Fate/Assassin's Creed ―Ezio Grand Order―   作:朝、死んだ

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「__魔力切れ、か」

 

 

立ち昇る黒き光の柱は、辺り一帯を焦土と化す。

 

その爆心地にて、セイバーオルタは息絶え絶えといった様子で聖剣を杖代わりにして今にも倒れそうな身体を支えていた。

 

かなり無茶をした。彼女はカルデアの不完全な召喚システムにより、弱体化した霊基で召喚されている。故に、マスターである立香とこうも離れた状態で“約束された勝利の剣”のような多大な魔力を消費する宝具を使用すればガス欠になるのは当然の結果であった。

 

しかし、それでもしなければあの狂戦士。ランスロットにはどう足掻いても勝てなかっただろう。

 

 

「腹が減ったな……アーチャーの店は消し飛んでいないと良いが……」

 

 

先程食事したばかりだというのにもう見舞われる空腹感に、セイバーオルタは己の燃費の悪さを再認識し、顔をしかめる。

 

 

「セイバー! 無事か!」

 

「む……」

 

 

その時、自身を呼ぶ声が聴こえてくる。

 

エツィオだ。どうやら向こうの戦闘も終わったらしい。

 

 

「アサシン……私はこの通りピンピンしているぞ。そっちこそ、あの死徒もどきは倒せたか?」

 

「ああ。勿論だ。しかし、あの湖の騎士を単独で倒してしまうとは……」

 

「ふん……造作もない」

 

 

実際にはギリギリの戦いだったが。地面に突き立てた剣を抜けず、今にも倒れそうな状態のセイバーオルタ。当然、鷹の眼を持つエツィオは……否、鷹の眼を持たずしても疲労困憊であることが分かる。

 

 

「__そうか。では、行こう」

 

「なっ……やめろ。自分で歩ける」

 

「無理をするな。さあ、オルガマリーらが待っている」

 

「……ちっ」

 

 

彼女に肩を貸し、エツィオは歩き出す。当然彼女は抵抗するが、魔力切れの彼女が引き離せることもなく、やがて諦めたのか舌打ちしてそっぽを向く。

 

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️……」

 

 

彼らがこの場を後にしてすぐ。

 

小刻みに震える瓦礫の下から掠れた唸り声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シテ島 ル・カフェ・テアトル。

 

 

「__あなたが、ナポレオン?」

 

 

椅子に腰掛け、温かい珈琲を啜る軍服の男に、オルガマリーは警戒心を露にしながら問いかける。

 

 

「ああ。余が……いや、俺こそがナポレオン・ボナパルトだ。よろしく頼むよ、マドモアゼル……旨いな、以前飲んだものとは段違いだ」

 

「それはどうも」

 

 

どうやらアーチャーは料理だけでなく、珈琲の煎れ方も長けているようだ。

 

珈琲の深みのある味わいに舌鼓するナポレオン。その優雅な態度とは対照的に、店内に居るエツィオ、アーチャー、そして霊体化して休んでいるセイバーオルタらはオルガマリーほどあからさまではないが、彼に警戒心を向けていた。

 

 

「そう警戒するのも無理もないが、俺は別に君達と敵対するつもりないし、危害を加えるつもりもない」

 

 

先程の傲岸な態度とは違い、紳士的な口調でナポレオンは言う。しかし、特異点の元凶かもしれず、そうでなくともただの野良サーヴァントとは言い難い戦力を持つ彼を、警戒するなと言う方が無理がある。

 

そんな彼らに構わずナポレオンは、興味深そうにオルガマリーを見据えていた。

 

 

「君が、カルデアの所長か。存外若くて驚いた……マスターではないようだが」

 

「ええ。現在別行動中よ。マスターじゃなくて、残念だったかしら?」

 

「まさか。むしろ幸運……いや、何でもない」

 

「? とりあえず幾つか質問に答えてくれるかしら?」

 

「ああ。答えられる限りでなら、構わない」

 

 

そう言ってナポレオンは笑みを浮かべる。幸運とは一体どういうことかとオルガマリーは疑問を抱くが、それよりもまずは確認しておくべきことがあった。

 

 

「__さて、何から話そうか」

 

「……それじゃ、まずこのパリがこんな有り様になっている理由を教えてちょうだい」

 

 

