「古波蔵棗……なんだよな」
「そうだよ」
頭痛は収まり、俺は古波蔵棗という少女と共に場所を変えて人が行き交うショッピングモールの中にいた。
誰かに聞かれても困らないような場所を選んだ。
「覚えていないの?」
「すまない、名前と顔は思い出せるんだが、他にどんなことをしたのかは思い出せない」
「特に、私と日向さんがしたことはないよ」
「え?」
「だって、日向さんは私と出会った時はずっと黒騎士の姿だったから」
古波蔵棗の話によると彼女と俺が出会った時、俺は黒騎士の姿のままで住民や棗と語り合うようなことはともかく、共に食事をすることもしなかったという。
「ほとんど接点がないというのに、どうして、キミは俺を気に掛ける?」
「……多分、日向さんは覚えていないよ。一度だけ、たった一度だけ、日向さんが私を助けてくれた時があったんだ」
「俺がキミを?」
「思い出せていないから仕方ないんだろうけれど、私は覚えている。あの時のこと」
西暦の時代。
勇者として戦う古波蔵棗の前にフラリと姿を見せたのは黒騎士。
常に鎧へ身を包み、彼は剣でバーテックスを滅ぼしていく。
その姿に住民は戸惑いと恐怖の感情を浮かばせていた。
しかし、棗は不思議と彼に対して恐怖を覚えず安心感しかなかった。きっと、彼が敵意をもっていなかっただろう。
そんなある日。
襲来したバーテックスが意図的にサトウキビ畑を破壊しながら進軍するということを行った。
祖父のサトウキビ畑を荒らされたことで激昂した棗は冷静さを欠いて敵と戦い、命を落としそうになる。
そんな時だ。
攻撃をバーテックスから防いだ黒騎士。
彼はブルライアットでバーテックスを射抜くと振り返ると同時に棗を殴った。
殴ったのである。
突然のことに目を白黒させていると黒騎士は叫んだ。
「奪われたくないなら戦え!それがお前にできることだ!」
今にして思えばあれは激励だったのかもしれない。
黒騎士はすべての敵を滅ぼすとやるべきことがあるといって別れを告げて沖縄を離れた。
別れる直前に互いの本心を打ち明けて会話をした。
それから二度と日向と棗が出会うことはない。
「でも、私は救われた……黒騎士、ううん、落合日向、貴方に救われた。だから、心の底から感謝している。そして、私は貴方が大好きだ」
「……俺は、覚えていない」
日向の言葉に棗は表情を変えない。
だが、その目は少しばかり沈んでいた。
「だが、何も知らないからと拒絶するのはいけないことなんだと思う」
続けて告げられた言葉に棗は顔を上げる。
そこにいたのは先ほどまでの弱弱しい表情じゃない。
彼女の知らない……けれど、兜の中に隠れていた“強い彼”にとても似ている気がした。
「古波蔵棗、俺は俺の知らない記憶を……知らないと言っている記憶を知りたい。助けてくれないか?」
彼の目をみて棗は小さく微笑む。
表情の変化が乏しいと言われている彼女だが、その目はとても朗らかで見る者を見惚れさせるものであった。
「うん、助けるよ。私を助けてくれたように、私も日向さんを助ける」
伸ばされた手を棗は掴む。
「ここは?」
棗が連れてきたのは清州中学校勇者部の部室。
「神世紀と呼ばれる時代に日向さんが訪れていた場所だって、風から聞いている……そこにいる勇者部の彼女達とバーテックスと戦ったって」
かいつまみながら自分の過去を聞いた日向は校舎を見上げる。
不思議に思いながらもその中に足を踏み入れようとした時。
「日向さんだよぉ~~~~!」
学校の窓から少女が飛び出した。
もう一度、言おう……学校の窓から飛び出したのだ。
「え?」
茫然とする棗。
だが、日向は予想出来ていたかのように駆け出して落下する少女を抱きかかえる。
土煙が舞う中で彼は茫然と落下してきた乃木園子を見下ろす。
「お久しぶりなんよぉ!日向さぁん」
ぽろぽろと涙を零しながら園子は日向に抱き着いた。
戸惑いながらも彼女が泣き止むまで日向はそのままでいることにした。
乃木園子から自分の神世紀における自分のことを聞く。
「俺はキミと新婚だったのか」
「その通りなんよ!」
「ウソだよ。日向さんは誰とも結婚していなかった……恋人もいなかったはず」
「そうか、少し安心した。俺がこんな可愛くて幼い子に手を出していたのかと思うと不安だった」
「酷いんよぉ!そこは愛している!園子とかいってくれてもいいのにぃ」
「無理だ」
「即答!?記憶がなくても日向さんは日向さんなんよ」
「そうか」
サンチョさんぬいぐるみを抱きしめる園子の姿を見て少しばかり安心した。
