Fate/Assassin's Creed ―Ezio Grand Order―   作:朝、死んだ

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あけおめ。ことよろ(遅い)

いよいよ一章開幕です。


Sequence.02 統べよ思い。重ねよ闘志 ーA.D.1431 邪竜革命戦争オルレアンー
memory.01 いざ、戦地へ


 

 

――走る。走る。走る。

 

時刻は昼間だというのに薄暗く、ジメジメした原生林。生い茂る木々の隙間を西洋甲冑を身に纏った()()はひたすら駆け抜けていた。

 

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

目的はただ一つ。殺意を以てこちらを追ってくる存在から逃げる為である。

 

少女の背後には彼女を追う人の形ではない影。それも一つではない。ざっと二十は居るだろうか。

 

背に翼を持った彼らは自由自在に宙を舞いながら鋭い牙が何本も並ぶ大きな顎で、猛禽類のように何かを掴む為に発達した足の鉤爪で捕らえんと突き進む。

 

 

「くっ……しつこい……!」

 

 

少女は悪態を付く。森に入れば機動力が削がれ、逃げ切れると考えていたが、どうやら見通しが甘かったようだ。

 

追跡者は存外そこらの鳥なんかよりも飛ぶのが上手く、器用にも道を阻む木や枝を避け、或いはその爪で薙ぎ払いながら少しずつ、着実に少女との距離を縮めていた。

 

対する少女は満身創痍。よく見れば出血していた。肩、膝、頭からも、夥しいという程ではないがポタポタと水漏れのように鮮血が垂れている。

 

それでも尚、馬にも負けぬ速度で疾走していた。つまりそれは彼女がただの人間ではないことを意味している。もし傷を追っていなければ追跡者達から逃げることも無く、返り討ちに出来ただろう。

 

そもそも追跡者は当初百を越える大群だった。それが五分の一まで激減しているのは、少女がその手に持つ槍の如き軍旗(・・)で討ち倒したからに他ならない。

 

 

「まずいですね……仕方ありません。こうなれば捨て身覚悟で挑むしか――――!?」

 

 

このまま逃げ続けても状況は良くならないと判断した少女は追跡者に対抗しようと足を止め、振り返る。

 

――そして、次の瞬間。視界を覆い尽くす紅蓮に絶句した。

 

 

「!?」

 

 

咄嗟に防御体制を取るももう遅い。どこか懐かしさの感じる身を焼く熱さと共に衝撃が全身に伝わり、少女は宙を舞った。

 

 

「く、はっ……」

 

 

ゴムボールのように少女は何度も地面をバウンドするもクッションとはとてもじゃないが言えない樹木の根元に背中を激しく打ち付けたことで漸く止まる。

 

普通の人間ならば過程でミンチ――否、最初の熱の時点で黒焦げの肉塊と化していただろう。しかし、まだ少女には意識を保ち、追跡者へ鋭い視線を向けるだけの力が残っていた。

 

 

「Gurrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr…」

 

「……ここまで、ですか」

 

 

気付けば少しだだっ広い場所に出ていた。故に追跡者の姿がはっきりと確認出来る。

 

全身を覆う硬質な鱗。爬虫類の特徴を持つ目と顔付き。爪と同化した蝙蝠のような翼。鞭のような長い尻尾。その特徴は正しく誰もが知る伝説上の生物を表していた。

 

――“竜”。

 

幻想種の頂点。最上級は自然現象そのもののような存在で強弱を語ること自体が無意味と称される程の規格外の生命体。

 

追跡者は飛竜…ワイバーンと呼ばれる竜としては下級の個体ではあるが、それでも強大な力を持つ幻想種であり、群れのリーダーらしき赤い鱗を持つ個体は他のワイバーンよりも一回りも二回りも大きかった。

 

 

「ほう……存外しぶといな」

 

「ッ……あなたは……」

 

 

そして、赤いワイバーンの背には、人らしき影が立っていた。

 

 

「サーヴァント、ですね」

 

 

先程まで霊体化でもしていたのだろうか。突然現れたワイバーンに乗る壮年の男は少女を悠然とした態度で見下ろす。

 

 

「ご名答。真名に行き着かぬということはやはり時代が浅過ぎたためルーラークラスが正常に機能していないか。■■■■■の言う通りだったな」

 

「……そこまで把握していますか。私が召喚されてまだ一日も経過していないはずですが、もう一人の()が関係しているのですか?」

 

「いや、あの小娘は何も知らんよ。何もかも、な……全く以て哀れな道化だ」

 

 

男の言葉に疑問を問う少女。いくら何でも情報が早過ぎる。まさか召喚された当初からずっと監視されていたとでもいうのか。

 

 

「しかし、貴様は更に哀れと言えよう。憤怒の炎を操ることも竜を従えることも出来ない。あるのはその頑丈さが取り柄な旗のみ。利用価値があるかと思い接触してみたが、やはり救国の聖女と持て囃されようとも所詮は旗振り……祭り上げられた世間知らずの小娘に過ぎん。王家に従う愚か者だ」

 

 

男は冷たい無表情を浮かべながら厳格な口調で少女を罵る。その一言一言が鋭い刃物のようで少女は怒りこそ感じずとも顔をしかめずにはいられなかった。

 

少女は考える。男は最後に己のことを王家に従う者と言った。つまり男はフランス出身の可能性が高い。そして、貴族のような装いをしており、少なくとも騎士といった手合いではないだろう。

 

となると―――。

 

 

「さて、万が一あの小娘が己の正体に気付く切っ掛けになるかもしれない。使えぬと分かった今、貴様にはここで消えてもらう」

 

 

しかし、男は考察の暇を与えるつもりはなかった。

 

