今回は破格の14000字。馬鹿なの?少しは計画的にやってほしいものだね…。お前だよお前。今回は分割できるところが無かったので、ご容赦ください。
今更ですが、月のお話になるので、儚月抄と紺珠伝の大まかな話を抑えてないと、理解に苦しむかもしれません。こちらもご容赦ください。
月の都、月の王である月夜見が住まう場所で、かなり広い範囲の土地を占めている。とはいえ、中心に月夜見や重役を配置し、外側は兵士などが囲むように駐屯しているので、実質は都の中心が地位が高い者、外側がそれらと比べて身分が低い者の住処である。
外側の住民の大半は月の兎である。月の兎は大まかに二種類に分けられる。兵士の役割を持つ兎と、餅をつく兎である。餅をつくのは刑罰であり、その罪は兎自身に無く、ほとんどは月人の罪を肩代わりしているようなものだ。
そして最近、月の都が兵士の兎をあらゆる場所から招集した。今は月夜見が都の外に出ていて、命令を下したのは代理であるが、一応は上からの命令なので、兎や彼女らの飼い主は渋々従っている。しかし渋々であるので、兎達は形のみ警護しており、ダラダラとした生活を送っていた。
当然、彼女らは月の都が輝夜の能力によって、外部の町等から隔離されていることにも気づいていない。気づいたのは別の場所に警護を任された月人くらいである。更に言えば、月の都に『穢れ』が侵入していることにも気づいていた。しかし彼女が警護の兎達に警告を発する暇は無かった。
そんな中、都の一番外側に位置する、長屋の裏で、兎達がたむろしていた。
「暇〜…」
「暇だね」
「私たちって、何でここにいるんだっけ…」
4、5人の兎が武器を傍に置いて、のんびりと空を見上げている。自身に課された役割を全く理解していない様子だった。
「何で都以外の兵士も集められたんだっけ」
「本物の月夜見様が外に出るから、大方の兵士もついて行って、都の警護が足りなくなったからでしょ」
「都で誰を警護するのさ」
「それは…、代理?」
「代理を警護する必要ある?」
「まぁ一応月夜見様の地位だから」
「もし今誰かが攻めてきて、ここを占拠しても、本物の月夜見様が無事だから意味ないじゃん。攻めるなら月夜見様がいる間にするんじゃないの」
「本物がいなくても、月の都を失ったら月夜見様が困るから…、じゃあ土地を守るってことかな?」
「私わかんないや」
「同意見」
会話の通り、何の為に召集されたかもわからない兎がほとんどである。よってほとんどがやる気を持ち合わせておらず、ダラダラとした警備を行なっていた。
「眠…、なんか瞼が重いよ」
「どうせ他の兎も警護してるんだし、私たちがサボっても問題ないでしょ」
「何か視界が真っ白になってきたけど、気にしない気にしない…」
かくして、この兎達は深い眠りについた。暫くして彼女らの元に数人の男女が近づく。
「…何かもう、催眠ガスを使わなくても眠ってそうだったけど」
「念には念を入れても問題ないっしょ。よっしゃ、律、こっちは片付いたぜ」
『了解です』
岡野、前原率いるチームからの報告を、スマホを介して律が受け取った。暫くして続々と鎮圧の報告が舞い込む。
『第一作戦、無事成功です』
「よっしゃ、余裕だな」
「まぁここまではまだ簡単だろ。本番はこっからだ。糸成、頼むぞ」
「おう」
別の場所で、例の如く寺坂グループで構成されたチームから、糸成作成のドローンが放たれる。改良を加え、プロペラ音を極限まで小さくしたドローンは、空高くに放たれると地上からはまず気づかれない。
『鈴仙さん、準備できてます。いつでも実行してください』
「いくぞ」
糸成の操作により、ドローンから『波』が放たれた。生物の耳では聞き取りにくい波は、物体に反射して角度を変えて拡散される。
拡散された波を、都の一角で聞き集めている人物がいた。優曇華である。
「…」
真剣な顔で波を聞き取る優曇華は、解析が終わると手元にあるタブレットを次々とタップした。
「…これで大丈夫?」
「はい!ありがとうございます。皆さん、標的の大体の位置を表示致しますので、確認次第、移動を開始してください」
優曇華が行なっていたのは、コウモリなどがよく用いる、音波による測量である。跳ね返った波をキャッチして、目の前に何があるかを測ることができる。優曇華は自身の持つ、波長に関する能力を応用することで、より広い範囲をより正確に知ることができるのだ。
それにより敵の場所を把握した後、タブレットに映し出された月の都の全体図に敵の場所を指し示し、それを集計した律がE組の生徒に情報を拡散させている。
