ふたりはVSプリキュア!   作:カードは慎重に選ぶ男

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第十話:ショーコは敏腕家庭教師!? GO GO!

ショーコが風呂に入っている隙に。

シズエとミケマタは、内緒話を始めていた。

夜分の朝加宅は、内緒話をするのに最適であった。

 

 

「ニャーゴ」

「……キュアビクトリーに味方して、どういうつもり? 貴方、誰の味方なの?」

 

普通の三毛猫のフリをして誤魔化そうしたミケマタに対して、シズエは直球を投げつけた。

というか、貴方スクーターとかに変化できたの?

シズエの記憶として、昔のミケマタは『バールのようなもの』に変化して、ひたすら鈍器として使用されていた気がする。

 

 

「吾輩は、基本的にはサイレント殿と『黄昏の園』の味方であるぞ。ただ、ビクトリー殿には命を救われた恩があるので、なるべく便宜は図りたいのである」

 

……なんとも煮え切らない返答であった。

これも、『二兎を追う者は二兎とも獲れ』というヤツなのだろうか。

ミケマタの言葉に少しばかり瞑目した夜野シズエであったが……深く息を吐いて返事を捻り出した。

 

 

「……仕方ないわね」

「サイレント殿、この4年で何だか懐が深くなったであるか?」

 

まぁ、無理矢理ミケマタを従わせても、あまり良いことは無い。

ミケマタの意思を無視しすぎて、土壇場で裏切られたりすると目も当てられないし。

 

 

「……貴方、私をどういう風に見ていたの?」

「クールぶっている割に沸点が低くて、もっと余裕が無い感じだと思っていたであるぞ」

 

別に沸点低くないし!(キュアマジカル並の感想)

若干イラっとした夜野シズエであったが、ここで怒ると『沸点が低い』のを認めたことになりそうで癪である。

何だか納得できないものを感じるが、ここは聞き流してやるのが良いのだろう。

 

 

「やはり、余裕が出てきたであるな。昔のサイレント殿だったら、絶対に吾輩の尻尾を引っ張っていたであるぞ」

 

シズエが変わってきているとすれば……やはり原因は、ショーコだろうか。

朝加家での平和な日常が、少しずつ夜野シズエの心に温かさを与えている……のかもしれない。

 

 

「……ところで。ミケマタは、キュアビクトリーの正体は知っているのかしら?」

「ビクトリー殿の正体は言えないである。本人たっての希望であるぞ」

 

本当は、非変身時のビクトリーに奇襲をかけることが出来れば一気に楽になるのだけれど。

代わりにサイレントの正体をバラされたりすると非常に面倒なので、なかなか強く出られないシズエさんなのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふたりはVSプリキュア!』

第十話:ショーコは敏腕家庭教師!? GO GO!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっただきまーす! ぐむ。やっぱり一日の計は朝食にあり、って思うよね」

「……いただきます。計といえば、そろそろ中間テストね」

 

今日も長閑な朝が来た。

ニボシの盛られた皿に顔を突っ込んでいるミケマタを視界の端に収めつつ。

もうそんな時期かぁ、なんて呑気な感想をショーコは持っていた。

というのもショーコもシズエも、別に勉強面がピンチなんていう事は全く無いからだ。

ショーコはアホ毛を立てているタイプの女子だが、別にアホ毛があるからといってアホとは限らないのである。

 

 

「中間テストかぁ。ノゾミちゃんとミユキちゃん辺りが一番危ないのかな」

「……引坂ハナや金元ヤヨイも危ないわ」

 

ショーコは、頭の中で成績がピンチな人間をリストアップしてみた。

やはり三瓶ノゾミと福圓ミユキは赤点筆頭候補である。

シズエが挙げた引坂ハナや金元ヤヨイも、かなり危険だ。

あと、元失恋メイツの美山イチカと中島メグミも割と危ないか?

なお、1か月以上も昏睡していた島村ハルカは、起きてからは瞬く間に後れを取り戻した模様。実は超人肌なのかもしれない……。

 

 

「今回は誰が泣きついてくるんだか?」

「……人助けメイツは大変ね」

 

人助けメイツの中でも、他人に勉強を教えられる人員は多くないのである。

そして、人助けメイツでも助けられる人数には限りがある訳で。

中学一年生だった去年もショーコに助けを求めてくる亡者は居たわけだし、きっと今回も居るだろう。

今回の一学期の中間考査は、一体どうなるのやら……?

