ちなみに、次回は番外編。
ゆゆゆいの話になります。
丸亀城の一室。
そこで、ひなたと勇者、壁にもたれている黒騎士の姿がある。
「今回、集まってもらったのは黒騎士さんが発見してくれた情報をお伝えするためです」
「情報?」
「先日、現れたジンバ、そして、その前の盗賊騎士キロス……それらは過去に死亡した存在なのです」
「どういうことだ?」
「あの時も盗賊騎士キロスはいっていたけれど、自分は死んでいて、天の神と契約をしたって」
「そうです。杏さんの言葉通り、キロス、おそらく、ジンバも既に死んでいます。すべてはこの書物に記されていました」
分厚い本をひなたは取り出す。
「それは?」
「学説も、たいして研究もされていないおとぎ話とも言われている類の話が集められたものだ。その中にかつて、存在していたであろう地底帝国チューブ、暴魔百族といった、人間に敵対する存在のことが記されている」
「そんなものが?」
「ですが、確固たる記録や証拠もないことから、誰も信じていません」
驚く千景にひなたが言う。
「だが、こうして、キロスやジンバは復活している。天の神の手先として」
黒騎士の言葉に全員の視線が集まる。
「どうして、一気に復活しないのか、なぜ、一体ずつなのかはわからない。だが、この書物に幸運にもジンバのことが記されていた」
――暗闇暴魔ジンバ。
太古の争いで多くの人を殺した狂戦士。
数えきれないほどの人を、兵士を滅ぼし、最後は見るも無残な姿になりながらも戦いを続けた。
「どうして、そこまで」
「一説で、ジンバは仕えていた主である姫に恋をしていたという。姫のために戦い続けたが最後は言葉にするのも嫌な裏切りを受けたらしい」
「酷い……」
「それで、どうなったんだ?」
言葉を詰まらせる杏。
続きを球子は尋ねた。
「死してもなお、恨みが消えなかったジンバの魂は暴魔へ姿を変えて、自らの分身と人々を苦しめ続けたという」
「愛が反転して憎しみに変わった……なんだか、酷い話」
「ジンバ……さんは、何をしようとするのかな?」
「変わらない」
友奈の疑問に黒騎士は言葉を漏らす。
「奴は人を恨み続けている。ならば、やることは一つ、人への復讐。それだけだ」
「何か……悲しいね」
杏の言葉に誰も答えない。
黒騎士は何も言わず、外の景色へ視線を向けた。
「まずはジンバ対策、奴の分身を探すことだろう」
「え、分身を?どうしてだよ」
「……球子さん、ジンバは強敵です。そのジンバだけで苦戦することがわかっているならば、対策としては分身を見つけて、阻止することです」
「おぉ!成程」
「……だいじょうぶなのか?」
「黒騎士ィ!お前、タマをバカにするのか!?」
「……」
「なんで、沈黙するんだ!?杏!杏も何か言ってくれ!」
「えっと、タマっち先輩はそのままでいいと思うよ!」
その場に球子は泣き崩れた。
「黒騎士ぃ!お前のせいだから!罰として、タマ達とご飯を食べるんだから!逃げたら、タマは大きな声で黒騎士に襲われたというからな!」
というわけのわからない脅迫で俺は鎧を解除して食堂に来ていた。
そこで、小さな騒動があった。
「なぜ、蕎麦なの」
「……安いから?」
目の据わったちぃちゃんに俺は問い詰められていた。
昼に何を食べるかというところで蕎麦を選んだらうどんが大好きなちぃちゃんに目をつけられてしまう。
「四国のうどんを食べるべき……」
「別に何を食べても変わらないだろう」
「いいえ、変わるわ。うどんを食べるべきよ」
「千景の言うとおりだ、落合日向!お前にうどんの良さを教えてやろう!」
「本当に、本当に不本意だけれど、乃木さんと同意見だわ」
どうでもいいという態度をとっていたら急に乃木若葉とちぃちゃんが詰め寄って来る。
その姿に危機感を覚えた俺は下がろうとした。
がしりといつの間にか背後に回り込んだちぃちゃんに掴まれる。
あ、これは嫌な予感。
