「なぁ、どういうことなんだよ!」
「お、落ち着いてください。今、大社も調べていますから」
「そんなこといわれても落ち着けるわけねぇだろ!?アイツがそんなことするわけないだろ!何かの間違いだって!」
「健太!俺も同じ気持ちだ!でも、ひなたちゃんに当たるのは間違いだろ!」
力に言われて健太は小さく、謝罪して離れる。
「いえ、私も、信じられないという気持ちは同じです」
ひなたは俯く。
黒騎士が乃木若葉を襲撃したという事件から数日が経過した。
幸いにも若葉は一命をとりとめている。
だが、勇者を黒騎士が襲ったという事件は止めることもできず、瞬く間に四国中に報道されていた。
「何だよ。今まで日向の存在を否定していた癖に……こういうところだけは信じるっていうのか?」
「まるで、黒騎士の悪評を広めようとしているみたいだ」
力の言葉にひなたも少なからず思っていた。
情報拡散が早すぎる。
大社は今まで黒騎士の情報拡散を抑えていた。そのために、四国中で知っている人間はほとんどいなかった。
だが、今回の悪評によって彼の悪い情報だけが物凄い速度で広まっていく。
この数日という期間で黒騎士は悪という情報だけが人々に認識されてしまっていた。
「なぁ、日向は、今どこに?」
「行方不明です。大社の人達が探しています」
「俺達も探そうぜ!」
「待ってください」
探しに行こうとした健太をひなたが止める。
「今は、探さないでください」
「どうしてだよ!俺達はアイツの親友だぞ!」
「だからです」
ひなたは周りを見る。
「今は監視されていませんが、大社の一部は貴方達を利用して日向さんをおびき出そうとするかもしれません」
「不用意な行動はしないほうがいいってことか?でも……」
「くそっ!」
苛立つ健太は拳を壁に叩きつける。
「親友がピンチだっていうのに俺達は……俺は、なんもできねぇのかよ!」
悔しさに顔を歪める健太。
だが、事態はさらなる悪化を辿る。
急患として伊予島杏と土居球子が運ばれてきた。
彼女達は黒騎士の襲撃を町中で受けたという。
――勇者を狙う黒騎士。
その情報によって四国の民は黒騎士を悪として認識した。
「ふーん、変なことになっているねぇ」
流星光は町中に広まっている情報を見て吐息を漏らす。
黒騎士をみつけたら即射殺という嘘か真か怪しい情報まである。
「アイツを始末するのはこの俺だ。誰の邪魔もさせない」
――だが、この状況は面白くない。
顔をしかめながら流星光は歩き出す。
学ランの流れ星がキラリと輝いた。
黒騎士が他の勇者を狙ったということで大社は即座に彼を危険指定、勇者にも接触しないようにと強く告げてきた。
ひなたはそれを無事な二人、高嶋友奈と郡千景に伝えるも、二人の表情は反発の色が強い。
「切り捨てるの?大社は」
ぞっとするほど、冷たい瞳で千景はひなたへ問いかける。
普通の人なら腰を抜かしてしまうほどの視線、だが、ひなたは臆さない。
彼女の気持ちを自分も痛いほど理解できるのだ。
「答えて、上里さん、大社は黒騎士を、日向を切り捨てるの?」
「今のままだと、そういうことになるかもしれません」
「そんな!」
「ですが、まだ、希望はあります」
「なんだよ、それは!」
「真相を突き止める事……それも急ぎ足で」
「真相を?」
「黒騎士さんが本当に若葉ちゃんを襲ったのか、別のものの仕業なのか、それを突き止めることです……ですが」
「やろう!」
高嶋友奈が立ち上がる。
「日向さんが若葉ちゃんを殺そうとするなんて絶対にありません!だって、バーテックスを滅ぼすために戦っています。その人が……人を殺すなんて、おかしいです。絶対、絶対に何か理由があるはずです!」
「私は何があっても日向を信じる。大社が彼を排除しようとするなら、私は許さない」
勇者としては問題のある発言だが、千景は暗い影を持ちながらも強い決意で告げる。
