Fate/Assassin's Creed ―Ezio Grand Order―   作:朝、死んだ

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memory.03 暗殺血盟

 

 

――魔術師。

 

それは“根源”へと至ることを渇望し、その為に魔術という神秘の力を用いる者達の総称である。

 

曰く、それは全ての始まりであり、全ての終わりであり、全てがあるとされる場所。

 

曰く、それは宇宙の外に存在するとされている。

 

曰く、世界におけるすべての現象、因果はこの“根源の渦”から始まっている。

 

曰く、物質。概念。法則。空間。時間。位相。並行世界。星。多元宇宙。宇宙の外の世界。無。生命。死。等のあらゆるものがここより生まれ、存在しているとされている。

 

曰く、主に“アカシック・レコード”と呼ばれる過去現在未来、果ては並行世界にまで渡る情報と知識が存在する。

 

曰く、“英霊の座”と呼ばれるものが存在し、人類史におけるありとあらゆる英雄や偉人が記録されている。

 

そこへ至ればあらゆる奇跡も魔法も自由自在。全知全能という表現すらも超越した、我々の思考では到底考えられないようなナニカが得られる。

 

そんな途方も無い力。それが“根源”というものであり、魔術師達の最終到着地点だ。

 

彼らはこの“根源”へ至る為の手段や方法、アプローチを見出だし、それを一生掛けて探求し、後代へと受け継いでいく。

 

しかし、いくら研究を続けても、辿り着ける素質を持つ者が産まれても、“抑止力”と呼ばれる星のシステムが“根源”へ至るのを阻む。人類の進化と発展を停止させるが故に。

 

つまり始めからその研究総てが無駄なことだと言っているようなものだ。にも関わらず魔術師達は諦めない。彼らの狂気と熱意はその程度では醒めず、冷めない。己の一生を費やし、それで無理ならば子孫へと命題を託す。

 

そうやって何百、何千年と魔術師は“根源”へ至る為の探求を続けてきた。

 

 

(――実にくだらない)

 

 

そんな魔術師に対し、最強のアサシンは怒りと呆れの感情を以てそう吐き捨てる。

 

エツィオが初めて魔術師に出会ったのは暗殺の任務に就いている時だった。ターゲットはテンプル騎士団と結託して民を脅かす悪党。そいつに奇襲を仕掛け、短刀を突き刺そうとした時だった。指先を向けられると身体が吹っ飛ばされたのだ。更に長い呪文のようなものを唱えられると急に身体が鉛のように重くなり、身動きが取りづらなくなった。

 

不可思議な力に戸惑いながらも何とかターゲットを始末したが、その後も何度か不思議な力を使う者達と対決した。

 

魔術について一通り嗜んでいた親友に訊けば指先から放ったのは“ガンド”と呼ばれる北欧の魔術らしい。特に物理的な破壊力を持つのは“フィンの一撃”と呼ばれる最上級のものだとか。道理で胸当てが凹んでいた訳だ。生身で受けた部分は少し赤くなっていた。

 

肉弾戦に関しては一部を除いて脆弱だったが、それでも神秘を操る魔術師を殺すのは“死徒”という化け物と並んで一筋縄では行かず、苦戦した。

 

エツィオが魔術師という存在を明確に知ったのは彼が宿敵であるボルジア家を倒し、ローマを解放した後だったが、彼の所属する“アサシン教団”は遥か昔から認知していたらしい。

 

無論、歴史の裏で暗躍を続けていた“テンプル騎士団”もだ。二つの組織は彼らをどう扱うべきか考え、それぞれ別の方法を取った。

 

アサシン教団は、協力的な者は仲間に加え、民に危害を加える悪しき者は死を以て断罪することにした。

 

テンプル騎士団は、その力を利用する為に彼らを裏から支配し管理することにした。

 

それはエツィオの死後も続いていた。

 

 

(連中は我々の代で根絶やしにすべきとつくづく思っていたが……よもやこのような形で再び関わりを持つとはな)

 

 

エツィオの魔術師に対する印象は最悪なものであった。大半が道徳感が欠けており、人道から外れ、己の研究や実験、好奇心や探求心の為ならば何だってする。そんな者達に好印象を持てというのが無理な話だ。

 

何とも利己的で傲慢。人命を軽んじ、神秘の秘匿を掲げながら無辜の民を平然と巻き込み、危険に晒す。酷い場合には生け贄として消費したり亡者へと変えて犠牲にした。一人の魔術師の儀式のせいで町一つが滅んだこともあった。

 

そんな連中ばかりだった。エツィオが出会い、殺してきた魔術師は。あろうことか連中は人々の意識を奪い、操る術を持つ。故に人々は抵抗することも出来ずに容易く殺される。正に害悪としか言いようがないだろう。

 

中には善良な人の為に動く者も居るのは重々理解している。アサシンの信条に賛同し、教団に加入する者も決して少なくはなかった。しかし、それでも彼らへの悪印象は拭えない。

 

研究材料として剥製にされたりホルマリン漬けにされたりした者を見た。

 

亡者と成り果てて自我も無く家族や友人を喰らう者を見た。

 

儀式に巻き込まれ、何も分からずに死んでいく者を見た。

 

実験の果てに人の原型を留めていない肉塊と化してしまった者を見た。

 

“根源”という不確かなものへの探求を名目に魔術師が平然とやってのけた多くの悪逆を目の当たりにしたが故に。

 

 

(しかし、何事にも例外は居るという訳か)

 

 

そんなこともあってか召喚される際にエツィオはマスターの人格について不安を覚えたが、それは杞憂だったようだ。

 

自身を召喚した立香、その上司でありサポートする立場であるオルガマリー、ロマニ……彼らは紛れも無く善性の人間だと言えよう。会って早々に喉を掻っ切ることにはならずに済んだ。

