マッハ20の初代死神でも幻想郷は辛かった   作:螢雪

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投稿が遅れがちですが、残念ながらこれでもいい方です。
受験が刻々と近づいております。秋ぐらいからは完全に音沙汰が無くなると思いますので、ご容赦ください。
そしてこれを読んでくださっている方々は、どうか合格を願っていて頂けたら幸いです。
今回は少しグダリを感じてしまうかもしれません。すみませんm(_ _)m


マッハ20の初代死神でも幻想郷は辛かった7

「もう我慢できません…」

 

妖夢はそう言って、殺せんせーが消えていった空間の穴を睨みつけた。

 

「あなたには今後、冥界ではなく地獄に堕ちてもらう!」

 

妖夢は歩きながら、大声で幽々子に伝えた。

 

「幽々子様!少し外出をしてきます!」

「はぁーい、あ、そうだ、ついでにあの夜雀のところの屋台で八目鰻買っておいてねー」

 

幽々子は妖夢の決心したような声を気にせずに、能天気に返した。

 

妖夢がズカズカと歩き去り、足音が聞こえなくなる。空間の狭間は殺せんせーが通ると消滅するので、恐らく階段を降りて下界に行くつもりだ。

 

幽々子は足音が完全に消えることを確認してから、先程から食べていた煎餅を下ろし、自分の扇子を開く。そして誰もいない前を見据えて一言。

 

「行ったわよ、紫」

 

 

 

 

 

咲き乱れる花、…いや、規則的に咲いている花畑で、3人の子供が遊んでいた。

 

初めは自分の背の高さ以上もある花に囲まれて鬼ごっこやかくれんぼをしていたが、次第に飽きてくる。

 

そこで誰が言いだしたのだか、これほど高い花の根を見てみたい、ということで彼らは花を掘り起こし始めた。

 

彼らは人里の子供で、周りの人から「この花畑を傷つけると管理人が容赦しない」と教育を受けているはずだが、何しろその管理人は人里に来る時は温厚そうに店の人と話している様子しか見せないので、どうやら彼らは想像がつかないらしい。この様子だと、恐らくその管理人が妖怪の中でも最強の妖怪らしいという噂も信じてはいないのだろう。

 

そういう訳でありとあらゆる花を掘り起こすこと数時間。そろそろバレるんじゃないかと思いつつも結構楽しくてなかなか手が止まらないようだ。というか今まで管理人が帰ってこないことがレアケースだということは彼らは知る由もないだろう。

 

その時、

 

ガサガサッ!

 

「っ!!」

 

子供たちは突然の物音に息を呑む。管理人が戻ってきたか、…いや待てよ、

 

ここは人里とは違い無法地帯だ。もしかしたら……妖怪?

 

肝心な時に今まで気づかなかった事実が発覚し、子供たちはそのまま動けずに物音が鳴った方向を見る。

 

そしてその方向から、

 

「お〜〜は〜〜な〜〜の〜〜…」

 

不気味なようで滑稽な声がし、再び鳴ったガサガサという音と共に、

 

「恨みいいいい!!!」

「ぎいいいいやあああああ!!!」

 

目の前に突き出された、自分たちのよりも倍以上大きい顔に驚いた子供たちは、ここでやっと足が動かせるようになり、一目散に花畑から逃げていった。

 

「ふぅ、全く、自然の子はいいとは思いますけど、流石に人が生けた花はいじってはいけませんよ」

 

自分は良いことをしたと言わんばかりの笑みを浮かべながら殺せんせーは花の中から出てくる。その顔はいつぞやの、E組のリゾート地での肝試しの時の表情だった。昔の日本のような環境で育った子供を脅かす表情がよくわからなかったのでこれにしたが、多分表情の分は効果は薄い。

 

「花も萎れてるじゃないですか」

 

そう言って殺せんせーは掘り返された花を手に取る。…取った後、

 

「そこで何してるのかしら?」

 

ピタリと、銃口のようなものが殺せんせーの後頭部に当てられた。や否や、

 

「ニュギャアアアアアアアア!!!」

 

子供たちの3倍ぐらいのリアクションで殺せんせーは驚いた。その声に銃口のようなものを当てている方もびっくりするほどだ。

 

「あっ、あっ、あっ、」

「あら、よく見たら貴方、殺せんせーとやらじゃない。奇遇ね」

 

恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは緑の髪の目つきが鋭いお姉さん。構えられたのはピンク色の傘だ。

 

 

風見幽香(かざみゆうか)

妖怪

別名・四季のフラワーマスター。

幻想郷で1、2を争う強者だが、

余計なことをしない限り何もしない。

 

 