第一の疑問。近代のパリへ変質、或いは都市そのものを召喚しているのかは分からないが、そんな芸当はそう易々と出来るものではない。それこそ聖杯でもない限りは。

 

 

「当然の疑問だな。だが、こればっかりは俺にも分からん」

 

 

少し間を置いて、ナポレオンはそう言って首を横に振る。

 

 

「この異変は俺が召喚された直後に起きた。時空が歪んでいる……とも言うべきか。大まかには俺の時代のパリと似ているが、所々未来のパリも混ざっている。あのエッフェル塔や自由の女神像がその代表だ」

 

『へぇ……時空が歪んでいる、ね。そのパリの変質は、いきなり発生したのかい?』

 

 

レオナルドが興味深そうに問う。

 

 

「いいや。徐々に上書きされるように、変質していった。そして、それは今も尚続いており、このパリは拡大していっている。この調子だと、半年も経たぬ内にフランス全土を呑み込むだろう」

 

「……呑み込まれた場合どうなる?」

 

「さあな。そちらのオペレーターの見解はどうだ? 世紀の大天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ殿」

 

『ふむ……こればっかりは分からないね。こんな事例は今までに例がない。ただこうも異常なパリがこの特異点を取り込むだなんてことが、我々にとって良い結果をもたらすとは到底思えないね』

 

「__その通り。人理の修復と救済を目的とする君らカルデアにとっては、この街は看過すべきものではない」

 

「そうか、確かにそうだな」

 

 

明らかに異常であり、不確定要素で塗り固められたイレギュラーな存在。オルガマリーやレオナルドにとってこのパリは、いつ起爆するかも分からない爆弾のようなものだった。

 

故に、彼らはナポレオンに対してある疑問を抱き、先程まで黙って話を聞いていたエツィオがそれを代弁するように問う。

 

 

「__ナポレオン・ボナパルト。お前はこのパリ、延いてはフランスを統治しているそうだな? 皇帝を名乗り、多くのサーヴァントを率いて」

 

「……ああ。王が殺された今、竜の魔女による滅びを避けるには()が皇帝として君臨するしかあるまい。遥か過去とはいえ俺の国が勝手に滅ぼされるなど許すものか」

 

 

ナポレオンは相変わらず薄ら笑いを浮かべていたが、その顔はどことなく真剣に感じられた。恐らく本心なのだろう。

 

__しかし、この男は何かを隠し、嘘を吐いている。明確な根拠は無いが、エツィオは確信していた。

 

 

『成程。では、魔力はどうしているんだい? 野良サーヴァントである君に、使役しているサーヴァントの分も賄える程の魔力があるとは考えられない』

 

 

その問いかけに便乗するように、レオナルドもまた先程からずっと気になっていたことを尋ねる。

 

聖杯の持ち主である竜の魔女はともかくとして、一サーヴァントに過ぎず、神秘とも魔術も縁の遠い近代の英霊であるはずのナポレオンが、それ程までの魔力を保有している訳がない。

 

 

「……さて、ね」

 

『……分からない。実に分からないね。君は、本当にフランスを守る為に戦っているのかい?』

 

「ああ。当然だろう」

 

「__では、質問を変えよう。この特異点の修正、即ち人理修復の為に戦っているか? お前は」

 

 

そう質問した瞬間。ナポレオンから笑みが消える。

 

 

「……随分と勘が良いな、アサシン。もう少し利用出来るかと思ったが、見通しが甘かったか」

 

「どういうことかしら?」

 

「すまないねマドモアゼル。俺の目的と、君達の目的は決定的に違う。人類の救済という点のみは一致しているが」

 

 

やれやれと肩を竦めるナポレオン。もう少し惚けるかとエツィオは思っていたためこの反応は意外だった。

 

彼は珈琲をテーブルに置き、席から立つ。

 

 

「教えてあげよう、俺の夢を__」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あべしっ!?」

 

 

立香は困惑していた。

 

理由は至極簡単。ワイバーンの群れを撃破後、いきなり現れた騎士らしき格好をしたピンク色の髪の少女?に声を歓声を送られたかと思えば、猛ダッシュでこちらへ向かってきた青いフードを被った男が少女を殴り飛ばしたからだ。

 

それはもう、綺麗な右ストレートだった。

 

 

