ふたりはVSプリキュア!   作:カードは慎重に選ぶ男

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Q:仮にもわんぷりのSSなのに、人間2人でデートする話にしちゃうの??

A:猫屋敷まゆが作者の夢枕に毎晩立って「2人のデート回を書くんだよね~?」って圧力かけながら囁いてきたので、仕方なかった……!



番外編:ことばでつたえるしあわせ! evolution!!

とある山間(やまあい)の森の中で、ローカルバスに揺られながら。

木漏れ日によって作り出される独特の影をガラス窓ごしに眺めるのも、そこそこに。

兎山悟は、左手側に座る女の子へと目を落としていた。

 

一緒にバスに乗った時には元気にお喋りをしていたはずだったが、いつの間にか眠ってしまっている女の子の名前は……犬飼いろは。

兎山悟と同じ中学校に通う、中学二年生だ。

ガタガタと揺れるローカルバスの中でよく眠れるものだ、なんて思ってしまう悟であったが、同時に嬉しくもあった。

寝入って頭を傾けてきてしまっている姿から、悟への信頼が見えた気がしたからだ。

 

 

 

ところで、なぜ二人だけで遠出をしているかといえば。

……実のところ、回想のための場面転換を長々と挟むような経緯も無かったりする。

先日アニマルタウンで世間話をしていたときに、人語を話す大蛇の噂を猫屋敷まゆが口にしたのが発端であった。

いろはと悟も、その大蛇に会ってみたいと意思表明した。

 

ところが、ユキと大福が断固拒否の態度を示したのだ。

ネコとウサギの両名にとっては、大蛇を探しに行くなんて悪夢でしかないのだろう。

ならば人間3名とイヌ1匹で遠出をすることになる……かと思われたのだが。

 

そこで、猫屋敷まゆが目を怪しく輝かせたのだ。

こむぎを任せて二人だけで行ってきてほしい、と主張しはじめたのである。

夢女の化身かと思わせるような顔芸を見せた猫屋敷まゆのアシストが、有難いような、そうでも無いような……。

なんとも言い難い表情で兎山悟の方を見てきた犬飼いろはの表情が印象深かった。

そんなこんなで、いろはと悟の二人で寂れたローカルバスに乗っているという訳なのである。

 

 

 

 

「いろはちゃん、もうすぐ目的地だよ。起きられる?」

「んが……?」

 

声をかけても起きなかったので、少しだけ肩を揺すって起こしてやった。

寝ぼけて左右を見渡している姿を見るに、予想外に深く寝入っていたのだろうか?

何はともあれ、二人は無事に山中の寂れたバス停へと降り立ったのであった。

 

 

「ゴメンね。せっかく二人でのお出かけなのに、私だけ寝ちゃって……」

 

見渡す限りの山林の中で、いろはが気まずそうに口を開いた。

デートという単語を使うことに気恥ずかしさ感じている様子も愛おしい、なんて惚気はともかく。

せっかく二人だけで遠出しているのに片方だけが爆睡するのは申し訳ない、という心境があるのだろう。

悪くすると、「お前といると退屈だ!」という意思表示として受け取られることだってある行為だ。

もちろん、いろはがそんな人物ではないことは、悟は百も承知である。

 

 

「一緒にいるときに安心してくれて、嬉しいよ」

 

……自分で言ってみてから、気取りすぎたかもしれないと恥ずかしくなってくる一言だった。

犬飼いろはも、何も言ってくれない。

二人の間に沈黙が流れた。

でも、決して嫌な沈黙ではなかった。

照れくさいと思ってしまう気持ちは一緒だ、と知っているからだ。

兎山悟の恥ずかしい言葉を受けた時に犬飼いろはが思考を少しだけ停止させてしまうのは、何度か見た覚えがあった。

 

 

……なんていう甘酸っぺぇ*1雰囲気に浸りつつも、二人は今回の遠出の目的を思い出していた。

人語を話す大蛇を探しに来たのだ。

ニコアニマルでないことはニコガーデンに確認済みだが、別のルーツを持つ生物なのだろうか?

 

 

「ヘルプ・キラリンアニマル! 探偵! ……なんてね」

 

いつの間にか鳥打帽とケープを取り出した犬飼いろはの装いは、確かに探偵っぽい記号と思えた。

そしてそれ以上に、兎山悟へと連想させた。

キュアフレンディという、犬飼いろはのもう一つの顔を。

 

悟も今まであまり意識してこなかったが……冷静になって考えてみると、どうしてキュアフレンディには探偵の意匠が入っているのだろうか?

鳥打帽だけならば19世紀イギリスにて狩猟用として用いられた歴史を持つ帽子なので、動物モチーフのプリキュアが装備していてもおかしくはない。

……いや、嬉々として狩猟をするキュアフレンディなんて嫌だ。

それに、ケープと一緒に採用されているとなれば、おそらく狩猟ではなく探偵のイメージからだろう。

 

キュアリリアンの帽子がシルクハットな件は、たぶん事前に見たフレンディのイメージに引っ張られたという以上の意味は無いのだろうが。

十中八九、探偵っぽいフレンディからの連想で、怪盗っぽい記号としてシルクハットを選んだだけだろう。

ニャミーの王冠も、ワンダフルの王冠を見たユキが引っ張られただけだと思われる。

……そもそも、キュアワンダフルの王冠って何なんだろう?

一応、もともとパピヨン犬そのものが、フランス貴族に飼われてきたという歴史を持つ犬種ではあるのだ。

それを犬飼家の両親から聞いた結果、こむぎの漠然とした印象から「なんかえらいひと」の象徴として王冠が出力された可能性が……??