 

そもそも人類を救う為に戦う、という時点で己が知る魔術師と乖離している。連中ならば人理焼却を知ってもそれまでに根源に至ればいいと考えて研究を優先するか、或いは人理焼却を利用して根源に至ろうとするだろう。そういう連中なのだ。

 

ただ“アトラス院”という太古の錬金術師が作った組織は人類の滅びを回避しようとしていたらしいが。

 

 

(未熟な面は多々あるが、彼こそが人類最後のマスターに相応しく、彼らこそが人理を救済するに相応しい)

 

 

出会って僅かしか経ってないにも関わらずエツィオは立香を信頼するに足り得ると判断していた。しかし、彼は魔術師どころかカルデアに来る前は単なる一般人、“普通の人間”だったという。

 

人類を容易く滅ぼせるような強大な存在を打倒するには圧倒的に力不足だ。蟻と象。否、それ以上の差があろう。だから英霊(サーヴァント)の力が必要であり、導いてやらねばならない。

 

 

(故に、この試練……乗り越えてみせろ)

 

 

期待を込めた眼でエツィオは正面を見据える。その視線の先にあるだだっ広い空き地ではマシュとキャスターが戦っていた。

 

 

「アンサズ!」

 

「くっ……」

 

「オラオラ! こんなモンじゃねぇだろ! それとも俺の見込み違いだったかぁ!?」

 

 

メラメラと燃える炎が弾丸のように放たれる。確かな殺意が込められたルーン魔術による攻撃が近くに居るマスター、立香を襲う。それをマシュは防ぎ、反撃の機会を伺っていた。

 

戦況は防戦一方。息を切らしながら炎を避ける立香と守るのがやっとなマシュに対してキャスターは容赦無く熾烈に攻め立てる。

 

何故こうなっているのか。事の始まりはつい先程マシュがサーヴァントの切り札である“宝具”を使用出来ないという話が出た際のことだ。

 

エツィオやキャスターと比べて汚染され、弱体化したサーヴァント……シャドウ・サーヴァントにすら追い詰められる身のあまりの力不足さを嘆くマシュ。そんな彼女に皆がデミ・サーヴァントになったばかりで融合元の英霊の真名も分からないのだから仕方が無いとフォローする中、キャスターが不思議そうに「宝具? 使えない訳ねぇだろ」と言い、マシュの宝具を解放する為の特訓を行うことを提案したのだ。

 

まず最初にオルガマリーに敵を惹き付けるルーンを貼り付け、大量の異形を呼び寄せた。それをマシュが限界になるまで倒させ、彼女が根を上げた所で自身が直々に戦うと言った。それもマスターも構わず狙うと。

 

そして、今に至る。

 

 

(詰まっている魔力を出す、とキャスターは言っていたな。ならば合理的とは言えないが、手っ取り早い方法だ)

 

 

エツィオも特訓に加わりたかったが、宝具について知識はあるもののそこまで詳しくない。故に自身よりもサーヴァント経験の長いキャスターに任せることにした。自分が教えられることといえば女の口説き方と人の殺し方くらいだ。

 

尤も、彼はキャスターのように相手を殺す気で特訓するなどというリスクの高いことはしないが。

 

 

「ちょっと……大丈夫なの? アレ」

 

 

隣で見ていたオルガマリーが問い掛ける。キャスターの攻撃は立香すらも巻き込みかねない熾烈なもので彼女の視点から見ればもはや修行や特訓ではなく、本物の殺し合いにしか見えなかった。

 

そもそもキャスターはケルト神話の英霊だ。自らを戦う(ケルト)人と名乗る民族による修行なのだからそれがスパルタなのは必然的なことであろう。

 

 

「ふむ……恐らくキャスターの奴はマスターを危険に晒し、それによる想いの力によって彼女の覚醒を促そうとしているのだろう」

 

「想いの力?」

 

「そうだ。考えてもみるがいい。彼女は剣士でも弓兵でも魔術師でも況してや暗殺者でもない。俺の知る七つのクラスとは違うシールダーというエクストラクラス。“盾”のサーヴァントだ。ということは誰かを倒す英雄ではない。誰かを守る英雄だ。ならば――」

 

「……守る時こそ、本領を発揮する」

 

 

成程、とオルガマリーが呟く。

 

 

「そういうことだ。まあ、憶測に過ぎんがな」

 

「ふうん……けどマシュが守り切れなかったら藤丸の奴が死んじゃうじゃない……」

 

『あれ? 心配しているのかなマリー?』

 

「なっ――違うわよ! あいつが死んじゃったら私が困るじゃないの! 心配なんかしてないわよ本当に!」

 

 

エツィオの論に納得しながらも不安を覚えるオルガマリー。そんな彼女をロマニがからかう。

 

 

「フッ……君達が信じてやらなくてどうする。それに安心しろ、マスターの命が本当に危ない時は俺がキャスターを殺す」

 

 

カチャ、と籠手から仕込み刃を射出する。

 

距離は離れているが、サーヴァントであるエツィオの敏捷ならば一瞬で移動可能。暗殺の準備は既に整っており、もしもの時があれば即座に行動する所存だった。

 

 

「そ、そう……容赦ないのね。流石は暗殺者のサーヴァント、と言った所かしら?」

 

 

気丈に振る舞いながらもその声は震えていた。一切の殺気も発さず、さも当然かのようにキャスターの暗殺を進言したのだ。その迷いも躊躇も無い姿にオルガマリーは戦慄する。

 

恐らく彼は暗殺の際、ターゲットを殺す瞬間まで……否、殺した後も殺意を見せることはないのだろう。これ程の人物に気配遮断まで備わっているのだ。改めてサーヴァントの規格外さを認識した。

