マッハ20の初代死神でも幻想郷は辛かった   作:螢雪

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待っていないかもですけど、お待たせしました。今回はやりたい事を優先してたので、本当に遅れています。ゲームじゃないですよ。
今回は本編最終回となるので、何と16000字!バカじゃねぇの?
あれですよ、コミック単行本で最終巻だけ厚さと値段が違うっていうやつですよ。銀魂とか見るとわかりやすいですよ。え?それとこれとは話が別?すみませんでした。
兎にも角にも、殺せんせーの出演は今回で最後です。頑張ったので、どうかお読みください。


マッハ20の初代死神さえ幻想郷は救い出す7

妖夢を殺せんせーらが取り囲む外で、依姫にはレイセンと優曇華院が寄り添っていた。

 

「依姫さん、これ、うちの薬です」

「…ありがとう」

 

優曇華院が手渡した飲み薬を、依姫は抵抗することなく受け取って飲み込む。優曇華院は手早く怪我の処置を施した。

 

「これで大丈夫でしょう。すぐに痛みと出血は引いて動けるようになりますが、念のためにしばらく安静にしてくださいね」

「流石、永琳様の薬だ」

 

少し笑った依姫だが、月夜見代理が顔を出したことに気づくと、すぐに深刻な顔に戻った。

 

「あれが、月夜見様の代理ですか」

「…ああ」

 

月夜見代理はしばらく群衆を見下ろしていたが、やがて依姫に声をかけた。

 

「依姫、何故負けた?お前は護衛の仕事を何だと思っている?悪人を通らせることか?」

「…お言葉ですが、代理、護衛が人である以上、限界があることを念頭に置いて頂きたい」

 

反論する依姫だが、月夜見代理はすかさず怒った声で更に反論した。

 

「その限界はお前の限界だろう。神の力を借りれば、そのような限界など容易く越えることが出来る。だからお前を雇ったのだ。このような連中、広範囲の攻撃で一掃すれば、直ぐに方がつくはずだ」

「それは、今生きているものを殺せ、ということでしょうか」

「別に構わないだろう」

 

睨みつける依姫に対し、月夜見代理はさも当然のように言い返す。月夜見代理はわざとらしくため息を吐き、こう続けた。

 

「…これだから綿月は、生温い上に全く頼りない。お前らの使い道は、姉の移動用の能力だけだろうな」

「…は?」

「この件は上に、月夜見様本人にも報告させてもらう。綿月は、上等な能力を持っているにも関わらず、護衛に関しては毛ほども役に立たなかったと。己の弱さを恥じるが良い」

「…貴様」

 

依姫が思わず刀に手を添える。が、

 

「いいえ、依姫さんの技量を測るには、いささか早すぎると思います」

横から殺せんせーが口を出した。月夜見代理が露骨に嫌な顔をする。

「…何だ貴様」

「申し遅れました、私、殺せんせーと申します。…って、それはニックネームでしょ!」

「そういう意味じゃない」

 

ふざけて1人ツッコミをする殺せんせーに更にイラつく月夜見代理。殺せんせーも再び向き直り、真正面で話しかけた。

 

「簡単な話です。依姫さんはこの戦いにおいて、全く本気を出していない」

「何だと?」

「そもそも『神の力を使うのは一度見せたことのあるものだけ』という縛りを行うメリットは全くありません。何せ神は八百万もいるのですから。依姫さんは新たな神の対策をされない為と言っていましたが、正直そんな心配は無用です。さらに言えば、神の力なのだから対策もしようがない場合もある。

 

それに刀捌きも、正しいものではありませんでした。今回の依姫さんは、どうにかして隙を作って神を呼び出そうとすることに固執していましたが、実のところ神なんていらない、刀だけで十分です。ぶっちゃけ、本気でやられてたら妖夢さんはもう10回くらい死んでますし」

「は!?」

 

突然の敗北宣言に妖夢が目を剥く。それは見ないフリをして、殺せんせーは話を続けた。

 

「当然、依姫さんは戦闘には慣れているでしょう。普段の彼女ならば、常に最適解を出すことが出来たはず。それが出来なかったのは…、

 

 

 

単純に、あなたの監督問題ですね」

「…は?」

 

突然、矛先が向いたことに驚いたのか、月夜見代理は絶句した。

 

「依姫さんは、『護衛を任されている上、ここを通すわけにはいかない』という旨の発言をしていました。ですがそれは字面だけの意味ではありません。彼女がこの言葉に含めた意味は、

 

俗に言う、私を超えて行け、ってやつです」

 

「…てことは、依姫さんは意図的に手を抜いて…、いや、自分に制限をかけていた?」

 

そう言いながら、優曇華院は依姫を見つめた。返答を求めるその目から目を逸らして、依姫は少し言いにくそうに言う。

 

「…私に聞かれても、私は『それは違う』としか言えない。もっとも、戦いに入れていた熱は本気だったがな」

 

依姫は、自分に縛りを設けた上で本気で戦った。その上で依姫に勝てたのならば、依姫にとっても、通しても致し方ないと思える判断材料になったのだろう。

 

「…なるほど、綿月は手を抜くことが護衛と思っているのか」

 

月夜見代理が再び依姫を貶すが、すかさず殺せんせーが割り込む。

 

「いいえ、言ったはずですよ。あなたの監督問題だと」

「何…?」

「まずあなたは監督者として、コミニケーションがなっていません。ろくに相手の主張も聞かずに、自分の脳内で辿り着いた結論で話を進める。納得のいく結果があるならまだしも、今見ているだけならばただただ不当解雇を横行しているだけで、とても良い上司だとは言い難いです。

 

次に、護衛が手を抜くことも、監督者としての責任を問われます。部下がある仕事に対して手を抜くのは、本人がそのような人物であるが、仕事の意味を理解していないか、

 

…仕事の意味を理解した上で反発しているか。

 

もちろん本人が悪意を持っての手抜きならば、咎めても仕方ないですが、…今回はあなたへの懸念材料がありますからね。どちらか判断するところから始めないといけませんが…」

「…おい、少し黙れ」

 

上から降ってきたドスの効いた声に、殺せんせーは「おや」と口をつぐむ。

 

「ペラペラとよく回る口を持っているようだが…、口にしているのは正論のつもりか?」

「それ以外に何があると?」

 

威圧する月夜見代理に対し、殺せんせーも負けじと小さい目で睨みつけている。

 

「お前が並べている御託が正論だろうが何だろうがは置いとくとして、…正論を言ったとしても許されないのは誰だと思う?

