草木も眠る丑三つ時に。
夜な夜な異形の怪人と戦う少女の姿があった。
闇夜に溶け込むように音もなく走り回る少女戦士は、キュアサイレント。
流水の如く相手の攻撃を受け流しては、的確な反撃によって戦闘を優位に進めていた。
黒と紫を基調として、おおよそ戦士という言葉とは無縁なほどにフリル満載な戦闘装束を纏った、一人の少女。
このキュアサイレントこそが、都市伝説の戦士……プリキュアであった。
「あれは、まさかプリキュア……? 本当に居たの……!?」
キュアサイレントは、気付かなかった。
運命の歯車が軋んだ、音に。
『ふたりはVSプリキュア!』
第一話:静寂の光 キュアサイレント! WOW!
泣き叫ぶ人々。
焼き払われる街並み。
故郷を蹂躙する怪物たち。
蛋白質が燃焼する特有の匂い。
「……イヤな夢」
その日の朝の目覚めは、最悪だった。
地球で六畳一間のアパートを拠点として暮らす13歳の少女、夜野シズエ。
腰まで伸ばした黒髪に、少しだけ鋭い目つきを兼ね備えた、どこに出しても恥ずかしくないクール系美少女というヤツである。
この少女こそ、今は亡き異世界『黄昏の園』の生き残りにして、伝説の戦士プリキュア――キュアサイレントなのであった。
悪夢のせいで少しだけブルーになった気分を、何とか切り替えながら。
中学校の制服を着こんで身支度を終えた夜野シズエは、六畳一間のアパートを後にした。
現在の時刻は午前7時。中学校の始業時刻までは、かなりの余裕がある。
では、その余裕のある時間を使って、夜野シズエは何をするのか?
……寝起きに難がある友人を起こしてやるために、友人宅へと押しかけるのだ。
その友人は、保護者が遠方で働いているために、一軒家に事実上の一人ぐらしというエロゲ主人公のような生活をしている人間であるからして。
夜野シズエが起こしてやらないと、マジで学校に遅刻する類のヌケサクなのである。
「おっはよー!! シズちゃんっ!!」
……ヌケサクが今日に限って、普通に起きていた件。
自宅の窓からアホ毛を見せて大声を出している、茶髪のヌケサクの名前は、朝加ショーコ。
夜野シズエと同じく13歳の少女である。
第1話から通い妻としての百合っぷる感を演出しようとしていたシズエの出鼻をくじいてきたKYなヌケサク少女こそが、シズエの親友なのだ。
しかも何故か今朝は無駄にテンションが高い。
クール系美少女のシズエさんは困惑を隠しきれなかった。
「……おはよう?」
シズエは、とりあえず怪訝そうな視線をショーコへと突き刺してみた。
お前なんでこの時間に起きてんの? と。
いやまぁ、真面目な学生なら、そろそろ起きていても不思議ではない時間なのだが。
とりあえず、シズエは朝加家に上がり込んで二人分の朝食の準備を始めたのであった……。
「いっただきまーす! んぐっ! まぁまぁ、聞いてよ奥さん!」
「……いただきます。大体話は読めているけれど、聞くわ」
で、朝食をとりつつ、ショーコとシズエは歓談に花を咲かせていた。
基本的にショーコが喋っていることが多いのは御愛嬌である。
というか、クール系美少女の常として、夜野シズエは基本的にはあまり積極的には口を開かない。
なお、シズエは人妻ではない。
それはさておき、朝加ショーコのテンションが高い理由については、大方予想がついていた。
きっと、昨日放映された仮面ライダーが坂本監督回だったからアクションが派手だったとか、そういうことだろう。
親友の趣味に関しては耳にタコができるほど聞かされているため、大体会話のパターンが読めてしまっているシズエさんであった。
「なんとっ! 本日未明、都市伝説の戦士『プリキュア』を目撃しちゃったんだよ、あたし!!」
「げほっ!?」
……この切り出しは予想外すぎて、思わずシズエは咽せこんだ。
鼻から溢れてしまった紅茶をハンカチで拭いながら、シズエは混乱する頭を落ち着かせようと励んだ。
クール系美少女なんて居なかった。
「メンゴ! そんなにシズちゃんが『プリキュア』に反応するなんて思わなくてさー、大丈夫?」
「…………問題、ないわ」
ショーコに背中をさすってもらいながら、シズエは混乱の極地から帰還を果たしつつあった。
ぶっちゃけると、ショーコが目撃した『プリキュア』というのはキュアサイレントのことで間違いない。
すなわち、夜野シズエのことである。
目撃者が居たなんて、まったく気付かなかったのであった。
やっぱりクール系美少女なんて居なかったじゃないか!
