ゆい、その女は誰コメ?
コメコメ以外の女とシェアリンエナジーしたコメ?
ゆいに擦り寄る意地汚い女狐は皆、コメコメが潰したもち米みたいにしてあげるコメ
幼き日に、ふと和実ゆいは疑問に思ったことがあった。
おむすびというのはご飯を外に持っていくための料理だ、と母親から聞いた時に思ったのだ。
でも、和実家の人達って家の中でも頻繁におむすびを食べてるよね……?
幼いながらに抱いた違和感を、ゆいは上手く言語化することが出来なかった。
未就学児の言語能力では、それを十分に説明することは難しかったのだ。
それでも、祖母と二人だけの時に拙い言葉で何とか説明してみた。
奮闘の末に、祖母は違和感のタネを理解してくれた。
祖母は仏壇の線香の火を消して、供物皿に置いてあったおむすびを孫娘に渡してくれた。
ご飯を食べる時の笑顔を仏壇の皆にも分けてあげるためだよ、と祖母は説明した。
線香の放つ独特の匂いが、和実家の中に溶けて消えていった。
幼い孫娘は、祖母の言っている意味を理解できなかった。
かろうじて分かったことと言えば、手渡された
どこからともなく生まれたおむすびの妖精さんが、微笑んでいた。
ゆいが祖母の言葉の意味を理解したのは、ずっと後のこと。
その祖母が、仏壇の向こう側の人になった時だった。
和実ゆいは、自室で朝日を浴びながら目を覚ました。
なんだか懐かしい夢を見ていた気がしたが、内容までは覚えていなかった。
本日の予定を思い出してみるも、その日曜日の和実ゆいのスケジュールは清々しいまでに空白だった。
普段は同級生らの部活の助っ人に入ったり、友達と出かけたりすることが多いのだ。
しかし、本日に限っては何も予定が入っていなかった。
こんな朝って久しぶりかも、なんて漏らしながら。
何も予定が無い日には
芙羽ここねだったら、静かに本を読んでいるかもしれない。
華満らんは、弟妹と一緒に遊んでいそうだ。
菓彩あまねは空手の稽古あたりだろうか。
クッキングダムに帰ったコメコメたちは、おかず池で釣りを楽しんでいたりして?
それぞれ個性があると思いつつ……あまり参考にならない面々だった。
とりあえず、こういう時は品田家に遊びに行くのが鉄板だ、と和実ゆいの経験則が言っていた。
幼いころから御近所さんとして兄妹同然に育った品田拓海の顔が思い浮かんだ。
せっかく時間もあるし、仕込みに手間暇のかかる料理でも教えてもらうか。
……なお、ここまでの内容を和実ゆいは朝食をとりながら思考していたりする。
朝食を食べている最中から昼食のことを考え始めているあたり、色々と筋金入りとしか言い様がない……。
何はともあれ。
そんな予定とも言えない予定を立てつつ、品田家に電話でアポを入れて。
ゆいは和実家を出た。
出ようとした。
「おやっ……」
「どちらさま?」
自宅の扉を開けたその瞬間に、ゆいより少し年下ぐらいの女の子と目が合った。
背中にかかる長さの小豆色の髪を一本にまとめた、釣り目気味の子が、和実ゆいの顔を見て固まっていた。
まさに呼び鈴に指をかけて、鳴らす間際という姿勢のままで、来訪者はこちらを見ている。
傍らに置かれているバスケットは、この子の持ち物なのだろうか。
知らない顔だ。
そのはずなのに、どこかで見たような気もした。
何とも言えない不思議な感覚に、小首を傾げてしまった和実ゆいだった。
近所に引っ越してきた子が挨拶まわりに来た、とか……?
一方、ゆいの顔を見て先程まで驚いていた女の子が、いつの間にか目に一杯の涙をためて立ち尽くしていた。
その反応にも妙な懐かしさを感じた。
ただならぬ事情を抱えていそうだ、と直感的に察した和実ゆいであった。
「上がっていく? お話だけでも聞くよ?」
「お邪魔します!」
何にしても、話を聞いてみないことには始まらない。
バスケットを手に和実家の敷居をまたいだ客人が、妙にキョロキョロと家の内装を見渡しているのが気になったりして。
この反応も前に見た気がするなぁ、なんて思わされる一幕もあって。
とにかく、居間まで来訪者を通した和実ゆいであった。
畳敷きの居間で、テーブル越しに正面から向き合って話を聞こう、と和実ゆいの中の常識的な部分が主張した。
そのうえで……ゆいは、客人と一緒に縁側に座る選択をした。
この小さな客人とは正面から向き合うのではなく、縁側に座って同じ方向を向きながら話した方が良い気がしたのだ。
よくお祖母ちゃんも縁側に座っていたっけ、なんて懐かしい記憶が脳裏をよぎった。*1
「もう知ってるかもしれないけど。あたし、和実ゆいだよ」
「私は……サナエです! ええと、何から話せば良いやら……?」
小さな客人は、名乗り返す時に少し言い淀んだ。
苗字を言わずに名前だけを伝えるというのも、訳アリだと言わんばかりだった。
あえてサナエとは目を合わせずに、縁側に座ったままで、ゆいは次の言葉を待った。
サナエは、言葉を喉に詰まらせている様子だ。
「大丈夫、ゆっくり話して。お祖母ちゃんが言ってた。おむすびは見ただけじゃ中身は分からないけど、中身を想像する時間も楽しい、って」
「やっぱり小細工なんて柄じゃないですね! 率直に言いますと、世界を救うために未来から来ました!」
小細工なんて柄じゃない、という言葉から察するに、サナエは発言内容が
それを承知のうえで、まず重要な情報を投げつけてしまおうという直球作戦に出た模様だ。
一方、ゆいはあまり驚かずに非現実的な展開をそのまま呑み込んだ。
「それと私の正体は、何を隠そう……ゆいさんの孫です!」
「そっか。……そうだったんだ」
腑に落ちたというか、既視感の正体が分かったというか。
サナエの様子は、かつてコメコメ2世の力でタイムスリップしたときの和実ゆいの振る舞いそのものだったのだ。
よく知っているはずの実家の中だからこそ、僅かな内装の違いに目が行ってしまうのだろう。
それに、大好きな相手に「どちらさま?」なんて言われたら悲しくもなる。
ゆいの姿を見たときには少し大人しいリアクションだったが、どちらかと言うと快活な方が素のテンションのようだ。
「信じていただけるんですか?」
「信じるよ」
ひょっとすると、
もう確認する術はないが……ゆいは無根拠にそう思った。
少しだけ涙ぐんでいるサナエの言葉に嘘は無さそうだ、と腹の底から思えたのだ。
……なのだが、未来から子孫が来る理由には心当たりが無かった。
ゆいが20年前に行ったときには、クッキングダムのシナモンが冤罪を吹っ掛けられるという異変があって、それが現代の大事件に繋がっていた。
20年前の人達も暗雲の匂いを嗅ぎ取っていたからこそ、おいしーなタウンの招き猫に大規模な仕込みを用意したわけで。
それに比べると、現代の和実ゆいの視点では、未来の大事件に発展しそうな火種があるようには見えないのだ。
「私たちの時代は、カナシミーナという怪人達の脅威に晒されているんです!」
知らない名前が出てきたので、ゆいは説明の続きを求めた。
どうやら、黒い種子から生まれる無数の怪人達によって、人類は生存を脅かされているらしい。
まだ人類滅亡が決定的という訳ではないが、かなり旗色が悪いようだ。
「この時代で、まだそんなに凶悪に進化していない黒い種のサンプルを回収すれば、突破口になるかもなんです!」
「過去を変えちゃうと、何か良くないことが起こるんじゃなかった?」
ゆいは、仲間達と一緒に20年前へ行ったときに、似たような話を聞いた覚えがあった。
もっとも、当時の和実ゆいは
朧気な記憶として、過去を変えてはいけないという趣旨の注意を受けた気はするのだ。
「私が直接過去を変えるのは非常に危険です! でも、この時代の人に頼んで行動してもらうのはギリギリセーフです! ……たぶん!」
最後に不穏な一語が聞こえた気もしたものの。
おそらくサナエの方でも、確証が持てずに喋っている部分はあるのだろう。
そもそもコメコメ1世が突然変異的に生まれたイレギュラーである以上、2世や3世が同じ能力を持っていると確定している訳でも無いだろうし。
ましてや試行回数が少なすぎる時間旅行ともなれば、細かいルールに関しては憶測で話すしかない場面はどうしても出てくる。
なので、サナエが時間旅行に対して曖昧な認識しか持っていないのも、仕方ないのかもしれない。
あと、物体を未来に持って帰って大丈夫なのかという疑問も出てくるが、コレは問題なかったりする。
ゆい達が20年前で食事をして帰ってきても問題なかったところから察するに、口に入れて持ち帰るのは確実にセーフだ。
というか、そもそも物体を持ち込む際の制約があまり無いタイプの時間旅行なのだろう。
「そして、聡明な私には分かります! お祖母ちゃんの腕力によって全てを解決してもらうのが最適解です! お祖母ちゃんの
「えへへ~? そっかぁ。
拳を握って力説する孫娘は、全幅の信頼を祖母へと寄せている様子だった。
その姿を目の当たりにして、和実ゆいは何とも言えぬ心地良さを感じ取っていた。
こそばゆい、とでも言うべきか。
何としても孫娘の力にならねば、と思わせる何かを和実ゆいは感じ始めていた。
「その黒い種の場所は分かってるの?」
「この時代で黒い種を隠し持っている人たちのアジトなら調べてあります!」
縁側に置いていたサナエのバスケットを机代わりにして、和実家にあった地図を広げながら。
指さされた先は……おいしーなタウンの又隣の街だった。
ちょっとした遠出になりそうだ、と和実ゆいは察した。
そうなれば、やるべきことは一つ!
「遠出なら、お昼ゴハンを持って行かなくちゃ!」
「実は持参している分があるんですけど、お祖母ちゃんの健啖ぶりを考えたら有った方が良いですね!」
……と、ここまで話してから、ゆいは何かが脳裏に引っかかった。
お昼ゴハン、という単語を発した瞬間に、忘れている記憶が呼び覚まされたのだ。
そういえば、お昼ゴハンに何か手間のかかるものを、みたいなことを考えていた気がする。
そこまで思い出して、ゆいは気付いた。
品田家に行くという連絡をした直後にサナエと話し始めたので、拓海が家で待ち惚けている……!