「私も日向さんを信じています。まずは、彼を探すことが必要です……そこで」
ひなたは声を落とす。
「危険ですが、作戦があります」
ひなたの考えとは勇者や巫女である自分達を囮として黒騎士をおびき出す。
大社に感づかれないように少しばかり変装をして街を歩く。
「でも、こうして出てくるのかしら?」
「勇者を狙っているというのなら、必ず現れるはずです」
「絶対、みつけよう!」
やる気に満ちている友奈。
ひなたは千景にこっそりと声をかける。
「千景さん」
「何かしら?」
「実は前から聞いてみたいことがありまして」
「……聞きたいこと?」
「ズバリ、日向さんのどこに惚れているんですか」
ブフゥ!と飲んでいたドリンクを吐き出す千景。
「え!?ぐんちゃん!どうしたの?」
「何でもないわ。だ、大丈夫よ……高嶋さん」
「そ、そう?」
首を傾げる友奈に微笑んでから振り返る。
「何を言い出すの?」
「いえ、敵情視察です」
「は?」
「実は……」
ちらりと視線を逸らしながらひなたは千景に爆弾を投下する。
「私、日向さんのことを好きになりまして」
「……渡さないわ」
「大丈夫です。奪いますから」
「そう、宣戦布告というわけね」
「はい……ただ、知っておきたくて、彼のどこが好きなのかと」
ひなたにとって強敵は千景であると思っている。
だから、なるべく相手の気持ちの度合いを知っておこう。
そんな気持ちがあった。
「(ぐんちゃんとひなたちゃん、何の話をしているのかな?あぁ、それにしても、日向さん、どこにいるんだろ。心配かけて、もう!お話しないと)」
尤も、二人の知らないところに伏兵がいるということを気付いていなかった。
「彼は私を短い期間だけど、地獄から救ってくれた。私にとっていることが当たり前の相手、そして、死んだと思っていた。だから、絶対に今度は離さない。ずっと、傍にいてもらう」
髪で隠れている耳元を触りながら千景は今までに見せたことのない表情で答える。
「(これは、強敵です。流石は千景さんです)」
感心しつつ、相手が強敵であることを理解して、ひなたは闘志を燃やす。
しかし、黒騎士は姿を見せなかった。
「日向さん、姿を見せなかったね」
「ええ、でも、見つけ出す。必ず、どこにいても」
友奈と千景はそういって頷きあう。
何が何でも黒騎士と出会う。そうして、真相を突き止める。
「でも、ぐんちゃん」
「なに?高嶋さん」
「今のままじゃ、日向さんは遠くにいっちゃうよね」
しゅんとうなだれている友奈。
「……高嶋さん、少し話をしない?」
千景に言われて友奈は頷く。
友奈の部屋に向かう。
「きっと、日向は今のままだと何もかも捨ててしまう」
「そう、だよね。なんとなく、わかったんだ。日向さんって、生きているようで生きていない人なんだって」
「昔はそんな人じゃなかったわ。誰よりも明るくて、正義感に燃えていた。こんな私でも傷だらけになって助けてくれる……素敵な人」
今も素敵だけど……心の中で千景は微笑む。
「でも、今の彼は昔と違う……いいえ、少し残っているだけ、ほとんどはバーテックスを滅ぼすことに意識を向けている……彼の言葉を借りるなら」
「復讐者だよね」
「ええ、でも、私は彼を今のままにしておきたくない」
「私も!私も……同じ気持ちなんだ」
友奈は拳を握り締める。
自分を助けてくれた黒騎士、盗賊騎士の悪夢から自分を救い上げてくれた彼。
彼がいない日常など考えられない。
遠くへ、彼が遠くに行こうとするのなら。
何が何であろうと、彼の傍に居続ける。
「ねぇ、高嶋さん、一緒に……頑張らない?」
「一緒に?」
「ええ」
千景は微笑む。
彼女にとって高嶋友奈という少女は日向と同じくらい大切な存在だ。
だから、彼女と日向をかけて取り合うなどということはできるならばしたくない。ならば、どうすればいい?