「いったぁーい! 何するんだよいきなり!?」

 

 

まるでボクシング漫画のワンシーンのように頬に拳をめり込ませながらズササーと地面へダイブする少女(仮)は、涙目になりながらフードの男に抗議する。

 

 

「それはこちらの台詞だ! 理性蒸発したついでに脳味噌まで蒸発したのかこの女野郎!」

 

「なっ! 酷い! いくら何でも怒るよ!」

 

「黙れ! 迂闊な行動はするなと散々言っただろう!」

 

「そんな心配し過ぎなんだよアルノは! ワイバーン倒してたし、どう見たって良い人達じゃないか! っていうか彼らがカルデアなんだろ! なら味方に決まってるじゃん!」

 

「カルデアだからと信用するに足るかどうかは別問題だろう! 人間の外面などいくらでも誤魔化せる! 一見聖人君子に見えてその内面に邪悪なドス黒いものを隠し持っていた奴を俺は腐るほど見てきた! お前ももっと人を疑え!」

 

「何をう! まず信じ抜くのが僕のモットー! 人を真っ先に疑って掛かるよりも信じて信じ抜くことが大切なんだよ!」

 

「そんな綺麗事が通じるか! いつか痛い目を見るぞ!」

 

「綺麗事だから良いんじゃないか! まったくアルノは頭が硬いんだから! この石頭!」

 

「お前……!」

 

「この……!」

 

(……何をしているんだろうか、この人達)

 

 

言い合いから掴み合いの喧嘩へと発展する謎の二人組。それを見て立香は困惑を隠せない。マシュに至っては状況が理解出来ずポカンとしている。

 

 

『おーい? 何が起きてるんだい?』

 

「あー、何か突然現れたサーヴァントニ騎が喧嘩してる。見たところ片方はアサシンみたいだ」

 

「……あっ、本当です。エツィオさんと似た格好をしてます」

 

 

ロマニの問いにクー・フーリンが説明する。その際に述べたフードの男に対する予想にマシュも納得する。

 

 

「なんか声が小次郎と似てない? あの男の人」

 

「む、そうか?」

 

『確かに……って、とりあえず止めないと……』

 

「__お二人とも。喧嘩しないでください」

 

 

その時、誰かが二人を仲裁する。呆れた様子で溜め息を吐きながら。それは西洋の甲冑を纏い、白い旗を持った金髪の少女だった。

 

彼女の言葉に、二人は納得していない様子だが、一先ずその手を止めて咳払いする。

 

 

「お見苦しい所を見せて申し訳ありません。私は“ジャンヌ・ダルク”。このフランスを守る為に共に戦ってくれませんか?」

 

 

そして、少女は名を名乗り、単刀直入に訊ねる。

 

その名を聞いてカルデア一同は驚き、立香は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ジャンヌ・ダルクって、フランスを滅ぼそうとしているんじゃないの? そう聞いたけど」

 

「っ……それは……」

 

「__ジャンヌ・ダルクが、もう一人居るということだ」

 

 

言い淀むジャンヌをするとフードの男が代わりに話し始める。

 

 

「もう一人って、どういうこと?」

 

「そのままの意味だ。お前達と敵対する“竜の魔女”と呼ばれる、フランスへの復讐を掲げるジャンヌ・ダルクはそのジャンヌ・ダルクとは別に存在している。そいつこそがこの特異点の元凶、聖杯の持ち主だ」

 

『なっ……同一人物が二人同じ場所で召喚されるなんてことが……』

 

「ある。例えばそう、槍兵のクー・フーリンと魔術師のクー・フーリンが同時に現界するようなものだ。人理が滅茶苦茶になっている今、有り得ぬ話ではあるまい」

 

 

ジャンヌ・ダルクが二人居る。まさかそんなことがと驚くロマニに対し、フードの男は霊体化しているクー・フーリンの方を見ながらそう言う。

 

 

「テメェ……何で俺の真名を知ってやがる?」

 

「さあ、何故だろうな?」

 

「……ふざけてんのか?」

 

「冗談だ。込み入った事情があってな、話すと長くなる。今はどうでもいいことだ」

 

「あん? そりゃどういう__」

 

「キャスター、落ち着いて。この人の言う通り、今は特異点の解決が優先でしょ?」

 

 

