Fate/Assassin's Creed ―Ezio Grand Order―   作:朝、死んだ

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フルシンクロ条件:エアアサシンで暗殺する。


memory.01 降り立つ鷲

 

 

君は天才といえば誰を挙げるか。

 

将としての天才であれば多くの人がローマ史上最悪の敵と名高く今も尚、その戦略が参考にされているカルタゴの雷光、ハンニバル・バルカと答えるだろう。

 

軍師ならば三国志の諸葛亮や司馬懿、発明家ならばアルフレッド・ノーベルやニコラ・テスラ、哲学者ならばアリストテレスやプラトン、ヘラクレイトス、更に万有引力のアイザック・ニュートンや相対性理論のアルベルト・アインシュタイン、三平方の定理のピタゴラス等と天才と称される者は歴史上において数多く居る。

 

天才とは何も頭脳だけではない。多くの武勇をあげた英雄達も戦いの天才と言えよう。

 

あのアドルフ・ヒトラーも演説においては天才的な才能を発揮している。このようにあらゆる分野において天才は存在し、それを総て挙げようとすればキリが無い。

 

 

「この数式はこうして……よし解けた」

 

 

しかし、“万能”の天才は誰かとなれば誰も彼もが一人の人物を挙げることだろう。

 

彼……否、今は彼女か? まどろっこしいので男女両方を指す彼の方で呼ぼう。

 

科学的な要素と魔術的な要素が入り雑じった独創的な工房にて。彼は最新型とされるノートPCの画面をジッと見据えている。

 

彼の生前の時代には無かった超技術から生まれた代物のはずだが、天才である彼には関係無く、手慣れた様子でカタカタとタイピングをしていた。

 

 

「お、これは……液晶画面から呪いを仕掛けてくるとは。魔術も随分とデジタルになったものだ。直で見てたら脳が汚染されていたね。眼鏡を改造してて良かった良かった。流石は私……はい、解けた」

 

 

その近くにはより高性能な大型のPCがある。にも関わらず彼は自前のノートPCを使っていた。

 

理由は一つ。今、彼が調べていることを彼の居る機関(カルデア)に知られない為だ。

 

 

「おお、こりゃ随分とおぞましいトラップだ。見た人間を問答無用で発狂させるって訳か……余程見られたくないんだねぇ」

 

 

来るべき日に備えて彼は情報を、技術を集めていた。この世界に蔓延るありとあらゆる“秘密”を解き明かそうとしていた。それはリーマン予想なんかよりもずっと難解で自殺行為に等しいことである。

 

 

「――ですが、“リンゴ”の中身と比べれば遊戯に等しい。万能である私を舐めないでください」

 

 

しかし、彼には可能である。既にリーマン予想は一年で解き明かした。世界の真理を何度か垣間見た。その気になれば“根源”にすら行き着くことも容易い。

 

現代に蘇った世紀の大天才はにやりと笑みを浮かべ、この世界の支配者のネットワークへとどこまでも潜入する。

 

 

「はい解けた。このダヴィンチちゃんに掛かればお茶の子さいさいさ!」

 

 

何重にもあるトラップ。既に千は越えていた。それを一つ一つ数秒の間隔で解いて行く。だが、未だに断片的な情報しか集まらない。

 

 

「遊星“V”? 文明の破壊者……ふん。そんな先の話には興味無いよ。未来(さき)の危機よりも現代(いま)の危機だ。未来は未来で別の誰かがやってくれる。過去(まえ)は愛しい人とデズモンド・マイルズがやってくれたように」

 

 

世界の真理と呼ぶに相応しい膨大な知識。その中には彼が探し求めるものよりもずっと重要なこともあったが、彼はデータの保存こそすれど悉くスルーする。

 

 

「よし、これも解けた。けどまだ足りない。もう少し……もう少しだ……」

 

 

万能は目を鋭くし、凄まじい速度でキーボードを押す。彼も総てを解き明かすことが時間的に無理だと理解している。故に出来るだけ多くのデータを吸い出そうとしていた。もはや一刻の猶予も無いのだから。

 

 

「さあ、君達がカルデアを利用して何を企らんでいるか教えてくれよ。テンプル騎士団」

 

 

そして、“人理編纂”と“異聞帯”という単語が記されたファイルをコピーする途中で彼のPCがショートし、画面がブラックアウトした。

 

――タイムオーバー。たった今、世界は焼き払われてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……?」

 

 

目を覚ますと視界に広がるのは地獄絵図、世紀末と称するに相応しい()()だった。

 

空は赤く染まり、ビル群は燃え、瓦礫が散乱し、草木一本生えない荒れ果てた大地、右も左もそんな光景で埋め尽くされた場所で立香は立ち尽くしていた。

 

 

「確かカルデアが爆発して……そうだ! マシュはどこに――」

 

「フォウ!」

 

「ん? お前は……えっと、フォウだっけ? そうか。お前もあの場に居たんだな」

 

 

すぐ近くには自分になついている白い謎生物の姿が。相変わらず変わった鳴き声を発し、立香の膝に頬擦りするその愛くるしい風貌や仕草は世紀末なこの場にあまり似つかしくはない。

 

 

「カルデアの外って雪山だったよな……それに、ここは日本か? 街並みに見覚えはないが……神戸辺りかな?」

 

燃える建物や街の外観からこの場所は日本、或いはそれによく似た地域だと判断する立香。あの遠くから見える橋など以前に観光に訪れた時に見た神戸大橋によく似ている。あくまでも似ているだけなのだが。

 

 

「しっかし何でこんな所に……ああもう、訳が分からん。マシュとロマンは無事なのか?」

 

 

カルデアはどうなってしまったのか。この街は何故燃えているのか。ここに自分が居るのは何故か。そもそも管制室が爆発した原因は何なのか。溢れ出る疑問に頭の中がこんがらがってしまう。

 

そして、可愛い後輩とゆるふわなドクターの安否が何よりも気掛かりだった。特に後輩は死亡してしまった可能性もある。立香としては生きていると信じたいが、あの傷ではもう……。

 

 

「いや、マシュは生きている。きっと」

 

 

ネガティブな思考を振り払い、立香は辺りを見回す。

 

 

「……とりあえず人が居ないか探すか」

 

 

内心かなりテンパっていたが、何とか心を落ち着かせ立香は歩き出す。ジッとしているよりも生存者や安全な場所を探す方が先決だと判断したからだ。

 

 

「GURUUUUUUUU……」

 

「……え?」

 

 

そして、誰かと会うのに歩き出して一分も掛からなかった。しかし、残念ことにソレは人間ではなく、唸り声をあげる骸骨のような剣士――ゲームや漫画において一般的にスケルトンと呼ばれる異形だった。