 

悪人だ。罪や悪行をしでかしたものは、とかく正論で自分を正当化しようとする。一見、ただ反論しているように聞こえるが、方向性がまるで違う。

 

いくら正論を並べたところで、お前の悪行が消えてなくなるわけではない。お前が蒸発させた、月の分の罪がな」

 

「だからっ、それは殺せんせーがやったわけじゃねぇよ。殺せんせーを人間からこの姿に変えた、マッドサイエンティストの実験で、」

「『触手細胞』のせい、だとでも?だとしたら、触手細胞を持っているお前も、同じだ」

 

前原が反論するが、月夜見代理は態度を揺るがさない。サグメは気が弱いと言っていたはずだが、

 

(…もしかすると、何か後ろ盾があるのでは?)

 

確証は無いが、殺せんせーはふとそう思った。

 

「いいか、細かい事柄は、例えそれが嘘でなくとも関係ない。世の中はそんな細かく判断はしない。大雑多に見て一括りに纏めて、良し悪しを判別するのだ。それが私の見解であり、大衆の見解でもある」

「…お前が印象操作した見解だろうが」

 

ボソリと依姫が呟いたが、地獄耳なのか月夜見代理は依姫に目を向ける。

 

「おい、今、何て言…」

 

 

「ということは、『大雑多に見て一括りに纏めて』、この者が悪いわけではない、とすれば良いんですね」

「…あ?」

 

新たに、月夜見代理に話しかける声があった。今まで会話に参加していた声ではない。しかも、月夜見代理のすぐ側で声がかかった。月夜見代理がそちらを振り向き、言い返す。

 

「…それがどうした、綿月のもう1人の片割れ」

「ふふ、酷い言われようですね」

「と、豊姫様…!」

 

依姫の姉・綿月豊姫のその姿を確認した優曇華院が声を上げる。同時に紫が「げ」と殺せんせーの後ろに隠れた。

 

「?紫さん、どう致しましたか?」

「いえ?ちょっと日差しにやられたから日陰に入ろうかと…」

「ああ、そいつは姉様に土下座させられたから、見たくもないし見られたくもないのだろう」

「余計なこと言わないでほしいわこの負け犬!」

 

横から口を出す依姫に紫は目を怒らせる。そんなことは蚊帳の外で、豊姫と月夜見代理は睨み合ったまま、お互いに一歩も引かない。

 

「…綿月はどいつもこいつも、代理と知っているからと態度がでかいな」

「あら、代理だからといって態度をでかくしているのはそちらの方では?」

「反論か?反抗か?お前は何がしたい、どうせ無駄なことだろうがな」

「そうですね。色々と言いたいことは山々なんですけれども、取り敢えず順を追って説明するので、まずは、」

 

豊姫はパッと自分の扇子を開いて、にこやかに続けた。

 

 

 

「月を蒸発させたのは、私です」

 

 

 

「…は?」

 

もはや何度絶句させられたかわからない月夜見代理だが、今回ばかりは話が違う。今までは呆れや怒り、ただの驚きであったが、

 

 

今回は、困惑である。

 

 

「問題です。これは何でしょう」

 

豊姫は開いた自分の扇子を月夜見代理に見せびらかす。動揺を隠せない月夜見代理は正直に答えた。

 

「…扇子だが?」

「そう、扇子です。ですがただの扇子ではありません。月の科学力が集結した、いわゆる武器です。まぁ、科学力は日々進歩するので、もう最新技術ではありませんが、それでも一振りで森を素粒子レベルに分解する威力を持っています」

「「「素粒子レベル!?」」」

 

突然の次元の超えた話に、殺せんせー並びにE組の生徒達が驚愕した。

 

「あら、そんなに素直な反応をして頂けると、嬉しいものですね。そちらの賢者さんは特に驚きも褒めもしなかったものですから」

 

ちらりと紫を見る豊姫。紫は殺せんせーの陰に隠れながらも小声で反抗する。

 

「それはこちらが脅されてたからでしょうが…」

「まぁそんなことはどうでもよくて、何が言いたいかというと、月の蒸発レベルならば私でも可能、というわけです。そして私はこの扇子を振って、月の7割を素粒子レベルで分解…、あちらの言い方ですと、蒸発したというわけです」

「おい待て、何もこの怪物を庇うためにそのような嘘を言わずとも…」

 

月夜見代理は混乱しつつも否定しようとするが、豊姫はケロッとした顔でこう告げた。

 

「嘘じゃないですよ?証拠が欲しいのであれば、月夜見様本人にお伺いください。

 

 

月の破壊は、月夜見様の元で行われましたから」

 

 

「な…?」

 

遂に姿勢が崩れて、月夜見代理は尻餅をついた。訳がわからないまま口をぱくぱくとしているので、豊姫は月夜見代理から視線を外し、殺せんせーをちらりと見た。

 

「経緯を全てお話ししましょう。その者のためにも」

 

 

 

 