 

 

「ああ。それに、そもそもサーヴァントというのはとっくの昔に死人だ。今更何度殺そうと同じことだろう」

 

 

疲労は感じるし、寒ければ震え、暑ければ汗を掻く。傷は負うし、出血もする。しようとすれば食事も睡眠も可能。そういう点から忘れやすいが、サーヴァントは所詮は死んだ英雄の霊体……幽霊と同じようなものだ。

 

死ぬというのは霊核を破壊されて消滅すること。しかし、それでも元居た“座”に帰るだけに過ぎない。そんなものを殺すのに、何を躊躇うことがあろうか。少なくともエツィオはそう思った。これが生きた人間であれば殺すべきかどうか多少は考える。

 

 

「そりゃそうだけど……」

 

「――む、キャスターが宝具を使ったな。いよいよ大詰めという訳か」

 

「なっ」

 

 

エツィオの言葉にオルガマリーはくるりと振り向く。するとキャスターが宝具の真名を開放しようとしていた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

「おう、そろそろ仕上げだ。主もろとも燃え尽きな!」

 

「!?」

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社……倒壊するはウィッカーマン! オラ、善悪問わず土に還りな――!」

 

 

その宣言と共に燃え盛る炎に包まれた無数の木の枝の集合体のような巨人が召喚される。

 

 

「あれはドルイドの魔術っ!? しかもあの規模は大魔術クラスじゃないっ!?」

 

「ほう……奴の真名がますます分からなくなったな」

 

「そんな悠長にしている場合なのっ!? あんなのはさっきから撃ってた炎とは訳が違うわ! 防げる訳が――」

 

「落ち着け。マシュ・キリエライトを信じろ」

 

 

“ウィッカーマン”。キャスターが言い放った宝具の名には聞き覚えがあった。

 

ガリア戦記に記されたドルイドというケルト人社会における祭司による儀式において造られる人型の檻。木々の枝を用いて格子を作り、天を衝くような大きさにしていく。この檻の中に燃料となる藁や小枝を敷き詰め、さらに様々な作物、そして人間や家畜を閉じ込め、炎によって神の供物として捧げられることになる。苛烈な人身御供を以てドルイド達は神への感謝と祈願を示すのである。

 

そんな大魔術を前にオルガマリーは激しく動揺し、それを竦めながらエツィオは戦いの行く末を見守る。ここからが本番だとばかりに。

 

 

「ぁ――あ、」

 

「とっておきをくれてやる。焼き尽くせ木々の巨人! “灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」

 

 

――死。あのランサーの時と同様にそんな恐怖が頭に過る。

 

燃える檻人がその太い腕を振り上げた。その一撃を無防備にくらえば自身とマスターは容易く灰と化すだろう。

 

 

(守らないと、使わないと……!)

 

 

そんなことはさせまいとマシュは盾を構えて迎え撃つ。

 

 

(偽物でもいい。今だけでもいい。私が……私がちゃんと使わないと、皆消えてしまう……!)

 

 

その時、盾が眩い光を放つ。

 

まるで彼女の想いに呼応するかのように――。

 

 

「!?」

 

「ほう……これは…… 」

 

 

エツィオが感嘆の声を漏らす。

 

盾から展開されるのは白亜の結界。それに巨人の拳がぶつかり、止まる。灼熱の炎も遮断され、内側に居るマシュと立香には届かない。

 

ならばとウィッカーマンは更なる力を込めて結界を砕こうとするが、それでもマシュは微動だにせず、やがて木々で出来た彼自身の腕が圧力に負けて潰れてしまう。

 

 

「――ヒュウ。こいつは上出来……いや、それ以上だな」

 

 

自身の宝具を完全に防ぎ切った。これにはキャスターも目を見開く。

 

 

「……凄い」

 

 

美しい、とさえ思えた。立香は目の前に広がる圧巻の光景に魅入る。

 

キャスターがウィッカーマンを召喚した時、彼は死を覚悟していた。もはやこれまでかと諦め掛けていた。まさか、まさか自身の後輩にこれ程の力があるとは思いもしなかった。

 

 

「ハァ……ハァ……先輩。やりました。私、宝具を――――」

 

 

結界が消え、盾が下ろす。灼き尽くす炎の檻を凌ぎ、安堵した様子でマシュは背後に居る立香の顔を見ようと振り向く。

 

 

「ちょ、大丈夫?」

 

「あれ……すみません。少し疲れちゃいました」

 

 

しかし、足取りが覚束ずフラッとよろめく。危うく転倒しようになるが、咄嗟に立香がその肩を受け止め、支える。

 

 

「どう、でしたか……?」

 

「ああ。凄かったよマシュ……あんな攻撃を防ぐなんてさ」

 

「ありがとうございます。私、宝具を使うことが出来たんですね」

 

「うん……うん! とっても凄いよ! マシュは俺の自慢の後輩だ!」

 

「はい……嬉しいです」

 

 

まるで自分のことのように喜ぶ立香を見てマシュも自然と笑みを溢す。

 

 

「ああ。見事だ。何とか一命だけは取り留めると思ったが、マスター共々無傷とはね」

 

 

宝具を解除したことで聳え立つウィッカーマンが霞のように消える。喜び合う二人を眺めながらキャスターは素直に称賛し、彼らの未来に期待を込める。

 

あの白亜の壁は、本来の宝具の片鱗に過ぎない。これから起きる長い戦いの中で成長し、融合している英霊の真名を知ることでやがては守るべきものをあらゆる攻撃から守護する至高の防御宝具となるだろうとキャスターは予想した。

 

 

『驚いたな……こんなに早く宝具を解放出来るなんて。マシュのメンタルはここまで強くなかったのに……』

 