何故か己の真名を言い当てたフードの男に、警戒心を露にして噛み付くクー・フーリンを立香が竦める。

 

それを見て、フードの男は僅かに笑みを浮かべた。

 

 

「ふむ……魔術師でもない一般人だと聞いていたが、成程。只人ではないようだ」

 

「え?」

 

「はいはーい! 君がカルデアのマスターだね! 名前は!? 名前は何て言うの!?」

 

「わっ ふ、藤丸立香だけど……」

 

「リツカか! 良い名前だね! 僕はアストルフォ! シャルルマーニュ十二勇士の一人さ!」

 

『「アストルフォ!?」』

 

 

フードの男と話しているといきなり少女(疑惑)が食い気味で名前を問いかけ、答えると元気に自己紹介する。何故こうもやたらとテンションが高いのだろうか。

 

するとロマニとマシュがその名に驚く。

 

 

「まさか、アルトルフォも女性だったのですか?」

 

『た、確かに女装してたって逸話はあったけどまさか本当に女だったパターン……!?』

 

「いいや。僕はオトコノコだけど?」

 

『えぇ!? そのナリでかい!? 男の子というよりも男の娘じゃないか! すっげー本物初めて見た! 日本人大喜び!』

 

「ぎゃーぎゃー騒ぐな、キモいぞ軟弱男」

 

『酷いっ!?』

 

「……女子のような男が居ると何故日本人が喜ぶのだ? 少なくとも俺は特に嬉しくないが」

 

 

アストルフォが実は見た目少女な男だったことに驚きながら何故かテンションを上げるロマニと、それに対して引き気味で罵るクー・フーリン。そして、傍らで聞いていた小次郎は日本人が喜ぶという発言に疑問符を浮かべる。

 

 

「あのね小次郎。現代の日本だと美少女に見える男をおとこのむすめと書いて、“男の娘”って呼ぶジャンルになってて一部で愛されているんだよ」

 

「む、そうなのか? 衆道とは違うのか?」

 

「しゅうどう? ってなにそれ?」

 

 

説明する立香。それに対して小次郎は同姓と肉体関係を持つ衆道と似たようなものだと判断するが、そのような古い単語を知らない立香が今度は疑問符を浮かべてしまう。

 

 

「__先輩、小次郎さん。これ以上はその、話が脱線してしまうので……お、男の娘……談義はそれくらいにしてください」

 

「そうだ。今はくだらん話をしてる場合ではない」

 

 

本筋と関係の無い話をする二人をマシュが止める。それに同感だとフードの男も頷く。

 

 

『__ところで、君は何者なんだい? アサシン、なのは分かるのだけど』

 

「俺がアサシンだと知っているのなら、真名など無意味なのも分かっているだろう? まあ、一応名乗っておこう……アルノ・ドリアンだ」

 

 

フードの男…アルノはそう言って指を三本立てる。

 

 

「さて、話を戻そう。現在、この特異点には主に三つの勢力が争っている」

 

「三つ?」

 

「ああ。一つは、フランスを滅亡せんとする“魔女が率いる竜の軍勢”…もう一つは、フランスを支配せんとする“ナポレオン軍”……」

 

 

そして、とアルノは指を己へ向ける。

 

 

「俺達みたいなどちらの陣営にも属さず、この時代の民の為に戦う者達だ」

 

『成程……けど、ナポレオン軍とはね。さっきの兵士達も言っていた。君が言うにはもう一人のジャンヌ・ダルクがこの特異点の元凶らしいけど、かのフランス皇帝は一体どういう立ち位置なんだい?』

 

 

ロマニが疑問を問う。聖杯の持ち主である竜の魔女を名乗るジャンヌ・ダルクは大量のワイバーンを召喚してフランスを滅ぼそうと殺戮の限りを尽くしている。

 

では、ナポレオン軍は? 竜の魔女とは敵対しているようだが、何が目的なのだろうか。アルノの言い方から察するにどうも単純に人理の味方をしている訳ではなさそうだが……。

 

 

「そうだな……奴は人理焼却を望んでいない。だが、人理修復を望んでいる訳でもない」

 

『え、どういうことだい?』

 

「__まあ、詳しい話は場所を変えてからにしよう」

 

 

そう言ってアルノは、周囲を見回すと怯えた様子で兵士達が槍を構え、彼らを警戒していた。

 

