大泥棒の卵   作:あずきなこ

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03 誰にも言わない隠し事

 足を踏み入れたそこは薄暗い地下道のようなところだった。エレベーターから出てきた私に一時的に目線が集まるが、すぐに興味をなくしたように逸らされる。

 ざっと見ただけでもすでに100人近くの人が到着しているようだ。ここまで来るだけあってそれなりの実力はあるようで、すこしピリピリした空気が心地よい。

 まぁでも、本当にそれなりだ。脅威には成り得ないし彼らは特に警戒する必要もないだろう。

 警戒すべきはヒソカである。あのピエロ、道に迷って辿り着けなければいいのに。

 それかナビゲーターさんがアイツが来れないようにしてくれればいいのに。

 私の視界にはいないけど、もう来ていたりするんだろうか。

 

 周囲の確認を終えると豆のような形の顔をした男性が近づいてくる。手には籠があり、中には数字の書かれたプレート。番号札のようなものか。

 

「番号札をどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 礼を言って受け取る。私は88番か。

 まだ開始までは時間あるだろうし、どうしようかな。

 あ、そうだ。会場についたらやらなければいけないことがあるんだった。

 一応許可はもらっておこう。このお豆さんはハンター協会の人間のようだし、一応聞いておこう。

 

「あの、すいません。ここで写真とかとってもいいですか?」

「はぁ、それはかまいませんが……」

 

 そう、私は写真をとって試験の状況を報告するように椎菜と楓と約束してしまっていたのだ。まぁ写真は別になくてもいいはずなんだけれど。

 微妙な顔をされてしまったが写真を撮る事自体はどうやら問題はないようだ。

 まぁ実際問題そんなもん取ってどうするんだって話だよね、試験場所とか課題も毎年変わるから参考にもならないし。

 

「それと、さっきのステーキ定食の代金って払わなくていいんですか?」

 

 ついでなので気になっていたことも聞いておくことにした。すると返ってきた答えはなんとも気前のいいものだった。

 

「先ほどのお食事の代金でしたらこちら持ちとなっているので結構ですよ」

「そうですか、ありがとうございます。ごちそうさまでした」

 

 にこやかな豆の人にそう言ってその場を離れる。代金は払わなくていいのか。もしかしてマジで最後の晩餐的な意味合いを含んでるんじゃなかろうか。

 しかし撮影許可は貰った。とりあえず到着したことを伝えておこう。

 

 携帯を出してカメラを起動して片手に持ち、もう片方の手で番号札を見せつけるようにし、他の受験生をバックに自分撮りをする。

 肖像権とかそんなことは気にしない。泥棒に法律のことを説いても何の意味もなさない。職業からして違法なのだから。

 それに彼らにとってもコレが人生最後の写真になるかもしれないのだ。遺影替わりだと思って納得してください、あなた達は背景ですけどね。

 

 私の顔写真を二人が持っていることも、まぁ大して問題無いだろう。

 真城芽衣は、死んだ。

 本名と偽名両方で応募してある。偽名の方は指紋とかは適当に偽装したが。ちなみにこれも彼女たちは知らない。

 私と連絡がつくこと、というかメールしてることを言わない、そして試験会場で撮った写真は絶対に他人に見られないように徹底することを約束させてある。

 前者は真城芽衣を会場に辿りつけずに消息不明になってしまった可哀想な少女に仕立て上げるため。まぁすぐに死亡者認定されるだろう。

 後者の写真はそもそも二人が言い出した。心配だからとテキトウな理由を言っていたが好奇心旺盛なだけだろう。こっちは約束さえ守ってくれれば問題ない。

 

 私が犯罪者と断定されて追われる日は、その可能性を徹底的に排除しているので、もしあったとしてもかなり先の話だと思う。

 たとえその日が来てもメリッサと芽衣が同一であるとはわかりにくい。片方は戸籍が存在せず、片方は戸籍上行方不明のままか死亡しているから。

 もし繋がったとしても二人に危険はおそらくないだろう。シャルお手製の携帯は電波を傍受することができないらしくその線は問題ないし、後は私がそれなりに気を使えば私と関係があることはバレない。

 合格後は小悪党に狙われるからと理由をつけて色々納得させて徹底すればイイ。マズイことになることはないだろうが、なったらその時きちんと対応しよう。

 

