近ければ近いほど奪取量が多い。今回はちょっとズルをしたけれど、基本的には戦闘開始から何度も接触しないと強化が完全にはならない。

 条件を満たし2倍に増やしたところで、元の自分と同じ量の強化系能力者に勝るわけでも無し。さすがに同程度の具現化や操作系には勝てるけど、その代わり2倍のオーラを扱うということはつまり消耗も2倍ということになるのだ。一応リスクも増える。

 能力を完全な形で使用するのに時間がかかるけど、それ以降であれば自己を強化した上で更に能力まで強力になる。戦闘時間の経過とともにじわりじわりとコチラが有利になる、相手を精神的にも肉体的にも追い詰めることのできる能力。

 

 能力使用の準備は完璧。真っ向からぶつかっては勝率は低いが、ならば小細工を使えばいい。

 複数体を相手する場合は、当然1人ずつ仕留めていくしか無い。狙った相手のみと戦闘できるのが理想だけれど、それは相手の味方が許さない。

 誰かを殺そうとすれば他の奴の妨害にあい、致命傷を与えることは難しい。逆にコチラがじわじわとダメージを蓄積させてしまう恐れもある。

 だったら他の奴らを標的から引き剥がし、邪魔が入る前に仕留めればいい。

 デカい斧を持っている割には結構機敏に動いてくるトーガンとは違い、後衛の2人と1対1の状況であれば冷静な思考も対処も可能。能力もある程度暴いたので今度は先程よりも攻めやすい。

 散々に繰り返してきた挑発的な言葉。トーガン以外の2人相手に対して示した近接戦闘での優位性、それを加味して恐怖心を煽る言葉。

 冷静さを奪い、力を示し、恐怖心を与える。舐めた態度で怒らせ、更に力を出し切っていないとまで告げて。

 

 一発デカいのかましてやるか、とやや重心を前に傾けた瞬間、向こうから動きがあった。

 トーガンだ。彼が私より先に攻めに転じてきた。

 そしてそれに追随する形で、他2名からも支援攻撃が飛んでくる。片方は先ほど見た通りの目玉を6つ、もう片方はステッキの先端から発射した……灰色の球体?

 綺麗な形ではなく、ところどころ不安定に変形しつつも基本は楕円の形を取りながらこちらへ飛来する。何だアレは、新しい能力か。

 まだ彼の方は能力の一部しか見えていないから不確定要素が多い。……まぁ、なんとかなるだろう。

 

 それにしても、少しだけしてやられた感がある。

 トーガンが私よりも先んじて動いたことにより、私が握っていた戦闘の主導権を少しだけ取り戻された。

 理想は私が攻め続けて完全に戦場を掌握した上での完全勝利だったけど、さすがにそう上手くはいかないか。思ったよりも早く彼は精神面を持ち直してきた。

 戦力の要であるトーガンに引きずられるように、他の奴らも。やはり総合的に見てもトーガンが最も厄介だ。

 ……まぁいいか。向こうが攻めの姿勢に転じたのなら、コチラもそれはそれでやりようはある。

 

 武器は構えずに素手で構え、彼らの攻撃を迎え撃つ。

 振り下ろされた大斧を横にずれて避ける。鋭い風切り音と衝撃の余波。

 追撃の連撃を大斧の柄、或いは刃の横の広い面を手足で打って軌道を逸らしていなす。

 こんなデカい凶器、小型の刃物で防御したところでほぼ無意味。だったらすべて避けるしか無い。幸い速度は私が上なのだ。

 トーガンの連撃の合間にも目から念弾のビームが放たれ、灰色の球体は私が回避した後、軌道を下にずらして地面に着弾すると、粘着質な音を立てて灰色が地面へと吸い込まれ、そこから腕が生えて足を拘束しようとしてくる。