「それで、写真は無理だったから、代わりにイラストを用意してみたよ!」
「……ショーコに隠された、意外な才能を見た気分」
_人人人人人人人人人人人_
> けっこうプリキュア <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
紫をベースにしてフリフリな装飾が付いた描画対象は、どう見てもキュアサイレントだった。
幸いにして、変身美少女系アニメの御約束により、顔立ちから正体がバレることは無いのだが。
……シズエとしては、リアル知人に見られただけでも滝汗ものである。
というか、今日の丑三つ時にプリキュアを目撃した朝加ショーコは、どうやってイラスト作成の時間を捻出したのだろう?
まさか、寝ていない?
徹夜でそのイラストを作成していたから、今朝はシズエが起こす前から起きていたというのか……??
「この出会いがきっかけになって、あたしが追加戦士になる展開だよ、絶対! パーフェクト・ハーモニーな流れだよ!」
「…………逆に『お前は知り過ぎた』される可能性も、あるけれど」
追加戦士、という言葉には、確かにシズエも心当たりがあった。
というのも、異世界『黄昏の園』に伝わる伝説として、プリキュアは二人で一組のはずなのだ。
ところが、4年前に異形達が『黄昏の園』に侵攻してきた際、王家に封印されているはずの変身アイテムは、一人分しか残っていなかったのである。
キュアサイレントとなったシズエは一人で奮闘したが……現在のシズエが人間界で六畳一間のアパートに住んでいるところから、結果は察していただきたい。
そんなわけで、失われた変身アイテムが見つからない限りは、追加戦士は無理である。
というか、シズエとしてもショーコには戦ってほしくなかった。
心の傷のせいもあって、人間界で孤独を抱えていたシズエの友達になってくれたのが、ショーコだったのだ。
私ってちょっとチョロい女かも、なんて自覚は少しだけシズエさんにもあったりして。
「……それに、『プリキュア』はショーコの思っているような正義の味方じゃない可能性も、ある」
「それをこれから調べていくんだってば! とりあえず新聞部の増子ちゃんに頼んで大量印刷してもらう予定!」
それだけはヤメろォ!!
~学校生活ダイジェスト~
午前中
「あれー? 鞄に入れたはずのイラストが見つからないなー?」
「……それは とても ふしぎね」
昼休み
「というわけで午前の授業中にもう1枚描いたよ! 今日のお弁当は何じゃらほ~い?」
「…………生姜焼きと昨晩の残り物よ」
午後
「zzz……」
「……プリキュアは夢落ちプリキュアは夢落ちプリキュアは夢落ち」(ショーコの耳元で呟き続ける)
~学校生活ダイジェスト終了~
「ふぁ~……あれ? もしかして、もう放課後? 新聞部に遊びに行かなくちゃ!」
「……しってた」
眠って体力を回復したショーコとは裏腹に、シズエは疲れ切っていた。
クール系美少女とは一体何だったのか。
まぁ、万が一あのクッソ適当な洗脳が効いていたら、それはそれでショーコが心配になるが。
まずい。
何とかしなければ。
どうすれば、ショーコを言いくるめられる?
