殺せんせーだけに、マッハの速度で完結する予定でした。
「…?こ、ここは…?」
気がつくと、見知らぬ場所、いや空間にいる。マンガとかでよくある展開である。
しかし違うのは、直前の記憶が曖昧なことだ。自分は死んだ後、死後の世界で暮らしていた、という記憶があるが、どう暮らしていたのかがぼんやりとしかわからない。
改めて辺りを見渡す。周りは真っ白で、何もない空間に浮かんでいるように見えるが、実際に今立っている感覚がある。
「気分はいかがかな?殺せんせー」
どこからかかかってきた声に、その場にいた彼は、——黒い教師の服に、三日月のネクタイをした、黄色い触手が蠢く、黄色い顔の小さな丸い目の、まるで口裂け女のように横に伸びた口に、真っ白な歯を見せる超生物、『殺せんせー』は顔をあげた。
そして、元は『死神』と呼ばれるほどの最強の殺し屋だった彼は、その状況下で冷静に受け答えをしていた。
「私の好きな方の名前で呼んでくれるとは…光栄ですね」
「なあに、ちょっとあなたの人生を調べさせてもらっただけですよ」
「最後の1年は『触生』でしたけどね。ところで、あなたは?」
「私か?まぁ一概に信じられんと思うが…、私は神だ」
当然、信じるはずがない。
「何言ってんですか全くもう〜、実はあなたはお茶目さんですか?」
「…心底腹が立つが、まぁ聞いてくれ。どうせ私の力でないとあなたはこの閉鎖空間から出られない」
あらら、それは辛い。
顔の色を緑の縞模様にしてナメていた殺せんせーはさっと顔の色を元に戻した。
よくよく考えれば、自分は死んだ身である。別に神と信じたところで、裏切られてもこれといったデメリットはないが…。取り敢えず信じておこう。死後の世界が既にイレギュラーなのだから、違うと言える証拠は無いに等しい。
さて一つ聞こう、と言った自称神の男はこう続ける。
「今、あなたに願いはあるか?」
願い、か。それはもう、
「E組の皆が成長できてるか、見てみたいですねぇ」
「…ほう、見るだけか?別に新しい命を宿していいんだが?」
「世界の生と死のサイクルを壊してはいけない。私はそう思ってます」
死後の世界から脱することは出来ず、いわゆる『この世』を覗き見することすらできない。
「…興味深い。やはり私はいい逸材を見つけるな」
「…どういうことでしょう?」
ははは、とご満悦な様子の自称神は、前置きも置かずこう言った。
「その願い、叶えさせてやろう」
「…!本当ですか!?」
「ただ当然、条件がある」
殺せんせーに話させる暇を与えず、自称神はスラスラと条件を述べた。
「今からあなたには日本のとある場所に送る。そこは実際の世界とは隔離された世界だ。なんとそこには妖怪や魔法使いが住む、いわゆる『二次元』の世界だ。当然、戦闘能力もバカにならない。そこであなたには丸一日、そこで殺されるのを回避してもらう。24時間、殺されなかったらもう一度ここに戻して、願いを叶えてあげよう。何か質問は?」
う、と固まる殺せんせー。マッハで動く殺せんせーだが、喋りだけは通常だから、途中で口を挟めない。マッハで喋ったら何を言っているのかわからなくなるのだ。
とりあえず、質問の猶予を与えられたので質問する。
「1日だけですか?私は標的になってから1年経ってやっと殺されましたが…」
「言ったはずだ。バカにならないほど強いと」
少し考え、再度質問する。
「そういう場所は本当に存在するのですか?私は噂すら耳にしていませんが」
「私も神になってからようやく知り得たことだ。常人が知っているはずがない。そこは確か、『幻想郷』と呼ばれる場所だ」
「幻想郷…」
「9割以上、おなごが住む郷だ」
「おなご…!」
殺せんせーはすぐに、ビーチで遊ぶきらびやかな女性達を思い浮かべたが…。
「残念ながら、海はない。湖はあるが、滅多に水浴びはしない」
見透かされた自称神の一言にしょんぼりとする。
「他に何かあるか?」
「最後に一つ。あなたはどうして私にチャンスを?」
「私はたいそう暇なのだ。神になったはいいが、普通の仕事は下級のものがやってくれる。特例がない限り仕事がない」
「つまり、これは暇を持て余した…」
「神々の、」
「「遊び」」
「そういうことだ」
