未だ街の活気が消えない、亥の刻のこと。
カナシミーナの気配を感じたシズエは、キュアサイレントへと姿を変えて現場へ急行した。
現場から去っていったのは、黒いマネキン型のカナシミーナに抱えられた巨大ナメクジで。
その頭に小さな双葉を確認したサイレントは……カナシミーナ達を追わなかった。
カナシミーナの頭に生えた植物から『不幸の果実』を回収することが、サイレントの目的に通ずるからだ。
まだ『不幸の果実』を実らせていないカナシミーナを倒してしまうと、『不幸の果実』が手に入らない。
ふと、サイレントの視界に、道端に倒れている女性の姿が目に入った。
巨大ナメクジがカナシミーナを作るとき、素体となる人間はカナシミーナの一部にならずに放置されるからして。
おそらく、道端に倒れている女性が、今回の被害者なのだろう。
……一応、救急車を呼んでおいてやるか。
あくまで『黄昏の園』を優先するサイレントだが、地球人の命がどうでもいい訳ではないのだ。
『不幸の果実』の回収とカチ合わない範囲内で、地球人の命は守る方針である。
念のために被害者の女性の首に手を当ててみると、やはり脈はあるようだ。
……女性のバッグの中から顔をのぞかせているテディベアと、一瞬目があったような?
そんな気がしたサイレントだったが、よく見てみればテディベアは、やはり人形でしかなかった。
気をとりなおして、サイレントは携帯端末を取り出し、119番をコールして病院へと連絡を入れてやった。
出来れば公衆電話を使いたかったのだが、付近に見当たらなかったのだ。
プリキュアに変身すると指紋認証が使えないのが地味に面倒くさかったりして。パスコードを打ち込めば良いだけではあるが。
というか、最近の携帯端末は緊急時用にパスコードを打ち込まなくても電話機能が使えたりするのだが、サイレントさんは割と機械オンチなのである。
と、もう少し寝ていればいいものを、被害者が目を覚ましたようだ。
サイレントは、クールに現場を立ち去った。
「待って!!」
……立ち去ろうとしたが、失敗した。クールなんて無かった。
カナシミーナの素体にされた被害者が、キュアサイレントの右手を掴んでいたのだ。
つい数秒前まで気絶していたというのに、やたらと行動力がある女性である。
肩にかかるぐらいの茶髪が印象的で、おそらく大学生だろうか。
よく見ると、耳のあたりから結った2房の髪を、頭の後ろでアーチ状にまとめているようだ。
「行かないで、リコ! ちょっと雰囲気変わってるけど、リコだよね!?」
リコって誰だろう……?
普通に人違いである。
というか、紫色のプリキュアに変身するような知り合いが居るのだろうか?
大学生女子は、鬼気迫る様子でキュアサイレントへと詰め寄った。
サイレントの右手を、女性とは思えないほどの握力をこめた両手で掴んで、放そうとしなかった。
キュアサイレントは困惑しつつも、クール系美少女ロールをキープしながら考えた。
この大学生女子を穏便に引き剥がすには、どうしたら良いだろうか?
力尽くで振り払うと、怪我をさせてしまいそうだった。
サイレントは、空いている左手を大学生女子の鼻先へと持ち上げ、指に軽く力をこめた。
「私、ずっと会いたかったんだよ! リコたちと離れ離れになってから、ずっと、ずっと、」
「……悪く、思わないで」
ぱぁん、と。
乾いた音が夜の静けさを切り裂いた。
キュアサイレントが実行したのは、ただの指パッチンである。
ただし、プリキュアの握力をもって行使された指パッチンには、相応の威力がある。
その破裂音を至近距離で聞いてしまった大学生女子は……目を回して倒れてしまった。
脳が揺さぶられたのだ。
「リ、コ……どうし、て……」
「……さようなら。永遠に」
力が入らなくなった被害者の両手を振りほどいて、キュアサイレントは冷たく言い放った。
大学生女子のバッグから転げ落ちたテディベアの目に、一瞬だけ映った紫のプリキュアの姿は……闇夜に溶けるように消えていった。
『ふたりはVSプリキュア!』
第七話:Dokkin♢ちょっぴり切ない奇跡の魔法!
