「サイレントのやり方は間違ってる。今を一生懸命生きてるあの子たちから、未来を奪っていい訳がないよ!」
キュアビクトリーは……朝加ショーコは、心の底から言い切った。
嶋村ハルカや引坂ハナが、そう簡単に犠牲になって良い筈がない、と。
直後、あたりの気温が急に低くなったような気がした。
ぞくり、と背筋が寒くなった。
目の前に居るキュアサイレントの紫の瞳の中に、どろりと黒い何かが溜まっているように感じた。
「……なら、聞くけれど」
底冷えするような、声だった。
負の感情を抑えて、何とか問答を続けようとしている人間の声色だ。
「……貴女の持つ『勝利の輝石』は、どこで手に入れたの?」
ショーコは、自分の記憶を掘り起こしてみた。
ほとんど鮮明な映像としては記憶に残っていないが、確か10年ぐらい前に、どこかの不思議な空間に迷い込んだ際に拾った気がする。
その時に見た一面の茜色の空が妙に奇麗だったことぐらいしか、まともな情報が無い。
「……10年前。『黄昏の園』の秘宝である『勝利の輝石』を盗んだ犯人は結局見つからなかった」
「ま、まさか……!? ちが、あたし、そんなつもりじゃ……!」
茜色の空と、『黄昏の園』という名前が、ビクトリーの頭の中でベストマッチしてしまっていた。
気づいてしまえば、そうとしか考えられなかった。
一番考えたくない予想が、立ってしまっている。
そして、キュアビクトリーの口からとっさに出た言葉は、相手の言葉を事実上肯定してしまっていて。
「……伝説の戦士プリキュアは、2人で1組。貴女が『勝利の輝石』を盗まなければ、私が1人で戦うことも、『黄昏の園』が滅びることも無かった……っ!!」
ここにきて、ようやくビクトリーは理解した。
サイレントの底冷えさせるような声の正体を。
キュアサイレントの目の奥に見える黒い影は……憎悪と、殺意だ。
完全に、キュアビクトリーは相手に飲まれてしまっていた。
喉がカラカラに乾いて、心臓の音がうるさい。
1人の人間をここまで怖いと思ったのは……生まれて初めての経験だった。
「……地球人の『未来』を奪う私のやり方を否定するなら、まず、貴女が奪った『勝利の輝石』を私たちに返しなさい」
ここで変身を解除して『勝利の輝石』を渡したらこの場で殺される、とビクトリーは思った。
生身の人間に戻ったら、プリキュアの身体能力を相手に太刀打ちすることなど不可能だ。
それに。
抱き合って震えている嶋村ハルカと引坂ハナの姿が視界の端に見えた。
「それは……出来ない」
「……っ」
巨大ヘビに襲われたときに地面に倒れ伏していた、夜野シズエたちの姿が脳裏によみがえった。
もしあの場で朝加ショーコが変身できなければ……ショーコの一番大切な人が、命を落としていたかもしれない。
「これは、プリキュアの力は! あたしの大切なものを守るために必要だから、絶対に返せない!」
「……そう」
キュアサイレントの言葉を聞くか聞かないか、という刹那。
ビクトリーは、後方へと飛びのいていた。
自分自身でも、考えるより早く、ただ第六感に従っての回避行動だった。
「ひっ……!?」
「……」
同時に、キュアビクトリーの首があった空間を、陰の刃が無音のままに通り抜けた。
ショーコの頭の中で、今までに無いぐらいガンガンと警報が鳴り響いていた。
一刻も早く眼前の首狩り族から逃げろ、と脳が全力で警鐘を鳴らしているのだ。
「ま、待ってよ! プリキュアって正義のヒーローじゃないの!? 人殺しなんておかしいよ!!」
「……正義や正論で『黄昏の園』が救えなかったから、私は地球でもプリキュアをやっているのよ」
どろりとした憎悪と殺意を向けられて。
キュアビクトリーは完全に恐怖心に飲まれていた。
ほとんど勘に従って、襲い来る影の刃を避けた。
身体には切り傷が増え、白と桜色の衣装は瞬く間にボロボロになっていった。
ショーコは、プリキュアの変身が解除されれば実態ダメージは消えるということは知っていた。
それでも、傷の痛みは丸1日程度は残るという事にも気づいていた。
そして、痛みが生身の身体にも影響するということは……変身しているからといって、本体が死なないとは限らないという事だ。
「……既に思い至っているかもしれないけれど。いくら変身解除で生傷が消えても、首を落とされればショック死するわ」
