殺せんせー、続いてのリスポーン地点は、
「うわっ、なんだこいつ!」
「助けて〜!襲われる〜!」
突如、殺せんせーの周りが阿鼻叫喚に包まれる。先程まで賑わっていたその場所から、人1人としていなくなった。
そう、あろうことか殺せんせーは人里のど真ん中に現れたのだ。
「ヌゥ、やはり一般人にはこの姿は駄目みたいですねぇ…」
ちなみに先程、人々を図鑑にかざしてみると、三行ある説明の三行目が「モブ」になっていた。手を抜きすぎだろ自称神。
と、不意に殺せんせーの背中に声がかかった。
「人里に危害を加えるのはやめて頂きたい。殺せんせーとやら」
振り返ってみると、そこには青い服の水色の髪の女性が。
「名前からして、あなたも教師だったのであろう?同じ教師の立場として注意させてもらう」
「いやいや、別に私は幻想郷に害を与えるつもりはありませんよ」
柔らかく否定してみるが、
「いるだけで危害がある」
「存在が害悪!?」
言われてみれば無理もない。人里の人間は妖怪を恐れているという。そして殺せんせーは妖怪みたいな身体だ。確かにそれはわかるが、
「こう、なんというか、もうちょっとオブラートに包んで…」
「は?おぶらー…?」
「いや気にしないでください」
諦めて殺せんせーは図鑑を女性にかざした。
上白沢慧音(かみしらさわけいね)
ワーハクタク
普段は寺子屋の先生。
優しくて評価も高いが
怒ると鬼殺しの頭突きをかます。
「とにかく、私の寺子屋に来てもらおう。これ以上人里に迷惑をかけたくないからな」
「いやだから私は何も…、いやでも、」
存在が害悪なことを認めるのは嫌だが、…むしろこれはチャンス?
少し考え、殺せんせーが指を立てた。
「1つ、条件があります」
「条件…?」
身構える慧音。しかし殺せんせーはいつもの顔で、まるで余裕そうにこう言った。
「話し合いの場を設けてください」
「前回、夜を止めた妖怪のおかげで残念なことになったが、殺せんせーが幻想郷に踏み入れてからきっかり24時間経ったら成功、としたら良いことに気づいた。幻想郷には夜を止める他に、自分だけの時間を作ってそこに特定の人物を入れることのできるやつもいるらしいのでな、単に夜を止めるのを禁止しただけじゃ抜けられてしまう。…ていうかそれをしでかしそうなやつがゴロゴロいる。これでどうだっ」
「これでどうだっ、てなんなんです?自慢気に」
「なんだその態度は!最近はすっかり空気に呑まれたが私は神だぞ!神に対してその態度は無いんじゃないか!?」
「だって自称でしょう」
「自称じゃない!本当の神だ!」
「えーと、飲み物が調理実習用の緑茶しかないがそれでも良いか?」
「結構です。しかし慧音先生は全ての授業を担当しているのですか?」
「そうなんだ。人手が足りなくて困ってる。友人が時々手伝ってくれるのだがな…」
寺子屋の中の教室の1つに殺せんせーと慧音が2人だけで向かい合って座る。今日は授業は休みらしい。
「で、話し合いたいこととは何だ?」
「まぁ簡単に言うと、匿って欲しいのです」
「匿って…?」
「私は何故か神々の遊びに付き合わされてこうやって逃げているのですが、よくよく考えればこれはアンフェアかと」
「あん…ふぇあ?」
「ああ、不公平という意味です。私は幻想郷になんの危害も与えてませんし、これからも与えるつもりはありません。でしたら本当は幻想郷側も敵視する必要はないと思うのです」
「…これは話し合いじゃなくて交渉か?」
「悪く言えばそうなりますねぇ」
少し考え、慧音は口を開いた。
「確かに私は特にこの遊戯に必要性を見出してないし、願いが叶ってほしいとは思うが、わざわざ殺してまで手に入れるほど好戦的でもないと思ってる…。それ相応の見返りがくるなら、匿うぐらいならしてもいい。だが、私はそれほど強くない。正直言って私の生活圏内だと10割安全な場所などないから、もし見つかった場合は私は抵抗できないぞ」
「大丈夫です。最悪の場合は自己責任ってことで。…ですが、」