「いっただきまーす! もんぐ。やっぱりこの美味しいゴハンを毎日食べられるあたしは幸せモンだぁ」
「……いただきます。ショーコが喜んでくれて、私も嬉しいわ」
いつも通りの平和な朝食をとりながら。
シズエは、自身の携帯端末が見当たらないことに思い至っていた。
どこかで落としたか、六畳一間の安アパートに置き忘れてきたか。
昨日の夜、テディベアを持った女性のために救急車を呼んだ時に使ったのは覚えているのだが、その後は記憶が怪しかった。
のどかな朝食の時間を削りたくなかったので、安アパートを調べるなら放課後にした方が良さそうである。
「……そういえば、最近ショーコは、うなされていないわね」
「そうなんだよね。でも代わりに、なんか変な夢を見るんだ」
なんでも、ショーコが言うには。
夢の中に、辺り一面の草原の真ん中でポツリと立ち尽くす、知らないピンク色の長髪の女の子が出てくるらしく。
その子は何かを言おうとしているのだが、ショーコからは声が全く聞こえない。
そして、ピンク髪の女の子の指さす先を見ると、地面の花々が不自然に傾いている。
ショーコは、不自然に傾いている花々の示す方向を追って、道なき道をひたすら走ったそうだ。
「……走った先には、何があったのかしら?」
「それが、全然覚えてないんだよね。シズちゃん、どう思う? 花たちが傾いてた先に、何がありそう?」
フロイト式の夢分析をかけたらどうなるのかしら? なんて些細なことを頭の片隅で考えつつ。
シズエは……何となく、昨晩会った大学生女子の事を思い出していた。
キュアサイレントのことを『リコ』と呼んでいた、テディベアを持った女性のことだ。
「……その草原に居た子の、大切な人が居るのかしら?」
「そう言われればそうだったような気も? うーん、やっぱり思い出せないなぁ……」
まぁ、夢なんてそんなものだろう。
朝加家の食卓は、いつも通り平和だった。
そんなこんなで、安アパートに置き忘れたかもしれない携帯端末の回収は放課後に回された。
一応、携帯端末が見つからなかったら色々と手続きが面倒なので、夕飯は自力で何とかしてくれとショーコに頼みつつ。
授業が終わると同時に一度ショーコと別れて、六畳一間の安アパートに戻ったシズエであったが、
「……!」
昨日カナシミーナの素体にされた女性が、安アパートの前に居るではありませんか。
自販機横のベンチに腰掛けて休んでいる様子の大学生女子のバッグからは、やはり愛らしいテディベアが顔をのぞかせていた。
夜野シズエは、事情を悟った。
おそらく、携帯端末は昨日の夜に落として、それを例の女性に拾われたのだ。
安アパートを借りた時に、部屋の破損部位の写真を残して敷金礼金対策をしたので、その画像が携帯端末に残っていたのだろう。
部屋の画像が複数枚あれば、窓の外に見える景色などの情報を踏まえて物件を特定することは、それほど難しくない。決して簡単でもないが。
加えて、携帯端末には当然契約者の名前の情報も含まれているのだから、ある程度地域を絞り込んだ後に聞き込みをするという手もあるだろう。
シズエは……恐怖を感じた。
どう考えても、例の女性は携帯端末を届けに来ただけの親切な人間ではない。
昨晩に会った限りだと『リコ』という人物を探しているようだったが、何だか切羽詰まっているように思えたのだ。
追い詰められた人間は、常識では測れない行動をとることが往々にしてある。
テディベアを持った女性の行動原理が読めない。
夜野シズエの携帯端末をゲットしたなら、キュアサイレントが『リコ』という人物でないことは大学生女子も把握しているはずなのに。
いったい何故、わざわざ夜野シズエを訪ねてきたのだろうか?
警察を呼ぶべきか?
携帯端末が無い。
最寄りの公衆電話はどこだっけ?
いっそ、変身して物理的に処理した方が良いのでは??