「うそだ……イヤだぁっ!!」
間違いない。
こいつは、『キュアビクトリーだったもの』から勝利の輝石を回収する気だ。
「プリキュア・ビクトリー・ウォールッ!!」
完全に避けられない態勢まで追い込まれて、ビクトリーは足を止めて左掌から障壁を発生させた。
足を、止めてしまったのだ。
3本の影の刃が甲高い音を立てながら障壁に弾かれていて。
……同時に、障壁の脇を回り込んできた2本の影刃が、ビクトリーの左腕を串刺しにした。
「いたっ、うあああああああっ!!?」
がむしゃらに右腕を振り回して、何とか影の刃を叩き折った。
それでもなお、状況は悪化の一途をたどるばかりだった。
一度足を止めてしまってから、恐怖心と心的疲労が一気に表面化してパフォーマンスの低下が激しい。
「……プリキュア・サイレント・リッパー」
巨大な三日月型に固められた影の刃を、キュアサイレントは練り上げた。
投擲された巨大ギロチンが……無慈悲に、動きの鈍ったキュアビクトリーへと投擲された……。
「……ショーコ。目は覚めた?」
「あ、れ? ここ、あたしの、へや? シズちゃんが居りゅ?」
朝加ショーコは、自室のベッドから蹴り落されて、目を覚ました。
『ふたりはVSプリキュア!』
第四話:Miracle Go! 正義を掴み取ろうぜ!
「いただきまーす。むんぐ。やっぱりシズちゃんのゴハンを食べると、帰ってくる場所がある有難さを感じるなぁ……」
「……いただきます。どうしたの、急に?」
サイレントが必殺技を放った、あの時。
ビクトリーは咄嗟に、偶然近くに転がっていたカナシミーナを盾にして必殺技を防いだのだ。
そして、カナシミーナが爆死した隙をついて、命からがら逃げ出したのであった。
その翌朝に朝加家で、同じ状況の悪夢を見て魘されているショーコを、シズエが蹴り起こした訳である。
「いやぁ、急に昨日の夜に、仮面ライダーの恐怖で戦えなくなる話セレクションを見たくなってさ。夜更かししてる時にそう思ったんだよね」
「……それで、今日は中々起きなかったのね」
ショーコが言ったことは、半分嘘である。
仮面ライダーの映像を見ているうちに夜更かししてしまったのではなく、眠れなかったから映像を見ていたのだ。
本物の憎悪と殺意を向けられた経験は、まだ13歳のショーコにとって、あまりにショッキングだったのである。
まだ貫かれた左手の痛みは残っているし、キュアターミネーターもといキュアサイレントの悪夢は当分忘れられないだろう。
半眼で呆れた顔をしているシズエに、手を合わせて謝りながら。
ショーコは、キュアビクトリーとしての事情をシズエに相談したいという葛藤を抱えていた。
――プリキュアと関係が深いと思われたら、ショーコの身に危険が降りかかるかもしれない。私は……ショーコが、心配。
それでもシズエに相談できない一番の理由が、シズエの身の危険である。
ショーコがプリキュアであることを知る人間が増えれば増えるほど、身近なシズエにも危険が及ぶだろう。
だから、言えない。
一番守りたい人を危険にさらすなんて、ショーコは考えたくなかった。
……朝加ショーコは、まさか疑いすらしない。
ショーコに美味しい食事を毎日作ってくれる良妻シズエが、恐怖の化身キュアサイレントだなどということは……。
その日、一日中。
ショーコは、嶋村ハルカと引坂ハナの様子を視界の端に入れ続けていた。
なんといっても、ハルカから作成されたカナシミーナはまだ倒されていないのだ。
ハナから作られたカナシミーナは無事倒されているので、ハナは普段通りに生活できているようだが。
野上ホノカが2日間も昏睡状態にあったことを鑑みると、ハナの復活が早すぎる気もするが、これは一応キュアサイレントの言葉から説明できるだろう。
――カナシミーナの活動時間に比例して、徐々に魂に負荷がかかるわ。倒した瞬間にも頭の植物の成長具合相応の負荷がかかるわね。
昨日倒した引坂ハナのカナシミーナは、短命であったうえに、頭の植物も小さかった。
だから、引坂ハナは殆ど魂にダメージを受けなかったという事なのだろう。
ならば……カナシミーナの作成から既に半日以上が経過している嶋村ハルカは、どうだ?