彼が腕を振り上げると、それに呼応するようにワイバーン達の口から魔力が漏れ出る。炎、雷、音波……それぞれの属性のブレスを一斉に吐き、少女を確実に始末するつもりなのだろう。

 

 

「…………!」

 

「では、さらばだ。ジャンヌ・ダルク……貴様に判決を言い渡そう」

 

 

その言葉に少女…ジャンヌは死を覚悟する。やけくそとばかりに最後の抵抗を試みるもダメージが大きく、身体が彼女の指令に従うことは無かった。

 

 

「――死刑」

 

 

そして、男は腕を振り下ろす。

 

 

「ヒポグリフ――!」

 

 

しかし、その時だった。突如空がキランと輝き、流星の如く落下したナニカがワイバーンの群れを蹴散らしたのは。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

「……え?」

 

 

ワイバーンの半数以上が一気に撃墜され、血飛沫をあげながら屍と化す。もろに受け継がれて赤いワイバーンも例外ではなく倒れ伏し、咄嗟に飛び退いた男は地に足を付ける。

 

そんな光景を前に、ジャンヌは助かったという喜びよりも驚きが勝ち、茫然としていた。

 

 

「やっほう! やっぱりこれに限るね!」

 

「げほっげほっ……出鱈目かお前は! 捨て身の特攻と何ら変わらないじゃないか!」

 

「フフンそれ程でも……」

 

「誉めてない! くそっ……理性が蒸発している奴の案など承諾するんじゃなかった! 死ぬかと思ったぞ!」

 

「えーっ、意外とビビりなの君?」

 

「……そうか。喉元を切り裂かれたいんだな」

 

「わっ ごめん、ごめんって!」

 

 

現れたのは巨大な鷲……否、胴体は馬のような四足歩行で細長い脚には鍵爪がある、グリフォンにも似た鷲と馬の特徴を併せ持つ幻獣だった。

 

その上には二人の人物が居る。一人は騎士のような格好をした、桃色の髪を三つ編みにした少女。整ったその可愛らしい顔立ちはどこか見覚えがあった。

 

そして、もう一人は青を基調とした衣装に身を包んだフードを被った男性。その背には銃身に斧刃が付いた手持ちの大砲のような見たことの無い武器がある。

 

 

「えっと……その、あなた方は?」

 

 

見たところ異色の組み合わせ……彼らは一体何者なのだろうか。ワイバーン達を蹴散らしたとはいえジャンヌは警戒しながら問い掛ける。

 

 

「味方だと思ってくれて構わない。本物のジャンヌ・ダルクよ」

 

「やっほールーラー! 久しぶり!」

 

 

フードの男はチラリとこちらを一瞥してそう言い、桃髪の少女の方は妙に馴れ馴れしい態度でこちらへ近付いてくる。

 

 

「いやーまさかこんな形で再会出来るなんて! 人生何が起きるか分かったものじゃないね! 僕達もう死んでるけど!」

 

「……その、どこかで会いましたか?」

 

 

明らかに己を知っている様子だった。しかし、ジャンヌには少女に見覚えこそあるもいくら思い出そうと思考しても分からなかった。

 

 

「えっ!? 覚えてないの!? 僕だよ僕! アストルフォ! 君の恋のライバルさ!」

 

「は? アストルフォは確か“シャルルマーニュ十二勇士”の……けど男のはずでは……そ、それに恋とは一体何のことで……」

 

「僕こう見えて男の子なんだ! ってそれよりも本当に覚えてないのっ!? 一緒に同じマスターを取り合った仲じゃないか!」

 

「な、何のことですか!?」

 

 

酷いじゃないか! とアストルフォはぷんすかと怒りながらジャンヌの肩を揺する。

 

全く以て訳が分からない。どこからどう見ても少女にしか見えないこの桃髪の…本人曰くシャルルマーニュ十二勇士の一人でイングランドの王子でもあったアストルフォがどう見ても美少女にしか見えないにも関わらず男性であるだの己が恋をして彼とマスターを取り合っただのと理解し切れない情報を一気に持って来られた。

 

 

「……この時代でジャンヌ・ダルクが死んだのは三日前のことだ。ならば並行世界でのお前との記憶が無くて当然ではないか?」

 

「え? あ、そっか! 忘れてた! そりゃごめんねルーラー! 今のルーラーは僕とはまだ初対面という訳だね!」

 

「あ、いやその、私にも説明を……」

 

 

男の言葉でアストルフォは問題を解決する。しかし、ジャンヌは一向に混乱したままだ。

 

 

「おのれ……何者かと思えば……よりにもよって、貴様か……!」

 

 

そして、もはや説明する時間は無い。

 

男が凄まじい形相でこちらを睨んでいた。先程とは比べようにもない。視線だけで人を殺せそうな程の威圧感を放っている。

 

 

「何故邪魔をする! “アルノ・ドリアン”!」

 

「答える必要があるか? 分かり切ったことだろう」

 

 

アルノと呼ばれたフードの男は、男の問いにそう返答し、腰に納めてある拳銃に手を置く。

 

その瞬間。何かを思い出したのか男の顔が大きく歪む。

 

 

「“最高存在”が今や魔女の尖兵とはな。次は俺が頬を撃ち抜いてやろうか? ロベスピエール」

 

「黙れアサシンがぁ!」

 

 

先程の無表情が嘘のように男…世界初のテロリストと名高い革命家、“マクシミリアン・ロベスピエール”は激昂しながら腕を振り下ろす。

 

すると生き残ったワイバーン達がアルノへと向かっていく。

 

 

「死刑! 死刑死刑死刑! 今ここで死に晒せ秩序無き野蛮な獣が!」

 