シズエは、背中に大汗をかきながら必死に考えた。
実はシズエが正体を隠したい理由は複数あるので、一つぐらいは正直に言ってしまっても良いのかもしれない。
「……プリキュアと関係が深いと思われたら、ショーコの身に危険が降りかかるかもしれない。私は……ショーコが、心配」
「言われてみると確かに、ビルドに出てきた鍋島一家みたいな事ってあるよね……。うん、やめとこう!」
びるど? なべしま?
まぁ、たぶんショーコが大好きな仮面ライダーの世界の出来事だろう。
深く考えなくても大丈夫そうだ。
とりあえず、言いくるめることが出来て何よりである。
「ところでさ。今日は『人助けメイツ』のメグミちゃんが、空元気だった気がしない?」
「……そういえば、そうかも?」
ショーコの言う『人助けメイツ』というのは、この中学校における非公認のボランティア集団である。
組織立って活動している訳では無いのだが、頼れば大体の手伝いをしてくれる面々のことを指して、『人助けメイツ』なんて呼ばれているのである。
かく言う朝加ショーコもその一人であり、ショーコが噂している人物は、同じく『人助けメイツ』の『中島メグミ』のことだろう。
ショーコを洗脳するのに必死だったシズエですら気になるぐらいに、『中島メグミ』の空元気は目に余ったのだ。
「すごごごーい! ショーコ、やっぱりメグミの様子に気づいてたね! これには事情があってね……」
……と、ショーコとシズエの噂話の間に、同級生が割り込んできた。
水色の長髪が印象的なチビッ子の名前は『藩田ヒメ』……だったか?
シズエとしては普段話さない相手なので、かなり記憶が怪しいところだった。
確か、『中島メグミ』と仲が良い子だったはずだ。
「さっすが、メグミちゃんの一番の親友だね! 事情を知ってるとしたらヒメちゃんだって思ってたよ!」
「ふっふーん? まぁ、それほどでも……あるけど!」
胸を張って反り返っている藩田ヒメを見ているうちに、少しイラッとした夜野シズエさんであった。
藩田ヒメは身長の低さも相まって、背伸びしている幼子のような可愛さもあるにはあるのだが……。
今日一日の疲れが、シズエの心から余裕を奪い去っているのかもしれない。
「メグミが空元気だったのには理由はね、ズバリ失恋だよ!」
「なにそれ詳しく!」
「……」
すこぶるどうでもいい……。(キュアマーチ並の感想)
夜野シズエは眠気を感じ始めていた……。
本日未明にショーコがキュアサイレントを目撃したということは、その時間帯にシズエは戦っていたわけで。
ぶっちゃけると、割と眠い。
うつらうつら、と。
シズエが船を漕ぎながら話半分に聞いたところ……。
どうやら、中島メグミはブルー先生に告白してフラれたらしい。
なんでも、既にブルー先生には婚約者が居るとのこと。
っていうか、ブルー先生の本名って何だっけ。たぶん山本だったと思うんだけど、なんでブルー先生なんてアダ名が付いたんだっけ??