──「奴らの警護の目的は当然、月夜見様が住んでいるところ。だから必ず一番外側の警備が手薄になるから、そこをまず落として、中心を取り囲む。戦いはここからが本番よ」
「いくぞ!」
磯貝率いる、運動神経が高い生徒が集められたグループが、最初に突っ込んだ。屋根や物陰を使い、気づかれることなく敵の懐に飛び込む。
攻撃を仕掛ける直前に、優曇華が自身の通信をオンにした。
『上からの指示です、兎の方々は全員、通信をオンにしてください』
この通信は、兎同士に通ずるテレパシーのようなものである。月と地球間でも通信が可能なほど性能は高いが、地上から優曇華に盗み聞きされるほど秘匿性は低い。
『え、誰の声?』
『よくわかんないけど、通信をつけようか』
優曇華の嘘の指示により、まんまと通信をつけた兎達。その直後、
『え、何…』
磯貝のチームに襲撃された部隊の兎が、次々と音沙汰が無くなった。テレパシーでも悲鳴を上げさせない手際の良さは流石である。
(隠密作戦にはめっぽう強いわね、あの子達)
素直に感心しつつ、優曇華は自身の次の作戦に移った。
『どうしたの?』
『おーい、返事してよ』
突然黙り込んだ兎に声をかける別の兎達。その通信は優曇華にダダ漏れである。
「磯貝さん達の右斜め前辺りに、5、6人の部隊。あと、寺坂さん達は前に少し進むと4、5人いる。岡野さん達の前には10人以上集まってるから、敵を分散させて。それと…」
通信に参加している兎達の通信を、どの位置から放たれているかを判別し、タブレットも用いて随時、生徒達に位置情報を配信している。その情報を頼りに、生徒達は次々と攻略していった。
少年少女作戦会議中…
「私たち玉兎の標準装備はこんな感じです」
そう言ってヘルメットを被った優曇華が、生徒達の前で説明する。
「ヘルメットに関しては、耳が剥き出しなので、最悪耳に麻酔針や電撃を打ち込めばいいです」
「ガバガバな装備だな…」
あまりの装備の劣悪ぶりに、思わず菅谷が呟いた。
「兎の特徴である、耳を隠すわけにはいかないということで、耳を剥き出しにする形に落ち着いたんです。大きな耳で音による情報を得なければいけないので。耳以外なら、頭はしっかりと守れているので問題ありません。逆に言えば、些細な音でも気づかれるということに注意してください」
隠密作戦に長けている生徒達は、足音を立てずに敵に近づくことができるが、兎相手には通用しないかもしれない危険がある。
「ですので、『相手が気がつかない間に落とす』ということはやめましょう」
「え、どうしてですか」
優曇華の提案に茅野が尋ねると、優曇華は流れるように答えを返す。
「音を忍ばせて近づくのはある程度の距離までにし、そこからは突然目の前に現れることを目的とします。基本的に兎達は危機感がなく、訓練も怠けてばっかなので、瞬時に対応する技術はほとんど持ち合わせていません。なので『敵に気づかれるけど対応する前に倒す』ことを目的としてください。それに…」
優曇華は持っていた武器を掲げた。銃身が長めの銃で、先端には刃が付いているものだ。
「兎の標準装備はこれです。これ相手なら、遠距離戦で撃たれるよりも、近距離戦の方が確実です。まぁ訓練をサボっているので、撃たれても当たらないかもしれないですが、偶然当てられても困りますし、いくら刃が付いていても、小回りが効かないので捌きやすい。なので、接近する方が遥かに得です」
「撃たれると、銃声で他の兎にも気づかれちゃうからね」
優曇華の説明をカルマが補足した。優曇華は頷き、説明の続きをする。
「さて、ここまでは兎の話をしてきましたが、次は月人の対策です。月人は通信に参加してませんので、今回の作戦で正確に位置を把握するのは難しいですが、」
「逆に言えば、激しくドンパチやっても、周りに誰もいなければ気づかれないってことだろ?」
寺坂はそう言うと、ニヤリと笑った。
「何だお前ら!」
寺坂達の前に現れたのは二人の月人である。
「耳がない…、やっとお出ましって訳か」
「いくぞ!」
村松と吉田が先に飛び出して月人達に突っ込む。
月人達は腰につけていた装置を取り出し、村松と吉田に向ける。
───「月人の護衛の基本装備は、ビームサーベルです。万が一を考えて威力は控えめですが、小回りが効くので非常に危険です。なので月人に対しては『相手が気がつかない間に落とす』を適用してください」
(鈴仙さんの説明が正しいなら…、間合いはここだろ!)