 なるほど、ステッキから発射されたあの灰色の球体で物質を操っていたわけか。最初の発動時は直接地面に流しでもしたのだろうか。

 直撃したらどうなるかはわからないけれど、まぁ弾速から言っても回避はさほど難しくない。球を回避した後の腕という2段構えが嫌らしいけれど、それだって回避は可能。

 

 狙いを定められないように立ち位置を大きく変えながら、相手の攻撃を見据えて避け続ける。反撃の糸口は見えているけど、あまりこの状態を続けていたらいずれ直撃を貰うだろう。

 現状、私が回避し続けていられるのは、偏に彼らの連携が碌なものじゃないからだ。

 前衛はただ只管に私に張り付いて私を逃さないように努めている。大ぶりではない攻撃を繰り返し、常に私の意識が自分に向くように仕向け、後衛の援護射撃で私が隙を晒すのを虎視眈々と狙っている。

 その彼の基本姿勢は間違いではない。間違いではないけれど、正解には程遠い。

 自分勝手に暴れた挙句に捕まった犯罪者達。少なくともトーガンは常に単独で反抗に及んでいたし、今回のように共闘などしたことがないだろう。攻撃のぎこちなさから後衛の2名も同じような感じだ。

 刑務所から出てきたのもつい最近のはず。その時点で初対面だったであろう彼らは、互いの戦闘スタイルなど知る由もない。加えて、勘を取り戻すのに精一杯で連携訓練などしている時間もない。

 つまるところチームワーク最悪。反撃する余裕はないけれど、私が回避し続けていられるのもそれが理由だ。トーガンが私に張り付きすぎて後衛は思うように攻撃できない。埋めるべき攻撃の隙間が埋まらず、逆に互いに見合うぎこちない攻撃。

 とは言え、いつまでもこの状況に甘んじているわけにもいかない。連携の悪さなど実戦の中で改善することは可能。

 準備だけは怠らぬよう、只管に避け続けてその時を待つ。

 

「この、チョコマカと……っ!!」

 

 トーガンが短く毒づく。

 振り下ろし、横薙ぎ、刺突。全方位攻撃、拘束。致死性の攻撃が幾度も私を掠め、破壊音が響き渡る。

 息つぐ間もなく繰り返される攻撃の合間、しかし遂にわずかに見つけた反撃の隙。

 それを逃さぬよう、更なる能力を発動させる。

 

 私の右腕に、突如として出現した大量のオーラ。回避の合間に彼らから盗み続けたオーラを、右腕1本に集中させる。

 盗んだオーラの攻防への転用。盗んだ量がそのまま任意のタイミングで自身の攻防力に還元される、私の持つ切り札の一つ。

 量の上限が定められているわけではないので、オーラを集めれば理論上では1撃で大陸を破壊することも可能。まぁあくまでも理論上であって、実際の上限は私がこの能力を使用時に扱える量、つまり私の実力次第。

 その上限も、強化された状態の私であれば増加する。集まったオーラの量は膨大で、圧倒的な存在感と更なる威圧感を周囲に放つ。

 

 能力発動の兆候か、或いは直接その腕で殴るのか。

 少なくとも私が強化系でないことは、私からのドレスの女性への攻撃から推察されてるはず。とは言え、能力と打撃のどちらであってもこの量は脅威。

 咄嗟の出来事にトーガンは、確実性を選び回避ではなく防御を選択。本能的に自身を守るための最適解を導き出し、後ろに下がりつつ斧を全面に構えて攻撃に備えた。

 それこそが、私の狙いとも知らずに。

 

 私は敵の数が減るまでトーガンの相手をするつもりはないのだ。

 だけど彼は前衛として常に私に張り付き、他2名のもとへ行く暇を与えないようにしている。

 しかし彼はチームプレイ初心者。後ろをカバーするための動きは、そのことを意識していなければ実行できない。

 で、あるならば。意識も思考も入り込む余地のないの無い、反射的な行動を取らせてしまえばいい。

 突如膨らんだ私のオーラ。彼はそれを見て反射的に取った行動は、味方ではなく自身(・・)を守るための行動。今まで連携などしたことがない彼は、咄嗟の判断の際に味方を守るという選択肢が浮かび上がらない。