「1、2をっ!?争うっ!?」

「まずその過呼吸をやめなさい。落ち着いて」

 

動揺する殺せんせーをまるで子供をあやすように収める幽香。

 

「それで、私の花畑で何をしていたか教えて欲しいんだけど?」

「え?いやあの、いやほんとに何も…」

 

過呼吸からしどろもどろになった殺せんせーを幽香は不審そうに眺め、不意打ちのように動いて殺せんせーの後ろを覗いた。

 

「あっ!」

 

…何かある、そう確信して覗いたのだが、

 

「…!」

 

思わず目を見張った。確かにあった。

 

植え直された花たちが。

 

「……」

 

少しだけ口を開きながら、視線を花に向ける。どうやらこの辺りで広く花が抜かれていたらしい。しかしその花たちは誰かによって懸命に植え直されている。中には抜かれてから時間が経ってくたっていたものもあるが、それは添え木のようなもので支えられていた。

 

しかし、これほどこの花にあった添え木は幽香は持ってないし、そもそも店で添え木として売るにはは細すぎる大きさだ。

 

よく見ると、木の枝だった。

 

「…」

 

触った感触だと、今まさにこの大きさに削られたようだ。長さと太さは正確で、これなら確実に花は蘇る。

 

幽香は視線を奥に向けた。同じような添え木をつけられた花が続いている。

 

これを全部、一人で?

 

「…これ」

「いや、あの私じゃないですよ!?私じゃなくてさっき私が追い払った子供たちが、」

「植え直したのは、貴方だけ?」

「え?あ、はい、」

 

裏付けが取れた。殺せんせーはマッハの速さで正確に花を蘇らせたのか。

 

途端、幽香の興味が膨れ上がった。

 

「少しお茶でも飲まない?」

「いやいや!私じゃありませんから」

「あんまりしつこいと疑うわよ」

 

釘を刺すと殺せんせーは大人しくなる(意気消沈する)。幽香が答えを待たずに歩き出すと、悲しそうに幽香のあとについていった。

 

 

 

 

 

コトリ、と小さな音を立てて殺せんせーの前に紅茶を置く。最初はお茶を飲むといったが、何となくこのムカつく顔の殺せんせーは紅茶の方が好きそうな気がした。

 

テーブルに置かれた紅茶を、殺せんせーは微妙な表情でじっと見つめる。

 

「別に毒なんか入れてないわよ。冷めちゃうわよ」

 

そう言いつつ毒味の意味も兼ねて、幽香は同じポットで入れた紅茶を口にする。今日は少し砂糖を入れすぎたか。実は幽香は甘党だったりする。

 

湯気が立ち上る紅茶をずっと見ていたが、やがて殺せんせーは幽香の圧に負けたかのように、しぶしぶ口にした。

 

「おお、美味しいですねぇ。今まで飲んだ中で一番美味しいかもしれません」

「あらそう?まぁ私が育てたものだから、当然かしら?」

 

それにしてもこの砂糖の量だと、紅茶での「美味しさ」は茶葉の質と相殺して平均並だが。もしかして殺せんせーは子供の味覚?

 

「紅茶の方も育てているんですか?」

「ええ、花畑とは別の場所で、紅茶だけでなく野菜とかも育ててるわ」

「おお、それは自給自足の為に?」

「それもあるけど、一番は人里で売れるからね。肥料とかは割と自然にあるもので作れるけど、…例えばクワが壊れたりしたら向こうで買わなきゃいけないでしょ?それに毎日野菜も飽きるし、食材も必要よ。残念だけど米は育ててないわ。ここから近くの川に繋げるのは面倒だし。うちまで引いてる水の量じゃ水田も作れないから」

 

言い切ってから気づく。何故私は指名手配者相手にこう長々と話せるのだろう?そして奴は私の話についてきている…いや、ここの環境に慣れている?まるで以前にもこのような自然の中にいたかのように。

 

そこで矛盾点が生じた。以前、外の世界から乱入してきた、超能力を使える人間が話してたと、どこかの噂で聞いたことがある。

 

今、外の世界は自然が破壊され、極端に言えば枯渇している、と。

 

「…失礼だけど、添え木の知識はどこで?貴方のところの世界じゃ、自然が少ないって聞いたけど」

「ああ、確かに都会は建物ばかりで自然が失いつつありますけどねぇ」

 

紅茶をひと啜りする殺せんせー。啜る音が大きい。見ると若干汗をかいている。多分幽香の気迫に少し怯えてるのだろう。

 

「幸いにも、私が担任を受け持ったクラスは山奥の中だったんですねぇ。それにほとんど人の手は入ってなかったので、まさに自然そのままだったんです。あそこから学ぶことは多かったです」

 

よくわからなかったが、要は寺子屋みたいなのが山奥にあり、殺せんせーは慧音の役割だったということか。

 

「まぁ、花に添え木がいるかどうかは自信が無かったですがね…、あそこに園芸種はありませんでしたから」

「あるかないかで言うなら、ある方がいいわよ」

 

フォローをすると殺せんせーは少し嬉しそうな表情をした。微妙な表情なのはこれも恐らく幽香の気迫だ。

 

しかし、と幽香も紅茶に口をつけながら考える。

 

「わからないわね」

「へ?」

「いや、何でもないわよ」

 

口ではそう否定した。しかし疑問はしっかりと、

 

(何故、指名手配のような真似をしなければならないのかしら?)

