ふたりはVSプリキュア!   作:カードは慎重に選ぶ男

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くるるんが作者の夢枕に立って囁いたんです。
普段の自信にあふれたローラも良いけれど、映画版のだんだん追い詰められていくローラの曇り顔は最高に輝いていた、と……。




番外編:Viva!Spark! 悲しみに沈むグランオーシャンを救え!

 

乗客も(まば)らな、ローカルバスの一席にて。

ニンゲンたちの乗り物が生み出す独特の振動に揺られつつ、ローラ・ラメールは今回の一人旅の目的を頭の中で反芻していた。

人魚の国の危機を救えるのは、次期女王ローラをおいて他には居ない、と自分自身に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

グランオーシャンに備わっていた記憶封印装置が爆破された日以来……人魚たちの世界は混迷を極めた。

もともと、人間からすれば悠久とすら思われる時を生きる人魚たちは、人間にまつわる記憶を消すことで心を守っていたのだ。

例え人魚と人間が仲良くなっても、人間は人魚と同じ時間を生きられない。

だから、人魚たちの心を寂しさと悲しみから守るために、記憶封印装置は作られたはずだった。

 

だが……ローラが記憶封印装置を爆破した運命の日から、世界の歯車が狂い始めた。

大切な仲間達との記憶を取り戻して満面の笑顔でグランオーシャンに戻ったローラ・ラメールを待ち構えていたのは、悲しみに暮れる人魚たちの姿だったのだ。

 

ある者は、愛しい人間の寿命が既に尽きていることを嘆いて泣き続けた。

ある者は、ストレスで頭髪が真っ白になってしまっていた。

ある者は、もはや何をする気力も無く、死んだ魚のように力無く揺蕩っていた。

 

 

 

――大昔、人間と関わった人魚が、寂しさから記憶を消す道具を作ったんだって。

 

 

 

ローラは、嫌な想像で頭の中を一杯にしながら、現女王の元まで急ぎ泳いだ。

人魚の国の掟と記憶封印装置は、嫌がらせや酔狂で作られたわけではない。

必要だったから、古代の人魚が用意したのだ。

なら、その記憶封印装置が爆破されて人魚たちが記憶を取り戻したら……まさか?

 

 

焦燥感に駆られたローラは、現女王の元へと馳せ参じて開口一番に謝った。

このグランオーシャンの惨状が誰のせいなのか、ローラには理解できていたからだ。

 

ところが……現女王はローラを責めなかった。

女王とて現状を憂いているのは間違いないが、その元凶たるローラへの態度は落ち着いたものだった。

おかげでローラも平常心を取り戻しはじめ……ようやく、女王の思惑をローラは察することが出来た。

 

おそらく、女王は記憶封印装置が遅かれ早かれ破壊されると気づいていたのだろう。

そのうえで、次期女王であるローラの判断を信じ、尊重したのだ。

記憶封印装置に頼らずにグランオーシャンを存続させる気が本当にあるのなら、意思を貫き通してみせろ……という訳だ。

 

 

 

――女王様! 次期女王として、人魚たちが悲しみと寂しさに向き合うための道を、必ず私が見つけてみせます!!

 

 

そんな経緯があって、ローラはグランオーシャンの危機を乗り越えるために、似合わないシリアス顔を決め込んで一人旅をしているという訳だった。

なんでも、現女王の旧知の妖精がいるらしく、彼の者ならば現状打開のためのカギを握っている可能性があるそうだ。

その長寿妖精は数百年も安否不明の状態だったが、最近になって近場の街で目撃情報があったらしい。

今回のローラの目的は、その長寿妖精を探し当てて、人魚の国を救う手段を持ち帰ることなのである。

 

 

バスに揺られながら……拳の中に握られている乗車券がクシャクシャになっているのに気付いて、ローラは少しだけ慌てた。

紙のシワを伸ばして、ついでに眉間のシワも解して。

ローラは、自身の胸の内に寂しさの種が芽吹いているのを感じ取っていた。

心細い、とも言う。

 

正直に言って、人間の友達に今回の用事を手伝ってもらうという選択肢はあった。

ローラ一人だけで事態を解決しろとは女王様も言わなかったし、トロピカる部の手を借りても問題なかったのだ。

だが、現在のローラは一人で目的地へのバスに乗っている。それがローラの決断だった。

 

グランオーシャンの惨状がローラの頭から離れなかった。

宮殿内で立ち寄った救護室では、自傷後と思しきウロコの剥がれた人魚の痛ましい姿を見た。

どこからともなく聞こえてきた歌声は、聞いている方まで悲しくなる旋律だった。

 

そして……それら全てが、ローラ自身の未来に思えてしまっていた。

ローラが好きになったニンゲン達がみんな寿命を迎えてしまった後の、ローラ・ラメールの姿を見た気がしたのだ。

かつてローラも自身の未来を想像したことはあったが、その時とはイメージの解像度が桁違いだった。

もちろん、トロピカる部の面々が事情を知った時に、同じイメージを見るかどうかは分からない。

でも、悲しみに暮れるローラ・ラメールの未来図を、万が一にも夏海まなつ達が見るようなことがあったら……それは何だか嫌だった。

 

 

運転席からのアナウンスを聞いたのち、ローラはバスから降りるために降車口へと向かった。

ローラの見立てでは、運転手の左手側に設置された半透明の箱に、紙幣や硬貨と一緒に乗車券を入れると良いはずだ。

人間の世界で暮らしたのは1年程度だが、随分と地上に慣れたものだ、と自身のことながら感慨深く思ったローラであった。

 

物憂げな顔のままに、ローラはバスを後にして目的地へと到達した。

ローラの背中ごしに、バスの発射音が聞こえて……、

 

 

 

「ぷぎゃあ゛あ゛っ!!? 現金が無いと降りられないバスだった!? 助けてローラっ!!」

 

 

 

バスの発射音じゃなくて、ものすごく聞きなれた声が背中ごしに聞こえてきたんですが、それは……。

思わずズッコケそうになったローラが、恐る恐る後ろを振り返ると。

半泣きで鼻水を垂らしている、頭トロピカってる女子中学生が、バスから降りられずに困っているではありませんか。

ローラ・ラメールの一人旅に終了の鐘が打ち鳴らされた瞬間であった。

 

 

 

「まなつ!? あなた、地上で何年暮らしてるのよ!!?」

 

 

どうやら、一人でシリアス顔を決め込んでいたローラは、しっかりと尾行されていたらしい。

というより、同じ停留所からバスに乗ったのなら、その時に気づいても良さそうなものである。

残念ながら……やっぱりトロピカる部には、シリアスなんて向いていないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しさの芽は、いつの間にかローラの心から姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふたりはVSプリキュア!』

番外編:Viva!Spark! 悲しみに沈むグランオーシャンを救え!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうして一緒に来ちゃったのよ?」

 

まなつ達には会いたくなかったから、一人旅と洒落込んだはずだった。

でも、まなつに会ったら何だか気持ちが落ち着いて、心細さが息を潜めたように思った。

複雑な魚心(おとめごころ)である。

 

 

「だって、ローラが珍しく真面目な顔をしてたんだもん」

「あなたねぇ……! 普段から私のことを、どう思ってるのよ??」

 

思わずツッコミを入れてしまったローラだったが、まなつの言いたいことは何となく察していた。

まなつ程では無いにせよ、ローラもかなり内心が身振り手振りに出る方だ。

ローラから不安の匂いを嗅ぎ取った夏海まなつは、ローラのことを心配して付いてきてしまったのだろう。

そう思うと、悪い気はしないローラなのであった。

 

 

「まぁ、来ちゃったものは仕方ないわ。まなつも協力しなさい!」

 

とにもかくにも、わざわざバスに乗って現地まで来てしまった夏海まなつを無碍に帰らせるのも気が引けた。

乗りかかった船というヤツである。

船という乗り物に先に人魚が乗っている状況で、後から人間が乗ってくるというのも、なかなかに不思議な話だが。

……というか、いつも海洋生物たちが船上にいて、人間たちがそれを見上げていたトロプリの構図って、実は割と狂気の産物だったのでは?(今更感)

 

 

とりあえずローラは、グランオーシャンの人魚たちが悲しんでいる経緯を話した。

嘆き苦しんでいる人魚たちの描写はマイルドに抑えたものの、嘘は交えずに現状を夏海まなつへと伝えた。

あまり惨状を想像させない語り口で、ローラは任務に関する説明を終えたのだ。

そこを根掘り葉掘り話しはじめると、想像するだけで嫌な気分になるローラ・ラメールの未来図を頭の中に描いてしまいそうだったからだ。

 

 

「分かった! 女王様の友達を、この街で探せば良いんだね! どんな妖精なの? 名前は?」

 

まなつは、いつも通りの明るい調子で聞き返してきてくれた。

そのことに安堵を覚えつつ、ローラは女王様からの情報を思い出してみた。

とは言っても、対象の名前は分からなかったりするのだが。

 

 

「カエルの妖精らしいわ。名前は100年ぐらいごとに変えているらしくて、今の名前は女王様も分からないみたいよ」

「カエルって海の生き物だっけ……?」

 

「その妖精の出身地までは聞いていないわね」

 

まなつがツッコミ側に回るのは珍しいかも、なんて思いつつ。

両生類みたいな妖精はグランオーシャンにはあんまり居ないわね、とローラは教えてやった。

どうも、両生類系の妖精は海水の塩気が苦手らしく、あまりグランオーシャンには滞在しないのだ。

長寿の人魚によると、昔はグランオーシャンにも両生類っぽい妖精は居たらしいが、いったいどれだけ昔のことなのやら。

 

 

「女王様からの情報によると、2か月ぐらい前にカエル妖精の目撃情報があったらしいわ。

それと同時期に、大勢の黒い怪物とプリキュアらしき存在が戦っていたのが目撃されたみたい」

 

プリキュアといっても、トロピカる部の面々でないのは既に確認済みだった。

なので目撃情報の件は、グランオーシャン由来のプリキュアとは別物なのだろう。

 

 

「この街でカエルの妖精が、プリキュアに変身できる人を探して一緒に戦ったのかな? ローラみたいにさ」

「それが一番ありそうな筋書きよね」

 

