ありふれた職業と荒野の芸術家   作:ふじのん

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なんかカラオケでストレス発散したら出来たので投稿。

唐突な用語解説

やたらぬるぬるした液体
マリーが開発した機械油に変わる潤滑剤を目指した物。
効果は高かったのだが、思ったよりもコストが掛かり、油の方が安いと結論。
しかしナノマシン輸送において非常に有益な物として判断したため、帰還したら研究する予定。

今はもっぱら香織とユエがハジメと楽しむ用のアイテムになる。


幕間 苦労人の追跡道中記

マリーと香織の追跡令がが出てから翌日。

私達は、再びこのオルクス大迷宮に潜っていた。

 

「ねぇ、しずしず……二人とも大丈夫かなぁ」

 

ムードメーカーの鈴が、不安げに言う。

彼女の心配も分かる。私達クラスの皆が一斉に挑んで、敗走した迷宮に僅か二人で挑んでいるのだ。

 

「そうね、不安で仕方が無いけど……それ以上にマリーの未知数な実力に掛けるほうがいいかも、ね!」

 

飛び出してきたラットマンを居合いの要領で真っ二つにする。

刀に刻まれたのこぎり状の刃先が、ラットマンの血肉を取り込む。そして鍔元に設置された瓶に透明な薬液が溜まる。

 

「……それ、大丈夫なの?」

「試してみたけど大丈夫みたい。最近薬屋で取り扱ってる液体傷薬と同じ成分みたいだから」

 

ここ数年で出回っている薬品の中で、塗布用の傷薬という物がある。

包帯に染みこませて巻いて薬液で保護などでは無く、塗った部分から傷を再生させる物。

体内内部の傷にも飲むことで成分を行き渡らせて治療する画期的な薬。

 

「ええっと、メディカプセル?」

「そうそれ」

 

医薬会に革命を起こした薬、それと同じ中身だ。

 

「マリーは本当はもっと強力なのが生成出来れば良かったって」

 

当のマリーは刀にしては鋭さに欠け、薬で回復するにはいささか弱すぎるとのこと。

しかし、私自身や訓練中に怪我をした人に試して貰ったが、十分な回復力を発揮した。

 

「なんにせよ、非常時の回復手段があるのはいい事ね」

 

再び飛び掛かろうとするラットマンの胴体に突き刺してから、縦に裂く。

ラットマンが絶命したのを確認してから、胸元に刺して血を吸わせる。見る間に血を吸い、ひからびたラットマンに対して、薬液はほんの少しせいぜい十ミリくらい溜まったぐらいか。

 

「薬の為とは言え本当に妖刀で困るわ」

「今宵のコテツは血に飢えている……ってやつ?」

 

皆にはこの刀の名前をコテツと言ってある。

真実の名前(はらきりソード)を知っているのはメルド団長だけである。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

「よし、ひとまずここで休憩だ! 警戒は怠るなよ!」

 

現在地点は二十階層の中間。

メルド団長の声に、各々が広場にある瓦礫などに座り、体を休める。

 

「雫、どうだ?」

 

メルド団長が私の元に駆け寄ってくる。

この場合のどうだ? というのは道中で何らかの痕跡があったかどうか、という事だ。

 

「入り口の派手な破壊痕くらいですね……」

 

あれか、とメルド団長も顔をしかめる。

 

当然だ。三日以上経った現場に漂っていた刺激臭、あれはガソリン系の臭いだった。

黒焦げになったエンジンみたいな物と、熱でひしゃげている車体の様な物が転がっていれば嫌でも分かる。

 

「あの移動手段があれば、街と街の移動は相当楽になるだろう」

「ロケットで突き抜けるのは勘弁ですけど……ん?」

 

これから向かう方向を見る。

通路の床付近に何か銀色に輝く線が見える。

 

線の付いている先を見ると、お弁当箱くらいの箱が有り、その箱につながっている。

あまりこういうのに疎い私でも知っている、こういう仕掛けの爆弾があるのを。

 

「敵襲! ロックマウントだ!」

 

通路の奥からやってくるロックマウントの数、三匹。

そこに構えるのは坂上君と光輝、後ろに鈴。

 

先頭のロックマウントが威勢良く広場に飛び込んできて、その銀線を切る。

 