「そりゃあアンタの捉え方が間違ってたんだ。嬢ちゃんはアレだ。守る側の人間だ。ならば相応の舞台を用意してやりゃこの通りよ」

 

 

驚きを隠せない様子のロマニにキャスターが笑いながら言う。彼らは見誤っていたのだ。マシュ・キリエライトの本質を。

 

 

「鳥に泳ぎ方を教えても仕方ねぇだろ? 鳥には高く飛ぶ方法を教えねぇとな。だがまあ……それでも真名をものにするまでは至らなかったか」

 

「成程。大方予想通りであったが、一目でここまで見抜くとはな。大した観察眼だ」

 

「いやーそれ程でも。こう見えて人を見る目は師匠譲りなもんで……ん?」

 

 

自信満々に説明しているとエツィオが感心した様子で呟く。キャスターのすぐ背後から。

 

 

『うわぁっ!? いつの間にっ!?』

 

「む……ああ、すまぬ。いつもの癖で気配を消してしまっていた」

 

「ビビらせんなよ。この距離で全く気付けねぇとは……どんな気配遮断してんだオタク……」

 

「何を言う。至極一般的なアサシンだ」

 

「嘘吐きやがれ」

 

 

振り向けば目と鼻の先。ロマニはおろかサーヴァントであるキャスターですらここまで接近されているのに話し掛けられるまで全く気付けなかった。間違いなく並みのアサシンを凌駕する気配遮断スキルである。

 

 

「……そう。未熟でもいい……仮のサーヴァントでもいい……ただマスターを守る。そう願って宝具を開いたのね、マシュ」

 

「所長……はい。私はまだ宝具の真名も英霊の真名も分かりません。ただ無我夢中で……」

 

「あなたは真名を得て、自分が選ばれるものに――英霊そのものになる欲が無かった。だから宝具もあなたに応えた」

 

 

選ばれた存在になろうとしている、特別な価値を求めている自分とは真逆だ。もしマシュと同じ立場だった場合、オルガマリーは宝具をモノにすることなどまず出来なかっただろう。

 

故に嫉妬してしまう。マシュ・キリエライトのあまりの純真さに。無欲さに。

 

 

「あーあ、とんだ美談ね。お伽噺も良いところだわ」

 

「え?」

 

「ただの嫌味よ。気にしないで。宝具を使えるようになったのは喜ばしいわ。でも真名が無いのは不便でしょ? 良い呪文(スペル)を教えてあげる」

 

 

こほん、とオルガマリーは咳払いする。

 

 

「宝具の疑似展開なんだから……そうね、“ロード・カルデアス”と名付けなさい」

 

「ロード・カルデアス……」

 

「カルデアはあなたにも意味のある名前よ。霊基を起動させるには通りの良い呪文でしょう?」

 

「ふうん……それってマリー所長が自分で考えたんですか?」

 

「な、何よっ。それがどうかしたの? 後マリー言うな」

 

「いえ、意外とセンスあると思いますよ。必殺技っぽくてカッコ良いし……フフッ」

 

「笑うなぁ! じゃああなたならどんな名前を付けるってのよ!?」

 

「え? そうですねぇ……アルティメット・シャイニング・サバイブ・ジーニアス・クライマックス・ブラスター・キング・ハイパー・エクストリーム・インフィニティー・ゴッドマキシマ……」

 

「長過ぎよっ! それに強そうな英文を並べるだけじゃないっ! 私の方が断っ然センスあるわよっ!」

 

「えー、だから誉めてるじゃないですか。流石マリー所長。かっくぃ~」

 

「そ、そう……? まあ、所長として当然のことですわ。次マリーって言ったらガンドかますわよ?」

 

『おお、チョロいね流石マリー』

 

「ガンド!」

 

『ぎゃあっ!? 僕もかい!? ホログラムでもビビるんだけど!?』

 

 

「……何をやっているんだ」

 

 

またしても口論する二人……と言ってもオルガマリーが一方的に噛み付いているだけなのだが。それを見てエツィオが呆れた様子でぼやく。

 

どうにもオルガマリーは立香を敵視しており、立香はそんなオルガマリーの反応を楽しんでいる節が見られる。喧嘩するほど仲が良いとは言うが、今はそんなことをしている場合では無いだろうに。

 

 

「さて、嬢ちゃんも宝具をモノに出来た。なら後やることは一つだ」

 

「ああ。セイバーを殺しに行くだけだ」

 

 

キャスターの言葉にエツィオが続く。

 

戦力は申し分も無い。暫しの休憩を取った後、すぐにでもセイバーが構える居城へ攻め入る所存であった。

 

 

「……そういえば、アサシンの宝具ってどんななの?」

 

 

ふと気になった立香が尋ねる。キャスターは炎の巨人。マシュは白亜の結界。ではエツィオの宝具は一体どんなものなのか。

 

 

「ん? ああ、そうだな……いずれ、来る時、使うべき時に披露してやるとしよう」

 

 

そう言ってエツィオは不敵に笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……ここに“大聖杯”がある。セイバーの野郎もこの奥に居る」

 

 

そして、数刻後。

 

立香達はキャスターに先導され、“龍洞”と呼ばれる山の内部に擁する大空洞を訪れていた。

 

曰く、この最奥部に大聖杯が敷設されており、セイバー……アーサー王が居城を構え、守護しているらしい。

 

 

「……ふむ、敵の反応は複数ある。大半が雑兵だとしてどれがサーヴァントかは判別出来ぬか」

 

 

“鷹の目”で覗き、洞窟内に点在する赤い光にエツィオは顔をしかめる。セイバーの顔と姿を事前に知っていればターゲットとして金色に発光させることが出来るのだが……。

 

 

「キャスターを見つけた時もそうだったけど、アサシンって敵の位置が分かるの?」

 