 

 

 

 

 

 

 

 

で、その日の放課後。

 

「ショーコちゃん! お願い! 私に勉強教えてーっ!!」

「やれやれだZE☆」

 

結局、朝加ショーコを真っ先に頼ってきたのは、三瓶ノゾミだった。

背中にかかる程度のピンク髪が印象的な、アホの子である。

あれ? でもノゾミって草尾コージ先生に告白して成功したんじゃなかったっけ?

ならノゾミは草尾先生に教えてもらえば良くね?

 

 

「ってかさ。ノゾミちゃんって草尾先生に告ってOK貰ったんだよね?」

「えへへーっ! 一応卒業まで答えは待って欲しいって言われたけどね!」

 

それって実質OKって事じゃん。

なら個別授業(意味深)してもらえよ。

……と思ってしまったショーコだが、そうも上手くいかないらしい。

 

 

「でもでも! ココ……じゃなくて草尾先生と二人っきりになると、勉強のことなんて全然頭に入らなくなっちゃって!」

「これが乙女の恋心ってヤツか。そういうのが分からないところが、あたしが男子っぽいって言われる理由なのかもなぁ……」

 

恋じゃなくて愛なら分かるけど。

本妻や愛人も居るしね。

愛って何だろう?(哲学)

あと、その『ココ』って草尾先生のニックネームか何かなの?

 

 

「そういう事なら、今からあたしの家に来る?」

「行く行く! けってーい!」

 

そんなこんなで、場所を朝加家に移して。

いよいよ勉強を始めようという時になった訳だが。

まずは、三瓶ノゾミがどこまで出来るのか把握せねばなるまい。

一緒に噂話に興じることはあっても、朝加ショーコが三瓶ノゾミに勉強を教えたことは無いので、ノゾミの実力が不明なのである。

 

 

「とりあえず、最初の日のテストは算数だっけ……」

(算数……だと……!?)

 

ノゾミが『算数』という単語を使った時点で、既に嫌な予感はしていた。

そこは『数学』でしょ、とショーコは怖くて突っ込めなかった。

そして案の定……

 

 

「連立方程式って、どのあたりで躓いた?」

「れ、れいんぼー……??」

 

「ええっと、方程式って言葉に聞き覚えは?」

「異議あり! みたいな感じのヤツだよね?」

 

もしかして法廷と間違えてる……??

これは、予想外にアカン(白目)

三瓶ノゾミを甘く見ていたかもしれない。

 

 

「負の数の四則演算……もとい、足し算・引き算・掛け算・割り算って分かる?」

「負の数は聞いたことある。意味よくわかんないけど」

 

「九九は全部言えるよね?」

「そのぐらいは出来るもん!」

 

……一応言わせてみたら、七の段が少し怪しかったけど全部言えた模様。

さすがに算数の領域までは戻らなくて良いらしい。

教えるのは中一の範囲からで良いということを、喜ぶべきか悲しむべきか……。

とりあえずショーコは、中一の時の数学の教科書を押し入れから引っ張り出してきた。

 

 

「負の数から始めようか。負の数っていうのは、ざっくり言うと、ゼロより小さい数だね」

「ゼロより小さいって全然意味わかんない! 算数なら食べ物を分けたりするときに使うから、まだ分かったけど……」

 

まぁ、言われてみるとゼロより小さい数というのはイメージするのが難しいのかもしれない。

そして、勉強に苦手意識を持っている子にありがちな特徴として、『その教科を学ぶ意義が見出せない』というのがあったりする。

学生時代までに会った先生や親が、子供側からの『その話、必要か?』という質問にまともに答えてくれなかったりすると、陥りやすい症状である。

 

 

「温度で考えると良いよ。市販のアイスクリームは大体マイナス20度ぐらいの寒さが無いと製造が難しいんだよね。つまり、世の中に負の数が無きゃ、アイスクリームが作れなくなる!」

「ええーっ!? 負の数って大切なんだね!」

 

モチベーションを持ってもらえたようで何よりである。

一応、家庭用冷凍庫レベルの温度で作れるアイスクリームの製法もあったりするのだが、それはそれとして。

ショーコは、冷凍庫の中にあった2リットル箱のアイスを取り出してきて、少しずつ2つの皿に盛り分けてやった。

ココナッツミルク味という、なかなか町中で見かけないタイプの業務用アイスクリームであった。

 

 

「よくできました。はい、あーん」

「あーん! おいしー!」

 

ショーコ先生は積極的に褒めてアメを与える方針である。

……あれ? このアイスってもしかして去年の夏の残りか?

