日本兵 in the ガルパンworld!! 作:渡邊ユンカース
騒がしい
目を閉じているだけであの爆音が体全体から響き渡り臓物を揺らす。
身体も重く、酷く疲労感に苛まれている気がする。
「―――――ください伍長」
あぁ、聞き覚えのある声だ。
今は亡き戦友だろうか、となるとこれは夢か。
アンツィオ学園で見たように、何十年も前に体験したことを蘇らせているに違いない。
「起きてください伍長」
仕方ない、起きよう。
もしもこのまま起きなかったら何事も始まらず、ただただ瞼の中の暗闇を楽しむことができたのだろうか。
否、そんなことはないだろう。遅ければ声の主に無理矢理に起こされるだけだ。
「……おはよう」
「ひと際酷い顔ですね」
「当たり前だろう、伍長殿は我らとともに昨日も敵を撃退したのだから」
「それもそうですね」
重い身体を無理やりに起こし、背を伸ばす。
しかし、背を伸ばすといきなり頭に衝撃が走り、思わず屈み込み苦悶の表情となんとも情けない声を捻り出す。
「いってェ……」
「ははは、伍長殿お忘れですか? 此処は洞窟内ですぞ」
「うぅ、そうだったな……」
ジンジンと痛む頭を押さえ、屈みながら洞窟から這い出ると、外には樹々が生い茂り、未来には中々見られなかった自然が広がっている。
だが野鳥や獣の気配はなく、その代わりといって艦砲射撃での弾着音や我が陸軍の航空機よりもずんぐりとした敵の戦闘機が轟音を鳴らして飛翔する。
「やれやれ相変わらずうるさいですな」
「そうだな中田、お前のいびきみたいだ」
「伍長殿、私のいびきはグラマンよりも大きいですぞ」
「ふっ、そうだったな」
戦友との会話は懐かしいな。
この洞窟内で寝泊まりをする前は共に兵舎で寝食を過ごしたがこいつのいびきは堪ったものではない。
部屋中を揺らすような大きないびきは仰天した。
それに洞窟内は反響するためこいつだけは夜襲に備えてという大義名分で外で寝させている。
いびきで攻撃とかどういう生物兵器だ。
「伍長、この小隊に人員は補充されないのですか?」
「補給なぁ……」
まだ新兵ほやほやの平沢は心配そうに俺に尋ねる。
実際、後方では那覇と首里を結ぶラインを防衛線として強固にしているため、時間稼ぎのこの場に人員は補充されることはない。
此処もかなり南部の方で、撤退に撤退を重ねてこの洞窟に落ち着いた。
最初は俺らも丘陵地域に構築された洞窟陣地で抵抗していたが、火炎放射器やら戦車やらで各個撃破されてしまい、戦況を見た独断で撤退、我が小隊は命からがら生き延びたというわけだ。
無論、上官にこの事実が伝われば敗北主義やら脱走兵とか文句を付けられて銃殺刑だが、今は非常時なので処分はしないとのこと。まあ弾と人員が不足しているからな。
「一応、五人いますからね」
「はぐれた二人を拾っただけだけどな。元々の分隊は死んだか別れた」
「……」
「ゲハハ!」
肌が日焼けで茶色になり、沖縄の特産品である泡酒を飲む黒野のおっちゃんに、鉄兜を深く被るためそうそう目元が見えない比嘉二等兵だ。
黒野のおっちゃんは二等兵は機関銃、比嘉一等兵は擲弾筒を所持していた。
火器としては十分で、戦死した同胞からは手榴弾と三八式歩兵銃の弾を拝借した。
「おっちゃん、酒飲みすぎるなよ……」
「大丈夫だ安心せい。ワシの機関銃は針の穴を通すかのような射撃が可能だ! ゲハハ!」
「心配だよ俺は」
ゲラゲラと呑気に笑うおっちゃんをよそに俺はため息を吐く。
「けど昨日の戦闘ではかなりの腕前でしたからね」
「当然よ、俺が何年山形で機関銃を握ったと思ってる!」
「本当に真面目にやってるから怒るに怒れないからなぁ……」
「落ち着いてください伍長殿、これ食べてみます?」
中田がある缶詰を俺に差し出す。
受け取ると缶は温かく、中には美味しそうな立方体の肉があり、香ばしい匂いに思わず涎が溢れる。
「べ、米兵のか……!」
「えへへ、昨日の奴から貰っちゃいました」
「米兵の死体をまさぐっても通りで無いと思ったんだ。まさかお前、こっそり独り占めを……」
「違いますよ、隠さないとおっさんが食べちゃうじゃないですか」