かつて、あおぞら市を舞台にローラがプリキュアを探し回ったように。

この街でもカエル妖精がプリキュアをスカウトしたのだろう、とローラたちは当たりをつけていた。

だが同時に、妖精たちの存在を隠す苦労も思い出してしまい、何とも言えず苦い気分にもなったが。

秘密を隠すのも大変だが、探す側になっても大変だと思い知らされるのは、何の因果だろうか。

 

 

「それなら、妖精探しと一緒にプリキュアも探した方が良いんじゃないかな?」

「それはアリね」

 

そう言われると、確かにそうかもしれない。

妖精を探すとしても、アクアポットのように潜伏&移動に最適なアイテムを相手方が持っていたら、お手上げだ。

それに比べれば、生身の人間を探した方がまだ勝算があるというものだ。

あと、プリキュア変身者は戦役が終わっても同じ土地に住み続けている印象があるが、妖精は戦いが終わると帰郷したりするので……。(メタな読み)

 

 

「プリキュアになりそうな子を、探す方法ねぇ……。ある程度、性格には目星がつきそうね」

「手あたり次第、『あなたはプリキュア?』って聞いてみれば良いんじゃないの?」

 

「そうね。まなつの性格を基準に考えるのは止めましょう」(即答)

「うん! ……あれ??」

 

そんな質問を初対面の人間から唐突にされて、正直に答える奴があるか。いや、無い。

夏海まなつならば正直に答えそうだが、あまり参考にならないサンプルだとローラは思った。

プリキュアの正体は秘密にするのが基本だろう。

この街に来る前に、ローラは軽くパソコンを使って調べてみたが、この街のプリキュアは正体をオープンにしている訳では無さそうだし。

 

 

「ここは、さんごを基準に考えてみましょう」

 

何となくだが、自然と涼村さんごの名前が口から出たローラであった。

ローラ自身でも上手く言語化出来ないチョイスなのだが、トロピカる部の中で最も平均的というか最大公約数的というか、癖のない考え方をするのが涼村さんごだという気がしたのである。

他の3人の癖が強すぎる、とも言う。

 

むむむ、なんて唸りながら、夏海まなつは考えを巡らせている様子だった。

ローラは、まなつにはそんなに期待せずに、自分自身でも思考の根を伸ばしてみた。

 

 

「うううーん……。やっぱり、複雑な作戦なんて無くても大丈夫だよ。

さんごなら、『本当に困っていてプリキュアとカエル妖精を探しています』って正直に言っている人を、見ないふりなんて絶対しないよ」

 

まなつの語り口は、いつになく真剣なものに感じられた。

普段はアホの顔をしているくせに、時々格好良くなるというか、そんな不思議な瞬間が夏海まなつにはあるのだ。

そしてローラ自身も、まなつの評を聞いて納得するものがあった。

そもそもプリキュアとして戦ってくれるような人物は、基本的には人並み外れた御人好しな訳で。

こちらが本当に困っているのだと強調すれば、涼村さんごに限らず、一之瀬みのりや滝沢あすかだって見て見ぬふりなんてしないだろう。

 

 

「それでいきましょう。絶対にカエル妖精を見つけ出して、グランオーシャンを救うのよ!」

「おーっ!」

 

いつの間にか、一人旅を気取っていたころの湿っぽさは失われていて。

まなつの元気な返事を聞いて、釣られて笑顔をこぼしてしまったローラであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――綿雪をまとう天使が

 

――着替えた花ドレス

 

 

そうして、なんやかんやで……ローラが路上アカペラ独唱で人を集めて、まなつが聴衆に声をかけていくスタイルに落ち着いた。

最初は二人で通行人に無作為に声をかけていたが、結果が芳しくなかったので試行錯誤した結果である。

さすが人魚の歌声だけのことはあり、今は人間に擬態しているとはいえ集客力はバツグンであった。

 

曲が良いのもあるが、ローラとしても思い出深い曲なので、気持ちが乗っているせいでもあるのだろう。

足を止めた聴衆に質問を投げかけ続けている夏海まなつにとっても、印象深い曲に違いない。

 

 

――ほころんだ

 

――みんなの笑顔

 

――ここは しあわせのくに

 

 

この曲を歌い続けていくのだ、とローラは亡国の王女(じょおう)に誓ったことがあった。

そして、記憶封印装置が働いている間にはローラ自身がこの歌のことをサッパリ忘れていたという悲しい事実も、胸を刺した。

確かにグランオーシャンの現状は悲惨だが、やっぱり記憶封印は嫌だとローラは思った。

親友との約束を反故にするのは有り得ない、と「しあわせのくに」を歌いながら改めてローラは強く認識した。

 

しかし……同じぐらいに、自身の腕の中で消えていった亡霊の姿が脳裏から離れなかった。

あの時の痛みを、ローラは人魚の永劫とも思える生の中で、あと何回経験することになるのだろうか。

夏海まなつだって精々あと80年ぐらいしか生きられないだろうし、その親はもっと先に逝ってしまうに違いない。

 

……あと何度、ローラの心は決別の痛みに耐えられる?

 

 

ローラは、心の中だけで密かに涙を流した。

親友の歌を泣きながら歌っちゃいけない、と自分自身に言い聞かせながら。

 

 

――笑いあい

 

――過ごせる日々が

 

 

それでも、歌声の中に涙の匂いが混ざってしまったようで。

ローラの代わりに聴衆のうちの幾人かが貰い泣きをしているのが、目に入った……。

 

 

――とくべつ

 

――とても しあわせな

 

――ここは しあわせのくに

 

 

 

 

 

かれこれ、1時間ぐらいは歌っただろうか。

まなつと一緒に、ローラは付近の公園のベンチにて休憩を挟んでいた。

人魚の歌声で通行人の足を止める作戦は、なかなかに良いペースだと思えた。

これでダメなら、さらに別のアプローチが必要になるだろうが、もう少し今のままの方針で大丈夫だろう。

 

額の汗をぬぐって、お茶のボトルを傾けながら。

ローラは、歌っていた時に胸の内に湧いてきた多様な感情を、頭の中で整理しようとした。

やはり記憶封印装置は破壊するべきだったと思う反面、記憶封印装置が必要とされた理由も身に沁みた。

だからこそ……何としてもカエル妖精を見つけ出して、人魚たちを悲しみから救う手段を持ち帰らなければ。

 

 

 

「おっと、こんなところに居たか! さっきの、良い歌声だったよ。感動的だね」

 

……と、ローラが思考に意識を沈めていた時に。

いつの間にか、知らない顔がローラたちの近くまで来ていた。

言葉尻から察するに、先ほどの路上ライブを聞いていた人間が、こちらの休憩時間を察して接触に来たのだろう。

 

 

「私は夏海まなつ! あなたの名前は?」

「あたしは朝加ショーコだよ。よろしくね」

 

手をひらひらと振りながら朝加ショーコと名乗っているニンゲンを……ローラは観察してみた。

茶髪に一筋のアホ毛をなびかせた、まなつと同学年ぐらいと思しき人間の女子だった。

軽々しく笑いつつも余裕がある様子は、まなつに落ち着きを持たせたらこんな感じになるのかもしれない、と思わせた。

滝沢あすかよりはフレンドリーだが、夏海まなつよりは大人びている、というところだろうか。

 

 

「ローラ・ラメールよ」

 

何故だか、自分でも思っていた以上に素っ気ない声が出てしまったローラであった。

路上ライブの疲労が残っているせいもあって、ある程度仕方ないといえば仕方ないのだが。

それでも一応、ショーコと名乗ったニンゲンが手掛かりを持ってきてくれた可能性を期待した。

カエル妖精の方の手がかりがあれば嬉しいが、この街のプリキュアの方の情報だったとしても、無いよりはマシだ。

 

 

「まなつちゃん達、カエルの妖精を探してるんだよね? そいつに心当たりがあるから、一緒に見ていきなよ」

「「やったー!!」」

 

だが、まさかの本命一本釣りに、こればかりはローラもテンション爆上がりである。

まなつとハイタッチをかましつつ、ローラは普段の調子の良さを取り戻しはじめていた。

 

簡単な自己紹介を交えつつ。

朝加ショーコに連れられて、まなつとローラは閑静な住宅街を歩いた。

幸い、目的地は目と鼻の先だったらしく、数分歩いただけで到着することができた。

 

辿り着いたのは、普通の民家としか言えない一軒家であった。

表札から察するに、朝加ショーコの住んでいる家だろう。

朝加家の中に招き入れられたローラたちは、家の中のとある一室の前まで案内された。

 

建付けの悪そうな押し戸は、少し開いた瞬間から既に、若干の埃とカビ臭さを漏らしていた。

そして案の定、目的の部屋は物置としか言えない空間だった。

用途の分からない置物であったり、古びた水車の羽だったり、ブラウン管テレビだったり。

使っていない物品をとりあえず押し込んだだけ、という印象の部屋だ。

 

ローラは、嫌な予感を嗅ぎ取っていた。

本当に、こんなところに目的の妖精が居るのか?

まさか……何らかの罠に嵌められた?