「ハハハハ……随分と面白い変わり様だな。あれが在り方をねじ曲げられ、その挙げ句に狂化まで付加された者の末路か」

 

 

可笑しそうに笑いながらそう言ってアルノは背中の得物…“ギロチン銃”を即座に構え、一匹のワイバーンへと狙いを定めて引き金を引く。

 

大きな音と共に放たれた弾は曲線を描きながらワイバーンへと当たり、激しい爆発を起こす。それに巻き込まれ、他のワイバーンも撃墜された。

 

 

「さて、逃げるぞアストルフォ」

 

「えー? 勝てそうだよ? あいつなんか見るからに貧弱そうだし」

 

「見た目に惑わされるな。あれはもうまともな英霊ではない。奴はもはや……」

 

 

と、言葉を区切るアルノにアストルフォは首を傾げる。ジッと観察してみるが、彼の視点からするとロベスピエールは戦闘が得意そうではないおっさんサーヴァントだった。

 

 

「それに俺達ははっきり言って弱い。増援を呼ばれたら一瞬で不利になる」

 

「そうかなぁ……まっ そういうのはアルノのが得意だろうし従うとするよ!」

 

 

アルノの言葉に疑問を抱きながらもアストルフォはいえっさーと敬礼し、動けないジャンヌを担ぐ。

 

 

「え? あ、ちょ……」

 

「しがみ付くくらいの力は残ってるよね? 出来るだけ捕まえとくけどそっちもしっかりと掴まっててね」

 

 

間髪入れずアストルフォはそう言って幻獣…“この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)”へと跨がる。

 

 

「逃がすか……!」

 

 

するとロベスピエールはその腕を巨大な異形のものへと変化させ、ヒポグリフを握り潰さんと振り翳す。

 

 

「――また会おう、■■■■■によろしくな」

 

 

しかし、それはヒポグリフの姿が一瞬にして消えたことで空を切ることになる。

 

空間跳躍。本来は魂だけ向かうことが出来る幻想種が暮らす次元。追跡することは不可能だろう。

 

 

「おのれ……アサシンめ。ジャンヌ・ダルクを味方に引き入れてどういうつもりだ」

 

 

ロベスピエールはその鬼のような形相を先程のような無表情へと戻す。また異形の腕も元通りとなる。

 

そして、ワイバーンの死骸が散乱し、死屍累々とした周囲を見渡す。

 

 

「帰りは歩き、か……面倒だな」

 

 

生き残ったワイバーンは居ないと判断し、溜め息を漏らしそうになる。

 

配下のワイバーンの大群を全滅させてしまった言い訳を一応の主である“竜の魔女”にどう説明しようかと考えながらロベスピエールは森を後にする。

 

 

「だが、気は熟した」

 

 

ふと――足を止めて空を見上げる。

 

 

「真の“革命”が、もうじき起こる。王家に死を……市民に自由を……」

 

 

生前とは違う。独裁などさせぬ。誰にも好き勝手などさせぬ。もう二度とあんな殺戮などさせてたまるか。今度こそ成すのだ。

 

 

「人類に楽園を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――カルデア・トレーニングルーム。

 

 

「ハァッ――!」

 

「フッ――」

 

 

カァン!

 

 

「たぁっ!」

 

 

ブンッ

 

 

「っと―――ハッ」

 

 

キィン! キィン! キィン!

 

 

「くっ―――」

 

 

時刻は早朝。金属と金属がぶつかる甲高い音が幾度と無く響き渡る。

 

 

「甘い。受け流しは闇雲に行うのではなく、タイミングを見定めて行うのだ。そして、そのままカウンターを叩き込む。それが俺の基本戦術だ」

 

「は、はい……!」

 

 

側面で殴るように盾を振るうマシュ。重量のあるはずの盾の一撃をエツィオは涼しい顔で難なく往なしていく。それも片手の長剣で。

 

そして、エツィオが剣を振るえばその素早い連撃にマシュは防ぐことしか出来ず、やがて力負けしてしまう。故に攻撃を受け流そうとするも、なかなか見切れず、そこからカウンターへ持っていくのが上手く行かない。

 

 

(いつ見ても凄い……セイバーさんとはまた違った強さです……)

 

 

構えも、剣術も、戦法も、動きも、技も、セイバーオルタとエツィオとでは全くと言って良いほど異なっていた。

 

セイバーオルタが純粋な力と騎士の使う正統派の剣だというのなら、エツィオは巧みな技を駆使し、一撃必殺のカウンターを狙う正に暗殺者が使う変則的な剣だ。その軽やかな動きはまるで流れる川のようだとマシュは思った。

 

特に相手の攻撃を受け流し、そのまま刃に刃を滑らせるようにカウンターを決める一連の流れはもはや様式美である。背後から攻撃を加えても問題無く対処出来るのだから本当に恐ろしい。

 

 

(――今だ!)

 

 

その時、エツィオの振るった剣の起動を読んだマシュは盾でそれを防ぐ……のではなく側面で火花を散らせながら反らす。それは上述したエツィオの滑らせるような受け流しと似ており、そのまま盾はエツィオの首元へ迫り―――。

 

 

「そうだ。その動きだ」

 

 

しかし、エツィオは身体を捻り、それを籠手で受け止めて上へ逸らす。

 

 

「なっ」

 

「遅い。防がれたのならば即座に次の行動へ移せ。さもなくば――」

 

 

そして、気が付いた時にはもうエツィオの剣がマシュの喉元にあった。

 

 

「――こうなる」

 

「っ……流石ですね……」

 

「さて、そろそろ休憩にしようか」

 

 

かれこれ二時間近くはこうやって切り結んでいただろうか。

 

