木曜日、午前4時50分
流石に先輩より遅く来るわけには
いかないので少し早めに到着する。
もう早起きにも身体が慣れてきた。
もう既に光が体育館から漏れていて
あの二人か、と思い切り扉を開けた。
『おはよ、……う』
ドッ
目の前を通り過ぎるボール。
それを追ってレシーブをあげる日向。
綺麗に影山の立つ位置へと返球される。
え、と思わず視線を彷徨わせた。
散乱したジャージ、スポーツバッグ。
スマホも適当にタオルにくるまれて
投げ捨てるように置かれている。
半目になった。
いつもの調子で口喧嘩して
そのまま意地になって
対人レシーブしてるのか?
なんとなく邪魔になりそうなものを
さくさくっと除ける。
散乱しているジャージはそれぞれ畳み、
日向と影山2人のバッグの近くに
寄せておく。
スマホとかも割れたら大惨事なので
ボールが当たらないように、
バッグの後ろに隠しておく。
本当ならステージの上とかに
置くのがいいんだろうけど
2人の動く範囲が広すぎて
下手に動けない。
邪魔にならないようにいそいそと片付けて
自分の支度をする。さすがに5分10分すれば
終わるだろう、と目処を付けて
俺は少し柔らかくなってきたシューズの
靴紐を丁寧に結び直し始めたのだった。
〜5時15分〜
おもむろに扉がガラガラと音を立てて開く。
「ごめん遅刻したわ」
そう言って靴を脱ぎ履き替えたのは
菅原さんだ。田中さんもまだ来ておらず
珍しいな、と思う。
靴を履き替えた菅原さんが
顔を上げて俺と目が合った。
『おはようございます、菅原さん』
「おっす、てあれ?」
俺の挨拶に答えた後、す、と
激しいボールの応酬といえばいいのか、
未だに続いてるラリーに菅原さんが
目を止めた。
影山が柔らかく手前にボールを落とせば
体を落として日向が拾い、
影山が少し強めに叩いたボールを
日向は片手で綺麗にレシーブした。
そんなことの繰り返し。
「え、いつからやってんの…?」
『少なくとも俺が来てからずっとですね
5時ちょっと前からこの調子です』
2人とも体力が尽きないのか、とか
どうしてそこまで反応できるのか、とか
一旦やめようとか思わないのか、とか
色々と思うことはあるが。
ドパッ!
「おいっ!手加減すんなっ!!」
それに思い切り影山が目をつりあげた。
ボールに振り下ろす手に
力が入ったのが見ててわかる。
「上等だァ!!!」
影山の怒声が体育館に響いた。
ダァンッッ!!!!
キュッ
素直に感心している自分と
嫉妬している自分がいる。
なんていうかなあ…って感じだ。
「やばいな…」
菅原さんが片眉をあげながら
自分の準備をし始める。
『やばいですよね……』
ぼんやりとそれを眺めながら
ボールを弄ったり
その場でレシーブやトスをしていれば
続けてうっすらと
変な曲調の歌が聞こえてくる。
「角を曲がったら食パン銜えた
美少女とドーンッ☆つって、」
……歌か?これ…違うな、
「え、」
ダンッ
一際大きな音が響く。
日向が床を踏みしめてから
腕を大きく伸ばしてボールをレシーブした。
『おはようございます、田中さん』
「おお、やっときたか」
俺達の声に我に返ったらしい
田中さんが慌てて靴を脱いだ。
「え、コレどれくらいやってんスか」
2人のラリーを横目に見ながら
シューズを履き変えて田中さんが問う。
「俺が来てからは15分…でも
5時ちょっと前からやってるって
言ってたから…」
『最低でも30分以上はやってますねコレ』
「うわあ……」
しなやかな身体、瞬発力、反射神経、
1歩の速さ…いわゆる圧倒的な運動センス。
日向を取り囲む環境が生んだ才能だ。
「もうそろそろ限界だろ!!」
日向の顔がここからでも
白くなってきているのがわかる。
汗もすごいかいているし、
さすがに不味いんじゃないか、と
俺がタオルとドリンクを片手に
持ったところで日向の声が響いた。
「まだ!!!!」
片膝をつきながらも
まだ身体を動かそうと力を入れる。
「ボールッッ!!!
……落ちてない!!!!!」
汗でぐしゃぐしゃで、
顔色も悪くて、唾とか飛んじゃってて
凄く情けないというか、必死すぎて
カッコ悪い顔になっているのに、
ひたすらにそれだけを、
頑張れる日向に目を細めた。
『……やっぱ凄いよ、主人公』
息を呑んだ影山が少し強めに
ボールを飛ばした。
日向の後方へと飛んでゆく。
「うわっ性格悪っ」
田中さんが思わずと言ったふうに
小さく言葉を零すのを横目に
菅原さんが口を開いた。
「日向の運動能力…中学ん時から凄いよな」
でも、と一拍置いた。
「それだけじゃないんだ」
菅原さんの柔らかなブラウンの瞳が
日向を映した。
「日向には勝利にしがみつく力が
ある気がする」
俺も視線を菅原さんから
日向へと再び移す。
息も上がっている。
足は重い。
体力はほぼ底をついている。
【苦しい、もう止まってしまいたい。】
そう思った瞬間からの一歩。
『なかなか出来ないことを
やってのけますよね』
それもまた別の才能。
日向が大きく跳んで伸ばした腕に
ボールが当たり、上手い具合に
影山の元へと返球される。
田中さんが隣で感嘆の声を漏らすのが分かった。
返ってくるボールに合わせて影山が
手を添える。大きく、柔らかく、
山なりにネット際へと飛ばされたトス。
「影山がトスをあげた!?」
驚いた顔の田中さんと菅原さん。
「でも、日向にはもうトスを
打つ気力なんて……」
菅原さんが心配気に日向の方へと
顔を向けたのを見て思わず笑ってしまう。
そうして口元が緩んだまま
俺は日向へと声を送った。
『日向!ラスト!』
その声に汗をだくだくに流して息をするたびに
呼吸音をさせていた日向がバッと顔を上げた。
その顔は晴れやかな笑顔だ。
ある意味変態っていうか、
バレー馬鹿っていうか…。
呆れながら笑う。
綺麗に向かいのコートへと打ち込まれた
スパイクを見て俺も、と気合を入れ直す。
中途半端じゃ駄目だ。
ちょっとまだ戸惑っている部分はあるけれど、
なんて内心で零しながら。
床にへたりこんだ日向と影山が
二言三言言葉を交わしているのを
穏やかな気持ちで眺めていれば
いきなり日向が床へと
朝食に食べたらしきものを
ぶちまけた。
いやそれはふざけんな!?
慌てて駆け寄り日向へと水を飲ませ、
ビニールへと吐かせる。
脱水症状とかやばい事になってたら
どうするんだ、と慌てたが
本人の様子的にただ長時間激しく
動きすぎたせいで
気持ち悪くなったってだけっぽい。
日向の背中を優しく撫でながら
思わず遠い目をする。
吐瀉物は田中さん達と綺麗に処理しました。
…その日の朝練は
ほぼ潰れたことだけをお伝えしておく。
換気はしっかりしたし
アルコールで除菌もした。
ただ部活動中は出来るだけ
その付近に近寄らないようにしていたのは
俺達3人の秘密である。