答えは簡単だ。
「いいね!一緒にやろう!ぐんちゃんと一緒なら大丈夫!」
「そういってくれると嬉しいわ」
二人は微笑みあいながら強く、とても強く、互いの手を握り締めあった。
目の前で乃木若葉が血まみれで倒れている。
驚きながらもすぐに手当てをすれば、助かる。俺は黒騎士の力を使って彼女の傷をふさいだ。
だが、そこを何かにつけこまれる。
脇腹に走る激痛。
刺されたと理解する暇もないまま、俺は襲撃者にブルライアットを繰り出す。
手ごたえを感じないまま、強力な一撃を受けて、俺は樹海の外まで飛ばされた。
突如、目の前の映像が切り替わる。
「ノー!貴方は農業というものが全く分かっていないわ!」
「興味がない」
ああ、懐かしいものをみているな。
俺は目の前の光景がすぐに夢だとわかる。
だって、前にいる相手は既に死んでいるのだから。
諏訪の勇者。
幼いながらも一人で鍬を振り下ろし、畑を耕す変わった少女。
今までなら鮮明に思い出せた顔も今や朧気だ。
名前も思い出せない。
そもそも、俺は何をしているのか?
四国にとどまっていたのが原因かもしれない。
「それは、お前の記憶が摩耗していっているためだ」
「ブルブラック……」
「復讐という道を進むものは心や精神が次第に摩耗していく。弱い人間であれば、尚のことだ」
「俺を弱い人間というのか?」
「それはお前が一番、わかっているはずだ」
ブルブラックの問いかけに俺は言葉を失う。
わかってはいた。
覚悟はしていたのだ。
だが、こんなことであっさりと揺らぐ自分が酷く滑稽で、惨めだ。
「だが、それがお前の良さなのだろうな」
「どういう意味だ」
「お前がどこまで、いや、果たせるのかどうか……私は見守る。時がくるまで」
ブルブラックが背を向ける。
「あの人間に感謝することだな……どうやら、人間というのはすべて同じというのではないらしい」
「……わかっている」
短く返して、すぐに視界が暗くなっていく。
ああ、目を覚ますのか。
「あら、目を覚ましたの?」
体を起こしていると引き戸が開いておばあさんが姿を見せる。
「助かりました」
短く答えて、体を起こそうとするがおばあさんにやんわりと押し戻された。
「無茶しちゃダメよ、傷だらけだったんだから、もう少し休みなさい」
「だが」
「無理し、な、い、で!」
やんわりと、けれど強い力で押し戻された俺は大人しく横になる。
「何か必要になったらいってね。すぐ、用意してあげるから」
そういうと部屋の奥に向かうおばさん。
残された俺は天井へ手を伸ばす。
袖から伸びた手は傷だらけだった。
頭上には鞘に納められているブルライアットがある。
「……」
横になりながら俺はため息を零す。
街では黒騎士の悪評が広まっている。
今すぐにでも奴を倒しに行きたいのだが、体の傷が深すぎた。
少し治癒させないと、いや、万全の状態で挑まないと奴と戦えない。
「問題は」
傷が癒えたとして、背後から斬られないかどうか。
今の俺は勇者を殺そうとした犯罪者というレッテルが貼られている。
黒騎士としての姿と、おそらくだが、落合日向としての俺の姿も大社は掴んでいる。いずれ、ここへやってくるかもしれない。
いつでも動けるようにしておいた方がいいだろうな。
置かれているブルライアットへ手を伸ばす。
「ちょっといいかしら?」
慌てて、俺は手を戻した。
「何だ?」
「食事、お腹空いていない?」
「空いています」
「うどんでいいかしら?」
「ええ」
蕎麦と口に出そうとした自分を殴りたい。
最早、名前も思い出せない相手が好んでいたものを食べて、どうしたいのだろうか?