結局、彼が神だとは信じる証拠はないが、目の前にぶら下がっているチャンスを無駄にする訳にもいかない。ここはひとつ…。
「いいでしょう。やらせてください」
「ほう、チャレンジャーだな。では…」
唐突に、目の前が明るく輝く。
「幻想郷の住民にはあなたの存在を教え、殺した者に好きな褒美を与えることにしている。せいぜい死なずに頑張ってくれ」
そして輝きが最高潮に達した時、殺せんせーはいつものように笑って言った。
「ヌルフフフ。私をなめてはいけませんよ」
気がつくと見知らぬ場所にいたパート2。
いや十中八九、自称神の仕業であろう。
周りは木々で覆われていて、よく見えない。仕方なく空を飛ぶことにした。
そして上空に停止すると…。
「おお…!」
美しい、日本の『郷』の風景が広がっていた。
季節はちょうど秋なのだろうか、鮮やかな赤や黄が山を彩り、風が吹くと木々が揺れて木の葉が掠れる音がする。
まさに日本、という風景だった。
「いやぁ、いいところですねぇ…。1日しかいられないのが惜しいですねぇ…」
さて、とりあえずここの者達は既に自分の存在を知っているので、目を合わせた瞬間に襲ってくるだろう。絶対ではなくとも安置を探したいところだが…、
「ここを探索するのも、悪くないですねぇ…」
そう余裕にニヤニヤと笑っているその時、
「ニュヤッ!?」
突然、強大な重力が働いたかのように、殺せんせーの身体が急降下した。
いや、重力じゃない。まるで空から強い圧力を受けた感覚だ。そして、
「っ!!」
落下するその先から、巨大な白蛇が5匹ほど現れ、殺せんせーを一飲みにせんとばかりに口を開く。
なんとか超高速で5匹の間を縫うように避け、地面に着陸する。
「っふぅ、何ですか、この攻撃は」
「おっと、あの不意打ちを避けるなんて、あんた相当のやり手だね」
突如かかった声に振り向くと、そこには目玉がついた帽子を被った少女と、背中に何故か御柱を仕込んだ女性が立っていた。少女が金属のようなものの輪を振るうと、巨大な白蛇は地中に消滅した。
「幻想郷にようこそ。私はかの有名な守矢神社に祀られている、神の洩矢諏訪子」
「そして私は神霊の八坂神奈子だ」
少女と女性が順に名乗り、「お前のことは既に知っている」と諏訪子が指差す。殺せんせーは取り敢えず神奈子に挨拶した。
「私は…本名ではありませんが、殺せんせーという名で過ごしていました。取り敢えずそう呼んでください」
「ほう、名前を名乗るとは随分と余裕だな」
神奈子が不敵に笑う。その横で再び諏訪子が自信満々に話す。
「マッハ20とやらで動けるらしいが、私達にそんなのは関係ないからね。そろそろ真剣に考え直した方がいいんじゃないか?」
「そうですねぇ、でも私はここを観光したいので…、午前中だけでも、見逃してくれませんかね?」
「ちょっと待てぇ!」
諏訪子が殺せんせーを指差し、目を怒らせて叫ぶ。
「お前さっきから私とまともに会話しようとしてねぇじゃねぇか!何で私の質問を神奈子に返すんだ!」
殺せんせーは先程から神奈子にのみ目線を向けて話している。諏訪子のことは見向きもしない。
「それは、私は神奈子さんの方が好みですからねぇ」
そう言って殺せんせーが見つめる先は、神奈子の顔の下。
「胸が好きなだけじゃねぇか!お前、でかけりゃ何でもいいんだろ!」
「そんなことはありません。大人の色気もあればそれでも私は楽しめますよ」
「当てつけか!私が持ってないことの当てつけか!」
「そりゃ、私はロリコンじゃないですからね」
「私は小学生じゃねぇええ!!ていうか女性をそんな目でしか見ることができねぇのか!」
「あなたは女性じゃなくて少女でしょう」
「だから子供じゃねぇぇぇえええ!!」
さっきまでの殺気は何処へやら。完全にギャグに走っている。と、
「ン?」
ふと気がつき、殺せんせーは足元に目を向ける。眼下には自分の複数の黄色い触手があり、
そのうち三本が、御柱に貫かれていた。
「ニュヤッ!?」
「かかったな、殺せんせーとやら。あんたが私の胸に集中している隙に、地面に固定させてもらった。私にしか出来ない芸当だな」
「神奈子もか!私に当てつけるな!」
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもよくねぇ!」