声を上げる暇も無かった。

何かが弾ける轟音が数発して、入り口付近に煙が立ちこめる。

 

「”光壁”間に合って良かったぁ」

 

鈴が咄嗟に張った結界魔法が光輝達を守護していた。

 

そして煙が晴れると、

 

「うっ……」

「これは……!」

「うえっ……グロい」

 

ロックマウント三体が高速で撃ち出された無数の鉄球に貫かれて挽肉になっていた。

 

「あれは、あいつらの痕跡か?」

「ええ、私達の世界の武器、クレイモアね」

 

おそらく安全確保の為に設置して、回収を忘れたのだろう。

結界にも数発直撃しており、鉄球が結界にヒビを入れていた。

 

「うわぁーん! しずしず、怖かったよぉ!」

 

抱きついて泣き出す鈴をあやしつつ、マリーには一発拳骨をくれてやろうと誓った。

そうして少し鈴が落ち着いた頃、団長の後ろに現れる影。

 

「なぁ、メルド団長」

「うぉ!? なんだ浩介か」

 

ひでぇ! と叫ぶ遠藤君だが、正直に言おう。私も気付かなかった。

 

「あっちの壁の所なんだけど、ちょっと妙な物を発見した。八重樫には薬莢って言えば分かるか?」

 

見せられたのは、金色に輝く金属の筒。

 

「拾ってみたが、ざっと百個近くはあった。やっぱこれってマリーか?」

「出所はマリーだろうけど……たぶん違う。勘だけど」

 

過大評価かもしれないが、マリーの練習ならもう少しスマート、それこそ数発で終わるような物だろう。

にもかかわらずこれだけの薬莢が落ちているのは、

 

遠藤君に案内され、薬莢の落ちていた辺りと、その壁を調べる。

壁に穿たれた弾痕を辿ると、遠くからだんだん中央に集約するように密度が上がっている。

 

「たぶん、銃と弾丸の提供はマリーで、練習したのは香織……」

「薬莢はドラマや映画に出てくる大きさのだな。五発くらいでかい薬莢があったが」

「そっちはマリーね」

「なるほど、デザートイーグルか」

 

何が何だか分からないというメルド団長に、かいつまんで説明する。

 

「爆発で鉛の礫を飛ばす武器、か。強いのか?」

「距離にもよるけど、鉄板くらいなら抜けるぞ」

 

人類の英知が生んだ近代の戦争を塗り替える、鉄と火の化身。

戦争における命の重さを非常に軽くしてしまった元凶。

 

私達の世界で起きた戦争をかいつまんで説明すると、団長も納得した様子。

 

「……この事は俺の胸の内に納めておく」

「その方がいいわ。この世界を地獄にはしたくないから」

 

魔物に向けられるのならいいが、人に向けられるのはゴメンだ。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

現在位置は四十階層。

 

魔物を倒し、罠をかいくぐり、皆が順当に経験を得て強くなったと思う。

しかし、あの二人が残した痕跡を見て、皆が言葉を失った。

 

そこら中に散らばる薬莢、大量の弾痕が穿たれた壁、一部には焼け焦げた痕がある。

何よりも、一体も魔物が出てこない(・・・・・・・・・・・)

 

「あいつら、一体何をやったんだ……?」

 

坂上君が呟く。

そこにはベヒモスほどではないが、巨大な蜘蛛の死骸があった。

頭の部分がはじけ飛んで、胴体が真っ二つに裂かれていた。

 

「ジャイアントスパルチュラがこんなになっているのを見るのは初めてだな」

 

同行している騎士団のアランさんが呆然としたように言う。

死骸に触れながら、細かい部分を検分している。

 

「こいつは地上にも現れるんだが、騎士団の一個中隊が総掛かりで倒すような魔物だ……」

 

光輝の一撃なら可能かもしれないが、とアランさんは言う。

検分を終えて、死骸から魔石をえぐり取る。

 

「残っている死骸は今のところこれ一匹か。しかしこの静けさから考えるとこの階の魔物はあらかた狩り尽くされているな」

「前の階は魔物がいたし、一体この階で何があったんだ?」

 

アランさんと坂上君が二人であーでもないこーでもない、と言っている中、私はある物を発見してしまう。

 

『迷宮四十層殲滅記念 棗マリアンナ・白崎香織』

 