「なるほど。それでメグミちゃんは空元気だった訳ね」
「私としても何とかしたいんだけど、メグミ本人が『大丈夫大丈夫』って言い続けてるから口出ししづらいんだよねー」
「……」
その話を聞いて……夜野シズエは、少しだけ興味を引かれ始めていた。
というのも、夜野シズエことキュアサイレントの目的は、異世界『黄昏の園』の復活にある訳で。
異世界『黄昏の園』の復活のための手段として戦っている夜野シズエは、敵に敗れて死んでしまうことだってあるかもしれない。
そうなれば、朝加ショーコとも離別することとなるだろう。
「よーし、名探偵ショーコの脳内データベースをサーチだ! さあ、検索を始めよーか!」
「よっ、待ってました! ショーコの十八番! キーワードは『三角関係』『失恋』でどう?」
「……」
……ブルー先生が中島メグミよりも婚約者を選んだように、既に夜野シズエは『朝加ショーコ』よりも『黄昏の園』を選んでしまっているのだ。
遠くない未来に夜野シズエが姿を消したとき、親友の朝加ショーコは悲しむだろうか。
なんとなく、中島メグミの空元気が朝加ショーコの未来に重なって見えた気がした。
「検索の結果、三角関係の末路は大体殺し合いだよ! これも大体井上敏樹さんって人のせいなんだ!」
「メグミはそんなことしないよ! しないよね? でも、まさか……??」
「……」
楽しそうに全力でコメディをやっている朝加ショーコの笑顔が曇る未来を、夜野シズエは想像してしまっていて。
何となく憂鬱な気分が、頭をもたげ始めていた。
「一応フォーゼの大文字先輩パターンもあるよ。フラれた事実を受け入れつつ、背中に哀愁を背負いながら、愛する人の幸せを守るために命を懸けて戦うENDは地味に格好良かったっけ……」
「命を懸けるって、メグミ死んじゃうの!? ヤバいよヤバいよ!?」
「……私は急用ができたから、お先に失礼するわ」
長い黒髪を翻して。
夜野シズエは、ブルー先生のところへと足を延ばしたのであった。
絵面が急に劇画調になった気がした。
クール系美少女、やれば出来るじゃないか!
というわけで、やって来ました職員室。
渦中の人物であるブルー先生はすぐに見つかった。
いわゆる甘いマスクというヤツだろうか、ブルー先生は人目を引くのである。
さっそく夜野シズエは、藩田ヒメから聞いた噂をブルー先生に伝えた。
さらに。
「……私も、一番大切なもののために、大切な友達を傷つけてしまうことになりそうです。どうしたら良いでしょうか」
かなり重要なワードをぼかしつつ、ブルー先生に相談をしてみた。
恋愛的な質問として解釈できるため、割とオーソドックスな形の人生相談と言えるのかもしれない。
「大切なものに、1番も2番もないよ」
「……」
夜野シズエは、そんな奇麗事で誤魔化されるつもりは無かった。
ブルー先生は、中島メグミよりも婚約者の方が大切だから、告白を断ったに決まっている。
1番も2番もあるんだよ!
「っていうのは『逃げ』かな……。僕が中島君を傷つけてしまったのは事実だ」
「……」
だが、ブルー先生も悩んでいる様子だった。
やはりと言うべきか、冷たく突き放すような冷血漢ではないようである。
「僕が今から言うことは、『そういう考えもあるんだ』ぐらいに聞いてほしい。人生に絶対の正解なんて無いし、そんなの神様でも分からないだろうからね」
「……」
これも『逃げ』かもしれないね、なんて苦しそうに笑いながら。
それでも、ブルー先生も真面目に答えてくれていると見てよさそうだ。
「僕としては、恋人がいるから友達を大切にしなくて良いなんてことは、ないと思う。どっちも大切にするんだ。それが、君自身の人生を大切にすることにもなる……と思う」
「……」
ブルー先生は、中島メグミのことも大切に導いていくということだろう。
もちろん、先生と生徒という範囲内で。
「それとさ。朝加君にもさっきの質問、してみるといいよ。たぶん、夜野君も納得する答えが返ってくると思う」
「……?」
これには、夜野シズエは首を傾げた。
どうしてそこで朝加ショーコが出てくるのだろうか。
夜野シズエと朝加ショーコが仲良し夫婦として知られているのは良いとしても、なぜショーコの返答をブルー先生が予想できるの?
「大体、朝加君が引用する名言に目星がつくんだよね。僕も結構好きだからさ、仮面ライダー」
「…………そういえば、そうでしたね」
そういわれてみると、ブルー先生ってショーコに絡まれてた時期があったような?