 

 

「悟くん? なんだか、考えこんじゃってる……?」

「ちょっと帽子の歴史について、ね。ハンチング帽、可愛いよ。キュアフレンディみたいだ」

 

探偵モノが好きだなんて話は、いろはからは聞いたことが無かった。

というか、犬飼いろはという人物像を鑑みても、推理小説を読むような人間には思えない。

推理小説なんて渡そうものならば、5分で寝落ちしそうだ。

ある程度ミステリ小説を嗜んでいる人間ならば犬という単語から「バスカヴィル家の犬」というキーワードが出力されても不思議ではないが、いろはがそれを連想できるとは思えなかった。

 

探偵モノが好きなのか、と聞いてみたいと思ったものの、悟は本題の方へと話を戻すことにした。

今回のお題である巨大蛇の捜索だ。

 

 

「大蛇の件だけど、そもそもヘビは寒さが苦手なんだ。日本の寒さを凌ぐことが出来るなら、(ねぐら)にできる場所は限られる」

「そっか。爬虫類って変温動物だもんね」

 

今は春休み中なので、夜間の寒さはヘビには堪えるはずだ。

まぁニコアニマルのような妖精だと、地球のヘビとは生態が大きく異なる可能性もあるが……それを言い始めると手がかりが無さすぎるので。

現代日本の山中でとなると選択肢は限られる。

一応直近で目撃情報があるのだから、地中で冬眠しているという時期でも無さそうだ。

 

 

「大木の(うろ)が本命だけど、山小屋や変電所みたいな人工物に住み着いている可能性もある。その辺りを意識して探してみよう」

「さすが悟くん……!」

 

そんなこんなで、捜索を開始した二人なのであった。

人里離れた山林の中を、小屋や大木を中心に探していく方針だ。

 

 

 

 

「ヘビって、アゴの関節を外して食べ物を丸のみにしちゃうんだよね」

「実は、それは俗説なんだ。ヘビは人間でいうところのアゴ関節が2つあるから、そう見えるみたいだ」*2

 

 

――探索中。

 

 

「長い身体で巻き付かれた動物は、あっという間に窒息しちゃうんでしょ」

「ヘビに絞められた動物が失神するのは呼吸じゃなくて血流の問題なんだ。人間の締め技と理屈は一緒だね」

 

 

――探索中。

 

 

「ヘビに睨まれると動けなくなる~、みたいなのって、あれも俗説なの?」

「基本的にヘビは、動くものしか食べないんだ。ヘビと出会ってしまったカエルが動かなくなるのは、生存のための進化だという説もあるみたいだよ」*3

 

 

――探索中。

 

 

「あれ? 動くものしか食べないってことは、もしかしてヘビイチゴは食べないの……?」

「ヘビイチゴ*4は、ヘビの毒に効く薬の材料だと信じられて命名されたんだって。ヘビが食べる訳ではないんだ」

 

 

 

山林の中で樹洞やら掘っ立て小屋やらを調査して回った二人が辿り着いたのは、やけに広い開けた空間であった。

人為的に作られたと思しき広場は、1本の巨木を中心に広がっていた。

広間の片隅には小ぶりながら祠も備わっており、巨木は何らかの神格を持っている可能性が高いと見える。

 

面白い縁だ、と悟は密かに思った。

ヘビは脱皮を繰り返すことから、太古より生と死の象徴とされ、信仰の対象となってきた動物だ。

一説によると、神という言葉はヘビ(カガチ)から派生したとされるとか。

いかにもな御神木の(うろ)に大蛇が住んでいたら運命的かもしれない、なんて思ってしまったのだ。

 

 

「いないね……」

「そうだね……」

 

残念ながら、そう都合よくはいかなかったが。

一周回って調べても、御神木には樹洞と呼べるような穴は見当たらなかった。

まぁ、こういうこともあるだろう。

 

 

……そんなこんなで、腹の虫を鳴かせ始めた犬飼いろはの腹具合を察した兎山悟は、昼食の提案をするのであった。

祠の傍らに大きな切り株を見つけて、そこに二人で腰かけて。

持ち寄った昼食を分け合って食べながら、のどかな歓談の時間が流れた。

山道を歩くことを想定して、少しばかり塩気の多い味付けをしてみたが……喜んで食べてくれて、嬉しい。

いろはの持ってきてくれた昼食は、相変わらず見た目は不格好ではあるものの、味は普通だ。

 

悟としては、いろはと一緒に過ごすだけでも満足してしまっている節はあった。

山林の枝葉が奏でる音や、ほのかに流れてくる草花の匂いまで、いろはと居るだけで全てが色鮮やかに思えた。

 

まぁそれはそれとして、大蛇の捜索にはベストを尽くすつもりであるが。

午後も同じ方針でいくのかどうか、脳内で密かに検討しつつ……ふと、兎山悟は思った。

そういえば祠の周囲を調べていないな、と。

 

二人で腰かけていた切り株から立ち上がって、すぐそばに立っている祠を観察してみた。

木造で、大きさは町中で見かける交番より少し小さいぐらいに思える。

湿気対策に、縁の下に広めの空間が設けられている様子だ。

なんとなしにしゃがみこんで、縁の下の暗がりへと目を向けてみた。

 

 

 

……巨大な蛇が、屋台骨に巻き付いている!!!

 

思わず声が出そうになったのを堪えて、二人は目を見合わせてしまった。

震えあがる大福の姿が一瞬だけ脳裏をよぎった気がしたが、それはともかく。

 

改めて様子を探ってみると、祠の床下に居るのは間違いなくヘビだった。

網目状のウロコに、全長10メートル近いと推測される巨体だ。

 

そんな大蛇と、視線が交差した。

一瞬だけこちらへと驚いた素振りを見せた大蛇であったが、行動を起こす様子は無かった。

二人の出方を覗っている、というところだろうか。

 

 

「こんにちは。僕たちの言葉が分かるかい?」

 

喋る大蛇、という噂話を聞いて悟達はこんな山奥まで来た訳だが、果たして?