 

呆気に取られる立香。暫し目と目を合わせ……否、スケルトンに目玉など存在しない。

 

 

「あ、あはは……ど、どうも、今日も良い天気でございますね……」

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

スケルトンは雄叫びをあげて立香へと飛び掛かり、西洋風の剣を振るう。

 

 

「やばっ 逃げるぞフォウ!」

 

「フォーウ、フォウ!」

 

 

斬られるギリギリで何とか飛び退くことで回避した立香は慌ててスケルトンから背を向け、駆け出す。

 

あれは自分よりも強いだろうし、何よりも武器を持っている。ならば戦わず逃げる方が生存確率があるだろうと判断した。

 

当然、スケルトンは獲物を逃がすまいと追い掛けてくる。しつこく追ってくるが、脚力自体は人と比べても並み程度らしく、徐々に距離を離して行く。

 

これならば逃げ切れるだろうと立香は笑みを溢すが――。

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「げっ!? こっちからも!?」

 

 

しかし、スケルトンは一体ではなかった。逃げる立香の正面から槍を持った個体が現れる。

 

 

「畜生! 一か八かやってやるか!」

 

 

このままでは挟み撃ちになってしまう。ならば仕方無いと立香はグッと拳を作り、応戦しようとするが――。

 

 

「――たぁっ!」

 

 

それよりも先に黒い何かが横切り、視線の先に居たスケルトンの頭部が粉々に砕け散った。

 

何が起こったのか、そう考えるよりも先に今度は背後から来ていたスケルトンの骨が粉砕される音が響く。

 

恐る恐る立香が振り返ってみると――。

 

 

「先輩! 無事ですか!」

 

「マ、マシュ……!? 」

 

 

そこには探していた後輩、マシュ・キリエライトが立っていた。

 

しかし、歓喜と同時に疑問が出る。何故なら先程の彼女と違って眼鏡を掛けておらず、大きな黒い盾を持っていたからだ。それに露出度の高い水着のような服、男にとって目のやり場に困る格好をしている。

 

 

「その姿は……?」

 

「詳しい話は後にしてください。とりあえず今は私の後ろで伏せていてくれませんか」

 

「え?」

 

 

するとまるで餌の匂いを嗅ぎ付けた野良犬のように数体のスケルトンが立香とマシュを取り囲むように姿を現す。

 

 

「わ、分かった」

 

 

マシュの言う通りに彼女の背後まで移動し、身を小さくする。女の背中に隠れるというのは男としては屈辱的なものであったが、命には変えられないし、自分が動いても却って足を引っ張るだけだ。

 

立香は本能的にマシュと自分との実力差を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……一先ずは片付きましたね」

 

 

そして、数分後。大量のスケルトンだった骨の残骸の中央でマシュは額から垂れる汗を腕で拭う。

 

 

「良かった。先輩もフォウさんもご無事なようで何よりです」

 

「あ、ああ。こっちもマシュも無事で良かったよ……ほんと」

 

 

生きていてくれた。瓦礫によって潰された傷が消えていることや雰囲気が少し変わったことなど疑問は多々あるが、それらを考えるよりも立香はまず安堵する。

 

理解し切れぬ事態の数々にパニックになりそうだったが、彼女の無事という事実だけでかなりストレスが和らいだ。

 

 

「けどマシュってこんなに強かったんだ。あんなあっという間に倒しちゃうなんて魔術って凄いな」

 

 

華奢な体つきにも関わらず自分の身長よりも大きな盾を軽々と振るい、スケルトン達を蹴散らすその姿に立香は感心する。

 

大半のゲームで雑魚キャラとして浸透している骸骨剣士。しかし、その力はそこらの大人よりはずっと高いはずだ。それをいとも容易く倒してしまうとは魔術師というだけあって強いのだと立香は後輩の認識を改めた。彼女の持つ盾も魔術による代物なのだろうか。

 

 

「いえ。元々の私はここまで強くはありませんでした。むしろ運動は苦手です。逆上がりも出来ませんでした。それに魔術も今は使っていません」

 

「え? そうなの?」

 

 

思考しているとマシュからその考察が大きく外れていることを告げられる。

 

魔術を使ってないとしたら素の力? しかし、前述の運動が苦手という言葉に矛盾する。ならば一体……?

 

 

「はい。私からすればエネミーから上手く逃げ回っていた先輩の方が凄い運動神経だと思います。もしかして外だとアスリートか何かだったのですか?」

 

「え? いや、違うけど……」

 

「それではトレーニングが趣味なのですか?」

 

「それも違う。別に特別なことはしてないよ……あ、マシュの力についてだけど魔術じゃないとしたらもしかして今の痴女みたいな格好をしているのが関係しているの?」

 

「ちじょっ!? は、はい……ご明察です。私はデミ・サーヴァントとなったのです」

 

 

痴女呼ばわりされたことに若干ショックを受けながらもマシュは言葉を続ける。

 

 

「デミ……? それにサーヴァントってまさか――」

 

『ああ、やっと繋がった! もしもし、こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?』

 

 

首を傾げると同時に、通信が入った。その男の声には聞き覚えがある。

 

 

「ロマン!」

 

『その声は立香君! 生きていたんだね!』

 

「ああ、ロマンこそ無事で何よりだ」

 

 

するとロマニの姿がホログラムとして現れる。随分とハイテクだなと思いながらも立香は喜ぶ彼に同調する。

 

 

「Dr.ロマン。こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在“特異点F”にレイシフト完了しました。同伴者は藤丸立香一名。心身共に問題ありません。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好。藤丸立香を正式な調査員として登録してください」

 

(……特異点F?)