「出張って…、向こう側の月に、ですか?」

「ええ、月夜見様からの指令でね。だから暫く帰らないわ」

 

綿月邸にて、豊姫は依姫に後を任せるように話す。

 

「地上から何かあったんですか?まさか侵略の兆しがあるとか」

「今のところは侵略の線は無いわね。何やら生物実験をしているみたいよ。でもわざわざ月で実験ってことは、余程危険な実験なのか、月の環境での実験なのか…、どちらにしても、観察する必要があるってことね」

「わかりました、ここのことはお任せください」

 

依姫との話が終わり、部屋を出ると、なぜか兎たちが豊姫に近寄って、オロオロした様子で聞いてきた。

 

「本当に、行ってしまわれるのですか?」

「ええ、でも死ぬような任務じゃ無いから、安心なさい」

 

近くの兎の頭を撫でる豊姫だったが、兎達が気にしているのは、飴と鞭の飴担当の豊姫がいなくなるということであり、しばらくは鞭が続くことに恐れていた。そんなことは露知らず、豊姫は反対側の月へと出向いたのだった。

 

 

 

(地上ではネズミを実験に使うのが流行りなのかしら)

 

実験の様子を観察しながら、豊姫はのんびりと桃を手にとる。後は任せると言っておきながら、暇なので時折、綿月邸に桃を取りに行っていたりもする。

 

(見る限りは生物兵器、でもまだ人間への細胞の移植は実験過程、といったところ)

 

豊姫の能力と月の科学力を使えば、実験の情報や物質を盗み出すのもお手のものである。定期的にそれらを月の本部へと送り、それを見て賢者らの意見を参考にし、豊姫に追加の指示が下るという流れである。

 

(やっぱり、非効率的な開発のようでしたね。とはいえそれでも十分な威力を持つことになる。本当は処理したいところですけど、バレるので要観察)

 

本部から送られてきた評価を見ながら、暫くはその日々を過ごしていたが、

 

「…は?」

 

ある日送られてきた文書を見て、豊姫の顔は一気に青ざめた。

 

(爆発の危険あり、推定日は数日後、威力は具体的な想定は不可能だが、

 

少なくとも、ここの月は消滅するほど…?)

 

こちらの月での出来事は、都側の月には直接的に干渉はしない。だが、片方の存在が無くなれば、残されたもう片方との「表」と「裏」の概念を考えると、矛盾が生じる。

こちら側の月が無くなれば、必ず反対側も、致命的な影響が及ぼされることは、明白だった。

 

もちろん、細胞を移植されたマスウをすぐに処理すれば、爆発のリスクを無くして丸く収めることができるが、当然不審死としてみなされ、月の住民が脅かされることとなる。

 

(面倒なことになった…!)

 

本部で発案された対策案はいくつかあったが、その内最も現実的な対策は、

 

(私が、ここの月を破壊する…!?)

 

まずマウスを爆発する前に殺し、月の消滅のリスクを無くす。次に、地上側から疑われないよう、あたかもマスウの爆発によっての結果と見えるように、豊姫が月を破壊する。元の爆発の威力を考えると、7、8割は削らないと、おかしいと判断されかねないが、10割が無くなるよりかは遥かに良い。

 

ご丁寧にも、ここでの破壊行為を許す文書が、月夜見様直々の手書きで送付されていた。

 

(ここまで来れば、拒否する理由はない。月の民を守る為にも、私が遂行しなければ!)

 

そして当日、豊姫は月の8割を素粒子レベルに分解し、地上の研究員はマウスの影響だと信じて疑わなかった。だが予測通り、月の都や街は被害を被った。

 

月の都から、今回の被害は未曾有の大災害によるものであり、現在は安定しているので復興に着手する、といった内容が発表された。外界の仕業であると知らせたならば、無闇に民間人の不安を煽ることになるので、真実を隠蔽するようである。真実を知っているのは、月夜見と関係した賢者らと豊姫のみである。

 

その後、月夜見は代理を都において、自ら反対側の月へと視察、調査で出向くこととなり、同時に地上の動きも観察された。幸いにも実験は中止されたようだが、以前の実験で生み出された怪物は未だ存在しているようで、計算によればその怪物は約一年後に同様の爆発をするらしい。再び直前で始末しようと試みたが、その前に怪物は少年少女らによって殺された。

 

超生物がいなくなった後でも、地上での動向は未だに調べられ、月の視察は続いた。豊姫はそれに同行していたのだが、ある日、依姫から手紙が届いた。中には、代理の納得がいかない行動と指示に対して、懸念の意を示している内容が書かれていた。

 

その手紙を月夜見に提出し、一度都に戻る許可を得てから、豊姫は自身の能力で都に帰り、今に至る。

 

 

 

 

「ここまでが、今回の私の流れです。理解していただけましたでしょうか?」

「…わからない」

 

代理がうめくように答えたので、豊姫は代理に向き直る。

 

「結局は、月で実験を行なっていた地上の人間共が原因なのではないか。お前が月を破壊したのではない、破壊せざるを得なかったのだろう!」

「あら、世の中はそんな細かくは判断しないって、あなたがおっしゃったんですよ?そうですね、先に私が月を破壊したことを教えて、後から細かい理由をくっつけてあげれば、世間の矛先は私に向くことでしょう。

 

『怪物が月を壊した』だなんて噂を都に流したあなたなら、理解できるはずですよね?」

 

「…!そうなんですか?」

「ええ」

 

優曇華院の確認に対して、依姫は頷いた。

 

「前に都から伝えられた、地殻変動の理由とは全くの別物だったものだから、私は信用はしていなかったですが…、その話を信じている人は一定数はいるでしょう」

「なんだか、ネットニュースみたいな仕掛けだな。見出し文だけ読んで、本来とは違う意味で捉えられてしまうみたいな」

 