一度疑い始めてしまうと、朝加ショーコの軽々しい笑い声が、どこか軽薄だったようにも思えてきてしまった。

 

 

「よっと! まなつちゃん達の探し物って、たぶん『コレ』でしょ?」

 

朝加ショーコが物置の奥から引っ張り出してきたのは……全長1メートル以上ある、灰色の怪物体だった。

十数秒間、まなつとローラはその灰色の塊が何なのか分からなかった。

物置部屋が薄暗いせいもあって、その怪物体を凝視しても全容がつかめなかったのだ。

電球が切れちゃってるみたいだ、なんて言いながら、ショーコが携帯端末のライト機能を使って、灰色の怪物体を照らした。

 

 

照らし出された灰色の怪物体と……目が合った。

ぞくり、とローラは背筋が凍りついた。

 

 

「ぎゃあああああっ!!? お化けオバケお化けえええええっ!!!?」

「ひっ……!!」

 

全高1メートルを超える怪物体の正体は、巨大なカエルの木乃伊(ミイラ)だった。

部屋の薄暗さも相まって、はっきり言ってローラも恐怖心から思考を止めてしまっていた。

ローラに抱き着いてガタガタ震えている夏海まなつへと、声をかけることも忘れて。

ただただ、ローラは立ち尽くした。

 

 

「2か月前の、黒い巨大マネキンが大量に暴れたあの夜までは、確かに生きて活動していたんだよ。この筋肉ガエルはね」

 

朝加ショーコの語り口は、明確に過去形だった。

ローラの印象としても、眼前の灰色の怪物体からは、おおよそ生命活動と呼ばれるような雰囲気は感じられなかった。

 

 

 

死んでいる。

 

 

 

人魚の国を救うための、唯一の手掛かりだったのに。

 

 

 

 

たったそれだけの情報を、しばしの間……ローラは吞み込めなかった。

絶望が、容赦なくローラの心を苛んだ。

グランオーシャンの住人達の嘆く声が、頭の中で何重にも連なって響いた。

ローラ自身も悲しみと寂しさに押しつぶされて狂っていくのだ、と宣告されたように思った。

 

 

それでも、ローラは必死に女王の言葉を思い出した。

一滴(ひとしずく)でも希望が無いか、必死に記憶の大海原から光明を探した。

 

 

「このカエル妖精……何か、持ってなかった?」

 

震える声を、ローラは絞り出した。

最後に残った希望的観測に縋る者の声だった。

 

 

「500年前に、グランオーシャンの女王様が依頼したはずなのよ。人魚を悲しみから救う薬の、処方を……っ!」

 

ローラとて、確証があって言った訳では無かった。

カエル妖精の遺留品があったとして、それを朝加ショーコが確保している可能性なんて、推しはかれるハズもなかった。

 

それでも。

追い詰められたローラは、朝加ショーコが本当に一瞬だけ口ごもったのを見逃さなかった。

何か……。何か、心当たりがあるのだろうか。

 

 

「あなた、何か知っているの!? 教えて! ねえっ、答えなさいよっ!!」

 

見ている方の心が痛くなるような剣幕で。

ローラは、朝加ショーコへと詰め寄った。

地獄にて一縷の希望に縋りつく亡者のような声で、ローラは朝加ショーコの肩を掴んで問い質した。

 

 

「筋肉ガエルが残していったのは、黒い怪物を生み出す種だけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ローラ、ローラっ! しっかりして!」

 

いつの間にか、ローラは尻餅をついてしまっていた。

ショックで、少しの間だけ意識が飛んでしまっていたのだろう。

まなつに支えられて、ローラは何とか上半身だけは起こしている状態だった。

 

立ち上がれない。

一筋の涙が、頬を伝った。

心が軋んで気が狂いそうだった。

 

……絶望の淵に座り込むローラを、まなつが正面から抱きしめた。

少しだけ心が温かくなって、絶望が和らいだ気がした。

いつだって、まなつは太陽のように輝いて、ローラたちの針路を切り開いてくれた。

まなつの傍は、本当に居心地の良い場所だった。

そんな夏海まなつの好意に、ローラは甘えてしまいたかった。

 

だが同時に、それほどの輝きを以てしても人魚の絶望を消し去ることは出来ないのだ、ともローラは思い知らされてしまっていた。

バスを降りた時にも、寂しさが息を潜めた気がしたが、決して心から無くなった訳では無かった。

まなつの輝きはローラの不安を慰めてくれるが、それも一時のことだ。

むしろ、ローラが夏海まなつのことを好きになればなるほど、決別の時の絶望も深まるだろう。

 

ローラは……なんだか、何もかもが嫌になった。

こんな気持ちになったのは、生まれてこの方、初めてだ。

何をする気力も起きず、ローラはただ目を閉じた。

……やる気パワーをヤラネーダに奪われた人々も、こんな気分だったのかもしれない。

 

 

「ローラぁっ!? 目を開けてよ!?」

「落ち着きなって。とりあえずローラちゃんは、リビングのソファに寝かせよう」

 

ローラは、目を閉じて脱力していたが、眠っている訳では無かった。

ただ、動かないだけだ。

他の二人は、ローラが気絶していると思っているだろうが。

 

為すがままに、物置部屋から運び出されたローラは、ソファに寝かされて毛布をかぶせられた。

少しだけ目を開けてみたローラだったが、ショーコ達はローラの頭まで覆うように毛布をかけていたらしい。

動くのも億劫だったローラは、目を閉じて不動を貫いた。

 

椅子をひく音が聞こえたので、おそらく朝加ショーコと夏海まなつは、リビングの机を囲む形で椅子に座ったのだろう。

そんな二人の他に、もう一つ足音が聞こえた。

ごとり、なんて音が遅れて聞こえたが、リビングのテーブルの上に湯飲み茶碗を置いた音……か?

 

 

「……どうぞ」

 

どうやら、まなつとショーコの他に、やはりもう一人いるらしい。

静かな声の女性が、二人に遅れてテーブルを囲んだようだ。

なんだか、一之瀬みのりを連想させる間の取り方のように思った。

 

 

「私は夏海まなつ! あなたの名前は?」

「……夜野シズエよ」

 

こういう時、必ず相手の名前を尋ねる夏海まなつの習性は有難い。

やはり、3人目が居るのは間違いない様子だ。

頭まで被さっている毛布を剥いだなら、まだ見ぬ3人目を視認できるのだろうが……ローラは動く気力が無かった。

 

 

「でさ。さっき人魚とかグランオーシャンとか、色々気になる単語が出てきたよね?」

「え゛っ……そ、それは、その……」

 

そういえば、先ほどテンパっていたローラは、色々と口走った気がする。

まなつは、突然の追及に対して言い淀んでいる様子だ。

夜野シズエと名乗った女性に関しては、言葉によるリアクションを示していないので、毛布の下のローラからは様子がつかめなかった。

興味が無さそうにお茶を啜っているのか、もしくは興味津々で夏海まなつの言葉の続きを待っているのか……。何となく前者のような気はするが。

 

 

「あんまり人間には言わない方が良い感じなのかな?

でも、あたしたちも筋肉ガエルとの縁で一般人とは言い難いし、ファンタジーなネタなら話しちゃって問題ないよ」

「そっか、それなら安心だね!」

 

その理屈はおかしい。

色々とおかしいし、まなつがコロっと丸め込まれたことも突っ込みどころ満載だった。

まぁ、まなつらしいと言えば、らしいのだけれども。

だが、ツッコミストとしての血が騒ぐほどのツッコミ適正がある訳でもなく、ローラは沈黙を貫いた。

そもそもローラだってトロフェスの時に人魚の存在を公表していたので、今更な話だった。

 

 

「あとさ、怪物の種はカエル妖精にまつわる品だから、ローラちゃんが目覚めたら一応持って帰りたいって言うと思うんだよね」

「それは……そうかも?」

「……あの危険物を、やすやすと初対面の人間に渡すのは感心しないわ」

 

ショーコの言葉を聞くまでローラも気が回らなかったが、確かにその通りだ。

カエル妖精の遺品であれば、一見役に立たなそうでも、グランオーシャンを救うカギになる可能性はゼロではない。

なので、可能なら持ち帰って女王様に見せておくのが吉だろう。

ただ、夜野シズエが指摘している通り、黒い怪物を生み出す道具らしいので危険物であることは間違いない。

 

 

「あたしだって、誰彼かまわず渡すのは怖いよ。だから、ローラちゃんの為人(ひととなり)を知っておきたいんだ」

「ひと、と、なり??」

「……夏海さんから見て、彼女がどういう人物に見えるか答えて欲しい、ということよ」

 

ヒトトナリなんてローラも初めて聞く言葉だったが、夜野シズエの補足から大体の意味を察することは出来た。

確かに、プリキュアの出動が必要になるぐらいの危険物をホイホイ配っていたら、それはそれでヤバい人である。

怪物の種を託すのならば、その相手の素性や性格を知っておきたいと考えるのは自然な流れだ。

 

 

「ローラはね。人魚の国の女王様を目指してて、お調子者で、自信家で、頑張り屋で、真っすぐで、そんな感じの私の親友だよ!」

「あ、薄々気づいてたけど、やっぱりローラちゃんも人魚だったんだ?」

 

夏海まなつからの飾らない人物評が……少しばかり、くすぐったく思えたローラだった。

悪い気はしないが、頭まで毛布をかぶっていて良かったと思ってしまっていた。

ちょっぴり熱くなった顔を、見られなくて良かった。

 

 

「でも今日のローラは……ちょっと、おかしかった。いつも通りに見える時もあったけど、余裕が無くて……なんだか、泣いてないのに泣いてる気がした」

 

どきり、とさせられた。

似合わないシリアス顔をしているのは気付かれていると知っていたが、それだけではない様子だった。

路上ライブをしたときに、歌に悲しみが混ざってしまったせいだろうか。

 

 

「さっき倒れたのも、本当にビックリした。あんなローラ、初めて見た……」

 

ローラ自身としても、こんなに何もする気が起きないのは初めてだったが……まなつから見ても、そういう認識らしい。

本当に、こんなに弱気になることがあるなんて思わなかった。

かつてローラは、やる気パワーを奪われてグッタリしている夏海まなつを目の当たりにして心を痛めたことがあったが、まなつも今は同じ気持ちなのかもしれない。

 

 

「もしかして、この世界が井上敏樹脚本だったら、『お前(ローラ)らしくない()!』からの『お前(まなつ)に何が分かるんだ(のよ)!』の黄金パターンが見られた可能性が……?」

 

まなつはそんなこと言わない。

ちょっと、毛布をどけてツッコミに行こうかと真剣に考えてしまったローラだった。

まぁ、例によって気力が足りなくて動けない訳だが。

 

 

「ええっと……何言ってるか全然わかんない」

「……ショーコの特撮ネタは、突っ込み始めると長くなるわ。話を戻しましょう」

 

静かな声の夜野シズエという女性は、朝加ショーコの扱いを熟知していると見える。

やっぱり、一之瀬みのりのように表情をあまり動かさずに喋るタイプなのだろうか?