 

『ああ、マシュ、君も無事で……ってマシュ!? その格好はどういうことなんだい!?』

 

 

今の自分達の状況を早口で伝えるマシュ。しかし、ロマニはその報告よりも彼女の服装に目が行った。

 

 

『破廉恥過ぎる! 僕はそんな子に育てた覚えは無いぞ!』

 

「ドクター、私の状態をチェックしてください。それで状況は理解していただけると思います」

 

『君の身体状況を? お……おお、おおおおおおおお!? 身体能力、魔力回路、総てが向上している! これじゃ人間というより――』

 

「はい。サーヴァントそのものです」

 

「えっ!? サーヴァント!?」

 

 

マシュの告げた衝撃的な事実に立香は目を見開く。サーヴァントとは過去の英霊であるはずだ。つまりマシュはあの時実は死んでしまったということだろうか。

 

 

「経緯は覚えていませんが、私はサーヴァントと融合した様です。恐らく先程の爆発でマスターを失い、消滅する運命にあった。ですが、その直前彼は契約を持ちかけたのです」

 

 

そして、続けて話す言葉にその推測が杞憂だったと判り、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 

『英霊と人間の融合……“デミ・サーヴァント”。カルデア6つ目の実験だ。そうか。漸く成功したのか。それで君は一命を取り留めたのか?』

 

「そういうことです。私を助けてくれた英霊の自我は融合したと同時に消滅したみたいですが」

 

「……成程。さっぱり分からん」

 

 

つまり人間とサーヴァントが融合したのがデミ・サーヴァントという奴なのだろうか。否、言葉の意味的にもきっとそうなのだろう。それでマシュは一命を取り留めた。

 

そして、自身も助かった。マシュと融合してくれた英霊には感謝しても仕切れない。命の恩人だと立香は思った。

 

 

「とりあえず説明してくれないか? こっちは説明会を追い出された一般人なんだ。改めて詳しく何がどうなったのか何をすればいいのか教えてくれ」

 

『ああ。分かった。今動けるのは君達しか居ないみたいだしね。まずは特異点のことから――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬木大橋。

 

この冬木市の観光名所でもある百mを越えるダブルアーチ型の鋼橋だ。普段ならば多くの車や人が行き交っているが、現在は人の気配など一切無く変わりに異形の怪物達が蔓延っていた。

 

 

「……ふむ、少し離れた場所に召喚されたか」

 

 

その天辺。アーチとなった鉄骨の上にバランスを全く崩すことなく、一人の男が立っていた。

 

 

「マスターは……他のサーヴァントとも契約しているな。一番乗りではなかったか。共に行動しているようだし、急がずとも平気なようだ」

 

 

瞳を金色に輝かせ、遥か数㎞もの距離に居る二つの“光”を見据える男。すぐ下に居る異形達は彼に気付いていない様子だ。

 

 

「しかし、聖杯(カリス)か……アルタイルの写本によればその正体はアウダという女だったはずだが」

 

 

与えられた知識の数々。万能の願望器。戦争という名のバトルロワイアル。七つのクラス。サーヴァント……喚ばれた挙げ句に奴隷(Servant)扱いというのは少しイラッとしたが、彼ら(魔術師)からすれば使い魔といった意味合いなのだろう。どちらにせよ気に食わぬが。

 

 

「まあ、召喚したのはきちんとカルデアのマスターのようだな……聖杯を介するとはどうやったのか気になるが、後で直接聞けば良いか」

 

 

そして、次の瞬間にはすぐ下の車道に移動していた。目と鼻の先、呼吸すれば息が届く程の距離に居ても異形達はまるで見えていないかのように跋扈している。

 

否、実際に彼らの眼中には入っていない。意識から完全に外れていた。

 

 

「こうも気付かぬとはな……ふむ、もう少しビューポイントを探すついでに、肩慣らしでもしておこうか」

 

 

そう言うと男は右手の籠手から鋭い短刀を射出するように伸ばし、近くに居たスケルトンを殴った。

 

ゴンッという鈍い音と共にスケルトンの首が宙を舞い、追い打ちとばかりに男が蹴り飛ばすことで胴体もバラバラに散らばる。

 

同時に、他の異形達はやっと男の存在に感付き、戦闘態勢を取った。

 

 

「GURUUUUUUUUUU……」

 

「人とは違う敵というのは存外やりづらいが……ハンデとしては悪くない」

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

異形が一斉に襲い掛かる。

 

しかし、男は落ち着いた様子で剣を抜く。多勢に無勢。そんな状況、彼は幾度と無く経験してきた。

 

 

「生まれてきた地獄に帰るがいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……つまり2016年以降の人類の未来が無くなっててその原因が2004年のこの冬木?って街に発生した特異点って奴で同年に起きた聖杯戦争ってのに何か理由があると睨んで歴史を狂わせた原因を探そうとしていた訳?」

 

『ああ、その通りだ。大体合ってる』

 

「凄いです。先輩って理解力が高いんですね。ちゃんと話を聞いていれば」

 

「はは……まあね」

 

 

一度の説明で事の顛末を大体把握する立香。かなりスケールの大きな話で自分達が如何にピンチであるか、よく理解した。

 

西暦2004年、この冬木と呼ばれる地方都市では聖杯戦争という七人の魔術師と七騎のサーヴァントが万能の願望機を求めて殺し合う儀式をしていたらしい。

 

殺し合いが儀式とは随分とロクでもないものだと立香は思ったが、彼の記憶だとこのような都市一つが丸々燃えるような火災が日本で起きたという記憶は無い。幼少の頃とはいえここまで大規模な災害ならニュースで取り出されて少しは印象に残るものだが。

 

 

『過去に冬木で行われた聖杯戦争でこのような災害が起きたという話は聞いていない。恐らくこれが特異点による影響なのだろう』

 

「……成程」

 

『あ、そろそろ通信が出来なくなってしまう。少し無理をし過ぎたか』

 

「え? やばいじゃんそれ」

 

『ここから2㎞程移動した場所に霊脈の強いポイントにあるはずだ。そこに着けば通信も安定する。今座標を送る。こちらも出来るだけ早く電力を――』

 

 

プツン、と通信が切れる。

 

 

「……切れてしまいましたね」

 

「あらま……」

 

「幸いにも座標のデータは無事に送られました。霊脈のポイントへ向かいましょう」

 

「おっけー。ここに居ても仕方無いしな」

 

 

それなりの距離だが、遠くもない。ロマニが送った座標の方角へと二人は歩き出す。

 

 

「しかし、改めて見ると本当に酷い有り様だよなぁ……実は人類もう滅亡してたりして。まるで映画のバイオハザードみたいだな」

 

「……その、笑えませんよ先輩」

 

「え? あ、いやジョークだよジョーク」

 

「冗談ならもっとホワイトなのにしてください。嘘から出たまこと、という言葉もあるんですから。確か日本の諺でしたよね?」

 

「ははは。それはすまない」

 

 

人類の滅亡。マシュは悪い冗談だと言うが、立香からすれば少なからず本気だった。

 

どうやら彼女には聴こえてなかったようだが、カルデアスは人類は既に滅亡しているということを告げていた。立香は確かに聴いた。その淡々と破滅を告げる機械的な声が脳裏に焼き付いていた。

 

故に人類は既に滅亡しているという最悪の事態を予測していた。

 

 

(言った方が良いんだろうか……いや、一先ずは特異点解決が優先か)

 

 