なかなか頭の中で正解が出ず、ぐるぐると堂々巡りをしてしまっていた。
どさっ、と。
不穏な音が、シズエの意識を現実へと引き戻した。
例の女性が、ベンチの前に倒れ込んで動かなくなったのだ。
考えてみれば、当然だった。
大学生女子は、巨大ナメクジの作ったカナシミーナの素体にされているのだ。
かつて嶋村ハルカの体調が悪くなったように、テディベアを持っている女性も体調を崩していて不思議ではない。
倒れている大学生女子の様子を観察してみると、脂汗を浮かべているうえに呼吸が荒いのが分かった。
そんな体調で夜野シズエの住居を調べて回ったというのだろうか。恐るべき執念である。
「……ままならない、わね」
ふぅ、なんて息を吐きながら。
シズエは、仕方なく例の女性を担ぎ上げた。
自身より10センチ以上背の高い人間を担ぐのは一苦労だが、不可能ではない。
本当は事情を知り過ぎた人間を始末するのが正解でしょうね、なんて思いつつ。
中学生としては高い部類に入る身体能力をフル活用して、シズエは例の女性を自室へと保護したのであった。
大学生女子を、六畳一間の安アパートの中に敷いた布団へと寝かせたのちに。
シズエは、大学生の持っていたカバンの中身をあらためていた。
なんといっても目を引くのは可愛らしいテディベアだが、それをどかすと夜野シズエの携帯端末を発見することが出来た。
ようやく不安の元を回収して、安堵の息を漏らしながら。
そこでシズエは、ふと新たな疑問に行きついていた。
……シズエの背後で布団に入っているはずの例の女性は、どうやって携帯端末のパスコードを知ったのか?
まさか、昨晩サイレントが例の女性を発見したとき、女性は気絶したフリをしていたのでは?
薄く目を開けて、携帯端末のパスコードを盗み見ていたのだとすれば、説明がつく。
そして……今は? 大学生女子は、本当に気絶していたのか?
夜野シズエは、背筋が寒くなった。
背後をとられている。
自身の足元の陰に重なって、例の女性の影が被さっていた。
「振り返らないで、ゆっくり両手をあげて」
「……!」
振り返ることすら、夜野シズエは出来ない。
背後から命じられた内容を、シズエは実行するしか無かった。
「ゴメンね。迷惑をかけて……あなたの善意を踏みにじるようなマネまでして。自分がこんなに無法な手を使えるんだ、って私自身が一番驚いてるぐらいだよ」
自嘲を含みつつ、大学生女子は呟いた。
夜野シズエの恐怖心は、とどまるところを知らなかった。
シズエの頭の後ろから静かに話しているこの大学生は、まともな倫理観を承知のうえで、自身の目的のために全てをかなぐり捨ててきているのだ。
おそらく、シズエが口封じに大学生女子を殺す危険性まで考慮にいれたうえで、リスクよりリターンを取りに来るぐらいにはブッ飛んでいる。
「……貴女の目的は、何?」
「友達に、会うこと。そのために、あなたがマホウ界から来た方法を知りたいんだ」
マホウ界?
友達というのは昨晩口走っていた『リコ』という人間のことだとしても、『マホウ界』とは一体なんだろうか?
ひょっとすると、『黄昏の園』と同じものだったりするのか?
「本当は、こんなやり方ダメだって分かってる。でも……どうしても、死ぬ前に友達に会いたい。みんなに、会いたいよ……!」
シズエは……ようやく、この大学生の行動原理に理解が追い付き始めた。
この大学生は、巨大ナメクジに悲しみの種子を植え付けられて、自身の死期を悟ったのだろう。
実際、苗床となった人間を放置すれば最終的に廃人となるのだから、その認識は殆ど正解である。
因果応報、という言葉がシズエの頭に浮かんだ。
地球人の命を後回しにしてきたツケが自分に回ってきたのだ、と自然に思えた。
まぁ、それはそれとして『黄昏の園』の復活を諦める気は更々無いが。
冷静に考えてみれば、この大学生女子は夜野シズエから情報を引き出したがっている。
つまり、目当ての情報をシズエが口にするまでは、この大学生は即死級の攻撃をしてこないということでもある。
「……油断大敵」
「なっ!?」
なので、シズエは自身の身体を『く』の字に曲げる要領で、ヒップアタックを背後へと繰り出してみた。
手ごたえから察するに、背後の大学生を転倒させるには至らないだろうが、ほんの少しの隙は作れたはずである。
「……プリキュア・サイレント・チェンジ!」
瞬く間にキュアサイレントへと変身したシズエは、尻餅をついている大学生女子の首元に影の刃をつきつけた。
ヒップアタックに返ってきた感触から考えて、この大学生を転倒させるほどの衝撃は無かったのだが、どうやら大学生側の運が無かったようだ。
地面に落ちていたテディベアを踏んでしまったらしく、この大学生女子は体勢を立て直せずに転倒してしまった模様である。
……このテディベア、そんなところに置いたかしら?
