ふたりはVSプリキュア!   作:カードは慎重に選ぶ男

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第十三話:ラ♪ラ♪ラ♪ もうすぐ不幸の果実が集まるニャ♪

街が寝静まっている、未明の時間帯に。

六畳一間の安アパートで寝ていた夜野シズエは、不審な物音を聞いて目を覚ました。

何かが郵便受けに投函された音に思えた。

 

投函されていた手紙の差出人の名前は……スネッグ。

普段は巨大ヘビと呼ばれている、雨の軍勢の幹部の名だった。

 

 

『拝啓 キュアサイレント様。

極暑の候、プリキュアの皆様にはいっそうご活躍のこととお慶び申し上げます。

突然のことではありますが、私ことスネッグは、雨の軍勢を脱退いたしました。

情けない話で、わが同輩スラッグの身に降りかかった不幸を目の当たりにして、決心した次第です。

つきまして、地球や黄昏の園の皆様に多大な迷惑をかけた御詫びに、悲しみの種を提供いたします。

普通の大蛇として余生を過ごす私を、どうか探さないでいただきたく思います。

――スネッグより』

 

 

色々とツッコミどころが多い手紙だった。

ふたたび夜野シズエが、薄暗い郵便受けの中に手を入れて探ってみると、黒くて硬い小さな物体に指先が当たった。

郵便受けから取り出されたブツは……まさしく、『悲しみの種』だった。

 

この『悲しみの種』を育てれば、『不幸の果実』が収穫できる。

現在のキュアサイレントが必要とする『不幸の果実』は1個だけなので、これを育てれば『黄昏の園』は復活する。

 

 

その晩。

夜野シズエは、寝付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふたりはVSプリキュア!』

第十三話:ラ♪ラ♪ラ♪ もうすぐ不幸の果実が集まるニャ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっただきまーす。もぐぐ。シズちゃん、目の下にクマが出来てるけど、何かあったの?」

「……いただきます。安アパートの冷房が不調で、寝つきが悪かったのよ」

 

朝加家で、いつもの長閑な食卓を囲みながら。

夜野シズエは、自身の考えを纏められずに居た。

現在の夜野シズエは、悲しみの種を一つ所持している。

悲しみの種を育てれば、最後の不幸の果実を入手出来る。

だが……そのために人間の宿主を使う踏ん切りがつかなかった。

 

 

「……ショーコ、突然だけれど。仮面ライダーの敵は、怪物になってしまったとはいえ、人間なのよね? 人間を殺してしまっても、彼らは正義の味方なの?」

 

――あたしは『やれる』側の人間だったみたいだ。

 

ビクトリーは、己の守りたいもののために、元人間の変異体ナメクジを容赦なく殺した。

これから悲しみの種を育てるであろうサイレントは、ビクトリーと何が違うというのだろう。

 

 

「一応、法律上の考え方の一つとして、『緊急避難』っていうのがあるんだ」

 

カルネアデスの板、なんてネタで語られることもある命の選別問題である。

ざっくり言うと、自分の命を助けるためならば、他の何を犠牲にしても刑罰が発生しないという原則だ。

ニチアサ民なら誰しもが一度は考えたことがある、「怪人を殺すのって殺人行為じゃないの?」というテンプレ質問への回答だったりする。

 

実はこの『緊急避難』は他人を助けるためにも使えたりする。

ただし、他人を助けるために使う場合は、介入者の行動によって犠牲者の総数が増えるのはアウトである。

1人の人間の命を助けるために2人の命を犠牲にしたらダメよ、ということだ。

 

 

「かなり乱暴に言っちゃうと、人間の命が脅かされている時点で、怪人はヒーローに殺されても文句は言えないってことだね」

 

なお、人間が襲われたかどうかを考慮にいれず、怪人全般の人権を否定する考え方もある。

その辺りは、正解が無い問題なので、機会があればおいおい調整してくしか無いだろうが。

 

……人間の命を危機に晒した時点で人間失格というならば、サイレントは大丈夫なのか?

ビクトリーを殺そうとしたことはあるが、アレはビクトリー本人はあまり気にしていない様子だったので不問で良いのだろうか?

もしサイレントが悲しみの種を使ってカナシミーナを作ったら……ビクトリーは、サイレントを殺すだろうか?