ロマニやマシュにカルデアスが言っていたことを教えようか考えるが、現状でさえ立香は理解と思考が追い付けていないのに二人までパニックになられては困る。

 

報告するのは特異点で人類滅亡の原因を突き止めてからでも遅くはないだろう。

 

 

「? 先輩どうかしました?」

 

「え? いや、何でもないけど……どうかしたの?」

 

「いえ。ボーッとしてらしたので……目的地まで少し時間が掛かると思うので気を紛らわす為にもどうです? コミュニケーションでも」

 

「成程……うん。良いね。そうしよう」

 

 

確かに二人はまだ出会って一日と経っていないし、深交を深める為にもコミュニケーションは大事だろう。

 

ということで道中、目的地へと足を急ぎながらも立香とマシュは他愛の無い雑談を交える。

 

時節スケルトンを筆頭とした敵性生物(エネミー)が襲ってくるが、サーヴァントとなったマシュからすれば群れで来ても大した相手ではなく、然して苦戦することなく撃退していく。

 

 

「さて、この辺りですよ先ぱ――」

 

 

「きゃあああああああ!!」

 

 

「「!?」」

 

 

そして、数十分歩き続け目的地へと近付いてきたその時、突如として甲高い耳を劈くような悲鳴が響き渡った。

 

 

「叫び声……?」

 

「女性の悲鳴です! 行ってみましょう先輩!」

 

 

人など居ないと思っていた二人は驚いた様子で声がした方角へ向かう。

 

 

「何でよ……何で私ばかりがこんな目に遭うのよ! もうっ、誰か助けてよ!」

 

 

声がしたのは奇しくも目的地と同じ地点だった。そこには一人の少女が腰を抜かしており、その目の前には複数のエネミーが餌を前にした猛獣のように唸っていた。

 

そして、その少女の容姿には心当たりがあった。

 

 

「まさか生存者が……ってあの人はもしや?」

 

「……オルガマリー所長?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来事はいつも突然だ。理由は後になってから気付く。

 

そして、大抵は総てが手遅れになる。少女が最初に感じたのは生まれて一度も味わったことのない凄まじい熱さだった。

 

肌が焼かれ、皮膚が溶け、骨が砕け、細胞一つ一つが潰されていく苦痛。ほんの一瞬であったが確かに感じ取り、断末魔をあげる暇も無く少女の意識は途絶えた。

 

 

「ああもう! 何でこいつら、執拗に私ばかり狙ってくるのよ!?」

 

 

しかし、気が付けば跡形も無くなったはずの肉体はこうして残っており、全くの無傷であった。

 

視界に広がるのは炎上する都市という地獄のような光景。当初少女は本当に死んで地獄へやって来たのだと思ったが、調べてみればここは“特異点F”だった。

 

生きている、自分は生きている、その事実にカルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアは飛び上がり歓喜した。

 

 

「こんな所で死ぬなんて絶対に嫌よ!」

 

 

だが、喜ぶのも束の間、無数の異形の群れが襲ってきた。オルガマリーは優秀な魔術師だ。故にこの程度の異形相手に身を守り、倒す術を持っているが、何分数が多過ぎる。

 

ならば逃走を図るもヒールを履いた肉体的な鍛練など微塵もしていない魔術師に追い付くことなど異形にとっては赤子の手を捻るよりもずっと容易なことであった。

 

故にあっという間に取り囲まれ、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

「ヒイィッ!?」

 

 

異形が剣を構え、一斉にオルガマリーへと飛び掛かる。避けることなど到底出来るはずもなく哀れにも彼女の身体は剣山のようになる――。

 

 

「GYAoO!?」

 

 

ことはなかった。

 

 

「へ?」

 

「大丈夫ですか? 所長」

 

「あ、あなたはマシュ! 無事だったの……ってその格好はまさか!」

 

「話は後です。先輩と一緒に隠れててください」

 

 

異形の首が宙を舞った。目の前に居るのはAチームのメンバーとして同行する予定だったマシュ。しかし、今の彼女はオルガマリーの知る姿とは異なっていた。

 

 

「せ、先輩って……あ! あなた!」

 

「うっす。ご無沙汰しています……って程でもないっすね」

 

 

そして、自身の隣へ駆け寄ってきたのは説明会の時にあろうことか居眠りをした挙げ句、文句を言ってきて補欠送りとなった48番目のマスター候補生。

 

 

「一般公募の藤丸! 何であなたが!」

 

「いやー色々とありまして……」

 

「色々って……なっ!? その手の甲の紋章は!?」

 

 

頭を掻く立香の手を見てオルガマリーは目を見開く。

 

 

「え? ああ、これは令呪って奴で――」

 

「そんなのは知ってるわよ馬鹿にしないで! まさかあなたマシュと契約しているの!?」

 

「あ、はい」

 

「嘘よ! サーヴァントは一流の魔術師でしか契約出来ないのよ!」

 

 

否、強化魔術しか使えないへっぽこ魔術使いでも魔術の才能皆無なワカメでも自称芸術家の殺人鬼でも契約すること自体は可能だ。

 

 

「なのに一般人で補欠の奴がマスターになれるはずがないわ! あなたこの子にどんな乱暴を働いて言うこと聞かせたの!?」

 

「えぇ……すんごい誤解。普通に俺しか居ないから契約したんすよ。後そういう差別やめてくれません?」

 

「はぁっ!? Aチームや他のメンバーはどうしたのよっ!?」

 

「えっとその……少なくとも管制室に居た人達は爆発でもうお亡くなりに……ってあれ? 所長さんは何で生きてるの?」

 

「私が聞きたいくらいよ! ってそんな……Aチームが全滅だなんて……レフは、レフはどうなったの!?」

 

「あの緑の人も管制室に居たなら多分……」

 

「嘘。そんなぁ……レフぅ……」

 

 

嘆き悲しむオルガマリー。それを見て立香はそういえばこの人はレフ・ライノールという人物を全面的に信頼していた様子だったなと思い出す。

 

 

「しかし、ヒステリックな人だったんですねマリー所長」

 

「誰がヒステリックですって!? 人が悲しんでるんだから空気読みなさいよ! 後マリーって呼ぶな! 何で私の愛称を知ってるのよ!?」

 

「ロマンが言ってた」

 

「はぁっ!? 何であいつのこと……さてはサボってたわねあの軟弱男!?」

 

「まあまあ、落ち着いてくださいよ所長」

 

「あなたねぇ……!」

 

 

「あの、すみません。口論はそれくらいにしていただきたいのですが……」

 

 

激しく……と言ってもオルガマリーが叫んでいるだけだが、揉める二人をマシュがおろおろとした様子で竦める。その周囲には倒された異形だったものが転がっていた。

 