なんか、三角関係のもつれで弟を殺そうとした仮面ライダーに声が似てるとかショーコに言われて、謎の台本を読まされている姿を見たような気がする。
災難だったな、ブルー先生……。
ブルー先生へと、お礼の言葉を残しつつ。
夜野シズエは、職員室を後にしたのであった……。
……と、話がここで終われば美しかったのだが。
残念ながら、そうは問屋が卸さないというヤツである。
朝加家でショーコと二人で夕飯と本日の復習に励んだのち、シズエは六畳一間の安アパートに戻った。
いつの間にか……甘いコメディの香りは、消え去っていた。
夜野シズエの鋭い視線の先にあるのは、『黄昏の園』の秘宝の一つである『静寂の輝石』であった。
「プリキュア……サイレント・チェンジ」
闇夜に溶け込むように、静かに。
シズエは、静寂の輝石へと言霊を吹き込んだ。
次の瞬間には、シズエの姿は伝説の戦士へと変貌を遂げる。
黒を下地に紫色の上着を羽織った、静寂のプリキュア……キュアサイレントへと。
そして、静寂の輝石は、予感という形でキュアサイレントへと敵の存在を教えてくれる。
……というより、昼間から敵の存在を、予感という形で教え続けていた。
シズエが昼間に敵のもとへと向かわなかったのは……理由があってのことなのだ。
キュアサイレントは……闇夜に紛れて走った。
行き先は、街はずれの廃工場であった。
忍び足で廃工場に駆け寄り、キュアサイレントは廃工場の中の様子を覗った。
隠密行動に優れたキュアサイレントは、あっさりと敵を見つけることが出来た。
身長3メートルほどのマネキン人形のような容貌の怪人が、廃工場に隠れていたのだ。
その頭には……50センチほどの背丈の木が生えており、木からは真っ黒な『不幸の果実』が実っていた。
でかした、とキュアサイレントは思った。
怪人が実らせる『不幸の果実』を10個集めることが、『黄昏の園』を復活させることにつながる。
だからこそ、キュアサイレントは深夜まで怪人を放置して、『不幸の果実』が実るのを待っていたのだ。
問題は……その怪人を作成したであろう敵幹部が、怪人の近くに居ることだった。
太さが50センチもあろうかという巨大ヘビが、怪人の保護者をしているという訳だ。
「……プリキュア、サイレント・リッパー」
キュアサイレントは、名乗りもあげずに開幕から必殺技をぶちかました。
自身の影を巨大な三日月型へと練り上げ、敵の命を狩るべく凶刃として投げつけたのである。
「ニョロォッ!!?」
三日月型の影刃は、容赦なく巨大ヘビの胴を切り裂いた。
さすがに胴体を両断するには至らなかったが、色々と見えてはいけないモノが腹の中から見えている。
「またお前ニョロ!? 俺様たちのゲームを何度邪魔したら気が済むニョロォ!!」
「……」
キュアサイレントは、何も答えなかった。
お喋りな敵幹部たちからは、過去の会話によって大体の事情を聞き出してあるので、今更話すことも無いのだ。
なんでも、敵幹部たちは人間をベースに怪人『カナシミーナ』を作成し、怪人の頭に実る『不幸の果実』の大きさを競うゲームをしているらしいのだ。
そして、一定の条件が揃えば彼らの親分から景品が出るのだとか。
「こうなったら、俺様だけでも逃げるニョロ! カナシミーナ、お前はプリキュアの足止めニョロォ!」
「カナシミ・ラブリーッ!!」
「……」
意外な機敏さを見せて戦線離脱した巨大ヘビを、キュアサイレントは追う素振りすら見せなかった。
実際、キュアサイレントが狙うのは『不幸の果実』を宿す怪人『カナシミーナ』の方であり、敵幹部には用はないのだ。
もちろん『黄昏の園』を滅ぼされた恨みはあるが。
体長3メートルほどの黒いマネキン人形の姿をした『カナシミーナ』が、キュアサイレントへと襲い掛かった。
