日本兵 in the ガルパンworld!! 作:渡邊ユンカース
「伍長、私はお腹が空いたよ」
「……さっき食べただろう」
「食べていないじゃないか、ずっと乗りっぱなしなのだから」
「あいにく俺は腹が空いていない。諦めるんだな」
「困ったな、私は丸一日食べていないんだ」
陸王に乗せてかれこれ三時間経過した。今までずっと独りだった影響か、他愛のない会話が案外楽しく、彼女の本質とやらが見えてきた。
彼女は俗に言う吟遊詩人らしく、自分が思うがままに生き旅をするのを好む性質だ。しかしその本質こそが彼女に広い視野を与えたと踏んでいる。話してみるとわかることだが彼女と話しているとこちらも見透かそうという言動があるからだ。俺はわざと不愛想な返事や最小限の応えをすることで回避しているが、気が緩むとつい口を滑らしてしまいそうである。
にしてもミカめ、丸一日食事を摂っていないという嘘を用いて俺に奢らそうとしているな。……まあ別にそのぐらいはいいが、てか彼女といると猛烈に疲れるから早く帰したい。
「…わかった。飯屋でも探すか」
「私はボリュームが多いのがいいな」
「確かにそれもいいな、うどんが食いたい」
「それよりも私はどんぶりがいい、うどんはカップ麺で飽きてしまったからね」
「お前はどんな生活を送っていた? 仮にも生徒だろう」
生徒ならば学校側が奨学金やら親が仕送りをしてくれるはずだ。それなのに何故だ?
「興味が出たものに注ぎ込んでいるからさ、代表例としてはカンテレとかだね」
「カンテレとは何だ。カステラか?」
「音楽を聴くことができず、ただ食べることにしか興味がないのかい?」
「辛辣だな! けど音楽などはラジオで聴いていた」
よく宿舎のラジオにへばり付いて音楽を聴いていた。ほぼ軍歌とかであったが娯楽の少ない当時は楽しめたものだ。今でもラジオを聴いているが、英語やらが混じりに混じっていて理解できん。それにそのカンテレというあからさまに横文字の単語は知らんしな。
「カンテレは弦楽器でフィンランドの楽器の一つさ」
「フィンランド、あぁ北欧のところか」
「そう、そして対ソ連軍との戦闘には強い国だよ」
そう言ってミカは不敵な笑みを浮かべる。何故だかはわからないが背筋がゾクリと凍るような雰囲気を醸し出しており、例えるなら同時に正面から戦って何とか勝利を得られるが、かつてない程に悲惨な目に遭うという結果が目に見えていた。
……笑顔に含まれている意思がひしひしと伝わってくるな、けど何故にソ連という単語に反応したのだろうか。不思議な娘だ。
「別に俺は音楽は嗜む程度だ。弾くことも吹くこともできない、たいていそういうのは音楽隊の仕事だ」
「音楽はいいものだ。だって自分が弾いた音楽が風に乗って流されていくのだからね」
「そうか」
ぶっきらぼうに返答し陸王は進んでいく、彼女の不思議さには追いつけてはいけないものである。松本元外交官が言っていた言葉を借りうるならば「欧州情勢複雑怪奇」といったところか。だが確かにそうおっしゃるのも仕方がないことだ。不可侵を破ってドイツがソ連を攻めうるとは俺より断然博識な彼でも想定できなかったからな。
「あっ、今看板で店が記載されていたよ」
「何屋だった?」
「丼系統の店」
「よかったな、お前の望むボリュームのある料理が食えるぞ」
「お腹空いた分しっかり食べるとするよ」
「食っとけ食っとけ、けど食い終わったら寄り道せず帰るぞ」
「優しいね伍長は、ついさっきまでは諦めろと言っていたくせに」
「……心を読むな。あとおとなしくしていろ、舌を噛むぞ」
俺の心を読心した彼女はくすりと笑っており、俺はため息をつく。
どうしてこうも心を読まれるのだろうか。てかミカの奴め、全くと言っていいほどに掴みどころもないな。しかしまあ何だ、飯を食っていないと言われれば渋々了承するしかなかろう。確かに空腹のツラさは俺だって理解している。……にしても丼か、美味しそうだ。
丼に胸を躍らせながら二人を陸王は店へと赴き駆けていった。
「いらっしゃいませー!」
俺らはミカが提案した店に入店した。店の全体像は年期が入りやや古びた印象があるも、店内に入ると中は改装されている。壁には木に書かれた幾つかの料理一覧が掛けられ、一目で確認できるようになっている。
店主は頭が禿げた人物で、鉢巻きを巻いている。店内に響き渡るような掛けえ声を俺らに向けられた。客は一人もおらず何処の席でも構わないようで、俺らはカウンター席に着席する。
「いいお店じゃないか、外観は古臭いが内装は真新しいギャップがいい」
「侮辱と捉えられるからやめてくれ! すまない。こういう娘なんだ」
「ダハハッ! 気にするな若造! 俺もこんなお嬢ちゃんに褒められちゃあ赤くなっちまう!」
「それはもうタコのように?」
「そうさ! けどタコが入っちまったら、丼は丼でも海鮮丼だな!」
「すみません本当にすみません!」
俺は彼女の失言について謝罪の意味を込めて机に猛烈な勢いで頭を打ち付ける。
ミカの奴なんて失礼なことを言っているんだ! そして店主の方もタコの比喩を肯定するんじゃない、こちとら案外笑いを堪えるのに必死なんだぞ!