 

「……コホン。ごめんなさい。見苦しい所を見せたわね」

 

 

すると一転。恥ずかしそうに顔を朱色に染めたかと思えば咳払いし、オルガマリーは落ち着いた雰囲気を放ち出す。もはや手遅れなのだが。

 

 

「マシュ、終わった?」

 

「はい。戦闘、終了しましたマスター」

 

「あれ? 先輩呼びじゃないの?」

 

「先輩と私は契約したマスターとサーヴァントという関係。ならば戦闘時や指示を受ける時はマスターと呼ぼうかと……嫌でしたか?」

 

「え、ああ、うん……いちいち呼び方を変えられると混乱するし、先輩の方で呼んでもらった方がその、癒されるし」

 

「癒される……? よく分かりませんが、後輩萌えという奴ですね。了解しました。先輩がそういうのであればこれからは如何なる時も先輩と呼ばせてもらいます」

 

「ほんと? やったー」

 

「喜んでもらえて何よりです」

 

 

「な、何よ……いつの間にそんな仲良くなってるのよあなた達……」

 

 

二人の和気藹々な会話にオルガマリーが思わず呟く。カルデアにて言葉を交えていたのは知っていたが、まるで本当に先輩後輩かのようなその様子に動揺を隠せない。

 

自分は人一人と友好的な関係を結ぶことすら最低でも数日は掛かるし、人間関係に難儀しているというのに。オルガマリーは少しばかり羨望を抱く。

 

 

「もしかして本当に無理矢理契約させられた訳ではないのかしら?」

 

「はい。むしろ私の方が強引に契約を結んだのです」

 

 

マシュは管制室での一件のことを出来るだけ詳細に説明する。

 

 

「成程……あなた達がこの街に居る経緯はよく分かったわ。コフィンに入ってない私達だけがレイシフトに成功した訳ね」

 

「それは……つまり他の適合者は……」

 

「ええ。この場には居ない。藤丸の話だと爆発で死んだらしいけど……」

 

 

ジッとオルガマリーは立香を見つめる。先の口論もあり、彼のことをすっかり敵視していた。

 

 

「うーん……さっきはああ言ったけどそのコフィンって奴の中身は見てないからなぁ……凄い爆発だったけど所長とマシュは生きてるし死体も何個かしか見てないし意外と生存者は居るかも……」

 

「そう。しかし、生存者が居たところで無傷なはずがないし、結局は私達だけで特異点の修正をしなければならないわね」

 

 

苦虫を噛み潰したような表情するオルガマリー。48人のマスターと共に特異点を修正するという当初の計画は完全に破綻していた。

 

 

「そもそも爆発を起こしたのは何者なのよ。まさか内部にスパイが居たっての? となると彼らが……いや、こんなの何のメリットも無いし、彼らはテロリストじゃないんだからこんな方法は取らないわね」

 

「? ところで所長。私達はカルデアの通信を繋ぐ為に霊脈の強いポイントを探していたのですが……」

 

「あら、そうなの。それじゃ早くやってちょうだい」

 

「……そのポイントは所長の真下なんです」

 

「え?」

 

 

何やらブツブツと独り言を言い始めるオルガマリーの足下のすぐ底に豊富な魔力(マナ)が流れる霊脈が存在する。そのことをマシュが指摘するとオルガマリーは呆気に取られた表情を浮かべ、慌ててそこから退いた。

 

 

「と、当然! 分かってたわよ!」

 

(あっ 知らなかったなこの人……)

 

 

先程のヒステリックな叫びといい、色々と残念な人だと立香は苦笑いする。それを他所にマシュがポイントへ盾を置き、オルガマリーがそれを触媒に召喚サークルを形成した。

 

 

『もしもし、こちらカルデア、聞いてるなら誰か至急応答してくれ……お、通信が復活した。無事にポイントへ到着したみたいだね立香君』

 

「その声……ロマニ? 何であなたがそこに居るのよ」

 

『ウェッ!? 所長っ!? 生きてたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷ってどんだけ!?』

 

「……どういう意味かしら」

 

 

オルガマリーを見るなりロマニはぎょっとした様子で驚愕し、取り乱す。対するオルガマリーは苛立ちからかヒクヒクと口角を痙攣させる。

 

 

『いや、だって有り得ないでしょう常識的に考えて……もしかして所長はターミネーターとか……』

 

「殺すわよ? というか何故あなたが仕切ってるの? 普通ならレフが指揮を取るはずでしょ。医療部門のトップが何故その席に居るの?」

 

 

ロマニの階級は上から数えた方が早いものだが、あくまで医療部門のトップに過ぎない。管制室で指揮を取る立場になることなどまず有り得ないとオルガマリーは訝しむ。

 

 

『えっとそれは……何故、と言われると僕も困ります。自分でもこんな役目は向いていないと自覚しているし。でも他に人材がいないんですよ』

 

 

そして、その言葉を聞いた瞬間。所長はみるみる血の気が引いていく。

 

 

「嘘……じゃあ本当にレフは……」

 

『察しの通りです。現在、生き残ったカルデアの正規スタッフは僕を入れて20人に満たない。僕が作戦指揮を任されているのは僕より上の階級の生存者がいない為です。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を取っていたから恐らく――』

 

「……あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的という訳ね」

 

『はい。何故か所長は生きてましたけど。というかあまり動揺しませんね。いつもの所長なら持ち前のヒステリックを発揮して――』

 

「ロマニ、あなた戻ったらしばき倒すから……けどまあ、確かに藤丸の奴が管制室の有り様を教えてくれなかったらもっとパニックになっていたわね」

 

 

そう言ってチラリと立香を一瞥するといやーと照れた様子で頬を掻いている。嫌味ったらしく言ってやったつもりなのだが、誉められたと勘違いしているらしい。

 

 

「で、生き残ったのが20人に満たないということはコフィンの中に居たマスター適合者も?」

 

『……47人全員が危篤状態です』

 

「やっぱりそうなのね。ああ、全滅だなんて……ん? 待って危篤状態? それってもしかしなくても生きているのよね?」

 

 

全員死んだとばかり思っていたオルガマリーは思わず聞き返す。

 

 

『はい。コフィン内の防衛装置がちゃんと機能していたみたいですね。まだ一命は取り留めていますが、治療するにしても医療器具が足りません。何名か助けることは出来ても全員は――』

 

「ふざけないでッ! とにかく彼らを死なせないことが大切よ! すぐに冷凍保存に移行しなさい!」

 

『えっ!? ですが冷凍保存は……』

 

「は! や! く!」

 