そんな場違いなことを思ったサイレントだが、あまり気にすることでも無いだろう。
まさか、ぬいぐるみが勝手に歩いたりしないだろうし。
一応、サイレントは大学生の首をいつでも落とせる体勢を維持している。
それでもなお、大学生女子の目の中には、ぎらぎらとした輝きが残っていた。
目の下にはクマが濃く見えているうえに、依然として体調は悪そうなのに、目的達成への意欲をまるで失っていない様子であった。
凄まじいまでの執念である。
「……貴女の言っていた『マホウ界』とは、いったい何?」
だが……サイレントの一言を聞いて、大学生の瞳の光が揺らいだ。
そう、見えた。
「マホウ界は、前はカタツムリニアで行き来できて、魔法学校や魔法樹があって、ドラゴンや喋るクマも居て……そんな、ワクワクするような場所だった」
あなたはマホウ界から来たプリキュアじゃないの? と大学生は続けて聞いてきた。
縋るような声だった。
大学生の説明が全て過去形だったところに話のポイントがあるのかもしれない。
「……残念だけれど、私の故郷は『マホウ界』とは違う異世界よ。貴女の力には、なれない」
「そっか……。そうだよね、そんなに都合よく、いかないよね。私……バカみたい」
何かが折れた音が、聞こえた気がした。
大粒の涙が、零れ落ちた。
サイレントは……何も、言葉をかけることが出来なかった。
なんとか尻餅の状態で上半身を起こしていた大学生女子は、腕を突く余裕すら無いようで、そのまま倒れてしまっていた。
今まで、本当に気力だけで動いていたのだろう。
その気力が途切れて、全く動けなくなってしまったのだ。
サイレントは……黙って、大学生を元の布団に押し込んだ。
大学生女子の身体は、先程よりも重さが減ったように思えた。
その枕元に、キュアサイレントは静かに座った。
「ありがとう、シズエちゃん……。あなたの好意を踏みにじった私のことを、心配してくれて……」
確かに、大学生女子の行動はホラー的な意味で怖かった部分もあった。
それでも、シズエは大学生女子と正面から向き合わなければならないと思った。
故郷である『黄昏の園』の優先順位は変わらないにしても、シズエが犠牲にした人間の痛みから、目を逸らしてはいけない。
今日カナシミーナを狩りに行って、もしサイレントが負けたら、一人の人間が廃人になるのだ。
その悲しみを見なかったことにするのは、ダメだ。
「……聞かせてほしい。貴女が大切に思ったものを。貴女が命をかけて会いたかった人の事を」
「私もね。昔、プリキュアだったんだ」
月が大きな夜に、空から落ちてくる魔法使いを見つけて。(落ちてないし!)
魔法使いと友達になって、なぜだか流れで二人はプリキュアになって。
テディベアともお喋りできるようになって、マホウ界の学校に短期留学して。
妖精の子供を皆で育てて、闇の魔法使いや混沌と戦って。
最後の戦いの際にマホウ界へと行き来する手段も魔法も失ってしまって。
マホウ界の友達とも会えなくなって、テディベアも何も言わなくなってしまった。
大学では、マホウ界の痕跡を辿るために、世界中を調べて回れる職業を探しているのだとか。
――キュアップ・ラパパ! 私達は必ず! 絶対! また会えるっ!