「そういえば、拓海と会う約束してたんだっけ。丁度いいから拓海にも物探しを手伝ってもらうね」
「拓海さんですか……。まぁ居たら居たで便利ですけど……」
一緒に品田家に寄ろう、と思い立った和実ゆいだったが、サナエの歯切れの悪さが気になった。
ゆいの孫なら拓海と面識があっても不思議ではないだろうが、未来で何かあったのだろうか?
とりあず、サナエの言葉の続きを促してみた。
「あの人って、お祖母ちゃんのことになると急に心配性になるじゃないですか!
今回の件を話しても『そんな怪しい奴を信じて大丈夫か?』とか『ゆいは知らない人をもう少し疑え』とか言い出しそうで面倒くさいです!」
「そうかなぁ……? 拓海は優しいし、力になってくれると思うけど……?」
孫を名乗る不審者は、どうやら自身が怪しい奴だという客観視が出来ている模様だ。
見た目の年齢的には10歳程度なので、孫よりも妹を名乗った方が違和感が無さそうな不審者である。
ゆいとしては、全幅の信頼を置く幼馴染が面倒くさい奴として扱われているのが、新鮮なような残念なような……複雑な心境である。
そして、「噂をすれば」というヤツで。
「ゆいー? 遅いから様子を見に……って、どうしたその子? 迷子か?」
一向に顔を見せない和実ゆいを心配して、品田拓海が和実家まで迎えに来てしまったのだ。
普段は呼び鈴を鳴らしてから玄関経由で入ってくる拓海だが、今回はその限りでは無かった。
ゆい達が縁側に座って話し込んでいるのが外から見えたので、拓海は玄関を通らずに直接ゆいとサナエを発見出来てしまったのである。
「拓海、聞いて! この子、未来から来たサナエちゃん! あたしの孫なんだって!」
「なんだって……??」
根耳に水と言わんばかりに驚いた拓海は、数秒後には怪訝な面持ちで和実ゆいとサナエを見比べていた。
次に、「そんな与太話をどうして信じたんだ??」というツッコミを飲み込んだ顔を見せた。
そのレベルの与太話を信じても不思議じゃない奴だ、と目の前の幼馴染の性格を踏まえて思い直したのだろう。
それでも、いくらなんでも物申したいと思ったようで。
「ゆい……。前から言おうと思ってたけど、もう少し初対面の人には警戒心を持った方が良いんじゃないか?」
「まぁやっぱりそうなりますよね!」
「もう、拓海は心配性すぎるよ!」
流石に一言一句同じとは言わないまでも、サナエの予想したのと大体同じセリフを口にしてしまった品田拓海なのであった……。
マリちゃんの時にも和実ゆいの人柄を危ういと感じていた品田拓海なので、将来的にも口を酸っぱくして言い続けることになる台詞だろう。
下手をしたら半年に一回ぐらい言う羽目になるかもしれない。
あと、ゆいは恋心に疎いので気付いていないが、拓海の心配性は誰彼かまわず発揮されるわけではない。
困っている人を見かけたときの世話好きは万人に対して発揮されるが、心配性の対象は限定的である。
意中の相手である和実ゆいが絡んでいるからこそ、拓海は慎重になっているのだ。
もし先程の「あたしの孫」という発言をしたのが和実ゆいではなく華満らんだったら、たぶん拓海は「年下の子に
……らんらんの賢さと人望に問題がある訳ではない。たぶん。
きっと、らんらんには地に足がついたステータスよりも素敵な輝きがあるはずだ。きっと。たぶん。おそらく。メイビー。
でも「あたしの孫」発言をしたのが菓彩あまねだったら、品田拓海は「非現実的な話だけど菓彩が言うならそうかも……?」ぐらいに思ったはずだ。
やっぱり賢さと人望は大切かもしれない。
ここねに関しては、拓海との絡みが少なかったので何とも言えない……。
とりあえず、ここね原理主義者の皆様なら「芙羽様が自称未来人の不審者に騙される訳ないだろ!!」とか言いそうである。
「でもでも! 聡明なサナエちゃんは、こういう時のための秘密兵器を用意しているんです!」
「自分のことを聡明って言う奴が実際に聡明だった
調子の良いことを言い始めた自称未来人の不審者に対して、だんだん扱いが辛辣になっていく品田拓海……。
なんだろうなー、なんて言いながら期待に目を輝かせている和実ゆいと比べると、酷い温度差である。
ここで、サナエは持参していたバスケットを開き、中から秘密兵器を取り出した。
ラップに包まれた秘密兵器の正体は……おむすびだった。
サナエの片手に収まらないサイズの特大おむすびが、お出しされたのである。
「やたらと大きいな……?」
「元々お祖母ちゃんのために用意した秘密兵器ですので、このサイズです! まさか別の人に使うとは思いませんでしたけど!」
「えっ? それ、あたしの説得のために用意してくれた物なの!?」
ご飯を1合分ぐらい使っていそうな、特大おむすびだった。
そして、拓海としてはサナエに対する信用度が20%ぐらい上がった瞬間でもあった。
和実ゆいの食べる量が多いのは、幼馴染として拓海もよく知るところだからだ。
おむすびというチョイスも順当だ。
だが、そもそもこの不審者の持ってきた物を食べて、本当に大丈夫か??
そんな拓海の躊躇いを察したのか、すっと人差し指で天を指しながら、ゆいが口を開いた。
「お祖母ちゃん、言ってた。
まずは一口食べてみろ。味見が大切なのは料理も人間も一緒だ、って」
「ゆい……お前は自分が腹ペコってるだけだろ」
少しだけ躊躇した拓海だったが……恐る恐る口にしてみた。
とりあえず、危険物や異物が入っているという心配は無さそうだ。
塩加減は常識的だと感じた。
若干握りが強めに思われたが、形が崩れないようにという意外な几帳面さの顕れなのかもしれない。
食べ進めていくと、具に行き着いた。
果たして、秘密兵器の中身は……?
「なるほどな」
物欲しそうに見ていた和実ゆいへと、特大おむすびの残りを手渡してやって。
口元に付いた米粒を取りつつ、拓海はサナエへと向き直った。
ゆいのデリシャスマイルを何も言わずに見守っていた自称未来人は……少しだけ名残り惜しそうにしつつも、拓海の方へは得意顔を返した。
「ふっふっふ! 信用していただけたようですね!」
「凄い自信だな。ひとまず悪い奴では無いと分かったけどさ」
未来人の御自慢の秘密兵器は、拓海の信用を買うのに十分な性能だった。
特大おむすびの具は、赤味の綺麗な白身魚……シャケだったのだ。
和実ゆいのために用意したという触れ込みを踏まえれば、ゆいの好物を押さえているのは高評価である。
美味しそうに特大おむすびを食べている和実ゆいの笑顔が、答えなのだろう。
「おむすびのシャケに醤油を少しだけ混ぜるの、よねさんも昔やってたな」
「それ、お祖母ちゃんから聞いたことあります!」
加えて、シャケと醬油の風味に紛れて限りなくゼロに近くなってしまっている最後の要素を、拓海は確かに理解していた。
特に言及しなかったが、未来のおむすびには拓海を信じさせる要素がもう一つだけ混じっていたのである。
しかし拓海はそれを口に出さなかった。
ゆいが気付いていない様子だったこともあり、言わない方が良さそうだと思ってしまったのだ。
未来から来たという話自体を十割信じる訳ではないが、和実ゆいの縁者ではありそうだ。
それが品田拓海の判断だった。
こうして……和実ゆいの孫を名乗る少女を交えて、おいしーなタウンを後にした3人なのであった。
まだ知る由もない。
未来には、数々の苦難が大口を開いて待ち構えていた……。
『ふたりはVSプリキュア!』
番外編:Cheers! あたしがおばあちゃん!? 未来へ結ぶ想いのバトン!
バスを乗り継ぎ、ちょっとしたピクニックと呼びたくなるような距離を歩いて。
胡散臭い未来人に連れられて辿り着いた先は……何の変哲もない民家だった。
2階建ての、全く怪しいところが無い一軒家である。
皆様お察しの通り、朝加家だ。
拓海はサナエへと疑いの眼差しを突き刺した。
本当に、この民家に歴史を左右するような危険物が眠っているというのか?
なお、実は黒い種よりも危険度が高い厄ネタも安置されていたりするのだが、知らぬが仏というヤツだ。
どう考えても筋肉ガエルの木乃伊の方が特級呪物である。
「危険物でも、意外と日常に溶け込んでしまうものです! 不発弾みたいなものですね!」
本当かよ、とツッコミたくなる話ではあったが。
言われてみれば、おいしーなタウンでもスペシャルデリシャストーンの持ち主が行き倒れていたりしたので、あまり他所の事は言えないのかもしれない。
ケットシーやフェンネルの起こした事件も踏まえると、スペシャルデリシャストーンも大概な危険物のはずなのだ。
その辺りは突っ込み始めるとキリが無いので、あまり深掘りしない方が良いのだろう。
「それで、黒い種を回収する手筈は? 作戦とかあるのかよ?」
「自慢じゃないですが、私は搦め手の類は全くダメです! お祖母ちゃんに似てるってよく言われてました!」
お前、ゆいに似てるって言われて育ったくせに、聡明を自称してんの???
ひょっとすると、未来では聡明という言葉の意味が違うのか?
頭が痛くなった品田拓海であった。
思わず、渋い物でも食べたような顔をしてしまっていた。
というか、サナエの初期プランだと、ゆいと二人旅の予定だったのでは?
脳筋二人で、どうやってミッションをクリアする気でいたというのか?
A:ゆいは、そんなことは疑問にすら思わない。
ピンポーン
「ごめんくださーい! カナシミーナの種ってありますかー?」
話し込んでいた二人を置き去りにして、ゆいが民家の呼び鈴を押して普通に大声を出している!
これには、流石の拓海たちも度肝を抜かれた。
警戒心などというものとは縁も所縁もない様子で、和実ゆいは正面から交渉する気満々のようだ。
「ゆいっ!?」「おばあちゃんっ!?」
とっさに拓海とサナエは、和実ゆいの両腕を抱えて付近の物陰へと連れ込んだ!