 

見た目は気色悪いのは確かだ、全員一致だろう。しかし、人格は悪いどころか穏やかすぎる。

 

(このような者に殺される恐怖を何回も与えるなど…、機会をくれた神とやらは心が痛まないのだろうか)

 

それとも悪行を重ねてしまい、反省して今の状態になったのか?色々と考えるも、結局は殺せんせーの情報をほとんど知らないので結論は出なかった。

 

無性に、殺せんせーについて知りたくなった。

 

「ところで貴方、これからどうするの?」

「え、どうするって…」

 

困惑する殺せんせー。幽香からこの言葉が出ることを全く想定していなかった。想定していたのはむしろ、

 

「…てっきり私を退治するのかと思って、常に警戒してましたが」

「あらあら、そうだったの」

 

ふふ、と幽香が少し笑みをこぼす。

 

「別にそれでも良いけどねぇ、でも私には理由がないわ」

「理由…、なら報酬があるでしょう」

「私には対して夢がないわ。せいぜい不慮の事故ではなく寿命で死ねる人生を送りたい、っていうのがいいところよ。でもそれは私自身の力で叶えられるわ」

 

それより、と幽香が殺せんせーに顔を近づける。

 

「貴方のことについて、興味を持っちゃったし。ああ、別に恋愛的な話じゃないけどね」

 

目つきは鋭いが、それを含めて幽香はなかなかの美人である。殺せんせーは顔をピンクに染めた。

 

…いや違う。

 

「…私の胸を観賞する気なら今すぐ退治したっていいのよ」

「しっ、失礼しました!」

 

慌てて視線をずらす殺せんせー。この見た目でただの変態。向こうの世界で担任として好かれるのは苦労したことだろう。

 

…いや、そもそもこんな生物が担任に務まること自体がおかしい。さては弱みでも握ったのか。

 

しかし、そんなことは幽香には関係のない話だ。…関係のない話であるはずなのに、

 

そこまで興味を持つのは、何故だろう。

 

自分の行動に疑問を持ちながらも、とりあえずといった感じで幽香が質問する。

 

「花を育てるのと畑仕事をするの、やっぱり殺せんせーには後者の方がいいかしら」

「まぁ、どちらかというとそうですね」

「じゃあうちの畑をちょっと見てもらおうかしら。まだ私は知識を定着できていないから人里の人間から助言をもらってるのだけど、大量生産型の育て方をしてもあまり意味ないし」

 

人里の人間が売る野菜はあくまで「売る」専用だ。質よりも量、最低限の質を保ったとしても、大量生産できる育て方をしているはずだ。対して幽香の方はそれほど「売る」意識は無く、自身で消化する用だ。となると当然、量より質を高めたい。恐らくこの両者に育て方の違いはあまり無い気がするが、それでも違う方法がある気がするのだ。

 

一度、自分も売り出す方針も考えたが、幽香と人里の人間との技術の差は経験で明らかだ。普通に考えれば消費者は人里の人間のものを選ぶだろう。

 

「まぁ、趣味程度でしたら。ていうか自然に囲まれているのが常識の世界で、私の知識が通用するかどうか怪しいですけど…」

 

確かに言われてみればそうだ。だがそれは幽香にとってどうでも良い。とりあえず殺せんせーを引き留めておけばいいのだから。

 

じゃあ早速。そう言いながら席を立とうとすると、

 

「ニュヤっ!?」

 

ドアの方から音がして、殺せんせーが飛び上がる。ただのノックだが、緊迫していた殺せんせーを驚かすには充分だったらしい。

 

その様子に呆れながら幽香は腰を上げるも、再びなったノックの音に眉をひそめる。

 

…少し荒っぽいんじゃないかしら。

 

一応殺せんせーに家の奥へ行くように指示し、ドアを開けると、

 

「ちょっとどういうことなんですか!」

 