まぁアイスに賞味期限なんて無いだろうし大丈夫でしょ!(適当)

アイスクリームを口の中で溶かしている三瓶ノゾミは、とても幸せそうであった。

 

そんな三瓶ノゾミに新たなタスクを与えるべく。

ショーコは、ノートに線分図を書きながら、負の数の足し算と引き算を教える用意を整えた。

 

 

「この線分図を温度計の目盛りだと考えて。冷蔵庫の中の温度が2度の時に、温度を7度下げると、温度はいくつになるかな?」

「えーと、7つだから……マイナス5度?」

 

「大正解! ノゾミちゃん、この調子だよ!」

「うん! 私、なんだか出来る気がしてきた!」

 

2-7=-5

計算式をノートに書かせながら。

中学一年生の一年間分のノゾミの頭へ内容を詰め込むべく、朝加ショーコ先生のパーフェクト数学教室は敢行されたのであった……。

 

 

 

 

そんなこんなで、大分夜が更け込んできた頃。

ようやく中学二年生の一学期分までの数学を一通り学んだ三瓶ノゾミは、帰途についたのであった。

帰る方向が一緒なので、途中まで夜野シズエと一緒に帰ることとなった訳だが。

 

 

「うう~、くたくただよぉ……」

「……三瓶さん、よく頑張ったわね」

 

夜野シズエとしては、三瓶ノゾミが夜中まで勉強を頑張ったこと以上に、ノゾミの食べる量の方に驚いたが。

夕方ごろ、ショーコ達は勉強会を中断して夕食をとり、3人は食事をともにした訳だが……凄まじいの一言に尽きた。

元々ノゾミが大食いだというのは聞いていたので、ショーコとシズエの分を含めて4人前相当の夕食を作ったつもりだったのだが。

結局ノゾミの箸の勢いはとどまるところを知らず、今週の常備菜のカボチャの煮付けまでもが食い尽くされてしまったのであった……。

 

どれだけ食べるの?

しかも別腹でアイスも1リットル以上は食べていたわよね??

三瓶家のエンゲル係数が気になるところである。

 

 

「……どうしたの?」

 

そんな驚異の胃袋を持つ三瓶ノゾミが……何だか元気がないように思えてしまった。

普通なら胃もたれを疑うところだが、そういう雰囲気でも無さそうだし。

勉強疲れだけが原因という訳でも無さそうであった。

 

 

「私ね。草尾先生みたいに、将来の夢は学校の先生かなぁ、なんて思ってたんだ」

 

どうやら、草尾コージ先生は男女の仲だけの話ではなく、単純な人望も厚いらしい。

尊敬している人と同じ職業に就きたいというのは……あるあるネタだろう。

 

 

「でも、ショーコちゃんに今日一日勉強を教えてもらって、思っちゃった。先生になることと、良い先生になることって、結構違うなぁって」

 

確かに、冷静に考えると中学一年生の一年分の範囲を半日で教えられるショーコの教育能力は、年齢不相応だと言えるだろう。

もちろん、数十人を相手にする学校教師と、少人数同士で教える家庭教師では、求められる技能の違いはあるにしても。

やはり教育者の当たり外れの差というのは、かなり大きい。

 

シズエとしては、ショーコが教育者の資質を持っているというのは、何となく分かる気がした。

ショーコは相手の理解度と認識を把握するのが上手いところがあるので、利害調整なんかも上手かったりするのだ。

その分、利害調整が無理な相手が居ることもすぐに分かってしまうので、早々にコミュニケーションの匙を投げることもあるが。

言っても分からない人間を相手にするのは時間の無駄だ、というヤツである。

 

 

「なんとか先生になるための大学を卒業して、先生になるところまで出来たとしても……」

「……」

 

まず、その時点で三瓶さんには大分難しい気がするのだけれど……。

そんな正直なツッコミを飲み込みながら。

シズエは黙って三瓶ノゾミの言葉の続きを促した。

 

 

「良い先生じゃなきゃ、生徒のみんなの未来を台無しにしちゃうことだって……あるかもしれないよね」

 

……私が優秀なプリキュアじゃなかったから、『黄昏の園』は滅んだのかな。

そんなネガティブな考えが、夜野シズエの脳裏に浮かびあがった。

キュアサイレントが不気味な筋肉ガエルに負けて、そのまま『黄昏の園』は自らを圧縮冷凍する末路を辿ったのだ。

ミケマタは、よく頑張ったと言ってくれたけれど……。

 

 

――今を一生懸命生きてるあの子たちから、未来を奪っていい訳がないよ!