まさか、このシズエという子も、乙女ポエムのノートを作っていたりして?*1

まなつに関しては……目をまんまるにして頭上にハテナを量産しているのだろう、とローラは毛布の向こう側の顔を幻視した。

 

 

「まだローラちゃんも起きてこないし、もっと詳しく聞かせてよ。まなつちゃん達の物語をさ」

「うん! 私があおぞら市に引っ越してきた時にね……」

 

夏海まなつは、ときめく思い出を語り始めた。

離島での12年の生活を終えた夏海まなつが、大都会あおぞら市での新生活への期待と不安で胸を一杯にして海を渡って来たところから、物語は始まったのだ。

母親から貰ったリップを落としてしまって泣きそうなときに、それを人魚に拾ってもらって。

人魚の女王を目指すローラから、グランオーシャンを救うための力であるプリキュアの変身アイテムを受け取ったのだ。

 

そんな二人を好きになってくれたメンツが、次々にプリキュアになってくれた。

それぞれ心に暗い部分を抱えた3人の子供たちが、底なしに明るい夏海まなつと自信家のローラに惹かれて、自然と集ったのだ。

もっとも、まなつの語り口からは、さんご達の持つ闇の部分は大して伝わってこなかったが。

 

涼村さんごは、「可愛い」を追求する、イケてる都会っ子。

一之瀬みのりは、楽しい物語を書く、物静かな先輩。

滝沢あすかは、どこか昭和の匂いがする、格好良くて頼りになる先輩。

 

夏海まなつの目から見た3人の人物像は、こんな感じだった。

実際には、対人関係で各々の心に闇を抱えたメンバーでもあったが。

まなつの視点から語られるトロピカる部の友達は、きらきらと輝いている愉快な仲間達であったのだ。

太陽のように輝く夏海まなつに引き寄せられた3人の、心の暗い部分に向き合ったのが、主にローラの役回りだったせいでもあるのかもしれない。

 

順風満帆の5人は、後回しの魔女一味の悪巧みを悉く粉砕していった。

人格交換イベントだったり、人魚を隠すドタバタコメディだったり、様々な思い出を育みながら、トロピカる部の面々は交流を深めた。

道中、人間フォームを習得したローラを留学生として改めてトロピカる部に迎え入れて。

中にはシャンティアの事件のように、辛い別れもあったけれど……5人は、無事に後回しの魔女たちの凶行を阻止できたのだ。

 

そして……最後の試練が訪れる。

既に人間たちを大好きになってしまっているローラに、二択が突き付けられたのだ。

地上での記憶を封印して正式に人魚の女王候補になるか、人間として地上で生き続けるか。

 

だがローラは……どちらも諦めなかった。

記憶を封印される前にローラは、二つの仕込みを用意したのだ。

一つは、記憶封印装置とアクアポットに施した細工。

もう一つは、魔女の館の面々への伝言と、ローラの自室の机に書いたメモだ。

その二つの仕込みのお陰で、次期女王としての勉強に励みながらも、ローラは地上での記憶を取り戻すことに成功したのだった。

 

 

「うんうん、良い話を聞けて嬉しいよ。特に最後の爆発オチは最高に冴えてたね!」

「……爆発オチって、そういう意味だったかしら?」

 

まなつ達の物語は、かねがね好評だったらしい。

トロピカっているプリキュア達の物語は、円満解決を迎えた……ように見えた。

 

一方、残された問題は……記憶封印装置が失われた後の人魚たちの惨状だった。

記憶を取り戻した人魚たちは嘆き悲しみ、グランオーシャンは混沌を極めている。

だから、それを解決する手段を得るために、まなつとローラはカエル妖精を探していたのだ。

 

 

だが……その結末が、毛布の下で塞ぎ込んでいるローラの現状だった。

カエル妖精は既に死んでいて、捜索は手詰まりだ。

 

 

……ここまで、聞き終えて。

ぐるるる、なんて間の抜けた音がローラの耳に入ってきた。

何の音だっけ、と毛布の下で疑問に思ったローラだったが、すぐに思い出した。

アレは、腹の虫が鳴く音だ。

 

 

「えへへ……。何だか良い匂いがするから、つい……」

「日も暮れてきたし、まなつちゃん達も一緒に食べていきなよ」

「……そうなると思って、肉じゃがの予定だったけれど、大勢で食べられるメニューに変更しておいたわよ」

 

肉じゃがといえば、夏海家で食べたこともあるニンゲン達の料理だ。

確か牛肉とジャガイモとニンジンとタマネギと……とにかく色々野菜が入っていた気がする。

その食材を流用して作る、大勢で食べられるメニューとは、一体なんだろう。

良い匂いがするらしいが、頭から毛布をかぶっているローラの鼻にまでは匂いは届いて来ない。

 

気になってしまったローラは……そっと天岩戸を少しだけ開いた。

毛布の隙間から入り込んでくる匂いを、ローラは嗅いでみた。

何だか独特で辛そうな臭いが、鼻をくすぐった。

この匂いは……!

 

きゅるる、と。

毛布の中から音が漏れ出してしまった。

絶望していても、ハラは減るものだ。

テーブルを囲んでいた3人の視線が、音の主へと集まった。

多少のバツの悪さを感じながら、ローラは毛布から顔を出したのであった。

 

 

「あっ、ローラ! 聞いてよ、今夜はカレーだって!!」

 

まなつの嬉しそうな声は、ローラが無事に意識を取り戻したことに対するもののハズだ。

……たぶん。おそらく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで。

賑やかな晩餐会は盛況のままに終わったのだった。

お腹が一杯になって、少しだけ気分が上向いた気がしたローラであった。

2回目のお替わりまで要求した夏海まなつの姿には、何とも言えないものを感じたが、それはそれである。

食後に出された熱々のお茶をすすりつつ、何となく穏やかな雰囲気に身を置いて……。

 

 

「そういえばさ。あたしも後から気付いたんだけど、人魚を救う薬の話って、黒い種と繋がってるのかも?」

「むぐほっ! げほごほっ!!?」

 

……何気なく言い放たれたショーコの一言に、ローラはお茶を吹きそうになった。

変に堪えたせいで地獄の苦しみを味わったローラは、あやうく人魚なのに地上で溺れるという大恥をさらすところであった。

まなつに背中をさすってもらいながら、なんとかローラは思考を整理した。

黒い種というのは、怪人を生み出す材料だったはずだ。

 

むせ込んだローラを落ち着くまでの間に、離席したショーコは黒い種を片手に戻ってきた。

テーブルに置かれた親指サイズの種は、どことなく禍々しい物のように見えた。

 

 

「実は、このまえ偶然知り合った入院ガチ勢の子が、悲しみの種が薬になる可能性を言及しててさ。もしかして、って思ったんだよね」*2

「……彼女、得難い才能を持った人材だったのかもしれないわね」

 

ショーコとシズエの話を詳しく聞いてみると。

どうも悲しみの種を使っていた巨大ヘビたちは、悲しみの種を植え付けた相手にストレスを与えてカナシミーナの成長を促していたらしい。

そして宿主が廃人化するまでカナシミーナを育てて、実った不幸の果実を収穫しようとしていたそうだ。

だが、その戦法がそもそも間違いで、既にストレス満載な対象からストレスを吸い出すのが本来の用途だったのではないか。

そんな仮説を、ショーコは立てているらしかった。

 

 

「お願い! その種を私に譲って!!」

「まぁ一杯あるし、さっきの話を聞く限りじゃぁ、あたしはローラちゃん達のことは信用できると思うんだけどね……」

 

こうなれば、見逃す選択肢など無い。

ローラは必死に頼み込んだ。

目と鼻の先に希望がぶら下がっているのだから、必死にもなるというものだ。

幸いにして、朝加ショーコは譲渡するのも吝かではないというスタンスだったが……。

 

 

「……悲しみの種は、本当に危険なものよ。本当に貴女たちは、カナシミーナに対処できるのかしら?」

 

難色を示したのは、夜野シズエであった。

この静かな声の女子は、ローラを訝しんでいるらしい。

確かに、悲しみの種から生み出される黒い怪物というのは気になるが……リスクに見合うリターンはあるだろうとローラは踏んでいる。

しかし、夜野シズエを一体どうやって納得させたら良いものだろうか。

まさか人体実験をしてカナシミーナを作る訳にもいかないし。

 

……と、ローラが首を捻っている時だった。

まなつが、何かを思いついた様子であった。

おもむろに黒い種を一つ摘まんだ夏海まなつは……次の瞬間には、一思いに口に含んで噛み砕いた。

ガリガリと音を不穏な立てて、まなつは黒い種をあっという間に呑み込んだのだ。

 

 

「にがっ!? うぇっ、口の中がイガイガするよぉっ……!」

「えっ、それって……!? 何やってるの、まなつ!? 早く吐きなさい!!」

 

想像をはるかに超えた不味さだったらしく、まなつは涙ぐんでいた。

驚愕に足が動かないローラをよそに、まなつの身体の中から漆黒のマネキン人形のようなシルエットの怪人が現れた。

怪人カナシミーナだ。

 

 

「シズちゃん!」「……承知しているわ」

 

声を出すしかできなかったローラを置き去りにして、ショーコとシズエは行動に出ていた。

朝加ショーコがベランダの引き戸を開け放ち、コンマ数秒後にはカナシミーナは夜野シズエによって屋外へと蹴り出された。

たった1秒にも満たない時間での、完璧すぎる連携であった。

 

 

「まなつのバカ、バカ、バカっ! おたんこなすっ! 話を聞いてなかったの!? あの怪物が育ったら、まなつは……!」

「分かってるよ、ローラ。でも、あの黒い怪物をローラが倒せるって分かれば、悲しみの種を安心して譲ってもらえるって思ったんだ」

 

まなつの言っていることは理屈が通っている。

そう、ローラの中に残った最後の冷静な部分が告げていた。

でもローラの心の大半は、まなつの命を賭けるなんて絶対に嫌だと叫んでいた。

胸が張り裂けそうだった。

 

 

「そういうことなら、カナシミーナが育ち切るまで丸一日ぐらいは時間があるから、今晩は二人とも泊っていきなよ」

「……来客用に、ショーコのベッドを貸すの? 敷布団も別に必要なら用意するわ」

「ベッドで二人一緒に寝るから、布団は大丈夫だよ。ありがとう」

 