「それもそうだな、ではいただこう!」
汚れた手をズボンで拭き、手掴みで大きい肉を取りだして口に放り投げる。
肉汁が口の中で溢れ出してかなり美味い、しかも噛めば噛むほど味わえて最高だ。
「もぉー、大きいの選んでー。ではこれなんかは?」
「何だこれ、棒状の食い物か?」
「いいからいいから」
「では」
茶色の棒状の食い物を噛む、かなり硬く甘みは少ない。
ケイが前に食べていたのと同じ種類だということがわかる。食べ終えると口がパサパサとするので水筒を口にした。
「……さして甘くないな、ドーナッツ食べたい」
「どーなっつ?」
「あぁ関係ない! なにも関係ないぞ!」
しまった、つい本音を漏らしてしまった。
ケイと一緒に赴いたドーナッツ店で食べたものはかなり砂糖がたっぷり振りかけられて胃がもたれる程に甘くて無糖のコーヒーに合った。
そういやケイどうしているのだろうか、元気にやっているのがメールから伝わるが実際に顔を合わせない限りわからない。今度会ってみようか。
「……もしかすると伍長殿。今女子のこと考えていますね」
「まあな」
「とうとう伍長にも春が…!!」
「うるさいぞ平沢ァ!」
「痛い痛い!」
両方の拳を平沢のこめかみに接してグリグリと押す。
悲痛な顔を浮かべて平沢は喘ぐ、こう見えてもこのガキかなりのプレイボーイだからな。こうして制裁を加えなければならない。
……こんな一時が俺にとって幸せだった。
昼を過ぎたころ、俺や平沢は三八式歩兵銃を構え、黒野のおっちゃんは機関銃を構えて平沢は機関銃の弾持ちをし警戒をしている。
近場の味方の洞窟陣地の方角から敵の使う歩兵銃の音が鳴り響き、再度攻めて来たのを知らせたからだ。
わざわざ少ない人員を割いて比嘉一等兵がうっそうとした森での索敵を行う。
「ちくしょう、どうして無視してくれないのだろう」
「そりゃあ俺らが居るからな、背中撃たれたら堪ったものではない」
「本当に嫌ですね……」
「どうしてお前は兵士になったんだ?」
「そりゃあ学徒出陣ですよ、こう見えて大学生やってましたし」
「……そうか」
「そんな辛気臭い顔しないでくださいよ、これも運命なんですから」
まだ青菜みたいに青臭い少年の笑みが重く伝わる。
戦争というのはまだ未来のある若者までも動員してするモノだと再認識される。
以前、平沢とは近所の子供と遊んだ仲で共に兵長から拳骨を喰らった。それっきり俺は弟分のように接して、共に戦った。
本土から一緒だった中田は似た者同士だと揶揄されたがあながち間違いではない。
好きな食い物や生い立ちこそは違うものも本質が同じなのだ。負けん気なところもそうだし年下に弱いところも似ていた。
だからこそ俺は彼を弟として見ることができたのかもしれない。
もしも彼が本当に俺の弟ならどれほどなものか、興味がそそられるな。
そんなことに耽っていると森の中から何発もの敵の歩兵銃の銃声が響き渡る。
恐らく比嘉の奴が見つかったのだろう、悲しくも彼の三八式歩兵銃の銃声が一発も鳴ることはなかった。
いよいよ敵が来たか、今回も小隊なら対応できるが中隊なら対処しきれない。
俺は歩兵銃のボルトを引き、薬莢を薬室に入れる。
洞窟から六メートル離れた所にある林に土嚢を組み擬装の枝を取り付けて簡易的な陣地を作っており、約二人分は居座ることができる。俺の隣では平沢もボルトを引いた。
辺りに緊張が走る
一度体験したからとはいえ、痛いものは痛いのだ。
緊張からか唾を飲み込み、来たるべく敵に備える。心なしか引き金を引く人差し指が汗で濡れていた。
動機が早まり、心臓が口から吐き出してしまいそうにもなる。
林が音を立てる、まだ相手はこちらを視認していない様子だ。
けれどまだ撃たない。万が一に比嘉が生きていて索敵した結果を伝えにやってきたのかもしれないからだ。
深呼吸を行いその可能性だと信じる。
虫のいい話かもしれないが、過去が変わるかもしれないという淡い期待を抱いていたからだ。音の出所を凝視して味方か敵かを見極める。
茂みから現れたのは見慣れぬ戦闘服を身に纏い、どこからどうみてもアジア系ではない顔立ちの兵士だった。
舌打ちを鳴らし、俺は合図を鳴らす。