 他の背景の人間については気にしない。ヤバそうなのは写さないよう配慮するが、他は何らかの志がある者か悪党でも大したことない奴ばかりだし。多分顔写真に価値は出ない。逆に価値が出たら他の部分をモザイクかけて売っぱらって儲けてやればいい。

 とりあえずヒソカは彼女たちの目に毒だから映さないようにしようと心に決めつつ、ポチポチとボタンを押してメール本文を作成する。

 

〈わたし、メリーさん。今試験会場にいるの〉

 

 メールの本文をそれにして、今とった画像を添付してまずは楓と椎菜に同時送信。ついでクロロにも同じ内容のものを送信。特に言われてないが、報告はするようにしよう。

 2回に分けたのは同時送信すると楓たちにクロロのアドレスが割れるからである。女子中学生の携帯の中に登録はされずとも極悪人のアドレスがあるのは、それと気づかずにいたとしてもちょっとイカンだろう。

 私も悪人ではあるけど、まぁ念の為に。蜘蛛はA級首でもあるし。

 私はB級首。最近上がったのだ。あまり殺しはしてないがなんでも被害額が結構大きいらしい。まあ結構長いこと泥棒として活動してるし、偶に盗り溜めと称して精力的に盗みに励む時期もあるので被害件数も結構多いだろう。

 でも私の情報は本を好む・変なお面・小柄がせいぜいである。個人を特定するための情報がほぼ割れていないので普通に暮らすには問題ない。

 しかしその程度の情報しかないにもかかわらず同一犯であると判断できるほど調べ、さらにB級にまで上がってしまうとは向こうもなかなか必死だ。

 でも古書の類は高価なものが多いからしょうがないよね。

 

 今後も顔バレ、身元バレだけは気をつけよう。平穏な暮らしもいいけれど、そのために盗みをやめるつもりも今はない。だって欲しいんだもの。

 夢はでっかく大泥棒、理想は顔も身元も名前さえも不明なA級首だ。

 

 携帯をしまい、さてどこで待機しようかと周囲を見渡し、人にぶつかられたくないので壁にあるぶっといコードの上に座る。目についたのでテキトウに選んだけれど、なかなか頑丈なようだ。こんな場所じゃ他にマシなところもないだろうし、ここでいいや。

 

「ねえ君、新顔だよね?」

 

 荷物を漁る。どれで暇をつぶそうかな。

 

「ねえ君、キミだよ、お嬢さん」

 

 あぁもううるさいな。

 顔を下に向けると、特徴的な形の鼻をした男性が人の良さそうな笑みを貼り付けてこちらを見ているのが映った。

 

「よかった、気づいてくれた。オレはトンパっていうんだ。よろしくね」

 

 友好的な態度で私に話しかけてくる男性、トンパというらしい。

 しかしその表情が”貼り付けられたもの”であるのはバレバレである。

 どことなく人の悪そうな感じがにじみ出ている。もう少し頑張って隠せないものだろうか。

 

「なあ、この試験についてアドバイスしてあげようか? この試験ももう35回受けてるし、試験のベテランみたいなもんなんだ」

 

 別にいいですぅ。

 私は何も言わない。なんかもう胡散臭い事この上ない。

 しかも35回。諦めも肝心じゃないのかな、人生ってさ。

 泥臭くあがく人間は好きだが、このおっさんはなんか違う気がする。

 

 何も言わない私をどう思ったのかは知らないが、このトンパという男性喋る喋る。ええいやかましい。耳障りだコンチクショウ。

 なんか試験についてのことを言っているようだが素直に信じるわけがない。騒音でしか無いのでやめてほしい。

 とりあえず私は彼の目をじっと見つめる。

 無表情で。

 じーーーっと見つめる。

 彼の話にはなんの反応も示さず、ただ見つめ続ける。

 

「うっ……と、とにかくわかったかな? 危険な試験だし、アドバイザーって必要だと思うんだ」

 

 あんま聞いてなかったけどそういう話の流れだったの? いや、35回落ちた男にアドバイスされましても。それって落ちるためのアドバイスじゃないんすか?