『は、はい……! レベッカ、すぐにマスター達を冷凍保存(コールドスリープ)するよう手配してくれ』

 

 

するとどうしたのだろうか。オルガマリーは焦った様子で叫ぶ。その鬼気迫る表情にロマニも威圧され、慌てて近くのスタッフへと命令する。

 

 

「……驚きました。人体を冷凍保存することは国際的に禁止されているはず。法律よりも人命を優先したのですね所長は」

 

「そうなの? というか冷凍なんてそんなこと出来るんだな」

 

 

確かに人権や道徳的にはどうかと思う行為だが、人命には変えられない。守るべき定められた法を破り、人の命を優先する。実に素晴らしい人道的な行為であろう。

 

カルデア所長という立場でありながら躊躇無くその行動を実行に移したオルガマリーにマシュはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。一方、立香は知らない内に発展していた科学技術に感心していた。

 

 

「違うわよ。考えてもみなさい。47人の命なんて、私が背負える訳ないじゃない。生かしておけば後から言い訳なんていくらでも出来るでしょう?」

 

 

しかし、そんな期待はあまりにも自分勝手な動機をあっさりと暴露されたことによって一瞬で崩れ落ちる。

 

マシュの気持ちを裏切るような発言。これには立香も呆れた様子だった。

 

 

「えぇ……そこは嘘でもそうだと言えば良いのに……」

 

「な、何よ! 一般の補欠に何が分かるのよ! 大した苦労もしてないくせに!」

 

「はい。確かに俺は何の苦労もしていないのかもしれません。けど所長、俺より苦労してるって言うんならもっと落ち着いてください。一般の補欠の、俺よりパニクになってどうするんですか」

 

 

激怒するオルガマリーに立香は一般という単語を強調して正論を突き付ける。仮にも所長という立場の人間がこの場の誰よりも取り乱し、挙げ句に自己の保身に走るなど最悪を通り越しているレベルだ。

 

この言葉にオルガマリーがうぐぐぐっと反論することも出来ず、不機嫌そうにそっぽを向く。

 

 

(……けどまあ、無理もないか)

 

 

しかし、立香は内心ホッとする。オルガマリーには悪いが、自分よりもパニックになっているのを知ると心無しか落ち着いてきたからだ。自分がしっかりしなければ、と心を奮起させていた。

 

 

『ま、まあまあ……マリーも立香君も落ち着いて……まずは聖杯戦争についての情報を集めよう。特異点の原因の可能性が高い聖杯の在処が分かれば――って、これはッ!?』

 

 

二人を宥めようとするロマニ。しかし、その声は途中で驚きのものへと変わる。

 

 

「どうしたの?」

 

『た、大変だ! 敵性反応だ! しかもとてつもない魔力量……膨大な魔力の塊が数㎞先からこちらへ猛スピードで接近している……! これは間違いない。サーヴァントだ……!』

 

「なっ!? サーヴァントですってっ!?」

 

 

その知らせを聞いたオルガマリーは顔を青ざめ、マシュは即座に盾を回収し、戦闘の取った。一瞬にして空間が緊張感に包まれ、立香も身構える。遠方から異様な気配を感じ取った。

 

 

「先輩! 下がっててください!」

 

「う、うん……!」

 

『くそっ……こりゃ絶対僕達の存在に気付いている! 逃走するにももう間に合わない!』

 

「そんな……無理よ、サーヴァントなんて、勝てる訳無いじゃない……!」

 

「落ち着いてください所長!」

 

 

ヒステリックに叫ぶオルガマリーを宥めながら立香は気配がする方角へ視線を向ける。

 

サーヴァント……資料にあった過去の英雄が霊体となったもの。しかし、その情報があるが故に立香は疑問に思う。

 

何故なら感じるその気配は英雄というよりは――。

 

 

「あら、可愛らしい子達ですね」

 

 

ロマニの報告から僅か数分。黒い影が眼前に降り立つ。

 

フードを目深に被り、死神が持つような大鎌を持った人型の、今まで会った異形の中では最も人間に近い容姿だが、漆黒の靄に覆われており、外見は酷く不鮮明。しかし、声と長い髪と体付きからかろうじて女だと分かった。

 

 

「鎌……ということはランサー、ですか?」

 

「ご名答。このハルペーから槍兵だと感付くとはやりますね」

 

 

マシュの予想に女…ランサーが微笑む。クラスや得物の名を全く躊躇わず言い放ったことから真名を隠すつもりは微塵も無さそうだ。

 

嘗められている。未熟なサーヴァント一騎と人間二人など真名を晒しても問題無く勝てると判断したのだろう。

 

 

「ハルペーって……まさかギリシャの英雄、ペルセウスッ!?」

 

 

するとオルガマリーが焦った様子で名を叫ぶ。それは立香も聞いたことのある有名な英雄の名だった。

 

しかし、ペルセウスは男性のはずであり、目の前の女性の雰囲気は典型的な英雄である彼とはあまりにもかけ離れている。

 

それでもオルガマリーがペルセウスだと予想したのは、ハルペーと聞いて思い浮かぶのが知恵の神ヘルメスから不死殺しの鎌を貰ったペルセウスくらいだったからだ。

 

 

「ほう……私をあんな半神と一緒にしますか。フフフ、あなたはじっくりと犯した後に喰らうとしましょう」

 

「ヒィッ!?」

 

 

僅かな苛立ち。それだけでオルガマリーが恐怖に呑まれてしまう。立香も理解した。あれはスケルトン等とは何十倍も何百倍も格が違うと。

 

しかし、動揺することなく相手を分析する。ペルセウスと因縁がある存在。更に感じられる英雄とはかけ離れた気配から“ある怪物”の存在が脳裏に過るが、とてもじゃないが英霊ではない化物だし大鎌を使うなんて聞いたことがない。何よりも髪の毛が蛇じゃない。

 

後者はともかく前者は“反英霊”という概念を知っていれば納得出来る要素だったが、生憎と立香にそこまでの知識は無い。

 

 

「あの半神が召喚されるとすれば宝具の多さから騎兵(ライダー)か、神々をも魅了する“剣”を持つ剣士(セイバー)の二択でしょう。尤も、私もランサーなど柄じゃありませんが」

 

 

不満げにランサーは言う。どうやら最適正クラスはランサーではないようだ。つまり槍、この場合は鎌での戦闘には慣れていないということ。

 

これにオルガマリーは思わず笑みを溢す。これならサーヴァントになったばかりのマシュでも勝ち目があるかもしれない。

 

 

「……マシュ、勝てる?」

 

「分かりません。しかし、やってみせます。先輩は必ず守りますので」

 