「俺は、俺が、わからない」
樹海化が発生した。
神樹すら予期していなかった事態に無事な勇者の友奈と千景はバーテックスと戦うために出迎える。
「あれ?」
「……バーテックスが、いない?」
覚悟して外に出た二人の周りにバーテックスの姿はない。
しかし、一人いる。
刀袋を握り締めて、鋭い瞳で二人を見ていた。
「人?」
「いいえ、あれは」
「成程、樹海ということをやってみたが、乃木若葉は現れず……か」
ため息を零しながら十臓は刀袋から刀を取り出す。
同時に彼の姿が白を基調とした外道へその身を変える。
裏正を抜いたと同時に千景と友奈に襲い掛かる。
「高嶋さん!」
「うん!」
千景が裏正を鎌で受け止めたところで友奈が拳を放つ。
「勇者パァンチ!」
放った一撃は裏正で受け止められてしまう。
「ウッ」
千景を弾き飛ばし、裏正を回転させながら拳を受け止めていた。
一瞬の動作で攻撃を防いだ十臓の姿に二人は思う。
――強敵だ。
今までのバーテックス、敵において、強敵過ぎる。
勝てるかわからない。
「負けない!みんながいないんだ!私とぐんちゃんで守る!」
「ええ、必ず勝つ」
友奈の言葉に千景は頷く。
二人に十臓はため息を吐きながら裏正を構えようとして、動きを止める。
「来たか」
「え?」
一陣の風が吹いた。
二人の横を黒い影が通り過ぎる。
黒いマントを揺らしながら十臓と向かい合う。
「ウソ……」
「日向さん!!」
現れた黒騎士は振り返らずに鞘からブルライアットを引き抜いた。
「貴様か、黒騎士」
「バーテックスは倒す、そういったはずだ」
「成程、貴様は俺の相手になり得るか?」
同時に裏正とブルライアットがぶつかる。
二つの刃は火花を散らしながら攻撃を繰り出す。
裏正の刃が黒騎士の肩を、ブルライアットが十臓の腹部を切り裂いた。
「お前、怪我をしているな?」
「そういう貴様も、万全ではいな?」
互いの状態を察しながらも武器を下げる様子がない。
くるくると回転しながら振るわれる刃を黒騎士は弾く。
ブルライアットの光弾を裏正で十臓は切り裂いた。
二人の戦いに勇者の二人は割り込むことができない。
「私達は……何もできないの?」
「ぐんちゃん……」
崩れ落ちそうになる千景、友奈はそんな彼女に何と声をかけていいのかわからない。
「チッ、時間切れか」
十臓は距離をとる。
裏正を鞘に納めた。
同時に樹海が崩壊していく。
「黒騎士、貴様との斬りあいはとても楽しめるものだった。次の戦いも楽しみにしているぞ……今度は」
十臓は闇色の斬撃を放った。
黒騎士はギリギリのところで躱す。
放った斬撃は空をも切り裂く。
「貴様」
「次は完全の状態で挑む。それまでにもう少しなんとかしておくことだな。黒騎士」
警告のようなものを告げて、十臓の姿が消える。
同時に元の世界に戻された。
だが、場所は最悪だった。
人が大勢いる町中。
座り込んだ千景と友奈、少し離れたところにいる黒騎士。
そんな彼らの姿を見て町の人達は理解する。
黒騎士が勇者を襲うとしていると。
「黒騎士が勇者を殺そうとしているぞ!」
「化け物が!勇者から離れろ!」
街の人達が石や色々なものを投げてくる。
黒騎士は飛んでくるものを払わず、されるがまま。
彼は何も言わずに離れていく。
千景は手を伸ばそうとした。
しかし、その手は届かない。
「何だよ……何なんだよ!」
今の光景を見て、健太は拳を壁に叩きつける。
力は何も言わない、けれど、拳は血がでてくるほど握り締めていた。
二人は目の前の光景に言葉が出ない。
樹海の中でどのような戦いがあるのか、力たちは知らない。彼らがどれだけきつい戦いをしているのか、知っている人間はいないのだ。
だから、大社からの情報だけを信じるしかない。
「これは、酷すぎる」
本当かウソなのかもわからないのに黒騎士が悪人扱いされていることが許せなかった。
親友があんな誹謗中傷を受けることが許せない。
「俺達も、何とかできたら」
