キルヒアイスはグラーフと不知火に連れられ、舞鶴鎮守府を案内されていた。
別用があった親潮とは既に別れ、後で合流する事になっている。
案内されている最中、キルヒアイスの見る光景は実に斬新であった。
幾らかは街中の光景を見てきたのであるが、「この世界」の軍施設を確認すると、
赤煉瓦をベースに建てられた建物が多く、その建物形式はいずれも見た事が無い。
また、すれ違う軍関係者の白を基調とした軍服に対しては
多少、帝国軍の軍服に似ている箇所があったものの、これも見た事が無い。
キルヒアイスは別の世界に来たのだと、改めて実感した。
キルヒアイスは気取られぬように周りを確認していたのだが、
勘の鋭い不知火には気づかれていた。
「そんなに日本の鎮守府は珍しいのでしょうか?」
いきなり声を掛けられたが、キルヒアイスは即答する。
「ええ…私にとっては日本という地は初めてなので、勿論珍しいものもありますよ」
「…司令が目に見るものが『初めて』というのも沢山あるでしょうね」
この言葉は不知火が鎌をかけたものであったが、実に大正解であった。
(この娘は本当に勘が鋭いな。まるで オーベルシュタイン卿だな…)
キルヒアイスは不知火の勘の鋭さに驚嘆し、思わず本音で答えてしまう。
「フロイライン・ヌイヌイ。貴方は本当に鋭いですね」
「私はし・ら・ぬ・いです。以後お間違えぬよう。あと、ふろいらいんとは何でしょうか?」
「シラヌイにはわからないだろうな。フロイラインとはドイツ語で未婚女性に対する敬称の事だ」
2人の会話を聞いていたグラーフがキルヒアイスをフォローをした。
「これは失礼しました。フロイライン・シラヌイ」
キルヒアイスは親潮の時と同じように、不知火に対し、謝罪の意味を込めて、頭を垂れる。
「は?…え、ええ。司令に落ち度はありません(あれ…不知火は何を言っているのでしょうか)」
「それは良かった」
キルヒアイスは久し振りに笑顔を見せた。
形の整った顔の好青年からすまなそうに謝罪されると、
流石の鉄血少女も狼狽してしまい、言葉に詰まってしまった。
(くっ…不知火に落ち度があったとは…しかし、次はその笑みには騙されはしまい!)
しかし、不知火はその「満面の笑み」に騙され続ける事となる。
「それよりアトミラール。あそこがマミーヤだ。あそこのメニューは豊富だぞ」
「マミーヤ?メニューが豊富?…食堂でしょうか?」
「その通りだ。あそこのカレーは旨いぞ」
「カレー?食べたこと有りませんね…」
キルヒアイスとグラーフが会話を続けている間、不知火は怪訝そうにキルヒアイスを見つめる。
(この人おかしい…何かを隠しているような…)
その視線にキルヒアイスは気づいていたが、
何も悟っていないような態度でグラーフと接しながら、こう考えていた
(彼女には要注意だな…何か感づいているものがあるはず)
丁度、食堂を通り過ぎた後であった。
「とぉぉおおぉおぉおぉぉ~う!」
東の方からから甲高い奇声が聞こえてきた。
「さ、先程の変な声は何ですか?」
キルヒアイスがグラーフに問いかける。
「ああ、クマノだな。今は訓練中のはずだ。新任の挨拶しに行くか?アトミラール」
「ええ、行きましょう」
訓練場に着くと、栗色の髪をポニーテールに纏めた少女が射撃訓練を行っていた。
早速グラーフが声を掛ける。
「おいクマノ!新任のアトミラールが挨拶に来たぞ!」
「あら!着任されましたの!ちょっとお待ち下さいな!」
射撃訓練を中止した少女は、ガチャガチャと音を鳴らしながらこちらに駆け寄ってくる。
遠目から確認したが、キルヒアイスは少女が身に着けている兵器らしきものに首を傾げる。
(なんだろう…あれは?)