あまりにも藪から棒なことなので、思わず幽香は目を丸くした。見ると人里の女性である。女性3人が先頭に立ち、その後ろにも多くの人里の住民が連なっている。先頭の女性達の後ろには、それぞれの子供と思われる男子が3人いた。声を上げたのは女性の中の1人で、どうやら代表みたいな立場らしい。

 

しかし何がどういうことなのか。むしろこちらが問いただしたい。

 

「…失礼しますが、一体何のことだか、説明して頂けませんか?」

「シラを切るつもりですか!ここの花畑でうちの子供が遊んでいたら、妖怪に出くわしたって言うんですよ!」

「は?いやそれの何が問題なのですか?」

 

元々、妖怪が干渉出来ないと義務付けられているのは人里内だけだ。中に妖怪が入るとしたら、その妖怪は特例中の特例で、幽香もその1人である。だが、妖怪の人里の外への出入りは特に規制はなく、そこから先は人間側の自己責任だ。幽香の花畑も同様だが、幽香を恐れてか普通の妖怪は近寄らない為、妖怪の出入りはほとんどない。だから何か勘違いしたのだろうか?

 

そういう意図で幽香は言ったのだが、母親の怒りは増すばかりだ。

 

「何の問題って!貴方がその妖怪なんじゃないんですか!?」

 

一瞬ぽかんとして、───やっと思い出した。

 

この母親は、私を妖怪だと非難している集団の先頭に立つ人間だった。

 

「…あなたはとりあえず私の仕業にして、とにかく早く排除したいと思っているのね?」

 

幽香のきつくなった声に、自分の考えを見透かされたのか、母親はややたじろいだ。

 

もう潮時だろう、そう思った。

 

実際、幽香は何もしていないし、これからも人間に対して何か起こすつもりでもない。しかし、幽香が管理している花畑で妖怪騒ぎが起こった以上、全ては幽香の責任となるのだ。このまま否定できても、周りからは白い目で、又は怯えられた目で見られるだろうし、その後に難癖をつかれたり、陰湿な嫌がらせも受けるだろう。

 

ため息をつき、幽香は口を開いた。

 

「そう、私は───」

 

その刹那、

 

「おやおや、平和な花畑で何をしているんですか?皆さん大勢集まって、物騒ですねぇ」

 

上から突如かかった声に全員がギョッとして見上げる。そこには、

 

自慢げに幽香の上に立つ殺せんせーがいた。

 

いつの間に、と幽香が目を丸くする。マッハ20は嘘ではないらしい。

 

「少々見苦しいですねぇ、ここは一つ、教育を受けてもらいましょう」

「あああっ!!」

 

突然3人の子供たちが叫んだ。

 

「あの時のっ!」

「そう、あの時の妖怪です。おやおや、口が滑りましたねぇ」

 

口が滑った、とは。

 

「君たちはお母さん達の言いなりになるしかなかったんじゃないんですか?日頃からお母さんを怒らせるのが怖いのか、はたまた今回の剣幕が凄まじかったからなのかは知りませんが、仕方なくお母さん達に話を合わせたんじゃないんですか?」

 

そう言いながら、殺せんせーは例の、子供達を驚かせた時の顔に変化させる。「これだったんでしょう?」と殺せんせーが聞くと、子供達は殺せんせーと自分の母親を交互に見て、なかなか答えようとしない。しかしその動作がYESを指している。

 

「お母さん」

 

殺せんせーは顔を元に戻し、幽香の前の女性達に顔を向けた。女性達は少し怯えた顔をする。

 

「いくらなんでも早とちりはいけません。それと疑わしき人物を見境なしに罰してもいけません。彼女がやったのだと本気で思うならば、言い逃れが出来ない証拠を持ってきましょう」

「…、」

 

顔を真っ赤にした女性達は、ブツブツと「すみませんでした」と呟く。しかし殺せんせーは「何言ってるんですか」と少し呆れた様子だ。その態度に女性達が目を怒らせると、

 

「私じゃないでしょう。そこの人に謝るのが筋です」

 

女性達は不服げに幽香を見て、それぞれが謝罪の意を述べる。反省している様子などあられもないようだが、ここは素直に「いえ、お気になさらずに」と返した。

 

その答えも気に入らなかったのか、女性の不機嫌さはどんどん増していき…、やがて怒り矛先を見つけた。

 

「…っていうか何で指名手配のやつに指図されなきゃいけないのよ!!」

 

女性の声に皆がハッと我に返った。

 

「そ、そうだ!元はと言えば脅かしたそいつらが悪いんだ!」

「脅かしたって…、私は花を傷つけるその子達を追い払うためにですね…」

 

子供達が怯えたようにビクッと体を震わすも、女性達は頭から否定する。

 

「何言ってんの!うちの子がそんなことするわけないでしょ!」

 