そう書かれた石のプレートを。

そして裏面にはこうも刻まれていた。

 

『このプレートは爆発物です。砕けると同時に半径五メートルほどの爆発を起こします』

 

その小さなプレートをそっと懐にしまい込み、マリーのこめかみをグリグリする事を心に誓った。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

かつての地獄に思いを馳せるのは一瞬。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ! 天翔閃!」

 

光輝の一撃が、再び私達の前に立ちふさがった壁、ベヒモスに直撃する。

あの時は全くダメージを与えられなかった一撃が確かに奴の体を痛みによじらせる。

 

痛みに怒りを覚えたベヒモスが地面を砕くようにしながら突進してくるが、坂上君と永山君が身体強化を使いながら、突進を受け止める。

 

「粉砕せよ、破砕せよ、爆砕せよ! 豪撃!」

 

押さえ込んだ所に、メルド団長の一撃が角に直撃。

 

「全てを切り裂く至上の一閃! 絶断!」

 

私も抜刀術をもって、メルド団長の一撃が当たったところ目がけて、抜刀術をたたき込む。

衝撃を受けた場所に入る一刀は、ベヒモスの角を両断する。

 

今までのアーティファクト剣であれば、これで終わりだろう。

しかし、今の私の手には刀がある。

 

そのまま柄を両手で握り、下からの一撃。

 

「至上の一閃は再び飛び立つ! 連断!」

 

飛び上がるような一撃が再びベヒモスに襲いかかる。

浅い、がベヒモスの眼の部分に一太刀。縦一文字に入った傷を見て、まずまずの完成度だと認識する。

 

現在位置は六十層。未だに二人の影は踏めず。

ただし、痕跡はどんどん見付かる。

 

たとえば、たき火の痕。

たとえば、大量の薬莢。

たとえば、変色し、謎の液体を垂れ流して腐敗した魔物。

 

それも一体どころでなく、何十体もだ。

 

体内に打ち込まれた毒が、体をグズグズに溶かして絶命させた様子。

試しにその辺の石ころを謎の液体に放り込むと、シュウシュウいいながら溶けた。

 

これには、全員が絶句した。

 

ガラス瓶に保管して持ち帰ったその液体は、薬士曰く龍をも殺すであろう猛毒だと嫌な太鼓判を押した。

厳重な保管対策が施され、宝物庫の奥深くに封印されるのだった。

 

いけない、戦闘中にそんな事を考えている暇はなかった。

 

「聖絶!」

 

私達前衛を飛び越して、後衛側に跳躍したベヒモスが、鈴の結界魔法に阻まれる。

その防御が効いている間に私達前衛が追い付き、ヒットアンドアウェイで攻撃を繰り出す。

 

そして最後は術士五人の炎系魔法によりベヒモスが消し炭になる。

 

しばらくの空隙、そして歓声。かつての強大な敵を、今回は完膚なきまで仕留めた。

 

はらきりソード、いやコテツを鞘に収めて、息を吐く。

 

幼なじみと、あの獰猛なクラスメイトは、一体何処まで行っているのか。

まぁ、今くらいは少しだけ勝利の余韻に浸ってもいいだろう。

 

 

○ - - - - - - - ○ - - - - - - ○ - - - - - - ○

 

 

雫は知らない。この階層の外れにある広間。

そこに三体のベヒモスだった物がいる事を。

 

一体はなまくらな刃物で切りつけたような一撃をもって、首を引き裂かれ、

一体は先ほどの炎魔法もかくやという炎で焼かれた炭の塊になり、

一体は首元の刺し傷と、首と頸椎が打撃によって折られ、

 

それぞれが無残な姿で屍をさらしていることを、彼女は知らない。




こうして苦労人は微妙に強化されつつも、さらなる苦労に見舞われるのだった。

唐突な用語解説。

楕円形の振動する物体
貼り付けた箇所を動によって筋肉の緊張を解す道具。
使用箇所によっては筋力の瞬間的な強化も可能。

こちらも香織とユエがハジメと楽しむ用の道具になっているが、
時々切れたハジメがこれを使って二人に逆襲するときがあるらしい。

2018/07/30/06:28 誤字修正
2018/07/30 20:30 冒頭に整理用の情報記載の為削除、本文の一部修正。

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