ショーコは、その点が気になっていた。
もっとも、朝加ショーコが誰からも聞いていない事情を知っているのは不自然なので、直接話しかけることは出来ないが。
……と、遠目で嶋村ハルカの様子を観察していると。
「……大丈夫?」
「あ、ありがとう。夜野さん」
「ハルカちゃん、本当に大丈夫? 無理してない??」
転びそうになった嶋村ハルカを支えてやっている、シズエの姿が目に入った。
珍しい光景だな、とショーコは思った。
いつもは、よく転ぶ引坂ハナを、嶋村ハルカが助けてやる展開が多いのに。
今日に限って、嶋村ハルカは心配される側に回っているのな、と。
これは……ショーコが思っていた以上に、重症かもしれない。
そんなこんなで迎えた、放課後。
そろそろ、嶋村ハルカのカナシミーナ作成から丸一日が経過しようとしていた。
人がまばらになった放課後の教室で、ショーコはハルカに接触してみることにした。
「ハルカちゃん。今日は何だか体調が悪そうだったけど、どうしたの?」
「大丈夫。ちょっと昨日ビックリすることがあって、寝付けなかったの。それで眠くて」
苦し紛れに笑うハルカの言い訳を聞いて、ショーコは歯噛みした。
ハルカの言い訳は……ほとんど、ショーコが今朝シズエに話したものと同じ類の嘘だ。
そう、直感的に分かってしまった。
「ショーコちゃんにも、バレてるよ。ハルカちゃん……全然大丈夫そうじゃない」
いつの間にか、引坂ハナが何やら真面目な表情で、ショーコとハルカの間に割って入ってきた。
親友の引坂ハナから見ても、やはり嶋村ハルカの症状は深刻なのだろう。
「そんな、二人とも心配しすぎだよ? 本当に大丈夫だから……」
「ハルカちゃん。このノートの端から端まで、まっすぐに線を引いてみて。はい、鉛筆」
引坂ハナは、有無を言わさずにA4サイズのノートと鉛筆をハルカに握らせた。
開かれたノートの片隅には、桜色のプリキュアのイラストが元気な笑顔を見せていた。
「……誤魔化されてくれない、か」
「これは……まさか、そんなにヤバいなんて……?」
「やっぱり……!」
嶋村ハルカが引いた線は、お世辞にも『直線』と呼べるものではなかった。
その鉛筆の軌跡が、ハルカの体調を何よりも雄弁に語っている。
ミミズが這ったような跡が、桜色のプリキュアのイラストにまで少しだけ被さってしまっていた。
桜色のプリキュアの顔が、泣き顔に変わってしまったような気がした。
――カナシミーナの活動時間に比例して、徐々に魂に負荷がかかるわ。
あの時のサイレントとビクトリーの会話を、同じ場所に居たハルカとハナも聞いている。
だから……ハナは分かった。分かってしまったのだ。
ハルカが魂というよく分からない箇所に継続ダメージを受けていて、もうすぐ廃人になってしまうということを。
「私の、せいだ……!」
ハナの小さな背中を後ろから見ているショーコですら、分かった。
引坂ハナが涙を流して顔を歪めていることぐらい、声を聞けば分かる。
――特に、小さくて間抜けな方のお前は傑作ナメ!
「私があの時転ばなければ! 襲われた時にすぐ立ってれば! ハルカちゃんは助かったかもしれないのにっ!!」
「ハナちゃん、落ち着いて……!」
せきを切ったように。
引坂ハナは、涙に濡れた声を張った。
――お前さえ居なければオトモダチまで一緒に廃人になることは無かったナメ!