切っ掛けは二日前。マシュは歴戦の英霊と比べて戦闘に関する経験も技術も少ない。それを補う為にトレーニングに励んでいたのだが、それを見たエツィオがアサシンの技術を学ばないかと提案してきたのだ。

 

勿論マシュはこれを快諾し、現在こうして鍛練を積んでいた。

 

 

「はい。いつもご教授ありがとうございます」

 

「なに、礼には及ばん。しかし、マシュ嬢は物覚えが早い」

 

「いえ。エツィオさんの教え方が上手だからですよ。私なんてまだ全然未熟で……」

 

 

まだ鍛練を開始して二日目だが、カウンターは出来ずとも受け流しに関してはだいぶ身に入っていた。

 

短期間だというのにこれ程にまで腕が上達しているのはやはりエツィオの厳しくとも非常に分かりやすい指導法によるものだ。マシュは彼の強さだけでなく、人に教える上手さにも感心していた。

 

当然だろう。彼は生前、大導師として多くの弟子を教育し、一流のマスターアサシンへの育て上げてきたのだから。

 

 

「自信を持て。一を教え十を知る、とは行かんが二を知り、三を知る。生前の弟子にもそのような者はそうは居なかったぞ? この調子ならすぐにカウンターを物にすることが出来るさ」

 

 

一方、エツィオも熱心なマシュを評価していた。きちんと鍛練を積んで行けば早い内にマリオの修練を納めた若い頃の己くらいにはなれるだろう。

 

得物が剣ではなく、盾なため少しばかり指導が難しいが……と、考えたところでふと何かを思い付く。

 

 

「マシュ嬢。これを」

 

「? はい……」

 

 

するとエツィオはどこからともなく何かを取り出し、マシュへ手渡す。

 

 

「短剣、ですか……?」

 

 

それは一本の短剣。装飾の少ないシンプルなデザインだが、かなりの業物だということが分かる。

 

 

「これは偉大なるアサシン、ブルータスが愛用していたものだ。使うといい。やはり盾では殺傷性に欠ける」

 

 

かと言って長剣ではその大盾と組み合わせて戦うには些か重いからな、とエツィオは自分の剣とマシュの盾を交互に見ながら言う。

 

確かにそうだとマシュは納得するが、それよりも彼が最初に言った人名が気になった。

 

 

「ブルータスって……あのカエサルを暗殺したブルータスですか?」

 

「ああ。そのカエサル暗殺の際にも使用されたらしい。エクスカリバーや神話の武器と比べると見劣りするが、切れ味は保証する。俺が持っている短剣の中で最も優れた代物だからな」

 

 

古代ローマの政治家。暗殺の実行犯としては“ブルータス、お前もか”という台詞と共に世界で一二を争う程に有名な人物だろう。

 

父代わりだったガイウス・ユリウス・カエサルを暗殺したことから裏切りの代名詞として扱われることもあるが、かの有名なウィアム・シェイクスピアは他の者は偉大なるカエサルへの憎悪から暗殺に加わったが、ブルータスだけが共和国の為、そして己の善意の為に行動を起こした真の男だと自身の演目の中で称しており、暗殺の際に語ったとされる“専制者は斯くの如し”という言葉は民主主義を象徴する言葉として用いられる程の偉人だ。

 

 

「しかし……何故エツィオさんがそのようなものを?」

 

 

実際にカエサル暗殺の際に使われたのなら歴史的価値は相当なものだろう。骨董品としてもかなりの価値が付くに違いない。それに加え、少なくとも2000年以上の神秘を秘めている。

 

中世の英霊であるエツィオが一体どうやって手に入れたのかとマシュが疑問に思うのは当然のことだった。

 

 

「これはコロッセオの地下にある宝物庫に厳重に保管されていた。鍵を六つも使う程な。そして、ロムルス教徒という連中がその鍵を保有していた」

 

「ロムルス……ローマを建国した人物ですよね?」

 

「そうだ。そのロムルスを神として信奉する教団が、ロムルス教徒だ。ロムルスに狼に育てられたという逸話に肖って狼の毛皮を纏って獣の真似をする野蛮人共だ。単にロムルスを崇めるだけの変人集団ならまあ問題無い……という訳でもないが、その正体はボルジアに雇われ、悪役を演じる紛い物だった」

 

「ボルジア……エツィオさんの時代のローマ教皇ですよね確か。悪役を演じる、とは一体?」

 

「あろうことかロムルス教徒の指導者は崇めるべきロムルスを信仰などしていなかった。ボルジアに金で雇われ、市民に恐怖を与えるように教徒に説法し、ロムルスの御言葉だと信じた彼らは異教徒として街を荒らす。それによって市民は教会へ助けを求め、実際に成果をあげることで教皇の支持は高まる。ついでに邪魔者を始末する際にも利用された……そんな関係だった訳だ」

 

 

憎々しげに語るエツィオの説明にマシュが目を見開く。

 

 

「なっ……確かにロドリゴ・ボルジアことアレクサンデル六世は史上最悪の教皇なんて呼ばれていますが、そんなことまで……」

 

「ああ。あの男は己の欲望の為なら何だってする」

 

 

悪どいなんてレベルじゃない。とんでもないマッチポンプだ。本当にそんな人物が教皇に即位していたというのか。マシュは衝撃を受ける。

 

 

「で、そのロムルス教徒達がローマに点在するアジトに鍵を一つ一つ隠してな。それらを潰した際に鍵を手に入れ、一緒にあった鎧と共に頂戴した訳だ」

 

「成程……しかし、何故コロッセオの地下にブルータスの遺品が?」

 