逃げることも出来ず、近づいてくる二人。
そこから延々とうどんについて語られた。
しばらく、うどんはみたくねぇ。
勇者たちが騒いでいたころ。
桜の樹がある場所。
そこに一人の男が立っていた。
白い刀袋を手にして、手入れされていない髪を無作法に伸ばした男。
「成程……ここに眠っているのか」
男の目は桜の木の下。
その下に施されている封印へ目を向けている。
「仕方ない。契約を果たすとしよう」
袋から白い鞘に納められている刀を取り出す。
カチンと鞘に刀を戻す。
時間にして数秒。
一瞬で男は刀を抜いて鞘に戻した。
常人にはみえない速度。
“居合斬り”
男はそれをやった。
一瞬の動作で木の下に施されていた封印を切り裂いた。
斬られた封印の中からそれは現れる。
「大復活!」
現れた異形は細長い手を広げて叫ぶ。
「アギトボーマ!」
「……おい、契約は果たしたぞ」
男はどこかへ声をかける。
「ご苦労、後は某が果たす」
聞こえた声に男は小さく鼻音を鳴らしながらその場を離れた。
「アギトボーマ、桜の木に酔っていたか……だが、お前はこれから恋や愛などに現を抜かす人間どもに思い知らせてやるのだ。いいな」
どこからか囁かれる声にアギトボーマは体を起こす。
「人が消えた?」
「行方がわからないんだ」
力から呼び出された俺は話を聞いていた。
「実はクラスでアツアツなことで有名なカップルがいたんだけど、昨日から彼女の行方がわからないみたいって、彼氏の方から相談を受けたんだ」
「喧嘩したとか、そういうものじゃないのか?」
「普通はそう思うんだけどさぁ。他にもいるみたいなんだって」
健太が俺に携帯をみせる。
そこには行方不明になった人たちの数が表示されていた。
「しかも、彼女の側が行方不明なんだ。流石にこれはおかしいだろ?」
「……行方不明になっているのは全員、女性で、カップルなのか」
「そうなんだ……何か心当たりあるか」
力と健太の言葉に俺はあることを考える。
「アギトボーマか」
「アギト、なんだって?」
「いや、忘れてくれ。後は俺に」
「待てって!」
去ろうとした俺の肩に健太が手を置く。
「俺達も手伝う!行方不明になっているのは俺らのクラスメイトなんだ、放っておくことはできねぇ!」
「健太の言うとおりだ。俺達も協力させてくれ!」
「……危険だと判断したら逃げろ。俺が言えるのはそれだけだ」
「おう!」
「任せてくれ!」
「まずは……アギトボーマについてだが」
俺は二人に情報を話す。
おそらく、行方不明になっている人達はアギトボーマに食われたのだろう。
文献によれば、アギトボーマに食べられた人達は徐々にその命を奪われるという。幸いにもまだ時間はある。
アギトボーマに対する策はある。
問題は、いかにアギトボーマを呼び出すかだ。
「じゃあさ」
健太の提案に俺は嫌な予感がした。
「はいはいはい!私がやります!」
丸亀城にこの提案を持ってきたのは間違いだったかもしれない。
俺は教室内に手を上げて宣言する高嶋友奈の姿を見て、そう思った。
「人をさらうなんて……いけません!そんなこと勇者が見逃しちゃダメです!私がひ、日向さんの“恋人”役として立候補します!」
「いいえ、高嶋さんを危険にさらすわけにはいかないわ。ここは心のバディ、いえ、仲の良い私と日向が一緒に行動すべきだわ。そして、あわよくば」
「私はタマっち先輩がいいと思います!ちゃんと女の子っぽい格好をしているタマっち先輩を見たいという気持ちもあります。けれど、日向さんの役に立てるなら、協力は惜しみません!」
「ちょ、ちょっと待って杏!そりゃ、困っている人を放っておくわけにはいかない!だけど、にゃんで、なんで!タマが黒騎士と恋人の振りなんてしなければならないんだ!?」
「あらあら、皆さん、立候補していますね」
「立候補している者とそうでないものに別れているぞ」
冷静に言う乃木若葉の言葉に俺は同意する。