モジモジと自分の右手と左手の指を突き合わせて殺せんせーが尋ねる。
「できれば、強いお味方とかが欲しいかなと…」
「…随分と厚かましいな。まぁ戦闘慣れした親しい友人ならいるが、多分あいつの性格上、話し合いが通じるかどうか…」
そう慧音が呆れて答えた時、
「おーい、けーねここか…」
ガラガラ、と教室の扉を開けて1人の少女が入ってくる。地にまでつくほどの長い銀髪で、殺せんせーを見るや否や、
「おらああああああああ!!!」
「ええええええええええ!!!」
形相を一気に変えて殺せんせーに迫る。不意打ちに驚いた殺せんせーは慌てて教室の窓を開ける。その背中に向け、
「不死・凱風快晴飛翔蹴っ!」
炎を纏った少女の蹴りが炸裂する。轟音を響かせる爆発の後、
「…ちっ、当たった感覚がない。流石はマッハ20の死神と呼ばれた男だな」
煙の中から少女が歩いて出てきた。殺せんせーは間一髪外に逃げて助かり、汗を飛び散らしている。それでも図鑑をすかさずその少女にかざして、音声を起動させた。
藤原妹紅(ふじわらのもこう)
蓬莱人(人間)
蓬莱の薬を飲んで不老不死になった。
平安時代からずっと生きており
かぐや姫との殺し合いが日課。
「不老不死!?平安時代!?かぐや姫との殺し合いが日課!?」
そのたった3行の説明だけで、殺せんせーを過剰に驚愕させる。これがイレギュラーの集う幻想郷。その現実を突きつけられる1つの材料でもあった。
「おい妹紅、話を聞いてくれ…」
「話ならわかっている。こいつを直ぐにぶちのめすんだろ?」
手から火花を散らしてそう答える妹紅の後ろで、慧音が殺せんせーに向けて「ほら、言っただろう」といった顔を向ける。
「な、成る程、あなたが慧音先生の親友で、話し合いが通じない人ですか…」
「今は話し合いなんぞ必要ないだろう」
フン、と鼻を鳴らす妹紅。殺せんせーは既にに窮地に追い込まれている。このまま妹紅は一気にカタをつけるつもりだろう。
E組の生徒を諭したように、この妹紅という少女にも説得を試みようか…、不可能ではないとは思うが、恐らく成功する前に燃焼されてしまう。
「さぁて…終わらせるか」
妹紅の右手が炎に包まれる。今すぐに逃げれば逃れられるかもしれないが、妹紅がどれだけの速度で炎を操れるか未知数だ。それに炎は範囲攻撃でもあるので、正直に言うと逃げる側にとってはかなり不利である。
だが、思いもよらぬ横槍が入った。
「寺子屋も…終わってしまったな」
突然の慧音の声に、2人とも視線を向けると、
「ああああ!!すまん慧音つい…」
壁に大穴が開いた寺子屋を呆然と眺めている慧音の姿があった。無論、妹紅の蹴りが原因である。
慌てて慧音に謝る妹紅。少し燻っている寺子屋は見て明らかに酷い有様である。
(あれ、これはチャンス…?)
そう判断した殺せんせーはすぐさま逃げ出そうとした。しかし、
「待ちなさい!」
突然殺せんせーの進行方向に何かが立ち塞がる。直撃を避けるため慌てて止まる殺せんせー。視界に入ったその少女は、
…兎?
鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)
月の兎
月から逃げ出した兎。
現在は人里に出向いて
病気の人に薬を提供している。
音声解説を聞くだけでは優しいイメージがつくが、目の前の優曇華は明らかに殺す眼をしている。
月の都には幻想郷を滅ぼしてもおかしくないほどの実力者がゴロゴロいる。その中で揉まれてきた優曇華も、戦闘能力は伊達じゃない。
そして優曇華には、チートと言っても過言ではない能力が、
「幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)!!」
優曇華は『狂気を操る程度の能力』を持つ。正確には波長を操るのだが、操り次第では狂気となるわけだ。
そして相手が狂気に包まれるトリガーは、優曇華の赤くなった眼を見たとき。
(捉えたっ!!)