村松と吉田は思いっきり突っ込むと見せかけて、敵のビームサーベルが届かない辺りで急ブレーキをかける。釣られた月人はまんまと空振りし、その隙をついて、
───「もし先に気付かれたら、必ず死角からの攻撃を」
「うらぁ!」
寺坂が後ろから、両手で持ったスタンガンを月人達に突きつけた。月人が倒れたのを確認し、寺坂がガッツポーズを取る。
「寺坂ナイス!…って、後ろ!」
「なっ」
村松が、寺坂の後ろに近づく月人に気付き、声を上げる。寺坂が反応するも、既にビームサーベルの間合いに入ってしまったが、
「うぐっ」
向かってきた月人がそう声を漏らして崩れ落ちた。同時にその後ろに着地したのは、
「…いいとこ取りしやがってお前」
「言ったじゃん、寺坂が派手に暴れてくれたら、俺が裏で操りやすいって」
そう言って舌を出すカルマ。お得意の踵落としで月人を沈めたのである。
「お前って、ホント踵落とし好きだよな」
「だって相手は宇宙人だし。そうでもしないと潰れなさそうじゃん」
カルマは持っていた鞄から何かを取り出し、月人の顔の前に座り込んだ。
「さてさて、宇宙人はどんな反応を見せてくれるかな〜?まだ気絶しないでね、どっちからがいい?ワサビ?からし?」
「ちょ、やめろカルマ!」
相手に選択の余地を与えず、鼻の穴にワサビとからしのチューブを突っ込もうとするカルマを、吉田が羽交い締めで全力で止める。
「邪魔すんなよ吉田、お前も突っ込まれたい?」
「そうじゃねぇよ!今回の作戦は全部隠密に済ませるって計画じゃねぇか!今叫び声を上げられたら、周りの奴らに気付かれちまう!」
「うるせぇぞ吉田!お前の大声も十分でかいわ!」
静かにしなさいの典型例を見せる吉田に、更に突っ込む寺坂。その彼らの横から、
「動くなお前ら!武器を全て捨てろ!」
「やべっ」
建物の影から現れた新たな月人が、銃をこちらに向けて近づいてきた。
「余計なことしてみろ、その時は…」
そこまで威勢が良かった月人だったが、突然膝から崩れ落ちるように倒れ、顔から地面に突っ伏した。
「…こうなるわよ」
後ろから現れたのは狭間である。影と完全に同化した狭間に、月人は全く気づいていなかったようだ。
「尻拭いはもうしたくないから、黙って次に行ってくれる?」
狭間の真顔が、影のせいで更に際立って恐ろしい。男どもは黙って素直に狭間に従った。
『高所取ったぞ!』
都の次に高い建物の上から、杉野が伝達する。程なく、その地点に千葉、速水、三村、菅谷、そして竹林が集結した。
『高台からの監視、狙撃を行います。皆さん、第三段階に移行してください』
律の宣言が終わると、高所から三村が周囲を観察し、千葉と速水の狙撃が始まった。菅谷の監修の元、保護色のカモフラージュも抜かりない。
三村だけでなく、千葉と速水もスコープによる監視が出来るので、周辺の偵察能力が飛躍的に高まった。第三段階とは、状況を正確に知れることから、積極的に殲滅する計画のことである。
───「狙撃をする時は、必ず一人二人浮いた敵を撃つ時か、集団の最後の人を撃つ時に限定してください。先ほども言った通り、兎達は耳がいいので、最悪の場合、風を切る音から狙撃地点を割り出される恐れがあります。…私なら余裕でできます」
───「自慢はいいから、次いきなさい」
優曇華院の指示の元、狙撃は慎重に行われた。そのおかげか、順調に殲滅が進んでいく。
『寺坂達がいる所、周りに結構な数の敵がいる。誰かサポートに』
「私達が行きます」
三村の報告を聞き、神崎率いるグループが敵に急接近する。そして瞬く間に、
「右側の殲滅終わりました。あとはお願いします」
『早っ!?』
神崎からの報告に、思わず吉田が声を上げているのが、通信越しにわかる。
「流石サバゲーで鍛えただけあるわ。場慣れ感が強い」
「数人の敵がどこにいる時にどうするかの判断が、どう見ても早すぎるんだよなぁ」
そう感嘆する矢田と岡島は、今のところ討伐数が伸び悩んでいる。全部神崎に取られているからだ。2人が今までやってきたのは、せいぜい残党の始末ぐらいである。
『敵の残りグループ数がこちらのグループの数と並びました、第四段階に移行します』
律の宣言を聞くと、生徒達はぴたりと攻撃の手を止めた。
残る敵は、確認できる限りでは中心の場所と、その周辺の数カ所のみである。まずは周辺のグループの背後に、それぞれのグループが配置につく。
流石にここまで殲滅すると、通信に参加する人数が減っていることに兎達も気付く。狼狽える彼女らの通信を聞いて、優曇華院がゴーサインを出した。
『今ならいけるわ』
「了解。杉野、」
「りょーかい!」
千葉が杉野に指示を出す間もなく、杉野は立ち上がり、手に持ったものを握りしめた。
「そらっ!」
持っていたのは、野球ボールサイズのカプセルである。杉野は振りかぶって、それを斜め上に向かって投げつけた。カプセルは放物線を描き、最後の敵のグループの真上あたりに来た時、竹林がスイッチを押した。