そうよそうよ、と声が上がる中、殺せんせーは顔をしかめた。

 

「全く…、出来てない親がいるのは幻想郷でも健在ですか…」

 

そう呟いて、哀れそうに群衆を見下ろす。そしてニヤリと笑い、

 

「仕方ないですねぇ、少しばかり『教育』をさせていただきましょう」

「な、何を言っているんだ!」

 

突然笑いだした殺せんせーに不気味さを感じたのか、集団の中の男たちが声を上げ始める。

 

「おい、さっさとあいつを取っ捕まえるぞ!」

「出来ますかねぇ、あなた達に。ただでさえ正しいことから目を背けるのに」

 

殺せんせーは身体を倒し、そのまま自由落下運動を始めた。怪物が頭上から落ちてきたのを見て、一人残らず情けない声を上げて目を背けて頭を庇った。

 

「こっちですよ、捕まえてごらんなさい」

 

気がつくと殺せんせーは遥か遠くにいた。そして人間達に背を背け、のんびりと歩き出す。

 

一瞬ぽかんとしていたが、すぐに「捕まえろ!」と声が飛び、わあああ、と声を上げながら全員走りだした。あっという間の出来事で、うっかり5秒間ほど目を瞑っていたら、幽香宅の前の人間が忽然として消えたように感じるだろう。

 

幽香はテーブルの上から紅茶を手に取り、自分のカップに注いで外に持ち出し、人間と殺せんせーが戯れるのをのんびりと眺めながらちびちびと飲んだ。

 

明らかに調子に乗っている殺せんせーは、人間達を翻弄しながら動き回っている。その動きは完全に遊んでおり、人間達は怯えながらも煽られていることに怒り心頭のようだ。

 

何だあいつ、と思わず笑みがこぼれる。指名手配されている割には、性格がふざけていてどこかおかしい。

 

しかし、とすぐ真顔に戻る。

 

「…ちょっと紫に聞いてみようかしら」

 

人間達に『教育』を施している殺せんせーを眺め、幽香は1人そう呟いた。

 

 

 

 

 

『教育』を施し終えた殺せんせーは、終了するや否やすぐさまその場から逃げ出し、遥か遠くに身を隠そうとしていた。口では「探索」と言っているものの、ただのチキンプレイである。

 

そしてたどり着いた先は、

 

「えー、無縁塚…?」

 

ガイドブックをパラパラとめくり、該当箇所を見つけて殺せんせーは呟く。言葉の響きがなんとなく寂しい感じだ。実際に見回してみても、木々に囲まれた墓地が小さく広がるばかりである。

 

それもそのはず、ここは共同墓地。幻想郷の端に位置し、人里の人間は滅多にこない。

 

「でしたら、これは一体誰の墓なのでしょう…?」

 

調べてみると、

 

「そ、外の世界!?」

 

殺せんせーがかつて生きていた世界と幻想郷は完全に隔離されていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。ここ、無縁塚はちょうど境界の狭間らしく、外の世界や冥界と繋がりやすいそうだ。そして何らかの原因により、外の世界の物が流出するらしい。

 

そして、墓がそうだとは限らないが、外の世界の人間の死体もしばしば送られてくるそうで、

 

「嫌ですねぇ…、早く退散しましょうか」

 

ブルっと肩を震わせた殺せんせーはいそいそとガイドブックをしまい、その場を後にしようとした。特に面白そうなものも無いと思ったのだが、

 

「おや、そこにいるのは誰…、って、おま、」

 

倒れた大きめの墓の陰から覗かせた人影が、明らかに驚いた身振りをする。

 

「あ、あんたまさか、」

「ええ、あなたが思っている通りの人物です」

 

殺せんせーは相手の驚きにそう答えながら、その人影を見つめていた。

 

(少女ぐらいの身長と声、まぁ、この世界ではそれぐらいの人達が住んでいるらしいですから特に問題はありませんね、それよりも、頭についているのは…耳?でしょうか。さながらどこかのネズミのマスコットキャラクターのようですねぇ)

 

果たしてそれは、ネズミの妖怪だった。丸い耳に長い尻尾、その先には手提げのような物がぶら下げられていて、両手にはまるでダウジングのように構えられた、直角に曲げられた棒が握られている。

 

 

ナズーリン(なずーりん)

妖怪ネズミ

無縁塚近くの小屋に住む。

毘沙門天の弟子の監視役であり、

ダウジングを得意とする。

 

 

「覚悟!と言いたいところだが、…果たして私だけで出来るだろうか?」

 

ナズーリンは一度ビシッと構えたが、不安になったのかその姿勢がフニャッと崩れた。なんか可愛い。

 