当然だろう。ジャンヌ・ダルク、自分らを恐怖のどん底に陥れている存在の名を、名乗ったのだから。そして、その姿はあの魔女と瓜二つである。

 

 

「……ちゃんと説明すれば?」

 

「今は一刻を争う。いちいち弁明する暇はない」

 

「……ええ。お願いします。カルデアの皆さん」

 

「……うん。分かった」

 

 

先程と同じように自分は竜の魔女ではないと話せば、多少の時間は掛かるだろうが、分かってもらえると考える立香。

 

しかし、アルノは時間が無いとそれを断り、ジャンヌは悲しそうに顔をしかめながら、同意する。

 

そんな表情に立香も渋々頷く。

 

 

「__では、行くぞ」

 

 

そう言うアルノに追従するように、立香達はこの場を後にする。

 

警戒心からか、恐怖心からか、立ち去る彼らを呼び止めようとするものは誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルレアン。

 

中世においてパリと並ぶフランスで最も豊かな都市であり、ジャンヌ・ダルクがイングランド軍から解放した街……そこは今や荒れ果て、中部には禍々しい歪な城が建っていた。

 

 

「__さて、全員揃いましたか?」

 

 

その城内、最上階に位置する玉座の間に少女が戦旗を片手に立っていた。

 

黒い鎧、色素の抜けた白髪、短髪……要所要所の違いはあれど、その顔はあのジャンヌと瓜二つであり、彼女は冷徹な表情で目の前で跪く配下達を見下ろす。

 

そう、彼女こそが、このフランスを滅亡の危機に陥れている“竜の魔女”だった。

 

 

「__バーサーク・セイバー」

 

 

青いブリリアンハットを被った金髪の剣士が居た。

 

 

「__バーサーク・ランサー」

 

 

先程エツィオらと戦闘した、長い白髪の槍兵が居た。

 

 

「__バーサーク・アーチャー」

 

 

獣の耳を持つ、緑掛かった金髪の女の弓兵が居た。

 

 

「__バーサーク・ライダー」

 

 

十字架のような槍を持つ、聖女のような騎兵が居た。

 

 

「__バーサーク・アサシン」

 

 

目元を隠す仮面を付け、ボンテージ衣装を纏った白髪の女の暗殺者が居た。

 

 

「__バーサーク・キャスター」

 

 

奇抜なローブを身に纏う、大柄なギョロ目の魔術師が居た。

 

 

「あら、他二人のバーサーク・アサシン共は別の仕事に就いてるけれど……バーサーカーはどこへ行ったのかしら? ねぇ、バーサーク・ランサー」

 

「……………」

 

 

見下すような視線で、竜の魔女は槍兵……バーサーク・ランサーを見据える。険しい顔をする彼の傍らでバーサーク・アサシンはクスリと笑う。

 

 

「マスターである貴様なら分かるだろう? 消滅した。パリでの戦闘で恐らく、な」

 

「ええ。彼とのリンクは切れました。何事かと思えば、貴方が満身創痍で帰ってくるからもう吃驚しました。……よく顔を出せたわね、この役立たず」

 

 

そう罵倒する竜の魔女。彼女は冷静そうに見えて、その実かなり憤慨していた。

 

当然だろう。戦力の中でもあの“邪竜”を除けばトップクラスに位置するバーサーカー、ランスロットを失ったのだから。

 

 

「ワイバーンを大量に貸し与え、最強の騎士まで同行させ、その結果がこれですか? 敢えなくナポレオンに敵わず、挙げ句にランスロットを失って敗走ですか? オスマン帝国を幾度も撃退した護国の鬼将が聞いて呆れる。ドラキュラと成り果て、狂った今の貴方のそのお粗末な脳味噌では、あのチビをぶち殺してこいっていう至極簡単な命令一つも出来ないということなのですね……全く以って期待外れです」

 

 

滑るようにすらすらと出てくる罵詈雑言の数々。それをバーサーク・ランサーはただ黙って聞いていた。その態度が気に食わなかったのか、竜の魔女の機嫌は更に悪くなる。

 

 

「ふん……何か言い訳でもしたらどうですか? 串刺し公・ヴラド三世」

 