 彼は多少の危険を犯してでも私を止めるべきだった。そもそも彼には仲間がいるので、彼らの援護が最適であれば私の反撃も潰すことは出来たかもしれない。

 しかしもはや手遅れ。私とトーガンは常に至近距離で戦闘していたため、先ほどまで同様に援護射撃も思い切って行えない。加えてトーガンの攻撃が止み、私の行動を阻害する要素が減った。

 動きが咬み合わない。それが、奴の死因。

 

 肉薄し右腕を鋭く前へ突き出す。狙ったのはトーガン本体ではなく、彼の持つ武器の柄。それを強く掴む。

 武器を捨てる選択肢も彼にはあったけれど、彼はそれを選択しなかった。……捨ててくれたほうが後々楽だったけれど、贅沢は言えないか。

 掴んだ斧の柄を膂力に任せて強引に振り回す。後方の上空へと放り投げると同時に、右腕のオーラを全て放出。トーガンとともに上後方へと飛ばす。

 攻撃ではなく、障害の排除へ。アレだけの量のオーラを、ダメージにならない方法で運用する。私が練り出したオーラじゃないから負担はないけど、それを知らない相手からすればかなり意外な行動。フェイント効果も十分。

 後方から聞こえてくる声を無視し、ドレスの女とクソキノコの方へと全神経を集中させる。

 

「チッ、使えない……! 冗談じゃないわよ!!」

 

 女の声に焦りが混じる。自分たちのどちらかが狙いであるという事を悟り、彼女たちはほぼ同じタイミングで地を蹴って後方へと距離をとる。

 しかし、ここでも足並みが揃わない。基本的な連携の確認くらいはしているだろうけれど、やはりこういう咄嗟の際の行動はそれぞれ勝手に動いてしまう。

 ドレスの女は真っ直ぐ遠く後方へ、クソキノコは斜め後方に短い距離。戦闘スタイル、そして間合いの違いが彼らの動きを違えさせ、互いが互いをカバーしきれぬ程に距離が開く。

 

 今度は複数の投擲用ナイフを何度も投げつけながら、女へ接近する。狙いはコイツ。

 迎撃のために各方向から放たれる念弾を避けるために、低い体勢で地を這うように、ジグザグな軌道で。

 紙一重で攻撃を避け続けながらも、進む速度は緩めない。距離を急速に縮めながらも、ナイフを投げて横の動きを抑制させ路地に逃がさないようにする。私への迎撃、さらに防御に向かない彼女の能力では対処しきれず、逃走ルートは真後ろに固定される。

 漸く巡ってきたチャンス、逃しはしない。ただ只管に、前へ、前へ!

 

「やらせませんよぉ!!」

 

 最初に私の方へと仕向けられていた6つの目玉は、既に私の後方。どうも撃つときは一瞬動きが止まるようで、撃ちながらだと私に追いつけない。そして後ろからの射撃も、オーラの位置が把握できる私は見ずとも回避できる。

 後ろへ下がりつつ手のひらの目から射撃する彼女の周囲には、彼女を守るように残りの4つが展開されて、彼女の傍を離れない程度にコチラに射撃を行っている。

 キノコは叫びながらも頭大の石を飛ばして来た……が、その石には灰色をした蝙蝠の羽のようなものが付いている。地面から生える腕に似たような能力の一環だろうか。

 速度は灰色の球体とは比べ物にならないほど早い。能力で物体を高速で打ち出して、羽で軌道修正くらいの効果だろう。女に近づく前に私に当たりそうなコースだけれど、避けるのは容易。

 

 後方からの射撃が止まる――――いや、目玉が全て消えた。再度具現化するつもりか!