 

 

――カナシミーナの被害者を救いたいあたしが手を汚す方が、筋が通ってるって思ったんだ。

 

カナシミーナを作るのが、怖い。

宿主を犠牲にする末路が、怖い。

誰よりも温かいキュアビクトリーに殺されるのが、怖い。

 

最初は、気に入らないだけの相手だったのに。

いつの間にか、どこまでも真っすぐなビクトリーの姿にコンプレックスを抱くようになった。

罪悪感を胸に抱きながら戦うサイレントには、『正義の味方』を地で行くビクトリーの存在が眩しく思えたのだ。

 

 

夜野シズエは、小さく身震いした。

自分で作った朝食の味がしなかった。

 

 

 

 

 

その日、夜野シズエは終始ぼんやりとしていた。

休み時間にショーコと過ごす一時だけは安らぎを得ることが出来たが、他は上の空だった。

そんな中、料理部が盗み食いの被害に遭っているという噂を聞いた気がした。

 

学校から帰って、課題や復習を済ませて、いつも通りに夕食を作って。

薄暗い道を通って六畳一間のアパートに帰還する途中の夜野シズエは、不審な物音を聞いた気がした。

日が暮れて人が少なくなった学校の方から、不審な音が聞こえた気がしたのだ。

当直の先生が立てた物音の可能性もあったが……。

 

「……プリキュア・サイレント・チェンジ」

 

音もなく、キュアサイレントは学校の塀を乗り越えて様子を見に行ってしまった。

サイレントが影に紛れて校舎の中の様子をうかがうと、料理部の部室に忍び込んで盗み食いをしている生徒の姿を発見できた。

長い茶髪が特徴的な女子生徒の名前は……たしか、小清水ヒビキか?

将来はピアニストになりたいと言いつつ、趣味は運動全般だという、ちょっと意味が分からないタイプの女子である。

ピアニストって、指を痛める可能性のあるスポーツは極力やらないモノでは……??

 

 

まぁ、そんなことはともかく。

サイレントは思った。

ここで悲しみの種を使えば何もかもがスムーズに進む、と。

盗み食いの罪が、カナシミーナの素体にされるほど重いかと言われるとノーだが、それでも比較的サイレントの心が痛まない人選ではある。

 

そういえば。

小清水ヒビキは、調理部の食べ物を盗み食いするので、よく折笠カナデから怒鳴られている。

それでも、なんだかんだで二人が友達でいられるのは、何故だろう?

 

(……そういえば。ショーコと喧嘩したことって、なかったわ。……そんなこと、考えている場合じゃないわね)

 

 

悲しみの種を片手に。

足音を殺して、サイレントは夜中の校舎へと向かっていった。

サイレントは、心の中で黒い何かが蠢いていることに気付いていた。

ここでカナシミーナを作ってしまえばビクトリーとの和解は不可能だ、とサイレントは気付いている。

 

それでもサイレントが止まれないのは……『雨の軍勢』でゲームに参加しているプレイヤーが既に居ないからである。

プレイヤーが居なければ、今後も『不幸の果実』は手に入らない。

だから……サイレントが、やるしかない。

 

 

 

 

「ダメだよ、サイレント」

 

一陣の風が、吹き抜けた。

桜色のプリキュアが、サイレントの手から悲しみの種をひったくった。

サイレントの前に立ちはだかったのは……今のサイレントが一番会いたくない人物だった。

サイレントの事情が筒抜けのように思えるが、まさか今朝の手紙がミケマタ経由でビクトリーの手に渡ったのだろうか……?

 

 

「他人の命を犠牲にしたら……もう、戻れなくなる。プリキュアだって、一線を越えてしまったら怪物の仲間入りだよ」

 

悲しみの種を右手で硬く握りしめているビクトリーの言葉に、サイレントは奇妙な感覚を抱いた。

ビクトリーの言い草は、まるでサイレントの一番大切な人の言葉を踏襲しているようだった。

 

 

「……それでも! 『黄昏の園』を、故郷を取り戻すためなら、私は怪物でも構わない!」

「それだと、サイレントを大切に思っている人が救われないよ」

 

こんなキュアサイレントのことを……夜野シズエのことを大切に思ってくれている人といえば。

きっとそれは……朝加ショーコのことだ。

いつも明るくて調子のいい朝加ショーコの笑顔が曇ると思うと、サイレントは胸が痛くなった。

……それでも。

 

 

――ラビット!

――ショートケーキ!

――ベストマッチ! イェーイ!!