 

愚直に地球の未来を守ろうとしているビクトリーの方が、いかにも『プリキュアらしいプリキュア』だった。

ビクトリーは、対立しているサイレントを助けたこともあるし、サイレントに共闘を持ち掛けてきたことだってあった。

かつて『黄昏の園』を守るために立ち上がったプリキュアが、サイレントではなくビクトリーだったら……もっと上手く立ち回れたのでは?

もやもや、と暗い感情が夜野シズエの胸中に渦巻きはじめた。

 

 

「……ままならない、わね」

「そういえば夜野さんは、夢ってある?」

 

……『黄昏の園』を再建するのが現在の目標ではある。

でも、それって『夢』なんだろうか?

故郷を取り戻したあとも、夜野シズエの人生は続いていくわけで。

戦いが終わった後もショーコと一緒に地球に住み続けるのはアリだな、なんて漠然と考えたことはあったが、その先は?

 

なんだか最近、今まで考えもしなかったことを考えている気がする。

ちょっと前までは、『雨の軍勢』との戦いの中で死ぬかもしれない、というぐらいしか考えていなかったのに……。

 

 

――でも、やっぱりカナシミーナを放置するのは、あたしは賛同できない。

 

そして同時に、思う。

地球人の未来を犠牲にすることを容認してきたキュアサイレントが、自身の夢を語って良いのか、と。

 

 

「……このままずっと、ショーコと親友で居たい。……というのは『夢』に入るかしら?」

 

今の夜野シズエが捻りだした精一杯の『夢』が、それだった。

夜野シズエがキュアサイレントであることが知られれば、きっとシズエとショーコの関係は壊れてしまうだろう。

だから、サイレントの正体がショーコにバレませんように、という願掛けの意味も込めて口に出してみたのだ。

 

 

「ぜったい、それだって夢だよ!」

 

能天気に笑って見せた三瓶ノゾミは……きっと、シズエの懸念など理解していない。

まぁ、大して深い付き合いでもないノゾミがサイレントの境遇に理解を示して来たら、それはそれで怪しいが。

 

 

――ありがとう、三瓶さん。

 

「え? 今何か言った?」

「……なんでもないわ」

 

それでも。

そんなノゾミの無責任な肯定が、どこか心地よく思えたのだった……。

 

 

 

「話は聞かせてもらったニョロ! アホがまともに教師なんて出来るわけないニョロォ!!」

 

……巨大ヘビが、現れた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュアビクトリーは、ミケマタを変化させたバイク(?)で夜間の町を走っていた。

ミケマタは、サイレント程の精度ではないものの、カナシミーナの感知が出来るらしいのだ。

やっぱりサイレントは敵感知が出来たのか、なんて心の中でツッコミを入れつつ、ビクトリーが現場へ急行すると。

 

 

「カナシミ・ドリームゥ!」

「……」

 

既に、紫色のプリキュアがカナシミーナと交戦中であった。

いつもの身長3メートルほどの黒いマネキンが、人通りの少ない路地裏で拳を振るっているのだ。

カナシミーナは、成長の早い巨大ヘビ産のヤツだろう。

成長が遅い方のカナシミーナだったら、不幸の果実が実る前にサイレントに襲われることは無いだろうし。

 

物陰からサイレントとカナシミーナの様子を覗いつつ。

ここで、ビクトリーは考えた。

無暗に突っ込んだら先週の二の舞だよな、と。

マナッシーの時は、後から現れたサイレントのせいで、三竦み状態が発生してしまったのだ。

 

 

……奇襲でサイレントかカナシミーナに決定打を与えられれば良いのだが。

とある事情があって、あまりサイレントに攻撃したくないショーコとしては、やはりカナシミーナに攻撃を仕掛けるしかない。

 