磯貝の呟きに、周りの生徒らは「確かに」と賛同する。内容をしっかり読まない読者ではなく、意図的に勘違いしそうな見出し文で記事にする書き手に問題がある。代理が流した噂については、そのようなケースに似通っている。

 

「もし今、貴方が私の情報操作の手口に対して『おかしい』と思ったのであれば、貴方は貴方自身が行ったことを『おかしい』と認識していることになりますね。…『おかしい』ですね?」

 

豊姫は、懐から一枚の紙を取り出し、代理の前に掲げた。

 

「噂の件だけでなく、命を軽々しく扱った件と、都内に侵入された件、そして著しく統率力に欠けている件を総合して、こちらに処罰について、月夜見様『本人』から記載されています。よろしいですね?」

 

もはやこれまで、そう全員が認識できる状況で、代理にはもう反抗する気力はないようだった。震える手でその紙を受け取ろうとしたその時、

 

「は?」

 

豊姫が、持っていた紙を上へ持ち上げ、代理が受け取ることを妨害した。何をしているのかと周りが疑問に思う中、豊姫は代理を見下ろして口を開く。

 

「まだ、ありますよね。貴方には、罪が」

 

豊姫の鋭い眼光に、代理は狼狽える。

 

「な、何を言う、お前が全て語ったではな…」

「私はまだ『確信を持った内容』しか話してはいません。ですが今回の騒動に関しては、それだけでは納得し得ない点が幾つもあります。

 

例えば、月の破壊について、地上の人間の実験が絡んでいることをなぜ知っていたのか」

 

豊姫が出した例に、殺せんせーは驚いて依姫に聞いた。

 

「貴女達は知らなかったのですか!?」

「つい最近までは、ですが。流れた噂にはその情報は載っていましたが、最初は都から『大規模な地殻変動』としか知らされていませんでしたし、反対側の月のほとんどが消滅したことも知りませんでした」

 

月に乗り込む前にサグメから説明を受けた時、「上層部の一部しか知らない」とは聞いていたが、どうやら関わった人物内で情報を止めているようだ。

 

その間にも、豊姫の尋問は続いていた。

 

「ここからは『推論』の域になりますが、貴方は外部の人物から、月の破壊の真相、と言っても、私に関する情報は抜かれていましたが、それを聞いたのではないですか?」

「お、憶測で物を語るのはやめろ!」

「そうです、憶測で片付けたくはありません、なので証言が欲しいです」

 

豊姫は顔をさらに近づけて、代理を追い詰める。と、その後ろから声がかかった。

 

「じゃあ、私達が証言してあげましょうか?」

 

かかった声の方向に、豊姫はゆっくりと振り向いた。その顔には、先程までの余裕は無く、警戒心を強めた表情をしている。

 

同じく、新たに現れた人物達を認識して、特に優曇華院と依姫が驚愕する。

 

「この人達は…!」

「やはり、賢者達の推測通り…!裏で手引きしていた真犯人は貴女ですね、

 

純狐!」

 

 

 

純狐(じゅんこ)

神霊

以前に月を騒がせた黒幕。

月の女神・嫦娥に対して

ただならぬ恨みを抱えている。

 

 

ヘカーティア・ラピスラズリ(へかーてぃあ・らぴすらずり)

神様

純狐の友人で、手を貸しておられた。

能力上、3つの身体を持っていらっしゃる。

お強い。マジでお強い。

 

 

 

「この2人、神と神に近い存在ってことですよね…?」

 

わなわなと震える殺せんせーだったが、優曇華院と依姫はそれよりも取り乱していた。

 

「よりによって、何でこいつらが…!」

「そ、そんなにまずい状況なのですか」

 

あまりの狼狽えように、岡野が問いかけると、優曇華院が返答した。

 

「昔から何度も月を襲撃してくる、いわゆる宿敵です。以前はこの月を滅ぼしかけて、間接的に地上にも被害が出ました」

「ほっほほほ滅ぼしかけた!?」

 

今まで月が幻想郷においての最強格だと思っていたが、それを覆される発言に、E組は衝撃をくらう。

 

「あら、滅ぼしてはないわよん。ちょっと穢れで覆っただけじゃない」

「今までの月と全く別物になるのなら、それは滅ぼされたも同然だろう」

「そんなに睨みつけないで頂戴。せっかく撤退してあげて、貴女達も元の月に戻ってこれたのだから、…ね?」

 

依姫とヘカーティアの論争で、辺りに緊迫した空気が漂う。

 

(この神様の言葉、脅迫に捉えることもできる…!)

 

「今回も、嫦娥さんが目的ですか?それにしては随分と回りくどいやり方ですね」

「結果的にはそうなるが、忘れないでおいてほしい。私は、嫦娥を擁する月の都自体にも、恨みを持っていることを」

「…つまり、月夜見様の代理と地上を使って争わせて、月を弱らせると同時に嫦娥さんも始末しようと?」

 

毅然とした態度を取る豊姫に対して、純狐は随分とリラックスした体勢で、ケラケラと笑った。

 

「もともと月夜見と賢者や有力者が不在の時点で、十分弱っていた。そこで揺るがしを入れておくのが今回の計画だったが…、

 

私は、ふと閃いたんだ。今までは堂々と躍り出て襲撃していたが、暗躍してみるのもどうだろう、とな」

 

まるで新しい遊びを思いついたかのような純狐の表情に、E組は愕然とする。

 

(狂気だ、しかも鷹岡や柳沢とは格が違う。何というか、

 

純粋な、狂気だ)

 