「マシュ! サポートは任せなさい!」

 

 

マシュが盾を構え、立香とオルガマリーが後方に立つ。

 

 

「フッ 希望にすがるのは良いことです。何故ならその方が絶望させた時の表情がより惹き立ち、滾る」

 

「―――!」

 

 

そう言ってランサーは自分の身長の倍の大きさはある大鎌を軽々と振るう。咄嗟にマシュはそれを防ぐが反動で吹っ飛ばされてしまう。

 

 

「くっ……」

 

「おや。存外硬い」

 

 

追撃とばかりにランサーは追いかけ、旋風の如く鎌を振り回す。

 

 

「この程度……!」

 

「ほう……やりますね」

 

 

素早い斬擊。しかし、マシュは的確に盾で防御、或いは受け流していく。今度はしっかりと踏ん張っているため何とか後退せずに済んでいた。

 

 

「凄いわ。マシュの奴。デミ・サーヴァントになったばかりってのにやるじゃない!」

 

『はい。にしてもあのサーヴァント……まさか霊基が汚染されている……? ということは本来の力は発揮出来ないのかもしれない! これは頑張れば勝てるぞ!』

 

「……いや」

 

『え? 立香君?』

 

 

互角に渡り合っている。そう見えたオルガマリーとロマニが笑みを溢す。一方、立香には劣勢に見えた。確かに攻撃を捌けているがそれだけ。一方的に受けることばかりで反撃することが出来ていなかった。このままではジリ貧だ。

 

 

「くっ……」

 

「どうしました? 防いでばかりでは勝てませんよ」

 

「ッ……はぁっ!」

 

 

ランサーが挑発する。マシュはそれに応えるように盾を振るい、鎌を弾く。そのまま懐に入って殴り込もうとするが、難なく避けられる。

 

 

「遅い。盾の英霊だけあって防御は一丁前ですが、攻撃は何ともまあ粗末なもの。闇雲に攻撃しても当たりませんよ」

 

 

まるで教授するようにランサーは言う。完全に動きを見切っているのかマシュの攻撃は掠りもしない。

 

 

「さて、あなたの攻撃はもう飽きました」

 

「――重い! それに速い……!」

 

 

そして、距離を取られればあっさりと攻勢は逆転し、ランサーが再び猛攻を仕掛ける。

 

防戦一方。マシュは反撃の機会を伺いつつも隙を見せぬランサーの嵐のような攻撃を受け切ろうと盾を構える。ランサーもスタミナが無限という訳ではない。攻撃を捌いて時間を稼げばいずれは勝ち筋が見えるはずだ。

 

戦闘経験こそ皆無だが、マシュは自分なりにシールダーとしての戦闘法の最適解を見出だし、そう判断した。

 

 

「フフフ……こうも易々と防ぐとは。その盾、なかなかの代物のようですね」

 

 

そんな彼女を他所に“怪力”による一撃一撃を防いで傷一つ付かない大盾にランサーは称賛する。

 

 

「ですが――」

 

 

そして、次の瞬間。刃を盾の内側へ入れ、蓋を捲るように鎌を振り上げた。

 

 

「っ!?」

 

 

その予想外の行動に力を前方へ込めていたマシュは体勢を崩し、盾が上へと弾かれてしまう。ランサーは口角を吊り上げ、がら空きとなった少女の胴体へ鎌を振るう。

 

 

「――使い手が未熟過ぎる」

 

 

ザシュッという音と共にマシュの白い肌は一直線に裂かれ、切り口から血が噴水のように噴き出す。

 

 

「けどまあ、融合したばかりにしては頑張った方ですよ」

 

「か、は……」

 

 

自惚れていた、薄れる意識の中、マシュは自身を責める。戦えていたと思ったのは、単にランサーはまだ微塵も本気ではなかったからに過ぎなかったのだ。

 

圧倒的な実力差。ついさっきサーヴァントになった戦闘経験皆無の少女と生前から歴史に名を残す猛者である英霊とでは歴然の差であった。

 

 

「マシュっ!?」

 

 

目を見開く立香。ここまで僅か一瞬の出来事だった。慌てて膝を付く後輩の元へと駆け寄ろうとするが――。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

オルガマリーはその腕を掴んで止める。

 

 

「あなたが行っても何も出来ないでしょ。大丈夫。マシュの傷は私が治してあげるから」

 

 

するとオルガマリーは詠唱し、マシュに回復魔術を掛ける。ぱっくりと開いた傷口はそれだけで瞬く間に塞がる……ことはなかった。

 

 

「な、何で?」

 

「残念。これがハルペーということ忘れたのですか? 無能なお嬢さん」

 

「え、ハルペーは不死殺しの鎌のはず……ま、まさか回復阻害っ!?」

 

「ええ。あの嘘吐きな神は道具だけは一級品でしたからね。宝具と化したお蔭で神代の魔術師ですら治癒することは不可能です」

 

 

大鎌を撫でながら誇らしげにしかし、確かな軽蔑と憎悪の入り雑じった表情を浮かべるランサー。つまりハルペーで斬られた傷は呪われ、宝具が消滅しない限り一生治ることがないのだ。

 

傷を付けられた時点で終わり。この事実にオルガマリーの顔が絶望に染まる。

 

 

「そんな……そんなの反則じゃないの……」

 

「ッ……マシュ!」

 

 

へなへなと崩れ落ちるオルガマリー。一方、立香は緩くなった彼女の手を振り払い、今度こそマシュへと駆け寄った。

 

 

「大丈夫か! しっかりしろ!」

 

「せん……ぱい……離れてて、ください……」

 

「けど……」

 

「大丈夫、です。私はまだ、戦えます……!」

 

 

立香の呼び掛けにマシュがゆっくりと立ち上がる。出血こそ多いものの傷は浅かったようだ。しかし、満身創痍なのには変わらない。にも関わらず彼女の闘志は消えていなかった。

 

 

「……初々しいですね。新米のサーヴァントに、新米のマスター、お似合いですよ」

 

 

ランサーはそんな彼女に対して追撃することはせずに面白そうに眺める。その発した言葉には嘲笑が含まれていた。

 

 

「先程の攻撃、あれはわざと手加減しました……即死させてしまっては、つまらないでしょう? 世間を知らない透き通るように純粋な瞳……ああ。実に壊したくなる。嬲り殺したくなる」

 

 

恍惚とした表情。靄で顔が隠れていてもよく分かった。これに立香は激しく憤慨する。先輩と慕ってくれ、自分達を守る為に戦う少女に向かってそんなことを言えば当然だろう。

 

 

「この外道……! それでも英霊か……!」

 