「ああ。これは“鷹の目”と言ってな。敵の位置や痕跡を視認することが出来る。通常ならば見えぬ文字も見えるし、不完全だが透視も可能だ」

 

『えっ!? “鷹の目”って……あれペットの鷲と視覚をリンクして偵察する奴じゃないの?』

 

 

エツィオの説明に、記憶と食い違っていたのかロマニが驚いた様子で疑問を口にする。

 

 

「は? 何だそれは……」

 

「それに鷲って……()の目なのに何で()なのさ」

 

「え? “Eagle vision”ですからそこは間違っていないのでは?」

 

「……はい?」

 

「え?」

 

 

困惑する一同。どうやら立香の聴いた“鷹の眼”というワードはマシュには別の言葉或いは別の意味として伝わっているようだ。

 

 

「……とにかく、俺は大体の敵の位置を把握出来る。余程遠方でもない限りな」

 

 

これは触れてはならぬ案件だと判断し、エツィオは咳払いして話を続ける。

 

 

『えぇ……チートじゃん。それってもう僕お役御免じゃ……』

 

「あら、今頃になって気付いたの? 役立たず」

 

『おおう……マリー辛辣ぅ……』

 

「それで、あなたの話だとセイバーの護衛に汚染されたサーヴァントが一騎居るみたいだけど」

 

 

しょぼくれるロマニを他所にオルガマリーが先頭に立つキャスターへと視線を向け、尋ねる。

 

 

「ああ。アーチャーの野郎が張り付いているはずだが―――」

 

「む、敵が来るぞ。反応は一つ……これは……他の反応よりも僅かに強いな」

 

「「「!」」」

 

 

その時、エツィオの発した言葉に皆が一斉に構える。それから数秒も経たない内に洞窟奥の暗闇が煌めき、矢が飛来する。

 

それは弾丸の如き目にも止まらぬ速さで吸い込まれるように立香の頭部を狙い撃ち――。

 

 

「ッ…………!」

 

 

しかし、寸前でマシュの盾によって弾かれる。地面に転がる矢に視線を向ければそれは捻れた螺旋状の剣のようなものだった。

 

対して矢を放った襲撃者は防がれたにも関わらずそれを見て笑みを浮かべる。

 

 

「ほう……その盾、間近で見て確信したよ。まさか()と融合しているとは。()()の興味をさぞ惹きそうだ」

 

「へっ……噂をすれば来やがったぜ。聖剣の信奉者のお出ましだ」

 

「……私は彼女の信奉者になったつもりはないが」

 

 

現れたのはあのランサー同様に漆黒の靄に覆われた男。顔は見えないが、色素の抜けた白髪と褐色の筋肉質な腕が特徴的な弓兵だった。

 

その飄々とした態度は、ランサーと違って理性的なように見える。

 

 

「よく言うぜ。一体何にセイバーを守っているのやら……」

 

 

そう吐き捨てるキャスターの顔は明らかに嫌悪に染まっていた。何やら因縁のある相手なのだろうか? と傍らで見ていた立香は思う。

 

 

「そういう貴様こそ自分が()()に手を貸しているのか理解しているのか? 魔術師になって更に性根が腐ったか?」

 

「ハッ もはや俺は誰の手駒でもねぇよ。それにいい加減永遠のゲームを繰り返すのも飽きてきただろ? そろそろマスを進めるべきだ」

 

「……成程。事のあらましは把握済みか。それでも尚、立ち向かう訳だな」

 

 

弓兵…アーチャーが目を細める。

 

 

「おうよ。世界を思うがままに出来ると思ったら大間違いだ。況してや俺らみてぇな死人が今更介入するなんて邪道にも程がある」

 

「不本意だが、同感だ。そういうのは英雄王に言ってやるといい。間違いなく串刺しにされるだろうがな」

 

「ふん……相変わらずいけ好かねぇ野郎だ」

 

「それも同感だ。訂正しよう。魔術師になってもその性根は変わらんようだ」

 

 

流れるような罵り合い。犬猿の仲とはこのことだろうと皆が思う。

 

互いに殺意を向け合い、片や魔術師にも関わらず杖を槍のように構え、片や弓兵にも関わらず手元にどこからともなく召喚した双剣を構える。

 

 

「さて、テメェとの因縁にもそろそろ終止符を打つか」

 

「望むところだ……と、言いたいところだが」

 

「あ?」

 

 

しかし、アーチャーはその鋭い眼を別の方向へ向ける。それはキャスターにとっては予想外のものだった。

 

 

「私としては貴方に興味がある。最強のアサシン、エツィオ・アウディトーレ」

 

「……知り合いだったか?」

 

 

皆が驚く。突如として誰も聞き覚えのなかった暗殺者の真名を言い当てたどころかどこか畏敬の籠った声で呟かれたからだ。

 

エツィオも生前の縁かと疑うが、記憶の限りではこのような人物とは面識は無い。

 

 

「いや、私が一方的に知っているだけだ。ボルジアを殺し、ローマを解放した男……私の生まれた時代でも、貴方の偉業は半ば伝説として伝えられている」

 

「……ならば教団の者か?」

 

「それも違う。関係者ではあるがね……ああ、テンプル騎士団ではないよ。あんな連中と一緒にしないでくれ」

 

「……そうか」

 

 

アサシン教団には所属していないが、関係者ではある。そして、テンプル騎士団に対する嫌悪感……成程。少なくとも生前は教団の味方であったようだ。

 

そんな人物が汚染され、影のサーヴァントと成り果てているとは。実に憐れである。

 

 

「で、弓兵よ。汝は俺との対決を所望しているみたいだな」

 

「ああ。そうだ。この身が果てるまでセイバーを守り抜くつもりだったが、貴方が来たことで気が変わった。最強の暗殺者に己がどれだけ戦えるか試してみたい」

 