復活しているアギトボーマを見つけるために健太が思いついた手段。それは俺と勇者の一人が恋人のふりをしてアギトボーマをおびき寄せるというもの。
俺の恋人役なんて、だれでもいいだろうに。
「ここは日向さんの気持ちが大事だと思います!日向さんに選んでもらうというのはどうでしょう!……できれば、私がいいです」
「高嶋さんの言うとおりかもしれないわね。ここは日向が誰と恋人になりたいかが重要だと思う。さぁ、日向、誰を選ぶかわかっているわよね」
「くじ引きで決めてくれ」
ぐいぐいやってくる二人に俺は辟易と答えた。
「「「「駄目です!」」」」
即座に否定する四人。
何気に土居球子も参加していたが何も言わない方がいいだろう。
目の前に地雷があるような気がした俺は沈黙する。
「では、一日ずつ、交代で恋人役をやってみてはどうでしょう?」
タイミングを見計らってのように上里ひなたが告げる。
その言葉に全員がぐるんとこちらをみた。
逃げるか。
黒騎士の鎧を纏っているから問題ない。
連中には少し頭を冷やしてもらう。
気配を消して、外へ出てしまえ。
「どこへいかれるんですか?」
「!?」
背後から囁くように伊予島杏に問われて動きを止める。
いつの間に!?
「皆さん、黒騎士さんが逃走を図りましたよ」
グルンとこちらへ向けられる複数の視線。
「日向、どこにいくのかしら?」
「駄目ですよ!日向さん!これは私達にとって大事なことです!そうです!お役目なんですから!」
そういって俺の左右の腕を掴むちぃちゃんと高嶋友奈。
凄く、痛い。
「いいか!タマは興味がないんだからな!すべてはお役目のためだ!……お前だけ逃げるなんて、許さないからな。わかったら、素直にタマと共にお役目を引き受けタマえ!」
どこか諦めたような、けれど、生贄は絶対逃がさないというようにこちらへ詰め寄って来る土居球子。
「ささ、話し合いを続けましょう」
「よくわからないが、逃げる黒騎士が悪い」
なぜか、背筋が凍る笑みを浮かべる上里ひなた、首を傾げる乃木若葉。
本当に、面倒だ。
話し合いは長い時間、行われて一日ごとにカップルで囮をするということになった。
「あはははははは!」
「笑いごとじゃない」
日向の姿で俺は力と健太と共に焼き肉屋にきていた。
勇者たちと共に行うことになった囮作戦について話し合うためである。
ちなみに、ここの食事は俺持ち。
これくらいは別に問題なかった。
「でも、日向はたくさんの子達に愛されているんだな」
「……どうだろうな」
力の言葉に俺は言葉を濁す。
横で健太はがっつりと肉を食べていた。
「それにしても、恋人を狙う怪物か」
「暴魔獣という……愛する人に裏切られた男が怨念となって、面倒をみた獣に愛する人を食らう様にしつけたらしい」
「ってかさ、その裏切られた男って、今もその愛していた人のこと好きなんじゃないの?」
「どうだろうな。知るのは当人のみだ」
力の言葉に俺は疑問の声を漏らす。
その人のことを今も愛しているのかどうか、それはジンバ当人にしかわからないだろう。
「愛か」
俺にはもっとわからない感情だな。
それから四日が経過した。
「随分とやつれていませんか?」
「この作戦が穴だらけだということを嫌というほど思い知らされたからな」
上里ひなたはどことなく疲れた様子の日向をみて、首を傾げる。
「とても楽しんでおられましたよ?」
「勇者たちが、という前置きがないぞ」
くすくすと笑う上里ひなたに日向は自然と半眼になる。
彼女が企画した勇者との恋人(仮)作戦。
既に四日が経過したが日向はとても疲れていた。
初日は伊予島杏と本屋で話し合い、いつの間にか夜になってしまい、作戦失敗。
二日目、女の子らしいコーディネートされた土居球子と話をしていたら顔を真っ赤にして逃げ出してしまい、転ばないように追いかけていたらいつの間にか一日が終了、作戦失敗。なぜ、球子が逃げたのか日向わからず仕舞い。