 

ショーコは、社交的で友達も多い。

……シズエと違って。

 

 

――今日は愛人に慰めてもらうか……。

 

シズエが居なくなったら、ショーコはその善性ゆえに悲しんでくれるだろう。

そして、その善性ゆえに別の友達と仲良く生きていけるに違いない。

 

 

「……私の死を悲しんでくれるぐらいに善良な人なら。……一時の悲しみに暮れても、他の誰かが必ず手を差し伸べてくれるわ」

「それは……っ!」

 

サイレントの推定を受けて、ビクトリーは咄嗟に反論を口にしようとして。

しかし、途中で言葉を喉に詰まらせてしまった。

おそらく、ビクトリーが反射的に言おうとした反論ではサイレントを説得できないと、ビクトリー自身でも理解できてしまっているのだろう。

一般論で考えれば、「貴女の代わりなんて居ないよ!」辺りだろうか。

 

少しの時間だけ、ビクトリーは目を瞑った。

何かを決心した人間の顔だった。

 

 

 

「あたしが幸せになって欲しいのは、『他の誰か』じゃない。悩んで、苦しんでいる、シズちゃんなんだよ」

 

一瞬の、出来事だった。

桜色のプリキュアの姿が、人間の姿に戻っただけだ。

たった、それだけの変化だった。

その単純な事象を、サイレントは呑み込むことが出来ない。

 

何故そこに、朝加ショーコが立っているのか。

キュアビクトリーと朝加ショーコが別々に存在したことを、かつて夜野シズエは見たことがあるのに。

 

何故ショーコは、サイレントの正体を知っているのか。

ミケマタには釘を刺しておいたのに。

……ショーコにだけは、キュアサイレントの正体を知られたくなかったのに。

 

 

――いずれ戦うからこそ、あたしが居なくなった後でも残る言葉を言わなきゃって思ったんだよ

――今あたしたちが戦っても、良い事は無いんだってば!

 

そういえば、いつからかビクトリーはサイレントとの戦いに消極的になったような?

いつからだ?

福圓ミユキのカナシミーナの直後からか?

 

 

「……福圓ミユキのカナシミーナの時は、別の人間が変身していたの? そんなことが可能なの?」

「あたしも出来ると思ってなかったよ。逆にあたしは、あの日にサイレントの正体に気づいたんだけどね」

 

サイレントは、気付かなかった。

ある時から、ビクトリーの行動原理は「犠牲者を出さない」から「サイレントの手で犠牲者を出させない」に変わっていたのだ。

 

 

 

「……ショーコ。……どうして、自分の正体を?」

「『キュアビクトリー』として説得するのは、これ以上は無理だ。だから、一人の人間として話さなきゃいけないって思ったんだ」

 

確かに、変身解除の効果は覿面だった。

ビクトリーの正体が朝加ショーコだったという事実にサイレントの頭が付いてきていないというのもあるが、それだけではない。

地球でずっと親友で居た、夜野シズエの大切な人からの説得となれば、やはりシズエの意思を揺るがすには十分な威力なのだ。

 

 

「あたしが、シズちゃんに怪物になって欲しくないんだ」

 

サイレントは、思わず後退った。

真っすぐにサイレントへと向けられた眼には、一切の迷いが無かったのだ。

 

それでも『黄昏の園』の方が大切だ、とキュアサイレントは答えねばならなかった。

なのに、サイレントは何も言い返すことが出来ない。

それほどまでに……朝加ショーコの存在は、夜野シズエにとって重かった。

 

 

「……」

「迷ってくれるんだね。なら猶更、シズちゃんは怪物になっちゃいけないよ」

 

ここで、ふとサイレントは気付いた。

サイレントは地球の人間の命を軽視するスタンスをとってきたし、ビクトリーに対しては殺人一歩手前な扱いをしてきたはずだ。

それなのに、ショーコは普段と変わらずにシズエと接してくれていた。

……地味に狂気の域に足を踏み込んでいるのでは無かろうか?

 

まぁ狂気かどうかはともかく、そんなショーコが自らの正体を明かしてまでサイレントを説得しに来ているということは?

本当に、サイレントは最後の分水嶺に立っているのだろう。

今ブレーキを踏めばショーコと一緒に笑って暮らせるが、『黄昏の園』の復活の目途は立たない。

 

ここでアクセルを踏み込めば『黄昏の園』の復活は目前だ。

その場合、朝加ショーコは……キュアビクトリーは、今度は本気でサイレントを斃すだろう。

文字通り、殺すつもりでサイレントと戦うに違いない。

美山イチカを救うために、元人間の巨大ナメクジを躊躇なく殺したビクトリーなら、そうするに決まっている。

 

 

「あたしは、さ。ずっと、サイレントと交渉するための手札が無かったんだ」

 

だからビクトリー自身の正体を黙っていたし、実力行使でサイレントを止めるしか無かった。

そう、朝加ショーコは続けた。

 

そもそも交渉とは、『私の要求を呑むなら利益を与えるよ』か『私の要求を呑まないなら不利益を与えるよ』の何れかの形式をとるものなのだ。

それ以外の形式をとる場合、相手方が要求を呑むメリットは存在せず、要求側も『要求はしました』というアリバイ作りが目的である場合が多い。

 

今回の朝加ショーコの場合で言えば。

地球人の命を顧みずに『黄昏の園』を復活させようとするサイレントを止めるために、ビクトリーが提供できる対価が無かった、という話である。

順説的に言えば、今の朝加ショーコは交渉のための札を持っているということになるが、果たして?