「こんなの、『私がなりたいハナ』じゃない! 『何もできないハナ』ですらないっ!!」
聞く者までも悲しくさせる、声色だった。
ノートの中の桜色のプリキュアが、涙で汚れていった。
「こんな私なんて……『居ない方がマシなハナ』だよ……っ」
あんなに大声を出していたのに……最後は、消え入りそうな声だった。
うつむいて大泣きしながら鼻水をすすっている引坂ハナの背中は、いつも以上に小さいように見えた。
昨日の巨大ナメクジが残していった罵倒が、予想外にハナの心を蝕んでいるのかもしれない。
「ハナちゃん」
そんな縮こまったハナを、そっと抱きしめてやる手があった。
嶋村ハルカが、引坂ハナの小さな背中に手をまわして、抱きしめてやっていた。
「ハナちゃんに『なりたい自分』があるように、私にも理想があるんだよ?」
嗚咽をもらすハナをなだめながら。
ハルカは、ゆっくりと続けた。
「私が憧れる花のプリンセスは、ハナちゃんを助けたことを後悔なんて絶対にしないよ」
だから、泣かないで。
そう、ハルカは言葉を継ぎ足した。
ハナの背中を抱きしめる、ハルカの腕が震えているのが……見えた。
「それにね。植物がしっかり時間をかけて根を張って花を咲かせるみたいに、ハナちゃんも『なりたい自分』になれる日は、未来に必ず来るよ」
ショーコは、駆け出した。
走りださずには、居られなかった。
「プリキュア! ビクトリー・チェンジ!!」
白の下地に桜色の上着を纏ったプリキュアの姿へと、瞬く間に変身を遂げて。
ピンクのツインテールの先に出現した金色の輪を両手に1つずつ移動させながら。
キュアビクトリーは、がむしゃらに走った。
民家の屋根の上を飛び回って、何か少しでもカナシミーナの手がかりが無いかと、目を皿のようにして探した。
何か手掛かりが無いか?
そう考えて、ハルカの話を思い出してみると、『花』というキーワードが引っかかった。
カナシミーナの行動が宿主の記憶に左右されるかどうかは知らないが、手掛かりが不足しすぎているので、思いつきを実行するしかない。
キュアビクトリーは、学校の裏手にある山の峠付近の花畑へと、足を延ばした。
……居た。
花畑にほど近い林の中で、腰を曲げて暗がりに潜んでいる3メートルほどの黒いマネキン人形を発見できた。
付近に、巨大ナメクジの姿はない。別のところに逃げたか、もしくは隠れているか。
といっても、嶋村ハルカの廃人化までの猶予が分からないので、急襲以外の選択肢はあり得ない。
一応確認してみたところ、カナシミーナの頭の植物には『不幸の果実』らしきものが実っている様子なので、あまり時間的な猶予は無さそうだ。
一足飛びに、キュアビクトリーはカナシミーナへと飛び掛かった。
あいさつ代わりのプリキュアパンチをぶちかましてやろうと、気合十分に飛び込んだのである。
「カナシミ・リリィ!」
……もっとも、直前で気づかれてしまい、カナシミーナが掌から生み出した白い花びらの嵐で反撃されてしまった。
ビクトリーには殆どダメージは無い技だったものの、強風を伴う白花の嵐によって出鼻をくじかれてしまった。
吹き飛ばされて付近の木々に叩きつけられたビクトリーだが、すぐさま起き上がって再び襲撃を試みた。
しかし。
「カナシミ・リリィ!!」
白い花びらの嵐を再び受けて、またもやビクトリーは吹き飛ばされてしまう。
2度の迎撃を食らって、キュアビクトリー事態の不味さに気づいていた。
近づけないと攻撃手段も無い、と。
がむしゃらに3度目の突進を試みるも、やはり結果は同じであった。
キュアビクトリーは……ショーコは、視野を広げて戦況を把握しようと努めた。
不思議と、焦りは無かった。
それどころか、限界以上に集中力が高まっているように思えた。
4度目の突撃を、白花の嵐で押し返されながら。
キュアビクトリーは、ふと疑問に思った。
カナシミーナが嵐を使って迎撃している時、カナシミーナ自身も反動で同じだけ後退していなければおかしい筈だ、と。
そこで、5度目の突進の際、カナシミーナの足元に注目してみた。
すると、嵐に吹き飛ばされて回転する視界の中に、カナシミーナがほんの少しだけ後退している姿をとらえる事が出来た。
……では、後退が少しだけで済むカナシミーナと、簡単に吹き飛ぶキュアビクトリーの違いは何だ?