三日目、高嶋友奈と共に街を散策。
途中で陽の光が気持ち良すぎたことで高嶋友奈が舟をこいだことから公園のベンチで膝を貸した。
夕方ごろ、目を覚ますと顔を真っ赤にさせながらこちらの手を握って来る。
デートらしいことをしたような気がするがアギトボーマが姿を見せなかったために失敗。
四日目、乃木若葉と共に行動したのだが、デートなんてできたものではなかった。
次々と町中で発生する窃盗や不良の暴力、迷子といった様々なことを自称“おしおきコンビ”として、手助け。結果、失敗。
「とても楽しい毎日じゃないですか!」
「振り回される方の身になれ!」
ひなたの羨む言葉に流石の日向も周りの目を気にせずに叫ぶ。
「ま、皆さん、年頃の女の子ですけれど、勇者としてのお役目ばかりで、普通とかけ離れていますから」
「……後々に問題になると大社にでもいっておけ」
肩をすくめながら日向が歩き出そうとした。
「待ってください」
「なんだ?」
「恋人なのですから手をつなぎましょう」
「…………」
舌打ちしたい気持ちを必死にこらえながら日向は手を差し出す。
その手をひなたはそっと握り締める。
少しばかりの距離を作りつつも二人は歩き出す。
「デートプランは考えていますか?」
「今回は」
短く答えて二人が向かったのはショッピングモール。
「買い物ですか?」
「ああ、こういうことをするのも手だろうと」
「成程……では、日向さんの服のセンスの見せ所ですね」
「こんな格好だ。あてにするな」
黒いジャケットをひらひらとみせる。
ジャケットの中に来ている白いシャツにはデフォルメされたオオカミ、サメ、ワニがプリントされていて「ブルァアアアアア!」と叫んいた。
「こ、個性的ですね」
「俺の趣味だ」
少し困ったような表情を浮かべるひなたに日向は「冗談だ」と返す。
「俺は不器用だからな。こういうところでネタにできるだろうと健太にアドバイスをもらった」
「そ、そうですか」
黒騎士こと落合日向と普通に接する炎力と伊達健太の二人。
樹海に巻き込まれたがその後、巻き込まれることがなかったことから大社の監視から外されたことをひなたは知っている。
何より。
「(この人は大社の監視に気付いていたようですし)」
日向の姿で、大社が余計な手出しをしないように学校、家など以外は大社の監視を警戒していた。
ひなたもそれとなく、やめるように話をする。
もし、日向の、黒騎士の怒りをかってしまえば、相手が人間であろうと牙をむく。
「(この人は奪われることを許さない)」
ひなたは落合日向に対して警戒をしていた。
彼が勇者に、もし、親友へ牙を向けることになったらと考えるとそれはとても恐ろしい。
黒騎士の力はおそらく勇者より強大なものだ。
バーテックス相手でも引くことを知らない力。
何より、黒騎士の姿の他に重騎士、合身獣士といった姿もある。
そんな力を人に振るわれてしまったら、天の神、バーテックスとの決戦よりも前に人は滅んでしまうだろう。
だが、今は違う。
「日向さん、似合いますか?」
ひなたは試着した服を日向にみせる。
「……良いんじゃないか?」
「そこで疑問形では女の子に好かれませんよ?」
「好かれてどうするんだ」
本当に言っているのだとわかって、ひなたは呆れる。
彼自身はわかっていないのだろう。
落合日向は既に三人の人間に好かれている。
そのことに気付いていないだろう。
約一名、愛を超えたとんでもないものになりかけているような気がするけれど、それは考えない方がいい。
ひなたは自分の安全を考えてそれをいわないことにした。
「恋人になって、結婚して、子供を作ってとか、色々と楽しいこととかあると思います」
「……別に俺はいい」
日向は首を振る。
「俺は復讐者だ。そういう普通の将来に興味はない」
「そんな悲しいこといわないでください。貴方だって人なんですから」
「……どうだろうな」