 それにしても見つめる作戦はなかなかに効果があるようだ、居心地悪そうにしている。

 

「じゃ、じゃあ何かわからないことがあったら聞いてくれよ、なんでも教えてあげるから。ホラコレ、お近づきの印にあげるよ」

 

 またな、そう言って私の座っている脇に缶ジュースを置いてそそくさと去っていくトンパ。

 さっきここまで来て毒物はないだろうとか思っていたがどうやらそんなことはないようだ。っていうか受験生(おまえ)が出すのかよ。

 どんな効能の薬かは知らないが100%入っているだろう。このジュースは放置決定だ。

 

 荷物から音楽プレーヤーとメカ本を取り出す。どちらも電力を消費するが対策として大量の電池と充電器がカバンには入っている。1ヶ月くらいは持ちそうな量だ。

 と、出したところでメールが届いた。椎菜と楓のが2つ同時に。一緒にいるのだろうか。

 椎菜からは、

 

〈会場までたどり着けるなんてすごいねっ! 無理しない程度に頑張れ~!〉

 

 称賛と応援のメール。うむ、気合が入ります。

 楓からは、

 

〈メリーさん(笑) 化けて私たちの後ろに立つような事にならないようにねっ!〉

 

 心配しているような内容のメールが届いた。どちらも絵文字略。

 しかし楓さん、メリーって私の本名の愛称なんですが、知らなかったとはいえ(笑)は酷いんじゃないでしょうか。おみやげのランク下げるぞ。

 いやまぁ確かに私も怪談ネタを意識したメール送ったけども。

 

 イヤホンを耳にはめようとしたところでところでイヤ~な気配が近づいてくる。明らかに私を目指して。居たのかちくしょうめ。

 さっきから行動妨害されすぎじゃないか私。

 いや、これはひょっとして私が暇しないようにという配慮なのかもしれない。いやいやそんなバカな。

 

「やあ、メリー◆ きみも受けに来たんだねぇ★ 見てたよ、君が新人潰しくんに絡まれてるトコ◇」

 

 変態ピエロが現れた!

 何処にも逃げ場のない地下空間、逃げるコマンドの使えない場面で出てくるだなんて、神様は私に意地悪だ。

 そりゃそうか。だって身近に逆十字を背負った人がいるんだもの。というかそれ以前に私犯罪者だもの。悪党だもの。そりゃ神様だって私のことが嫌いになるだろう。

 嫌いなら嫌いでいいからほっといてください。私に試練を与えないでください。

 

「まぁね。あると便利だから欲しくなったんだ。っていうかアイツやっぱそういう奴だったんだね、胡散臭いとは思ってたけどさ」

「うんそうだよ、まぁ今年はまだアレに引っかかった人はいないみたいだね☆ ああ、それにしても、キミがいるならボクも退屈しないで済みそうだなぁ◆」

 

 うお、イカン。これは、イカンぞぉ。試験中にヒソカとドンパチやるなんて冗談じゃない。

 そんな事になったら怪我をしてその後の試験に支障が出るかもしれないし、最悪死んでしまう可能性だって0ではないのだ。

 何とかターゲットを変更してくれないものだろうか。いやマジで。

 

「えぇー、私は何かする気ないからね。他のことで暇つぶししなよ」

「残念、また振られちゃった☆ しょうがない、ボクはまた美味しそうな果実を探しに行くとするよ◇」

 

 さっきは見なかったと思ったらそんなコトしてたのか。皆逃げてーーっ!

 いや、しかし私にとってはコレは好都合だ。運よく今回の試験にヒソカが気に入る人物が現れれば私としては一安心である。気に入られちゃった人はドンマイである。

 

「そういうの好きだね、ヒソカ。まぁ、今年はハメ外し過ぎないようにね」

「退屈だったらあまり保証はできないかな◇ それじゃ、お互いがんばろうね★」

 

 手をヒラヒラさせて去っていくヒソカ。今みたいな常識的な発言もするが、戦闘が絡むと一気に狂人へと変貌してしまうのはいかがなものか。

 それさえなければ別に悪いやつじゃないかもしれないのに。欲求が強いのは私も同じだが、ああはなりたくない。

 

 去っていくヒソカの背中を見つめていると携帯が震えた。メールだ。クロロから。

 

〈会場につけたなら合格は問題無いだろう。危険なことはするなよ〉

 

 危険なこと? ハンター試験程度で私にとって危険なことは無いような気が……あ、危険なことってもしかしてヒソカと接触することですか? だとしたらすいません、もう手遅れです。