背中まで冷や汗をビッシリかいている二人の焦りを、ゆいはあまり理解できていない様子である。
「お前なぁっ!? 相手はとんでもない危険物を抱えてるんだぞ!? 少しは慎重になれよ!?」
「今回ばっかりは、私も拓海さんと同意見です! 幸い留守っぽいから良かったものの!」
「そうかなー? 話してみたら譲ってくれるかもしれないよ?」
呼び鈴の音が響いたあとも住人の気配が無いところから察するに、家の中には誰も居ないようだ。
常識的に考えれば、住人が帰ってくるのを待つという選択が妥当だろう。
まぁ残念ながら、今回に限ってはその手段は使えない訳だが。
「言っておきますと、持ち主の帰りを待つのは非推奨ですよ!
コメコメが目を覚ました時点で私は未来に戻されますし、お祖母ちゃんたちの記憶は封印されますからね!」
思い返してみると、ゆい達はコメコメ2世の力で20年前に戻った時にも、マリちゃんから同じ説明を受けた気がした。
詳細なタイムリミットは不明だが、リミットが訪れた時点で和実ゆいと品田拓海は記憶を封印され、ミッション続行は絶望的となる。
つまり、この一軒家の住人の帰りを待つというチョイスは避けたい。
なお、首を捻って打開策を考えたのも数分の話で、あまりにも呆気なくミッションは達成されたりするわけだが。
ゆいが2階ベランダの植木鉢の存在に気づき、塀を登って植木鉢に指を突っ込んだら、あっさりと黒い種子を入手できてしまったのだ。
マネしちゃダメだよ、なんて言い聞かせながら、ゆいは孫娘へと黒い種を渡してやった。
ゆいを幼少期から知る拓海としては、少しばかり違和感のある展開であった。
特級危険物とはいえ窃盗という行為に対して、和実ゆいならもう少し渋るのではないか、と拓海としては思えたのだ。
だが同時に、なんだか和実ゆいの気持ちも分かるような気がした。
小さい頃に祖母をえらく慕っていた和実ゆいは、自身を「お祖母ちゃん」と呼んでくる孫娘が可愛いのだろう。
そんな孫娘の前で、頼りになる姿を見せたいという小さな見栄が胸にあるのかもしれない。
仲睦まじく笑っている和実ゆいとサナエの姿を見ていたら、細かい事は言いっこなしだな、なんて思えてしまった品田拓海なのであった……。
……と、ここで間の抜けた音が聞こえた。
腹の虫が鳴く声だ。
腹ペコった~、なんて言いだした和実ゆいを連れて。
腰を落ち着けられる場所を求めて、3人は朝加家を後にしたのであった。
さすがに、盗みを働いたあとで現場に留まって昼食を食べ始めるほど図太くは無いのだ……。
なのだが。
そうは問屋が卸さない、というヤツで。
3人が数分歩いて、人気のない廃工場へと腰を落ち着けようとした……そんな少しばかり気が緩んだタイミングで。
本当にいつの間にか、音も無く……3人から10メートルあるかどうかという地点に、その人影は立っていた。
拓海たちも一瞬だけ見間違いかと思ったが、漆黒の長髪を腰まで伸ばした少女が、無言のままで3人を観察していたのだ。
その服装は、黒の下地に紫の上着を重ねて、全体的にフリルも付いた出で立ちで。
「「プリキュア……?」」
思わず、ゆいと拓海の声が重なってしまった。
静かに3人を観察している人物の格好は、クッキングダム由来では無いだろうが、プリキュアのように思えた。
そして、冷たい眼差しは……どうにも、好意的なものには見えなかった。
「……そちらの小さい貴女。カナシミーナに類する何かを隠し持っているわね。渡してもらうわ」
感情を窺わせない平坦な声で、紫のプリキュアは要求を一方的に突き付けた。
不思議な圧力を感じさせる目力に、3人は各々危機感を抱いた。
黒い種を隠したバスケットを抱えて、サナエは後ずさった。
「お願い、話を聞いて!」
怯えている孫娘を守らんと、ゆいが矢面に立って紫のプリキュアの説得を始めた。
未来から孫娘が来ていて、世界を救うために黒い種が必要だ、というぐらいしか情報量は無かったが。
それでも、和実ゆいは精一杯説明した。
「……荒唐無稽ね。私にそれを信じろ、と?」
ダメかも。
ゆい自身も、説明しながら思ったのだ。
この情報量で知らない人を説得するのは厳しいんじゃないか、と。
案の定、紫のプリキュアを説得するには至っていない。
仕方ないので、ゆいはサナエのバスケットの中から秘密兵器をもう一つ出してもらった。
「コレを食べて、信じて! 未来のおむすびだよ!」
ゆいは、渾身の説得コマンドを選択した!!
紫のプリキュアは、困惑している!!
会話や説得の文法が違い過ぎて、対応に困っているのだ。
とはいえ、今の和実ゆいに出せる最大限の誠意なので、ゆいとしては大真面目である。
「…………貴方、洗脳でもされているの? まるで、この世界の童話に出てくる黍団子ね」
特に意味のない風評被害が黍団子を襲う……!
これは、宜しくない。
不信感を多分に含んだ視線を浴びれば、他人の機微に鈍めの和実ゆいでも多少の精神的ダメージは受けるのだ。
世界観が違うというか、ノリが違うというか。
どう会話を転がしたとしても、紫のプリキュアが特大おむすびを食べてくれる気がしない。
「やめとけ、ゆい。どう考えてもアイツの言ってることの方が正しい」
行き詰まった和実ゆいとプリキュアの間に割って入ってきたのは、白のタキシードを着こんだクックファイターだった。
クッキングダム製の戦闘装束を着込んだ、品田拓海のもう一つの顔である。
クックファイター・ブラックペッパー。通称ブラペだ。
ゆい達が話し込んでいる間に、物陰で装備変更してきたのだろう。
そんなブラペの姿を目の当たりにして、無表情を貫いていたプリキュアがほんの少しだけ眉根を寄せたような……?
「ごめん、ブラペ。話し合いで解決したかったけど、どうしたら良いか全然わかんない……!」
「残念だが今回ばかりは、オレたちが悪者の快盗だ」
快盗ブンドル団と戦ってレシピッピたちを守ったのが、和実ゆい達の扮したプリキュアチームだったはずなのだが。
今回は、完全に構図が逆転してしまっていた。
ゆい達は黒い種を盗んで、追われる身なのだ。
「快盗といえば、この時代に大流行したという鉄板ネタは調査済みです! ブンドル!! ブンドルー!!」(クソダサポーズ)
「「歴史が捏造されてる!?」」
その瞬間、どこかで菓彩あまねが唐突な悪寒を感じて身震いしたという。強く生きて……。
あとセクレトルーもクシャミぐらいしたかもしれない。
そんな寸劇はともかく。
紫のプリキュア……キュアサイレントが、自身の影を細長いムチのように伸ばしてブラペへと先制攻撃を仕掛けた。
2本のムチの波状攻撃を回避しつつ。
ブラペは、ムチの当たった瓦礫がスッパリと切断されたのを見て肝を冷やした。
一応マントで防御するという選択肢もブラペにはあるのだが、なるべく回避した方が良いかもしれない。
牽制がてら、ブラペが掌から光弾を放ってみるも、身の丈ほどの円盾へと練り上げられた影で防がれてしまって。
かなり分が悪い、とブラペは感じ始めていた。
斬撃ムチの攻撃を紙一重で回避しながら、必死に頭を回した。
中距離以上の攻撃はブラペ側からは殆ど通る見込みが無いので、インファイトに持ち込まなければジリ貧だ。
なのだが……攻防一体の2本のムチが、ブラペの接近を的確に阻む。
しかも相手には身の丈ほどの影盾を張るという選択肢もあるのだ。
ブラペの感覚として言えば、「ヤムヤムの能力を併せ持ったスパイシー」を相手にしているに等しい。つらい。
まだ、「スパイシーの能力を併せ持ったヤムヤム」なら楽だったかもしれないが……。
幾度となくムチの斬撃を回避し、時に少しずつ身を削られ、ブラペは段々と追い詰められていった。
懸命に知恵を振り絞って、ブラペは考えた。
何か……打開策は無いのか。
2本のムチの動きに翻弄されながら、ふとブラペは違和感に気づいた。
ムチに使われている影と、身の丈ほどの円盾の影では、必要な影の体積は全く違うはずだ。
線と面の違い、と言ってもいい。
1メートルを超えるサイズの巨大盾を作れる量の影があるのならば、ちまちまと2本のムチで斬撃なんてしなくても、もっと豪快に面制圧ができるハズでは?
自身の勘と考察を信じたブラペは、牽制用の光弾を掌から放った。
続いてブラペ本体も光弾の後ろから突撃した。
そして、サイレントが大きな円盾を作って光弾を防御した次の瞬間に。
ブラペは、光弾の命中地点とは別の場所へと渾身の右ストレートを叩きこんだ。
硬くて薄いものが砕ける時に特有の音を響かせながら……ブラペの右ストレートは、影盾を貫いてサイレントの鳩尾へと直撃した。
やはり、そうだ。
サイレントの巨大盾は、見た目ほどの防御判定が無い……ハリボテなのだ。
もちろん光弾を弾いたところを見るに、甘めにみて直系50センチ分ぐらいはガチガチなのだろうが、身の丈ほどの盾の全体が硬い訳では無い。
だからこそ、光弾を防御した地点と別の部分を殴ったら、あっさり貫通できてしまったのである。
立て直す暇を与えずに、ブラペは追撃の左拳を放った。
……その瞬間に、サイレントと目があった。
ぞくり、と。
ブラペは背筋が凍りついた。
急所にブラペの渾身の右拳を受けた直後のはずのサイレントは、その瞳に何の感情も見せなかったのだ。
恨みも屈辱も、それどころか痛みやダメージすら存在しないのでは、とブラペは刹那の間に恐れに呑まれてしまっていた。
ブラペの振り切った追撃の左拳が宙を切ったのと同時に、腰を落としながらサイレントの放ったアッパーが、ブラペの下顎を砕いた。
意識が、飛んだ。
まるで昭和のボクシング漫画のように、ブラペは身体ごと宙に浮かび上がってしまっていて。
そんな文字通り地に足のついていないブラペを待ってくれるような優しさは、サイレントには無かった。
錐揉み回転しているブラックペッパーへと、小ジャンプで肉薄したサイレントは。
身体のしなりを効かせて踵落としを放った。
意識すら覚束ないブラペの背中へと、吸い込まれるように踵が入って。
自由落下などとは比べ物にならない速度で地面に激突させられたブラックペッパーは、コンクリートを蜘蛛の巣のように割りながら地に伏した。
完敗だった。
俯せに倒れて動かないブラックペッパーへと、サイレントは何の感情も感じさない一瞥を向けた。
「……遠隔攻撃に頼り切りの相手は拳を使えない、と思ったのかしら」
……キュアサイレントが肉弾戦ができないと、いつから思っていた?