日向の言葉にひなたは言葉を詰まらせる。
何を言うべきか悩む彼女は続きがでない。
「すまない、言いすぎた。この場でいうべきことじゃないな」
「……いえ、私も無神経でした」
「……お相子にしないか?」
「そうですね。では、お昼にしませんか」
「ああ」
頷いてモールの飲食エリアに向かう。
「日向さんはうどんを選ばない理由でもあるんですか?」
ひなたは蕎麦を食べている日向へ問いかける。
若葉や千景が暗示のようなものでうどんを食べる様に追い詰めていた……だが、日向は気にせず蕎麦をすすっていた。
「いきなりなんだ?」
「だって、あれだけ若葉ちゃんは千景さんに詰め寄られたんですよ?普通、うどんを食べる様にしませんか?」
「……さぁな、自然と蕎麦を選んでしまった」
「ウソですね。何か思い入れでも?」
「……思い入れか」
日向は思い出す。
「やたらと俺に蕎麦を熱く語った奴がいたせいかな、それが染みついて離れないだけだ」
「……それって、諏訪の勇者の」
「ああ、お節介な奴だった。毎日、毎日、俺に蕎麦の良さを語り続けて……この姿に戻るようになってからは蕎麦を食うようになった」
それって、とひなたは出そうになった言葉を飲み込む。
ずるずると日向は蕎麦をすする。
「あら?」
「どうした?」
「いえ、多分、気のせいかと」
「?」
「(今、若葉さん達がいたような?)」
「己、おのれぇ!なぜ、蕎麦を食べる!そこはうどんだろう!日向め、まだ、うどんの良さがわからないとみえる」
「……怒るところ、そこなのかな?」
「諦めろ。タマはそうしたぞ。杏」
「ひなたちゃん、楽しそうだなぁ」
「そうね」
日向とひなた。
二人をこっそりと尾行する勇者たち。
アギトボーマは現れる様子を見せない。
「しかし、ひなたも意外とのりのりだな、なんというか、楽しそうだ」
「そうだね。囮っていう感じが全然しないよ!もっと、日向さんがアタックすれば完璧なのに!」
「……アタック?」
「日向さんが……アタック」
「日向がアタック」
三人の少女の脳裏にあの時の姿が過ぎる。
壁ドンされて、顎を掴んで持ち上げられて、そして。
「「「!?」」」
「杏、三人が座り込んでしまったぞ!?」
「ど、どこかで休ませないと!」
そんなやり取りがあったとか、なかったとか。
あれからあっちこっちを冷やかしたり遊ぶなどをして満喫していた。
しかし、アギトボーマは現れない。
「囮、失敗ですかね?」
「そうかもしれないな。だが」
ちらりと日向はひなたをみる。
「息抜きはできただろう?」
「え?」
日向の言葉に目を見開く。
「汚い大人だらけの場所で、お前みたいな奴が必死にやっているんだ。こういう息抜きもいいだろう?」
驚きながらひなたはもしかしてと考える。
「私のこと、心配してくれていたんですか?」
「……そうだろうな」
「日向さんって、天邪鬼ですね」
「どうだろうか、わからないな」
他人事のように答える日向の姿にひなたは小さく笑みを浮かべてしまう。
――この人の心はとても綺麗なんです。でも、復讐がそれを隠してしまって、あらぬ誤解を与えてしまっている。
ひなたはそのことをとても悲しく思う。
彼がもし、復讐に囚われず、清らかな心で黒騎士としての力を手にしていれば勇者となっていたかもしれない。
何より。
「(この人は愛するということを失っている……だから、人を愛するということがきっと――)」
「下がれ!」
気付いた日向が叫ぶとき、何かがひなたの体に覆いかぶさる。
悲鳴を上げる暇もなく、ひなたは闇の中に消えた。
「樹海化か」
同時に周囲を樹海化が起こる。
日向が周りを見ているとゆらりとジンバが現れた。
「囮など、無駄なことを」
「だが、貴様と、アギトボーマが現れた」
包帯を解いてブルライアットを取り出す。
「戦うつもりか……アギトボーマの中には大勢の人がいるぞ。その人ごと、斬るか?」