「残念ながら私は反英霊なもので。にしても威勢が良い坊やですね。嫌いではありませんよ。顔も可愛いですし美味しそうだ」

 

「……ッ!」

 

 

舌を舐めずるランサー。向けられたまとわり付くような視線に立香は怯む。

 

 

「先輩は殺らせません!」

 

 

立香に手を出させまいとマシュが盾を振るう。

 

 

「無駄な足掻きを」

 

「なっ……」

 

「安心してください。まずはあなたから首をはねてあげますので……フフフ、あなたの血はさぞ甘美なのでしょうね」

 

しかし、その動きは先程よりもずっと鈍くランサーは片手で容易く受け止める。目を見開くマシュ。そのままランサーは彼女の腹を蹴り上げ、地面に叩き付けた。

 

 

「かはっ……」

 

「さあ、終わりです」

 

「マシュ……!」

 

「憐れですね。魔術も使えないただの人間。己のサーヴァントが死ぬのを黙って見ていなさい」

 

 

ランサーは倒れるマシュを踏み付けて固定し、大鎌を構える。狙いは首。その姿は正に死神であり、不死殺しの鎌は容赦無くその細い素っ首を斬り落とすだろう。

 

立香が手を伸ばすが、まず間に合わない。届いた所で何も出来ない。

 

 

「っ……先、輩……逃げてください……」

 

「おや。もしや愛し人ですか? なら、都合が良い。ちゃんと同じ場所へ送ってあげますよ」

 

 

一貫の終わり。マシュは死を覚悟するが、守ると決めた自身のマスターを守り切れないことを悔やむ。

 

それを見てランサーは愉しそうに笑い、首を刈り取ろうと鎌を大きく振り翳した。

 

 

「――!」

 

 

その時、どこからともなくキーの高い鳥のような鳴き声が響き渡る。

 

今正に鎌を振り下ろそうとしていたランサーはその手を止め、辺りを見回す。

 

 

「……? 今のは……鷲?」

 

 

生前の記憶から鳴き声の正体を理解するも冬木には不似合いな鳥で更に言えばこの炎上都市にまともな動物は居ないはずだ。ランサーは疑問に一瞬その目を細め、次の瞬間に起こった事象に見開いた。

 

 

「うっ!?」

 

 

まず最初に感じのは、“重み”だった。何かが覆い被さるように自身の胸に何かが乗る。それによってバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。

 

そして、喉に鋭い痛みが走った。

 

 

「馬鹿な――」

 

 

何が起きたのか。彼女は理解出来なかった。ただいつの間にか目の前には男の顔があり、自身の喉元には刃物が突き刺さっているという事実だけを目の当たりにしていた。

 

 

「あな……た……は……!?」

 

 

何者だ、と尋ねようにも上手く喋れない。力が抜けていく。ポトリと鎌を落とす。完全に致命傷であり、ランサーは口から夥しい量の血を吐く。

 

もはやハルペーも、鎖も、魔眼も、抵抗する術は皆無に等しかった。

 

 

「ほう……魔物の類いにしては、存外可愛い顔をしているな」

 

 

可笑しい。自身は怪物だ。魔物だ。脆弱な人間などよりもずっと丈夫のはずだ。なのに何故だ。

 

何故こんなチンケな刃で、単に喉を貫かれた程度で生死を彷徨っているのだ? 何故もう消滅し掛けているのだ?

 

疑問が脳内をグルグルと渦巻くランサー。対して彼女の上に乗る男はゆっくりと刃を抜き、口を動かす。

 

 

「眠れ、安らかに」

 

 

ただ一言。そう告げるとランサーの意識は薄れてゆく。影と化した伝説の怪物は自身が何故負けたのか、何故死ぬのか理解する前に光の粒子となって消滅した。

 

挙げるとするならば彼女の敗因はただ一つだ。ランサーは気付かなかった。命を刈り取る死神は自分ではなく、己のすぐ上に居たということを。

 

 

 

「……え?」

 

 

一方、立香はポカンとした表情のまま固まっていた。

 

彼らもランサーと同じく何が起きたのか理解出来なかった。ただ分かるのは、突然空から降ってきた謎の人物の手によってランサーが倒されたということのみ。

 

自分達を追い詰めた強敵のあまりにも呆気無い最期にマシュも、オルガマリーも、 ロマニも茫然とする。

 

 

「……少し時間を掛け過ぎたか」

 

 

白い羽がふわりと舞い落ちる。

 

この鳥すら居ない炎上都市には似合わぬもの。それと同じくランサーが消滅した場所に立つ男の服装は白を基調としていた。

 

振り向いた男の姿を見て、まず最初に目に付いたのが目深に被るフード。それから右肩から垂れ下がる一枚のマント。鷲の意匠のあるバックル。腕には鉄板が仕込まれた籠手。背中にはクロスボウと矢筒。胸には数本のナイフ。腰には長剣と短剣。傭兵のような重武装と対照的に服装は中世の修道士のようなものだった。

 

 

「さて、大丈夫か? マスター」

 

 

男がこちらへ歩み寄る。フードの中を覗き込めばラテン系の整った顔があり、口元には一筋の傷があった。

 

現代から見れば、いや恐らくどの時代から見ても奇抜な格好だ。しかし、その風貌は妙に様になっており、大胆不敵な戦士に見えると同時に影に潜む暗殺者にも見えた。

 

 

「は、はい……」

 

「そうか。それは良かった。桃髪のサーヴァントも無事なようだな」

 

 

満身創痍ながらも身を起こし、こちらを見るマシュを一瞥し、男は安心した様子で笑みを溢す。

 

――カッコ良い。彼を見て立香が最初に思った感情はそれだった。容姿。動作。表情。その総てが立香の心を鷲掴みにする。

 

これが、英雄というものなのかと。

 

 

「えっと、その……あなたは?」

 

 

マスター、と自身を呼んだということはサーヴァント。それも自分と契約しているサーヴァントだということになる。

 

しかし、契約した覚えはない。自分のサーヴァントはマシュ一人だけのはずだ。困惑しながらも立香はとりあえず素性を知る為に尋ねる。

 

 

「ああ、自己紹介がまだだったな。私は……いや、この肉体の年齢的には“俺”か」

 

 

その問いに男は僅かに腰を屈め、自身の名を名乗る。

 

 

「俺はエツィオ・アウディトーレ・ダ・フィレンツェ。アサシンだ」

 

 

――この日、一人の暗殺者が再誕した。

 

――この日、一人の少年が初めて英雄と出会った。




噛ませとなるシャドウサーヴァントはメデューサでした。前作は弁慶だったね。展開は大分違っています。

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