 

 

「やっと切れるようになった手札は……。切り札は、あたし自身だ」

 

言うが早いか。

ショーコは、右手に硬く握り込んでいたものを、自身の口に入れて噛み砕いた。

硬いものを砕く音が、サイレントの耳に飛び込んできた。

サイレントは……目の前の光景を理解するのに、数秒の時間を要した。

自身の顔が真っ青になるのが、分かった。

 

 

「……それは!? やめて、ショーコ! 今すぐ吐き出して!!」

 

確かに、朝加ショーコがその手段を使うなら、サイレントが手を汚す必要もなくなる。

『黄昏の園』を復活させる目も出てくる。

……朝加ショーコそのものを、代償として。

 

 

――その大切な人との生活に、幸せは無かった?

――『黄昏の園』の事を忘れて、大切な人と一緒に地球で穏やかに暮らす未来は、有り得ない?

 

思えば、ビクトリーはサイレントの正体を知っていながら問いかけたのだ。

ショーコと暮らす日常はシズエの心を癒してくれなかったのか、と。

あの時サイレントは、『黄昏の園』の方が大切だと答えた。

それが……朝加ショーコに、決断させたのかもしれない。

 

 

勝利の輝石が、ショーコの手から転げ落ちた。

 

 

「あたしの命、シズちゃんの一番大切なもののために賭けるなら、惜しくないよ。だから……必ず、未来を取り戻して」

 

いつしか。

キュアビクトリーの眼前には、全高2メートルの漆黒の巨人が立ちはだかっていた。

いつものカナシミーナより一回り小さい、悲しみの化身の姿だった。

 

 

 

「カナシミ・ビクトリィ……ッ!」

 

 

 

 

……大好きだよ、シズちゃん。

 

 

 

 

既に変身済みのサイレントへと。

漆黒の巨人が拳を振り下ろした。

 

サイレントは、横っ飛びに拳を回避した。

靴底に影のバネを生み出しつつ、自前の脚力も合わせて瞬発力を確保したのだ。

 

……次の瞬間には、未知の衝撃がサイレントを襲った。

全速力で移動している最中に、途轍もなく頑丈な物体に正面衝突したのだ。

激突の反動でふらつきながら、サイレントは理解した。

カナシミーナは……サイレントの針路を先読みして、直径2メートルほどの障壁を遠隔設置したのだ。

いつもビクトリーが使っている障壁と同質のものだろう。

 

一瞬足を止めてしまったサイレントへと、カナシミーナは容赦の無い右拳を浴びせた。

 

 

「カナシミ・マグナムゥッ!」

「……プリキュア・サイレント・ウォール!」

 

サイレントが咄嗟に張った影の盾は、紙切れのように破られてしまって。

ゴムボールのようにブッ飛ばされたサイレントは……校舎の窓を突き破って校内へと叩きこまれたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

……瓦礫の山の中で、サイレントは目を覚ました。

おそらく、校舎を構成していたコンクリート片が散乱しているのだろう。

不幸中の幸いというべきか、サイレントは身体が崩壊する程のダメージは負っていない模様。

身体の周囲の瓦礫をどけて、サイレントは思考の整理を始めた。

 

現状見えている範囲内で、カナシミーナの能力は怪力と障壁だ。

つまり攻撃力と防御力を両立している、サイレントの最も苦手とするタイプのカナシミーナである。

しかも、サイレントは嫌な予感を察知していた。

カナシミーナは、サイレントの回避先を読んだうえで障壁を進路妨害に使ってきた。

ということは……かなり高い精度で、サイレントの動きが予期されているということだ。

 

こういう時に頼るべきキュアビクトリーは、居ない。

サイレントは、ぽっかりと心に穴が開いてしまったように思った。

最初はあれほど疎んでいた対象が、いつの間にか大きな存在になってしまっていたのだ。

しかも、その正体は言わずもがな。

 

 

……弱音を吐いている暇は、無い。

継続的に届く地響きが、カナシミーナが健在である様子をサイレントに教えてくれていた。

ショーコが自身の命までも手札にしたように、サイレントも持ちうる手札を全て駆使して苦境を打破しなければ。

 