ジンバの問いかけに日向は笑みを浮かべる。
「騎士転生」
輝きと共に黒騎士へその姿を変える。
無言で鞘からブルライアットを構える姿にジンバは驚きながらも武器を抜いた。
「驚きだ。黒騎士、お前は人を見捨てるか」
「待て、黒騎士!」
黒騎士の前に若葉達、勇者が間に入る。
「そこまでだ、今、不用意に攻撃すれば……ひなたたちに!」
「……お前は奴の親友だったな」
「そ、そうだ」
「だったら、待っていろ。すぐに――」
「危ない!」
友奈の叫びに黒騎士と若葉が離れる。
攻撃を仕掛けたのはアギトボーマ。
繰り出される攻撃を友奈は真っ向から拳でぶつけた。
衝撃で吹き飛ぶアギトボーマ。
「おい!友奈!そんな風に殴ったらひなたたちが危ないだろ!」
「あ、そうだった!?」
「でも、このままじゃ、ひなたさん達がアギトボーマの胃の中で溶けちゃうよ」
「その心配はない」
不安の声を漏らす勇者たちにジンバがほほ笑んでいた時、黒騎士が不安を打ち消す言葉を告げる。
「なに?」
戸惑いの言葉を漏らすジンバだが、異変はすぐに起こった。
勇者たちに攻撃をしていたアギトボーマがふらふらと足もとがおぼつかなくなる。
そして、変な声を上げて体を左右に揺らす。
「な、なんだ!?」
「動きが鈍くなっているけれど……」
「あの姿、もしかして、酔っ払っている?」
「え、どうして!?」
戸惑う球子、杏、千景、友奈。
若葉も動揺しているが、すぐに黒騎士へ視線を向ける。
「もしや、黒騎士」
「そうだ。上里ひなただ」
黒騎士の言葉にジンバが気付く。
「まさか、アギトボーマの腹の中に桜を!?」
「そうだ、事前に上里ひなたには桜の花びらが詰まった袋を忍ばせておいた。アギトボーマは上里ひなたを食べたと同時に桜を取り込んだのだ」
「そうか、だから、アギトボーマは」
「そら、吐き出すぞ」
黒騎士の言葉と同時にアギトボーマの体内から囚われた人達が吐き出されていく。
その中にひなたの姿もあった。
「ひなた!」
若葉は座り込んでいるひなたを見つけて駆け寄る。
「大丈夫か?」
「はい、日向さんのおかげです」
「そうか無事でよかった」
助けを借りて体を起こすひなたに若葉は安堵の声を漏らす。
「ひなた、下がっていてくれ。アギトボーマ、貴様を斬る!」
乃木若葉は切り札“源義経”の力を発動する。
「させんぞ!」
ジンバが若葉の刃を止めようとした。
だが。
「黒の一撃!」
目の前に現れた黒騎士の刃を受けて吹き飛ぶジンバ。
「黒騎士……貴様!邪魔」
「お前が邪魔だ」
黒騎士の頭上を越えて、乃木若葉が酔って動きの鈍っているアギトボーマに一撃を振り下ろす。
必殺の一撃がアギトボーマの体を切り裂いた。
切り裂かれたアギトボーマは炎に焼かれる。
「アギトボーマ!勇者、貴様、我が半身を!!」
激怒するジンバ。
彼は己の分身であるアギトボーマを倒されたことで激怒する。
倒れたアギトボーマにバーテックスが群がり……アギトボーマが巨大化した。
「消え去るがいい、勇者ども!」
ジンバはそういうと姿を消す。
「ゴウタウラス!!」
黒騎士はゴウタウラスを呼ぶ。
雄叫びを上げながら現れるゴウタウラスのタックルを受けて吹き飛ぶ、アギトボーマ。
ゴウタウラスの光を受けて重騎士へ姿を変える。
ブルソードを振るい、アギトボーマを切り裂く。
横からゴウタウラスが騎獣激突する。
アギトボーマが光線を放つ。
重騎士とゴウタウラスは攻撃を受けてダメージを受けた。
「騎獣合身!」
ゴウタウラスと合体して重騎士は合身獣士ブルタウラスへその姿を変える。
ツインブルソードを回転させながら突風を巻き起こす。
突風で動きを鈍らせるアギトボーマ。
「野牛鋭断!」
動けないアギトボーマにブルタウラスが必殺技を放った。
攻撃を受けたアギトボーマはドロドロに溶けて消滅する。
アギトボーマが消滅すると樹海がなくなっていく。
黒騎士の姿に戻る。