「まぁ余程の自信がなければ無理でしょうねぇ」

「うーん、もう何回も退治できてるからちょろいのかと思ってたけど、いざ本物の前に立つとなぁ」

 

ちょろいと言われて少なからず傷ついた殺せんせーは、ふと気づいた。

 

待てよ、この可愛いネズミ妖怪も、とんでもない力を秘めていたり…。

 

慌てて図鑑を見るも、図鑑には戦闘力などの記載はないようだ。強者には説明文にそう書かれるぐらいか。

 

と、ととととりあえず話をそらさねば。

 

「こ、ここってだいぶ暗いですよね。こんな所に住んで平気なんですか?」

「まぁ、人里方面の正しい道を知ってたらどうってことはないさ。幽霊もこちらから仕掛けなければ悪さはしないし、そんなに強くもない。ただ時々迷い込んでくるやつは確実に死ぬな」

「し、死ぬって…、そんなぽっくりと逝っちゃうんですか」

「私が助ける暇もないと思うよ。最近、どうやら冥界との入り口が広くなってるみたいで」

 

ナズーリンによると、時々ここに迷い込んでくる人間や妖怪が、比較的早くに消滅しているらしい。つまり冥界に入りやすくなっているということである。

 

「あれだよ、無闇にこの墓地から出ない方がいいよ。人里方面以外は延々と森が続くばかりで、運が悪けりゃ冥界にドボンさ。どうせあんたも方角忘れたんだろ」

 

言われてみれば確かにそうである。辺り一帯に一切目印になりそうな物がないこの墓地である。殺せんせーは自分がどこから入ってきたかすらわからなくなっていた。

 

「で、でも冥界に行っても帰ってこれる場合ってあるんじゃないんですか?」

「ごく稀にな。でも大抵は知らないうちに冥界に入って、足を踏み外して三途の川に落ちて流されて死んだ判定になる。三途の川って渡るだけで死ぬからな。空を飛べる妖怪も知らず知らずのうちに三途の川を飛び越えてて死ぬ」

「ええ…」

 

こうなったらもう不用意には動けない。流石にこの死に方は情けなさすぎて笑えるレベルだ。

 

「すみません、正しい道を教えていただけませんかね…?」

「ま、最近案内することも増えたから、私は妹紅さんの立ち位置だからね。こっち…」

 

道を教えようとしたナズーリンは指を指しかけて止まる。

 

「待てよ…このまま教えずに放置させておけば応援を呼べるのでは?」

「ぎくっ」

 

気づかないうちに教えてほしかったが、少し遅かった。ナズーリンはニヤニヤと笑って殺せんせーを見る。

 

「ふっふっふ、命が惜しけりゃ大人しく待ってるんだな」

「キャラどうしたんですか」

 

だが、応援を呼びに行くナズーリンについていけばいいことである。しかし、

 

「そらっ!」

「なっ!?」

 

ナズーリンが突如空に弾幕を放った。弾幕は中に散り、上空に漂い始める。

 

「別に危険を知らせる弾幕の仕方は決めてはいないが、こうすれば少なくとも何かがあったことは伝えられる。もうじき私の仲間が来るよ」

 

してやられてしまった。そうだ、ここは非日常的なことが常識の幻想郷。元の世界の頃の知識は通用しない。

 

こうなれば仲間が来た瞬間、その仲間が来た方角に一目散に逃げるしかないか…、そう踏んでいたが、

 

どうやらそれ以前に注視すべきことがあるようだ。

 

「…おや、」

 

不意に殺せんせーが振り返る。突然の行動にナズーリンが不審に思い、殺せんせーの後ろを覗くと、

 

「…午後から動くつもりでしたが、探す手間が省けましたね」

 

現れたのは、二本の刀を携えた銀髪の少女。俯きながら殺せんせーに歩み寄る。

 

「妖夢さんがわざわざ来るとは、驚きですねぇ」

「驚き…?当然じゃありませんか」

「ニュ?」

 

殺せんせーが首を傾げると、妖夢は顔を上げた。その顔は、

 

鬼の形相だった。

 

「テメェのせいで白玉楼がめちゃくちゃになってんだから、道理だって言ってんだろぉおおお!!」

「ひい!?」

 

怒号を上げながら接近した鬼の顔の妖夢に思わず怯える殺せんせー。何とか我に返って妖夢の攻撃をかわす。妖夢が外した攻撃は、そこにあった墓石を真っ二つに分けた。

 

「ちょ、妖夢さん!?」

「ナズーリンさん!申し訳ないですがこいつは私にやらせてください」

「お、おう」

 

妖夢の言葉に素直に頷いてしまうナズーリン。そして殺せんせーを向き、呆れた顔で言った。

 