「いや、するんだ!」
力の言葉に健太が叫ぶ。
「俺達で、真犯人を見つける!黒騎士を、俺らの親友の日向を苦しめる奴を見つけ出して、謝らせる!俺達だって、できることをやろうぜ!!」
「ああ!やろう!日向を助けるために!」
叫ぶ二人をみている者がいた。
「そうか、私が意識を失っている間に、そんな事態になっていたのか」
乃木若葉はひなたからの報告に顔を歪める。
「若葉ちゃん、傷の方は?」
「大丈夫と言いたいが、戦闘は長時間不可能、できたとしても五分間が関の山だろう」
「五分間……」
ひなたは繰り返す。
若葉が目を覚ましたという報告を聞いたひなたは急いで向かい、彼女の様子を見て、不覚にも涙を流してしまった。
親友のひなたの様子がおかしことに気付いた若葉は事情を聴く、そこで事態を知る。
「すまない、本当なら否定したいのだが、背後からいきなり貫かれて動けなかった……だが、あれは黒騎士ではない」
「どうして、そう思うんですか?」
「どんな存在であろうと何かをする瞬間、気持ちが入るものだ。だが、私を背後から襲撃した者にはそういう感情めいたものが全く感じられなかった。まるで“感情を持ち合わせていない人形”のように背後から現れて、私を斬った……そう感じたんだ」
「背後から……そんなことが」
「私の直感めいたものだ。根拠の類はない」
そういいながら若葉はシーツを握り締める。
「自分が許せない。余計な重荷を私は……彼に背負わせることになるんだ!」
「若葉ちゃん」
悔し気に顔を歪める若葉の手をひなたはそっと握り締める。
「まだ、大丈夫です。彼は生きています。若葉ちゃんも生きています。ここで諦めなければいいんです。絶対!彼の無実を晴らしましょう」
「ああ、まずは体を万全にしなければ!」
頷いて若葉とひなたは動く。
「行くの?」
外に出ていこうとした俺におばあさんが声をかける。
「世話になりました。何のお返しもできないですが……ありがとうございます」
「お礼なんて、とんでもない。私は貴方のおかげで普通の生活が送れるのよ」
「?」
「その様子だと、憶えていないみたいね……私は孫たちと一緒に諏訪から四国へ移り住んだ者です」
「……」
おばあさんに言われるも思い出せない。
四国へ連れてきた人たちの顔を覚えていなかったというのもある。何より、バーテックスと戦うことばかりでいちいち、意識していなかった。
「やっぱり、憶えていないのねぇ。でも、私は、いえ、私達は憶えているわ。あの子達のために戦ってくれた貴方ともう一人のこと」
「それで?俺を助けたのか?」
「私は貴方のことを他の人達へ伝えないことを条件として、四国に住まわせてもらっている。とてもつらかった……だから、自己満足と言われてもいいから、貴方に少しでも恩返しをしたかったの」
「別に、俺はついでで運んだだけに過ぎない……本当に感謝されるのは諏訪の勇者と巫女の方だ」
「……貴方、本当に二人のことが大好きなのね」
「そんなことは」
「でも、自分を犠牲にすればいいという訳じゃないわ……貴方のことを大事に思っている人達もいるのだから、そのことを忘れないで」
「……そんな奴はいない。俺は独りだ。弟を失った俺は……」
「そんなことないわ」
おばあさんはそういうと俺に服を差し出す。
「手助けはできない……でも、私や貴方に助けられた人達は感謝している。貴方が無事に帰って来ることをいつも願っている……それは忘れないで」
服を受け取ると強くその手を握り締められる。
しわくちゃの手。
けれど、不思議と俺にとってとっても温かいものに感じられる。
自然と俺は黒い上着を受け取った。
「気を付けてね、今度はお茶でも飲みに来て」
「……ありがとう」
小さく、俺は返すしかなかった。
不思議と脳裏に彼らの姿が過ぎる。
「そうか、俺はあいつらが大事だから、こんなに怒っているんだよな」
何を忘れていたのだろうか。
本当に嫌になってしまう。
ため息を吐きつつ、外へ出る。