 

「ミケちゃん、確認だけどさ。カナシミーナの早期討伐には猫の手は貸してくれないんだったっけ?」

「そうであるな。吾輩は、基本的には『黄昏の園』の味方であるぞ。協力できるのは、移動の手助けとビクトリー殿の正体の黙秘だけだと思って欲しいである」

 

尻尾が三味線な三毛猫の姿に戻ったミケマタへと、確認の言葉を入れながら。

ビクトリーは右手に金環を二つ嵌め直しつつ、横殴りの機会を見極めに入ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

カナシミーナと交戦するサイレントの心は……揺れ動いていた。

このまま不幸の果実が実るまでカナシミーナの足止めをするのが正解だと、理性では分かっている。

 

――ぜったい、それだって夢だよ!

 

三瓶ノゾミの無責任だが温かい言葉が、サイレントの……シズエの胸の内に巣食っていた。

シズエの大切なものを肯定してくれた三瓶ノゾミを、サイレントは危険に晒している。

その事実が……サイレントの心と身体を重くしているのだ。

カナシミーナが放った地を這うような回し蹴りを、ギリギリのところで何とか回避しながら、サイレントは自身のパフォーマンスの低下を自覚していた。

 

 

――私の命を預かるのが、あなたで良かった。私はそう思うよ。

 

大学生女子の事件の際は、被害者が全ての事情を知ったうえで納得してくれていた。

あの大学生も、かなり温かい言葉をかけてくれたものだが……あの人はあの人で、どこか現実離れしているところがあったようにも思えた。

それに対して、三瓶ノゾミは先程まで朝加家で勉強して、食事をしていたのだ。

一人の人間の人生が天秤の皿に載っているという現実感は、段違いだった。

 

 

「カナシミ・ドリーム・アタックゥ!」

 

カナシミーナが、掌から幻影の蝶のようなオブジェクトを生み出し、高速で射出してきた。

それを、とっさに小さな影の盾でガードしたサイレントであったが。

 

 

「……っ!」

 

直後、幻影の蝶が弾けた。

腹の底に響くような音を立てながら、幻影蝶がサイレントの至近距離で爆発したのである。

思わず後方へと転倒してしまったサイレントの頭上から……跳躍したカナシミーナの振り上げた踵が迫っていた。

 

サイレントは、とっさに自身の周囲に影の針を多数生み出して、カウンターを試みた。

影の剣山に踵落としを敢行しようものなら、カナシミーナの踵は穴だらけになってしまうことだろう。

 

 

「カナシミィ!」

「……っ!?」

 

……剣山に隙間を縫って、ふらふらと二匹目の幻影蝶がサイレントへの目の前へと現れた。

おそらく、サイレントの周囲に無数に生み出された針の死角を移動して、超至近距離まで幻影蝶は接近してきたのだ。

やられた、と思った瞬間には既に手遅れで。

サイレントの目と鼻の先で、再度幻影蝶による大爆発が引き起こされた。

 

 

サイレントは……傷だらけになりながら、地に伏してしまっていた。

爆発の衝撃でブッ飛ばされた結果として、踵落としを受けずに済んだのが辛うじて不幸中の幸いと言えるかもしれない、というレベルである。

 

マズい。

カナシミーナの強さも並み以上ではあるうえに、今のサイレントは動きに精細を欠いていた。

 

 

「選手交代だ! ミケマタはサイレントを連れて撤退で!」

「合点である! 火車変化、メタモルキャッパー!」

 

スクーターに変化したミケマタに乗せられて。

キュアサイレントは、戦場を離脱させられた。

戦場に残った桜色のプリキュアの背中は……思った以上に大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

小高い鉄塔の一角で。

鉄骨の上に寝かされたサイレントは、起き上がるのも億劫だった。

心が、ぐちゃぐちゃだった。

 

頭では理解している。

サイレントが……夜野シズエが優先すべきは『黄昏の園』だ。

そのために、三瓶ノゾミの身を危険にさらしてでも不幸の果実を集めるべきだ。

それなのに……心が、やるべき事についてこない。

 

 

――天の道を往き総てを司る男が言ってた。『二兎を追う者は二兎とも獲れ』ってね!