 だけど、もう遅い。再度具現化するまでタイムラグがあることも、その時間も先ほど承知している。

 直線的な動きになってしまうけれど、オーラを足に集中させて突っ込めば多少のダメージと引き換えに仕留められる。

 準備は出来た。次の一歩、このキノコの飛ばしてきた岩を回避したら――――っ、地面から腕!?

 

 慌てて横へと飛び退く。地に足がつくまでの僅かな時間に、何が起きたのかを脳内で瞬時に整理。思考は私の強み、戦況は常に高速で思考して処理する。

 斜め後ろから後ろ腰あたりへと飛んできた、羽が生えた頭大の石を避けた。予想通り回避方向にわずかに追尾してきたけれど確かに避けたのだ。そこまではいい。

 問題は、その後。その石がさらに軌道を下へと変え、地面にあたったその瞬間。そこからアスファルトの腕が生えてきたのだ。

 

 石からは羽が失われている。状況から察するに、あの石はただ単に速度と追尾性が付加された攻撃だけじゃなくて、さらに能力の中継点としての役割があると見える。

 本体が持つステッキや灰色の球だけじゃなくて能力で飛ばした物体からもアクセスできるのか!

 回避しても多少なら軌道修正してくる物体を躱しても、更に軌道を変えたその物体が媒介となって、もう1度その着弾点から捕縛用の能力を発動するのか。いやらしい攻撃だ。

 先程よりも警戒度を上げるべき……だけど、やはり早急に対処すべきなのは手数が多く全方位攻撃ができる女の方!

 

 意識をキノコから女へ切り替え、接地した瞬間に再び女へと突っ込む。

 タイミング的には最悪。今の回避行動のせいでわずかに時間を消費し、向こうはおそらく目玉をもう一度具現化するまでの時間が稼げているはずだ。

 だけどやるしか無い。次以降は警戒されるし、回避ルートも合わせてくるはずだ。

 危険度が高かろうともチャンスを逃すべきではない!

 

 投擲用のナイフではなく、主武装のダガーへと持ち換える。

 間合いまで後数歩にまで近づいた女の姿。その周囲を守るように飛ぶ目玉は、撃つときは止まるという性質上やたらと撃てない。私の攻撃にカウンターで合わせるタイミングに使うのだろう。

 他の敵からの妨害は無し。ならば今最も警戒すべきは、目の前に再度現れた6つの目玉!

 

「死ねぇ!!」

 

 覆われていない片方の目を限界まで見開いた女の殺意の込められた叫びに呼応するように、6つの目玉に変化が起きる。

 見せたのは今までになかった動き。ぼこり、ぼこりと、泡立つように表面が球状に、いくつも隆起しだす。

 内包するオーラ量がどんどんと増えていく。今まで見ていた限りでは瞳が発射口だったけれど、今は閉じてしまったのかそこから念弾が射出されることはない。

 本能が警鐘を鳴らす。コレは掻い潜って標的を仕留められるような攻撃じゃない。標的から遠ざかってでも回避しなければならない!

 

 瞬間。

 過剰なオーラの供給に耐えられなくなった目玉が、遂に崩壊した。

 周囲へと無差別に、何本もの光条を放ちながら。

 更にそれに合わせるように、残りの目玉が私を正確に狙い撃つ。

 

 数が多すぎる! やはり掻い潜って攻撃するのは不可能!

 6つの目玉が一斉に崩壊した瞬間、反射的にその全ての軌道を読み取ろうとする。

 だけど間に合わない。仕方なしに、不完全だけど現段階では一番安全且つ効果的なルートを選出し、即座に実行に移す。

 体を少し浮かせ、捻り、反らし。手足を伸ばし、畳み。ドレスの女の横を通過し、空中で横になった体を回転させながらも被弾数を抑える。

 手足や脇腹に痛みを感じながらも、光条で構成された網を直撃だけは回避して抜けきった。

 それと時を同じくして、距離が近かったせいで自身も光条に煽られたドレスの女も、漸く私の状態を確認する余裕が生まれる。

 