「鍵と一つになった巻物によると、この短剣と鎧は彼…ブルータスが先祖代々受け継いできた家宝らしい。それを彼の死後、この場所を発見したロムルス教徒共が六つの鍵が無ければ開かぬ鋼鉄の扉の奥に隠し、ブルータスの遺品をロムルスの至宝だと崇め伝えた……あの鎧には狼の意匠や毛皮が使われていたからな。それっぽかったのだろう。実際にロムルスの所持品だったかは定かではないが」

 

 

エツィオは笑う。アサシンの遺品を、テンプル騎士団の手先が崇めるとは何とも皮肉なことだ。

 

 

「本当にロムルスが持っていたなら相当な神秘が秘められた、凄い品ですよね。そんな貴重な物を戴いてしまって本当に良いんでしょうか?」

 

「別に構わない。武器は他にも沢山あるからな……それに女性に対するプレゼントは一番良いものじゃないと駄目だろう?」

 

 

そういうものなのだろうか。はあ…と首を傾げるマシュだが、自分よりも長く生きるエツィオがそう言うのだからそうなのだろうとすぐに理解する。

 

 

「エツィオさんがそう言うなら……ありがとうございます。宝の持ち腐れにならないよう、この短剣を使わせて戴きます」

 

「ああ。早速だが、使ってみるか?」

 

「はい!」

 

 

説明している内にだいぶ休憩出来た。エツィオは再び剣を取り、マシュはもう片方の手に短剣を持つ。

 

 

「おお……相変わらずやっておるのう二人共」

 

 

そして、特訓が再開されようとした時。誰かがトレーニングルームに入室してくる。

 

それは先日カルデアに召喚されたアサシンのサーヴァント、小次郎だった。

 

 

「小次郎さん。おはようございます」

 

「おはようマシュ殿。えつぃお殿。朝早くから修練とは何より何より……私も混ぜてくれぬか?」

 

「……しかし、お前の剣術は人に教えるには無理があるだろう?」

 

 

目を細めながらそう言う小次郎。それにエツィオは怪訝な表情を浮かべで尋ねる。

 

 

「まあ、そうだな。私が教えられるのは頭の中を空っぽにしてひたすら剣を振るえばいずれ燕を斬れるようになる、ということくらいだ。しかし、それでも何かの役に立つかもしれぬ……」

 

 

あっさりと小次郎は認める。確かに彼の剣法は完全な我流なのに加え、彼は師事する者は居れど肝心の剣術は見様見真似であり、ただひたすら我武者羅に剣を振り続けたことで今の境地まで達したのだ。

 

同じ剣士ですらないマシュにまともに剣を教えるなど出来るはずがない。それをよく理解している小次郎だが、尚もエツィオとマシュの特訓に混ざりたがっている。

 

 

「……また戦いなら素直に言えば良いものを」

 

「む、そうか……なら、どうだ? 暇があればまた斬り合ってみぬか?」

 

 

その理由は至極単純。彼の狙いはエツィオと戦うことであった。

 

 

「断る。今はマシュ嬢を鍛えているのだし、お前と戦うのは長引くから個人的に好かん」

 

 

エツィオは長時間の戦闘に対して良い印象を持っていなかった。

 

生前、敵の兵士を相手にする際に無駄に長引かせてしまったせいで精鋭や弓兵等の仲間を呼ばれ、危うく死に掛けるという苦い思い出があったからだ。

 

 

「むぅ……私としては長く斬り合えて嬉しいことであるがな。いやはや。首をはねようとしたら首をはねられ掛けていた、なんてのは初めてのことであったぞ」

 

 

エツィオと小次郎の戦い方は“受け流し”という点で非常に似ている。互いが互いの攻撃を受け流し、なかなか決着が付かない。

 

しかし、それはあくまで相手を殺さないことを前提とした場合のみ。死合いならば秘剣・燕返しを持つ小次郎に軍配が上がるだろう。

 

冬木のアーチャーが使った鶴翼三連と違い、完全に同時に三つの斬撃を放つ技……いくらエツィオでもこればかりはどうしようもない。と言っても使わせる前に殺す、或いは武器を無力化、などと勝ち筋はいくらでもあるが。

 

 

「なに、マシュ殿がどれ程腕を上げたのかも気になる。良ければ私にもあの恐ろしいカウンターを伝授させてはくれぬかな?」

 

「悪いが遠慮させてもらいたい。そもそもその長い刀がカウンターには向いていないのは一目瞭然だろう」

 

「む、確かに……この“物干し竿”であのように刀身を滑らせて首をはねるのは至難よのう。いや、普通の刀だと簡単という訳ではないが」

 

 

チラリと少々残念そうに己の刀を一瞥しながら小次郎は言う。彼としてはエツィオの()()と称するに相応しい動きは実に風情があって目を引いたが故に興味があった。

 

 

「その、私は小次郎さんも一緒に特訓に付き合ってくれるのは構いませんが……」

 

「おお! ほれ、えつぃお殿。マシュ殿もそう言っているではないか」

 

「む、良いのか?」

 

「はい。本物の英霊お二人に鍛えていただける機会なんて滅多にありませんから……ん?」

 

 

――その時、マシュの所持していた通信機から甲高い電子音が鳴り響く。

 

 

「こんな朝早くに通信……」

 

「誰からだ?」

 

「ええっと……あ、所長からです。何でしょうか」

 

 

着信先はオルガマリー。早朝に何の用件なのだろうかと疑問に思いながらマシュは応答する。

 

 

「はい。こちらマシュ・キリエライト」

 

『――もしもし。マシュ? 今日もトレーニングかしら?』

 

「ええまあ……それで、どうかしたのですか?」

 

『今すぐ呑気に寝ているであろう藤丸の奴を叩き起こして中央管制室へ連れて来なさい。他の全サーヴァントも集合するように』

 

「了解しました。先輩だけでなく全サーヴァントということはつまり、いよいよなのですね?」

 