盛大な爆発音が、敵の頭上で鳴り響いた。何事かと敵は頭上を見上げ、周辺にいた敵グループも中心の方向に気を取られる。その完全に無防備な背中に、生徒達が襲いかかった。
残るは中心にいた一つのグループである。ここまで来ると、もう隠密でいる必要はない。
「な!?」
中心にいた兎達は、いつの間にか囲まれていたことに気づき、慌てて銃を構えた。しかし当然間に合うはずがなく、あっという間に麻酔銃によって眠らされた。
「…本当に、驚いたわ」
その最後の瞬間だけ、優曇華院は肉眼で様子を見ていた。ほとんど無駄のない動きで、効率的にかつ抜け目なく、敵を殲滅していく姿には、感嘆するしかない。
「これは月を侵略されるのもそう遠くはない…ことはないか」
兎達のザル警備を基準にしてはいけない。月が今まで強力でいられたのは、上に立つ『個々の』強い者達と、その人達が作った先進的な科学力によってである。霊夢らが対峙した綿月姉妹は圧倒的な力の差を見せつけていたが、それは氷山の一角に過ぎないことを忘れてはならない。
(当然、都には強力な人物も護衛にあたっているはず…。紫さんはこっちの強力な駒を当てて抑えておくとは言っていたが…、果たして殺せんせーが来るまで保つかどうか)
兎にも角にも、兎の殲滅を完了したE組を誘導しなければならない。優曇華院は今いる場所からの移動を開始したが、
「…え?」
優曇華院は、E組の周辺にE組『以外』の人物の波長を受信した。
「…まさか」
優曇華院が慌てて地面を蹴り、その場所に直行するも、間に合わないのは明確であった。優曇華院は律に通信を繋ぐよう頼み、E組全体に警告を発する。
「まだ1人残ってる、注意して!場所は…、磯貝君の左の建物!」
「えっ」
優曇華院が警告を発する直前、E組は都の手前に集まろうと移動を開始していた。屋根の上を移動していたので、磯貝は目の前の建物の屋根に乗り移ろうと、ちょうど跳躍した瞬間だった。
空中で無防備な磯貝に、建物の影から銃口を向ける玉兎が1人。
「やばっ…」
磯貝が麻酔銃を取り出そうとするが、既に銃を構えられている相手に間に合うはずもない。
その玉兎は落ち着き払った様子で、引き金に当てている指にグッと力を込めた。
E組が戦闘している場所から、都を挟んで反対側で、一対一の激戦が繰り広げられていた。
都の裏に当たるこの場所は、表に比べて建物が少なく、広い土地が多い。激しい戦いをしても実害は少ないので、月人も大技を使うことができる。
(表の方の穢れが近づいている気がする…。兎達は負けたのか?訓練をサボるからだ…全く)
護衛はあいにく、この月人と兎しかいない。残りの中間管理職の立ち位置の人らは、戦闘面ではまるで役に立たなそうな者ばかりである。外に出た本物の月夜見の護衛に、優秀な能力者等はほとんど持っていかれた。
(余程月夜見様への攻撃を警戒しているか、それとも代理を嫌っているのか…。どちらにしろ、私は命を受けた身。形だけでもどうにかして、代理をお守りしなければ…)
「気を散らしてていいのかい?」
月人の相手がそう言って攻撃を叩き込む。月人はその攻撃をかわし、距離をとった。
「気を散らそうが、貴女の攻撃が通用しないのは変わりません。貴女こそ、無駄な時間を費やさずに、とっとと降参してくれませんかね」
「そりゃごめんだね。確かに体力を削られているのは私の方で、攻撃も通っていないようだが、」
ニヤリと笑った相手は、立ち上がって持っている獲物を構えた。
「あんたはまだ、私を突き放すまでには至ってない。時間稼ぎとして、こっちの方が優勢よ」
「こいつ…」
この地上人は、恐らく並大抵の力ではない。月人の『技』を受けても、上手く凌いで何とか月人の前に立ちはだかっている。
「あっちの戦況が気になるんでしょう。早く行ってきなさい。…私を黙らせてから」
相手が猛攻撃を仕掛けてきた。時間稼ぎとしての後半戦、残った力を使って戦闘を長引かせる算段か。
「…いいでしょう、その方が最も早い。それに、兎達も一矢ぐらいは報いてくれるでしょう」
一度静まりかけた戦闘が、再び繰り広げられた。
『上からの指示です、兎の方々は全員、通信をオンにしてください』
「…今の声、聞いたことがある」
都の警備を受け、少人数のグループに属していた兎、レイセンがそう呟いた。
「そりゃ聞いたことあるでしょ、同じ兎だよ」
「まぁ誰のかは特定できないけどね〜。とりあえず通信つけるか」
周りの兎達はそう言って気に留めなかったが、レイセンだけは違った。
(今の声、綿月さん達が尊敬している、八意永琳師匠の人についてた、鈴仙さんの声に似てる…)
レイセンは色々とあって、現在は綿月姉妹のペットとなり、訓練をして暮らしている。また第二次月面戦争にも関わっていたこともあり、そのおかげか永遠亭との交流も少なくない。
(いくら知り合いでも相手は地上の民…、それに突然の通信。鈴仙さんは先輩だけど、いくらなんでも怪しすぎる)
頭の中で悩んで悶々としていると、ふとあることに気づいた。
(通信に参加してる兎が、減ってる…?)