 被弾箇所の確認は後回し。空中で体勢を整え、反撃に移行。

 回避も、そしてその後の行動も。体が軽く体積の小さい私には、アクロバットな動きやそこからの復帰の速さについてはかなりの自信がある。体勢を整えながらも持っていた左手のダガーを予想着地点へ投擲。

 オーラを纏った凶器は地面へ斜めに深々と刺さる。その持ち手の先端部分を足で踏みつけ、膝を曲げて前進の勢いを殺しながら、ダガーを通して地面へとオーラを流しこみ、足元の強度を増加させる。

 そして勢いを殺しきれないまま、ダガーをスパイク代わりに足の筋肉をを酷使して無理矢理に進行方向を反対にする。――――標的へと向けて。

 

「ッ!!」

 

 息を呑む音は、私が苦痛から漏らしたものか、それとも彼女の驚愕からくるものか。

 どちらにせよ、彼女の捨て身の攻撃を何とか掻い潜り、逸れた軌道を強引に修正して、私と彼女は互いの向きを入れ替えて再び対峙する。

 視線が交錯する。彼女の周囲には目玉が1つしかない。本人も僅かにかすり傷を負っていることから、先ほどの捨て身のカウンターで彼女自身も軽くない被害だったと推察。

 巡ってきた最大の好機。今度こそ仕留める!

 

 彼女本体の攻撃に先んじて、目玉の瞳にオーラが集まる。幾度も撃たれるうちに気づいた、発射の兆候。この直後に、瞳の位置と向きからまっすぐに発射されるのだ。

 直後に放たれる念弾と、それに突っ込んでいく私。相対的にかなりの速度になっているけれど、発射タイミングも軌道も完全に読みきっている。

 ”流”で瞬時に左手に全てのオーラを集める。強化状態によって、”硬”の状態で集められたオーラの量もかなりのもの。

 その左手で、向かってくる細長い楕円形の念弾を、横合いから殴りつける。

 貫通力があるのならば、正面からではなく横からぶっ叩く! 結果、念弾は弾き飛ばされて防御に成功。

 目玉の第2射も、新たに具現化するのも間に合わない。正真正銘の一騎打ち。

 

 間合いまであと一歩。

 恐怖と焦りに彩られた女が、構えた両の手の目から、高威力の念弾を放つ。

 正真正銘、彼女の最後の一撃。

 

 舐めるなと、言ったはずだ!

 

 心中で吼える。速度も、体捌きも、反応速度も。近接戦闘における命中や回避に関する全ての能力が、遠距離タイプの彼女だと私より下回る。

 ただ真っ直ぐと、掌の角度から射線が、集まったオーラから発射のタイミングが。圧縮された時の中、伝わってきた情報を頼りに体を捻る。

 屈んだ私の頭のすぐ上を、ひねった私の胴体の真横を、念弾が通過する。

 躱された。それを悟り絶望に歪んだ彼女の顔を鋭く睨みつけ、口元だけで酷薄に笑う。

 魅せつけるように、右手に持つダガーに”周”で全身のオーラを流し、”硬”の状態にする。

 わずかない時間での、部位を変えての2度の”硬”。単位量あたりのオーラの威力が低い特質系が、総量や顕在量よりも優先して鍛える、オーラの超高速かつ繊細で大胆な扱い。

 最後の抵抗をするための心さえも奪い去るように。必殺の腕を振りかぶる。

 

 勢いをそのまま、恐怖に縛られた彼女の横を流れるように通過しながら、殺意を振るう。

 その際に夜闇に煌めいた一本の鈍い光の線。カツン、と、硬いものを刃が一息に切り落とした軽い音。

 そして彼女の首元に現れた赤い線と、その直後にその頭が落ちたことが、交差した瞬間何が起こったのかを如実に表した。

 首を切り落とす。私が普段からよくやる殺し方で、最も静かに、そして確実に命を奪える方法。

 