「取り敢えず、マッハ20で動けようと動けなければ意味はない。とっとと始末するぞ」
そう言って再び神奈子が殺せんせーに向き直ると、
誰もいなかった。
「…は?」
「フゥー、危ないところでした」
「!?」
上空を見上げると、殺せんせーが浮遊している。
「私、再生能力に優れてるので、足の2、3本程なんて2秒ぐらいで治ります。なので自分で足を千切ってしまいました」
「トカゲかっ!」
「それよりも、最初にあなたが仕掛けた攻撃のカラクリを教えて頂けませんか?」
「だから何で神奈子にしか話しかけねぇんだ!」
諏訪子が暴れる横で、神奈子が冷静に答える。
「私の能力は『乾を創造する程度の能力』。そしてこいつは『坤を創造する程度の能力』だ。優秀なあんたなら、この意味がわかるよな?」
乾は天、坤は地を表す。よって2人は天空と地上を操ることができるということだ。
ということは、まず神奈子が地面へと突き落とし、諏訪子が地上から蛇を出して攻撃…、
「なんで蛇なんですか?」
「気にすんな」
「あなた、見た目からして蛙ですよね?何で天敵の蛇を」
「気にすんなって言ってんだろ」
「気になりますねぇ」
「だったら喰らって理解しろ!」
唐突に諏訪子が大量の巨大な白蛇を出現させ、攻撃を仕掛ける。
「あ〜あ、仕方ないなぁ」
呆れた様子で神奈子も御柱を飛ばす。
一応、2人の能力を聞いたのだが、何故かどちらも自分の能力とは別の力を使っていそうな気がする。いや使えよ。
ともかく、ここではゆっくりできない。また別の場所を観光しなければ。
「ニュ?」
ふと、自分のポケットに厚みを感じる。中を見るとパンフレットだった。『幻想郷一覧』と書いており、その場所のことがこと細やかに書いてある。
「ほうほう、これは便利ですねぇ」
大方、自称神が作ったのだろう。攻撃を避けながら早速眺める。
「ふむふむ、じゃあまずは幻想郷の核になるところに行きましょうかね」
そして猛スピードで戦闘から離脱した。
「ちっくしょう!逃した!」
「いやお前が無計画に攻撃したのがダメだったんだろ」
「取り敢えず、神奈子は胸のサイズを2分の1に減らさなかったらコロス」
「なんでだよ!?」
お互い睨み合うも、そろそろ早苗が帰ってくると気づき、どちらからともなく神社に引き揚げた。
「こんちには」
「…」
一体何なんだ、という顔で霊夢が見つめるのは、訳の分からない謎の黄色い超生物。
報酬がかけられている、いわゆる指名手配をされているはずなのに、呑気に博麗神社に訪れ、落ち葉の掃き掃除をし、鳥居を磨いてから挨拶をしてきた。
「…あんた自分の立場わかってんの?」
「ヌルフフフ、私はそう簡単には殺されませんからね」
殺せんせーは目を細めて笑い…、ちょっと待て、あれは本当に目なのか?子供の落書きの目じゃないか。
「さぁ、私を殺してご覧なさい」
その上、手(触手)を広げてこうときた。もはや霊夢は呆れて何も言わない。
「…何でそんなに煽ってくるのよ」
「この郷で1番強い人に対抗しようと思いました」
やっと口を開くも、案の定呑気な答えしか返ってこなかった。
これ以上話をしても、こちらが無駄に疲れるだけである。諦めて霊夢はお祓い棒を取ってくる。
「本当に殺していいの?命を粗末にするんじゃないわよ」
「私は一回死んだ身です。それに生き残れたとしても、元の世界に生き返れるわけじゃないですからね」
「ふーん、まぁいいわ。私も生活に困ってたのよ」
「巫女さんが貧乏ですか…」
「最後の飯が昨日の朝ご飯」
「いけません!」
突然の怒鳴り声に霊夢がビクッとする。そして「少々お待ちを」と言って殺せんせーが消えた。
「…何よ、結局逃げるんじゃない」
そう呟いて、神社の中に戻ろうとすると、
「!?」
そこには大量の魚が畳の上で跳ね回っていた。
「野菜の場所がわからなかったので、取り敢えず近くの川から獲ってきました」
再び外に現れた殺せんせーに、霊夢が振り向く。
「さぁ、お食べなさい。成長期は沢山食べた方がいい。私は逃げも隠れもしませんよ」
「…この、」
「ニュ?」
「このうすらでか変態タコがぁああ!!」
「ええええええええええええ!!」