その瞬間、恐怖が身体を駆け巡り、レイセンは武器を持って屋内に避難した。窓や扉から覗いても見えない死角の場所に潜り込んで、縮こまってまた考える。
(気のせいじゃない。明らかに減っている。それに注意して聞けば、不自然に通信をやめている兎もいる…。考えたくないけど、これってもしかして)
「おーい、どこいったー?」
仲間の兎が呼ぶ声が聞こえた。どうやらレイセンを探しているらしい。
(仲間にも知らせないと。少なくとも、兎が何故か減っていることは変わりない、明らかに『異変』は起こってる)
レイセンが腰を浮かしかけたその時、
ドタドタッ!
「っ!?」
レイセンの頭上で明らかにおかしい音が鳴った。状況から考えられる原因は、
(屋根の上に、誰か来た?)
浮かしかけた腰を下ろし、耳を澄ませるレイセン。複数人いると思われるその足音は、屋根の上からレイセンが隠れてる家屋の前に移動した。そして、何かが倒れる音。その中に聞き慣れない音も混じっている。
そしてそれを境に、仲間の兎がレイセンを呼ぶ声が、一切聞こえなくなった。
(…!!)
足音はやがて遠くの方に移動した。それを確認すると、レイセンはそっと外を覗き込む。
「あ…、」
そこには、地面に倒れる兎達がいた。安否を確認したいが、今も誰かに見張られてないかと怯えて、外に出ることができない。
目の前で同胞がやられた、という衝撃は、レイセンの思考を歪ませていたが、
(あれ…)
倒れてた兎が僅かに動いている。規則的に膨らんで沈んでいるその動作は、
(呼、吸…?)
落ち着いて観察すると、誰も苦しんでおらず、血を流していない。よく見ると、兎の身体に小さな何かが刺さっている。
(もしかして、あれは麻酔銃…?)
途端に、肩の力が抜けた。敵はこちらを襲ってくるが、命まで奪うようではないようだ。
(命を賭ける戦いをしないで、本当に良かった…)
深呼吸して落ち着き、安堵するレイセン。しかしゆっくりしている暇はない。こうしている間も、通信に参加している兎は次々と減っている。
(…恐らく、私達は勝てない。でも一矢報いらなければ)
そして戦況の終盤、爆発音が響き渡った時、レイセンが追っていた敵に動きがあった。観察していると、どうやら最後の兎達を全員で殲滅しているらしい。
(あんな子供が私達を…、訓練時間は私たちの方が優っているのに…、いや、この子達は何で戦闘の訓練を受けていたの?)
ごちゃごちゃと関係ないことを考えていたが、やめにした。今は一矢報いることだけ考えればいい。
暫くして敵に動きがあった。どうやら都に向かっているらしい。ここ一帯を殲滅をするのならば、最終的に都に行くことぐらいは読めていたので、レイセンはその直線上にある建物の影に潜んでいた。
(やることは一つ、一人でも戦力を削る…)
やがて、大人数が駆ける音が近づき、敵がレイセンの頭上を通った。レイセンを銃を握りしめ、上を見上げる。
(欲張るな、標的は一人に絞れ)
たまたま目に止まった敵を標的とし、レイセンは銃を構える。頭からアホ毛が飛び出ている相手はこちらに気付いた様子だが、空中にいるせいで無防備である。
(とにかく中心を狙え、どうせ狙ったところは当たらない)
レイセンの戦闘能力はさして高くない。狙った箇所を撃ち抜ける技量は持ち合わせていない。そもそも当たったところで相手が死ぬことはそうそうない。
(それでも、戦力は確実に削れる!)