少しばかり緊張に声を震わせながらも、なるべく落ち着いた言葉をかけようと心がけて、悟はコミュニケーションを求めた。

 

 

「どうして俺が喋れると思ったニョロ……?」

「「喋ったぁ!!」」

 

悟たちは、みたび顔を見合わせてしまった。

ミッションコンプリート……で良いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この発見を二人は心から喜んだ。

いろはが喜んでくれて嬉しい、と悟は心から思った。

口の中を見せてもらったり、ウロコを触らせてもらったりして。

充実した時間を過ごした一同であったが……一緒に写真を撮ったあたりから、流れが怪しくなり始めた。

 

写真を絶対にSNSに流さないでほしい、と大蛇が言い始めたのだ。

まぁそれはそうだろう、と悟は思ったのだが、その理由は予想外のものだった。

 

 

「実は、プリキュアに追われているニョロ。捕まったら命がないニョロ」

 

これには、またまた二人は顔を見合わせてしまった。

ただならぬ事情がありそうだ。

悟たちは、説明を求めた。

 

 

「黄昏の園とかいう異世界を一つ、遊びで滅ぼしたことがあるニョロ。

今は復興中らしくて、その生き残りに命を狙われているニョロ」

 

……想像以上にヤバい話で、悟は眩暈がした。

雨の軍勢というゲームサークル的な集まりで、異世界を一つ滅ぼしてしまったというのだ。

それは恨まれて当然だ、と悟は思った。

命を狙われていると言われても、同情の余地が無さすぎる。

そして、悟たちには考える時間など与えらえてはいなかった。

 

 

 

「……プリキュア・サイレント・リッパー」

「ニョロォッ!!?」

 

突如として大蛇が回避行動をとり、一瞬前まで大蛇がいた場所に漆黒の三日月のような形状の刃が突き立った。

誰かが大蛇を殺そうとしたのだ、と悟らもすぐさま理解した。

 

怯える大蛇の視線の先を見れば、いつの間にか一人の女の子が広間の一角に立っているのが発見できた。

物音ひとつ立てず、御神木の影の中にそいつは立っていた。

その出で立ちは、黒の下地に紫の上着を重ねて、全体的にフリルも付いていて。

ニコガーデンに由来する力では無さそうだが、プリキュアだと思われた。

 

紫のプリキュアは、隙なく大蛇を見据えていた。

物静かであるものの、初手から殺意の塊みたいな三日月刃を投げつけてきた相手だ。

下手に背中を見せたら殺される、と思わせる無言の圧力を纏っている。

大蛇も、その静かな殺意に気圧されてしまっている様子だ。

 

 

「待って! 話し合おうよ!」

 

だが、いろはが両者の間に立って声をあげた。

まずは話し合おう、というのはコミュニケーションの基本として間違いではない。

アニマルタウンでの戦いも踏まえて、いろはがそう言うのも悟としては分かるのだが……今回ばかりは、状況が悪かった。

 

 

「……私としては、それでも構わない。黄昏の園の法廷で好きなだけ話し合いをしてもらうわ」

「それ絶対に死刑になるやつニョロ!!」

 

いろはが、言葉を詰まらせた。

そう悟からは見えた。

どう考えても大蛇が悪いので、弁護の言葉が頭に浮かばなかったのだろう。

今は復興が進んでいるらしいが、それでも一度は黄昏の園を滅ぼした大悪党だ。

死刑の制度がある地ならば、死刑が適用されるに決まっている。

 

悟としても、判断に迷う案件だった。

知り合って多少なりとも言葉を交わした相手を死地に追いやるのは気が進まない。

しかし、黄昏の園という地で正当な裁判を受けるということならば仕方がないのでは……?

下手に関わって、いろは達に飛び火したら最悪だ。

 

……どう伝えたら良いのだろうか?

実質的に大蛇を見捨てると宣言しようものなら、大蛇から危害を加えられる危険性もある。

 

 

「こうなったら……カナシミーナ・栽培ニョロ!」

「悟くん、危ないっ!!」

 

悟の迷いを余所に……事態は、悪い方向へと転がり続けてしまった。

大蛇が黒い種子のようなものを兎山悟に向って投げつけ、兎山悟を庇った犬飼いろはが背中に凶弾を受けてしまったのだ。

衝撃の光景を前に、悟は頭の中が真っ白になった。

 

 

「いろはちゃん!?」

 

俯せに倒れたまま動かない犬飼いろはを揺り起こそうとした兎山悟は……信じられないものを見た。

いろはの身体の中から、漆黒のマネキンのような怪物が生まれたのだ。

瞬く間に膨らんだ巨大マネキンは、全高3メートルにも達する体躯を誇っていた。

不幸の種から生まれる怪人、カナシミーナである。

 

 

「カナシミーナ! 俺を担いで逃げるニョロ!」

「カナシミィ!」

 

巨大蛇からの命令を受けた漆黒の巨人は、主を担いで一目散に逃亡を開始した。

カナシミーナは瞬く間に森の広間を後にして、山林の中へと消えていった。

 

 

残されたのは、アニマルタウンの二人と紫のプリキュア。

紫のプリキュアは、その場から動かずに悟らへと一瞥を寄越した。

眉ひとつ動かさない紫のプリキュアだが、邪魔をしてしまった悟たちに対して怒っているのだろうか……?

 

 

「……ここから北東に進めば、使われていない小学校があるわ」

 

それだけ言い残して、紫のプリキュアも森の中へと走り去ってしまって。

山間の広間には、ようやく静寂が戻ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

悟は、いろはを背負いながらの強行軍を余儀なくされた。

紫のプリキュアの残していった「使われていない小学校」という発言の意図を察したからだ。

おそらく、その廃校舎の設備を使って犬飼いろはを介抱してやれ、ということだろう。

 

素人目にも、いろはの体調は悪そうに思われた。

3月の涼しさに見合わない発汗量も見られたし、倦怠感も酷い様子だった。

意識はある様子だが、山道を歩ける体調でないのは明白で。

そういう経緯で、いろはを背負って山道を歩いている訳だった

 

 

「悟くん、ゴメンね……」

 

浅い呼吸を繰り返している犬飼いろはの声は、背中越しに聞くだけでも苦しそうだった。

役に立てて嬉しい、と言うべきかどうか悟は迷ったが飲み込んだ。

体調不良の人間にかけるべき言葉か怪しいというのもあったが、悟自身の体力に余裕が無かったからだ。

そもそも悟自身、決してフィジカル面で秀でた人間ではない。

 

ただでさえ足場の悪い山道を、人間一人を背負って歩いているのだ。

大粒の汗が頬を伝って落ちていくのが、悟自身でも分かった。

それでも悟は、意地で足を進めた。

 

眼鏡に汗が落ちて視界が滲んでも、小さな穴に足をとられて転倒しかけても。

ひたすら悟は歩き続けた。

ここで立ち止まってしまったら一生後悔する、と思った。

悟を庇って凶弾に倒れた最愛の人の背中が、頭から離れなかった。

 

 

……日が傾きかけた頃になって、ようやく悟は小学校跡地を発見することが出来た。

苔に覆われた校門を抜けて、棒のように重い足を動かして。

なんとか悟は、廃校舎へと辿り着いたのであった。

 

 

「ありゃりゃ、まさか人が来るなんて。遭難者だったりする?」

 

そして、なんと廃校舎の裏手から人間が姿を現した!