記憶がないが、不思議と彼女達と接していくことに心が安らぐような気がする。
おそらく、自分は本当に彼女達と親しかったのだろう。
記憶がなくとも、体や心が覚えている。
そんな気がした。
「でもぉ、ここからは覚悟した方がいいんよ」
「覚悟?」
「日向さんが敵対する相手の方にいっちゃってから、みんな、そのショックを受けていたの。だから、その状態の前に日向さんがでてきたら」
話を最後まで聞こうとした時、ドアが音を立てて開いた。
物凄い音に日向が視線を向ける。
ドアの前には一人の少女がいた。
腰にまで届きそうな黒い髪。
耳元などを髪の毛で隠しながらも整った顔立ちの少女。
限界まで目を見開いていた少女は下から上まで日向を見つめていた。
自分の記憶が確かなら友奈と共にいた時にいた少女だ。
チクリと頭の中に言葉が浮き上がる。
「ちぃちゃん……」
「ッ!」
日向の言葉に少女、郡千景はぽろぽろと涙をこぼす。
「え、どうし」
最後まで言う前に千景が日向を抱きしめた。
「えっと、どうしたの……」
「やっと、やっと会えた……もう、離さない。離したくない……私の、大事な日向」
「落ち着くんよぉ」
「気持ちはわかるけれど、事情を説明させて」
棗と園子が泣いて離さない千景に事情を話す。
「ごめんなさい。一方的に………………貴方と会えたことが嬉しくて」
「そうか、すまない。俺はキミのことを覚えていない」
「仕方ないわ。徐々に思い出してもらうから。それと、私のことは千景と呼んで。貴方のことはダーリンと呼ぶから」
「わかっ……え?」
「千景さんの冗談だから真に受ける必要はないんよぉ」
「そうか」
「……いつもよりネジが飛んでいる……注意した方がいいかも」
「会うことに少し抵抗が出てくるんだが――」
「日向さん!」
「日向さんだ!」
「日向ァ!タマは会いたかったぞタマはぁあああああ!」
「オウ!日向!ここで会ったが百年目!今度こそ、農業に!」
「うたのん、落ち着いて~」
「あれ、どういうこと?棗さん」
ぞろぞろと教室にやって来る高嶋友奈、伊予島杏、土居球子、白鳥歌野、藤森水都、秋原雪花というメンバー。
泣きながら抱き着いてくる友奈や杏、噛みついてきた球子。嬉しそうにこちらへ拳を繰り出してくる歌野。なだめる水都、ニヤニヤとみてくる雪花。
そのような事態から解放されたのはそれから三十分ほどだった。
「おかしい、まだ一日が終わっていないのに、すごい疲労感でいっぱいだ」
「お疲れ様」
ポンと屋上で休んでいる日向の肩を棗が叩く。
西暦組というメンバーと出会ったはいいが彼女達のトッツキ具合はすさまじかった。
日向自身、記憶がなくて戸惑うばかりでしかない。
彼女達に記憶がないことを伝えたのだが、余計にこじれてしまうばかり。
終いにはウソの記憶を吹き込んで来ようとした。
「婚約者」「嫁」「夫婦」「奴隷関係」など、後半のは流石にウソだということはわかったが真顔で詰め寄られたことで流石に恐怖を感じてしまった。
「俺は彼女達と長い時間共にしていたんだが」
「うん……私は知らないけれど……そうだと思う」
「そんな人達のこと……キミのことを俺は忘れているんだな」
「……何があったの?」
「わからない。俺は思い出せないんだ。何があったのか……」
額へ手を当てながら日向は顔を歪める。
どれだけ思い出そうとしても記憶が蘇らない。
「焦らないで」
棗が真っすぐに日向を見る。
「いきなりのことで戸惑っていると思うけれど……そんな一気に記憶を取り戻そうと焦らないで……みんなが……私も心配する」
「すまない」
日向は小さく謝罪する。
少しして、日向は言葉を漏らす。
「今日は謝ってばかりだな」
「そうだね。でも、そんな日向さんも素敵かな?」
「おいおい、謝ってばかりだぞ」
「だとしても、日向さんのその姿は人間らしいよ」
「…………人間らしいか」
日向は自分の手を見る。
全てを思い出せない。
どうして自分が黒騎士になれるのか。
何を望んで力を欲したのか。
根源のすべて。
自分のルーツを思い出せないというもどかしさがある。
「俺はなんなんだろうか」
葛藤している日向の姿に棗が言葉を発しようとした時。
「日向さんは私の大事な人だよ」
夕焼け空の下。
日向と棗の前に赤嶺友奈が現れた。
「……っ!」
棗が日向を守るように立つ。
赤嶺友奈を見て日向は驚いたような顔をしていた。
「友奈……」
「探したよ。日向……なんでここにいるのかわかんないけどさ、ほら、私達の新居に帰ろう。料理は……できないけれど、頑張るからさ!」