自身のタイミングを合わせ、レイセンは引き金に力を込める、が、
「っ!」
レイセンの上からスタンガンを突きつける人物がいた。本来なら確実に捉えられるタイミングだったが、
「…え!?」
襲いかかった人物、茅野は驚きの声をあげる。突き出したスタンガンは空を切り、超体育着で衝撃を防いだものの、茅野は膝をついて着地した。レイセンはいつの間にか、茅野の後ろに回り込んでいる。
(今の何?瞬間移動、それとも高速移動?どっちにしろ、尋常じゃない速さには違いない!)
レイセンのこの動きは一度、霊夢にも見せている。玉兎は戦闘能力が低いとはいえ、身体能力は人間の比ではない。だが、それは玉兎に限らない。
(緑髪のこの人、明らかに周りとは動きが違う…。私を認識してから襲いかかるまでの判断と速さが段違い…!)
元触手持ちの茅野は、触手を持っていた時の身体能力がまだ残っている。だがそれは決して超人的な動きではなく、あくまでも人間の動きの延長線でしかない。
(いくら速くても、膝がついてれば隙だらけだ!)
レイセンは銃の先端の刃を構えた。茅野が体制を整える前に、突っ込もうとする。しかし、
(…っ!また、後ろに誰かが!)
背後に気配を感じたレイセンは、攻撃対象を茅野から後ろの人物に変更した。遠距離戦の構えをしていた最初の時とは違い、今のレイセンは接近戦の構えをしている。
(このまま振り向きざまに奇襲をする!相手が誰であろうと、戦力は削れ、)
振り向いたレイセンは、相手の姿を視認しようとする。が、
目の前に現れたのは、合わせられた両の手だった。その情報を脳が受け取った時、言葉に出来ない衝撃が、レイセンの身体を駆け巡る。
(身体が、動かな…)
相手も茅野と同様に、膝をついて着地した。そしてゆっくりと立ち上がり、レイセンを見下ろす。
「…よかった、まだ腕は鈍ってなかったみたい」
渚は自身の手を見ながら、そう呟く。その後ろからカルマが腕をかけてきた。
「久々に見たよ、渚の猫騙し」
「いや、言うほど昔も日常的にやってたわけじゃないから、これ」
「ま、とりあえず、この子も同じように眠らせるか」
前原がそう言ってレイセンに近づこうとすると、その間に優曇華院が降り立った。
「ごめんなさい、まさか潜んでいたとは思わなくて…」
「でも何で誰も気がつかなかったんだ?ドローンも飛ばしてたし、三村と千葉と速水さんも監視してたのに」
岡島が疑問を口にすると、優曇華院が種明かしした。
「この子、最初から通信に参加していなかったみたい。だから私も残りがいることに気がつかなかった。忘れてたわ、逃亡兵の私の声を知っている子がいる事を」
「え、じゃあその子、知り合いなの?」
倉橋がそう聞くと、優曇華院は頷いた。
「つい最近、地上でこの子と会っていたわ。他にも昔仲間だった兎もいたけど、その子達は流石に忘れてたみたい」
レイセンは決して優秀な兎ではなかったが、自分だけがが持っている知識を活用し、E組に一矢報いろうとした。この戦いが終結したら、この事を綿月姉妹に報告してレイセンの評価を上げてもいいかもしれない。優曇華院は何となくそう思った。
「この子の処理は私がするわ。貴方達は集合場所に移動しなさい。…もう少しで、貴方達の恩師が来るわよ」
そう言って優曇華院はレイセンを抱き抱え、今度はレイセンに囁いた。
「貴女も一緒に見なさい。この子達が、どうして貴女達を襲ったのか、理解するために」
「お久しぶりぶりです!殺せんせー!」
生徒達が元気よく挨拶する様子を物陰から、鈴仙と拘束されたレイセンが見守っていた。
「み、皆さん!?どうしてここにいるんですか!?」
「そりゃあ、殺せんせーがピンチだから駆けつけたんじゃん。俺たちと先生が合わさってこその、暗殺教室だろ?」
「いや、しかし、それにしてもどうやって」
「あの1年間で学んだほぼ全てを、フル活用してきたんだよ。交渉術から戦闘まで、幅広くね」
「ニュ…」
殺せんせーを見上げる生徒達は、あの時と変わらない目をしていた。懐かしく、そして誇らしい目。それぞれの目を、殺せんせーはしっかりと見返した。
そして渚を見た瞬間、
「ぶあっ!」
「え、ちょっと殺せんせー!何で急に泣き出したの!?」
口にも出して、殺せんせーは突然涙を溢れさせた。あまりに突然で、渚も困惑してしまう。
あわあわとする渚の後ろでは、生徒達が温かい目で見守っていた。
(まあ、当然のことだよな)
(渚は、E組の中でも一番特別な存在だし)