 

カナシミーナが頭の植物から不幸の果実を実らせた時点で倒せば、ノゾミも長くて1週間程度の昏睡で済む。

もちろん『黄昏の園』の再建にも近づく。

それが、キュアサイレントの目指す目的を達成しつつ地球人との折り合いをつける最適解だ。

そんなことは、分かっていた。

 

 

――無理しなくて良いよ。昨日の怪物は、倒すのが難しいから逃がしたんでしょ?

――違う! 私は、貴女やショーコが思っているような、正義のヒーローなんかじゃない……!

 

あの大学生の言葉を、否定せずには居られなかったのは。

……罪悪感に押しつぶされそうな、夜野シズエ自身の心を守るためだった。

幸運にも、今までに廃人になった地球人は居ないが、この先もそれが続くとは限らない。

 

 

――やはり、余裕が出てきたであるな

 

視野が広がったのは、良い事ばかりではない。

そのせいで……今まで意識しないようにしていたモノが、意識に入ってくるようになったのかもしれない。

 

仰向けに倒れているサイレントの傍らで、ミケマタは何も言ってくれなかった。

サイレントが肉体と精神の両方にダメージを負っていることを、何となく察しているのかもしれない。

きっと、サイレントが弱音を吐けば、ミケマタは優しい言葉をかけてくれるに違いない。

4年前と、同じように。

 

不思議と今は、優しい言葉は聞きたくなかった。

聞いたら、惨めになるような気がした。

 

 

「カナシミ・シューティング・スターッ!」

「プリキュア・ビクトリー・ウォールっ!」

 

……人身事故のような轟音が響き、地鳴りが少しずつ小高い鉄塔の方に近づいてきた。

低空飛行しながらフライングクロスチョップを繰り出したカナシミーナを、ビクトリーが受け止めようとしているようだ。

どうやら、カナシミーナの攻撃力が高すぎるせいで、ビクトリーは両脚の踵でガリガリと地面を削りながら後退している模様。

それでも……ビクトリーの目は、死んでいなかった。

 

 

カナシミーナは、背中から生えた闇色の蝶羽のような器官を羽ばたかせて、推進力を増しているようだった。

そんなカナシミーナの突進攻撃を、障壁で受け止めていたビクトリーは……障壁が破られる刹那、カナシミーナへと組みついた。

残念ながら体格が違い過ぎるので、ビクトリー・ホールドは使えない。ならば?

 

 

「バーストぉっ!!」

「カナ……ッ!?」

 

こともあろうか、ビクトリーは……超至近距離で、全ての防御力を捨てる暴挙に出た。

けたたましい音とともに、敵へと抱き着いていたビクトリーの桜色の上着部分を爆発させたのである。

 

 

「でりゃああっ!!」

 

怯んだカナシミーナの頭を掴み、ビクトリーは容赦なく地面に叩きつけた。

コンクリートの地面がクモノス状に割れ、白色の飛沫が宙を舞った。

 

さらにビクトリーは、カナシミーナの後頭部を足蹴にしつつ、カナシミーナの背中から生えていた羽に手をかけた。

ビクトリーの気合の一声とともに……カナシミーナは羽を毟られた。

 

 

「カナ、シミィ!」

「おおおおっ!!」

 

カナシミーナが苦し紛れの体勢から繰り出した拳が、キュアビクトリーの右拳とぶつかり合った。

右腕の単輪を高速回転させたビクトリーの拳は、カナシミーナの腕を粉々に粉砕した。

 

 

「カナシミ・クリスタル・シュートォ!」

 

カナシミーナが、最後の足掻きとばかりに水晶の欠片のような物体を散弾銃のように吐き出した。

胴体部の防御力を失っているビクトリーが受けてしまえば、ひとたまりもないような暴力の雨だった。

それに対して、ビクトリーは、

 

 

「プリキュア・ビクトリー・マグナムッ!!」

 

……こともあろうか、防御を度外視して右手へと金環を重ね掛けした。

攻撃に必要ない左手を犠牲にしながら、胴体部の損壊を最小限に抑えつつ。

羽を失って機動力が落ちたカナシミーナへと、キュアビクトリーは渾身の右拳を叩き込んだのであった。

 

 

「カナ……シ……」

 

カナシミーナは……爆散して消えていった。

素体となっていた三瓶ノゾミと、不幸の果実を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

寝かされていたサイレントは、なんとか気力を振り絞って上半身を起こした。

傍らで心配そうにしているミケマタは、やはり何も言わなかった。

 