「落とし前はつけてやる……偽物」
翌日、四国の町に何の前触れもなく黒騎士が姿を現す。
黒騎士はブルライアットを抜いて、町中の人達を襲い始める。
突然の事態に誰もが悲鳴を上げて逃げ惑う。
一部の人間が抵抗を試みるも振るわれた刃に次々と倒れていく。
逃げ惑う人たち。
逃げていた風太郎は躓いて、地面に倒れる。
黒騎士はブルライアットを振り上げた。
その時、細長い刃が黒騎士の肩に刺さる。
「あ!」
風太郎が喜び声を上げる。
人の波を逆らう様に落合日向がやってくる。
黒い上着を羽織り、腰にはブルライアットを下げて、彼の視線は人を襲っている黒騎士へ向けられていた。
気づいたのか黒騎士は近くの人間を蹴り飛ばして、彼に視線を向けた。
「お前に色々と邪魔されて迷惑だ。ここで潰す」
ブルライアットを抜いて空へ掲げる。
「騎士転生!」
緑色の光と共に日向は黒騎士へその姿を変える。
二人の黒騎士が同時に駆け出す。
二つのブルライアットが派手に火花を散らしていく。
「黒騎士が二人?」
その光景に誰もが困惑していた。
中には大社の人間もいるようで驚いている。
「グッ」
互角に見えた戦いだが、片方の黒騎士が脇腹を抑えた。
「(傷がまた!)」
最初の襲撃で受けた傷がまだ癒えていない。
痛みをこらえながらブルライアットをショットガンモードにして放つ。
攻撃を受けた黒騎士はのけ反りながらも“黒の一撃”を繰り出す。
日向は派手に吹き飛び、地面に倒れる。
「(くそっ、不意打ちを受けた時の傷が……)」
痛みに顔を歪めながらもブルライアットを振るう。
空ぶった隙をつくように偽黒騎士の刃が黒騎士の腹部を貫く。
「ぐぅ」
とどめというように殴られて倒れた黒騎士、鎧が解除されて落合日向の姿へ戻ってしまう。
「黒騎士!」
倒れた日向に風太郎が駆け寄る。
「逃げろ……邪魔だ」
「でも、血だらけで!」
「……いいから、逃げろ!」
この子だけは守らないといけない。
蔵人のような子を増やしてはいけないと考えながら遠ざけようとするも腹の傷が邪魔をする。
逃がそうとしている間に偽黒騎士が目の前にやってきた。
偽黒騎士がブルライアットを振り上げる。
日向は咄嗟に風太郎を抱きしめた。
その時。
「「うぉおお!」」
偽黒騎士に健太と力の二人が飛びかかる。
横から不意打ちのような衝撃を受けた偽黒騎士の刃が地面を抉った。
「無事か!日向!」
「ようやく見つけたぞ!」
「……力、健太」
二人は日向の姿を見て、笑みを浮かべる。
「何をしに来た、すぐに」
「ここは任せてくれ!」
「何を言って……」
「いいからいいから、一回だけの奇跡って奴をみせてやるから!」
日向に健太はそういうと力を見る。
「行くぜ」
「ああ」
よくみると二人の腕にはブレスレットのようなものが巻かれていた。
「インストール!」
「レッドターボ!」
それぞれが叫ぶと眩い光と共に二人は赤いスーツを纏っている。
顔を仮面で隠し、赤い特殊素材でできたようなスーツ。
ここではない別の世界。
そこで地球を狙う強大な敵と戦うために高校生である彼らが手にした力。
炎力が手にした力は「高速戦隊ターボレンジャー」のレッドターボ。
伊達健太が手にした力は「電磁戦隊メガレンジャー」のメガレッド。
本来なら存在しない筈の力。
たった一度だけの奇跡が解き放たれる。
「すっげぇ、体に馴染むぜ」
「全身から力を感じる!」
二人が感嘆の声を出しているところで偽黒騎士の拳が直撃した。
吹き飛ぶ二人。
だが、
「いってぇなぁ!この野郎!」
「くらえ!」
メガレッドは“メガスナイパー”を、レッドターボは“ターボレーザー”を抜いて狙撃する。
攻撃を受けた偽黒騎士はのけ反る。
「この野郎!いきなり攻撃とはやってくれるじゃねぇか!ドリルセイバー!」
メガレッドはドリルを模した剣“ドリルセイバー”を抜いて走り出す。
偽黒騎士はブルライアットで斬り返した。
「舐めるなよぉ!」