そんな和やかな空気の中で、殺せんせーはやっとのことで、嗚咽以外の声を発した。
「渚君!君はまだ、身長が伸びてないんですか!?」
「「「そこかよ!!」」」
全く見当違いの発言に、生徒達が総ツッコミを入れた。
「ちょっと殺せんせー!数ヶ月ぶりに会ってから僕への最初の発言がそれって、どういうこと!?他に大事な話とかあるでしょ!」
「いいえ!これは重大事項です!男にとって身長は命の次ほど、重要視しなければならないんです!部活に入ってきた後輩が自分より大きかったら、自分は先輩なのに見上げて話しかけなければならず、いつのまにか劣等感を抱くことになり、相手は先輩を見下ろして話しかけなければいけなくなり、自分に非はないのに申し訳ない気持ちになって、非常に気まずい雰囲気になるんですよ!」
「僕のこれからの学生生活が不安になるようなこと言わないで!」
久々に会った殺せんせーが、生徒への感謝や感動を伝えるより先にこの話に触れるほど、渚の低身長ぶりは深刻なものらしい。殺せんせーの早口も久々に聞くが、残念ながら懐かしさに浸ることはできない。
「見てください!カルマ君の身長の伸び具合!あれは絶対180を超えますよ!渚君も早く、あの身長を分けてもらってきなさい!」
「無茶言わないでよ!」
「渚君!何をそんなに反抗するんですか!いい加減危機感を抱いてください!ほら、茅野さんだって、渚君よりも小さかったのに今ではもうだいぶ近づいてますよ!」
そう言って瞬時に茅野と渚を並べる殺せんせー。あ、と固まってしまう生徒達。その中でカルマと中村がニヤニヤしていた。
「ほら、ちゃんと見て!もう身長差はこんだけしか…、って、あれ?差がどんどん広がって…」
あまりに突然に渚に近づいてしまったせいで、茅野が真っ赤になって縮こまってしまう。やっぱりな、と苦笑いする生徒達。パシャパシャとその光景を写真に収めるカルマと中村。
「茅野さん!シャキッと立ってください!成長した姿を渚君に見せつけるんですよ!」
(無理だってば!もう、殺せんせーったら…。触手を持ってないのに、急に殺意が芽生えてきた…!)
「まあまあ、これくらいで勘弁してあげなよ殺せんせー」
「ニュ?」
やんわりと渚と茅野から離させて、磯貝が殺せんせーをみんなの中心に移動させた。
「久々に会ったんだし、話を聞かせてよ」
「そうだよ!私たち、幻想郷のこと何も知らないんだから」
「殺せんせーは何回も行ってるんだから、教えてくれたっていいだろ?」
ワイワイと盛り上がる生徒達に、殺せんせーは鼻を膨らまさせて、背筋(?)を伸ばした。
「いいでしょう、ついでに、私の武勇伝も併せて紹介してあげましょう!」
殺せんせーを中心とした座談会を、遠くで眺めているレイセンは、怪訝な顔をしていた。その横から、優曇華院が話しかける。
「見ていればわかるでしょう。あの子達と先生の関係が。あの子達は先生を助けるという目的の為だけに、貴女達を殲滅してきたの。作戦もほとんどあの子達が考えたのよ、私は情報提供と提案をしただけ。玉兎もあの子達を見習って、これから訓練に励むことね」
「…おかしい」
レイセンがボソリと呟くと、優曇華院は「あ、そうだ」と気づく。
「どうしてこれが月の都と関係があるかどうか、教えるのを忘れてたわね。ちょっと長いけど、聞いてくれ、」
「違う、そうじゃなくて…」
優曇華院の言葉を遮り、レイセンは殺せんせーを指差して言った。
「あれ、何ですか?」
「え?あれは…、殺せんせーだけど」
「そうじゃなくて、あの怪物は何なんですかって聞いてるんですよ!?」
驚いているような怯えているような、そんな顔でレイセンは優曇華院に問い詰める。優曇華院は慣れたものだが、殺せんせーの外見は初めて見ると困惑するしかない。
「えーっと、紫さんから聞くところ、一年前に表の月の7割を消滅させて、次は地球も破壊すると脅して、その代わりにあの子達の学校の担任をしても良い、っていう交換条件を出してきて…」
「待って待って、情報処理が追いつかない!」
「落ち着いて、こんなことで狼狽えていたらダメよ。原作ではこれくらいの情報は1ページで済まされてるんだから」
「何の話!?」
やいのやいのと騒いでいる二人は、もはや隠れている様子はない。その様子を見て「何やってんだろ…」と生徒達が気にかける。
「さて、私の武勇伝も尽きてしまいました。では次に、貴方達の武勇伝をお聞かせください」