……朝加ショーコと夜野シズエの落ち着きぶりが、何だか不気味に思えた。

まなつが廃人になるかもしれないというのに、この二人は妙に落ち着いている。

というか、まなつ自身も平時のテンションのままである。

その印象が、さらにローラの不安を煽った。

 

 

「貴女たちも、落ち着き払って、おかしいわよ! まなつがどうなっても良いの!?」

「……同じように、自分自身の意思で悲しみの種を食べた愚か者を知っているから、大して驚かなかっただけよ」

 

そんなバカが、この世に何人も居るわけがないでしょう。

反射的に反論が出そうになったローラは、しかし口にできなかった。

夜野シズエのコメントは素直には信じ難かったものの、嘘を言っている様子でもない気がしたのだ。

 

わなわなと、拳を握ってしまったローラであったが。

他の3人から集まった視線の意味に気づかぬほどに愚鈍でも無かった。

この場で冷静でないのは、ローラ一人だけであった。

やり場のない拳を……なんとか、ほどいた。

 

 

 

その後は、リビングで他愛のない歓談が流れた。

朝加ショーコは、夏海まなつのことをかなり気に入ったらしく、一緒に笑っている姿を何度か見た。

そんな様子を、ローラはどこか遠くの出来事のように見ていた。

 

社交的に調整された滝沢あすか、もしくは、知能高めに魔改造された夏海まなつ……という朝加ショーコへの第一印象は、あながち外れていない様子だった。

滝沢あすかもかなり早くから、夏海まなつのことを気に入っていた。

トロピカる部で砂像を作るイベントを開催したときのことを思い出してみると、砂浜で滝沢あすかは、まず夏海まなつに水をかけて水遊びを始めたはずだ。

今思うと、当時の滝沢あすかは、涼村さんごや一之瀬みのりとの距離を測りあぐねていたのかもしれない。

あの初代部長は、一見すると荒くれ者のようだが、妙に繊細なところがあったようにローラは思った。

あすかとまなつは、どこか狼と犬みたいな近さを持っていたが、ショーコもそれに近い性質(タチ)を持っているように感じられた。

 

 

一方、ローラの目から見てもイマイチ人物像が見えてこないのが夜野シズエであった。

黒い長髪をおろした物静かな女性だという外観は覚えているし、カレーも美味しかったが、どんな人物かと言われると答えるのに窮するというか。

怪人カナシミーナを朝加家から蹴り出した辺りまでは一緒に居たハズなのだが、いつの間にか音も無く姿を消していたのも気になる。

ミステリアス、というヤツなのかもしれない。

 

 

「そうだ、キュアサマーって太陽に縁があるプリキュアなんだよね? これは天道総司語録を仕込まなくちゃ……!」

「語録……? 暗記は苦手だよ?」

 

ただ……なんとなく、夜野シズエは朝加ショーコの明るさに惹かれた人間のような気がした。

それぞれ心に闇を抱えた涼村さんごたちが、夏海まなつに惹かれたのと多分同じだ。

そう根拠もなく思ったローラであったが、それ以上は想像が膨らまなかった。

 

 

「天道総司語録をマスターすれば、格好良くて頼りになるセンパイとして一目おかれること、間違いなしだ!」

「何それトロピカってるっ! ……そんな感じで、右手で天を指させば良いの?」

「ちょっと!? ウチのまなつに変な芸を覚えさせるんじゃないわよ!」

 

そんな愉快な一幕も挟みつつ。

夜も次第に更けていき、就寝準備をすませた3人は今晩の寝床へと収まったのであった。

朝加ショーコはリビングのソファに陣取り、夏海まなつとローラは二階の一室に備え付けられたベッドに潜り込んだのだ。

 

 

 

 

 

 

二人が収まったベッドは、いつもの夏海家のものに比べると少しばかり手狭であったが、くっついて寝れば何とかなるように思われた。

部屋の照明を落として、なんとなしにローラは夏海まなつへと背中を向ける体勢をとってしまっていた。

 

 

「ねぇ。……さっきは、なんであんなモノを食べちゃったのよ」

 

割と色々な意味に受け取れる質問だ、とローラは自分で言ってから思った。

まなつの命が危険にさらされていると思うと、胸の内にモヤモヤした何かが湧いてきたような気がした。

プリキュアとして魔女の一味と戦っていたころには、片手で数えるぐらいしか意識したことが無かった感覚だった。

 

 

「ええーとね、何となくだけど、ああしなくちゃシズエが納得しない気がしたんだ」

 

――……あの危険物を、やすやすと初対面の人間に渡すのは感心しないわ。

 

確かに、黒い種を譲渡することに難色を示していたのは、夜野シズエの方だった。

夜野シズエの雰囲気から、夏海まなつは名状しがたい威圧感のようなものを察したとのこと。

思っていたよりもずっとロジカルな回答が返ってきて、ローラはコメントに困ってしまった。

いやまぁ、ロジカルといっても「まなつにしては」と頭に付く程度のロジカルだが。

 

何はともあれ、ローラの背中越しに聞こえてくる夏海まなつの声からは、後悔は感じられない。

もしここで「ローラのためだよ」と返事が来ていたら、「そんなの嬉しくない」と続けるつもりだったのだが、夜野シズエを引き合いに出されると納得せざるを得ないというか。

地雷原でランドビートダイナミックを踊るような顔をしているくせに、絶妙なバランス感覚で会話の地雷を避けてくる女である。

 

 

「まなつは……何があったか、聞かないのね。今日の私がおかしいって気付いてるのに」

 

――だって、ローラが珍しく真面目な顔をしてたんだもん

 

――でも今日のローラは……ちょっと、おかしかった。

――いつも通りに見える時もあったけど、余裕が無くて……なんだか、泣いてないのに泣いてる気がした

 

思い返してみれば、かなり早い段階から、夏海まなつはローラの不調に気付いていた。

でも、その理由にまでは踏み込んでこなかった。

 

 

「こんなの私らしくないって、分かってる。分かってるのよ……!」

 

お調子者で自信家という夏海まなつからの評価は、ローラ自身も認めるところではあった。

なのに、今日のローラは全然そんな気分になれなかった。

 

理由は分かっている。

悲しみに沈むグランオーシャンを目の当たりにして、トロピカる部の皆が死んだ後のローラ・ラメール自身の姿を想像してしまったからだ。

まなつ達が死んだあとのことなんて、当人らに相談しても仕方がないし、ローラのそんな姿を想像されるのは嫌だった。

夏海まなつには、グランオーシャンの住人達が鬱々としていることは話してあるが、ローラの不安の理由までは明かす気はしなかった。

 

それでも……不安に押しつぶされそうになっているローラへと、まなつは自分なりのメッセージを伝えようとしているようだった。

ローラが何を悩んでるのか全然分からないけど、なんて前置きしながら、まなつが暗い部屋の中で言葉を紡ぎ出した。

 

 

「ローラの言う『私らしさ』って()()のローラのことだよね。それよりも、()のローラにとって何が一番大事なんだろう、って考えた方が良いと思う」

 

――今、一番大事なことをしよう!

それ自体は、まなつから何度か聞いた言葉だった。

だが、過去の自分と今の自分を切り離して考えるのは、ローラに欠けていた視点であるように思った。

確かに、お調子者で自信家という自他ともに認める性格であったローラだが、それに縛られる必要もないのかもしれない。

そう考え至ると、少しだけでも胸が軽くなったように感じられた。

 

最初は、一人旅を決意して歩き始めたローラだったけれども。

やっぱり、まなつが一緒に来てくれて良かった。

真っ暗な部屋に流れる沈黙が、どこか心地良く思えた。

いつしか、部屋の中には二人分の寝息が溶け込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

朝加家のベッドの上で、ローラ・ラメールは一人で目を覚ました。

肩を並べて眠っていたはずの夏海まなつの姿は、見当たらなかった。

またベッドから蹴り落してしまったかもしれない、と思って周囲の床を見渡してみるものの、まなつの姿は見えない。

 

1階に降りてみたローラだったが、リビングにも人の姿は無かった。

……と、キッチンから朝加ショーコが出てきた。

まだ寝ぼけ眼のローラと違って、ショーコはしっかりと覚醒している様子だ。

休日でも早起きを欠かさない、ニチアサ民の鑑である。

 

 

「おはよう。ローラちゃんは良く眠れたみたいだね。朝食は食べる?」

「ええ、いただくわ。まなつと昨晩のシズエって子は居ないの?」

 

昨晩には合計4名がこの家にいたはずなのだが、どこに行ったというのか。

夕食は美味しかったし、朝食も夜野シズエが作ってくれることを密かに期待していたローラだったのだが……。

でも、昨晩の残りを使って朝加ショーコが作ったと思しきドライカレーも美味しそうであった。

シズエは調理に秀でているが、別にショーコも炊事が出来ないわけではないようだ。

 

 

「まなつちゃんは、ついさっきまで食卓に居たハズなんだけど、トイレかな。

シズちゃんは、あのカナシミーナが他の人に迷惑をかけないように見張ってるよ」

 

それって徹夜よね?

さらっと朝加ショーコが言い放った説明にツッコミを入れようか迷ったローラであった。

確かに怪人カナシミーナが一般人に危害を加えるケースは想定できるので、見張っておくこと自体は合理的だと言えるのだが。

昨晩の夏海まなつの凶行を見てから、朝加ショーコと夜野シズエは特に作戦会議を行っていないように見えたのに、相談なしでそこまでの役割分担が自然と出来るものなのだろうか?

 

 

何はともあれ自身もトイレに用のあったローラは、すぐに目的の部屋の前へと辿り着いた。

トイレの扉は、外から見てカギがかかっていないと分かるタイプだった。

まなつが居ると思っていたけれど、居ないのだろうか。

まぁそれならそれで、ローラがトイレを使えるから良いのだが。

 

 

「……?」

 

……なんて寝ぼけた頭で思っていたローラは、ドアノブに手をかけた瞬間に動きを止めてしまっていた。

なんだか、ヘンな匂いを感じたのだ。

酸っぱい匂いだ。

まだ閉まったままのトイレの扉の向こうから、酸っぱい匂いが漂ってきている。

 

直感的に、ヨーグルトの匂いだとローラは思った。

しかし、それとは別に、もう一つ酸っぱい匂いの元が存在する気がした。

何だろう、この匂いは。

まぁ扉の鍵はかかっていないし、扉を開けて中を確かめれば良いだけなのだが、不思議と手を止めてしまっていた。

 

だが……嫌な予感がローラの脳裏をよぎった。

酸っぱい匂いの二つ目の元は、もしかして、胃酸では?