「ちなみに回りくどいのはヘカーティアの発案だ。正直私も面倒と思ってた」

「うるさいわね、折角なら綿密な計画を立ててみたいじゃない。まぁこう細かくやってみると、新しく学ぶこともあったわね。結果的に地上とぶつけさせれたけど、計画通りじゃなかったし。でも…」

 

ヘカーティアもまるで談笑するように話していたが、途中で顔色を変えて豊姫を見る。

 

「今回も、嫦娥を手にかけるまでには至らないみたいね。この子がいると面倒だわ」

 

ワープと同様の能力を持つ豊姫の前では、逃げられるどころか応援を呼ばれる。手こずるのは目に見えていた。

 

「まぁ今回は、貴女達にも得があると思うわ。こんな指名手配みたいな存在の私達と手を組むような奴を、ずっと代理で置いていたら、この先どうなるかわかったもんじゃないわよん」

 

 

 

「…私達は?」

 

 

 

突然、紫が話しかけた。

 

「え?」

「私達に、得はあるのかって聞いているのよ」

 

思わぬ横槍に困ったヘカーティアは、作り笑いで誤魔化そうとする。

 

「うーんと…、誰も死ななくてラッキー、みたいな?あ、あと恩師との感動の再会もあったし、いいじゃないの」

「良くないわよ、私が」

 

珍しく紫がキレている。それに気づいた幽香は面白げに見て、優曇華院は恐れ慄いた。

 

「でもどうせ、貴女達からは何も貰えないでしょう。ならば私達の得は残す一つ、

 

 

 

制裁よ!!」

 

 

 

紫の高らかな宣言の直後、ヘカーティアと純狐の斜め後ろから攻撃が仕掛けられた。

 

「っ!」

 

さも当然のようにそれを防ぐ2人だったが、純狐がある事に気づく。

 

(このお札の弾幕…、どこかで)

 

その瞬間、何者かが足から2人に突っ込み、張っていたバリアが割れた。

 

「くっ!」

 

咄嗟に手で受け止めたヘカーティアは、それを横に薙ぎ払う。攻撃を流されたその少女は、殺せんせーの前で土煙を上げながら着地し、ゆらりと立ち上がって純狐とヘカーティアの方向を向く。頭に赤いリボンをつけ、お祓い棒を持ったその姿に、殺せんせーは驚きの声をあげた。

 

「れ、霊夢さん!」

「ちっ、流石に不意打ちは効かないか」

 

そう言いながら、霊夢は仁王立ちで2人を睨みつける。攻撃を受け止めた手を動かしながら、ヘカーティアは煽るように声をかけた。

 

「制裁って…、まさか倒そうとか思ってるんじゃないわよね?」

「いいえ?私のやり方はもっと陰湿よ」

 

そう言った霊夢の後ろに、新たな人物が現れる。

 

「…閻魔?」

 

下からから見つめてくる映姫を見て、ヘカーティアは驚いた。

 

「ヘカーティア・ラピスラズリ。貴女は神と言えども、今回の行動は度が過ぎていると感じます。死者の魂を弄び、地上のみならず月を混乱に陥れ、この者の精神に危害を加える手助けをした」

「あら、何で閻魔に説教されなきゃいけないの?」

「私を利用しようとしたからです」

 

余裕な態度を見せるヘカーティアに対し、映姫は尚も真剣な表情で話を続けた。

 

「外の世界で亡くなった彼が、何故か幻想郷の管轄である私の担当となり、その上私の元に来る前に姿を消した。回りくどくてわざとらしいその行動に、私は疑問を抱くでしょう。そして彼の騒動の原因となる、月夜見様の代理に辿り着き、月に乗り込ませる。…ここまでが、貴女の本来の筋書きですね」

「ええそうよ。でも今更それを知ったところで何になると?」

 

映姫はここまで真顔で話していたが、突然フッと笑った。

 

「いいえ?私は今ではなく、もっと前に知っていました。故に、貴女について会議した結果、それ相応の処分を決定する案を、これから上に提出することとなります」

 

そう言って一枚の紙を取り出す映姫。その紙を見て初めて、ヘカーティアの顔に曇りが出た。

 

「…階級が上の私に対して、よくそんなことが出来るわね」

「階級は関係ありません。私に権力が無いのならば、権力を持つものに託せば良い話です。貴女以外の権力者が賛同して頂けるのならば、いくら権力が強い貴女でも、痛い目を見るのではないですか?」

「なるほどね…」

 

口ではそう言うも、顔は笑っていない。ヘカーティアはしばし考え、純狐の肩に手を置いた。

 

「今すぐに引いた方がいいようね。私は根回しをしなきゃいけないし、貴女も単身だと辛いんじゃなくて?」

「そのようだな」

 

純狐がそう言うと、2人が謎の光に包み込まれ始めた。

 

「今回は痛み分けとなるが、私らを追い返す策は見事だった。諸君ら、また会おうぞ…!」

 

高らかに純狐が叫ぶと、光は一瞬だけ強く輝き、光が収まった時には、既に2人はいなかった。

 

「か、帰っていたのか?」

「でも力があるならゴリ押しで侵略してもいいのに、何故?」

 

あっけなく消えていった2人に困惑する生徒たち。横から依姫が説明を入れた。

 

「彼女らの襲撃には、毎回月の賢者達が知恵を使って撃退します。彼女はその対抗策に満足したら、襲撃をやめて帰っていくのです」

 

(なにそれ)

 

生徒たちが一斉に困惑した表情を見せる。依姫は追加の説明を、静かに語った。

 

「元より彼女らの嫦娥様への恨みは、とうに純化されています。本人達にとっては、恨みつらみは建前で、心の中では遊んでいるだけなのかもしれません」

 

何と傍迷惑な、とそれはそれで生徒たちは難しい顔になる。それにしても、と依姫は霊夢と映姫に顔を向けた。

 