「……そんなつもりはない。確かに兵力も不足で方針も杜撰で成功の薄い作戦ではあったが、戦の才が無い主の無茶な命令にも従い、成し遂げるのが一流のサーヴァントというもの。余はそれが出来ず、無様に敗北を晒した。すまない」

 

 

黙っていたかと思えば、つらつら饒舌に話し始めるバーサーク・ランサー……ヴラド三世。それは明らかに竜の魔女を非難するような物言いだった。

 

グツグツと煮え滾る湯のように竜の魔女の怒りが、更に増幅する。

 

 

「それと、我らを退けたのはナポレオンでも、その配下のサーヴァントでもない」

 

「……何ですって?」

 

「__アサシンだ」

 

「「「!?」」」

 

 

ヴラド三世の発した単語に、一部の者達が目を見開く。

 

 

「へぇ……串刺し公。そのアサシンというのはまさか、クラス名ではなく、あの教団の方のアサシンかしら?」

 

「ああ。影に潜む、忌々しい魔物だ」

 

 

バーサーク・アサシンが問いかけ、それが正解だと理解すると忌々しげに唇を噛む。どうやら彼女もヴラド三世と同じようにアサシンと因縁があるようだ。

 

他、バーサーク・セイバーやバーサーク・キャスターも同じようで険しい顔をする。

 

 

「アサシン……? それに教団って何よそれ?」

 

「む、知らないのか? 貴様は確か__」

 

「古くから存在する、殺戮教団でございます。ジャンヌ」

 

 

怪訝な表情をする竜の魔女に対してバーサーク・キャスターがヴラド三世の言葉を遮るように答える。

 

 

「そうなの? ジル」

 

「はい。あらゆる時代の裏で暗躍し、自由と称して世に無秩序な混沌を招こうとしている下賤な輩共……貴方が戦った百年戦争の裏でも暗躍しておりました」

 

「ふうん……そんな連中が、ねぇ」

 

「生前聞いた噂では、悪魔から力を与えられ、見えぬ刃と超人的な力を得ているとか……」

 

「あら、奇遇じゃない。同じ神の敵って訳ね……まあ、敵対するというのなら、悉く殺してあげましょう」

 

 

ジルと呼ばれたバーサーク・キャスターの説明を聞き、竜の魔女はアサシンという存在へ興味を示す。

 

 

「__さて、そろそろ行こうかしら。“もう一人の私”を殺しに……」

 

「……はい。人員はどれ程?」

 

「そうね。絶望させる為に大勢連れて行きましょう。バーサーク・セイバー、ランサー、ライダー、アサシンを連れて行きます。汚名返上してくれることを期待しているわよ、バーサーク・ランサー?」

 

「………………」

 

 

チラリとヴラド三世を一瞥し、竜の魔女は愉しそうに部屋を後にする。それに続くように先程名前を呼ばれた四騎のサーヴァント達がぞろぞろと出ていく。

 

竜の魔女が消えると、バーサーク・アーチャーは軽く舌打ちをして零体化して消える。そして、ジルだけが残った。

 

 

「……ご武運を。ジャンヌ」

 

「__相変わらずのようだな」

 

 

すると、背後から先程まで居なかったはずの者の声がする。振り返ると黒いローブを纏った男が立っていた。

 

 

「…………! セイバー、来ておられたのですか」

 

「ああ。しかし、お前が造り上げたジャンヌ・ダルク……随分と都合の良いよう記憶を改竄しているようだな。アサシンの記憶も、騎士団の記憶も存在しないなどと」

 

「……当然でしょう。あのような記憶、必要ありません」

 

「お前の復讐を成し遂げる為にか?」

 

 

顔が曇るジルに対し、男は笑みを浮かべる。セイバーと呼ばれたからにはサーヴァントなのだろう。

 

 

「哀れだな、あの小娘も。偶々“剣”を手にし、“先駆者”の声を神の声などと勘違いし、救国の聖女と持て囃され、国に裏切られ、見捨てられ、凌辱され、拷問され、魔女の烙印を押された挙げ句にその身を焼き尽くされ、死んだ」

 

「……黙りなさい」

 

「だというのに、友だった男が、あのような贋作を造り、祖国を滅ぼそうとしているとは、実に哀れなことだ」

 

「黙れと言っている! 総てお前達のせいだろう!」

 

 