「いつも丁寧口調の妖夢の話し言葉を、あそこまで乱暴にさせるなんて…あんた一体どれほど怒らせたんだか…」

「ニュ…」

 

何も言い返せない殺せんせーは、再び妖夢の攻撃を避ける。そして少し考え、

 

「いいでしょう」

「は!?」

 

謎の返答に妖夢が思わず声を上げる。

 

「今まで私は大変失礼なことをしてしまったようです。ですので、」

 

殺せんせーはおもむろに足元の棒を拾う。外の世界から流れてきたとみられる鉄パイプのようなものだ。

 

それを、合計二本。

 

「一切逃げずに、迎え撃ちましょう!」

 

決めポーズを決める殺せんせーに一瞬ぽかんとした妖夢だが、

 

「…なぁにが『いいでしょう』だああああ!!」

 

妖夢はそう叫び、殺せんせーに向かう。

勢いに任せ突っ込み、殺せんせーの目の前で止まる。そして右手の剣を振り下ろす。

 

殺せんせーはそれを防ぐために片方の鉄パイプを上げた、…それを見た妖夢は、

 

「喰らえっ!」

「っ!!」

 

一瞬で足で地面を蹴り、殺せんせーにモロに突っ込んだ。そして左手の剣を突き出す。

 

殺せんせーは右手の剣は何とか防ぎ、左手の剣を外側に捌いたが、

 

「はあっ!」

 

妖夢は突っ込んだ勢いを殺さずに飛び膝蹴りを放つ。間一髪で殺せんせーが身を引き、妖夢の膝はギリギリ届かなかった。

 

ならば、届かせるだけだ。

 

妖夢は畳んでいた足を開き、爪先を殺せんせーの横腹にぶち込んだ。

 

「もらったっ!」

 

が、

 

「っ!?」

 

妖夢の足は空を切り、一切抵抗感が無かった。

 

「惜しいですねぇ…」

 

ニヤニヤと笑いながら、殺せんせーは後ろから近づいていた。ハッと振り向く妖夢。しかしその時には殺せんせーの姿はない。

 

次の瞬間、殺気を察知した妖夢は横っ跳びに避けた。殺せんせーが上から鉄パイプを振り下ろし、またそこにあった墓石が砕ける。

 

「…!!」

 

妖夢は目を見開いた。まるで瞬間移動のような動きの殺せんせーを見て、驚愕していた。

 

 

彼にとって、自分の素早い攻撃を避けるのは簡単すぎるのだ。

 

 

「くっ」

 

妖夢は素早く斬りつけるも、再びかわされ、別の場所に逃げられる。

 

それをまた追いかけて攻撃を放ち、空振りする。それを繰り返していた。

 

殺せんせーは素早過ぎた。しかし、

 

(殺す気が一切ない…)

 

今まで妖夢の攻撃を避けたり捌いたりするだけで、一向に向こうから攻撃してこない。唯一攻撃してきた上からの打撃は、殺せんせーの速さなら妖夢が避けたのを確認して止めれたはずだ。

 

第一、その速さで妖夢に殴りかかれば、まず避けられない。

 

(どこまでもなめやがって…!!)

 

悔しさに奥歯を噛み締め過ぎて、ぐりっと口の中で響く。自分の中で何かが切れた。

 

「おおおおおっ!!」

 

それは、実力の問題では無かった。完全なる「戦闘者」としての超常的な勘だった。

 

妖夢から約60度左斜め後ろ、そこに向かって妖夢は渾身の一撃を放つ。

 

 

…ドンピシャ。

 

 

「ニュヤッ!?」

 

突然の超反応に流石に驚いたのか、殺せんせーは横一閃の斬撃をジャンプでかわす。そこにあった墓石は一切ブレることもなく、斬られた直後は何も起こらずに、ゆっくりと上半分がズレ落ちた。

 

この様子だと日頃からの鍛錬を余程積み重ねてきたのか…、いや待て、

 

 

二本の刀で、横一閃…?

 

 

ハッとした殺せんせーが見上げると視線を何かが遮る。そこには、

 

「もらった!」

 

空中で袈裟斬りを仕掛けるもう1人の妖夢だった。

 

「えっ!?あれっ!?」

 

激しく顔を上下して地上に立つ妖夢と目の前の妖夢を見比べる。しかしどちらも本物だ。

 

…まさか、半霊?あの半霊は妖夢本来の姿になる事が出来るのか!?