 

 

「サイレント殿。息があるようで何よりであるぞ」

 

……なんてサイレントが考えていると、瓦礫の隙間を縫うように、暗い料理部の部室へと一匹の三毛猫が現れた。

『黄昏の園』の妖精、ミケマタである。

ミケマタは、サイレントへと向き合っていた。

 

 

「吾輩は……望郷の念は消えないであるが、やはりサイレント殿には戦いを忘れて穏やかに暮らして欲しかったである」

「……せっかく地球での生活基盤を作ってもらったのに……ごめんなさい」

 

 

――キュアサイレント殿。顔を上げるである。其方はよく戦ったであるぞ。

――路銀と戸籍は用意したである。どうか、達者で暮らすであるぞ!

 

サイレントとて、理解していた。

ミケマタが地球での生活の下地を作ってくれたのは、再起と反攻のためではない。

戦いで傷ついたキュアサイレントに……夜野シズエに、これ以上傷ついて欲しくなかったからだ。

地球の安全は地球人の手で守った方が良い、という考えもあったのだろう。

それでも、サイレントは戦ってしまったのだ。

 

そして……この土壇場で姿を現したミケマタは、現在のシズエの気持ちも察しているらしかった。

朝加ショーコの命運がかかっている今の状況は、シズエも死を覚悟してでも戦い抜いてしまうだろう、と。

 

 

「サイレント殿の決意は察しているのである。今一度、吾輩も一緒に戦わせて欲しいであるぞ」

「……ありがとう、ミケマタ」

 

サイレントは、ミケマタと握手を交わした。

握った猫の手には、サイレントの記憶にあるよりもずっと張りのある肉球があった。

ミケマタもこの4年間で傷を癒していたのだろう、と感じられた。

 

 

「それと、もう一つ手土産を持ってきたである」

 

何だろう。

猫の手も借りたいぐらい状況なので、戦力の足しになるなら何でも良いといえば、その通りなのだが。

この苦境で、ミケマタが持ってきた手土産とは、果たして?

 

 

「黄昏の園の秘宝、『勝利の輝石』を回収しておいたであるぞ」

 

無意識のうちに。

サイレントは、勝利の輝石を手に取って覗き込んでいた。

残念ながら、キュアビクトリーに変身できる人間が居ないので、宝の持ち腐れだが。

ミケマタに目をやってみるものの、ミケマタは首を横に振って答えた。

やはり、人間しか変身できないようだ。

 

……と、ここでサイレントはショーコの戯言の一つを思い出してしまっていた。

自分でも碌でもない作戦だと思ったが、それ以外に現状を打破する手段が無いのも事実な訳で。

 

 

「……ショーコが言っていたわ。『てんこもり』はパワーアップの基本だって」

「吾輩、分の悪い賭けは嫌いであるが……致し方ないであるな」

 

サイレントとて、理解できていた。

この作戦で期待通りの成果が出るならば、プリキュアは「二人」で一組の戦士として伝説になったりしないだろう、と。

それでも……やるしかない!

 

 

「……プリキュア・ビクトリー・チェンジ!!」

 

サイレントは、右手に握りしめた勝利の輝石へと、強く願った。

朝加ショーコを……夜野シズエの大切な人を助けたい、と。

 

眩い光が、勝利の輝石から漏れ出した。

黒をベースに紫で彩られていたサイレントの衣装へと、白と桜色が所々に入り込んだ。

サイレントの頭上に出現した二つの金環を、両手へと移動させて。

 

 

「……静寂と勝利の光! キュアサイレント・ビクトリーモード!」

 

紫を主体に、手足の先に桜色の力強さを集めた、サイレントの一夜限りの変身だった。

身体中に未知なる力が迸っているのを感じるものの、気を抜くと破裂してしまう風船のような不安定感を伴っていた。

 

サイレントは黙ったまま、右手に力をこめて。

さっきまで学校だった瓦礫の山の一部を粉砕して、校外へと脱出した。

ほぼ全壊している校舎の前には、巨大カナシミーナが待ち構えていた。

 

 

 

「……ショーコが作ってくれたチャンス、絶対に無駄にしない!」

「カナシミィッ!」

 

サイレントは、右手の単輪を回転させてカナシミーナへと殴りかかった。

バチバチと不穏な音を奏でながら、普段のサイレントからは想定も出来ないほどの速度の乗った右拳が繰り出された。

同時に、カナシミーナも右拳を放って応戦してきた。

 