饒舌に語るセイバーに、我慢ならなかったジルは身体をプルプルと震わせて激昂する。

 

 

「お前達は“剣”が欲しかった! だから彼女に協力するフリをして欺き、彼女から“剣”を奪った! その後は用済みだから魔女として処刑した! フランスに彼女を裏切らせたのは、見捨てさせたのは、お前達“テンプル騎士団”だ!」

 

「__そうだ。この“剣”は、あのような何も知らぬ農民の娘が持って良いものではない。この世界を変革し、導く、我々こそが持つべきだ」

 

 

セイバーが裾から黄金に輝く剣を取り出して見せる。その光を、ジルは忌々しそうに睨む。

 

 

「黙れ黙れ! テンプル騎士団! あの“剣”はジャンヌを選んだ! だから彼女が手にしたんだ!」

 

「だからどうした? 結局は奪われた」

 

 

激情に身を任せて怒鳴り散らすジルに対してどこ吹く風とばかりにセイバーは恐れることなく煽る。

 

 

「第一、何故お前が復讐を望む? 大量殺人鬼。助けに行ったエティエンヌ・ド・ヴィニョルや残された家族ならともかくお前は傍観していただけだろう? ジャンヌ・ダルクの死を……そんなお前に彼女の為にフランスへ復讐する権利があるというのか? お前は」

 

 

いいや、無い。そうセイバーは断言する。ジルは何も言い返さない。言い返せなかった。その言葉の数々が、彼の胸に突き刺さっていく。

 

 

「お前はジャンヌ・ダルクが死んだ後、何をやった? ただ己の欲を満たす為に弱者をいたぶり、殺しただけだろう。狂気に呑まれ、プレラーティに唆され、大量の子供を犯し、殺し、その挙げ句に懺悔しながら情けなく処刑された。そんなお前が、サーヴァントとなって今更このフランスへ復讐するというのか?」

 

「……確かに、私も、私もジャンヌを見捨てた愚かな連中の一人なのでしょう。ですが、ジャンヌが憎まずとも、私が憎んだ! この国を! この世界を! 神を!」

 

「ほう? 憎しみか」

 

「ええ。私は、ラ・イルとは違う。彼女の死に、誰よりも激しい怒りを抱きながら、最期まで憎むべき祖国の為に戦い抜くなど、到底出来やしなかった! 私は、我慢ならなかった! このフランスという国家が! この世界そのものが! 憎くて堪らない!」

 

「__ふっ 全く以って愚かだな、ジル・ド・レェ」

 

 

目をギロリと開き、悲痛な表情で叫ぶジルを見て、セイバーはただ笑う。面白そうに、然れどつまらなそうに。

 

 

「黙れ黙れ黙れェ! この匹夫めがぁ! 忌々しいテンプル騎士団がぁ!」

 

 

遂に怒りが頂点に達したジルは手に持つ人間の皮膚で作られた本を掲げる。すると、セイバーの周りに大量の蛸の触手のような生物……海魔が現れ、彼へと襲い掛かった。

 

 

「ふん……異界の海魔如きが、この私に触れるな」

 

 

しかし、次の瞬間。セイバーを中心に雷のような衝撃波が発生し、それを浴びた海魔は一瞬にして消し炭へと変わる。

 

 

「…………!?」

 

「復讐には協力してやる。故に、精々働いてくれ、我ら騎士団の為に」

 

 

そう言ってセイバーの姿が消える。

 

残されたジルは、ただただやり場の無い怒りに身体を震わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__フランス某所。

 

カルデア一行は、アルノに連れられ、とある森の中腹まで来ていた。

 

 

「ここなら、気兼ね無く話せるだろう」

 

『ここは……結界が貼られているね。探知系統か? アサシン……ドリアンは魔術も使えるのかい?』

 

 

立ち止まるアルノ。すると周囲の魔力反応から魔術的な結界が貼り巡られていることに気付いたロマニが問いかける。

 

 

「いや、俺ではない。これはこのフランスの魔術師達が施したものだ」

 

『魔術師? サーヴァントではなく、この時代の、現地の魔術師ってことかい?』

 

「ああ。大半はナポレオンと竜の魔女に殺され、僅かな生き残りもワイバーンを研究材料にしようとしたり、騒ぎに乗じて生け贄を使った得体の知れぬ儀式を行う輩ばかりだったが、一部はこうして我々に協力してくれた」