ようやく熊野がキルヒアイスの下へやってきた。緑色の瞳に、茶色のブレザーを着用しているが、
如何にもお嬢様のような格好のイメージである。キルヒアイスにはそう見えた。
「ごきげんよう。最上型4番艦の熊野ですわ」
「今回司令を務めさせて頂きます、ジークフリート・キルヒアイスです。
ドイツからやってきましたので、何かと不慣れですが、宜しくお願い致します」
キルヒアイスは演劇役者のように、その場を上手く取り繕う。
「まあ!素晴らしい御仁ですわァ!」
熊野はキルヒアイスの役者ぶりに全く気付かず、感嘆の声を出す。
(とんだ役者ですね…この御方は…)
不知火が警戒を強めるが、キルヒアイスはそれに気にせず、言葉を続ける。
「フロイライン・クマノ。貴方の身に着けているその兵器らしきものはなんでしょうか?」
「ふろいらいん?え?提督は艤装を御存じないですの?
ドイツの艦娘を見た事はありませんの?」
(ほう、これが「ギソウ」という兵器か…。そしてカンムスとは彼女らの事を指すのだろうな。
彼女たちが「何」と戦っているかを探る方が先決か…)
キルヒアイスは頭の中で課題を整理しながら、上手く取り繕う。
「いや、ドイツで私は海軍所属でしたが、あくまで予備役でしたので、
軍の機密情報であるカンムスに関しては、今迄知らなかったのです」
キルヒアイスは艦娘が軍の機密情報である事を知らず、嘘をついたが、
それはどの国であっても機密情報であったので、その事は正解であった。
「そうか、アトミラールは予備役であったか」
「しかし予備役の方が、なぜ、舞鶴のような鎮守府の司令を務める事になったのでしょうか?」
不知火がすかさず突っ込みを入れるが、キルヒアイスは即答する。
「それはですね。予備役といえども、艦隊の指揮を取った事がありましてね。
その時の功績が認められて、私が軍上層部から優秀であると判断されたからですよ
(艦隊の指揮を取った事があるというのは事実であるが、ドイツという国では取った事はないがね)。」
「なっ?!」
不知火は絶句した。そこまでの功績があったとは予想していなかったからである。
キルヒアイスは不知火の動揺した態度を見て、心の中で勝ちを誇ったが、
慢心はしていない。
(ラインハルト様の副官を務めていた事は伊達ではない。こうなれば徹底して正論だ。
戦術に関しては追及されても、どうとでも答える事が出来るからね)
キルヒアイスの自慢は決して否定出来るものではなかった。
「アトミラール!私は感動した!そこまでの実績を持っていたとは!」
(いやいや、貴女には圧倒的に判らないでしょうが。。。)
「わたくしも感動しましたわァ。これからも宜しくお願い致しますわァ~」
熊野は感動してキルヒアイスに握手を求める。
(この娘はなんと騙されやすいタイプだ。将来が心配だが、今のところは守ってあげるとするか)
「改めて宜しくお願いします」
キルヒアイスは熊野と熱い握手をする。
蚊帳の外になった不知火は改めてキルヒアイスに対し、更に不信感を増大させるものとなった。
(この訳の分からない司令の正体を暴かないと…)
小声で言ったが、後ろから何者かにいきなり肩を掴まれ、不知火は瞬背筋を凍らせた。
「グラーフさんですか?次に行くところはどこに…」
「貴女はこの私の正体を暴くつもりらしいですね」
「!!」
肩を掴んだのはキルヒアイスであった。
後ろを振り向くと、不知火以上に冷酷無比な目をした青年の姿があった。
しかし、そんな圧力に臆せず、不知火は返答する。
「なんでしょうか。…不知火に落ち度でも?」
「その言い回しは、言い訳の類ですか?」
「!!!!!!」
予想もしない返答に不知火は絶句する。
不知火が良く周りを見ると、少し離れたところでグラーフと熊野が会話に夢中になっており、
キルヒアイスと不知火の会話は聞こえないだろう。
この状況の中、不知火は混乱してしまい、本音を漏らしてしまう。
「お、おのれ!猪口才なッ!貴様は何者だッ!!」
「何者だといいでしょう。しかし、貴女は厄介だと判断しました。
ここでちょっと眠ってもらいます」
「なッ?!」
不知火が一言を発した瞬間、キルヒアイスは不知火のこめかみに手刀を打ち放った。
「うッ!」
不知火はこめかみを強打され、意識を失った。
その行為にグラーフ、熊野は気づいていなかった。