端的に言えば、そういうことである。
ブラペの判断は間違っていたとは言えない。
中距離戦では勝負にならないと踏んで、ブラペはインファイトを仕掛けたはずなのだ。
だが……心のどこかに都合のいい楽観があったのも確かだった。
変幻自在の斬撃での中距離戦を得意にしている相手なら、近距離戦は苦手であってほしい、と。
その辺りは、初代プリキュアとも似た部分があるのかもしれない。
オールスターズ系列の客演バトルを見ていると、ブラックはパンチばかり打つし、ホワイトは投げ技とキックばかりという印象が強くなってしまう。
しかし久しぶりに昔の映像を見てみれば、ブラックも投げ技を使うし、ホワイトだってパンチを打てるのだ。
そんな偏見で相手の戦力を見誤った者の末路が……ボロボロで倒れているブラペの姿だった。
「ひっ……!」
「拓海……っ!」
ゆらり、と静かに紫のプリキュアは二人の少女へと向き直った。
薄暗い廃工場の中で、幽鬼のように影が揺らめいた。
サナエは恐怖に身体を震わせてしまっている。
和実ゆいは、サナエの小さな身体を抱きしめながら、同じく震え上がってしまっていた。
目の前でブラペが叩き伏せられたのもショックだっただろうし、殺意の空中コンボも衝撃的だったのだろう。
人の命が軽めの作品なら、死んでいても不思議ではない攻撃である。
しかも、ブラペの渾身の右ストレートが急所に直撃したはずなのに顔色一つ変えないのも恐怖心を煽った。
黄昏の園に由来するプリキュアは変身解除時にダメージが消える*3ので、クール気取りの無表情女が変身するとゾンビ感が発生してしまうのだ。
本人が痩せ我慢をしているだけでも、敵対者からはそれが分からないので、不死身のターミネーターのような恐怖を与えてしまっているのである。
「サナエちゃんだけでも、種を持って逃げて……!」
それでも和実ゆいは、恐怖の化身へと立ち向かった。
近くにあった角材を拾って、剣術の心得など無いのが丸分かりの構えをとりながら。
目に涙を一杯にためて、それでも絶対に勝てない敵を見据えた。
「そんなことしたら、お祖母ちゃんがっ!!」
サナエとて迷っているのだろう、と和実ゆいは思った。
バスケットの中にある黒い種を渡せば見逃してもらえるかもしれない、と思いつつ、それは実行できないのだろう。
和実ゆいが見たことがない未来の世界に、きっと必要なものだからだ。
「
サナエは、逃げ出した。
ゆいの背中越しに聞こえた嗚咽の声が、遠ざかっていく。
和実ゆいは、死神から目を離さずに身構えた。
これから死ぬかもしれないと理解しても、なお退かなかった。
「……死ぬのが怖い、と膝が言っているわよ」
「お祖母ちゃんが、言ってた。
次の世代が壁にぶつかった時の手助けを自分達がして、それが続くことで、素敵な明日が来るんだって。
だから……あたしだって、絶対にサナエちゃんの力になってみせる!」
和実ゆい自身が、コメコメ2世の力でタイムスリップしたときに聞いた言葉だった。
死神が、静かに和実ゆいを見つめた。
ゆいの言葉を聞いた瞬間に、少しだけサイレントの瞳が揺れたような気がした。
「……信じ難い愚か者ね」
ゆいが気付いたときには、既に喉元に影の刃がピタリと押し当てられていた。
手に構えていた角材は、いつの間にか根元から両断されて地面に転がっている。
ブラペですら負けた相手に生身で勝てるはずもない。
次の瞬間には首が落ちているかもしれないと思うと、ゆいは気が気ではなかった。
それでも尚、ゆいはサイレントから目を離さなかった。
重く、苦しい沈黙が流れた。
一秒が永遠に思えて、どれぐらい睨みあっていたかも分からなかった。
「お前の負けだよ、影のプリキュア」
「……かなり強く殴った、と思ったのだけれど?」
沈黙を破ったのは……和実ゆいでもサイレントでもなかった。
満身創痍で今にも倒れそうなブラックペッパーが、気力を振り絞って立ち上がっていた。
父親から教わった回復術も使用しているのだろうが、本人の気力に寄るところが大きいように思われた。
傍から見たら、サイレントとブラペ達の勝敗は明らかだった。
ブラペに既に継戦能力は無く、ゆいは戦力外だ。
比べて、サイレントは少なくとも表面上はピンピンしている。
それでも……確信めいた口ぶりで、ブラペは勝利を主張した。
「確かに、ゆいはバカが付くほど正直だし、鈍感だよ。でも、いつだって、眩しいぐらい真っすぐだ」
「……」
荒い息を何とか整えながら喋っているブラペは、少しばかり意識が朦朧としているのかもしれない。
しかし、だからこそ……品田拓海の本心なのだろう、という力強さと説得力を帯びていた。
サイレントは、何も言わずに言葉の続きを待った。
「そういう奴だから、ゆいの事を……オレは好きになったんだ!
お前だってオレと同類だろ! ゆいを傷つけることを躊躇した、その時からお前の負けだ!」
サイレントは
それが、息も絶え絶えな品田拓海の出した答えだった。
一方のサイレントは……そんなものは都合の良い妄想だ、と吐き捨てることだって出来たはずだった。
ブラペの勝利宣言は、根拠の乏しい推測の上に成り立っている蜃気楼だ。
だが、ゆいの首に刃をかけたままでサイレントが立ち止まってしまっていたのも事実なわけで。
「…………度し難いバカばかりね」
大きく息を吐いたサイレントは、影の刃を収めて、明後日の方向へと視線を外した。
重苦しい空気が薄れて。
張り詰めていた緊張の糸が緩んで、ブラペは膝をついてしまっていた。
ようやく、殺伐としたやりとりが終わろうとしていた……。
自分自身に回復術を使いながら。
ブラペは、膝をついたまま動けなかった。
最後の格闘戦のダメージが一番大きいが、その前にも小さい斬撃をかなり受けているので、消耗は大きい。
そんなブラペのもとへと、ゆいが駆け寄ってくれた。
「拓海、さっきの言葉……!」
「さっきの?」
さっきの、と言われても一体どれのことやら。
ダメージが大きくてあまり頭が回っていないが、ブラペは思い直してみた。
すると……少しずつ冷静になってきた頭で考えたら、色々と恥ずかしいことを口走った気がしてきた。
――そういう奴だから、ゆいの事を……オレは好きになったんだ!