 

 心のなかでクロロに謝り、メカ本を開く。ミルキくんお手製のこの中にはデータ化された本がぎっしり詰まっている。

 以前我が家でクロロにも言ったように盗んだものと、そこら辺の書店で買ったポピュラーな小説、雑誌類。

 しかしクロロにも言ってないものが入っている。それは”禁書フォルダ”にパス付きで入れている。

 

 これは念がかかっていた本を除念して、スキャナーで読み込んだものだ。除念せずにスキャンしたらどうなるかわからないのでそんなことはしない。

 っていうかそんなコトしたら間違い無く念は私に向かってくるだろう。それをやってみなかった人がいないわけがない。それでも読んだ人は全員非業の死を遂げるなりなんなりしていて、世間にはまったく出回っていない。

 

 私の除念能力は、あるとき唐突に発生したものだ。能力の性質は他の2つの能力の性質を受け継いでいるようなので、除念能力が発現するための基礎はできていたんだろう。

 盗んだ本に念がかかっており、何をどうやっても開くことができなかったのだ。最初に開かないタイプの念に当たったのは幸運だった。読むことができても死んでしまうような本、時間を置いてじわじわと呪うような本もあるのだ。

 開かない、開かない、なんで開かないんだよ読ませてよ邪魔なんだよコノヤロー! と本を両手で持ち叫んだ時に能力が生まれ本を卵が包んだ。

 何となくこうするべきだろうと念を送り続け、卵が自動的に割れ、中から出てきた本からはオーラが感じられず、ページを捲れるようになったときは本当に感動した。ちょっと涙ぐんでた。

 

 その後念に細かい条件をつけた。何度も使うだろうし、後に引かないような条件を付けた。

 誓いがあり、それを遵守する覚悟があれば念は強度を増す。”制約と誓約”は後付できる。一度決めたら変更はきかないが。ていうか後から変更できるようなへなちょこな覚悟ではそもそもなんの意味もない。

 結果的に除念に時間が掛かるし除念中のリスクが結構高い能力が生まれた。念のかかった本はかなりの数あるので、除念後にいちいち影響が残るのは困る。外的要因で卵を割られ念が帰って来ても自身を除念することはできないのでちょっと怖いけど。

 

 そもそも自分以前に人に有効なんだろうか。やったことがないので分からないが多分いける気がする。

 そういえば、死とか呪いとかの念ならともかく、本が開かない念がかかってるの結構多いけどアレが私にかかったらどうなるんだろう。動けなくなるのかな。試すのは怖すぎるのでやらないが。

 

 除念は、レア、らしい。あの頃は知らなかった。

 これでお金を稼げるだろうけど、そんなコトしたら多分悪用目的の輩に狙われる。だから今まで誰にも教えていない。別に金なんか無くても盗んでしまえばいいし、そこまで金に固執しない。

 除念し終えた本はメカ本をもらうまでは隠していて、データ化したら燃やした。盗まれた本の念が消えてオークションに流れてきた! なんてことになったら大変だ。盗んだ奴が除念能力者と接点を持っているか、或いは本人がそうなのかということで、私がやった盗みの捜査により一層の熱が入ってしまうだろう。

 もったいない気もするけど背に腹は代えられない。だって読みたい。

 

 除念は蜘蛛も知らない。使う必要がなかったから言わなかったし、これから先も言うつもりはない。やむを得ない時は彼らのために使うかもしれないが、そんな事態にはおそらくならないだろう。彼らは強いから。

 ワンマンプレーに走りがちな奴が多く組織的な穴はあるっちゃあるけど、それを補って余りある実力もあるし。

 人に知られないで済むならそれに越したことはない。

 私利私欲のための念だから誰かにバラして自身を危険に晒したくない。私は本が読めればそれでよかったのだ。

 

 

 

 音楽を聞きながらメカ本で本を読む。

 今読んでいるのは流行りの冒険小説だ。内容はそこそこ面白く、幾多の壁を乗り越える主人公を応援したくなる。

 這いつくばってでも目的を成し遂げようとする姿勢もイイ。これはいい暇つぶしになりそうだ。

 

 読みながら、どうか試験で壁にぶち当たりませんように、と願った。

 


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