そこまで考えて、気づいた。
そして、同時に打開策も。
左右の腕に1個ずつ装備していた金環を、右手にまとめながら。
キュアビクトリーが全神経を右腕に集中させると、バチバチと異音を放ちながら、右腕の周りを2つの金環が高速回転を始めた。
「行くぞっ! プリキュア・クレーターパンチっ!!」
地面を、全身全霊の気合で砕いた。
ビクトリーが行ったのは、たったそれだけだった。
……それだけで、辺り一面の花畑が、一気にめくれ上がった。
足元を砕かれて態勢を崩しているカナシミーナの元へ、ビクトリーが肉薄した。
カナシミーナは白花の嵐でビクトリーを吹き飛ばそうとしたようだが……
「カナ・シミィ……!?」
「もう、いっぱぁつ! プリキュア・ビクトリー・マグナムッ!!」
近距離まで踏み込むことに成功したビクトリーが、必殺の右拳を放とうとしていた。
足場が不安定なままで放たれた白花の嵐は、キュアビクトリーを押し返すことが出来なかったのだ。
回避が不可能と判断したらいしカナシミーナは、空中で強引に体をひねり、回し蹴りによってビクトリーの攻撃を迎え撃った。
キュアビクトリーの渾身の右拳と、カナシミーナの回し蹴りが、激突した。
辺り一面に花びらが舞い散り、舞い上げられたそばから衝撃に弾かれていった。
「知ってるか! 根をしっかり張ってるヤツほど強いって!」
「カナッ!?」
ここで、ビクトリーは右足を地面にめり込ませながら、左足を全力で縦方向に振りぬいた。
全高3メートルにも及ぶカナシミーナを……力尽くで、空中へと蹴り上げたのだ。
反動をうまく抑えて戦っていたカナシミーナの戦法を、逆用した形である。
きりもみ回転をしながら空中に浮きあがったカナシミーナに対して、キュアビクトリーは。
「これで決まりだっ! プリキュア・ビクトリー・マグナムッ!!」
地面に両脚をとめて、足を少し広げて踏ん張りながら。
落下してくるカナシミーナに対して、再度必殺の拳を叩き込んだ。
きりもみ回転しているせいで、反撃のタイミングを逃したカナシミーナは……あえなく、ビクトリーの拳の先で爆散したのであった。
荒い息を整えながら。
キュアビクトリーは、自身の右腕に装備されている2つの金色の輪に目を落としていた。
2つの金環は、バチバチという異音を放つだけでなく、黒い煙をあげながら焦げた臭いを発していた。
さすがにインターバル無しの3連発は、負担が大きかったようだ。
「参ったな……。これから、真打がお出ましだってのに」
そう、気負いなく呟いたキュアビクトリーは……既に、真打の方に目を向けていた。
木々の陰から音もなく現れた、紫のプリキュア――キュアサイレントに。
キュアサイレントは、カナシミーナが倒される瞬間に影の腕を伸ばして、不幸の果実を回収していたのだ。
限界以上の集中力を維持しているキュアビクトリーの動体視力は、不幸の果実が奪われる瞬間を視認していた。
まぁ、ビクトリーは不幸の果実には用はないので、回収される分には構わないのだが。
「……考えは、変わらないかしら?」
草木の騒めきの間を縫うように、落ち着いた声が届いた。
少なくとも、問答無用でビクトリーを殺そうとするような雰囲気には見えない。
もっとも……サイレントの目の奥には、黒い何かが未だに燻っているように見えたが。
「そうだね。サイレントに協力する方が、人類が存続できる可能性も、あたしが生き延びる可能性も高い。それが正解だよね」
もちろんサイレントは、『勝利の輝石』を奪ったビクトリーに恨みを持っているだろう。
それでも、キュアサイレントは利用できるものは利用する合理主義者だろう、とショーコは感じ取っていた。
だから、ビクトリーがサイレントに協調する姿勢をとれば、きっと二人は仲間になれる。
そうなれば、常に二人で協力して戦うことによって、戦況は劇的に変わるだろう。
「サイレントと一緒に戦えるなら、本当に心強いよ。こんなに有難いことは無いって、思う」
器用に影を操るキュアサイレントと、重戦車のキュアビクトリー。