「Fucking…!?」
俺の放った弾丸が米兵の胸元に命中、後ろへと倒れこんだ。俺の銃声を皮切りにおっちゃんが機関銃を乱射する。
後から米兵たちも銃声があったところへ向けてがむしゃらに銃弾を飛ばす。
「ひっ!?」
「恐れるな、銃を取って戦え!」
横で怖気づいてしまう平沢を怒鳴りつけながらコッキングをして撃つ。五十メートル程の近い距離で撃ち合うためか、必然と命中率というのも上がり、一度頭を出すと耳元で弾丸が通過する音が出る度に聞こえる。
タンタンタンと酔いが醒めた黒野のおっさんがキツツキと呼ばれる機関銃を撃ち、付近に命中する弾に縮こませながら予備の弾倉を持つ中田。
俺の歩兵銃が切れ、装填するために腰に付けた弾薬盒から弾を取り出そうとした際、陣地内に敵の手榴弾が転がりこんだ。
慌ててそれを適当に投げ返し、離れた場所で爆発。素早く装填すると反撃と言わんばかりの射撃を行う。
悲鳴が敵から聞こえ、勝ちが見据えてきたのだと皆の表情が明るくなる中、俺は勝ったとは寸毫も感じてはいなかった。
ここからだ。ここからが反撃される頃合いだ。
ある敵兵士の放った一発がおっちゃんの脳天を貫き、一瞬機関銃の音が鳴りやむ。
これを好機と見なした米兵たちは距離を詰めつつも今状況で一番の脅威と見なして、俺らに射撃を集中させた。土嚢越しに命中した際の衝撃が伝わり、擬装の枝が折れていく。
こちらは単発式だがあちらは何発も連発できる、それに加え短機関銃による牽制射撃で顔を出すことすらできない。
かなりの密度の弾幕だが中田が黒野のおっちゃんに代わって銃手を務めたお蔭で今はなんとかなった。先程と同じ弾幕が中田に張られる。
けれども状況は数十秒ごとに悪化していくばかりで好転へと中々至らない。
―――――――そろそろか。
隅に置いておいた麻袋から大量の手榴弾を取り出して米兵たちが居るであろう場所に投げつける。頬や腕を掠る中投げた手榴弾は数回の爆発を起こすと、ようやく敵を沈黙させることができた。
「助かりました伍長殿!」
「そいつはどうも」
洞窟ないから歓喜と謝礼の声が混じった声が響く。
俺はそれに返事をしながら、早急に次の指示を送ろうとする。
あの悲劇を避けられるかもしれないと踏んでの行いだ。
「さあ早くその洞窟から出ろ!」
「りょ、了解!」
中田は機関銃を持たずに歩兵銃だけ所持して洞窟から走り出る。
これなら助かるかもしれない、これならあの悲劇を迎えずに……!
「あっ」
だがしかし、運命は変えることができなかった。
呆けた声を出す中田の姿は変貌しており、カーキ色の軍服が燃え盛る炎へと変わる。自分が置かれている状況に気づいた中田は叫んで俺に必死に助けを乞う。
「熱い熱い熱い!! 助けて伍長殿!!」
「な、中田さんッ!?」
「く、くそ野郎があああああ!!」
中田を炎で包み込ませた正体は、十メートル離れたところで油を貯めたタンクを背負い、銀色のホースを向けている兵士だった。
彼は遠目からでもわかるように気味の悪い嗤みを浮かべて炎を撒き散らす。
それは水を悪戯に掛けるかのような、そんな表情だった。
「うあああああああ!!」
俺は感情を剥き出しにして歩兵銃を撃つと敵の肩を貫通して背中のタンクに命中、爆炎と熱風を辺りに散らすように爆散した。
その爆発に巻き込まれた米兵は中田と同じく火を身に纏い、消火しようと地面に身体を必死に擦り付ける。
しかし、それは燃焼している部位を増やすだけで増々燃え広がる。
甲高い悲鳴が耳をつんざき、悲痛な訴えに耐え切れなくなった俺は手榴弾を投擲する。暴れすぎて照準が合わせられないからだ。なお爆発後は腕だけ残して消失した。
敵もこの攻防戦で撤退したのか銃声も止み、残ったのは俺と平沢。それと未だに燃えている死体と急所を貫かれ絶命した兵士の死体だけ。
「……あぁ…ああああッ!!」
再度戦死した戦友を嘆く哀れな獣がその場で咆哮した。
火炎放射器を用いる兵士は戦場では五分も満たない、何故なら無防備故にタンクに弾が命中すると爆発するから。
だがトーチカや塹壕に潜む敵には有効打を与えられるというかなりの武器でもあった。