「いつかの再会を信じ続けて、普通に生活していくんだって思ってた。でも、昨日の夜に紫のプリキュアを見たら……どうしても、思い出しちゃって」
その後は、シズエも知っての通りだ。
植え付けられた悲しみの種子に起因して自身の死期を悟った大学生女子は、マホウ界へ通ずる唯一の手掛かりを求めて夜野シズエに接触してきたのであった。
話の最中、サイレントは何度も逃げ出したくなった。
大学生の独白が他人事とは思えなかった。
故郷を失った夜野シズエの嘆きは……きっと、大学生女子の抱く悲しみと同種のものだ。
シズエの場合は、陽だまりのように暖かな親友が居場所を作ってくれたが、それでも望郷の念は決して消えない。
「……私が、これからカナシミーナを倒してくる。そうすれば、貴女は死なない」
「無理、しなくて良いよ。昨日の怪物は、倒すのが難しいから逃がしたんでしょ?」
あなたの命を危険に晒してまで守ってくれなくていいよ、と大学生女子は続けた。
サイレントがわざと敵を逃がしただなんて、考えもしていないという顔だった。
カナシミーナに負ける可能性もゼロではないが、大体は勝てるだろうという見込みはあるのだから、心配されるほどでもない。
「……違う! 私は、貴女やショーコが思っているような、正義のヒーローなんかじゃない……!」
「シズエちゃん……?」
自分でも意識しないうちに、声が大きくなっていた。
大学生の悲しみに、あてられたからかもしれない。
もしくは、大学生女子のまっすぐな考え方が、シズエの大切な人と重なって見えたからか。
「……私の故郷――『黄昏の園』を取り戻すために、『不幸の果実』が実ってからカナシミーナを倒す必要がある。そのために、私は貴女の命を危険にさらしている……!」
布団に押し込められた大学生女子の、枕元に座りこんだまま。
サイレントは、言わなくてもいいことを口走っていた。
このまま何も言わずにカナシミーナを倒して帰ってくれば、何も知らない大学生はサイレントに感謝して終わりだというのに。
言わずには、居られなかった。
「そっか……。そんな苦しさを、独りで抱えて戦ってきたんだね」
いつのまにか、大学生女子が手を伸ばして、サイレントの右手を握っていた。
その指には……昨晩の力強さなど、見る影も無かった。
「私の命を預かるのが、あなたで良かった。私はそう思うよ。だから、そんなに辛そうな顔をしないで」
キュアサイレントとしての感覚が、カナシミーナの気配を教えてくれていた。
どうやら『不幸の果実』の完成は間近のようだ。
……そういえば、今回はキュアビクトリーが邪魔をしに来ていないような?
まさか、カナシミーナの気配を全く感じないほどニブい奴だなんてことは無いだろうが……?
「……行ってくるわ。私は負けない。貴女は、生きてもう一度友達と会わなくちゃいけない」
「無理しないで、いってらっしゃい。あまねく生命への祝福を、あなたにも。……なんてね」
苦しそうに笑った大学生を、後に。
十六夜の月が照らす闇夜へと、キュアサイレントは降り立った。
カナシミーナは、桜並木の公園の奥に潜んでいた。
いつもの3メートルほどの巨体のマネキン型怪人の姿が、桜の樹の陰から見えていたのだ。
ならば、キュアサイレントのやるべきことは決まっている。
「……プリキュア・サイレント・リッパー」
三日月型へと練り上げた影の刃を、全力で投擲した。
開幕から大技ぶっぱで殺しに行くスタイルである。
もっとも、ガードされてしまったらしく、決定打には程遠かったが。
どうやら敵はホウキのような形状の黄色い武器を持っているようで、甲高い音とともに影刃は弾かれてしまっていた。
「カナシミ・ミラクルゥ!」
流れるような動きで、カナシミーナは黄色のホウキを振りかぶって殴りかかってきた。
正面から切り結ぶには分が悪いと判断したサイレントは、相手の間合いに入らないように、距離をとろうとするが、
「……っ!?」
何かに足をとられて、転倒してしまっていた。
その隙を狙いすましたように、カナシミーナは黄色のホウキをハエ叩きのように平たく使って、サイレントを叩き潰しに来ていた。
サイレントは、影をジャッキ状の耐重構造物へと組み上げて、ホウキによる叩き潰し攻撃を受け止めた。