優曇華は既に殺せんせーの、まるでテキトーに書いたような丸い眼を凝視していた。殺せんせーもその眼を瞑る様子はない。
まもなく、殺せんせーは狂気に包まれる。そして悶えている間に仕留めれば…。
しかし、
「…?」
10秒ほど経っても、殺せんせーはその場に立ち尽くしたまま動かない。狂気に包まれれば、身体を動かざるを得ない程苦しむはずなのだが、
「ま、まさか、通じてない!?」
「ヌルフフフ、やはり貴女の眼が条件なのですね」
殺せんせーは余裕の声を上げる。優曇華は信じられないといった様子で殺せんせーを見る。あまりにも驚いてスペルカードを解除してしまう。
その様子を見ていた慧音は、
「ん…?殺せんせーが話しかけている方向と優曇華の位置が微妙に定まってないような…」
「そうなのか?」
妹紅が慧音に尋ねると同時に、優曇華が声を荒げる。
「どうして…どうして無事でいるの!?」
「間一髪図鑑で能力を知ることが出来ましたからねぇ、見るのが一拍でも遅れていたら私はやられていました」
「で、でも、眼を瞑っていないのに…?」
「ああ、知らないですよね」
殺せんせーはテキトーに書いたような二個の丸を指差してこう言った。
「これ、鼻なんです」
「…ええええええええええ!?!?」
優曇華が腹から声を出して驚愕する。
「ちなみに眼はここです」
そう言って殺せんせーは眼を開く。殺せんせーの鼻の割と近いところでテキトーに書いたような眼が増えた。
「ええええ…?でもさっきまでは鼻は見えてなかったような…」
「漫画では都合のいい時に可視化してたので、特に問題はないでしょう」
(自称神「…あれ?漫画の主人公がそんなこと言っていいのか?」)
「ルフフフフフ」
殺せんせーは余程優曇華の反応が気に入ったのか、肩を震わせて笑ってる。それにイラっときた優曇華は、
「なんの!眼を開いた隙にまた見せるだけ!」
「何度やったって無駄ですよ。もうちょっと独創的にしなさい」
そう言って殺せんせーが再び眼を瞑る。その瞬間、
「くらえっ!」
優曇華の合図に素早く反応した妹紅が、殺せんせーの背中から脚を燃やしながら迫る。これはとった、と確信した優曇華だが、
「っ!!」
殺せんせーは横に移動して妹紅の攻撃を交わした。後ろを見ないどころか、眼すら開いていないのに、である。
「な、何故わかった…!?」
「私は殺気には敏感なんですよ」
眼を瞑ったまま殺せんせーは蠢動する。優曇華と妹紅の右や左、後ろ、時には上にさえ現れる。
2人で一生懸命狙って当てても当然当たるはずがない。
「だめだ優曇華!このままじゃラチがあかない!」
「くっ…何か解決策が…」
殺そうとする攻撃に過敏に反応する殺せんせー。…待てよ、
殺そうとしなかったら、どうなるんだ?