マズい。
ブラペは焦った。
先程までシリアス顔をきめていた者とは思えないぐらいに、情けない顔をしながら慌てた。
積年の想いを、まさかこんなふうに勢いに任せて口走ることになるなんて、思ってもみなかったのだ。
「あ、アレはだな、その……」
「いつも、本当にありがとう! あたしも拓海
そして、満面の笑顔と鉄壁すぎる鈍感力から放たれた返事を浴びて……ブラペは灰になって崩れ落ちた。
想いが伝わって欲しくなかったような、伝わって欲しかったような、なんとも煮え切らない恋愛男子なのであった……。
肉体的なダメージに加えて、精神的なダメージが決定打になった模様である。
哀れな敗者の灰山を見下ろしたサイレントさんは、そのへんで摘んできた一輪のタンポポをそっと灰の上に活けてやったのだった。*4
そんなこんなで、復活した拓海を交えて、ようやく膝を交えて話し合う準備が出来た3人なのであった。
「あたし、和実ゆい! 食べるの大好き、中学2年生!」
「品田拓海だ。ゆいとは……幼馴染ってやつだな」
「……静寂の光、キュアサイレント」
既に打ち解けているつもりの和実ゆい。
色々と思うところがあるという顔をしているブラペ。
特に決めポーズもとらずに自然体で名乗りをあげたキュアサイレント。
それぞれのスタンスと性格がよく表れていると言えるのかもしれない。
特に、変身解除すらしていないサイレントさん……。
腹ペコっている和実ゆいとは対照的である。
そんな和実ゆいを見かねて、片手間で食べられるものを荷物から出してやるブラペは手慣れ過ぎていた。
ほらよ、なんて手渡されたのは生のニンジンだった。
礼を言いつつ美味しそうにニンジンを齧り始めた和実ゆいは、完璧に平時のテンションに戻っていた。
「そういえば、ゆいの孫なら好物も一緒かと思って、さっきサナエの奴にも渡してみたんだけどさ……」
ゆいが朝加家の塀に上って黒い種に手を伸ばしている間のことだとか。
下に残された拓海とサナエの間で、そんな一幕があったらしい。
だが、ニンジンを齧ってみた孫娘の反応は芳しくなかったようだ。
「なんかエグくて甘味も少なくて、期待したのと全然違うって言ってたぞ」
「えー? 十分甘いし、美味しいと思うけどなー?」
「……未来のニンジンは、全くの別物なのかもしれないわね」
ゆいは、あまりピンと来ていないらしい。
だが、興味が無さそうに言い放たれたサイレントの推測を聞いて、拓海は思い当たる節があった。
かなり朧気な記憶だが、和実よねから似たような昔話を聞いたことがあるのを思い出したのだ。
「それと似たようなこと、よねさんが言ってたっけ。よねさんが小さい頃は、イチゴは本当に酸っぱくて、今みたいに甘くは無かったんだってさ」
「イチゴなのに甘くないの??」
その辺りは、当時を経験した人間にしか分からない感覚だろう。
1970年代と1960年代を比べても多少証言が違ったりするので、当時を知る人間と話す機会があったら、世間話がてら思い出を聞きだしてみるのも面白いかもしれない。
まぁイチゴに限らずミカンでもリンゴでも、数十年前と比べるとワープ進化レベルで別物だったりするわけだが。
一応甘くないイチゴも絶滅した訳ではないのだが、スーパーや八百屋で見る機会は多いとは言えない。
「……それで、さっきの小さい子がカナシミーナに類する何かを持っている、という話なのだけれど」
腹ごしらえも、そこそこに。
サイレントが本題を切り出した。
ほんの少しだけ和実ゆいと品田拓海の顔に緊張が走ったが、隠し立てしても仕方ない事だとは二人も理解していた。
「実はね。そのカナシミーナっていうのを生み出す種が、サナエちゃんのバスケットに入ってるんだ」
「それを感知して、キュアサイレントはオレたちに接触してきたんだよな?」
相当な危険物なので、危機感を持った人間が回収に来てもおかしくない。
それが、おいしーなタウンの二人が持っている認識だった。
だが……ここで、サイレントは困惑を見せた。
クール系美少女ぶっているが、何か二人の言葉が予想外で反応に困っていると見える。
「……答えは『ノー』よ」
思わぬ返答に、ゆいと拓海は顔を見合わせてしまった。
種が持ち出されたことも問題ではあるのだけれど、なんて前置きをしているサイレントは、ゆい達とは違う視点を持っているようだ。
「……私が感知できるのは、あくまで怪人として活動しているカナシミーナよ。種は感知できないわ」
もう当SSの本編完結が4年以上も前の話なので、細かい設定を覚えている読者は多くないかもしれないが……。
静寂の輝石はカナシミーナの存在こそ感知できるものの、不幸の種そのものを感知することは出来ないのだ。
というか、サイレントが種そのものを感知できるなら、ショーコが種を隠し持っていたという作劇が全く成り立たなくなってしまう。
しかし、そう言われても拓海たちとしては何が何やらである。
それならサイレントは、サナエの何を感知して追って来たのだろうか。
もう少し情報を精査する必要がありそうだ。
誰もがそう察した……そんな瞬間に。
「カナシミーナァッ!!」
「……っ!」
狙いすましたとしか言えないタイミングで、全高3メートルほどの漆黒の巨人が襲撃してきた。
初撃で拳を振り下ろしてサイレントを叩き潰したカナシミーナは、さらにサイレントを蹴りつけた。
目にも止まらぬスピードで廃工場の壁に打ち付けられたサイレントは、変身を維持できずに元の夜野シズエへと戻ってしまっていた。
「ぐあああっ!!?」
そして、満身創痍のままで禄に動けなかったブラペも、ハエでも払うかのような雑な横薙ぎ攻撃で倒されてしまって。
あっという間にブラペとサイレントの二人を叩き伏せたカナシミーナは、和実ゆいへと向き合った。
全高3メートルの巨人が、歩み寄ってきた。
二人の身を心配しつつ、しかし和実ゆいはそれ以上に嫌な想像をしてしまっていた。
「そのバスケット……!? サナエちゃんはどこ!? 無事なの!?」
カナシミーナが片手に持っているのは、見覚えがあるランチバスケットだったのだ。
大切な孫娘が、最悪の事態に陥っているかもしれない。
そう思うだけで、ゆいは心穏やかでは居られるはずも無かった。
巨人が無造作に放ったバスケットを、ゆいは両手で抱きしめるように受け止めた。
「ふっふっふ! 本当に何も気づかなかったんですね! 愚かなお祖母ちゃん!」
だが、カナシミーナの笑う声を聴いて、ゆいは耳を疑った。
だって、その声は……。
先程まで和実ゆいを祖母と呼んで慕ってくれていて。
策を弄するのが苦手だと言って、ゆい達を頼ってきた、可愛い孫娘の声だったのだから。
「どう、して……? 私に言ってくれたこと、ぜんぶ、ぜんぶ嘘だったの……!?」
カナシミーナの姿が、変わっていく。
和実ゆいよりも小柄な女の子の姿へと。
滲んだ視界の中でも、見間違えるはずもない孫娘の姿だった。
「嘘は一つだけしか言っていませんよ? 未来がカナシミーナに支配されている、というのだけは真っ赤な嘘です!」
サナエは満面の笑顔のままに、和実ゆいに語りかけた。
精神が折れそうな和実ゆいとは、対照的だった。
いつも和実ゆいに寄り添ってくれていた品田拓海は、地に伏したまま何も言ってくれなかった。
「未来から来たのも、お祖母ちゃんとの思い出も、全部本当です!
まぁ強いて嘘と呼ぶなら……私が厳密には和実サナエ本人とは言えない、という点もですね!」
地面に転がっていた静寂の輝石を拾い上げながら。
サナエの姿をした怪物は、心底嬉しそうに笑って見せた。
ゆいは、事態に心が追い付けなかった。
「この時代の人間達は想像もできないでしょうね! 未来のカナシミーナは、宿主の記憶や脳を使って思考できるんです!」
イチゴが、60年前と全く別の作物になってしまったように。
もしくはニンジンが未来で別の味になってしまうように。
未来のカナシミーナもまた、現代とは違う性質を備えていても不思議ではないのだ。
サイレントへの不意打ちが成功したところを見るに、無期限ではないだろうが気配遮断の能力もあるのかもしれない。
「返して! 本物のサナエちゃんを返してっ!! 貴女の中に、居るんでしょ!?」
和実ゆいは、必死に情報を噛み砕きながら、叫んだ。
孫娘の姿をした悪魔へと懇願した。
ゆいを愛してくれたサナエが、居るのだろう……と。
だが、奪った静寂の輝石を手の中で弄びながら。
サナエの声で、言葉が継ぎ足された。
「ふっふっふ、貴女がそれを言いますか! 全部お祖母ちゃんのせいですよ?
お祖母ちゃんの教えを守って、初対面の人間を信じたせいで、
「あたしの、せい……?」
――お祖母ちゃん、言ってた。
――まずは一口食べてみろ。味見が大切なのは料理も人間も一緒だ、って。
悪意に満ちた虚言だ、と切って捨てるのが正しい判断だったかもしれない。
しかし和実ゆいには出来なかった。
ゆい自身も今日、初対面の人間から貰った物を食べたからだ。
しかも、初対面の人間に物を食べさせようともした。
人間の善意を真っすぐに信じる和実ゆいの人柄は、ブラペだって先程叫んだばかりだ。
そんな和実ゆいだからこそ、残酷な言葉が現実感を帯びて聞こえてしまうのである。
ゆいの教えを信じて育った孫娘は、ゆいのせいで悪魔に全てを奪われてしまったのだ、と。
大粒の涙が、頬を伝った。
膝をついてしまって。
ゆいは、心の痛みに耐えきれなかった。
いつの間にか、悪魔が目と鼻の先まで歩み寄って来ていた。
「私がどの程度この時代に干渉できるか未知数なので、この時代の人間に手を汚してもらおうと思っていたのも、本当ですよ?
だから……最期ぐらい私の役に立ってください、お祖母ちゃん! 大っ嫌い♡」
「むがっ!? むぐぅっ!!?」
孫娘の姿をした悪魔は黒い種を握って、和実ゆいの喉まで突っ込んだ。
それは、ゆいが孫娘のために回収してきたはずの種だった。
突然の事態に、ゆいは禄に抵抗も出来なかった。
胸の奥も苦しいうえに、物理的な息苦しさまで追加されたのだから気力が追い付かなかった。
とんでもない危険物を食べさせられていると分かっているのに、ゆいに出来たのは苦しみの声を漏らすことだけだった。
「ほーら、『ごはんは笑顔』でしょう! デリシャスマイルの教えはウソだったんですか!
そんな体たらくじゃぁ、
「うっ、ぐぅ……!!」
心底楽しそうにサナエの声で笑う悪意の化身に、太刀打ちする術はない。
息苦しさの中で不幸の種を飲み込んでしまった和実ゆいの身体の中から、新たな漆黒の巨人が生まれ出た。
孫娘の声で紡がれた悪意によって傷ついた和実ゆいの心は、カナシミーナの格好の苗床となってしまったのである。
失意のどん底に居る和実ゆいに、悪魔たちは更なる追い打ちをかけるつもりのようだ。
「カナシーミナ・プレシャスゥ!」
「ろくに抵抗は出来ないと思いますけどね! 念には念を入れて拓海さんたちを、もち米みたいに徹底的に潰しちゃってください!」*5
「やめて……。もう、やめてよ……!」
和実ゆいから分離したカナシミーナは、地に伏したままのブラペへと歩み寄った。
ブラペはサイレントとの交戦ダメージに加えて、先ほどのサナエからの強襲ダメージも重なり、立ち上がることすら出来ない様子で。
「カナシミ・500キロカロリーパンチィッ!!」
「やめてえええっ!!」
動けないブラペに対して、無慈悲な拳が振り下ろされた。
今のブラペが受ければ、再起不能は避けられない。
ゆいは、とっさに我が身を盾に両者の間に割り込んだ。
「……プリキュア・サイレント・リッパー」
だが、静かな声とともに投擲された影の三日月刃が、カナシミーナの拳を逸らした。
さらに、廃工場内に放置されていたと思しき石灰粉袋の中身がぶちまけられ、全員の視界を塞いだ。
石灰粉による煙幕が晴れたとき……廃工場に残されたのは、2体の悪魔の姿だけだった。
「今のは、キュアサイレントの……? ということは、コレは偽物ですか! やってくれましたね!」
サナエの姿のままの悪魔は、手の中で弄んでいた紫の玉を地面に叩きつけた。
真っ二つに割れた紫の玉の正体は……色を塗られただけの、ビー玉だった。
キュアサイレントが和実ゆいと品田拓海を抱えて身を潜めたのは……最寄りの埠頭に面した倉庫街の一角だった。
貨物が入っているであろう木箱を雑に集めて寝台を作り、そこに意識不明の拓海を寝かせてやって。
変身を解除して少しでも身を休めながら、夜野シズエは……和実ゆいの様子を窺った。
孫娘の持ってきたバスケットを抱きしめたまま、ゆいは動かなかった。
傷だらけの心が透けて見えた。
かける言葉が見つからない。
シズエとて、ゆいのことを散々「信じ難い愚か者」とか「度し難いバカ」とか言ってしまった後なのだ。
それが最悪の形で返ってきたばかりの人間に、一体何を言えば良いのだろうか。
何を言ってもダメな気がした。
ぱっと「辛い時こそ笑顔」みたいな定型句が思い浮かんだが、シズエはあまり好きな考え方では無かった。
もちろん、戦場で泣いていたら死ぬ、という状況で使うのは実務的に考えて仕方ないが、それは局地的な状況でのみ成り立つものだ。
自分の本心を殺して作り笑いで誤魔化せ、という方向性には感心しなかった。
ショーコなら、仮面ライダーが言っていた名台詞を使うのだろうか。*6
だが、熱い雰囲気の言葉をシズエが口にしても、何だか相手の心に響かない気がした。
――良いんだよ。
――理不尽な選択肢を迫る世界を嫌っても良い。怒ったっていい。
――でもサイレントは、もっと自分自身を好きになってもいいんだ。
かつて、そう言いながらビクトリーは熱い抱擁でサイレントに語りかけたものだった。
本人に確認した訳ではないが、何となくコレは仮面ライダーの名言ではないような気がした。
そして失意の底に座り込んでいる和実ゆいへ投げかける言葉としては、方向性は合っているようにも思えた。
しかし……人間という生き物の善性を信じさせるような包容力がシズエにあるかといえば、かなり厳しいという自認はあった。
アレが出来るのは、日向を真っすぐに生きてきた人間だけだ。
「……状況を整理するわ」
ゆいの精神状態の問題を棚上げして、シズエは現状分析を話し始めた。
サナエが口にした言葉責めから推測できる情報がかなりあるのだ。
先刻は未来のおむすびを受け取らなかったシズエだが、ゆいの説明は受けているので、それも併せれば推測材料は多いのである。
――私がどこまでこの時代に干渉できるか未知数なので、この時代の人間に手を汚してもらおうと思っていたのも、本当ですよ?