受け止めて押し返すのではなく、叩き潰し攻撃を遅らせて、その隙に横から脱出する方針である。
重戦車のキュアビクトリーならプリキュア恒例の重量挙げをするところだろうが、キュアサイレントの持ち味は単純な腕力ではないのだ。
「……これは」
ところが、サイレントは巨大ホウキによる押し潰し攻撃から抜け出せずにいた。
サイレントの足に、紐状の黄色い粘土のようなものが巻き付いていたのである。
指の先に小さな影の爪を作って、紐状の粘土を切断しようとするものの、薄い傷がつくばかりであった。
斬撃に使用する影の量をもっと増やせば切断できるだろうが、頭上の巨大ホウキを受け止めている分の影は減らせない。
よく見ると、紐状の黄色い粘土は、カナシミーナの持つホウキの柄から伸びているようだ。
おそらく、この黄色の粘土は……サイレントの持つ影の衣と同じ系統の能力なのだろう。
先程の斬撃耐性から察するに、黄色の粘土は硬度が高めな代わりに、刃物を形成するほどの精度は無いと判断できる。
もし刃物を形成できる精度があるなら、サイレントの足を紐で引っ張るよりも、足自体を切断した方が早い。
「カナシミ・ルビィ!」
そして、カナシミーナは膠着状態を許してくれなかった。
黄色の巨大ホウキを押し込んでいる両手から、燃え盛る火炎が噴き出したのだ。
瞬く間に、キュアサイレントの視界が紅蓮の炎で埋め尽くされた。
これは、マズい。
このままだと、脱出もかなわずに焼死する。
変身が解けて生身に戻った時点で火傷は消えるが、次の瞬間には圧死する運命だ。
キュアサレイントの判断は、迅速だった。
影の短刀を作成し、自らの足を切断して脱出を……
「プリキュアパンチっ!」
……する寸前で、横槍が入った。
桜色のプリキュアが、カナシミーナを殴り飛ばしたのだ。
左右の手首に金環を備えたキュアビクトリーが、戦場に姿を現したのである。
次の瞬間には、サイレントの身体が浮いていた。
躊躇なく炎の海へと飛び込んできたビクトリーが、サイレントの膝と背中に手をまわして、所謂『お姫様抱っこ』の体勢で抱え上げたのだ。
そのまま、ビクトリーは紅蓮に染まった炎の中から脱出した。
夜風を置き去りにして走るビクトリーのおかげで、煉獄の残り香はすぐさま消えていった。
「……どうして?」
サイレントは、気付いていた。
ビクトリーは、サイレントを横抱きにしたまま、カナシミーナから離れている。
今の行動は、カナシミーナの被害者を可及的速やかに救済したいビクトリーの行動原理からは外れているのではないか?
小高い鉄塔の中腹で、ビクトリーはようやく立ち止まった。
「プリキュアは助け合いでしょ! ……じゃなくて、まぁ、なんだろ? 人間を助けるためにプリキュアになったんだから、プリキュアを助けたって良いじゃん?」
……二兎を追う者は二兎とも獲れ、というヤツだろうか。
それにしたって、今のビクトリーは無防備過ぎる。
両腕を使ってサイレントを抱きかかえているビクトリーは、サイレントから攻撃されたら即死である。
前に会った時にもサイレントが殺意全開の攻撃をしたのを、忘れたわけではあるまいに。
サイレントは、静かに影で大きなハサミを作り出し、ビクトリーの首の左右へと刃をあてがった。
ビクトリーは、身じろぎ一つしなかった。
「……私が刃を動かせば、貴女は死ぬ。私なんかを助けた結果、貴女は全てを失うわ。愛しい人とも、二度と会えなくなる」
――どうしても、死ぬ前に友達に会いたい。みんなに、会いたいよ……!
あの大学生女子の姿が、脳裏に蘇った。
きっと、あの大学生も昔はキュアビクトリーのように快活で真っすぐなプリキュアだったのかもしれない。
ビクトリーにだって、居るだろう。
死ぬ前に会いたい、愛おしい人が。
「サイレントは『私なんか』って言うけどさ? あたしは、そうは思わないよ」
……微妙に、違う論点を突いてきたような?
ビクトリーが静かに聞き返してきたのは、サイレントが特に意識せずに言葉にした部分だった。
怒るでもなく、呆れるでもなく、ビクトリーは諭すように言葉を続けた。
「サイレントのやり方は、あたしは納得できない。でも他に方法が無いなら間違いだとは言えないよ。それに、前に会った時に、サイレントは聞いてきたよね」
――あのカナシミーナの素体は誰?