頭で判断するよりも身体が勝手に動いた。優曇華は出鱈目な方向に、しかもそれを見ずに弾を発射する。と、
「うぎいっ!?」
殺せんせーの悲鳴が聞こえ、優曇華の目の前に殺せんせーの足(と思われる)の触手がポトリと落ちた。
殺せんせーの知られざる(でもE組は知ってた)弱点
その4「当たらない弾には鈍い」
「やった!」
「えっ!?優曇華それどうやって当てた!?」
「ヌゥ…、E組が何日もかけて見つけた弱点をこうもあっさりと見破られるとは…」
「おい!お前の弱点ってなんだ!?」
「なるほど…、わざと外して当てる…」
「そうです慧音先生。だから自分からうっかり突っ込んでしまうんですねぇ」
「ちょっと待てええええ!!」
妹紅の咆哮に皆が動きを止める。そして殺せんせーを指差して、
「お前全っ然私のことを見ねぇじゃねぇか!ていうか話すら聞いてねぇし!」
「そりゃあ、妹紅は慧音先生は優曇華さんに比べて格が低いですから」
「格が低いってなんだ!んな一瞬見ただけでそんなことがわかるわけ…」
怒鳴り散らす妹紅だったが、ふと何かに気づいて動きを止める妹紅。
「ちょっと待てよ…お前の思う『格が高い』やつって誰だ?」
「えーとですね…、出会った順番で言いますと、神奈子さん、幽々子さん、美鈴さん、紫さん、藍さん、…そして慧音先生と優曇華さん、ですかね」
次々と迷いなく並べられる、殺せんせーが思う『格が高い』者。
それらの共通点は…、
驚くほど簡単だった。
「全員巨乳なだけじゃねぇかああああああ!!!」
爆発的な火炎を放つも、殺せんせーがかわすのは容易だった。そのまま殺せんせーは距離を置く。
「な、なるほど、色仕掛けが有効なのですか…」
「優曇華!?実行しなくていいからな!?」
「いえ、ご師匠様に」
「もっとだめじゃねぇか!」
「え?優曇華さんのご師匠様も、ひょっとして胸が…」
「テメェは食いつかなくていい!」
口を挟む殺せんせーを拒絶する妹紅。その態度に殺せんせーが涙目になり、
「ずるいですよぉ、私も会話に混ぜてください」
「お前何で仲間はずれにされた子供みたいな顔してんだ!?」
「自分のが大きくないからって当たり散らさなくても」
「やっぱりけなしてんじゃねぇか!それに私だって、何年か経てば大きく…」
「それは無理なんじゃないですかねぇ」
「…は?」
「貴女は不老不死ですよね。不老不死ってことは、恐らく成長しきった状態のまま生き続ける、ということ。ならば、平安時代から生き続けている貴女にとって、今が成長しきった状態で…」
「やかましいわああああぁぁぁぁ!!」
バカ真面目に解説する殺せんせーに遂に堪忍袋の尾が切れたら妹紅。怒りに任せ殺せんせーに攻撃を仕掛けるも、
(これでいいのです)
妹紅は近くに優曇華がいる限り、殺せんせーでも逃げ切れないほどの火炎を放つことができない。うっかりすると慧音にまで危害が及ぶからだ。つまりは現状では殺せんせーは殺せない。
しかし攻撃は当たらずとも、逃げ切れる自信はない。優曇華の波長を操る能力の応用で、波長を読み取られて位置を特定される恐れがあるからだ。
よって今有効な手段は、
(撹乱させて疲れさせ、追跡を不可能にすることです)
再び殺せんせーは2人の周りで高速移動を始めた。しかも今度は、E組のテスト前勉強の時のように、数十体もの分身に見えるほどの速さである。
その上、
「私のこの速さについていけますかねぇ」
「今度はさらに敏感になりましたので、わざと外した弾でも避けてみせましょう」
「妹紅さん、そろそろ疲れてきたでしょう?」
「風呂にでも入りませんか?よければ混浴で」
「優曇華さんは清潔なパンツをはいてますねぇ」
優曇華が冷や汗をかきながら思わず呟く。
「くっ、あらゆるところから煽りに来るから集中できないっ…!」
「いや半分ぐらいはただの変態発言じゃなかったか!?」
突っ込みをかましつつ、何か策はないかと必死に思考を巡らす妹紅。と、
「待てよ…、あいつの足を一本取ったんなら、動きが鈍くなっているんじゃないか!?」