「貴女達は既に真犯人が彼女らだと知ったと言っていました。何故わかったのです」

「ああ、それは、神の褒美を使ったのよ」

 

 

 

 

数時間前…

 

「その子は…、地霊殿の長の妹、ですか。何故その子を連れてきたのですか?」

 

地獄にて、映姫の元にやってきた霊夢とサグメ。そして2人はこいしを連れていた。

 

「知っていると思うけど、この子は前のゲームで殺せんせーを殺した勝者。つまり自称神から何でも一つ褒美が貰える権利を持ってる。で、ほら、こいし言って」

「えー」

 

霊夢に言われて渋々、こいしは話し始めた。

 

「私は今の生活が楽しいし、特別何か欲しいものはないから、褒美で手に入れたいものはなかった。だから聞いてみたんだ。

 

得られるものは、物体とかじゃなくて、知識じゃダメかって」

 

「知識…、つまり、情報、ということですか…!」

「そういうこと。自称神はそれでもいいって言ってたから、自称神から直接聞き出せる。早速やりましょう。こいし、呼び出して」

「はいはい。神さまー」

 

こいしが呼び出すと、すぐに自称神の声が聞こえた。

 

『はい、あなただけです、自称なんて付けずに呼んでくださるのは…、って、あれ、何故閻魔様がいるんですか…?』

「さあ、自称神、正直に話して頂戴。この騒動の真犯人が、誰なのか」

 

霊夢の自信満々な言葉に、自称神は狼狽えたが、思ったよりも素直に話した。

 

 

 

 

「…なるほど、褒美を逆手に取って、早めに情報を得て対策をしていたわけですか」

「おかげで早めに追い返せてよかったわ。じゃあ閻魔様、もう用事は終わりです」

「…扱いの雑さに苛立ちを感じます。次の説教は覚悟しておいてください」

「ひえ」

 

映姫は背後にいる霊夢を震えさせ、例の如くタクシー代わりの小町の能力で、地獄へと帰っていった。

 

(それにしても、こいしはわざわざ褒美を使わずに、しかも永遠亭にわざわざ来てその事を話していたのよね。あの子、無意識でやってんのかわざとやってんのか)

 

もしかしたら、こいしは全て読んでいたのではないか。そんな事を霊夢はふと考えていた。

 

「…さて、代理。月を揺るがす相手と内通していたという明確な証拠を、本人たちから頂きました。今後の処分は後ほど検討しますが、重い罰則を受けることは覚悟しておいてください。…では、月夜見様がお呼びですので、共に参るように」

「…はい」

 

すっかり意気消沈した代理は、豊姫と共に、映姫のように消えた。

 

『…それでは、後始末を致しましょう。私はここに残っている賢者たちに働きかけますので、依姫さんは先に兎たちをお願いします(`・ω・´)』

「承知いたしました」

 

懲りずにフリップ芸をするサグメに従って、依姫はその場から離れる。続けてサグメは殺せんせーらに新たなフリップを見せた。

 

『地上の者はドレミーの能力で地上にお送りいたします。外の世界の者は、その後に紫さんに帰らせてもらってください( ・ω・)

そしてあなたは…』

 

サグメは少し申し訳なさそうに、殺せんせーに対してフリップを掲げた。

 

『自称神さまに待ってもらっていますので、そのまま、外の世界を担当している閻魔大王様の元にお送りします(´・ω・`)』

 

遂に、殺せんせーは行ってしまう。その事をサグメが明言すると、その場に哀愁の雰囲気が漂い始めた。殺せんせーはしばらく静かにしていたが、やがて口を開いて、サグメにこう言った。

 

「わかりました。色々と手配して頂いてありがとうございます。ですが、もう少しだけ、待って頂けないでしょうか」

『(゚ω゚)?』

 

何故、と顔で訴えかけるサグメ。殺せんせーは後ろを振り返り、妖夢を触手で指さした。

 

「彼女と、最後に戦わせてください。妖夢さん、準備はできますか?」

 

突然の提案に驚いた妖夢だが、すぐに目を鋭く光らせ、笑みを浮かべながら返した。

 

「上等だ」

「よろしい」

 

同様に笑顔で返す殺せんせー。そのまま流れるようにルールを作成する。

 

「ルールは先ほどと同じで良いでしょう。範囲から外に出たら負け、ということで。範囲はこれくらいにしましょうか」

「狭っ!」

 

殺せんせーが地面に描いた円は、大体相撲の土俵と同じくらいだった。あまりの狭さに生徒たちは声を上げる。

 

「さて、妖夢さん。私は殺されなくても消えてしまいます。貴女は私を斬ると宣言しましたが、それが叶うチャンスは今しかありません。

 

心して、かかってきなさい!」

 

先に範囲に入った殺せんせーは、触手を広げて妖夢を迎え入れた。妖夢はゆっくりと歩いて、刀に手をかける。そして妖夢が足を範囲に踏み入れた瞬間、

 

「はっや…」

 

業が驚きのあまり声に出す。妖夢の刀が壊れた鞘とは反対方向に伸びていることから、抜刀していたのだと気づく。が、刀を振るった瞬間は見えなかった。

 

しかし殺せんせーは高速の抜刀は躱している。妖夢は素早く攻撃を畳み掛けた。

 

(っ!早速2人に!)

 

もったいぶらずに、すぐさま半霊の姿を変えて、2対1にする妖夢。2人からの攻撃は狭い範囲だと非常に危険だが、殺せんせーは間一髪のところで躱している。

 

(この勝負、圧倒的にタコの方が有利…!少しでも私を押し出せば、私の場外負けになって勝負がつくが、奴はあえてそれをしていない。私の力を試している。私がどのように工夫してタコを追い詰めるかを観察して、もし手詰まりになったと判断されたら、突き飛ばされて勝負は終わるだろう。

 

だが、私は諦めてない。絶対に、ここでこのタコを黙らせてやる!)