叫びと共にドリルセイバーの一撃が偽黒騎士へ直撃した。
続けて、高速移動してきたレッドターボの拳を受けて仰け反る。
「GTソード!」
ターボレッドの専用武器、GTソードがメガレッドと入れ替わる形で刃が偽黒騎士を狙う。
振るわれる攻撃に偽黒騎士は対応できず、圧され始める。
「力!」
「健太!」
偽黒騎士の黒の衝撃が振るわれる瞬間、二人は互いの足を蹴って、その場を離れる。
反対側にあった壁を走るようにしながら頷き――
「セイバースラッシュ!!」
「GTクラッシュ!」
二人の必殺の一撃が偽黒騎士の両手を切り落とす。
斬られた両手から泥のようなものが零れていく。
「コイツ、人間じゃないのか」
「うえぇえ、何か、気持ち悪いぃ」
目の前の光景を見て、吐き気を催すメガレッド。
両腕を切り落とされた偽黒騎士はふらふらと起き上がりだす。
続けてもう一度、放たれた一撃によって偽黒騎士は原形を保つことができなくなり、その体が崩壊した。
「コイツ……泥だったのか?」
「やっぱ、気持ち悪い。駄目だ、これ」
「それよりも、お前達、それ」
日向が二人に近づく。
「ああ、これなんだけど」
光と共に二人の赤いスーツが消える。
同時に腕に巻かれていたブレスレットも消失した。
「ああ、本当に一度だけみたいだな」
「くっそぉ、日向の手助けをしたかったのになぁ」
二人は残念といいながら日向に駆け寄る。
「まあ、一度だけの奇跡だからさ……ごめん、こんなところで使っちまって」
「別に………………助かった」
日向は最後に感謝の言葉を継げる。
聞こえた二人は嬉しそうにほほ笑んだ。
四国の空。
そこに二つの光が向かっていく。
光を掌の中に納めると彼、アカレッドは肩をすくめる。
「やはり、同じ存在であっても、別世界だと、完全に使いこなすことは出来ないか」
彼の手の中には先ほどまで力と健太が変身していたレッドターボとメガレッドの“レンジャーキー”があった。
伊達健太と炎力。
スーパー戦隊といわれる存在の力をアカレッドは二人に貸し与えた。
本来、別世界だが、彼らが使っていた力を与えることで一時的に、彼らは変身することが可能となった。
「しかし、この世界……天の神か……どこでも、世界を滅ぼす敵というのは存在しているようだ」
アカレッドはそういいながら目の前の裂け目をみる。
「腑破十臓が開いた一時的な裂け目も閉じるか……できるなら、もう少し手助けをしたかったのだが、限界か……もう少し、彼らの手助けをしたかったが、後は彼らを信じることにしよう」
ちらりと海の方を見て、アカレッドは裂け目の中に飛び込む。
最後まで彼の視線は海に向けられていた。
今回、思い付きでやってみました。
簡単な登場人物紹介
偽黒騎士
前話で若葉を襲撃した張本人。
姿形は黒騎士と同じなれど、能力は大きく異なる。
その正体は何者かが作り上げた粘土人形。
二人のレッドの攻撃を受けたことで原形を保てず、粘土となり、崩壊する。
アカレッド
スーパー戦隊の記念で登場するある意味、番外戦士。
初登場はボウケンジャーから、その際には歴代レッドに変身する力があったはず、
その後、出番がなくて……海賊戦隊ゴウカイジャーにて、再登場。
その際はすべてのレンジャーキーを集めるために赤の海賊団を結成、マーベラスとバスコの三人で行動するも、バスコの裏切りにあい、マーベラスを活かすために生死不明の事態に。
最終回で姿を見せたことから生存はしていると思われる。
今回は偶然、この世界に出現しただけであり、別世界でスーパー戦隊である力と健太が使っていた力を一回だけの奇跡と称して、貸し与えた当人。
次回から登場するかは不明。
ちなみにこの騒動が原因でゆゆゆい世界はとんでもないことになるという。
次回、黒騎士とヤミマル、十臓の間に決着がつく……予定。
予告します。勇者の一人が、病むかも。
もし、スーパー戦隊が絡んで新たな戦いがあるならどれがいい?
-
パワーレンジャー
-
リュウソウジャー
-
ルパパト