「テメェ……そんな武人肌だったか?」

 

 

自分が知っているいつもの皮肉屋で饒舌な弓兵とは違う。汚染されて可笑しくなったのでは? とキャスターが勘繰る。

 

 

「それは違うなランサー。目の前の男は私がそう思うに足りる人物だということだ」

 

「……はっ。アサシンよぉ、どうやらアンタはこいつが生前に憧れた英雄って類いらしい」

 

「ああ。みたいだな」

 

 

後世の王達がアレクサンドロス大王に憧れ、そのアレクサンドロス大王がアキレウスに憧れたようにアーチャーもエツィオ・アウディトーレという過去の人物に憧れか、尊敬の念を持っていたのだろう。

 

この事実にキャスターは溜め息を漏らす。

 

 

「ったく……あの野郎とはここで決着を付けたかったが、ありゃアンタと戦う気満々なようだ」

 

「随分と潔いな」

 

「目的を優先してまで殺り合う気は無くなっただけだ。野郎との決着はまた別の聖杯戦争で付けるとするぜ」

 

「そうか……では―――」

 

 

するとエツィオが前に出る。

 

 

「アサシン……?」

 

「先に行け、マスター」

 

「え? 何で?」

 

「そうですエツィオさん。ここは皆で……」

 

 

全員で掛かった方が勝率も効率も良いはずだ。なのに自身を置いて行けと言うエツィオに立香とマシュが首を傾げる。

 

 

「奴は俺と戦うことを望んでいる。君達のことを後回しにしたい程にな。ならば俺に構わずマスターは先に進めば良い。こんな所でのんびりしている時間は無かろう?」

 

「……確かにそうね。手遅れになる前に、行動しないと」

 

 

エツィオの弁にオルガマリーが同意する。かの騎士王と戦うのだ。戦力は出来るだけ残しておきたいが、アーチャーとの戦闘を避けて最速で行動出来るのならばそれを優先するべきだろう。

 

何故ならこうしている間も、セイバーの手によって人類が滅びるかもしれないのだ。手遅れになる前に行動したい。

 

 

「けど……」

 

「心配するな、決して負けはせぬ」

 

「そうだぞ坊主。このアサシンはあの程度の野郎に殺られるようなタマじゃねぇよ」

 

 

それでもエツィオをただ一人残すことに不安を感じる立香は食い下がる。しかし、オルガマリーだけでなく今度はキャスターまでもが先へ進むことに賛同した。

 

 

「……本当に大丈夫なの?」

 

「問題無い。キャスターのお墨付きも戴いたのだ。早く行け」

 

「……うん。分かった。気を付けてね」

 

 

エツィオの言葉に立香は暫く考えてからコクリと頷く。不安はまだ消えていないが、一先ずはマスターとして彼を信じることにした。

 

 

「先輩……エツィオさん。必ず後で追い付いて来てください」

 

 

そんな彼を見てマシュが言う。彼女としてもエツィオの実力は理解しているが、不安はあった。

 

 

「ああ。勿論だとも」

 

「よし、一時の別れを惜しむのはこのくらいにしてさっさと行くぞ。――アンサズ!」

 

 

するとキャスターがアーチャーへと杖を向け、火炎弾を放つ。

 

 

「!」

 

 

アーチャーはそれを難なく避ける。しかし、次の瞬間視線を向けるとキャスターはおろか人っ子一人居なかった。

 

どうやら火炎弾に気を取られた一瞬で先へ進んだらしい。アーチャーは顔をしかめる。

 

 

「ッ……別に素通りしてくれても構わなかったのだがな」

 

「そのような性分では無かろう」

 

「!」

 

 

そして、背後から聴こえたその声にくるりと振り向く。

 

 

「お前は俺との対決を望んでいるが、それは別にマスターを狙わないことと同義ではない。そうであろう?」

 

 

背後に立つ暗殺者の問いにアーチャーはフッと笑みを浮かべる。

 

 

「ご名答。流石にそんなことをすればセイバーに何を言われるのか分かったものではないからね。それにしても、あの一瞬で私の背後を取るとは驚いたよ本当に」

 

 

そんな言葉とは裏腹に彼のその顔に驚きは微塵も無い。かの最強のアサシンならばその程度のこと赤子の手を捻るよりも容易いのだと理解しているからだ。

 

しかし、同時に疑問も生まれる。

 

 

「何故わざわざ声を掛けてきた? そのまま私の背中に刃を突き立てることも出来ただろうに」

 

「お前は一騎討ちを所望しているのであろう?」

 

「だから見逃したと?」

 

「ああ。それに成程……どうやらお前は俺についてよく知っているようだ。その張り巡らせているトラップは魔術の類いか?」

 

「む、気付いていたか……」

 

 

エツィオの指摘にアーチャーは顔を歪めるもこのような小手先が通じるはずもないかと納得する。

 

基本的な探知結界に加え、接近してきた相手を魔術攻撃で迎撃する自動発動型の魔術。サーヴァントに対しては効果は薄く、子供騙しも良いところだが、それでも無抵抗のまま殺されるということは防げる。例え一瞬だとしてもエツィオの存在を認識出来れば対処出来るという自信がアーチャーにはあった。

 

 

「視えるのでな」

 

「ああ。鷹の目……貴方程のレベルになると魔術まで視認出来るのか。羨ましいよ。()が薄い私ではそんなことは出来ない」

 

「ほう……では、お前もか?」

 

「ああ。教団と知り合ったきっかけさ。他の所有者と違って私の目は見えぬ文字は読めても透視や記憶の読み取りなんていう高度なものは出来なくてね。故に視力強化という一点において鍛練を徹底した」

 

 