衝撃が、夜の静寂を引き裂いた。

サイレントとカナシミーナは、お互いに仰け反って距離を開けてしまった。

すぐさま体勢を立て直した両者は、再び駆け寄った。

 

互いに一番攻撃力が高いのは右拳のようで。

両者は、二度、三度と拳をぶつけ合った。

身体がバラバラになりそうな衝撃に歯を食いしばって、サイレントはドツキ合いに応じた。

右手の単輪を回転させて打撃力を上げるだけでも、綱渡りをしているような危険を感じるというのに、よくもビクトリーは普段から金輪の重ね掛けなんて離れ業が出来たものだ。

何だかんだで短期間のうちに戦いに慣れていったところまで含めて、朝加ショーコは天才的なセンスを持っていたのだ、と今更思い知らされた気がした。

 

四度目の激突の際。

サイレントは、ギアを一段階上げた。

右手の先に円錐状の影を固めたうえで、右手の単輪を回転させて鉾として使用したのである。

 

 

「……プリキュア・デュアル・マグナムっ!」

「カナシミ・マグナムゥッ!」

 

だが、そんなサイレントの小細工を読み切ったかのごとく、カナシミーナも強打に出た。

鋭利な先端を持った鉾が、拳と拮抗するなどということはあり得ないはずなのに。

サイレントは、圧し負けると思った瞬間には退避していた。

力の拮抗を崩されたカナシミーナの強打は、コースを逸れてグラウンドに大穴を開けた。

 

サイレントが右手の金環に目をやると、一筋のヒビが入っている様子が見て取れた。

想定外の変身による無理が、色々な面で祟っているようだった。

 

 

「カナシミィ!」

 

さらに、カナシミーナが追撃を目論んでサイレントへと肉薄してきた。

とっさに、サイレントは左手の単輪を高速回転させながら防御に出た。

 

 

「……プリキュア・デュアル・ウォールっ!!」

 

普段のサイレントからは考えられないほどの硬度の盾が生み出された。

ビクトリーの桜色にサイレントの影が混ざり込み、マーブル仕立ての鉄壁防御を完成させたのだ。

 

……それでも、足りない。

カナシミーナの拳が捉えたのは、サイレントの障壁ではなく、学校のグラウンドで。

強烈なクレーターパンチで足場を崩され、宙に浮かんでしまったサイレントに対して。

 

 

「カナシミ・マグナムゥッ!」

 

死が、突き付けられた。

カナシミーナの拳が、サイレントの目前まで迫っていた。

宙に放り出されて体勢を崩してしまったサイレントは、防御のタイミングを合わせることなど出来ない。

 

死ぬ。

一度の致死ダメージならば変身解除と引き換えに変身者は守られるが、この状況で変身解除したら、どのみち次の瞬間には挽肉にされる。

というか、設計思想外の変身をしているキュアサイレント・ビクトリーモードでは、変身者が守られる保証すらどこにもない。

 

 

「あああああああっ!!!」

 

 

サイレントが、吠えた。

いつもの静かな口調すら捨てた。

 

カナシミーナの拳が、宙を切る。

これは、カナシミーナも想定外だったらしい。

素早く左右を確認したカナシミーナは……次の可能性として、空を見上げた。

カナシミーナが見上げた夜空には……十六夜の月の中に、漆黒の翼を広げたプリキュアのシルエットが浮かんでいた。

 

とっさに影の翼を生成したサイレントは、上空へと回避を遂げていたのだ。

今までの出力では単独飛行など出来なかったサイレントだが、二重変身の出力を活かして飛行能力の獲得に成功したのである。

サイレント本人も成功する確証は持っていなかったところを見ると、変身者の精神状態に依るところも大きいのかもしれない。つまり気合である。

 

 

「ミケマタっ!」

「合点招致である! 火車変化、メタモルロッドであるぞ!」

 

 

サイレントが闇夜に手をかざすと、尻尾を竹とんぼのように変化させて飛んできたミケマタが、今度は棒状の鈍器へと化けてくれた。

1.5メートルほどの長柄の先に爪のような重石が付いた、名状しがたいバールのようなロッドである。

 

サイレントとミケマタは、気付いていた。

カナシミーナがサイレントの動きを先読みしているということに。

だから、カナシミーナの……朝加ショーコの知らない攻撃パターンを実行するしかない。

 

 

「……ミケマタ。貴方の命、また私に預けて」

「元よりそのつもりであるぞ!」

 

サイレントは左手の金環を外して、ロッドの腹部へと取り付けた。

右手に二つ付けるのは出力的な意味で危険だが、右手に一つとロッドに一つなら辛うじて何とかなるかもしれない、という目算である。

二つの金環を回転させて出力を上げているサイレントは、この期に及んで猛烈な悪寒を感じ取っていた。

 