わざわざ和実ゆいからカナシミーナを生み出すなどという回りくどい手を使った点から察するに、おそらくこの言葉は真実だ。
ならば……その前にサイレントとブラペをサナエ自身の手で攻撃したのは、本人にとってかなりリスキーな行動だったわけで。
順当に考えれば、リスクを負うだけの価値がある行動だったに違いない。
淡々と、シズエは分析内容と考察を告げた。
「……そう考えれば、アレの目的物は静寂の輝石と見て間違いないわね」
なお、サナエの自己申告では不幸の種の入手が目的だったが、それは虚偽だと判断できる。
もし不幸の種が本当に目的物であったなら、それを和実ゆいに使うのは本末転倒も良いところだ。
となれば、先ほど静寂の輝石を奪おうとしたのが目的と考えるのが妥当に思われた。
「……
そう考えると、辻褄が合うのだ。
静寂の輝石はカナシミーナを探知する能力を持っているので、奴等からしたら最優先で排除しておきたいファクターなのだろう。
未来の世界をカナシミーナが支配できていないのも、静寂の輝石が原因とみて間違いない。
その過程で朝加家から黒い種を回収させたのは戦力を手に入れるためだ。
ブラックペッパーが一緒に来たのは想定外だったのだろうが、結果的には敵の得となるファクターだったと言える。
そして。
ここからが……残酷な選択の時間だった。
「……私達が静寂の輝石を持って一定時間逃げ切るだけで、奴の目論見は潰えるわ」
シズエたちが静寂の輝石を守り切るだけで、時間旅行のリミットが来て世界は救われるのだ。
カナシミーナは未来の世界を支配できなくなる。
それが正解だ。
「えっ……。それって、サナエちゃんは、どうなるの……?」
宿主と分離するタイプのカナシミーナは、育ち切ると驚異的な戦力となるが成長は遅い。
宿主と合体するタイプのカナシミーナは、能力の上限は低めだが成長は早い。
前者が和実ゆいに植えられたもので、サナエは後者だ。
ならば、和実ゆいには時間が多く残されているが、サナエにはあまり無い。
「……個人差はあるけれど、処置が本当に遅れたら廃人になる可能性はあるわね」
「そんな……!」
当SS本編で
静寂の輝石を守って逃げ切るルートなら確実に世界は救われるが、サナエは危険にさらされる。
逆にサナエを救うために戦う場合、静寂の輝石を奪われたら人類の未来を失うかもしれない。
かつての対立構造がシズエの脳裏に蘇った。
目の前の命を危険に晒すことを頑として拒んだのがキュアビクトリーで。
故郷の大勢の人間を助けるために個人の危険を容認したのがキュアサイレントだったのだ。
「あたしは、サナエちゃんを助けたい……!
でも、あたしのせいでこんな事になったのに、さらにあたしのせいで拓海たち皆の未来を賭けるなんて、出来ない。出来ないよ……!」
座り込んで俯いたまま、和実ゆいは苦悩している様子だった。
孫娘を助けたい、という気持ちとは裏腹に、その足は動かなかった。
――ふっふっふ、貴女がそれを言いますか! 全部お祖母ちゃんのせいですよ?
愛しい孫娘の声で囁かれた悪意が、ゆいの心を蝕んでいるのだろう。
孫娘に頼られて嬉しかった和実ゆいの心は、ぐちゃぐちゃに踏み躙られてしまっていた。
――最期ぐらい私の役に立ってください、お祖母ちゃん! 大っ嫌い♡
孫娘に死なれるのが怖い。
愛しい孫娘の声で否定されるのが怖い。
自分のせいで拓海たちの未来が壊れるのが怖い。
ゆいの事を大嫌いと言ったのが、怪人の虚言ではなくサナエの本心だったら……と思うだけで怖くて堪らない。
あらゆる恐怖で雁字搦めになって、和実ゆいは一歩も歩き出せないのだろう。
そんな
夜野シズエが思い出したのは、命がけでキュアサイレントに挑んできた一人の男の言葉だった。
――確かに、ゆいはバカが付くほど正直だし、鈍感だよ。でも、いつだって、眩しいぐらい真っすぐだ。
――そういう奴だから、ゆいの事を……オレは好きになったんだ!
――お前だってオレと同類だろ! ゆいを傷つけることを躊躇した時点で、お前の負けだ!
木箱を雑に並べた急造ベッドの上に横たわっている男へと、一瞬だけ目をやって。
そいつが守りたかったものが何なのか、思い浮かべながら。
シズエは、そっと和実ゆいの隣に座り込んだ。
黙って、シズエは和実ゆいの腕に抱かれているランチバスケットに手を突っ込み、サナエの特大おむすびを取り出した。
死んだ魚のような目をしていた和実ゆいが、驚愕に目を見開いたのが見えた。
未来のおむすびを信じた和実ゆいを「信じ難い愚か者」と評したのと同じ口で、夜野シズエは特大おむすびを食べ始めた。
やや硬めだが普通のおむすびだった。
食べ進めていったら、具に行き着いた。
何の変哲もないシャケが出てきたと思いきや、独特の風味が混じっていた。
大豆を原料にした調味料が隠し味になっている模様だ。
それと、一瞬だけ一般的な調味料ではない香りが混ざったような……?
奇しくもそれは、品田拓海が同じ品を食べた時に気づきつつも言及を避けた最後の要素だった。
シズエにはその最後の要素が何なのか判断できなかったが、とりあえず健康被害は無さそうだったので気にしないことにした。
「……私は、貴女の心の中に踏み込むほどの御節介でも、御人好しでも無いわ。
……だから、貴女自身が決めなさい。このおむすびが美味しかったかどうか」
シズエは、特大おむすびを割って半分以上を和実ゆいへと手渡してやった。
泣き腫らした顔のままで頷いた和実ゆいは……未来のおむすびを受け取って、少しずつ食べ始めた。
二人の間に、沈黙が流れた。
でも、決して嫌な静けさでは無かった。
一緒に無心に特大おむすびを咀嚼して、心の糧とした。
いつしか、ゆいの目には光が戻っていた。
紛れもなく、一人の男が守りたかった輝きだ。
「ありがとう。あたし、行くよ。力を貸してくれる?」
「……貴女みたいな愚か者は、嫌いじゃないわ」
腹は、膨れた。
腹が、決まった。
薄暗い廃工場の中で、カナシミーナ・プレシャスとサナエは待ち続けていた。
待ち人は決まっているが、廃工場に戻ってくるかどうかは分からなかった。
それでも闇雲に探し回るよりは待ち構えた方が罠を警戒しなくて済む。
だから、時間切れによる負け戦を覚悟でサナエは待っていた。
「……プリキュア・サイレント・リッパー」
「ペッパーミルスピンキック!!」
容赦なく奇襲として放たれた大技は、どちらもサナエを狙ったもので。
サナエを庇ったカナシミーナ・プレシャスは黒の閃きに身体を両断され、白の衝撃に砕かれて消えていった。
まるで、サナエを守るのが当然だと言わんばかりの動きだった。
爆炎の中から姿を現した影は、二つ。
紫色のプリキュアと、白のタキシード姿だった。
「キュアサイレントと、拓海さん……じゃないですね! なかなか似合っているじゃないですか、お祖母ちゃん!」
サイレントはいつもの姿であったが、白のタキシードは普段とは装いが違った。
帽子とデリシャストーンだけはそのままだが、手足の余った裾を丸めて調節しているため、少しばかり不格好なシルエットとなってしまっていた。
元は拓海の父親が着ることを想定して作られているタキシードを、中学2年生の女子が着ているのだから、そうなるのは当然だった。
だが和実ゆいは、全く恥じることが無いと言わんばかりに堂々と悪魔の前に立ちはだかった。
「サナエちゃんを、あたしの孫を、絶対に助けてみせる!!」
「私自身の手で過去を変えるのは非常に危険ですが……やむを得ないですね! こんな事なら、もう一つ種を取ってきて欲しいって
嘲笑いながら、サナエは全高3メートルほどの漆黒の怪人へと姿を変えた。
先程の短時間の戦闘模様だけでも、パワー型であることは疑いようがなかった。
一瞬だけアイコンタクトを交わした
影の大鎌を握って切りつけるサイレントと、光弾を織り交ぜながら戦うクックファイター。
2対1という数的優位を活かし、サイレントと和実ゆいは気を張りながら挟み撃ち戦法を続けた。
それでも、攻めきれなかった。
慣れない装備で戦っている和実ゆいも闘い辛かったが、サイレントもベストコンディションではないのだ。
ブラペとの戦いでも良い一撃を貰っているうえに、サナエからも初戦でダメージを受けてしまっている。
変身解除時に傷が引き継がれなくても、痛みは引き継いでいるし疲労は溜まるのだ。
段々と、二人の攻撃は防がれ、逆に反撃が当たるようになっていく。
「ふっふっふ!