お蔭で狙撃や偵察においては誰にも負けなくなった、とアーチャーは瞳を黄金に輝かせる。それはエツィオが鷹の目を使用した際と同一のものであった。

 

 

「成程。しかし、魔術を使い、双剣を得物とし、果てには鷹の目まで所有する弓兵など聞いたこともない。いや、本当に弓兵なのか?」

 

 

双剣を得物としている時点でそもそも自分が知る弓兵とは大きく乖離している。使い慣れたその様子からサブウェポンという訳でもなさそうだ。

 

だが、先程は 立香へと剣のような矢を放っている。故に弓も持っているのだろう。装備していないのは魔術によって召喚・保管が可能だからか。

 

 

「フッ……よく言われる。が、私はまだマシな方だ。中には弓を使わないアーチャークラスのサーヴァントだって居るのだからな。恐らく飛び道具さえ持ってれば適正有りと見なされるのだろう」

 

「何と……それは随分と大雑把だな」

 

 

ガンナーやシューターというクラスも必要なのでは? とエツィオは聖杯のシステムの粗さに呆れる。

 

 

「……まあいい。無駄話が過ぎたな。そろそろ始めよう」

 

 

すると次の瞬間。エツィオは跳躍するように地面を蹴り、アーチャーの眼前まで接近する。

 

 

「!」

 

 

籠手から刃が伸び、喉を貫こうと突き出される。アーチャーはそれを右手の剣で防ぐことで受け流すように上へと持っていく。そして、がら空きとなった胴体を切り裂かんと左手の剣を振るう。

 

 

「おっと」

 

 

しかし、エツィオは即座に後方へ退いたため剣は空を切った。

 

 

「ッ……やはり貴方に魔術は無意味か!」

 

 

今頃になって作動する仕掛けていた魔術に思わず舌打ちするアーチャー。分かっていたことだが、かつて半人前と呼ばれた己の魔術ではサーヴァント戦において役に立つことはなかった。

 

だが、元より暗殺という最悪の事態を回避する為のものだ。即座にアーチャーは後方へ下がったエツィオを追撃しようと切り込む。

 

 

「―――!」

 

 

繰り出される連撃。それをエツィオは身体を反らすことで避け、回避し切れぬ攻撃は手甲で受け流していく。

 

 

(凄まじいの一言に尽きるな……これがサーヴァントか)

 

 

ヴァティカンの衛兵隊、イェニ・チェリ軍団……恐らく彼らの何倍、何十倍と強い。今まで戦ってきた敵とは格が違うとエツィオは改めて認識する。

 

実を言うとエツィオがアーチャーとの一騎討ちに応じたのは己の実力を把握する為であった。サーヴァントとなった己が、英霊を相手に真っ向からの戦闘でどこまで戦えるのか。かの騎士王を相手にするのなら尚更だ。

 

そして、予想通りと言うべきかサーヴァントというのは、少なくともこのアーチャーはエツィオが生前で会い見た誰よりも強い。

 

 

(――面白い!)

 

 

するとエツィオは絶えず攻撃を行うアーチャーの腹を蹴り上げた。

 

 

「くっ!?」

 

 

当然、アーチャーは怯み動きを止める。それによって生まれた決定的な隙にエツィオは腕を彼の頭部へと翳し、“引き金”に触れた。

 

そして次の瞬間。パァン! という乾いた音が鍾乳洞に響き渡る。籠手に仕込まれたピストルから弾丸が放たれたのだ。

 

 

(ッ……! この距離ではアイアスは間に合わない……!)

 

 

ならばとアーチャーは片手の剣で弾丸を弾こうとする。しかし、アクション映画のように行くはずもなく衝撃で剣の方が弾かれ、宙を舞う。

 

これをチャンスと見たエツィオは両手から刃を展開し、アーチャーを切り裂こうと迫った。

 

 

「フッ」

 

「!」

 

 

しかし、ほくそ笑むアーチャーの顔に動きを停止させる。そして、くるりと後ろをエツィオは振り向く。すると宙を舞い、そのまま重力に従って落下するはずだった剣がこちらへ高速で迫っていた。

 

咄嗟にエツィオは刃を刀身に当て、剣の軌道を反らして受け流す。だが、攻撃はまだ止まらない。受け流した剣はアーチャーの手元に戻り、それをニ振りとも()()する。

 

 

「何っ……」

 

 

これにはエツィオも驚く。まさか得物を投げてくるとは思わなかった。不意を打つにしてもあまりにもお粗末だ。エツィオは即座に首目掛けて飛んで来るそれを避ける。

 

そして、アーチャーが何をしようとしているのかを理解する。彼の手元に同じ型の双剣がまた召喚されたからだ。

 

それもまた投擲される。気付けば弾いた剣がブーメランのように回転しながらこちらへ飛来していた。つまり四方を剣で囲まれ、エツィオが逃げられない状況が作り上げられていたのだ。

 

 

「鶴翼三連。この絶技――防げるものならば防いでみるがいい!」

 

 

更にアーチャーがまたしても双剣を召喚し、正面から切り込んでくる。その双剣の刀身は他のよりも長く、赤く発光していた。

 

計六つのほぼ同時攻撃。避けることも防ぐことも許さない完全に初見殺しの絶技だ。これには流石のエツィオも成す術は無く――。

 

 

「――否!」

 

 

絶体絶命。その状況下でもエツィオの目に諦めなどという感情は微塵も無く、即座に行動に移った。まず後方の剣をピストルを撃ち、弾く。それから三本のナイフを投げ、飛んできた剣の端に当てて軌道を反らす。

 

するとどうだろうか。別方向から向かってきていた剣までもが軌道を変えていく。まるで弾かれた剣に惹かれるように。

 

 

「なっ……」

 

 