悟達と同年代と思しき、茶髪からアホ毛を生やした女子が駆け寄ってきたのだ。

手をひらひらと振って軽々しく笑う女の子は……なんというか悟の知り合いのいずれにも似ていないように思われた。

一見すると人懐っこいようで、その第一印象を信じていいのかと思わせる何かがあるというか。

 

この女子は何故こんな山奥の廃校舎に1人で居るのだろう、と疲れた頭の片隅で疑問に思ったものの。

悟にとっての最優先事項は決まり切っているので、そこだけは間違えない。

 

 

「急患なんだ。彼女を休ませたい」

「大体分かった。保健室だったっぽい部屋があるから、そこに寝かせよう」

 

かくして、悟は廃校舎の保健室に残されたベッドへと急患を寝かせることが出来たのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日の差し込む保健室の中で。

パイプ椅子に腰かけながら、悟はようやく一息つくことが出来た。

水筒から呷ったお茶が五臓六腑に染み渡った。

どうやら、悟自身でも思っている以上に消耗していたようだ。

精神的にも、肉体的にも。

 

 

「そういえばまだ名前言ってないっけ? あたし、朝加ショーコだよ」

「僕は兎山悟。ベッドに居るのが犬飼いろはちゃんだ。さっきは本当にありがとう」

 

遭難者は助け合いでしょ、なんて軽々しい笑顔を返してきたショーコ。

まぁ、悟の見立てではショーコは遭難者では無さそうなので、冗談なのだろう。

遭難中にしては余裕がありすぎるというか、不安が無さすぎる。

 

 

「朝加さんは、どうしてこんな山奥に?」

「友達と一緒に、喋る大蛇を探しに来たんだよ。兎山くんたちも?」

 

目的が一緒だというのは、悟も最有力候補だと思っていた。

なので特に驚きは無かった。

この小学校跡地を勝手に拠点として使っているのはあまり感心しないが、そんなことはともかく。

それよりも、先ほどの凶行を見た身としては引き止めるべきだと思えた。

 

 

「実は……いろはちゃんの不調は大蛇のせいなんだ。

あの大蛇は本当に危険な生物だったんだ。僕の見通しが甘かった……!!」

 

悔やんでも、悔やみきれない。

悟は、祈るように握り合わせている両手に力が入ってしまっていた。

錆だらけのパイプ椅子が、少しだけ軋んだ。

保健室のベッドで昏睡している犬飼いろはが、苦しそうに呻いた気がした。

 

 

「もしかして、黒い種を植え付けられた?」

「えっ、どうしてそれを……? もしかして、あの黒い種について知っていることが?

いろはちゃんの症状を直すには、どうしたらいい!?」

 

悟は思わず身を乗り出して聞き返してしまった。

一方、相も変わらず軽々しく笑いながら、ショーコは答えを返してくれた。

 

なんでも、雨の軍勢と呼ばれる団体がショーコらの住む町を舞台にゲームを始めたことがあったらしい。

その時に使用されたのが、「不幸の種」と呼ばれる種子だった。

怪人カナシミーナは成長すると頭の植物から果実が生成され、最終的には果実を弾けさせて不幸の種をバラ蒔くそうだ。

そして、継続的に魂へとダメージを受けた宿主は、不幸の種が放出される最終フェーズまで進むと廃人になってしまう……ということだ。

 

 

「あの紫のプリキュアが怪人を倒してくれるのを、祈ることしか出来ないのか……!」

「なるほど、キュアサイレントにも会ってるんだ。それでこの小学校の場所が分かった訳だね。繋がった」

 

悟は、思わず口元に手をあててしまっていた。

最悪の想像で頭が一杯になった。

酷く気分が悪い。

 

 

「カナシミーナの行動パターンは、宿主の記憶や思考に影響されることがある。

無駄骨に終わるかもだけど、良かったら聞かせてくれないかな? いろはちゃんの人柄に関するエピソードをさ」

 

カナシミーナの行動パターンを予想できれば、戦いが多少有利に進むかもしれない。

その情報を整理して紫のプリキュアに知らせることが出来れば、いろはが助かる可能性も上がるかもしれない。

悟は、地獄の中に一筋の糸を見つけたような気分だった。

 

ならば、語らねばなるまい。

ショーコが紫のプリキュアの名前やカナシミーナの詳細を知っているところまで踏まえての判断だ。

悟の推測では、ショーコはニコガーデン関連の非現実的な話を受け止めてくれる。

脳裏に「言っちゃダメェェ!!」という声が響いた気がしたが、聞かなかったことにして。

兎山悟は、語り始めた。

犬飼いろは達の繰り広げた、ワンダフルな物語を。

 

 

 

 

 

アニマルタウンに住む13歳の犬飼いろはは、ある日ヒツジの怪物と遭遇してしまう。

そんな危機に瀕した犬飼いろはを救ったのは……愛犬のこむぎであった。

プリキュアへの変身に加え、言語能力と人化までもを習得した愛犬との、ワンダフルすぎる日々が始まった。

 

こむぎと一緒に走りたいと願った犬飼いろはもプリキュアの資格を得て。

後に絆の証として協力技も習得することが出来た。

 

もちろん全てが順風満帆という訳ではなかった。

邂逅当初、キュアニャミーとはスタンスの違いから中々共闘できなかった。

満を持して変身したキュアリリアンが仲を取りもってくれなかったら、ニャミーとの共闘は成立しなかったかもしれない。

 

それでも、なんとか4人で纏まることが出来て。

ニコガーデンの管理者であるニコ様を復活させるに至った一行の前に、人間のせいで滅んだオオカミたちの亡霊が立ちはだかった。

兎山悟の告白大作戦なんてイベントを挟みつつ、少しずつオオカミたちの無念に寄り添えるようになって。

ついには、オオカミたちへの罪悪感を抱え込んだスバルという少年の心を救うことが出来た。

 

そして、ニコ様によってニコガーデンと地球の断絶が宣言され、アニマルタウンの住人らは力を回収されてしまって。

その後は元の飼い主とペットの関係に戻るかと思われたが……後日鏡石の奇跡が起こり、こむぎ達は言語能力だけは取り戻すのであった。

 

 

 

 

 

「おお~、良い話じゃんか。特に最終戦でのみんなで抱きしめて浄化の流れは最高だったね!