寝ぼけていた頭が、最悪の想像とともに一気に完全覚醒した。

 

 

「まなつっ!? 大丈夫なの!?」

 

トイレの扉を勢いよく開けると、個室内で倒れている夏海まなつの力無い姿があった。

異臭の正体は、ローラの頭の中で描いた最悪のイメージの通りだった。

胃が働いていない人間が消化に良いものを何とか食べて、それでも嘔吐してしまった後の残り香だったのだろう。

 

ぐったりしている夏海まなつを、ローラは必死に運び出した。

目の下に黒い隈を作った夏海まなつは、かなり体調が悪そうに思われた。

その姿を見ているだけで、ローラは胸が苦しくて、頭がおかしくなりそうだった。

ショーコに手伝ってもらって、ローラは患者をリビングのソファへと寝かせた。

 

不幸中の幸いというべきか、ローラとショーコが呼びかけたところ、まなつは意識を取り戻した。

一応の質疑応答はできる様子だが、予断を許さない状態であるように思われた。

 

 

――ローラちゃん()良く眠れたみたいだね。

 

今思うと、気付くためのヒントはあったのだ。

朝一番のショーコの一言は、よく眠れなかった人間を既に見た後の台詞だった。

夜野シズエが徹夜したと聞いたので、あまり違和感の無い台詞だったが、朝加ショーコは既に夏海まなつの不調を知っていたのだろう。

そもそも、胃が働いていない夏海まなつに対して、冷蔵庫からヨーグルトをピックアップしたのは朝加ショーコだろうし。

そして……まなつの不調の原因は、明らかだ。

 

 

「ショーコ! そのカナシミーナっていうのを、倒しに行くわよ!!」

「うん、ちょうどシズちゃんから連絡がきたところだよ。花がついたところだってさ。ま、良いかな」

 

よく考えたら実がつくまで待たなくても良いんだっけ、なんてボヤいている朝加ショーコとともに。

まなつを背負って、ローラは朝加家を飛び出した。

どうやらショーコとシズエは携帯端末で連絡を取り合っていたらしく、怪人カナシミーナの元へはスムーズに移動できた。

3人が移動した先は……内海に面した、小さな砂浜だった。

 

全高3メートルほどの怪人カナシミーナが砂浜の一角に立ち尽くしており、それを物陰から見張っている夜野シズエの姿も確認できた。

シズエと合流したローラは、ぐったりしている夏海まなつを朝加ショーコへと預けつつ、シズエへと最後の確認を入れた。

ローラがカナシミーナを無事に倒せると分かれば悲しみの種を持ち帰っても良いか、と。

夜野シズエは、ちらりと夏海まなつへと目をやりながら、しっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「プリキュア・トロピカルチェンジ!!」

 

急ぎプリキュアへと変身を済ませたローラ……もといキュアラメールは、一目散に漆黒の怪人へと駆け寄った。

隙だらけの背中を狙って、キュアラメールは渾身の飛び蹴りを御見舞いしようと飛び掛かった。

全く反応を見せない怪人カナシミーナの背中へと、ラメールの飛び蹴りが吸い込まれるように命中した。

 

 

「カナシミーナァッ!」

「しまっ、きゃぁっ!!?」

 

……蹴りが命中したと、ラメールは思ってしまったのだが。

唐突に機敏な動きを見せたカナシミーナは、本当にギリギリのところでラメールへと砂を蹴りつけてきたのだ。

白浜の砂を浴びて怯んだラメールは、カナシミーナの拳にて容赦なく殴り返されてしまった。

 

 

だが、それだけで退くラメールではない。

砂浜へと両足でしっかり着地したラメールは、再度カナシミーナへと強襲をかけた。

カナシミーナの速度はラメールより少し上ではあるが、知っていれば対処できない速度ではない。

そう考えて拳を振おうとしたラメールであったが……。

 

 

「カナシミーナッ!!」

 

右拳を振おうとして飛び掛かった直後に、ラメールは自身の左手方向からの攻撃で叩き落とされてしまっていた。

怪人カナシミーナが、薙ぎ払うような軌道での回し蹴りで、空中のラメールを撃墜したのだ。

 

背中から落下したキュアラメールは、それでも戦意を失っていなかった。

海へと落ちたラメールは、すぐさま海水の中へと身を潜めた。

ラメールへ追撃を仕掛けようと、漆黒の怪人は膝まで濡らしながら海へと入ってきた。

カナシミーナの背後へと音も無く海面下から回り込んだラメールは、殺意全開で大技をぶちかまそうとした。

 

 

「プリキュア・くるくるラメー……きゃあっ!!?」

「カナシミ・サマーストライクゥッ!!」

 

そんなラメールの気迫を嘲笑うかのように。

カナシミーナが()()()()()()()いた特大の火球が、海面から姿を現した瞬間のキュアラメールへと直撃した。

どう見ても、ラメールが海面に潜んでいる間から火球を出し始めたとしか思えないタイミングだった。

 

動きが、読まれている。

殴り掛かろうとすれば、振りかぶったのと逆手側からの迎撃で薙ぎ払われるし。

飛び蹴りを狙えば飛び道具で的確に撃墜される。

大技での一発逆転を目論んでも、やはり技の出足を完全に潰されてしまう。

 

 

何も、させてもらえない。

先程の火球攻撃といい、カナシミーナが夏海まなつの記憶を元に動いていることは明らかだった。

誰よりもローラと一緒に居た夏海まなつだからこそ、ローラが次に何をするのか分かってしまうのだろう。

ラメールは数えるのも億劫になるぐらいにカナシミーナへと襲い掛かり、そのたびに殴り返され、踏みつけられた。

 

震える脚に鞭打って立ち上がり、ボロボロのラメールは必死に考えた。

海水に半身を浸しながらラメールは、今まさに殴り掛かってきている漆黒のマネキン人形を正面から見据えた。

この状況を打開するには……まなつの想定できない攻撃パターンを実行するしかない!

 

 

――ローラの言う『私らしさ』って()()のローラのことだよね。

 

 

「このローラ様をっ、キュアラメールを、なめるんじゃないわよっ!!」

「カナッ……!!?」

 

 

キュアラメールは……頭部に備わった1対の真珠から、海水を猛噴射してカナシミーナの顔面へと浴びせてやった。

ラメールの仲間の技を模した攻撃だった。

自身でも考えたことが無い行動であったが、やってみたら出来てしまった、とも言う。

 

怯んだカナシミーナを、ラメールは殴りつけた。

優雅さの欠片も無い、泥臭い拳だった。

そのまま勢いに任せて、2発、3発と、ラメールは漆黒の怪人を殴り続けた。

 

 

だが……既に大分ダメージを受けていたラメールは、ラッシュの途中で踏ん張りが効かずにフラついてしまって。

その隙を見たカナシミーナによって蹴り倒されてしまった。

ダウンしたラメールを潰すような軌道で、カナシミーナの拳が振るわれた。

 

 

ダメだ。

回避も、防御も、間に合わない。

ラメールがここで死んだら、まなつも助からない。

そう思っていても、何もかもが手詰まりで。

最後の意地で、ラメールは迫る拳を睨み返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおりゃあああっ!!」

 

そんなラメールの視界の端にチラついたのは、白い影で。

唐突に乱入した白い影は、カナシミーナへと体当たりをかましてラメールを救い出した。

そのまま二人は付近の岩陰へと逃げ込んだ。

 

 

「サマー……!? あなた、身体は大丈夫なの!?」

 

カナシミーナに見つからないように声を落としながら、ラメールは闖入者へと問いかけた。

白い影の正体は、夏海まなつが変身するプリキュア……キュアサマーだった。

岩陰に隠れただけなので、いつまたカナシミーナに見つかるかは分からないが、それでもラメールは問いかけずには居られなかった。

 

 

「大丈夫、さんごが言ってた! 目の周りのメイクをしっかりすれば隈は隠せるって!」

「まなつのバカ! そんなことしても身体が治るわけじゃないでしょう!!」

 

それで体力が戻ったら医者は要らない。

まぁ自分自身を奮い立たせるためのメイク、という観点から見れば間違ってはいないのだろうが。

 

でも……キュアサマーが乱入してきてくれて、嬉しかったというのがキュアラメールの正直な心境だった。

ローラが一人でカナシミーナを討伐するのは失敗したが、それはそれだ。

まなつの命が危機にさらされているという状況に、ラメールはこれ以上耐えられなかった。

 

 

 

「でも私、分かったの。黒い種なんかよりも、私はまなつが大事よ!

50年後や100年後のことなんて知らない! 今まなつが生きていてくれた方が嬉しいわ!」

 

だから、さっさとカナシミーナを倒して帰ろう。

未来でローラ・ラメールは悲嘆に狂うことになるかもしれないが、それよりも夏海まなつの身が大事だ。

 

ところが、キュアサマーからは困惑の視線が返ってきた。

自身が何か失言を口にしただろうか、とラメールは理解しかねた。

 

 

「50年後とか100年後とかって、いったい何の話……?