 

(妖夢さんは依姫さんを倒してから、非常に自信がついている。それは決して自惚れなどではなく、自身のモチベーション、調子を上げることができるものだ。鞘は両方とも壊れてしまっているものの、今の妖夢さんは実力の全て、又はそれ以上を出すことができている。

 

そこで私が逃げ切ってみせます!かっこよく私が勝ってみせます!だって妖夢さんと依姫さんとの戦いが始まった時から、私ずっと空気でしたもん!)

 

しばらく、両者互角の戦いが続くが、殺せんせーの身体には傷がついていない。このまま逃げ切れるかと思った瞬間、

 

「っ!?」

「触手が、斬れた!」

 

茅野が驚きの声を上げ、殺せんせーも同様に驚いていた。

 

(馬鹿な、完全にギリギリで躱しきっているはず…!ですが、)

 

そう考えている間もなく、殺せんせーは次々と触手を斬られていく。その時、殺せんせーはその仕掛けに気づいた。

 

(これは…、刀を入れ替えられている!)

 

妖夢の刀は2本とも同じものではない。長刀の楼観剣と、短刀の白楼剣である。殺せんせーはギリギリで斬撃を躱すときに、妖夢の本体と半霊がどの刀を持っているかで、斬撃の範囲を推測して避けていたが、刀を入れ替えられると、予測した範囲が狂い、刀に当たってしまう。

 

(まだ小技はあるが、先の戦闘でもだいぶ使ったからいずれ尽きる。耐久戦になったら私には武が悪い。ここは一気に攻めきる!)

 

次の瞬間、半霊の妖夢が飛び上がって、殺せんせーの前に躍り出る。上から斬りつける姿勢を見せた後に、虚をついて刀を投げつけた。殺せんせーは咄嗟に避け、次の攻撃を警戒する。が、

 

「!?」

 

妖夢の後ろから、『3人目』が現れた。

 

(うどんげさん!?)

(誰も、第三者の介入はないとは言ってない!!)

 

優曇華院は横っ飛びで殺せんせーの視界に入り、その目の前で、

 

両手を叩きつけた。

 

(猫騙し、…いや、クラップスタナー!!)

 

優曇華院の挙動を理解した渚は驚愕する。同じく殺せんせーも小さな目を見張って驚いていた。

 

(…なるほど、うどんげさんの波長の能力ならば、人間の意識の波を確認できる。もしや、あらかじめうどんげさんと打ち合わせをしていたのでは…!)

 

相手の波と自分の手が出す音の波。その2つがクラップスタナーの肝だが、優曇華院の前では非常に簡単な手順となる。

 

(上手くいったかはわからない、けど、)

 

「妖夢さん!」

 

優曇華院が横っ飛びで視界から外れ、その後ろから本体の妖夢が現れた。殺せんせーは動かない。

 

「いけ!」

 

妖夢は刀を殺せんせーの心臓の位置に向け、一気に距離を詰めて襲いかかった。

 

 

 

……

………何故、

 

「何故、避けないんだ」

 

妖夢の振り絞る声に、殺せんせーは優しい顔で言い返した。

 

「妖夢さんも、何故、刀を突き刺さないんですか」

 

殺せんせーのネクタイに軽く触れるくらいの位置で、妖夢は刀を突き出すことをやめていた。

 

「おかしい、こいつが腹立たしくて堪らなかったはずなのに、いつか殺してやる、ってずっと言っていたのに

 

私は、お前を殺したくない」

 

刀がカタカタと震え、妖夢も震える声を出してそう言った。その刀を、殺せんせーは触手で摘んで退けた。

 

「妖夢さん、それはおかしくはありませんよ。正しい状態です。誰かを殺すことは、普通であってはいけませんよ」

 

殺せんせーの言葉に妖夢は顔をあげる。殺せんせーはニコリと笑い、E組の生徒らに視線を移した。

 

「彼らは、どうしても私を殺さないといけない、そんな状況に立たされて、私も彼らに殺されるのが本望で、その通りになりました。ですが事情がどうであれ、彼らは『自分の担任を殺した』という事実を、自分の墓まで背負って生きていくことになります。それは、私にとっての後悔の一つでもあります。

 

ですので、妖夢さんが必要も無いのにわざわざ、それを背負う意味はないのですよ」

 

妖夢は殺せんせーの言葉を聞き、しばらく俯いていた。その後ゆっくりと顔を上げ、殺せんせーを見つめて言う。

 

「…お前と出会えて、よかったと思う」

「それは光栄です。妖夢さんも、自分の力を正しく使って生きてください」

 

少し潤んだ妖夢の目を、殺せんせーは真っ直ぐに見つめ返してそう言った。

 

『…終わったか?』

 

その時、自称神の呼ぶ声が聞こえた。殺せんせーも他の人も、上を見上げてその声を聞く。

 

「自称神様。お待たせして申し訳ありません」

『いや、悪いのは私だ。ヘカーティア様に逆らえないとはいえ、お前に迷惑をかけた』

「そんなことはないですよ」

 

謝る自称神に対して、殺せんせーはそれを否定した。

 

「私はこの幻想郷に訪れられたことが、何よりも嬉しかったです。知らない土地を知り、学ぶことは、とても楽しい経験でした。貴重な機会を頂いて、私は感謝しています。…あれ、もしかして照れてます?」

 

返事がないことをいいことに、殺せんせーは自称神を揶揄った。いつもなら何か言い返されるのだが、自称神はどうやら笑っているようだった。

 