いわゆる『初期技でトドメ』文化の新たな1ページを見た気がする!」

「今の話を聞いてその感想が出てくるのが、たぶん朝加さんらしさなんだろうね……」

 

手を叩いて賛辞を述べるショーコの言葉は、おそらく文言通りの意味でとらえて良いのだろう。

皮肉みたいに言葉の裏を読む必要は無さそうだ、と悟は思った。

心から犬飼いろは達の物語に満足している者の反応だ。

 

 

「いろはちゃん、案外見栄を気にするタイプだよね」

「そう……なのかな?」

 

ショーコの評の意図だけは、分かりかねたが。

見栄、と言われても悟としてはピンとこなかったのだ。

いったいどうして、ショーコはそんなことを思ったのだろうか?

 

 

「だってさ、『寂しい』って自分の口から言い出せなかったのって……兎山くん達の目を気にしたからじゃん?」

 

……そういえば。

ガオウとの決戦の後は結局、いろはの内心を察した兎山悟が先に「寂しい」と口に出して、その後に続く形で犬飼いろはも本心を吐露したわけだが。

そもそも何故その内心を誰にも言わなかったのか、という犬飼いろはの心境を兎山悟は考えたことが無かった。

 

悟が先に言わなかったら……もしかしたら、いろはは一生本心を飲み込んで生き続けたかもしれない。

推測交じりになってしまうものの、正史では犬飼いろはの本音に反応して、こむぎ達の願いによって鏡石の奇跡が起こったように思われた。

逆に言えばもし犬飼いろはが本音を隠したままだったら?

……こむぎ達は一生喋れずに終わるという結末もあり得ただろう。

 

そして、言われてみると妙な話だ。

いろは達は、オオカミらとの諍いまで含めて、思いを言葉にして伝えることが大切だという場面を見てきたはずなのだ。

結果的にトラメが満足して消えていった件でも、オオカミたちと友達になりたいと言葉にしてきたキュアフレンディの活躍は見事だった。

 

そんな犬飼いろはが本音を言わなかったとすれば、その理由は?

言わなかったのではなく、()()()()()()

 

 

「そうか。喋らない動物と暮らすのは素敵(ワンダフル)じゃないの? って聞き返されるのが怖かったのか」

 

そんなことで、犬飼いろはに失望したりしないのに。

そう思ってしまう悟であったが、しかし納得してしまっていた。

本音を言えなかった犬飼いろはの心境が、理解できたように思えたのだ。

 

好きな人に失望されるのは、怖いに決まっている。

告白して迷惑がられたら嫌だ、と怖がっていた悟自身の姿が見えた気がした。

 

 

 

「それでさ。わんぷりチームのブレインである兎山くんの目から見て、キュアフレンディって弱点とかある?」

 

だが、この質問には答えかねた。

もちろん、ショーコの質問の意図は分かるのだ。

カナシミーナの行動パターンが分かれば、いろはを助けられる可能性も上がる。

しかし、悟としてはキュアフレンディの弱点と言われても思い当たる節が無いのだ。

 

 

「強いて言うなら、キュアワンダフルやキュアニャミーと比べたら聴力も弱いし、夜目も効かない。でも、それは……」

「同じく人間ベースのプリキュアと戦う場合、ウィークポイントにはならない……か」

 

二人の間に、沈黙が流れた。

気まずい沈黙だ。

兎山悟のもたらした情報は、率直に言って役に立っているとは言い難かった。

悟の言葉を最後まで聞かずとも意図を読み取ってくれる察しの良さは、なかなかに新鮮に思えたが。

残念ながら、悟自身が質問に対する答えを提示できなかった。

 

いつの間にか、日が暮れて保健室は薄暗くなっていた。

無意識に壁に目を走らせて電灯のスイッチを探してしまったが、さすがに廃校舎に電気は通っていないだろう。

 

 

「ほら、ランタン持ってきてるよ。電気式だけど」

「ありがとう。……あのさ、だんだん僕が口に出す前から察するようになってきてない??」

 

こんなものを用意しているということは、ショーコの方は泊まりの想定だったようだ。

悟たちは日帰りを想定していたので、準備にはかなり差がある様子だった。

 

ちょっと焼却炉でお茶でも淹れてくる、なんて言い残してショーコは保健室を出ていった。

ランタンまで持ってきている人間が、電気式の加熱器を持ってきていないなんてことがあるだろうか?

そんなツッコミが喉まで上がってきた悟であったが、言わない方が良いのだろうと思いなおしてショーコの背中を見送った。

いろはの身じろぎする音が聞こえたからだ。

たぶん、いろはが目を覚ましそうなのを察したショーコは、二人きりで話す時間を作ってくれようとしたのだろう。

 

なんというか、最後まで言わなくても意図を理解できてしまうのは、お互い様のようだ。

言葉に出すことが大事だという文脈を重ねてきたアニマルタウンの仲間たちとは根本的に文法が違うというか。

直接的な言葉で兎山悟に発破をかけてきた猫屋敷まゆとは、また違ったタイプの御節介だ。

皆まで言わなくとも伝わるはずだ、と悟の読解力を信頼していると見える。

 

 

 

 

 

「悟くん……ごめんね、こんなことになっちゃって」

「いろはちゃんのせいじゃないよ」

 

ランタンの明かりがあるとはいえ、保健室の中は薄暗かった。

いろはの顔色の悪さは、判別できない。

 