「でもっ! サナエちゃんのおむすび、美味しかった! だからあたし、サナエちゃんの気持ちを信じられる! もう泣いたりしない!」
孫娘からの拒絶の言葉で心を折られそうになった和実ゆいは、孫娘から愛されていると信じることで立ち上がれた。
それは、かつてフェンネルが抱いた絶望と近しいものだった。
師匠であるジンジャーからの愛情を信じられなくなったフェンネルは、その足を止めて心を狂わせていったのだ。
「そんなの、作り方を知っていれば誰でも再現できるじゃないですか! 料理ってそういうものでしょう!」
だが……その一言を聞いて、ゆいは心臓が止まったかと思った。
まったく、その通りだと思ってしまったからだ。
料理は科学です、なんて言葉があるように、再現性もまた料理という文化の持つ一側面なのだ。
作り方を知っていれば祖母への愛情など無くても味の再現は出来てしまう、というのは正論だった。
呆気にとられた和実ゆいの隙を狙いすました、鋼の拳が振り抜かれた。
とっさに両腕を使って防御姿勢をとったものの、
仰向けになった状態で、ゆいは目を覚ました。
気を失っていた時間は大して長くなかったと推測した。
まだ廃工場の中でサイレントが戦っている音が聞こえるからだ。
身体は痛むが、立ち上がるには問題なかった。
心も折れていないし、まだまだ戦える。
でも。
「自分が愛されてるって信じるの……思ったより、ずっと難しいかも」
ゆいは、自分自身の心を正直に評した。
相手が親兄弟や祖母なら話は変わってくるが、サナエを信じ切るには……思い出が足りなかった。
この時初めて、ゆいはフェンネルの苦しみの深淵を縁から覗き込んだのかもしれない。
フェンネルとて、ジンジャーを信じたいと自分自身に言い聞かせたに違いない。
でも、ちょっとした拍子に綻びが生じる。
信じたいと思っても、何かが足りない。
まだ和実ゆいの心は折れていないが、もう一押しの何かが足りないように思った。
そんな最後のピースが欲しいタイミングで。
この廃工場の近くまで持ってきてあったランチバスケットが、ゆいの目に留まった。
最後の特大おむすびも役目を終えて、空になっているはずのランチバスケットが……風もないのに、倒れた。
空のはずのバスケットから、『希望』が転がり落ちた。
ゆいは、『それ』を片手に乗せて廃工場の中へと戻った。
中では防戦一方のサイレントが未だに戦い続けていた。
「サナエちゃん! 『これ』が何だか分かる?」
「それは、レシピッピ……? そんなものを連れてきて、何だって言うんですか!」
和実ゆいの手の上にいるのは……おむすびのレシピッピだった。
そしてサナエの反応は、和実ゆいの期待通りだ。
ぴたり、と心の隙間が埋まる音が聞こえた気がした。
「やっぱり見えるんだ。レシピッピは、お料理に対して強い想いが無いと見えないんだよ。
ごはんは笑顔……ちゃんと、
サナエは、ゆいから確かに想いも言葉も受け継いでくれている。
そう、和実ゆいは心から思えた。
それが……ゆいの心を補強する、最後のピースだった。
「それでも、お祖母ちゃんもキュアサイレントも、風前の灯火です!
エナジー妖精でも連れてこない限り、お祖母ちゃんたちの歴史もここで終わりですっ!!」
カナシミーナの巨体を震わせて、サナエが吠えた。
心を揺さぶられている者の反応だった。
だが同時に正論だ。
サイレントは限界が近いし、
それでも。
ゆいは、知っている。
エナジー妖精がいなくても、沢山のほかほかハートとレシピッピが居れば、奇跡は起こせる。
この時代の人間がそれを証明した瞬間を、かつて確かに見たのだ。
「プリキュア、デリシャスタンバイ! パーティ、ゴーっ!!」
眩い光に包まれながら、ゆいは思った。
この暖かな光は、ゆい一人分の「おいしい」や「ありがとう」だけではない。
きっと、同じ品を食べた拓海やシズエの想いも込められている。
そして何より……ゆいのために未来のおむすびを用意してくれた孫娘の気持ちも。
この世で一番強いのは、誰かのために頑張る心だ。そう、
「あつあつごはんで、未来まで結んだパワーっ! キュアデリシャス!!」
光の中から、新たなプリキュアが生まれた。
全体的なシルエットは、在りし日のキュアプレシャスと近しい。
ピンクだったはずの部分に赤味が増したのは……未来のおむすびの中身が強く影響したのかもしれない。
自然と、新たな名前が口から飛び出した。
身体全体に漲るほかほかハートが、熱気となって溢れ出していた。
「おいしい笑顔で、満たしてあげる!!」
「ふっふっふ……! もはや揺さぶりは無意味のようですね!
聡明な私には分かっていました! やっぱり最後に信じるべきは搦め手より己がパワーですよね、お祖母ちゃん!!」
強い意志で、迷いなく仁王立ちするキュアデリシャス。
未来のカナシミーナも、正面から睨み合った。
カナシミーナ側も後がないことを覚悟して、キュアデリシャスを返り討ちにするべく闘志を燃やしているようだった。
両者ともに、目を逸らさずに。
そのパワーで相手を打ち砕く……ただそれだけを、互いにイメージした。
「5000キロカロリーパンチィッ!!」
先に動いたのは、カナシミーナの方だった。
放たれたその技は……かつてのキュアプレシャスが繰り出そうとしたものの、ついぞ成功しなかった技であった。
体格で劣るキュアデリシャスを押しつぶすような軌道で襲い来る殺人パンチに対する答えは……とっくに、決まっている。
「5000キロカロリー……パンチっ!!」
鋼の拳を、キュアデリシャスは正面から受けて立った。
音が、消えた。
拳と拳が正面から衝突し、その後から空気の裂ける音と衝突の余波が撒き散らされた。
「互角ですかっ、でも!」
ぶつかり合った二つの右拳は、互いに宿敵を打ち砕くには至っていなかった。
だからこそ、次の拳が必要だ。
ヒビの入った右拳の代わりに、カナシミーナが左拳を握った。
痺れて使い物にならない右拳の代わりに、キュアデリシャスも左拳に力を込めた。
「互角なんかじゃ、ないよ!」
その瞬間。
ぐしゃり、と硬い物が
「……プリキュア・サインレント・マグナム」
「だって、あたしには同じ釜のご飯を食べた友達がいる!」
音も無く駆け寄ったキュアサイレントが、影の腕輪を纏った拳による強打でカナシミーナの左肘を砕いていた。
一つのおむすびを分け合って食べた友達の存在が……互角かと思われた未来のカナシミーナとキュアデリシャスの最後にして最大の差だったのだ。
結ばれた縁は、時にどんな腕力すらも弾き返す最強のパワーと成り得る。
「5000キロカロリーパンチ、おかわりっ!!」
左肘を破壊されて2発目の殺人パンチを打ち損ねたカナシミーナへと、キュアデリシャスの放った幻の左拳が炸裂して。
腹の底まで響くような轟音を奏でながら、カナシミーナはその身体を砕かれたのであった……。
崩れたカナシミーナの巨体から、サナエの小さな身体を確保して。
孫娘を抱き留めたキュアデリシャスたちは……ようやく、戦いが終わったことを実感できた。
二人のプリキュアは、変身を解いて勝利の喜びを分かち合った。
満面の笑顔の和実ゆいに対して、夜野シズエはクールぶっていたが……どこか、嬉しそうに思われた。
「おばあ、ちゃん……?」
「そうだよ……! サナエちゃんの、お祖母ちゃんだよ!」
そして、驚くべきことに。
長い昏睡状態に陥るかと思われたサナエが、意識を回復させていた。
ゆいの腕の中で、確かにサナエは祖母のことを呼んでくれた。
「ごめんなさい、お祖母ちゃん……! あの怪物の言ったこと、本当なんです」
サナエは、目に一杯の涙を貯めながら言葉を吐き出した。
初対面の人間を信じて、カナシミーナの宿主にされてしまったこと。
苦しみの中でお祖母ちゃんを恨む気持ちが生まれてしまったこと。
薄暗い気持ちが膨らむたびに、もっと苦しくなっていったこと。
最後には大粒の涙が溢れ出した。
「苦しい目にあわせて、ごめんね。大丈夫。サナエちゃんの気持ち、ちゃんと伝わってるよ」
孫娘を優しく抱きしめて。
ゆいは、落ち着いた口調で語りかけた。
――お祖母ちゃんが言ってた。おむすびは見ただけじゃ中身は分からないけど、中身を想像する時間も楽しい、って。
和実よねの残した言葉を大切に思いだしながら、自分自身の言葉を継ぎ足した。
可愛い孫娘のために。
「おむすびの中身を想像するのが楽しいのは、作ってくれた人の心がこもっているからだよ。美味しかった」
ありがとう。
ごちそうさま。
そんな何の変哲もない言葉の一つ一つに気持ちをこめて、ゆいは孫娘へと笑いかけた。
きっとこの先も人間を信じた末に悪意に晒されることはあるし、そのせいで酷い目にあうことだってあるだろう。
それでも、孫娘の想いを信じて未来のおむすびを食べて良かった。
それが和実ゆいの心から湧き出た言葉だった。
「私こそ……ありがとう、お祖母ちゃん。やっぱりお祖母ちゃんは、私の大好きな、自慢のお祖母ちゃんです」
泣き腫らした顔で、精一杯笑いあって。
ゆいの腕に抱かれた孫娘は……やがて、煙のように姿を消してしまった。
初めからそこに居なかったと言わんばかりに。
きっと、元の時代でも元気に生きていけるだろう。
ぽつり、と。
孫娘が居なくなった静かな廃工場の中で、ゆいは小さな言葉を零した。
おむすびを和実ゆいのために作ってくれたという孫娘の言葉を思い出しながら、ようやく気付いた要素があったのだ。
「気づくのが遅れて、ごめんね。おむすびに少しだけ混じってた匂い……お線香の煙だったんだね」
こうして、ゆい達の長い一日は……終わりを告げたのだった。
「なるほど。品田の今までの話をまとめるとすると……?