そんなサイレントへと、ビクトリーが歩み寄ってきた。

サイレントは肉体・精神ともに絶不調だが、ビクトリーはそれ以上にボロボロであった。

まさか今から交戦しようなどとは、思っていないはずだ。

 

 

「不幸の果実、置いていくよ」

「……」

「心遣い、感謝するであるぞ」

 

……なんて思っていたら、ビクトリーはサイレントの膝先に不幸の果実を置いた。

そして、そのまま背を向けて戦場を去ろうとしていた。

まるで……サイレントなど敵ではない、と言わんばかりに。

 

 

「……もしも」

 

口をついて、言葉が溢れた。

だが、聞かずには居られなかった。

背を向けて立ち去ろうとしていたビクトリーの歩みが、止まった。

 

 

「……もしも、滅んだのが『黄昏の園』ではなくて地球だったら。貴女は地球を救うために『黄昏の園』の人間を犠牲にしてでも戦えていた?」

「きっと、一緒だよ。苦しみながら戦って、途中で心が折れるんじゃないかな。……今のサイレントみたいに」

 

……見透かされている。

サイレントが精神的な不調によって戦闘に支障をきたしている経緯を、ビクトリーは大まかに把握しているのだろう。

地球人に犠牲を強いているという罪悪感に圧し潰されそうになっている、サイレントの弱くて脆い心を。

 

何となく、サイレントは思った。

ビクトリーなら、口では常識的なことを言いつつも何やかんやで最後まで戦い抜くだろう、と。

 

 

「サイレントはさ、地球にも大事な人が居るんだよね」

「……貴女が、勝手にそう思っているだけよ」

 

――あのカナシミーナの素体は誰?

――居るんでしょ? この地球にも、サイレントの大切な人が。

 

朝加家で食事を頬張る幸せそうな笑顔が、脳裏をよぎった。

優しい犬のような安心感と、番犬のような勇猛さを併せ持った、シズエの親友の顔だった。

 

一瞬、朝加ショーコとキュアビクトリーのイメージが重なって見えた気がした。

もっとも、シズエの視点からすると、この二人は同一人物では有り得ないのだが。

福圓ミユキのカナシミーナの時に、ショーコとビクトリーが同時に存在している場面を見ている訳だし。

 

 

「その大切な人との生活に、幸せは無かった? 『黄昏の園』の事を忘れて、大切な人と一緒に地球で穏やかに暮らす未来は、有り得ない?」

 

もしあのカナシミーナの素体が朝加ショーコだったら、夜野シズエは不幸の果実の優先順位を下げることが出来ただろうか?

ショーコの安全を優先した……かもしれない。

それでも。

 

 

「……『黄昏の園』の復活が第一よ。けれど、それに矛盾しない範囲で地球人の幸福も尊重する気はあるわ」

 

ここで『黄昏の園』を諦めてしまったら。

夜野シズエの大切な人が失われる時にも、シズエは自身が諦めて立ち尽くしてしまうように思えた。

 

 

「けどさ。そのストレスを貯め込んだ結果が、今の座り込んでいるサイレントなんじゃないの?」

「……貴女に何が分かるっていうの。知ったような口をきかないで」

 

これも図星だった。

サイレントは、『黄昏の園』を守れなかった自分自身を許せない。

にもかかわらず、『黄昏の園』の復活のために地球人を犠牲にすることに罪悪感も背負っているのだ。

故郷の住人一同の命と、高々数名の地球人の危機を比べれば、どちらを優先すべきかなど決まり切っているはずなのに……。

 

 

「良いんだよ」

「……?」

 

……不意打ち、だった。

事態を把握したときには、サイレントは既に、ビクトリーの腕の中に抱きしめられていた。

桜色の上着を失って簡素な白地のワンピースののような恰好になってしまっているビクトリーは……間近で見ると、思っていた以上にボロボロだった。

きっと、サイレントが超至近距離から影の刃で攻撃すれば、あっという間に致命傷を与えることが出来てしまうだろう。

 

 

「理不尽な選択肢を迫る世界を嫌っても良い。怒ったっていい。でも、サイレントは、もっと自分自身を好きになってもいいんだ」

 