だが、握った手の感触は何よりも雄弁に患者の容体を語っていた。

初デートの時に緊張しながら握ったのと同じ手とは思えないぐらいに、冷たかった。

いろは本人は握り返そうとしているのだろうが、全く力が入っていない。

 

 

「大丈夫だよ。あのプリキュアが絶対に怪人を倒してくれる。そうすれば、いろはちゃんも元通りだ」

 

悟は、冷静であろうとした。

極めて冷静に、いろはを不安がらせないように。

いつも通りに喋ったつもりだった。

でも、実際に出てきた声は不安に揺れていた。

 

 

「聞いて、悟くん。私ね、ちょっとだけ……ガオウの気持ちが分かったんだ」

 

ガオウ……と聞いてまず顔が思い浮かんだのは、ニコガーデンを襲撃した犯人だった。

だが、それはガオウの名を騙ったスバルという人間だ。

本物のガオウは、大昔に死んだオオカミである。

スバルを庇って死んだオオカミたちの頭領こそが、ガオウなのだ。

 

 

「私が居なくなった後に、悟くんが自分自身を責め続けて苦しんだら……って思ったら私も苦しいよ」

 

だから自分自身を責めるな、と犬飼いろはは言いたいのだろう。

悟を庇って倒れた身として()()()()べきだと思った言葉に違いない。

言いたいことは分かる。

いろはがソレをいうことに対して、納得感もある。

 

でも。

 

 

「僕も、少しだけスバルの気持ちが分かった気がするよ。

いろはちゃんならそう言うはずだ、って理性では分かっていても……僕は、そんなふうに強くは生きられない」

 

悟の頭に蘇ったのはスバルとの闘いの最中の記憶だった。

ワンダフルがフレンディを庇って倒れた時のことだ。

もし、こむぎがその時に死んでいたら……いろはは誰も恨まずに生きられただろうか?

 

……いろはなら、一時の憎しみや後悔に心を支配されるぐらいならあるかもしれないが、最後には立ち直るだろうと思えた。

悟自身には到底マネなんて出来そうにない、と思ってしまった。

 

 

「あはは、困った……なぁ。どう説得したら良いのか、全然分からないよ。

いつも悟くんに助けてもらってきたけど、こういう時だけは困っちゃうね」

 

力なく、無理をして笑った犬飼いろはの姿は……痛ましかった。

いろはのそんな笑顔は見たくなかった。

ランタンの照らす薄暗い部屋の中ですら、そう思ってしまう。

 

 

「いろはちゃんがそう言ってくれるのが、ずっと嬉しかった。頼ってくれるのが、嬉しかったんだ。

でもダメだった。いろはちゃんの命がかかっているこんな大事な時なのに、僕は……!」

 

悟は、最後まで言うことが出来なかった。

無力感が容赦なく心を苛んだ。

朝加ショーコとの作戦会議で役に立てなかったという現実が重く圧しかかってきた。

 

犬飼いろはが頼ってくれた頭が良い兎山悟なんて、居なかったんだ。

……そう口に出すことだけは、出来なかった。

きっと悟が口を滑らせたとしても、いろはは優しい言葉で慰めてくれるだろうが、その慰めは悟を惨めにする。

そうなってしまったら大切な何がが切れてしまう気がした。

胸の奥が苦しくて、辛くて、気が狂いそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、いろはが再び眠りについて。

ランタンを片手に、悟はすっかり暗くなった廃校舎の裏手の焼却炉まで歩いた。

丸太でできたベンチに腰かけたショーコが、コーヒーを啜っている。

悟が近づいても、ショーコは一瞥すら返さなかった。

 

きっと、悟がどんな顔をしているか知っているから視線を向けないようにしているのだろう。

泣き顔を見られるのは、やっぱり嫌なものだ。

特に悔しさと無力感に由来する涙ならば、なおさらだ。

 

 

「ほら、飲み頃の温度だよ。特濃にしといた」

「ありがとう」

 

ショーコが金属カップに入れて渡してくれたのは……泥のように黒いコーヒーだった。

そこまで湯気が立っていないので、すぐに飲んでも火傷はしないだろう。

口に含んでみると……咽込みそうになった。

たぶん、適量の倍ぐらいインスタントの粉をブチ込んであると推測された。

でも、なんだかその不味さのおかげで少しだけでも苦しみが和らぐような気さえした。

 

 

「本当はさ。さっきキュアフレンディの弱点を聞かれた時に、僕のことだって思ったんだ」

 

――兎山くんの目から見て、キュアフレンディって弱点とかある?

 

先ほど、ショーコと作戦会議をしていた時のことだ。

犬飼いろはは兎山悟を庇って床に伏している訳で、悟からしたらそう思ってしまっても無理はない。

いろは一人だったらこの結果にはならなかっただろう。

兎山悟の存在そのものが犬飼いろはの弱点なのでは、と思ってしまったのだ。

 

 

「いつの時代も、ヒーローに恋すると苦労するって話は聞くよ。兎山くんみたいにね」

 

相も変わらず軽々しい調子でコーヒーを啜りながら、ショーコは的確に悟の心中を察しているらしかった。

この分だと、惚れた弱みとジレンマに関しても察しているに違いない。

いろはに危険なことをしてほしくないと思いつつ、そんな彼女の意思を尊重したいという思いの間で板挟みになってしまう時があるのだ。

 

朝加ショーコもそういう相手に恋をしたのか、と聞き返そうかと思ったが。

悟が推測するに、ショーコは多分苦労をかける側の人間だろう。

ショーコの身を心配する人間が居るのを知りながらも生き方を迷わず、飄々と事後報告で謝ったりしそうだ。

惚れた弱みが相手にあることを知りながら開き直る類のタチの悪さを感じるのである。

しかも、たぶん悟がこの場で何を言っても生き方を改めたりしない。

 

……だからこそ、この場面では最も信頼できる。

 

 

「何から何まで世話になって申し訳ないけれど、朝加さんを信じるよ。絶対に勝って」

「任せろ」

 

自分で言ってから、悟は思った。

ショーコがプリキュアであるということを、本人の口から一度も聞いていない、と。

これも悟の推測が先行して行間を飛ばしまくった会話だった。

 

キュアサイレントが示唆した廃校舎に居たことに加え、本人の口ぶりから推測した結果、ほぼ確定だろうと思っていたが……やはりそうなのか。

おそらくワンダフル組やニャンダフル組と同じく、コンビの片方しか怪人察知能力が無いのだろう。

ならば、行動方針も推測できる。

索敵能力を持ったキュアサイレントが単独で接敵してカナシミーナを倒しあぐねた場合、どうするかといえば?