メキメキ、という不穏な音が地表から届いた。

カナシミーナの頭の植物が、『不幸の果実』を実らせた。

同時に、カナシミーナの背中から蝶を思わせる羽が形成されていった。

カナシミーナの漆黒の虫羽は、三瓶ノゾミのカナシミーナを思わせる闇色の鱗粉を撒き散らしていた。

ひょっとすると、飛行能力を披露したサイレントを見たうえで、ショーコの記憶の中からカナシミーナの進化の方向性が決まったのかもしれない。

 

 

「メタモルロッド・大粉砕であるぞおおっ!!」

 

ミケマタの声に合わせて、サイレントは地表へと急降下を遂げた。

地面に激突しないように角度をつけつつ、金環を輝かせたロッドを構えて、サイレントはカナシミーナへと迫った。

カナシミーナも、虫羽から鱗粉を散らしながら飛び上がり、サイレントへと接近してきた。

 

そして、両者が激突するよりも一瞬早く、カナシミーナが両腕を不自然に動かした。

サイレントが気付いた時には……全てが、手遅れだった。

 

 

「カナシミ・シャワーッ!!」

 

両者が激突するよりも早く。

カナシミーナは、両腕を合わせて極太の破壊光線を繰り出していた。

サイレントの視界が、闇色に染まる。

 

 

――いやぁ、脚狙いだと思わせとけば一発ぐらいビクトリー・マグナムを打ち込める隙が出来るかなー、と思ってさ。

 

そうだった。

キュアビクトリーの戦績を支えてきたのは、戦闘センスだけではない。

相手の意識の隙を突く、機転の利く考え方だ。

今の今まで接近戦だけをしていたのは、この一瞬の騙し討ちを成立させるためだったのだ。

普段のビクトリーの戦いぶりから、サイレントは無意識に近距離戦以外の選択肢を思考から外してしまっていたのである。

三瓶ノゾミの時の虫羽が再現できるなら、福圓ミユキのカナシミーナが使っていた怪光線が再現できたって不思議ではないのに。

 

闇色の奔流に飲まれながら。

キュアサイレントは、見た。

小さな盾が、怪光線からサイレントを守っている様を。

 

 

「ミケマタ……!」

「サイレント殿! 必ず、生きて本懐を遂げるであるぞぉっ!!」

 

直後。

夜空に爆炎が散った。

4年越しに心を通わせて共闘できた仲間との、あまりにも呆気ない別れだった。

ミケマタが最期に投げてよこした金環を……サイレントは、躊躇なく右手でキャッチした。

 

 

もはや、なりふり構っていられなかった。

自爆覚悟で、サイレントは右手に二重に装備した金環を回転させた。

バチバチと不穏な音色を奏でながら、右手の二輪は回転数を上げていった。

もはや、キュアサイレント・ビクトリーモードの身体は、いつバラバラになってもおかしくなかった。

 

 

 

「あああああああああああっ!!!」

 

サイレントは、溢れ出す力に身を任せて、渾身の右ストレートをぶちかました。

サイレントの右拳は……カナシミーナの顔面を、捉えていた。

本日初のクリティカルヒットであった。

大技の後であるため、一時的にカナシミーナの全体的なスペックが落ちているのも響いたのだろう。

 

サイレントは理解していた。

これが……最後のチャンスだ。

カナシミーナが復調すれば、ミケマタを失ったサイレントに勝機は無い。

短期決戦においてのみ、サイレントの活路は存在する!

 

 

「まだまだぁっ!」

 

サイレントは、無意識のうちに、もう一人のプリキュアの動きをイメージして動いていた。

右手の二輪をフル回転させたまま、サイレントは追撃に出た。

仰け反ったカナシミーナの左腕を掴んで引き戻しながら、ハイキックで相手の左肘を砕いて潰した。

普段のサイレントからは考えられない、荒々しい動きだった。

 

 

カナシミーナが、復調までの時間稼ぎを試みたらしく、背中の虫羽から鱗粉を散らし始めた。

サイレントは反射的に三日月型の影刃を練り上げ、カナシミーナへと投擲した。

虫羽の片側を切断されてバランスを崩したカナシミーナの頭上へと飛び上がったサイレントは、流れるような踵落としでカナシミーナを地へ叩き落した。

 

 

「でりゃああっ!!」

 

地に墜ちたカナシミーナに対して、サイレントは一瞬の迷いもなく追撃に出た。

カナシミーナが、最後の足掻きとばかりに拳を繰り出す。

サイレントは……異音を奏でながら高速回転を続ける二輪を右手に輝かせ、カナシミーナの最後の腕を粉々に打ち砕いた。

と同時に、サイレントは右手の肘から先の感覚がなくなったのを察した。

無理に無理を重ねたせいで、反動で身体が崩れ始めているのだ。

 

 

だが後が無いのは、両腕を失ったカナシミーナも同じだ!