福圓ミユキがカナシミーナになったとき、サイレントが聞いたことだ。
そんな言葉を、ビクトリーはわざわざ覚えていたのか。
「聞いた時は意味が分からなかった。でも、後から気づいたんだ。居るんでしょ? この地球にも、サイレントの大切な人が」
ビクトリーの言葉に、サイレントは一瞬だけ息が詰まった。
図星だったからだ。
あの日、シズエはビクトリーとショーコの二人だけを空き教室に残して、退室した。
そして、直後にビクトリーがカナシミーナと戦っている光景を見て、思ったのだ。
あのカナシミーナの素体はショーコかもしれない、と。
「あたしね、最初は本当にサイレントのことが怖いだけだった。でも、今なら言えるよ。あたしとは違っても、サイレントだって立派にヒーローやってる、って」
だから『私なんか』なんて言うもんじゃないよ、とビクトリーは締めくくった。
その言葉を聞いて、サイレントは冷静に思った。
それって、別にビクトリーが殺されない理由にはならないわよね、と。
そこまで理屈で理解出来ていながら……サイレントは、影のハサミを戻していた。
ビクトリーが、ほっと息を吐く音が耳に届いた。
別に、死なないという確信を持っていた訳ではないらしい。
「……全く、度し難いバカばかりね」
誰の事とは言わずに、ぽつりとサイレントは呟いた。
友達に会うために命を投げうってプリキュアに挑んできた人間のことか。
死を覚悟して敵を助けた人間か。
もしくは……邪魔者を殺す千載一遇の機会を捨てた、誰かさんのことか。
「え? 今あたしの事、大好きって言った?」
「……都合のいいことしか聞こえない耳は、嫌いよ」
……やっぱり、コイツの首は刎ねておいた方が良かったかもしれない。
御姫様抱っこから開放されつつ、相変わらずサイレントさんは涼しい顔だった……。
「ま、とりあえず今夜はあたしを利用しなよ。一人で戦うには荷が重い相手でしょ?」
「……遺憾だけれど、その通りよ。仕方ないわね」
礼を言うつもりは無いわ。
恩を売るつもりも無いよ。
そんな御約束な会話を交わしつつ。
ふたりのプリキュアは……小高い鉄塔を、飛び降りた。
桜並木の道に戻ってきた二人は、すぐさまカナシミーナへの強襲にかかった。
残された時間は、それほど多くないのだ。
「プリキュア・ビクトリー・マグナムっ!」
右手に装備した二つの金環を唸らせながら、ビクトリーが渾身の拳を叩き込んだ。
まともに当たれば一撃で勝負は決まるのだろうが、残念ながらそう上手くもいかない。
「カナシミ・トバーズゥ!!」
「うそぉ!? 器用すぎでしょ!?」
なんと、ホウキ状だったはずの黄色の粘土を使って、カナシミーナも右手に腕輪を作成したのである。
ビクトリー・マグナムと同じ技で、カナシミーナが迎撃してきたのだ。
二つの拳がぶつかり合い、桜の木々が激しく揺れた。
威力はビクトリーの拳の方が高いようだが、力ずくで押し切れるほどの差がある訳でも無い模様だ。
「……プリキュア・サイレント・マグナム」
「って、あんたも出来んのかーい!?」
……桜の木々の影を縫うようにカナシミーナに急接近したサイレントが、強パンチでカナシミーナの右肘を砕いた。
例によって、サイレントも右手首に影の腕輪を形成している。
カナシミーナがビクトリー・マグナムを模倣しているところを見て、同系統の能力を持つサイレントも真似出来るかもしれない、と思って試したら出来てしまったのである。
もちろん基礎的な腕力が違うので、本家と同じ威力は出せないが。
「カナシミ・ルビィ!」
カナシミーナが、空いている左手から紅蓮の炎を吐き出した。
だがそれも、サイレントは対策済みである。
腕輪状態を解除しつつ、サイレントは新たに左手の先に影の風車を生み出して、火炎攻撃を迎え撃った。
影の風車から生み出される強風は、それ自体にはカナシミーナにダメージを与える威力は無いが、火炎を巻き込んで押し返すことは出来ていた。
と、そんなサイレントの背後から、豪速の何かが通り過ぎた。
金環を左手に2つ付け替えたビクトリーが、打撃力を犠牲にして全体的に上がった身体能力を活用し、人の頭よりも大きい岩を投げつけたのである。
普段は戦闘中に頻繁に金環を付け替えている余裕などないのだが、やはりチームだと勝手が違うらしい。
投擲された大岩は、サイレントの起こした強風のあおりも受けて、超音速でカナシミーナへと激突を遂げた。
「カナシミィ……!」
もっとも、カナシミーナ側もギリギリで反応できたらしく、肘が砕けていていた右腕を盾にする形で難を逃れたようだ。
代わりに、カナシミーナの右肘から先は完全に失われてしまっていた。
最後の足掻きとばかりに、カナシミーナは右腕と一体化させる形で、黄色の粘土で全長2メートル近い大槌を作り出していた。