よくよく見ると俺の口には力が込められて、一瞬でも気を緩めると笑いという溢れんばかりの水がが一気に流れてしまうほどだ。
「さ、さあ早く注文するぞ」
早く注文して帰させたい、そしてようやくあの状況も収束しただろうし水でも飲んで俺も落ち着こう。
「そうだね、じゃあ私は親子丼かな」
「即決だな、以上でいい」
「うん、来るまで考え込んでいたからね」
「だからあんなに静かだったのか……」
「それとも何だい? 隣で喘げばよかったかい」
「ぶっ!?」
唐突に吐き出された言葉に思わず水を吹き出してしまいそうな俺であったが、かろうじて無理して水を飲みこみ、難を逃れたが水が気管に入り思わずせき込む。
い、いきなり喘ぎだすとか言い出すこの娘は本当に大丈夫なのか!? もしかして俺の評価を地に落とそうとしているのだろうか、このままでは俺通報されてしまうのだが!!
「わ、若いのお前……」
「違うからな店主! こいつの戯言だ!」
「彼はそんな時におとなしくしろと言っていたよね」
「わ、若いの……」
「半分真実を混ぜるんじゃない! 店主違うからな、騙されるなよ!」
「……通報した方がいいか?」
店主は固定電話に手を伸ばしていつでも電話を掛けられるようにしていた。もしもこのままにしていたら俺は間違いなく通報されることになるだろう。何としてでも止めなくては社会的に厄介だ。
俺は彼に汗をかきながらも必死の弁明を行う。
「いいか、まずこいつとの出会いは道路で拾ってくださいと言わんばかりの瞳でジッと見ていたから仕方なく拾い、サイドカーに乗せて学園艦まで送ることとなったんだ。そして腹が空いたと言ったからこの店に来た。これが正真正銘の経緯で嘘偽りもない!」
「すごい早口で捲し立てたね」
「お前は黙ってもらえるか!?」
必死の弁解だったためどうしても早口で捲し立てるように話してしまった。少しばかり恥ずかしい、そして店主の反応は……
「お、おう。俺は信じるとするぜ」
どうやら必死の弁解は相手に通じてくれたようだ。やや引かれてしまっても致し方がない犠牲だと割り切ろう、別に悲しくなんてない。きっと……
店主は厨房へと去ってしまい、此処には俺とミカしかいなかった。ミカは明後日の方向へ目を向けて何かを考えているようにも見えた。しかしそう見えていただけであって、本当は何も考えていないのではと思える。
俺はというと携帯を使って電文の確認をしていた。まほやみほは一週間に一度電文を送ってくれて、しかも一週間で起きた内容を書き記している。流石姉妹だ。
そして一日一度送ってくるのはケイで、どうでもいいようなことを連絡してくるため飽きずにいる。ちなみに全ての電文を適当に返している。まあ携帯電話に慣れないのも関係したり、毎度返すたびに何を書けばいいのかがわからなかったからだ。
「……煙草を吸いたい」
がそごそと胸元を探っていたら一本のグシャグシャとなった煙草が見つかった。幸いにも百円ライターを持ち合わせている。ここ数時間吸っていなかったため生活の一環となった煙草が恋しかった。
「吸えばいいじゃないか、丁度よく灰皿がある」
「馬鹿言え、俺は子供の前では喫煙しないんだ。そのぐらいの配慮はする」
「へぇー、存外だね。私はこう見えて中学生なんだけど」
「まだまだ尻の青い子供だろ、結婚できる歳になってから言え」
「なら結婚できる歳ならいいんだ」
「まあな、迷惑にならない程度に吸ってやろう」
二カリと俺は微笑を浮かべながらミカへと返し、胸元に取り出したはずの煙草を戻す。やれやれ、彼女は大人らしく振舞っているようにも見えてまだ幼い子供なんだ。そんな愚行をするわけないだろ、それにあれだ。俺の好みな豊満な身体が好みだしな。ちなみに西住殿が結婚しなければ……あれ? 毎度言っているな。
「楽しみに待っていてほしいね」
「はいはい、わかっているさ」
「お待ちどう、親子丼二つだ!」
厨房から店主が出てきた。両手には親子丼が二つ持っており、一瞬他にも客が居るのではと思い、辺りを見渡すも俺ら以外誰もいない。
「一つしか頼んでいないのだが」
「いいんだよ、折角だから食っとけ」
「て、店主いいのか? 俺一つ分しか払わないぞ?」
「だから気にするな、お前らを見ていると奥さんの顔を思い出してな」
「奥さんだと?」
「そうさ、若くして亡くなってしまって子供は出来なかった」
「それはお悔やみ申し上げる」
この店にもそんな過去があるのか、相手には申し訳ないが同情する。
人が亡くなるのはツラいものだよな。
「……だけどな、なんかお前ら見ていると騒がしい兄妹みたいなやり取りで心温まったんだよ。此処は客足が悪いけどもう少し続けていきたいと思うぜ」
「店主…」
「へへっ、湿っぽい話を長々しちまったな。さあ食え、俺の特製だ!」
「じゃあいただこうか」
「そうだな、ほかほかで美味そうだ」
机から割り箸を取り出して二本に割る。そして利き手に箸を持ち、丼ぶりを押さえた。
香ばしい匂いは食をそそられ、涎が口内に湧いてくる。
「いただきます!」
「いただきます」
俺は勢いよく親子丼に手を伸ばし、一気に米を掻き込んだ。のどに米がつまりそうになるも無視して掻き込み、下に親子丼の味を伝達していく。
その様子を見て店主は満面の笑みを浮かべながら俺に訊いてきた。
「どうだ味は」
ここまでしてくれた好待遇に感謝の念を込めて正直に言うこととしよう。それが彼に対する最大限の行動だろう。
米粒を店主に向けた状態で口を開いた。
「あんまり美味しくない!!」
「やっぱ金払え!」
率直な批判を言われても店主は笑いながら答えた。
親子丼の匂いとともに何かしら温かい温もりが店外へと漏れ出した。