ワクワクした表情で生徒達に促す殺せんせー。だが、自分はさして武勇伝と言うほど立ち回れていないことは、どうやら棚に上げている。
「…なるほど、周りに気づかれないように殲滅すると、まさに暗殺者ですねぇ」
「でもお陰で、目立つようなことは一切できなかったよ。走って逃げる囮とか、してみたかったな」
「私も、追い込む前提が無いから罠とか張れなかったし」
木村と原が少しがっかりした様子でそう言った。
「俺、初めて爆弾を投げたよ。若干手が震えちゃっててさ。まぁ精密なコントロールは要求されないから大丈夫だったけど」
「あの爆弾は、スイッチからの指示が無い限り、基本的には爆発しない。安全面には配慮しているさ」
杉野の言葉に、横から竹林が補足を加えている。
「…皆さん、本当に、今までのスキルを活用して、ここまできたのですね。先生として鼻が高いです」
「スキルを活用してきたのは、ここだけじゃねーぜ」
「ニュ?」
寺坂に続き、生徒達が次々と発言した。
「勉強も部活も、上手く楽しくやってるよ」
「先生に提出した将来の夢を叶える為にね」
「先生、もうちょっとだけ聞いてよ。俺たちの武勇伝をさ」
生徒達の自信満々な様子に、殺せんせーは再び感動する。
「いいでしょう。今日は思う存分、私に自慢してください!」
「…あの子達、本来の目的を忘れてないかしら」
再び賑やかになってE組の輪を見ながら、優曇華院が呟いた。レイセンもやっとのことで、殺せんせーについてとやかく言わなくなり、大人しくその光景を眺めている。
「…凄い師弟関係ですね。お互いを信頼し合っているのが、見てるだけでわかります」
「でしょ。月にもこんな関係がもっとあればいいのに。綿月さんと師匠みたいな」
「…でも、残念ですけど、この子達はここから先を突破することは出来ません」
突然、不穏な事を口にするレイセンに、優曇華院が驚く。
「へ?何で?」
「知ってるとは思いますけど…、当然、ここの警護は我々玉兎や一般兵の月人だけでは行っていません」
「ああ、サグメさんも、強力な護衛を一人配置してるって言ってたっけ。でもその人は今、こっちのもう一人の強力な駒が抑えてるって聞いたけど」
「その人がどれくらい強いかは知りませんが、少なくとも、必ず振り切ってこっちに来ますよ」
何やら自信を持って言い切るレイセンに、優曇華院は戸惑い始めた。
「…、その人が誰か知ってるの?」
「知ってるも何も、さっき鈴仙さんも口にしてたじゃ無いですか」
突然そう返され、今までの会話を振り返る優曇華院。そして答えに辿り着いた時、
「…嘘でしょ?」
顔が一瞬で青ざめた。そしてそれと同時に気配を感じ取り、都に目を向けると、
都の入り口から、何者かがこちらに向かって歩いていた。
その人物は、ふわりと浮き上がり、目にも留まらぬ速さで殺せんせーに突っ込んでいく。
「…!?殺せんせー!」
「っ!」
最初に気づいたのは渚だった。直後にカルマも気付き、渚の声かけで全員が都の方向を向く。
「ニュ…?ニュヤ!?」
普段はどんな攻撃も交わす殺せんせーだが、それは殺気を感じ取れるからである。しかしこの人物からは殺気を感じられなかった。その人物は、
「…依姫さん!?」
優曇華院がそう言って駆けつけるも、間に合うはずがない。殺せんせーが依姫を視認した時、既に目の前で刀を振っていた。
「…何故だ、穢れなき子よ」
依姫の言葉で、自身に傷がついていないことに気づく殺せんせー。まさか見逃してくれたのか、そう思って目を開けると、
「何故、その怪物を庇う」
殺せんせーと依姫の間で、刀を抜いて依姫の一撃を受け止めていた人物がいた。
「別に庇ってなんかいませんよ。
…こいつを殺すのは私です。だから他の奴に殺されたら困るんですよ」
妖夢は、目の前にある依姫の目をしっかりと見返して、そう言い放った。
アリス・マーガトロイド「今回の後書きは、私、アリス・マーガトロイドと」
潮田渚「潮田渚でお送りします」
アリス「…貴方、2回目よね?(東方ダンマクカグラ CV渕上舞)」
渚「…そうですね。僕も何で2回呼ばれたのか…。(CV渕上舞)」
アリス「今回話すことは、妖夢の出番、あってよかったね、って話だけね」
渚「細かいことはあまり言い過ぎるとネタバレしちゃうので、ご容赦ください」
アリス「ところで聞きたいんだけど」
渚「何ですか?」
アリス「…私、本編に出てたっけ?」
渚「では、次のお話をお楽しみに!」
アリス「ねぇ、無視しないでよねぇ、聞いてる?」