 

期間にして一週間。あまりにも短い安息だと思うだろうか。否、むしろ一刻の猶予も無いにも関わらず長過ぎたくらいだ。

 

マシュは息を呑み、エツィオと小次郎も事態を察して表情を変える。

 

 

『ええ。遂に“特異点”が見つかったわ』

 

 

――オルガマリーのその言葉は、第一の戦線の開幕を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――中央管制室。

 

 

「ん……眠い」

 

 

思わず欠伸が出てしまいそうなのを我慢し、立香は目元を擦りながら立っていた。

 

目の前にはオルガマリーとロマニがおり、周囲にはマシュ、エツィオ、セイバーオルタ、クー・フーリン、小次郎が一同に集まっている。

 

 

「おはよう、立香君。よく眠れたかな?」

 

「うん……けど二連続で変な夢を見ちゃってね。この前は男二人が殺し合う夢だったけど、今回はおっさんが燃える夢だったよ」

 

「えっ!? それもう悪夢じゃないか……これからレイシフトだって言うのになんか不吉だなぁ……」

 

「こほん……それでは早速だけどブリーフィリングを開始します」

 

 

立香の夢の内容にぎょっとした様子で苦笑いを浮かべるロマニ。そんな彼らを尻目にオルガマリーは咳払いして話を進める。

 

 

「まずは……そうね。あなた達に改めてやってもらいたいことを改めて説明するわ」

 

 

そう言ってオルガマリーは指を二本立ててピースサインを作る。

 

 

「一つ目、特異点の調査及び修正。その時代における人類の決定的なターニングポイント。それがなければ我々はここまで至れなかった、人類史における決定的な“事変”ね」

 

 

あの戦争が終わらなかったら。

 

あの帝国が繁栄しなかったら。

 

あの航海が成功しなかったら。

 

あの発明が間違っていたら。

 

あの国が独立出来なかったら。

 

あの信仰が存在しなかったら。

 

あの文明が誕生しなかったら。

 

人理の礎となっている歴史の数々。それらは今、レフ・ライノールらによって改変され、その影響で人類は焼却されてしまっている。

 

故に、その原因を潰さなくてはならない。

 

 

「あなた達はその時代に飛び、それが何なのかを調査・解明してこれを修正しなくてはならない」

 

 

さもなければ人類は破滅よ、と言ってオルガマリーは指を一本下ろす。

 

 

「以上が第一の目的。この作戦の基本原則です……では、作戦の第二目的。それは“聖杯”の調査及び回収よ」

 

「? 聖杯って他にもあるの?」

 

 

立香が疑問を口にする。

 

 

「ええ。あんな代物が複数あるなんて思いたくないんだけど、現実はそうはいかないみたい。特異点の発生には聖杯が関わっているわ。聖杯とは願いを叶える魔導器の一種……あの水晶体も冬木にあった大聖杯とやらも総て本来の“杯”の模造品だけれど、膨大な魔力を有するわ」

 

 

つらつらと語るオルガマリーの説明にロマニがぴくりと反応する。

 

 

「所長……その本来の“杯”というのは?」

 

「え? ああ、いえその、そのままの意味よ。本物の聖杯の贋作って意味。関係無い話だったわ……続けるわよ。レフの奴は何らかの形で聖杯を手に入れ、悪用したに違いない」

 

 

ロマニの疑問に誤魔化すようにオルガマリーは話を戻す。その挙動不審な態度にロマニは訝しむも確かに今は関係の無い話だと思い、黙る。

 

 

「時間旅行に歴史改変。そんな魔法に等しい行為をやってのけるには、よっぽど規格外な存在でもない限り聖杯でも使わないとまず無理だわ」

 

「そうなの?」

 

 

真剣な表情で話すオルガマリーに対し、立香は実際に10年以上も前を訪れているためいまいちピンと来なかった。

 

しかし、レイシフトだって特異点といった強い反応がある座標に限定されるのだ。タイムマシンのように自由自在に好きな時代、好きな場所を行き来出来る訳ではない。

 

 

「だから考えられる可能性は聖杯かそれに匹敵する膨大な魔力を有する道具を使用したか、自力でそんなことができる術を持つかどうかの二択。レフは前者であってほしいのだけれど……」

 

 

そんなオルガマリーの望みは恐らく叶わないだろう。少なくともあのレフ・ライノールという魔術師として活動していた存在は人間ですらない何かだったのだから。

 

それに彼女は理解している。レフを裏で操っている黒幕が居るということを。

 

 

「歴史を正しい形に戻したところでその時代に聖杯が残っているのでは元の木阿多弥……なのであなた達は聖杯を手に入れる、或いは破壊しなければならない。以上二点が今回の作戦目的よ。ここまではいい?」

 

「うん。特異点の修正と聖杯の回収ですよね。よく分かりました」

 

「よろしい。さて、説明はこれで終わりよ。早速で悪いけどレイシフトする準備は出来てるかしら?」

 

「勿論。すぐ行けますよ」

 

 

そう言う立香に笑みを浮かべ、オルガマリーはチラリと隣に立つロマニへ視線を向ける。

 

 

「ロマニ。準備に取り掛かりなさい」

 

「あ、はい。今回は所長用と立香君用のコフィンも用意してあります。レイシフトは安全かつ迅速に出来るはずです」

 

「あれ? マリー所長も行くの?」

 

「ええ。私も同行するわよ。後マリー言うな……と言ってもどうせ聞かないんでしょ」

 

 

もう諦めたわ、と溜め息を溢すオルガマリー。一方、そんな二人の会話を聞いていたマシュが驚いた様子で口を開く。

 

 

「その、所長はマスター適正、及びレイシフト適正が無かったのでは?」

 