突然目を怒らせた霊夢が、大量のお札を殺せんせーに向かって放つ。
「ちょっ、なんで怒ってるんですか!」
「畳の上に直で魚なんて置いたら臭くなるだろぉ!?」
「そっち!?それと何で私が変態って、」
「さっきから私の腋ばっか見てただろうがオラァ!!」
バレていた。霊夢の露出していた腋を、これは良いとチラチラ見ていたのだ。
いや、実際良かったのだ。
「ちょっ、いきなりはズルい、ってか結構強い!」
殺せんせーもかわすのに精一杯である。相当の戦闘センスだ。
だがだんだんと慣れるのには、殺せんせーには容易である。
「お札を飛ばす軌道や速度変化は、銃やエアガンとはまた異なってますねぇ…、よし、読めました」
だんだんと余裕が出てきて、呑気に霊夢に話しかける。
「ちょっと単調じゃありませんかね?もうちょっと独創的にやってみてくださいよ」
「…あんた本当に調子に乗って死ぬパターンね」
「ん?どういうことです?」
「取り敢えず、報酬は頂くわ」
勝ちを確信している?そう思った矢先、
「ニュ!?」
突然身体が動かなくなった。そしてお札の残弾をモロに食らう。
「い、一体何が…」
なんとか首を捻って見ると、殺せんせーを縛っているものは、光り輝く、
「…お札!?こ、これはまさか、結界!?」
殺せんせーの辞書にはない、結界が殺せんせーの動きを止めている。
「まさか、攻撃しながらお札を絶妙な位置に!?」
「知らなかったのね、結界の存在。まぁ舐めてるからいけないのよ」
霊夢がゆっくりと殺せんせーに歩み寄る。霊夢が手にしているお祓い棒が、異様に輝いていて、何か底知れぬエネルギーが発されている。
「ま、待ってください!リベンジ!リベンジマッチを!」
「ああ?日本語で話しなさいよ」
「もう一度!ワンモアチャンス!」
「うるさい。それに私だって生活がかかってんのよ!」
そして、霊夢はお祓い棒を突き刺した。
「ニュヤアアアアアアアアア!!!」
殺せんせーの身体が光り、浄化されてゆく。
「待ってえええええええええ!!!」
殺せんせーの悲痛な叫びは、幻想郷中に響き渡り、だんだんとフェードアウトして…。
「え〜っとね〜…、どういうこと?」
「見ての通りでございます…」
最初にいた、何もない真っ白な空間に殺せんせーは戻されていた。
「えっと、守矢神社の方は良かったけど、博麗神社の方は何?掃除をして、食べ物を与えた挙句あっさり死んじゃったよ?」
「穴があったら入りたいです…」
完全にしょげている殺せんせー。そこに容赦なく呆れたセリフを言うのは自称神だ。
唐突に、殺せんせーが顔を上げて懇願する。
「頼みます!どうかあと一度だけ!一度だけ!」
「…私はもう帰る」
「ええええええええええ!!!そこをどうか!どうか!」
「帰り道に気をつけるんだぞ〜」
「アアアアアアアアア!!待ってええ!」
目から滝のように涙を吹き出す殺せんせー。がっくしと頭を垂れて、ひたすら悔しがる。
まだまだ自分が未熟だと実感した。自分が全く知らない世界があることも、初めて知った。
何よりも、
「…あの子達は自分で何とか出来そうですが、その姿を見たかった…」
こうして、暫くしないうちに殺せんせーは元の冥界に戻された。
「…あれ?」
「いらっしゃーい。神様から聞いてるわよー」
「え?」
「私は冥界を管理してる西行寺幽々子って言いまーす。よろしく〜」
「は?」
「あれ?聞いていらっしゃらない?あなたは挑戦に失敗したから、ここで働くことになったのよ〜」
「…ええええええ!!聞いてないです聞いてないです!」
「あら、そうなの?不運ね〜」
「幽々子様、ご飯が出来ました」
「あら妖夢、ありがと。さぁ、殺せんせーも食べなさいな」
「ぬ…」
何故こんなことになってしまったのだろう。再びがっくしと頭を垂れる殺せんせー。
…いやしかし、
「早く〜、殺せんせー」
呼ばれて殺せんせーは顔を上げる。そして幽々子の顔の下を見て、
「…まぁ悪くないですね」
上機嫌で、殺せんせーは幽々子の元へと向かった。
「さっ!食べましょ妖夢!」
「…幽々子様、何故この者は顔を桃色に染めているのですか?」
尚、この後に霊夢が大量の金を手に入れ、そのショックのあまり気絶してしまったのは余談である。