 

『そうなのかい。善意で協力してくれたのかい? だとしたら珍しい魔術師だね』

 

 

魔術世界を知るロマニは、一般的な魔術師は皆、ろくでなしといっても過言ではないことを知っているためアルノの話を聞いて少しばかり驚く。

 

無論、オルガマリーやレオナルドといった例外も多く存在するのだが……その時点で、もはや一般的な魔術師とは呼べない。それ程までに殆どの魔術師の倫理観は破綻し、道徳心が欠如している。

 

 

「利害の一致という奴だ。まあ、こいつを向けながら話をしたら泣いて協力してくれたよ。面倒な魔術師を一方的に相手に出来るとは、本当にサーヴァントというのは便利な身体だ」

 

『アハハハ……そりゃただの魔術師がサーヴァントに勝つなんて、不可能だからね』

 

 

隠し刃(ヒドゥンブレード)を見せながら笑って話すアルノに、ロマニは苦笑いする。つまり彼は、殺意をちらつかせて魔術師を脅して結界やら何やらをやらせていた訳だ。

 

 

「……では、話の続きをしようか」

 

『ああ。教えてくれ、ナポレオンの目的……君は人理焼却でも人理修復でもないと言ったね? あれはどういう意味だい?』

 

「__“人理編纂”」

 

『!?』

 

 

アルノが口にした単語に、ロマニは驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__“人理編纂”ですって!?」

 

 

オルガマリーの甲高い驚愕の声が、店内に響き渡る。

 

 

「そうだ。焼却するのでも、漂白するのでもない。今の人類史を根本から書き換え、新たな人類史を創り出す……即ち、世界の改変、歴史の創造さ」

 

 

演説でもするかのように、ナポレオンは両手を広げ、芝居掛かった口調で語る。

 

そんな彼を、オルガマリーはとんでもない馬鹿を見るような眼で睨み付け、憤慨した様子だった。それほどまでにナポレオンの企みは、人理継続を目的とする彼女にとっては許すまじものなのである。

 

 

「そんなことをしてどうなるか分かっているのっ!? 人理定礎を根幹から覆すような真似……最悪人理焼却より酷い結果になるわよっ!?」

 

「そうだな。だが、成功すれば?」

 

 

ナポレオンは笑う。

 

 

「あらゆる闘争を、あらゆる暴力を、あらゆる悲劇を、最初から“無かった”ことにし、人々が互いを理解し合い、国も、民族も、人種も、性別も、総ての隔たりが無いことにしてしまえば? ほら、素晴らしい人類史の完成だ」

 

「ふざけないで! 第一人理編纂なんてとんでもないこと、いくら聖杯を使っても出来やしないわ!」

 

 

聖杯は欠陥こそあれど、万能の願望機だ。しかし、それでも人理編纂などというレベルの願いを叶えられるとはとてもじゃないが、思えない。

 

仮に可能だとしても“ガイア(地球の意思)”が許しても“アラヤ(霊長の意思)”が許さず、“抑止力”によって阻まれてしまうだろう。

 

 

「ああ。確かに“杯”だけでは不可能だ。だが、このフランスには“剣”があり、そして“リンゴ”もある。その三つがあれば、人理を編纂することが可能だ」

 

「“剣”だと……!?」

 

「“リンゴ”だと……!?」

 

 

しかし、ナポレオンは確固たる自信を以てそう断言する。セイバーオルタは“剣”に、エツィオは“リンゴ”の単語にそれぞれ反応し、目を見開く。

 

この二つが彼らの予想しているものならば、そしてナポレオンの言葉が真実ならば由々しき事態である。

 

 

『まさか! “エデンの剣”と“リンゴ”……その二つが、この特異点に存在しているというのかいっ!?』

 

「その通り。“剣”はタンプル塔にて回収した。そして、“リンゴ”は__」

 

 

レオナルドの問いかけにナポレオンは頷き、未だに怒りの形相を浮かべるオルガマリーを見据え、驚くべき発言をする。

 

 

「__俺の目の前に居る」

 

「へ?」

 

 

そして、そう言ってナポレオンは、驚きのあまり固まってしまったオルガマリーへと手を伸ばす___。




H男とぐだが合流するまで時間が掛かりそう……

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