アーチャーが目を見開く。ずれた軌道はほんの微々たるものだが、それだけの変化があれば避けるのは容易い。そうはさせぬとアーチャーは双剣を振るうが、エツィオは先程と同様にそれを受け流す――否、そのまま吸い寄せるかのように刃がアーチャーの喉元へと行く。

 

 

「ぬぅっ!?」

 

 

しかし、腐っても英霊か。反射的に地面を蹴り上げ、バックステップすることで何とか回避することに成功する。

 

ギリギリだ。リーチが少しでも長ければ喉を掻っ切られていた。

 

 

「ッ……ここまでとは」

 

 

何と、何という男だ。アーチャーは自身が憧れた暗殺者の実力を上方修正し、顔を歪める。

 

痛む横腹を見てみれば血が垂れていた。どうやら先程のカウンターを避けた際に振るわれた刃の一撃をもらっていたらしい。掠り傷程度だが、相手よりも先にダメージを負ったのはアーチャーにとって致命的だった。

 

 

「まさか鶴翼三連を、あんな方法で破るとは思いもしなかった」

 

 

“干将・莫耶”。中国におけるある夫婦が制作した名剣。その最大の特徴は磁石のように互いを引き寄せ合う夫婦剣であり、これを六対駆使することでほぼ同時攻撃を行う絶技が“鶴翼三連”。アーチャー唯一のオリジナル技。

 

しかし、エツィオには通じなかった。恐らく最初の一撃で双剣の性質に気が付いたのだろう。故にあれだけ冷静に正確に対処出来た。

 

銃撃し、ナイフを投げ、最後にカウンターを決める。この一連の動作をあの一瞬で思考し、アドリブでやったのだから驚愕せざるを得ない。

 

 

「いやはや……流石に死を覚悟したぞ」

 

 

一方、エツィオはエツィオでアーチャーの絶技に驚き、冷や汗を掻いていた。

 

仕組みに気付けなければまず死んでいただろう。弓兵がこのような技を持っているなど誰が予想出来ようか。

 

籠手を見てみれば少し罅が入っている。やはり完璧には受け流せなかったようだ。

 

 

「それはこちらの台詞だ。初見殺しの絶技と自負していたのだがね。おまけに危うくアサシンお得意のカウンターを決められる所だった」

 

「そう褒めてくれるな……剣と剣が引き寄せ合うのか、お前が剣そのものを操っているのか分からなかった。つまり一か八かの賭けだったのだ……それに勝ったまで」

 

 

幸運のパラメーターは低いのだかな、とエツィオは笑う。もしアーチャーが剣を操っているパターンだった場合はそのまま相討ちする所存だった。

 

 

「しかし、次はそうは行かぬ」

 

「フッ……恐ろしい男だ。ならば私も切り札を切らなければな」

 

 

そう言ってアーチャーは後方へと下がり、自身の胸に手を当てた。

 

 

I am the bone of my sword. (――体は剣で出来ている)

 

「!」

 

 

始まったのは詠唱。その瞬間、世界が作り替えられていく。

 

 

Steel is my body, and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子)

 

I have created over a thousand blades.(幾度の戦場を越えて不敗)

 

Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り剣の丘で勝利に酔う)

 

Yet, those hands will never hold anything.(故に、その生涯に意味はなく)

 

So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

 

「これは……」

 

 

世界が変わった。境界線に走る炎。無数の剣が刺さった荒野。空は赤く、幾つもの歯車が回っている。

 

 

「固有結界という奴か」

 

「ほう……知っていたか。聖杯の知識かな?」

 

 

またの名をリアリティ・マーブル。心情風景の具現化。個と世界。空想と現実。内と外を入れ替え、現実世界を心の在り方で塗り潰す魔術の最奥。世界そのものを変える魔法に近い魔術。初めて見たエツィオは目の前に広がる異世界としか形容出来ない光景に感嘆の声を漏らす。

 

一方、アーチャーは魔術とは縁遠いエツィオが“固有結界”などという単語を知っていることを意外に思う。

 

 

「ふむ、これが幾つも武器を召喚出来ていたカラクリという訳か……にしても身体は剣で出来ている、か。ますますアーチャーなのか疑わしいな」

 

 

普通はセイバーかキャスターだろう。呆れ気味で言うエツィオにアーチャーは眉をひそめる。切り札を見せたというのに彼が焦りや動揺の感情を見せるどころか余裕ぶっていたからだ。

 

単なる強がりか。それとも……。

 

 

「さあ、最強のアサシンよ。見ての通り私は千の宝具を持つ。かつて千の兵を相手に無双した貴方は、これをどう切り抜ける?」

 

 

そう問いながら双剣の切っ先を向ける。

 

やろうと思えばとある英雄王の如く四方八方から剣を豪雨のように降り注がせることも可能だ。最強と言えどアサシンに広範囲の攻撃に対処出来るような攻撃手段があるとは思えない。

 

負ける道理は無かった。アーチャーは己の勝利を確信する。

 

 

「どう切り抜ける……そうだな。こればかりは俺一人ではどうしようもない」

 

 

そして、出たのは諦めの言葉。しかし、その瞳に宿る闘志はまだ燃えていた。

 

 

「故に、こちらも切り札を切ろう」

 

 

そう呟かれた言葉にアーチャーが身構える。そうだ。彼はまだ使っていない。サーヴァントの切り札、宝具を――。

 

 

「Laa shay'a waqi'un mutlaq bale kouloun mumkin.」

 

 

真実は無く、許されぬことも無い。呟かれたのはアサシンの信条。それに呼応するかのように世界が再び上書きされる。

 

 

「“我らが信条、血盟は続く、永遠に(アサシンクリード・ブラザーフッド)”」




……鶴翼三連ってこんな技だっけ? 記憶が曖昧

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