サイレントは……最後の無茶に出た。

焼失した右肘の先から、影を練り上げて巨腕を作り上げたのだ。

自身の頭ほどもある影の右拳の周りに、サイレントは二つの金環を纏わせて。

 

 

「プリキュア・デュアル・マグナムっ!!」

「カナシミーナァッ!!」

 

最期の足掻きに跳び蹴りを繰り出してきたカナシミーナを、禍々しい影の拳が迎え撃った。

轟音と衝撃が、学校だった瓦礫を吹き飛ばしていく。

 

耳を劈くような音が鳴りやんだ後のグラウンドに。

最後まで立っていたのは……キュアサイレント、だった。

崩れ行く影の巨腕は、しかしカナシミーナの胴体を貫いていたのだ。

か細い音を奏でながら、二つの金環が砕けて消えていった。

 

 

サイレントは、無意識のうちに膝をついてしまっていた。

その数秒後には、俯せに伏してしまった。

もう、立ち上がれる気がしない。

いつの間にか、ビクトリーモードが強制解除されて、普通のキュアサイレントへと戻ってしまっていた。

 

 

カナシミーナの身体が崩れて、中から素体となった人間が姿を現す。

朝加ショーコが、サイレントのすぐそばに倒れ伏した。

一応肺が動いている気配があるので、おそらく生きているはずだ。

いつ目覚めるかは分からないが、これで当面の目的は達成した。

 

 

 

不幸の果実は?

 

 

「サイレント殿ぉ! 最後の『不幸の果実』であるぞぉっ!」

 

……おい。

お前は死んだはずだろうが。

二足歩行の三毛猫が、頭上に『不幸の果実』を担いで駆け寄ってきた!

 

 

「……ミケマタ? どうして……?」

「やられる瞬間にアルミホイルに変化して、空中を吹き飛ばされていたであるぞ」

 

重量的な意味での『軽さ』が、時にとんでもない強さを発揮するという一例なのだろう。

表面積の割に軽くなったミケマタは、遠くに吹き飛ばされつつも、致命傷は避けたということらしい。

というかミケマタって、変化の時に重量も変わるの?

よく考えたら、猫のままの体重だったら、バイクに変化したときに運転者がバランスを取るのって相当難しいわよね……。

 

 

それはともかく。

これで、サイレントの目的は達成されたと言って良い。

『黄昏の園』の復活に必要な『不幸の果実』は全て集まったのだから。

 

 

「思い返してみれば、あまり協力できずに、色々済まなかったのである……」

「……過去のことはお互いに忘れましょう。それよりも、これでようやく……!」

 

サイレントも、力不足で故郷を守れなかった負い目があることだし、過去の事を思い出すと辛いのである。

だからこそ、ミケマタもサイレントの戦いに対して消極的だったわけだし。

それよりも、今のサイレントたちがするべきは、『黄昏の園』の再建だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでようやく、ラスボスである私の出番がやってきたね!」

 

 

筋肉ガエル が 現れた !!

 

 

 

 

 

 

 

 









・今回のNG大賞

ショーコ「あたしがカナシミーナになるとき、クウガ風に『見てて……あたしの、変身!』って言い残す予定があったって聞いたけど」
シズエ「いわゆる「シャフ度」をかましながら、鎧武風に『あたし、もうシズちゃんのゴハン食べられないや……』という方向もあったらしいわ」
ミケマタ「吾輩も初期案では今回で普通に死亡退場するプロットだった模様であるぞ……」


※構想初期はカナシミーナの被害者が1週間前後で目覚めるという設定が無かったこともあり、決定稿とは色々違います。
※物語の基礎的な構造はルパパトから貰っていますが、あくまで「プリキュア」というフォーマットに流し込む上で大分加工してあります。






・次回予告!

やあ、みんな大好きマッチョガエルことトノサ=マッスルだよ。

恒例のコレクションアイテムが揃って、喜んでいるプリキュアに強襲をしかけるのは、悪役としての嗜みだよね!

このままコレクションアイテムを奪って、番組の後半の流れを自然に作ってあげるのが良心さ!

次回『Chase You Up! 君達のお宝、いただくよ!』イッツ・ショーダウンッ!
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