「カナシミ・ライジングソードォ!!」
唐突に、カナシミーナは右手に長剣を生み出し、キュアサイレントへと振り下ろした。
足元のコンクリートを派手に砕く音が、カナシミーナの長剣攻撃の威力を物語っていた。
だが……キュアサイレントには、当たらない。
キュアサイレントが回避のために選んだ針路は……前方だ。
敵の長剣の根本に近づいてしまえば、振り下ろし攻撃など大した脅威ではない。
音もなく、キュアサイレントは一閃を放った。
次の瞬間には、キュアサイレントが振り切った三日月型の影刃がカナシミーナの右腕と右足を切断していた。
暗闇に溶け込みながら、1メートルほどの刃を振るうキュアサイレントの姿は……見るものに、死神を連想させる。
「……プリキュア、サイレント・リッパー」
「カナシミ・ビームッ!!」
少しだけカナシミーナから距離をとって。
三日月型の刃を自身の身の丈ほどの大きさへと巨大化させながら、キュアサイレントは再び必殺技として影刃を投擲した。
一方、カナシミーナの方は目からビームを出して迎撃を試みたようだが……、
「カナシ……メナイ……」
ビームの間を縫うように歪曲した軌道を描いた影刃によって胴を両断され、爆発四散する末路をたどったのであった。
そして、カナシミーナの姿が消えるとともに、中からは材料となった人間が姿を現した。
気絶して廃工場の床に倒れている人間は……昼間に噂の中心人物だった、中島メグミに違いない。
失恋後の暗い気持ちを、カナシミーナを育てる肥料にされたのだ。
キュアサイレントは……そっと、『不幸の果実』を回収した。
動くものが全く無くなった廃工場の屋上で。
近くの公衆電話から呼んだ救急車のランプが遠くから迫ってくるのを、眺めながら。
キュアサイレントは、思った。
……これが、朝加ショーコに正体を知られたくない理由だ、と。
キュアサイレントは、『黄昏の園』の復活に必要な『不幸の果実』を手に入れるため、カナシミーナの犠牲者が出ることをある程度許容しているのだ。
流石に自分からカナシミーナを作成することは出来ないし、やらないが。
そんなサイレントの姿は……ショーコが憧れる正義のヒーロー像からは、きっと乖離しているに決まっている。
「……それでも、まだ、失いたくない。大切にしたい」
故郷である『黄昏の園』を救うのは、大切だ。
でも……コロコロと表情を変えるショーコの笑顔を、失いたくない。
まだ、もう少しだけ、許される限り……ショーコとは友達で居たかった。
それが……昼間にブルー先生の人生相談を経た夜野シズエの、精いっぱいの『答え』だった。
きっと、恋に破れた中島メグミだって同じだ。
メグミ自身の恋心と、ブルー先生の幸せを願う気持ちを両方大切にしたいからこその、空元気なのだ。
当分の間は強がって空元気を振りまくであろう中島メグミが窮地に立ったなら、少しだけフォローしてやろうと思ったシズエであった。
「……あと、5つ。それまでは……」
キュアサイレントが吐いた溜息は、一面の星空へと溶けていった……。
・今回のNG大賞
――プリキュアと関係が深いと思われたら、ショーコの身に危険が降りかかるかもしれない。
シズエ「……って言ったはずなのに、どうして校内新聞が全面プリキュア記事になっているの?」
ショーコ「え? 匿名で新聞部に送れって意味じゃなかったの?」
シズエ は めのまえが まっしろに なった !
・次回予告!
クラス委員の本名ナギサと野上ホノカが雪山で遭難しちゃった!?
しかも、助けに行ったシズエとショーコの前で、本名ナギサと野上ホノカは殴り合いをしてる!?
一体どうなっちゃうの!?
次回『DANZEN! 雪国のともだち!』ぶっちゃけありえなーい!