もちろん、味方であるショーコの居る場所へとカナシミーナを誘導するに決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

「カナシミーナァ!」

 

案の定、小学校跡地の校庭に漆黒の怪人カナシミーナが足を踏み入れていた。

怪人を誘導してきたであろうキュアサイレントの姿が見えないのは、ダメージを受けすぎて活動困難に陥っているか、隠れて奇襲のタイミングを探っているのだろう。

何はともあれ、もはや悟には託すことしかできない。

 

 

「プリキュア・ビクトリー・チェンジ!」

 

掌に握り込んだ輝石の光によって、朝加ショーコは姿を変えていった。

白の下地に桜色の上着を羽織った装いのプリキュアだ。

ピンクのツインテールの先には、重力を無視して金環が浮かんでいた。

 

 

「勝利の光! キュアビクトリー!」

 

キュアビクトリーは、2つの金環をそれぞれ両手首へと移動しつつ拳を構えてみせた。

相も変わらず軽々しく笑っているようで、その中にはどこか攻撃的な意思が垣間見えるように思われた。

 

一方のカナシミーナは……漆黒の両腕を肥大化させ、その指先には鋭利な爪を伸ばし始めた。

その変化に悟は見覚えがあった。

キラリンベアーの特徴だ。

 

 

「カナシミーナァ!」

 

全高3メートルにも及ぶ漆黒の巨人が、地響きを置き去りにしてビクトリーへと殴り掛かった。

本家のフレンディには似つかわしくない、殺意の薙ぎ払い攻撃だ。

 

そんな横なぎの攻撃を、ビクトリーは身体を低くして回避しつつ前進し、漆黒の巨人の懐へと入った。

右腕の単輪を輝かせながら、ビクトリーが絵にかいたようなカウンターの拳を打ち上げた。

 

だがクリーンヒットが確定したかと思われたアッパーは宙を切る。

漆黒の巨人の姿が、突如として掻き消えたのだ。

端から見ていた悟からもそう見えたし、インファイトで視界が制限されているビクトリーからは猶更理解不能な状況だろう。

 

 

「キラリンハムスターだ!!」

 

悟が叫んだのと、ビクトリーが横跳びの回避を選んだのは殆ど同時であった。

直後、ビクトリーが一瞬前まで居た空間にカナシミーナの巨腕による殺人パンチが降りぬかれた。

身体を縮小させて攻撃を回避していたカナシミーナが、身体を元のサイズに戻して奇襲を仕掛けたという訳である。

初見でそんな奇襲を回避できたビクトリーの戦闘センスは、恐るべきものだと言える。

 

 

しかし……状況は良いとは言えなかった。

キラリンアニマルを模した多様な能力を駆使するカナシミーナに、ビクトリーは苦戦を強いられているように見える。

ライオンの速力、コジカの跳躍力、ベアーの怪力……。

ビクトリー自身も打撃を得意とするパワータイプなのだろうが、カナシミーナ側はそれに加えて速度や縮小化による回避面でのアドバンテージがあるのだ。

 

さらに、スワンの飛行能力やパンダの催眠能力といった未使用のものに関しても、そららもいずれ使えるようになるとすれば厄介極まりない。

ビクトリー側からの打撃も時折通っているものの、やはり劣勢の感は否めない。

 

 

短期決戦がベストだ、と悟は思った。

その瞬間……ほんの一瞬だけビクトリーと目があった。

悟の意図するところは、ビクトリーに伝わっているように思えた。

 

だが、ビクトリーの方の意図は?

悟に「何か」を期待している、と直感的に思った。

そしてその「何か」は、すでに悟の知っている情報から導き出すことが出来るものだ、とも瞬間的に察した。

 

 

――いろはちゃん、案外見栄を気にするタイプだよね。

 

 

悟が告白したときや初デートのときに、赤面して固まってしまうのも、見栄を気にするタイプ故なのかもしれない。

 

 

――兎山くんの目から見て、キュアフレンディって弱点とかある?

 

 

そんなものは、兎山悟の見てきたキュアフレンディには見当たらなかった。

 

 

――本当はさ。さっきキュアフレンディの弱点を聞かれた時に、僕のことだって思ったんだ。

 

 

でも……無力感に泣くのは、もうやめた。

 

 

 

 

キュアビクトリーが、二つの金環を右腕に移し替えた。

高速で回転する二輪が弾けるような異音を奏で、校庭跡地の闇夜を照らした。

大勝負に出るつもりだ。

 

 

……兎山悟に出来ることは、何だ?

 

 

ビクトリーが、怪人カナシミーナへと駆け寄った。

一方のカナシミーナは、キラリンベアーの大腕を振るって迎え撃とうとしている。

カナシミーナ側は多様な回避手段を持っているため、読みあいの択の多さの問題でビクトリーの方が不利だ。

 

 

……悟に、何が出来る?

 

 

悟の中で、何かが繋がった気がした。

今まさに目の前で最後の激突をしようとしている両者を、見ているだけしか出来なかった悟が。

やるべきことが、見えた。

肺が壊れるかと思うぐらいに、息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろはちゃん!! 君のことが好きだ!! 世界で誰よりも、愛している!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

脳裏に、顔を真っ赤にして思考を止めてしまっている犬飼いろはの姿が浮かんだ。

……カナシミーナの動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。

 

これが、兎山悟と朝加ショーコが導き出した答えだった。

過去のキュアフレンディに弱点が無いなら……新たに弱点を作れば良い!!