 

それは当然の疑問だった。

 

 

「なら前回、“特異点F”に来れてなかったでしょう? 土壇場でレイシフト適正を身に付けたみたいね……マスター適正、もね」

 

「……本当なのですか?」

 

「うん。疑わしいのは分かるけど事実だマシュ。検査してみたところ所長には平均的な数値だけどレイシフト適正とマスター適正が確認出来た。恐らく“特異点F”での一件で何らかの作用が起きたことによるものだろうが、理由は依然として不明だ」

 

「理屈は分からないけれどまあ害意にはなってないんだし、気にすることでもないでしょう。私も藤丸達と同行し、支援及び現場の指揮を執るわ」

 

 

フフンと胸を張るオルガマリーに対し、今まで完全に無かったはずの資質が突然発現するなんてことが有り得るのだろうかとマシュは訝しんだ。

 

 

「で、今から行くその特異点ってのはいつのどこなの?」

 

 

ふと立香が質問する。

 

 

「ああ。特異点は七つ観測されたが、今回はその中で最も揺らぎの小さな時代を選んだ」

 

「時代も比較的近いわ。けど特異点は特異点。決して楽観視してはいけないわよ」

 

 

これにロマニが答え、それに対してオルガマリーが念を押す。特異点というだけで想像を絶する危険地帯なのは間違い無いのだ。修復する難易度が一番低いからって僅かな油断が命取りになりかねない。

 

 

「行ってもらう場所は“フランス”だ。年は西暦1431年……中世ど真ん中だね」

 

「フランス? エッフェル塔とか凱旋門とかあるあのフランス?」

 

「そう、そのフランスだ」

 

「ふむ、西洋の異国はよく知らぬ」

 

「へぇ……確か元々はガリアがあった場所だよな。面白そうだ」

 

「……ランスロットの故郷か」

 

「ほう……俺が生まれる28年前だな。父上もまだ生まれていない。祖父の代か」

 

 

ロマニが告げた今回の特異点の年代と地名に各々違う反応を見せる。

 

小次郎とクー・フーリンは見知らぬ地に対する未知への期待。セイバーオルタは祖国の破滅のきっかけとなった裏切りの騎士を思い出し、エツィオは時代が意外と近いことに少し驚く。

 

一方、立香は一部の名所や食べ物なら知っているメジャーな国名が出てきたことにどういう訳か首を傾げていた。

 

 

「フランス……って人類にとってターニングポイントなの?」

 

 

率直な疑問。アメリカやイギリスならば分かるが、フランスが人類の歴史において重要なものかと言われればいまいちピンと来なかった。

 

 

「その、先輩……かの初代フランス皇帝ナポレオン1世が制定した史上初の近代的法典、通称“ナポレオン法典”は、ヨーロッパを初め世界の法典の規範となったらしいです。これは現在も様々な改正が加えられましたが、フランスの民法典として使用されています。そう考えれば近代社会の基礎と言えますからターニングポイントという意味では、充分ではないでしょうか? しかもこれはあくまで一例に過ぎず、他にも多くの現代の民主主義の基本となる出来事が起きています」

 

「はぇー、結構凄いんだな」

 

 

そんな立香にマシュが説明する。その内容に立香は己がまだまだ無知だったと納得し、フランスという国の重要性を改める。

 

 

「1431年……と言うと“百年戦争”が起きていた頃でしたよね? それも、ジャンヌ・ダルクが処刑された年では?」

 

「ああ、そうだ。マシュは博識だね……」

 

「百年戦争……って何だっけ? 授業で習った覚えがあるけど」

 

「その名の通り百年続いた、フランスとイングランドの間で起きた戦争です」

 

「イングランド?」

 

「イギリスのことです」

 

「あーそう……ってか百年も戦争してたの? 世代跨いでるじゃん」

 

「いえ、何度か休戦しましたよ? 今回レイシフトする年も休戦している最中のはずです。戦争が起きた元々の原因は王位継承問題でしたが、やがて複雑化してしまい領土問題にまで発展しました」

 

「後年はそれも大義名分にしかなっていないがな……俺が生まれる数年前には終戦していたが、無駄に長引いた戦争の結果は両者がただ疲弊しただけだった」

 

「……なんか戦死した人達が浮かばれないね」

 

 

マシュの説明に対するエツィオの補足に立香は物悲しげな表情をする。

 

 

「それじゃあジャンヌ・ダルクっていうのは……えっと、確かなんか凄いことをした女性だよね?」

 

「……先輩って、歴史に疎かったんですね」

 

「あーごめん。テストの点は悪くなかったんだけど、そこまで熱心じゃなかったからさ。名前くらいなら聞いたことあるんだけれど」

 

 

世界的にも有名な偉人に対する大雑把な表現にマシュは少しばかり呆れた様子だった。これに立香は恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「ジャンヌ・ダルクはフランスにおいて“救国の聖女”として知られています。彼女は単なる村娘だったそうですが、ある日神様からのお告げを受けてフランスのために救国の旗を掲げ、立ち上がり、幾度もの戦いで勝利を上げました。それによって当時劣勢だったフランス軍は勢いを取り戻し、遂にはイギリス軍をフランスから追い出し講和にまで漕ぎ着けました」

 

「おお。凄いじゃん。村娘って俺みたいな一般人だったってことでしょ?」

 

 

戦いを知らぬ素人の少女が軍隊へと加わり、戦地を駆け抜け、実際に多大な戦果を上げた。その驚くべき事実に立香は感心する。戦う女性の表現として度々使われるのも納得だ。

 

 

「はい。……しかし、彼女はイギリスに囚われてしまいます。そして、異端審問に掛けられ、魔女という烙印を押され、最後には19歳という若さで火炙りの刑に処せられたそうです」