苦しんでいるグランオーシャンの人魚たちのために、黒い種は()必要なものなんじゃないの?」

 

……そうだった。

ローラは、()()で自分自身が悲しみと寂しさに押しつぶされることに恐怖していたが、()の問題だって残っているのだ。

そして、ローラは自分自身の不安の内容に関しては夏海まなつに話していなかった。

だから互いの認識の齟齬に気づかなかった。

 

だが……キュアサマーの言葉を聞いて、目が覚めたような気がした。

グランオーシャンで()苦しんでいる人魚たちを救うことが出来れば、同じ方法で未来のローラの苦しみだって緩和できる。

その過程でカナシミーナを倒せば夏海まなつだって生き延びられる。

 

 

「ごめんなさい、サマー。私、自分のことで頭が一杯だった。帰ったら全部話すわ。

でも、今1番大事なのは……苦しんでいる人魚たちを救う薬を持ち帰ることよ!!」

 

それが、()1番大事なことをする……ということなのだ。

……と、そこまで考え及んでから、ラメールは気付いちゃいけない問題に気付いた。

 

 

「あら? でも、ちょっと待って? 結局私一人でカナシミーナを倒せなかったから、黒い種は手に入らないわよね……??」

「えっ……?」

 

目を真ん丸にして当惑しているキュアサマーは……マジで、何も考えていなかった様子だ。

本当に、キュアラメールのピンチを見ていられなくて乱入しただけなのだろう。

一緒に岩陰に隠れたままで。

冷や汗を流しているサマーへと、ラメールは呆れかえった視線を突き刺した。

頭を抱えて長考しているキュアサマーを本当に信じていいのか、と思ってしまったキュアラメールなのであった……。

 

 

やっぱ、ダメかも。

最後の最後で、何とも気の引き締まらない問題に直面してしまった。

トロピカる部には、やっぱりシリアスなんて無理だったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「イイものを見せてもらったから、あたしからも()()()を出してやろう! 海のプリキュアだけに!」

 

だが、頭を抱えてしまった二人の頭上から、大声が降ってきた。

サマーとラメールが隠れている岩の天辺に仁王立ちする、第3のプリキュアの姿があったのだ。

ピンクのツインテールをなびかせ、白を基調に桜色の上着を重ねた容姿のプリキュアが、いつの間にかラメールたちの頭上に陣取っていたのだ。

 

 

「ガマンできずに助けに入っちゃった、まなつちゃんの気持ちも……ローラちゃんの実力の一部だ!

1つの力を4分割して戦っているだけだからセーフっ!」*3

 

「あなた……もしかして、もしかしなくても、ショーコよね?」

「ショーコがこの街のプリキュアだったの!?」

 

ニヤっと笑って、腕組みをしたままラメールとサマーを見下ろしているピンクのプリキュアは……屁理屈としか言えない詭弁を、恥ずかしげもなく言い放った。

何となく、「頭の良い夏海まなつ」という朝加ショーコへの評価を再認識したラメールであった。

まなつみたいなバカに悪知恵をつけさせたら、こんな感じになるのかもしれない。

 

というか、他にも聞き逃せない情報が入っていた気がする。

4分割、って言いました?(まほプリ感)

 

ふとラメールたちが周囲を見回すと、怪人カナシミーナと戦っている紫のプリキュアの姿が目に入った。

変幻自在の影を操り、刃物を生み出して切りつけたり、ハンマーで殴りつけたり……独特の動きでカナシミーナを足止めしているプリキュアが居たのだ。

ピンクの方が朝加ショーコだったことを考えれば、あの紫の方は夜野シズエだろう。

物言わずにラメールへと一瞬だけ視線を寄越した紫のプリキュアは……ラメールの奮闘とショーコの屁理屈を一応認めてくれている様子だった。

そもそも、その屁理屈を認めているから、シズエ自身も戦いに参加しているという話なのだろうが。

 

 

「さぁて、御約束の時間だ! ヒーローなら、名乗れ!!」

「「オーライ!!」」

「…………オーライ」

 

岩陰に隠れていたサマーとラメールが、ピンクのプリキュアのいる岩頂へと飛び乗って。

少し離れて戦っていた紫のプリキュアも、号令に応じて同じ大岩の上へと集った。

4人のプリキュアは、大岩の上から怪人カナシミーナへと向き直った。

 

 

「ときめく常夏! キュアサマー!!」

「ゆらめく大海原(オーシャン)! キュアラメール!!」

「さざめく勝鬨(かちどき)! キュアビクトリー!!」

「……ひそめく新月。キュアサイレント」

 

「今日は特製ミックスジュースだよ! トロピカルージュ・プリキュア!!」

 

白、水、桃、紫。

プリキュアの集合名乗りとしては、ありそうで無い4色の組み合わせである。*4

一応、キュアミューズを黄色ではなく紫枠に数えれば、スイプリが近いと言えないことも無いかもしれないが……。

 

 

「せっかく名乗ってみたけど、絶不調1人、ボロボロ1人、徹夜明け1人の瀕死パーティだし、速攻でいこう!」

「誰がボロボロよ!?」

 

ボロボロという、あんまりなビクトリーからの評価に嚙みついてしまったラメールであったが、確かに他の二人に関しては同意見であった。

キュアサマーはメイクで不調を隠しているだけだし、クールに見えるキュアサイレントも徹夜明けであることは間違いない。

なので、渋々ラメールは矛をおろしたのであった。

そんなことは、ともかく。

 

 

 

「プリキュア・おてんとサマーストライク!」

「カナシミ・サマーストライクゥ!」

 

キュアサマーとカナシミーナが、それぞれ特大火球を投げ合った。

正面から激突したかに思われた二つの火球は、しかし微妙に軌道がズレていたらしく、互いに少しずつルートを変えてしまった。

 

そんな誰にも当たらなかった火球の着弾地点へと……キュアラメールは回り込んでいた。

 

 

「やあっ!!」

「……」

 

気合の掛け声とともに、ラメールは火球をカナシミーナへと蹴りつけてやった。

と同時に、サイレントが影をテニスラケットのように編み上げて、もう一つの火球もカナシミーナへと打ち返していた。

 

二つの特大火球を一度に受けてしまい、流石のカナシミーナも怯んでしまっていて。

ダメージに足を止めてしまっているカナシミーナの真正面から……2つの金環を右手に付け替えながら、悠々とキュアビクトリーが歩み寄った。

 

 

「カナシミーナァッ!!」

 

カナシミーナが、漆黒の拳を振り下ろした。

先程ラメールを潰そうとした時と同じ、容赦のない殺人パンチだった。

危ない、とラメールたちが声をかける間もなく、カナシミーナは目の前の桜色を捻り潰そうとした。

 

 

「プリキュア・ビクトリー・マグナム!!」

 

一切、後ずさりせずに。

桜色のプリキュアは、真正面から右拳を繰り出した。

 

重い物体同士がぶつかる時に特有の、腹の底にまで響くような轟音が、人気のない海岸に木霊した。

サマーとラメールは、目を見張った。

キュアビクトリーの振りぬいた右拳は……カナシミーナの拳を完全に粉砕していた。

砂浜という足場の悪さを物ともしない、完全なる力技の勝利だった。

 

 

 

「プリキュア・おてんとサマーストライク!」

「……プリキュア・サイレント・リッパー」

「プリキュア・くるくるラメールストリーム!」

 

拳を失って背中をついてしまっているカナシミーナに対して、サマーとサイレントが大技を打ち込むのを察したラメールは、自身も浄化技を繰り出した。

 

キュアサマーの放った、特大火球。

キュアサイレントの投擲した、影の三日月刃。

そして、ラメールの繰り出した水流撃。

 

今度こそ多方面からの大技の直撃を受けてしまったカナシミーナは……ようやく、その身を砕かれて消えていった。

 

 

 

 

「「ビクトリーっ!!」」

「うん、何? ……もしかして、あたしのことじゃなくて、勝利後の特殊台詞的なヤツだった??」

 

急造チームの戦いは、最後まで微妙に締まらないままに閉幕を迎えたのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局ショーコたちは、ローラに悲しみの種を分けてやって、植木鉢での栽培方法までサービスで教えてやって。

また腹の虫を鳴らした夏海まなつと一緒に、遅めの朝食をとって。

人魚の尾ひれを触らせてもらったりなんてイベントも挟みつつ。

なんやかんやで、朝加ショーコはローラたちを見送ったのであった。

 

賑やかな二人が去って、いつもの二人だけが朝加家に残された。

リビングのソファで転寝をしているシズエに対して、おつかれサマーストライク、なんて小声をかけながら。

朝加ショーコは、薄暗い物置部屋に足を運んで、一人座り込んだ。

 

 

「悲しみの種がマジで薬だったとはね。あんたにも、そんな一面があったんだ?」

 

ショーコは、身じろぎ一つしない灰色の怪物体へと言葉をかけていた。

かつて己が手で倒した強敵の、成れの果てだった。

黄昏の園を一度は滅ぼした邪悪な存在ではあったが、何かが違っていれば人魚の国を救った英雄になっていたかもしれない存在だ。

 

 

(アレは失敗作だ。多少のストレスを緩和する効果はあるけれど、人魚の深い悲しみを癒しきるほどの代物では無いよ)

 

空気の振動を全く介さずに。

ショーコの心に、声なき声が届いた。

この灰色の怪物体は死骸としか言えないが、筋肉ガエルの魂とでも呼ぶべき何かは完全に滅んでいる訳では無かった。

そして、カエル妖精の指摘した内容は、朝加ショーコも思い当たる節があった。

 

 

――私が憧れる花のプリンセスは、ハナちゃんを助けたことを後悔なんて絶対にしないよ。

 

――実は園芸部で苗を植え替えようと思っていたんです。

 

――ラブじゃなくてライクに見えるぐらいの感じで、スイーツを食べてもらおうかなって思ってた。

 

確かに、悲しみの種を植え付けられた面々は死に直面しても妙に落ち着いていたし、ストレス緩和の効果があるというのも納得がいく話だ。

個人差もあるのだろうが、今日の夏海まなつだって、体調は悪そうだったが死の恐怖に支配されている様子は無かった。

だが、気が狂う者さえいるような人魚たちを救うに足る代物かと言われると、流石にそこまでの効果は見込めないように思われた。

 

 

(ショーコ君も人が悪い。効き目がゼロとは言わないが、メルジーヌの後釜が望むような効能は得られない薬だと、気付いていて渡したんだろう?)