淡い輝きを放っているブルライアットを鞘に納めた。
翌日。
「日向さん」
「……何か用か?上里ひなた」
「安全な場所を教えてあげますから、男子トイレから出てきてください」
男子トイレ、そこの隅っこに隠れていた日向にひなたは携帯で連絡を取る。
「だが、外には」
「大丈夫です、今なら安全に出られますから……私を信じてください」
ひなたの言葉に日向はおそるおそる言われた場所に出ていく。
幸いにもひなた以外に誰もいない。
周りを確認して息を吐いた。
「大変ですね」
「そう思うならお前の親友の天然をなんとかしろ」
どことなくげっそりした表情で日向は言う。
「そこが、若葉ちゃんの素敵なところです」
「オーケー、何も言わない」
アギトボーマを倒して勝利気分だった勇者たち、しかし、一人だけ気持ちが沈んでいる者がいた。
「私……デート、なかった」
郡千景。
不運にも五日目にデートの囮役をするつもりだった彼女、しかし、アギトボーマを撃退したことでその囮役はなくなってしまう。
囮といえ、彼とデートできなかったことのショックは計り知れない。
そんな千景に無自覚にも乃木若葉があることを告げた。
「では、今から千景も日向とデートをすればいい」
火に油……油にダイナマイトを押し込んだように千景はダン!と立ち上がり、恐ろしい速度で日向に迫る。
その気迫に振り返ることなく逃走、街中を全力で逃げるという。
女の子が唯一、入られない場所に隠れたところでひなたの支援を受けて脱出。
「(無言でドアをノックし続けるあれは、怖かった)」
バーテックスと戦うようになってからなくなっていたはずの恐怖を思い出して、寒気を覚えた。
「千景さんはすぐに戻ってきます。離れないと」
「そうだな。少し冷静になってもらおう」
「(一回りして、冷静を通り越してヤバイことになっていることは黙っておきましょう)」
「何か、隠していないか?」
「そんなことはありませんよ。とにかく、千景さんには冷静になってもらうとして、貴方も安全のため、しばらく人ごみの中に隠れましょう」
「そうするしかないか」
ため息を零しながら頷いた日向。
「あと、若葉ちゃんが謝りたがっていましたので話を聞いてあげて下さい」
「前向きに検討しておく」
今回の件で被害をうけたことで少し乃木若葉に文句はいいたかった。
だが、そんな子供じみたことはしない。
しないったらしない。
「っ!」
「日向さん?」
ぴたりと立ち止まった日向にひなたは首を傾げる。
「いや、何でもない…………気の、せい……」
ある方向を見た、日向はぴたりと動きを止める。
「日向さん?」
同じくそっちをみたひなたは目を見開く。
人ごみの中、周りになぜかぶつからず、幽鬼のような足取りでこちらへ向かってくる少女。
「ちぃちゃん」
ぶつぶつと何か言葉を紡ぎながら近づいてくる彼女に日向はわき目も降らずに走り出す。
「ニガ、さない!」
「あらあら」
逃げ出す日向と追いかける千景。
そんな二人の姿を見て、ひなたは残念そうに言葉を漏らす。
「もう少し、お話していたかったのに……残念です」
「恐ろしいな。あれが黒騎士か」
人ごみの中、男がぽつりと呟く。
「油断していれば、こちらの存在を嗅ぎつけられていただろう。全く、とんでもない奴だ」
去っていく日向たちの姿を見ながら男は呟く。
「言っただろう。アイツは油断してはならないとな」
男の言葉に学ラン姿の男が答える。
「そのようだ。残念だ。俺が獲物を定めていなければ、相手をしてもらいたかったところだ」
「わかっているな?黒騎士は俺の獲物だ」
「わかっている」
男と学ランの男は離れていく。
ふと、立ち止まり、学ランの男は冷たい目を去っていった日向の方へ向ける。
「流れ流れて……ようやく、見つけたぞ、黒騎士」
もし、スーパー戦隊が絡んで新たな戦いがあるならどれがいい?
-
パワーレンジャー
-
リュウソウジャー
-
ルパパト