 

「えっ燃やされちゃったの?」

 

 

しかし、マシュが続けて話したあまりにも惨い結末に驚く。その死に方もそうだが、火炙りというのは昨日見た夢と類似していた。

 

 

「しかも19歳って……よりにもよって何で火炙りに? それに異端審問で魔女の烙印って……いくら何でも酷くない?」

 

「それは……先輩。私はジャンヌ・ダルクが戦った理由を何と言いましたか?」

 

「えっ確か神様からのお告げを受けて……あっ」

 

 

疑問に思う立香だったが、先程のマシュの説明を思い出して理解する。

 

 

「ジャンヌ・ダルクが本当に神のお告げを聞いたのなら、イギリスからすれば自分達は神に逆らう悪党になっちゃうな。だからそうならない為に嘘吐き魔女として火炙りにしたってこと?」

 

 

そもそもだ。本当に神のお告げを聞いたのだろうか。本当に聞いたとして何故神はフランスという一国家に肩入れしたのだろうか。相手はイギリス――同じキリスト教を信仰する国のはずなのに。フランスを贔屓したとするなら何故自身の言葉に従って戦ったジャンヌ・ダルクが処刑されるのに対し何もせず見捨てたのだろうか。彼女の聞いた声の主はそんな酷い奴だったのだろうか。新たな疑問が次々と生まれる。

 

 

「そういうことです。後に復権裁判が行われたことで現在は教会において聖人認定されているみたいです」

 

「ふうん……そっか」

 

 

――可哀想。

 

ジャンヌ・ダルクという英雄の生涯を知り、最初に立香が抱いた率直な感想はそんな安っぽいものだった。

 

 

「ロマン。俺達が行く時代だとジャンヌ・ダルクはまだ……」

 

「いや、もう処刑されているはずだよ。まあ、あくまで時期からの推測で実際に行ってみないと分からないけれど」

 

「そう、なんだ……」

 

「先輩?」

 

 

残念そうに俯く立香にマシュが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「……いや、少し会ってみたくなってね」

 

「それは……ジャンヌ・ダルクに、ですか?」

 

「ああ。そうだ」

 

 

純粋に気になった。神のお告げを聞いたという真偽はともかく祖国を救う為に懸命に戦い、無念にも処刑された数少ない女性の英雄が。

 

彼女は死ぬ時。どう思ったのだろうか。炎に包まれ、身を焼かれる中でどう感じたのだろうか。信じていた神に見捨てられ、魔女と罵られながら死んだ彼女は一体どういう心境だったのだろうか。

 

悲嘆したのか。後悔したのか。憤慨したのか。それともそんな悲惨な死も覚悟の上だったのか。

 

或いは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――憎悪したのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ふぅ、無事レイシフトに成功したみたいだね」

 

 

外部からの物理的・魔術的な干渉も無く、立香、マシュ、オルガマリー三名のレイシフトが完了したことを確認し、ロマニはホッと胸を撫で下ろす。

 

もう数分後には連絡が来るだろう。実のところレイシフトの成功率は100%ではない。万が一失敗して意味消失する可能性だって少なからずあった。特にレイシフト適性を身に付けたばかりのオルガマリーはその危険性からレイシフトさせるのは乗り気ではなかったが、杞憂に終わって本当に良かったと安堵する。

 

 

「成功したみたいね。ロマニ」

 

「ああ、レベッカ。ナビゲートは基本的に僕がやって行くけど、二人もサポートよろしくね」

 

 

声をかけられ、ロマニが視線を向けた先には二人の男女が居た。男の方は以前立香を召喚ルームまで案内した職員、ショーンだ。

 

 

「任せてよ。まあ、基本的に私はコフィンの点検をやってナビゲートはショーンに任せっきりになるかもだけど」

 

 

レベッカと呼ばれた女性はそう言いながらコフィンが映った液晶画面を見ながらキーボードを打っていく。

 

 

「ハハハ……ショーンのナビゲートは悪くないんだけど皮肉や嫌味が多くてね……立香君らには合わないんじゃないだろうか」

 

「おいおい。Dr.アーキマンの気の抜けた声の方が悪影響なんじゃありませんかね? 緊張感が緩みますよ」

 

「何をう。声は仕方無いじゃないか。ハァ……マリーが居ないからって随分と素を出すね」

 

 

ショーンの他人行儀ながらもきつい物言いに苦笑いを浮かべるロマニ。オルガマリーが居る時はもうちょっと大人しいのだが……いや、それでもよく口論していた気がする。

 

 

「もうショーンったら! ごめんなさいねロマニ。彼悪気は無いのよきっと……たぶん」

 

「別に構わないよ。この一ヶ月でショーンの性格はだいぶ分かってきた。こんなことになっても相変わらずなのはむしろ有り難い」

 

 

人理焼却。そんな無情な現実に対し、生き残った僅かな職員の多くが心を折られ、絶望の中で生きている。しかし、それでも尚この二人を含めた一部は以前と変わらない様子で働いていた。

 

彼らが頑張っているのだから自分も頑張らなければならない。その姿はロマニをそう奮起させてくれている。

 

 

(これなら……何とかやっていけそうだな)

 

 

一寸先は闇。しかし、ロマニはこの果て無き戦いに一筋の希望を見出だす。

 

 

「…………」

 

 

一方、そんな彼を見据えながらレベッカは無言でキーボードに触れ、気付かれぬようにメールを送信する。

 

宛先は、“W”。その内容は―――。




H男「これをあげよう」

マシュ「これは……?」

H男「アゾット剣だ。パラなんとかって魔術師から貰った」

マシュ「何故でしょうか……後ろから刺したくなります」

H男「!?」

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