『さて、お詫びと言っては何だが、殺せんせー、逃げ切れた時の褒美を、ここで与えようと思う。…がしかし、最初に言っていたそなたの望みは、既に叶えられてしまったな』

 

成長したE組のその後の姿を見たい。そんな殺せんせーの願いは、殺せんせーを助けに、彼らから来たことによって、意図せずして叶えられた。

 

『そこで、別の願いを叶えてあげることができるが、どうする?』

「では、元々お願いしようと思っていたことを頼みます」

 

悩むことなく、殺せんせーはさらりと答えを出した。

 

「E組の生徒たちの、今回の騒動に関連する全ての記憶を、消して頂きたいです」

「えっ…!」

 

予想外の依頼に、生徒たちは全員驚きを見せた。

 

「ちょ、殺せんせー!どうしてですか!」

「幻想郷とは本来、外の世界とは隔離されて、その存在は知られないべき。それは幻想郷の秘密を守ると同時に、幻想郷と外の世界との両方で、平和をもたらす為でもあると、私は思います。君たちがそれを悪用するとは、微塵にも思ってはいません。ですが、幻想郷側からすれば、私の情は関係ありません。ただそこには、数十人の人物に幻想郷を知られてしまった、という『事実』だけが残ります。

 

私は、この騒動を出来るだけ無かったことにしたいと思います。どうか、私のそんな想いを理解してください」

 

この騒動を無かったことにすると、生徒たちと殺せんせーとの再会も無かったことになる。折角の感動も、思い出すことが出来なくなる。でも、

 

「俺はいいよ」

 

業はいつも通りの態度で、そう言った。

 

「俺たちは2度と会えないことを覚悟して、殺せんせーを殺したんだ。たまたま、殺せんせーと再会できても、できなかったとしても、俺たちは変わらない。自分の道を進むよ」

 

業の言葉に、他の生徒たちも賛同した。

 

「それに殺せんせーは教えられること全てを残して、去っていったんだし、今更抜け殻の殺せんせーに会ったところで、何か得られるものも無いしね」

「ニュヤッ!?業くんは早くその悪口の使い方を改めなさい!」

 

まるで昔の教室でのやり取りを見て、生徒たちは笑った。思い出してからちょっと涙も出た。

 

でも、あの思い出は涙よりも笑顔の方が多い。

 

「あっ!ちょっと自称神様、どうせなら私のお願いも聞いて!」

 

霊夢が突然何かに気付き、手をピンと上げて自称神にアピールする。

 

「こいつ、このおばさんと一緒にいないと発狂するっていう呪い、解いてくれると助かるんだけど」

「ちょっと!?なんて事言うの霊夢、そもそも呪いじゃないわよそれ!」

 

紫からの呪縛から逃れようと必死な霊夢は、紫の抗議を無視して更にヒートアップする。

 

「何ならこいつに私が近くにいると発狂する呪いもかけて!」

「霊夢!?何よ、そんなに私のこと嫌い!?泣くわよ!?いい大人がワンワン泣くわよ!?」

 

紫の必死の抗議の結果、ゲームの褒美の内、戻せるものは可能な限り戻してもらうことが決まった。紫はギロリと霊夢を睨み始めたが、当の本人は素知らぬ顔である。

 

「それでは、行きましょうか」

 

殺せんせーがそう言うと、自称神は殺せんせーを送る為、これまた謎の光で殺せんせーを包む。

 

「最後に、記憶には残らないでしょうが、言いたいので言い残します」

 

殺せんせーはE組を振り返って、満面の笑みで笑いかけた。

 

「君たちの元気な姿を見れて、本当に良かったです」

 

 

 

 

ふわふわと身体が浮くような感覚の、謎の空間を移動する殺せんせー。その隣に、人影のような存在がやってきた。

 

「お久しぶりです」

 

その声は、殺せんせーが人間だった頃の弟子、二代目死神だった。

 

「やはりですか。貴方が裏で手引きしていたのですね」

「少しは先生がいい方向に行けるように、頑張りました」

 

依姫と殺せんせーとの戦いの前、殺せんせーは妖夢に図鑑を託していた。何故なら、依姫の攻撃についての説明だけが、図鑑に詳しく記載されていたからである。

 

「あの神様っぽい人に、色々と入れ知恵をした程度なのですけどね」

「いいえ、それでも十分な働きです。大変助かりましたよ」

「まぁ、先生なら序盤は楽しむだろうと思っていたので、最初は何もしませんでしたけど」

「地獄は、どのような場所なのでしょうかねぇ」

「僕は一足先に来ましたが、きっと先生も楽しめるような場所ですよ」

 

二人は離れるまで、他愛もない話を延々と話し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せんせー。

 

その名を呼ぶ者は、もう幻想郷にはどこにもいない。

 

一時期に流行ったゲームとして、頭の片隅に記憶されているだけで、その記憶が取り出されることは滅多にないだろう。

 

一部を除いて。

 

「妖夢、ここの枯山水の模様、そのままでいいの?」

「そのままでいいですよ」

 

雑務をする妖夢に話しかけた幽々子は、その枯山水をじっと見ていた。

 

「お気に入りですか?」

「いいえ?だって趣も何も感じられないもの」

「えぇ…、でもあの時、幽々子様は笑ってらっしゃってたじゃないですか」

「それは妖夢がドタバタするのが面白かったからよ」

「えぇ…」

 

納得いかない様子で、妖夢は別の雑務に取り掛かる。幽々子は尚もその、触手模様の枯山水を眺めていた。

 

「…ちょっと、静かになったわね」

 

落ち着きを取り戻した白玉楼は、静かに、冥界の中に佇んでいた。




これにて本編、完結です。
実はエピローグ的なのを用意しているので、実はあと一回だけ続きます。
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