 ゆっくりと傾いた体が、何の抵抗もなく後ろから地面へと倒れ伏す。

 まずは、これで1人。

 

「なっ……!? くっ、おのれぇ……!」

 

 進行方向を1度真逆に変えたことによって、私の正面の視界には先ほどまで後方に居たクソキノコが映る。憎々しげな呻き声を上げる彼を一睨みし、その場で足を止める。

 彼以外にもう一つ視界に映るのが、彼のさらに遥か後方にぶん投げられたトーガン。……オーラの位置でわかってはいたけど既に着地済みか。

 まぁ吹っ飛ばされててもオーラを放出すればその時の推進力で、少し軌道を変えるくらいなら空中でも身動きが取れるし、それは予想出来ていた。下方に軌道修正すれば、重力も手伝って着地はかなり早まる。

 余計な知恵を使わず、素直に長距離を長時間吹っ飛ばされててくれるのが1番良かったけど。そうしたらその隙にもう1人殺せたかもしれないし。

 まぁ贅沢は言うまい。一先ず味方と合流しようとするトーガンを睨みながら、止めた足をジリジリと後退させる。

 この位置関係だと、キノコが下がれば私が彼に到達するよりも向こうの合流のほうが先になる。2対1なら何とかなりそうだけど、やはりダメージを抑えるためにはもう1度後衛とタイマンに持ち込むのが懸命だ。

 ……今夜は、コイツらの後にもう1戦控えていることだし。無理は禁物だね。

 

 彼らに背を向け、すぐさま死体を回収。切り離した頭も、胴体も。

 そして地面に刺したままだったダガーを回収し、”絶”で気配を消して路地に入る。

 上を見上げ、開いている窓を発見する。両側の壁を交互に蹴って上昇し、そこから建物内部に侵入。

 

 私の姿と気配が消えたことで、彼らも無理に追うことはせずに”絶”で気配を立ち、さっきまで戦闘をしていた通りから姿を消して潜伏した。

 これも、私の望む通りの展開だ。建物内を更に移動して、侵入したのとはまた別の、さっきまで居た通りが見える部屋へと辿り着き室内で座り込むと、ほくそ笑む。

 まぁ彼らは仲間を失って、位置はまだバラバラ。無理してでも追えるような状態じゃなかった。更に私は血を流し、死体も回収していったので、血の匂いを追えば私を補足できる。

 むしろある種最善ではある。状況的には向こうは私を補足できるけれど、私はそうではないのだから。……あくまでも一般的には。

 知ってか知らずか、確かに”絶”で潜伏された場合はオーラを感知できない。けれど、その状態だって見つける方法はあるのだ。

 

 一先ず、受けたダメージを確認。

 ……脇腹や腕、足から数箇所出血。傷は深いものじゃないし、出血も大した量じゃないのですぐに収まるだろう。

 方向転換の時に酷使した足も、”絶”の状態でいればすぐに回復する。念弾を殴った手も、血が少し滲んでいる程度。

 受けたダメージは予想以上だったけれど、戦闘続行は可能。数が減った分やりやすくなったし問題ない。

 やはり後衛のキノコも接近戦であれば速度で圧倒できる。タイマンに持ち込んで急所に必殺の一撃を叩き込めば難なく殺せるはずだ。

 できればトーガンとはまだあまり接触したくない。速度のみで圧倒している現状、アイツとパワー勝負に持ち込まれたら仕留めるのが難しくなるし。

 単純な攻撃力も防御力も、純粋な強化系であろうトーガンには敵わない。そこに気づかれるのは遅ければ遅いほどいい。ならばこそ、私は私の土俵で戦い続ける。

 そうすれば、今回のように多少予定から外れても被害は少なくて済む。

 

 まぁ、とりあえずは肉体の休息と、クソキノコを殺すための下拵えだ。

 隣に転がる首のない死体へと刃物を突き立てながら、次の行動に思いを馳せる。

 ……どうせ全員殺すんだし、使える技は使っておくか。


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