「そ、そういえば、では先程よりも隙が出来ているはず…!」
妹紅の言葉に優曇華が素早く反応し、もう一度殺せんせーの様子を注意深く見る。そして、
突然、自分の右後ろ側に違和感を感じた。
「そこだっ!」
優曇華が素早く振り向き、それに気づいた妹紅をそちらを見る。優曇華はすぐさま『迫符・脅迫幻覚(オブセッショナー)』を放つつもりだったが、
その動きが、停止した。
「…は?」
「何だ?こいつ…」
2人が釘付けになったそれは、
「何って、もちろん私ですよ」
「いやなんか小さくねぇか!?」
自分の脚の長さにも満たない大きさになった殺せんせーが、ヨチヨチと可愛らしく(?)そこを歩いていた。
「私は触手を一本失うたび、約2割の運動を失います。よって、自分の身体が維持できずに…」
普通の大きさの殺せんせーが、小さい殺せんせーの頭を撫で、
「身体が小さくなります」
「いやその変化はおかしいだろ!?」
思わず突っ込む妹紅をさておいて、
「ではもう一本私の触手を失うと…?」
優曇華が放った攻撃にわざと当たり、2本目の殺せんせーの触手が落ちる。
「一気に子供の私が出現し、残された2人の両親は家計のやりくりに苦労しだします」
((流れ変わったな…))
「更にもう一本失うと…?」
三度、殺せんせーの触手が落ちる。
「遂に父の個体が消滅し、母は残された子供のために出稼ぎに行かなくてはなりません」
((なんか重いぞ…))
「どうでしょう、私の特徴を理解して頂けたでしょうか」
「理解するも何も…」
「お前、アホか?」
「え?」
E組の頃を思い出しながら思わず熱を入れて解説していたが、…冷静になると、
「ぬにゃあああああ!!しまったぁぁぁぁああああ!」
「今だ優曇華!一気に攻め込むぞ!」
「はい!」
殺せんせーはただ単に、敵の目の前で弱体化していただけだったのだ。
「くっ、夢中になり過ぎてしまいました…って危なっ!」
自業自得の殺せんせーは必死にその場しのぎの策を考える。やはり強引に逃げ出す他ないか…?いや、待てよ、
ここは、学校だ。ならば…、
「あっくそっ!」
妹紅が思わず舌打ちする。殺せんせーが一気に校舎内に逃げ込んだのだ。いくら動きが鈍いとはいえ、急に方向転換されては反応は出来ない。
「待てっ!このやろっ!」
殺せんせーが飛び込んだ窓から、妹紅と優曇華が飛び込むも、
「ブフォッ!!」
「わっ、えっ、ちょっ、」
突如視界が真っ白になった。いや、白い片栗粉が撒き散らされたのだ。
「くっ、クソ待てっ!」
妹紅が炎で焼き払おうとすると、
「「「あちちちちちちちっ!」」」
片栗粉が一気に燃え、一瞬だけ家庭科室が火の海に包まれた。だが片栗粉が燃え尽きるとこれまた一気に鎮火する。
そしてこの片栗粉の中にいた殺せんせーと妹紅、そして優曇華は3人とも全身に激しい熱を受けた。
しばらく3人とも悶えて暴れるも、瞬時にお互いの顔を見合す。
先に動いたのは殺せんせーだ。家庭科室の扉を開け、廊下に出て一目散に逃げる。そして近くにあった教室に入り込んだ。
妹紅と優曇華がその教室に飛び込むと、
「危ないところでした」
「っ!?」
そこは化学室だった。妹紅と優曇華が踏み入れた時には、殺せんせーは何かを混ぜ合わせたフラスコを手に持っていた。
「ここまでくればもう安心です。これで私は…」
そう言って殺せんせーはフラスコの中の薬品を一気に飲み込んだ。
「えっ、薬品を直で飲んだ…?」
そして次の瞬間、殺せんせーの身体が輝き始める。
光が収まった、その場には、
「一歩先へ進むことができる!」
「いや退化しているようにしか見えないが!?」
ドロドロになって、辛うじて目と鼻が確認できるような状態になった殺せんせーが、化学室の机の上に広がっていた。
「甘く見てはいけません。ドロドロになっているように見えるのは、私の細胞が活発化しているからです。つまりドロドロでも全て私の身体として繋がっています。そしてドロドロなのであらゆる形に変形することができます。さらに…」
「…は?」
「素早さもそのままですので、ありとあらゆるところに避難ができます」