 

誰も味方に従えずに2対1の状況を作り出せるとは、想像すらしていなかった殺せんせーは、反応が一瞬遅れた。

 

「にゅっ!」

 

間一髪割り込んだ鉄パイプに、妖夢の刀がモロに当たる。しかし一本目の鉄パイプは、まるで豆腐を切るかの如く、妖夢の刀に無抵抗だった。

 

2本目に刀が到達する瞬間、鉄パイプごと弾き飛ばせばまだいける…か?厳しいところだが、咄嗟にはこの方法しか思いつかない。

 

殺せんせーが一瞬でそう思考を巡らしているその時、

 

「…あ」

 

最初に斬りつけた、──本物の妖夢が思わず呟く。

 

完全に怒りに身を任せ過ぎた。着地を踏み外し、足を挫いてしまった。

 

そして目の前に迫っている、硬い墓石。

 

頭を打つ、そう予測できても身体が思うように動かない。そのまま墓石に頭を───、

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと、あんた妖夢に何したんだ!」

「何って、助けただけですよ」

「助けたって、いきなり襲いかかりやがって!ちょ、妖夢大丈夫か!?」

「まぁ、そう思い込んでいるなら仕方ありませんねぇ」

 

殺せんせーはゆっくりと妖夢が倒れた場所から離れていく。そこにナズーリンが駆けつけ、妖夢を助け起こした。

 

「おい!大丈夫か!?」

「…っ!」

 

妖夢はカッと目を見開いた。そして自分の頭を手で触る。

 

…何もない。

 

「助かった…?いやでも」

 

あの角度は確かに、と必死に状況を思い出そうとするも、別の違和感を感じた。

 

「っ!?」

 

スカートをめくりあげ、自分の足首に手を添える。

 

何も、痛くない。

 

「どうして…?」

 

足は挫いてしまった。それだけは確かなのだ。

 

「あまり感情に身を任せては、思わぬ被害を被ることがあります」

 

ハッと顔を上げる妖夢、殺せんせーは墓石の上に立ち、妖夢を見ていた。

 

その身体には、二箇所の刀傷。

 

「…!!」

 

横に半霊が降り立つ。そして伝えてきたことによると、

 

「無理矢理急降下して、刀が当たった…?そして私を掴んで引っ張った時にも、私の刀が…?」

 

だとしたら、私は本当は墓石に頭をぶつけていた…?

 

「一体何故…?」

 

そもそも刀を受けながら、という点も納得いかない。殺せんせーならそれを避けるのも容易なはずだ。

 

「いやぁ、あまりにもギリギリなことでしたので、自分の身にまで意識が向きませんでした」

「どうして、そうまでして…」

「勘違いしているようですねぇ」

 

殺せんせーは例の笑みを浮かべ、妖夢に語りかけた。

 

「私は皆さんから矛先を向けられますが、私から皆さんに向かって矛先を向けることは無いのです」

「…、」

 

妖夢が何か言いたそうにしているが、殺せんせーはそれを無視して背中を向けた。その手には妖夢の刀、楼観剣を握っていた。

 

「しかし、これは私には見過ごせないことですねぇ。少しばかり、『教育』が必要なようです」

 

殺せんせーはそういいながら、楼観剣を自らの心臓に向ける。

 

「ちょ、あんた何して…」

「もう少しばかり、白玉楼にお邪魔しますよ」

 

そう言って、殺せんせーは自らの心臓を突き刺した。

 

 

 

 

 

「悪い待たせたナズ!」

「ごめんね!」

「…ご主人様、すみません」

「えっ!?取り逃がしてしまったのか!?」

「まじかぁ、やっぱりマッハ20だものね。そりゃあ並大抵ではいかないよ」

「すまん水蜜、一輪。わざわざ来てもらったが…」

「別にいいわよ、報酬の絶好の好機だったんだから」

「…あの、」

「ん、どうしたナズ?」

「逃げたんじゃないです」

「何!?まだ潜んでいるのか!」

「いえ…、その、

 

 

…自害されました」

 

 

 

「「「………は?」」」

 

 

 

 

 

 

「へぇ、自分で自分の命を…」

「面白いお方でしょう」

 

幽々子の報告に紫は少しばかり驚くも、笑みを浮かべて対応する。

 

「して、そちらの状況は?」

「情報整理が全然終わらないわ。全く、複雑すぎて頭が痛くなりそうよ」

「そう、まぁまだ殺せんせーはこっちにいるみたいだから、のんびりとお願いね」

「出来るだけ早く終わらすように善処するわ」

 

スキマを閉じ、紫は目の前の作業に集中する。

 

目の前に鎮座しているのは、

 

「…で、どれをどうすればいいのかしら?」

 

ネットカフェの一室の、パソコンだった。




最後が駆け足な気がするのには目を瞑って頂きたい。
そしてこの回を境に、少し流れが変わります。第2章、といった形です。
是非、次回も読みに来てください。
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