黄色の大槌を振りかぶって、一撃必殺の逆転劇を狙うカナシミーナの足掻きを前に。
にやり、とキュアビクトリーは笑った。
「あたしの人生の師匠が言ってた! ちゃぶ台をひっくり返して良いのは、よっぽどメシが不味かった時だけだってなっ!」
キュアビクトリーは……カナシミーナの足元一体の張り巡らされていた影の布を、力任せに引っ張った。
影の布を作成したサイレントが実行しようとすれば、おそらく腕力が不足してしまう技なのだが、ビクトリーならば可能なのである。
足元を一気に崩されたカナシミーナは、なすすべなく背中を地面に付けてしまっていて。
「……プリキュア・サイレント・リッパー」
影の布を回収して巨大な三日月型の刃に練り直したサイレントは、容赦の無い投擲攻撃を繰り出していた。
あれほどの強敵であったはずの粘土のカナシミーナは……驚くほどあっさりと両断され、爆散したのであった。
そして同時に、桜並木の道を一陣の風が吹き抜けた。
カナシミーナの爆死を確認するや否や、キュアビクトリーが全速力で撤退を始めたのである。
戦いが終われば協力関係も終わりなので、意外にも理性的な対応であると言えるだろう。
サイレントも『不幸の果実』を持ったまま戦う気は無いので、好都合である。万が一戦闘中に壊れたら困るからだ。
「……意外とアホじゃない、のかしら?」
一昔前のギャグマンガみたいな回転数で足を回して去っていくビクトリーの背中を見送りながら。
ぽつり、とサイレントは呟いたのであった。
夜野シズエが、六畳一間の安アパートに戻ってきたとき。
出ていくときには施錠したはずの鍵が、締まっていなかった。
室内には、人の姿は見られない。
「……??」
妙である。
カナシミーナの素体になった後遺症から、例の大学生は最低1週間程度は昏睡状態に陥るはずなのに。
まさか、全て夜野シズエの白昼夢で、ストーカーもどきの大学生なんて居なかった?
よく考えたら大学生女子の言っていたことには一つも証拠が無かったし、ただの狂人だった可能性も微粒子レベルで存在する??
……と思ったが、部屋の隅に畳んでおいてある布団を見るに、大学生女子の存在自体がシズエの白昼夢であった可能性はゼロだろう。
それに、何となく夜野シズエは、大学生女子の言っていたことが本当だろうと感じていた。
やはり、大学生女子が自力で帰宅したとしか考えられなかった。
奇跡や魔法でも起こったのだろうか?
ふと、折りたたまれた布団の上に、メモが置かれていることに気付いた。
――キュアップ・ラパパ!
――シズエちゃんは
――必ず故郷を取り戻せる!
おまじないか、願掛けか。
大学生女子の書置きと見て間違いないだろう。
夜野シズエは、そっとメモをたたんで、学生カバンの中の奥へとしまいこんだ。
少しだけ……胸の中が、温かくなったように思えた。
満月より少しだけ欠けた月が、カーテンの隙間から柔らかな光を降らせていた……。
夜野シズエは、気付かなかった。
メモ帳の裏面にも、丸い文字が連ねてあったことに。
『シズエは たいせつなひとと ずっといっしょモフ』
奇跡と魔法……あなたは信じますか?
・今回のNG大賞
倒れている女性のために救急車を呼ぼうとしたサイレントは、女性のバッグから落ちた一冊のノートの中身が目に入った。
みらいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみ
らいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみら
いみらいみらいみらいみらいみらいみらいみらい
みらいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみ
らいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみら
いみらいみらいみらいみらいみらいみらいみらい
みらいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみ
らいみらいみらいみらいみらいみらいみらいみら
いみらいみらいみらいみらいみらいみらいみらい
サイレントは恐怖を感じた。何も見なかった。
※まほプリ14話の例のノート
・次回予告!
男子っぽい服装をしていたショーコは、何故か同級生の水樹ツボミから惚れられてしまった!
初心すぎる乙女心をブレイクする罪悪感から、ショーコは本来の性別を言い出せず……!?
次回『Alright! キュアビクトリーは大変なものをキャッチしていきました!』私、堪忍袋の緒が切れました!