先程薬品を入れていたフラスコに殺せんせーが収まった。その異様な光景に呆気にとられている2人だが、よくよく考えると、
「…なんか気持ち悪いんだよぉぉぉ!!」
「同感です!」
再び殺せんせーに向かっていく2人。しかしここは化学室である。迂闊に攻撃はできないので摑みかかることしか出来ない。
「こっちですよこっち」
「どこ見てるんですか?」
「ほらほら〜」
動きが制限されている2人に対し、殺せんせーは化学室の床の隙間や、机の中、天井のヒビの中などにちょこまかと動いては隠れるので、2人が殺せんせーを捕まえるのは不可能に等しい。
「畜生!全然捕まらねぇ!しかもさっきまで焦ってたのにまた煽りにくる!」
「妹紅さん、頭に血が上ってては上手くいきません!落ち着いて…」
しかし落ち着いたところでどうにかなる状況でもない。次第に2人は息が上がり、動きが鈍くなった。
「どうしたんですか?2人とも遅くなっていますよ。…っと、効き目が切れ始めましたか」
殺せんせーのドロドロ具合が悪くなり、少しずつ頭の形が出来てきた。殺せんせーは再びフラスコを手に取る。
「…これだ!」
妹紅が近くの薬品の棚へと飛びつく。
「ヌルフフフ、邪魔しようとしても無駄ですよ」
素早く身体を細かく分け、妹紅の脇の間を潜って必要な薬品を取っていく殺せんせー。
しかし、妹紅の狙いは別にあった。
優曇華の飛びつきをかわしながら、殺せんせーが薬品を口にする為、口を開いた。
「今だっ!」
妹紅が背中に隠していた物質を、瓶ごと殺せんせーの口に投げ入れる。
「おごっ!!」
殺せんせーが呻いた。投げ入れた瓶が喉の奥にぶち当たって割れた為である。それに今飲んでいた薬品も相まって、ゲホゲホとむせ始める。
「な、なるほど、王水ですか…、考えましたね…」
「味でわかるのかよ!?」
「しかし残念でしたね。私には毒など聞かないのです」
「口から血が出てるぞ」
「それは口内出血です」
E組に来てまだあまり経っていないころ、生徒の1人に毒を盛られたことがある(ただし生徒は毒であることを明かしておいて「飲んでください」と頼んでおり、しかも殺せんせーは嬉々としてそれを飲んだ)。どれも人間には有毒で死に至るが、殺せんせーの反応は羽が生えたり、ドラゴンになったりと異様なものだった。そして、
「私は王水の場合は真顔になります」
「それ変化って言えるのか!?」
「しっかりと見てください、ほら段々と私の視界が歪んで、…歪んで!?」
ここまで来てやっとの事で、殺せんせーは苦しみを自覚した。
「えっ、えっ、えっなんで!?どうして!?」
…あ、
私、弱体化しているんでした…。
その思考を最後に、殺せんせーはばたりと背中から倒れた。
「いやはや…、やはり幻想郷は厳しい…」
「いや幻想郷ほぼ関係ないと思うが。あれただ単に毒盛られただけだから」
「自称神様、私は本当に勝てるのでしょうか?」
「ねぇそろそろその『自称』ってのやめてくんない?あと目的が『彼女らに勝つ』っていうものに変わっている気がするんだが」
「勝てますかね?」
「…まぁ厳しいとは思うが、100%無理なわけじゃないだろ?」
「本当ですか?」
「不安になるなって、自信を持て」
「大丈夫ですかね?」
「しつこいぞお前!わざとやってんだろ!」
「やりましたね!妹紅さん!」
「ああ、さて、この報酬はどう使おうかな…、輝夜に連敗してるから、何か武器でも…」
「いいや妹紅、1つやらなきゃいけないことがあるだろう」
「慧音…?なんだよやることって、そんなのあったか?」
「寺子屋の損害賠償、請求するからな!」
「ああっ!?いや、でもあれはあいつを殺るために必要な…」
「だとしてもやり過ぎだ!壁に大穴開けるわ、窓ガラスは割れるわ、片栗粉は撒き散らされて薬品は無くなるわで…」
「ちょ待て!半分ぐらいはあのタコがしたことじゃないか!」
「連帯責任だ!そもそも寺子屋でする争いじゃないって言っているんだ!」
「そ、それは…、ぐっ…、私の報酬…」
「お疲れ様です。妹紅さん…」
「優曇華、うるせぇ…」