 

 

 

 

「くらえ! 愛と青春の! プリキュア・ビクトリー・マグナムッ!!!」

 

生死を分ける激突の直前での一瞬の隙は、致命的で。

金色の二輪を輝かせたキュアビクトリーの渾身の右拳が、吸い込まれるようにカナシミーナの胴体へと直撃した。

重低音を響かせながら、カナシミーナはその身を打ちぬかれてしまって。

爆炎に飲まれたカナシミーナは、夜闇の中に消滅していった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後は、犬飼いろはの快復を喜んで、夜野シズエとも合流して。

4人で焚火を囲って、夕食をとって。

団欒の一晩が明け、山間の澄み切った空に昇る朝日を眺めて。

そんな少しだけ非日常的な廃校舎での宿泊を終えて、ショーコらと別れたのであった。

 

帰りのバスに揺られながら、往路と同じく穏やかな気分で二人は言葉を交わした。

一晩をともにした新たな友人たちについて。

 

 

「あのシズエちゃんって子、なんだか前のユキちゃんみたいだったね」

「そうだね。朝加さんのことが特別なんだろうね」

 

全体的に物静かで取っつきにくいところがあるものの、一晩一緒に過ごせば氷も解ける。

悟らが大蛇の捜索を邪魔してしまったことも、とくに気にしていない様子だった。

今回は大蛇を捕らえることは出来なかったようだが、今後はどうなるのか……まぁ、任せておけば良いだろう。

 

 

「ショーコちゃん、凄かったね。悟くんと、目と目で会話してるみたいだった」

「僕も、初めての体験だった。あんなふうにお互いの意思が通じる関係があるなんて思わなかったよ」

 

いろはは、どうやら保健室の窓から校庭での戦いの様子を見ていたらしい。

ということは、最後の恥ずかしい告白も聞かれていた……!?

動揺を飲み込みつつ、いろはの反応を探ると。

なんだか、内心フクザツというか、あまり嬉しくなさそうな様子だと見えた。

 

 

「もしかして……嫉妬した?」

「うん。……ちょっとだけ、ね」

 

確かに、得難い経験だったとは思う。

あんなふうに互いの意図を的確に察しあう関係の人間と一緒に暮らせたら、楽しいだろう。

楽だろうし、そんな相手を理想的だと思う人は多いかもしれない。

 

 

……でも。

 

 

「確かに朝加さんは凄い人だった。

でも僕は、相互理解が牛の歩みでも……言葉を尽くして、いろはちゃんと一緒に生きていきたい」

「あ、ありがとう、悟くん……。私も、その、これからもよしくおねがいしましゅ……」

 

恥ずかしがってくれるところも、愛おしい。

言葉にしなくちゃ何も伝わらない、と発破をかけてくれた猫屋敷まゆの姿が脳裏をよぎった。

悟の恋心をうっかり口走ってしまったメエメエの事例なんかも踏まえれば、言葉が災いになることだってあるのは分かっている。

告白する前には、悟も怖くてたまらなかった。

 

 

……それでも。

 

どんなに相互理解が不完全でも、遅くても、いろはと一緒に言葉を尽くして生きていきたい。

それが、偽らざる兎山悟の本心であり覚悟だった。

 

 

 

「じゃあさ。悟くん、私に何か聞きたいこととか、ある……?」

 

伏目がちに、いろはが訪ねてきた。

上目遣いも中々に破壊力がある、なんて惚気は脇におくとして。

 

 

――ヘルプ・キラリンアニマル! 探偵! ……なんてね。

 

 

悟がまず思い出したのは、昨日の疑問だった。

鳥打帽にケープというキュアフレンディの探偵っぽい記号って、いったい何だったのだろうか?

いろはは推理小説なんて読む柄じゃなさそうなのに。

 

 

「ちょっと不思議に思ってたんだけど……キュアフレンディに探偵っぽい意匠が入っていたのって、どうしてなんだろう?」

「えっ……? 悟くん、イジワルで言ってるとかじゃなくて、ホントに分かんないの……?」

 

答えを言うのが恥ずかしい、と顔に書いてあった。

いろはとしては、悟が察しているものだと思っていた様子だ。

 

どうすべきか。

いろはの躊躇が大きいようなら、やっぱり無理に聞き出さない方がいいかもしれない。

無理に言わなくてもいいよ、と悟は続けるべきかどうか迷った。

 

でも、いろはの握った掌の中でバスの乗車券がクシャクシャになる音が聞こえた。

いろはが勇気を握りしめたのが分かった。

 

 

「一度しか、言わないよ?」

「うん。君の言葉を聞かせて。いろはちゃん」

 

ためらいながらも、いろはは自分自身の胸の内を言葉にしようとしている。

そう、悟からも思えた。

たったそれだけのことが、心から嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭が良くて、頼りになる人が、ずっと身近にいてくれたから。……そのイメージだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ずっとそばで これからも

 

――しあわせたくたん つたえるね

 

――大好き止まらない

 

――わんだふるぷりきゅあ!

*1
西さん感

*2
アゴ関節が退化して、1つしかないヘビもいる模様。

*3
※いわゆる、へびにらみ。諸説あります。

*4
厳密にはヤブヘビイチゴ。






・今回のNG大賞

ショーコ「実はさっきの大告白を録音してあるんだけど、データいる? 二人の結婚式で流すネタとしてさ」
悟「キミ、猫屋敷さんよりタチ悪くない????」

絶対に猫屋敷とコイツを合わせちゃいけない、と強く思った悟なのであった……。
なお、いろはは後でこっそりデータだけ貰ったとかナンとか。






次回予告!

3人で順調に活動するアイドルプリキュアの前に、突如ライバルチームが現れる!

面白そうだから、という以上の理由を持たない愉快犯ビクトリーが、ライバルチームを結成したのだ!

「絶対負けないんだから! キラッキランランにしてあげる!」

「こっちも3人にした方が良いと思って、伝説のアイドルをスカウトしてきたよ! キュアレモネード御大でっす!」

「「「それは無法が過ぎる!!??」」」

伝説の大先輩を盾にされて、あまり強く言えないアイドルプリキュアの面々!

どうする? どうなっちゃうの!?

次回、『アイドルなら崖を登れ! Light Up!』今日もキミと、キラッキランラン~♪
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