前髪に隠れて表情は見えない。夕焼けの光加減のためか表情は見えなかった。
棗が守ろうと前に出る。
それを日向はやんわりと止めた。
「日向さん!?」
「大丈夫…………二人にしてくれないか?」
「でも!」
「大丈夫だ」
「わかった」
頷いた棗は渋々という形で離れていく。
会話が聞こえない場所まで離れたことを確認して日向は赤嶺友奈の傍に行った。
「探したよ」
「ごめん」
「あっちこっち探した」
「本当にごめん」
「さぁ、帰ろう!」
「すまない」
手を伸ばす赤嶺友奈に日向は申し訳なさそうに謝罪する。
「友奈、俺は自分の失われている記憶を知りたい……取り戻したいと思っている」
「どうして?どうして?取り戻す必要なんてないよ」
己の気持ちを伝えようとした日向。
しかし、友奈は彼と目を合わせない。
「取り戻してどうするの?また苦しむだけだよ。日向が苦しむところなんてみたくない。ほら、私とずっと、ずぅっと、一緒にいようよ!そうすれば、辛い時間なんて、過去なんて考える必要がない。私達だけの幸せな未来をみようよ!」
「それは、できない」
「どうして?」
そこから先の言葉を日向は伝えることができない。
自分もわかっていないのだ。
ただ、記憶を知る必要があると自分の中の何かが訴えていた。
「俺もわかっていない。でも、必要なんだという自分もいるんだ。俺はわかりたい。俺が何なのか」
「知る必要はないよ」
淡々と機械のように友奈は“否定”した。
言葉の意味を理解する暇もないまま、赤嶺友奈の手が日向の手を掴む。
万力に捕まれたみたいに痛みが走る。
「友……奈?」
「どうして、どうして、日向はそんなことをいうの?私との幸せな時間だけを考えてよ。余計なことなんて必要ない。そんなものを考えても幸せなんて来ないよ。痛みや悲しいことなんて要らないよ。そんなもの、あるだけ辛いだけだ……だったら幸せなことだけ考えた方がいいに決まっている。ね、だから、私と一緒にいようよ。そうすれば、日向は幸せなんだよ?ううん、私も幸せ。日向と一緒に生きることが私の幸せ、何があろうとこれは不変で絶対……私のすべてなんだ」
顔を上げて日向を覗き込む赤嶺友奈。
その目に光はなく底なしの闇が広がっていた。
彼女の目を見た時、日向はどうしょうもない恐怖を覚える。
「どうして、逃げるの?」
一瞬の動きを察した友奈によって引き寄せられた。
逃げないよう拘束するように抱きしめながら日向の目と赤嶺友奈は合わせる。
深淵。
ふと、日向の脳裏にその言葉が浮かんだ。
なぜということを理解する暇もないまま唇が触れ合うという瞬間。
「一閃緋那汰ぁあああああああああ!」
その瞬間、赤嶺友奈は離れる。
少し遅れて大太刀を振り下ろした乃木若葉が日向の前に立つ。
「……キミは」
ちらりと若葉は日向をみやるもすぐに正面を見た。
目の前を見て息をのむ。
赤嶺友奈は顔から表情、感情、すべてが失われていた。
どす黒い臨気を放っている。
「赦さない。奪うなら、何があろうと赦さない。西暦の勇者であろうと伝説の乃木若葉様であろうと容赦しない………………潰す!」
弾丸のように飛び込んでいく友奈。
若葉が大太刀を構えようとした時。
「やめろ!」
二人の間に日向が割り込んだ。
「っ!」
ギリギリのところで若葉は刃を止めようとする。
しかし、間に合わず彼女の刀は日向を斬る。
「ぐっぅうう!」
ギリギリのところで日向は若葉の刃を掴み、友奈の拳を体で受け止める。
「つぅう」
痛みで膝をついた日向に若葉は駆け寄る。
「違う……違う!」
日向を傷つけようとしたことでショックを受けたのか同じ言葉を繰り返しながら後ろへ下がっていく。
「違う、違う!違う!違う!私、私はぁあああああああああああああああ!」
叫びながら赤嶺友奈は姿を消した。
「友奈……まっ」
最後まで言い切る前に日向は地面に倒れた。
倒れた彼に離れたところにいた棗、若葉が駆け寄っていく。
次回は神世紀編……の予定。
もし、スーパー戦隊が絡んで新たな戦いがあるならどれがいい?
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パワーレンジャー
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リュウソウジャー
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ルパパト