未来人を名乗る不審者に騙されて、初見のプリキュアに叩きのめされて、勢い任せの告白も空回って、怪人にもボコボコにされた、と。
挙句ブラペの装備を剥ぎ取られて半裸で長時間放置されたせいで、風邪をこじらせてベッドから出られない情けない姿が、今の品田という訳だな」
翌日。
熱を出して学校に行けなかった品田拓海は、見舞に来た元生徒会長様に毒を吐かれていた……。
拓海を見下ろす青い瞳には、7割の哀れみと3割の含み笑いが浮かんでいた。
まぁ、当事者以外から見たら、ただの「おもしれー男」でしかないという話ではある。
「げほっ! 悪意がありすぎる要約、げほげほっ!!」
「まったく、見ていて飽きない男だよ。お前は」
やれやれ、なんて言いながら菓彩あまねは肩をすくめた。
そんな仕草も様になっていると思ってしまうのが何だか癪だ、と拓海は密かに思った。
「だが勢い任せとはいえ、想いを口に出来るようになっただけでも前進には違いない。まだまだ先は長そうだがな」
このまま弄られ続けるのも、拓海としては面白くない。
何でも良いから話題を逸らしておくのがベターだろうか。
記憶を洗い直して話題を探してみると、拓海としてはサナエの言っていた内容に気になる点があった。
「ごほっ。それにしても、どうしてオレたちはサナエのことを忘れてないんだろうな……?」
サナエの話を信じるならば、サナエが未来に帰った時点でこの時代の人間の記憶は封印されるという話だったはずだ。
にもかかわらず、ゆいも拓海も昨日の騒動を覚えているし、今しがた菓彩あまねへと近況を語ってみた限りでは記憶の欠落は感じない。
あまねの方から見ても、拓海の語り口には記憶封印による不自然さは見られないらしい。
「確かなことは私にも言えないぞ。そもそも、コメコメも生命体である以上、2世と3世以降の能力が完全に同じという保証もないんだ。そういうものだと思うしかないだろう」
「時代でフルーツの味が変わるみたいなもんか……」
まぁ、イチゴやカナシミーナみたいなものである。
悲しいかな、この時代を生きる拓海たちの分かることは、あまりに少ないのだ。
こればっかりは、現状ではクッキングダム民に聞いてもお手上げだろう。
そもそも時間関連の縛りは「世界側のルール」なのか「コメコメ側のルール」なのか、それすら分からないのだ。
「そうだ。フルーツで思い出したが、見舞の品を持ってきたぞ。品田の可愛い幼馴染にむいて食べさせてもらえ」
「素直に礼を言うのが癪になる言い方だが……ありがとよ」
真っ赤なリンゴを手渡され、一応それを見舞の品として受け取った拓海であった。
見舞を口実にオレを揶揄いに来たんだろ、というツッコミは呑み込んだ。
それを言っても、多分あまねは開き直るだけだ。
あまねはイジワルですわ、と誰かが呟いた気がした。
ちょうど、そんなやりとりが終わったころ……呼び鈴の音と、和実ゆいの声が聞こえた。
ゆいも、見舞に来たのだ。
「邪魔したな。私はこれで
ゆいと入れ違いになる形で、あまねは拓海の部屋を退出したのであった。
これが恋愛ドラマ的な世界だったら、男女2人の密室での逢瀬に関して色恋沙汰が疑われるところなのだが……。
恋心や嫉妬なんぞとは無縁の和実ゆいは、ごく普通に拓海の部屋へと入ってきた。
昨日は色々と辛いことも多かったが、ゆいは全く引きずっていない様子だった。
「拓海! お見舞の果物もってきたよ!」
ずどん、なんて重い音を響かせながら、ゆいは紙袋を床においた。
鉄球でも入ってんのか、と言いたくなるような音だった。
それを片手で軽々と持ってきたように見えたのは、まぁ、ゆいだから仕方ない。
ガサゴソと音を立てながら、ゆいが紙袋から取り出した見舞品は、果たして……?
「じゃーん! 昨日の黒いのが落とした、『不幸の果実』だよ! 一緒に食べよ!」
「ごほげほおっ!!? そっ、それはっ!!?」
なんと、和実ゆいはスイカぐらいのサイズの黒い果実を持ってきたのだ。
それって食べたら大変なことになる厄ネタでは!?
世界が滅びるとかそういうレベルの!
「大丈夫! 種は食べたら危険だけど、果肉は食べられるってシズエちゃんが言ってたよ! じゅるり、どんな味がするんだろうな~!」
シズエってキュアサイレントのことか?
お前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?
あと本当に果肉だけは食べられるとしても、昨日の今日でそれを躊躇なく食べようとするのは流石にメンタル強すぎないか??
それに「不幸の果実」って名前的に味もそんなに期待できないような気が……?
いや、でも「他人の不幸は蜜の味」って言葉もあるし、味に関しては大丈夫か?
恐ろしいまでの、食に対する執念である。
あまりにツッコミどころが多すぎて、拓海は眩暈がしてきた。
心なしか、熱も上がってきた気がするし、怠い。
だが、拓海がストッパーにならなければ世界の危機だ。
もっと言うと、看病と称して得体の知れない果物を食わされる危険もある。
拓海は薄れゆく意識を懸命に繋ぎ止めた。
神様、仏様、よねさん。
誰でも良いから世界の危機に駆けつけてくれ。
必至に意識を繋ぎとめようとする拓海。
そんな拓海の脳内に、走馬灯を見るように知り合いの声と顔が思い浮かんだ。
『はにゃー!? なにその果物!? 食レポなら、らんらん大先生にドンと任せなさーい!』
お前は絶対にストッパーになる気なんて無いだろ。チェンジだ、チェンジ。
『私だと、多分ゆいのストッパーとしては力不足だと思うわ……』
真面目なのは良いんだけど、なるべく自己主張の強い奴の方が良いな……。チェンジで。
『もうっ、ゆいったら! 何が起こるか分からないんだから、最初は慎重に少しずつ食べるのよ! 少しでも危険を感じたらストップよ!』
頼れる大人が近くに居るって素晴らしいことだったんだな。オレ、今ようやく分かったよ。
『ふっふっふ! 私の聡明な拳で、お祖母ちゃんを止める時が来たようですね!』
聡明な奴は拳で物事を解決したりしないだろ! いい加減にしろ!!
『食わず嫌いをしていてはヒーローは務まりません!』
誰だっけ、お前???
友人らの他にも……よねさんやら両親やらの声が、危篤の拓海の頭の中に刹那の間に浮かんだのだという。
何だか知らない人も混じったような気がしたが、風邪をひいた時に見る幻覚に整合性など無いのだ。
本格的に体調がヤバいかもしれない。
……とにかく誰か来てくれ、という拓海の願いが天に通じたのだろうか。
バァァン! なんて効果音を伴いながら、菓彩あまねが拓海の部屋に戻ってきた!!
「話は聞かせてもらったぞ、ゆい! どうやら尋常でない果物を持ち込んだようだな!」
「あまねちゃんも食べる?」
お前、さては帰ったフリをして部屋の外で聞き耳を立てていたな??
1回は馬に蹴られた方が良いのでは?
いやまぁ、何か忘れ物をしてUターンしただけかもしれないので、あまり勘繰るのも良くないかもしれないが……。
それはともかく。
ベッドから動けない拓海にとっては、あまねが最後の希望となった。
何としてでも、ゆいの暴走を止めてくれ。
そう、高熱に浮かされた頭で願った。
「ご
「わーい♡」
え?
ちょっと待てよ?
菓彩、お前
ストッパー不在でその特級危険物の解体ショーを始めるのか??
目を輝かせている和実ゆいや菓彩あまねとは対照的に、もはや品田拓海はツッコミを繰り出す元気もなかった。
祈りも虚しく、拓海は高熱の中で意識をフェードアウトさせたのであった。
その後、おいしーなタウンを未曽有の大災害が襲ったかどうかは、定かではない……。
まぁでも。
一人の男が守りたかった笑顔は確実に守られたので、ハッピーエンドなのである。たぶん。
ごはんは笑顔!
みんなあつまれ!
いただきます!
これに懲りずに愛に生きて欲しい、という前向きなメッセージなのではないでしょうか?」
???「ただのシュール系ギャグ描写だと思うっしゅ」
・今回のNG大賞
最後に共闘したのがビクトリーだったら、デパプリ秋映画みたいに一緒に5000キロカロリーパンチを打っていたかも……?
デリシャス「5000と!」
ビクトリー「5000で!」
ビクトリー「50005000キロカロリーパンチっ!!!」
デリシャス「!!!??」
次回予告!
キュアスカイ率いるプリキュアチームは、悪の大首領ビクトリーに五番勝負を仕掛けられてしまう!
「ヒーローは五番勝負をするもの……? そんな気もしてきました、受けて立ちます!」
次々と送り込まれる五番勝負の刺客たち!
第1の刺客・キュアアンフィニとのイケメン対決に、キュアウィングを信じて送り出す仲間達であったが……敵同士にもかかわらず禁断の愛に目覚めたウィングは薔薇色の逃避行に走ってしまう!
さらに、第2の刺客・キュアゴリラとの運転対決の最中、スピードの魔物に魅入られたキュアバタフライは違反切符を切られてしまった!
そして第3の刺客・キュアワッフルとの料理対決を目前に、キュアプリズムは慟哭する。
「こんな勝負もうやめましょう!? みんなの性癖が次々に捻じ曲げられて、私こんなの耐えられない……っ!」
「心配いりません! 第3勝負でプリズムがどういう方向に覚醒しても、ヒーローは仲間を決して見捨てたりしません!」
「これから私も性癖破壊されるのは確定なの!? もうイヤああああっ!!!?」
果たしてキュアプリズムは自身のキャラを守れるのか!?
次回『ひろがる性癖スカイ! チーム空中分解! ましろ姫覚醒、ドS女帝!』ひろがる世界へ!ホップ!ステップ!ジャンプ!