この2人が力を合わせて戦えば、大抵の敵には負けないだろう。
一緒に戦っているうちに、友情や仲間意識が芽生えることだって、あったかもしれない。
――こんな私なんて……『居ない方がマシなハナ』だよ……っ
「でも、ダメだ」
ハナの泣き声が、頭から離れない。
いつも以上に小さく見えた背中が、目に焼き付いている。
小さなハナの背中を抱きしめた、ハルカの震える腕を……ショーコは、一生忘れないだろう。
「勝利の輝石を盗ったことは、悪いと思ってる。ごめんなさい。でも、やっぱりカナシミーナを放置するのは、あたしは賛同できない」
あの二人の姿を見ていたら、居ても立っても居られなくなった。
だから、ビクトリーは町中を駆け回ってカナシミーナを探したのだ。
キュアビクトリーは、金色の輪を2つとも左手へと嵌めなおして、戦闘態勢をとった。
今のキュアビクトリーが戦うためには、防御に専念しつつ何とか隙を見つけてカウンターを決めるしかない。
そんなビクトリーへと、飽く迄感情を感じさせない視線を突き刺していたサイレントであったが……。
「……今日のところは、見逃してあげるわ。この不幸の果実に免じて」
ビクトリーへと一瞥して、サイレントは木々の作った闇の中へと消えていったのだった。
戦っていたら、おそらくボロボロのビクトリーが勝つ可能性は万に一つも無かっただろう。
それでも見逃してくれたのは……ビクトリーの言葉に何か思うところがあったのか、もしくは不幸の果実が戦闘で壊れる危険性を嫌ったか。
今のキュアビクトリーには、判断がつかなかった。
「あ゛あ゛あ゛ーっ! しんどっ! でも勝った!!」
完全にサイレントが居なくなったのを見届けて、ビクトリーは……疲労に耐え切れず、仰向けに倒れた。
大穴が出来てしまった花畑は、それでもなお、甘い匂いでキュアビクトリーを包んでくれて。
なんとなく、勝利を祝福されているような気分になったビクトリーだった。
……夕焼けの色に染まった校舎へ戻ってきたショーコは。
保健室で、昏睡状態に陥ってベッドに寝かされている嶋村ハルカの姿を確認した。
同時に、疲れたのだろうか、保健室のベッドにもたれて俯せで眠っている引坂ハナの姿も。
カナシミーナの頭の植物が種子を撒き散らす前に倒したので、おそらくハルカは廃人にはなっていないだろうが……一体どれだけの期間を昏睡状態で過ごすのだろうか。
ふと、傍らのテーブルを見ると。
形が崩れた、カボチャプリンが皿に盛られていた。
「誰も食べる人が居ないみたいだし、あたしが貰っとくよ」
誰も聞く人は居ないだろうが、一応宣言してみたショーコは、何となく経緯を察していた。
嶋村ハルカと最期になるかもしれない話をしているうちに、引坂ハナが作りたいと言い始めたのだろう。
きっと、ハルカの思い出の品を家庭科室で作ってきたに違いない。
形が崩れているのは、ゼラチンが足りなかったのか、もしくはハナがカボチャプリンを皿に移す時に失敗したか?
「やっぱり、『何もできないハナ』なんか居ないじゃんか」
ショーコは、仲良く眠っている二人を見守りながら、カボチャプリンをスプーンで掬って口に含んだ。
プリンの甘さとカボチャの素朴さに紛れて……涙の、味がした。
・今回のNG大賞
カボチャプリンからは、涙の味がした。
ショーコ(げぇっ!? 砂糖と塩を間違えるなんて古典的なボケを……!? しかもコレ500グラムぐらいあるし……!)
格好つけながら貰うと宣言してしまった手前、残すのも悪いと思ったショーコは、その後シズエを呼んで二人で食べたのであった。
シズエは泣きそうな顔をしながらも、結局最後まで付き合ってくれた。
この世で最も嬉しくない「あーん(はーと)」が展開された模様。今夜は茶碗蒸し、かな?
・次回予告!
人助けメイツの樹元サキの妹が、ロリコンストーカーの被害にあってるんだって!
救援要請を受けたショーコとシズエは犯人を追い詰めるが、犯人は意外な人物で……!?
どう考えても人助けメイツじゃなくて警察案件よ!
次回『まかせて! 犯人はこの中に居る!』次回も絶好調ナリ!