「うっさい。元々あんたが引き受けた仕事じゃん。その不始末をあんたに言及されたくは無いよ」

 

まぁ、ちゃんと完成しているならカエル妖精から人魚へと直接渡していただろうとは思った。

グランオーシャンを救う薬としては失敗作だから、カエル妖精は黒い種を人魚に渡さなかったのだ。

 

 

(それに、別れを永遠に後回しにする方法だって、指摘しなかった。あれに気付かないほど鈍いショーコ君ではないよね)

「別れを後回しに……ああ、人格交換ネタかな。確かにソレが出来るなら、肉体を取っかえ引っかえして永遠に生きられちゃうから、死別問題は事実上なくなるよね」

 

アクアポットの隠し機能でローラ・ラメールと一之瀬みのりの人格交換が出来てしまったという話を、少しばかり聞いたが……。

魂の交換が出来てしまうのなら、疑似的に不老不死も実現できてしまうし、死別問題なんて幾らでも解決できるのだ。

人魚を襲うのではなく、人魚と友達になっていれば、魔女の求めた「永遠の後回し」は簡単に手に入るものだったというのは……オチとしては皮肉が効き過ぎていた。

当然ショーコも気付いていたし、それを使えばローラ・ラメールと夏海まなつだって死別せずに永遠に一緒に生きることは可能だ。

 

でも朝加ショーコは嫌だった。

人間には寿命があるからこそ新しいものを生み出せるのだ、という古臭い価値観をショーコは捨てきれなかった。

突発的な事故や外的な事情で死ぬ人間に関しては、それを防ぎたい気持ちは分かるが、永遠の命と言われると否定寄りに見てしまうというのが朝加ショーコの判断ラインだった。

これが、どこぞの笑顔が胡散臭い女科学者だったら、その時代の技術力に合わせて価値観を更新するべきだと言うのかもしれないが。

 

 

(あの二人や人魚たちを上手く丸め込めば、ショーコ君自身が永遠の命を手に入れることだって出来ただろうに?)

「それに関しては、前にも答えたっしょ。あたしは、シズちゃんと一緒に生きて、笑って、死んでいくって決めてるんでね」

 

――ビクトリー君。君は、私のようになってくれるなよ?

――当たり前だよ。あたしにはシズちゃんが居るからね。

 

カエル妖精が活動停止する直前に、そんな会話があったことをショーコは覚えていた。

きっと、カエル妖精も長生きしているうちに何かが狂ってしまった生き物であったのだろう。

だが同時に、ショーコは疑問にも思った。

 

 

「っていうか、まるで、あたしに永遠に生きて欲しいみたいな言い方じゃん? 前は、自分みたいになるなって言ってたくせにさ」

(いや、なに。当時は本気でそう思っていたんだがね。

こうして長い眠りについてみると、遠い未来に私が目覚めた時にショーコ君が出迎えてくれたら嬉しい、と思うようになってしまってね。私らしくないと思うかい?)

 

もし復活したらその時代の新ヒーローに倒してもらえ、と朝加ショーコはバッサリ切り捨てた。

ショーコが生きて戦えるうちに復活したなら対処する気はあるが、遠い未来の約束なんて結ぶ気は無いのだ。

邪悪な古代ボスが復活するのも、それを新世代の若いヒーローが倒すのも、朝加ショーコは展開としては熱いと思っているタイプの人間だった。

だからこそ、この邪悪な灰色の怪物体を完全破壊せずに物置に保管しているという一面は否定できなかった。

もちろん、シズエが完全破壊したいと言い出したら止める気は無いが、灰色の怪物体の真実を積極的に話すつもりも無い……という塩梅だ。

 

 

「私らしさ、ねぇ。ま、基本的には良い言葉だと思うよ。でも、それに縛られ過ぎるのも考え物だと思う」

 

女の子だって暴れたい、というキャッチフレーズを朝加ショーコはどこかで聞いたことがあった。

番組のタイトルまでは覚えていないが、ショーコの生まれる前の作品だったかもしれない。

 

なぜそんなキャッチフレーズが生まれたのだろう、と考えてみると、当時の人間たちの持つステレオタイプが見えてくる。

少なくとも女の子というのは、殴り合いの大立ち回りをするような存在ではないと見做されていたのだろう。

だからこそ、そういったステレオタイプに対する反旗が支持された。

 

そして……「女の子」という部分は別に重要ではないのだ。

そこを男の子に変えても良いし、大人や子供に変えてもいい。

男の子だって守られる側になってもいい。

大人だって遊んだり御菓子を食べたりしてもいいのだ。

 

そんなふうに多種多様なステレオタイプに対して反論するのもヒーローの役回りの一つだ、と朝加ショーコは説明してやった。

そのうえで。

 

 

「ステレオタイプって他人から押し付けられることが多いけど、『私らしく』って言いながら自分を縛り付けるのに使っちゃう囚人も居るからね。薬なんかと一緒で、何事も適量が大事だよ」

(変化を恐れるな、という事か。何でもないことのように言ってくれるが、それは長く生きてみると意外と実践できないものだよ。それに現実問題として、人魚を救う薬も適量には足らないわけだしね)

 

グランオーシャンの記憶封印装置とも、根が近い問題ではあるのだろう。

永い時を生きる人魚にとって、人間たちの生まれて死んでいくペースは速すぎる。

人魚たちの心が壊れてしまうのは、その変化速度についていけないから、という面は確かにあるのだ。

 

 

「いや、人魚の国は救えるぞ」

(なんだって? ……と御約束で言ってみたが、ショーコ君なら本当に秘策がありそうだね。今度はどんな魔法を使うんだい?)

 

確かに、黒い種だけでは人魚の国は救えないだろう。

摂取量を増やすにしても、怪人カナシミーナが生まれる関係上、それを倒す手間を考えたら大量摂取は難しい。

だが、それは黒い種だけでグランオーシャンを救おうとした場合の話だ。

他の手段と併用する形をとれば、その限りではない。

 

 

「あたしは、御都合なファンタジー要素で強引に一発解決するのも好きなんだけどね。

今回は……地に足がついた、人類とニチアサ民の英知をローラちゃんに授けてやったよ」

 

ニヤリ、と悪戯好きを思わせる表情を見せながら。

朝加ショーコは、やはり軽々しく笑った。

薄暗い物置部屋の中が……少しだけ、明るくなったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りのバスの中で。

隣の席で爆睡する夏海まなつのヨダレをハンカチでふいてやりながら。

ローラ・ラメールは今回の旅の内容を頭の中で反芻していた。

 

絶望に心を囚われる瞬間もあったけれど、無事に黒い種を入手できて本当に良かった。

そう思いながらハンカチをポケットに入れようとして、妙な違和感に気づいた。

ポケットの中に、いつの間にか茶封筒が入っている。

 

まぁ、まなつの仕業ではないだろうから、ショーコかシズエのどちらかだろう。

ローラは、何気なしに茶封筒を開いて中身の手紙を読み始めた。

 

 

 

――唐突だけど、あたしたちニチアサ民は特定の作品にドハマリした後、一年間でその作品が終わってしまうのを嘆く気持ちになることがあるんだ。

――電王ロスとか、キョウリュウジャーロスとか、そんな感じで。

 

「なによ、それ。……本当に唐突すぎる話題ね」

 

目の前にショーコがいる訳でもないのに、思わずバスの中で呟いてしまったローラだった。

相も変わらず、まなつはローラの隣で安眠を貪っていた。

 

 

――そういう時のために、人類とニチアサ民が英知を結集して辿り着いた最強の呪文がある。それは、『ありがとう』だ。

――生まれてくれて、放映されてくれて、あたし達に出会ってくれて、最後まで物語を完走してくれて、その全部に対して『ありがとう』って言うんだよ。

――そうすることが、あたし達自身の心を寂しさから守ることになるし、翌年の番組を楽しむ気持ちにも繋がる。

 

――きっと、人魚と人間も一緒だと思う。

――悲しみの種だけだと人魚の国が救えるか分からないから、その呪文も教えてやるといいよ。

 

 

――予告する! ローラちゃんは必ず、グランオーシャンを救った偉大な女王になる!

――朝加ショーコより

 

 

 

……一度だけでは内容が呑み込めず、もう一度だけ頭から手紙を読み直してしまったローラであった。

書いてある内容は、分かるような、分からないような……。

突飛なことのようであり、でも当たり前のことのようでもあり、ちょっと考える時間が欲しいとローラは感じた。

 

 

「本当に、そんな簡単なことでグランオーシャンが救えるのかしら……?」

 

怪しいものだ、という率直な疑念が口から零れてしまった。

ぶっちゃけ、ただの精神論では??

本当に効果が見込めるのなら、女王の代理で人魚学校の臨時講師に行くときにでも、人魚たちに広めてやるのだが。

 

ローラは手紙を茶封筒に入れなおし、ポケットへと収めた。

隣を見ると、やはり夏海まなつが眠りこけていた。

 

 

「最強の呪文、ねぇ……」

 

分からない。

そんなことで、本当に人魚の悲しみと寂しさが和らぐのか?

 

 

――ありがとう。また会いましょう……!

 

ローラとて、何度か口にした経験がある言葉ではあった。

一番思い出深いのは、トロフェスの後にトロピカる部の面々に対して言った時のことだ。

だが、自分自身の心を守るだなんて用途が本当にあるのか??

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに揺られながら、そっと。

 

 

夢の中にいる夏海まなつを横目で視界に収めつつ。

 

 

ローラは、覚えたての呪文を唱えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………なんだか、永遠に思える道のりだって、歩いていける気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
???「黙れ」(ドス声)

*2
「色々凄いモノみたいだし、何かの薬の材料になったりしないかなぁ……?」

*3
カーレンジャー理論

*4
キュアサマーは媒体によっては、扱いが白だったりレインボーだったりする模様




・今回のNG大賞

みんなで楽しく夕飯を食べながら。

ショーコ「このカレーってさ、実はあのカエルの肉が入ってるんだ」
まなつ&ローラ「「げほっ!!?」」

※嘘です。




次回予告!

ショーコは、同級生の菱川ユイの身に降りかかった悲劇を知る。

伝説の黒包丁の使い手が現れ、料理対決で敗れた菱川家は家族経営の飲食店を潰されてしまったのだ。

そんな黒包丁の使い手を成敗するため、夜野シズエが料理勝負の矢面に立つこととなるが……!?

黒包丁に隠された真実が明らかになる時、ショーコとユイの声が重なる。「「おばあちゃんが言っていた……!」」

次回『Cheers! お前の料理は豚の餌ァァァァァッ!!』 ごはんは笑顔♡みんなあつまれ! いただきます!!

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