戦闘後でダメージが残っているだろうに、ビクトリーの抱擁は力強かった。

それでいて……どこか、居心地の良さを感じさせた。

人間という生物の善性を、少しだけでも信じてみたいと思わせるような温かさがあった。

 

それでも。

サイレントは、ビクトリーの腕を振り払って、突き放した。

地に尻をついて倒れたビクトリーは……悲鳴の一つも漏らさなかった。

 

 

「……うるさい! 『勝利の輝石』を盗んだ犯人が、それを言うなっ!!」

 

サイレントは、口調を崩してしまうほどに、心を揺さぶられていた。

射殺さんばかりに、ビクトリーを睨みながら。

どうしてもサイレントは、平常心を保つことが出来なかった。

 

 

「しょうがないじゃん! 自分でも、あたしがさっきのを言うのはマズいかなって思ったよ! でも、あたししか……『キュアビクトリー』しか、言える人が居ないじゃんか!!」

 

ビクトリーの口ぶりから、何となくサイレントは察した。

4年前にミケマタがサイレントを励ますのに失敗したことを、ビクトリーは知っているようだ。

おそらく、ミケマタがビクトリーに喋ってしまったのだろう。

サイレントが恨みがましい目を向けると、ミケマタは両手の肉球を使って合掌のポーズをとりはじめた……。

そんなミケマタの静かな謝罪を見て、少しだけ心のトゲが抜けた気がしたサイレントであった。

 

 

「……それに、結局貴女は今後も『不幸の果実』の収集の邪魔をするんでしょう。いずれ戦うのに、認め合うことに意味なんて無いわ」

「いずれ戦うからこそ、あたしが居なくなった後でも残る言葉を言わなきゃって思ったんだよ」

 

一応筋は通っている、かも?

しかし、何かが変だとサイレントは思った。

 

 

「ま、偶にでいいから思い出してよ。あんまり自分を責めると碌なことが無い、ってさ」

「……」

 

ひらひら、と右手をふって。

キュアビクトリーは、闇夜を駆けていってしまった。

後に残されたのは、『黄昏の園』の一人と一匹だけ。

 

……それにしても、サイレントが気落ちしている理由をビクトリーが的確に当てたのが気になった。

まさか、ミケマタがあること無いことをビクトリーに吹き込んだ可能性が……?

例えば月並みだが「サイレント殿は本当は他人を犠牲にすることなんて出来ない優しい子なのであるぞ」みたいなことをビクトリーに教えたのではないか?

 

 

「……ミケマタ。貴方は口が軽すぎるわ」

「すまなかったであるぞ。ただ吾輩としては、サイレント殿の正体をビクトリー殿に明かしたうえで、腹を割って話し合うのが良いと思うである……」

 

シズエとしては、サイレントの正体を無暗にばらすのはアウトである。

最悪、半同居生活を送っている朝加ショーコにも危険が及ぶからだ。

あの真っすぐな性格のビクトリーが人質作戦を行うとまでは思わないが、ビクトリーの周囲の人が全員同じ考えとは限らないだろう。

 

 

「……それだけは無いわね。間違っても、私の正体を口外してはダメよ」

「うーむ……。まぁ、そういう事ならサイレント殿の考えを尊重するであるぞ」

 

……ミケマタって、本当に『黄昏の園』の味方なのよね?

一抹の不安を胸に抱きつつ。

音もなく立ち上がったサイレントは、ふと思った。

 

 

――あたしが居なくなった後でも残る言葉を言わなきゃって思ったんだよ。

 

あのビクトリーの言い草は。

まるで自身の死を前提にしている人間の言葉のような……?

 

 

サイレントは……頭の片隅に生まれた小さな疑念を、闇夜に放り捨てて去っていった。

 

 

 

 

 

 






・今回のNG大賞

ショーコ「じゃあ、西暦2年の7年前は、紀元前何年かな?」
ノゾミ「えーと、紀元前5年だよね!」

ショーコ「残念! 正解は紀元前6年だよ!」
ノゾミ「!!?」

豆知識:西暦0年は存在しない。(※天文学を除く)




・次回予告!

ドーナッツ屋台のカオルちゃんが行方不明になったんだって!

朝加ショーコは、ドーナツ屋の常連の沖田ラブと一緒にカオルちゃんの行方を探し始めたけれど……?

次回『Let's! 我が名はインフィニティ!』みんなで幸せゲットだよ!

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