―――それは、命を切り裂く煌きだった。
金属音も無ければ、大気を斬る風の音さえしなかった。
究極の一、無の境地、零の視点、明鏡止水、空位、透化、水月、無空、等々とそれを指す言葉は様々だ。しかし、宿す概念は等しく同じ―――始まりの「 」である。
つまり―――死。
斬り殺された生物は死ぬ。当たり前の事実が概念と成り果て、刃は容易く魂を切断する。
そして、その死神の如き超常の斬撃を操るのが、剣聖の技を超えた剣神の業。絶対なる術理。
士人が防戦一方で、逃げ回る他に生きる手段が一つもなかったのが、アーチャーとアサシンの同時攻撃だ。それを男は仕込み杖の刀で受け流し、斬り逸らし、その上で反撃する。卓越した神域の剣術と、未来を選択する程の先読みがなくては、最上位クラスのサーヴァントを二体同時に、同等に殺し合える道理はない。正しく、無に至った超越者の剣聖剣神だ。
……姿形が、例のあの人でなければであるが。
「ふむ。成る程、お主らも中々に鍛え込んでおるのぅ……いやはや、儂が一呼吸で斬り殺せん。素晴しい精神、美しい技量じゃ」
「―――……お前は、一体どの様なサンダースなんだ?
近代の英霊が何を志せば、企業運営の傍らでそこまでの技量を体得する事が出来ると言うのか。オレの部下や鬼ヶ島の男共にも、お前程の斬殺技巧を誇る者は皆無だぞ。
「……その筈だ。そんな剣聖のカーネルがいたら堪らないな……――え、そうだよね? 貴方、本当にカーネル人形の人じゃないよね?
私、チキンの王様よりか鍛え足りない何て事実、少し堪えてしまうのだけど」
「ほっほっほっほっほ。さて、どうじゃろうな?」
黒武者と喪服の女王の二人相手に立ち回る狂った技量。カーネルと思われる何者かが強さを求める狂気は限りなく透明となり、人を斬り殺したい殺人衝動など眠気を我慢する欠伸程度にしか感じられないのだろう。その領域に立ち、尚且つ突破した剣神が届く精神性。
何よりアサシンとアーチャーの二人が振う剣技とて、英霊の中でもトップクラス。一人の人間が人生を賭して鍛え、命を削って極めた斬殺技術に他ならない。
基礎鍛錬と稽古を繰り返し、武芸者として修行した技。
戦場で殺人術を実践で磨き、心技体で得た人殺しの業。
言峰士人が敵う頂きではない。今の彼では反則を行わなければ、単純な個としてまだ届かない強さ。それを―――仕込み刀を振うカーネルらしい男は、容易く超えていた。
……その事実を、士人は彼らしい素直な精神で受け止めていた。
先程まで殺し合っていたヨハンネス・リヒテナウアーや、嘗て第五次聖杯戦争で従えた佐々木小次郎と同じ―――剣聖を超えた剣神であるのだと、認めていた。
「―――………。
あれは、確実にカーネルじゃないな。創始者があのレベルであったら、アルバイトが死徒を殺せる達人になるぞ。店員全員が代行者クラスとか、一体全体どんなファーストフード店だ。
まぁ、あの人物が英霊になる訳もなし。召喚出来たとしても、皮だけ被った幻霊だろうか……」
とは言え、認めても理解は出来てはいない。何故あの
最高技巧の剣戟が至る零の絶技。刀に蓄積された経験は、固有結界に匹敵する空の領域であった。
だから、解析をすれば一目で分かってしまう。あの黒い
尤も、これは口に出さない方が良いだろうと判断。相手側の
「糞、剣戟技量はオレ以上。何より貴様、その武芸―――日ノ本の武者だな!?」
確実に殺すなら、まず距離を取る必要がある。
弓の領域であれば殺せるが、剣の領域では剛力無双の源為朝であろうと―――勝ち目が薄い。
「ほっほっほっほっほ。さてはて、それはどうだがのう。儂はこう見えて……じゃのうて、見た目通りニワトリ好物なカーネル御爺さんだ」
「お前のようなカーネルがいるものか!」
トミュリスはふざけたことを喋るカーネル人形の首を斬り落とすべく、一気に接近。既に全力を出すべく、
本来ならば、死ぬべき攻撃だ。トミュリスの一振りはそう言う概念であり、神域の速度に到達している。だが、速さなど剣神の前では無意味。燃え盛る鮮血の火刃であらば、その火炎ごと切り裂いて刃を斬り逸らせば良いだけだ。
太陽神の加護で強化したトミュリスに対抗可能な英霊など―――大英雄でさえ、難しい。
何せ、死ぬ。絶対に死んでしまう。救世主殺しの処刑刀は、概念の守りを水で濡れた紙を裂くように切断してしまう。不死身の肉体を問答無用で処刑し、神の御加護など何一つ価値がない。
その宝具を、更に鮮血の火炎で強化する。必ず殺す意志に溢れ、一撃でも直撃を許せば霊核が即座死亡する。対抗手段は唯一つ―――
「此処におるのよう、喪服の女王」
―――至高の技巧で以って、救世主狩りの女王を超えるのみ。
炎を纏う刃と、炎を裂く刃。重なり合う度に火花が散り、煌く星のように火は枯れ落ちる。アーチャーさえも魔腕で握った刀を超常の怪力で振り抜き、Aランク宝具に匹敵する膂力で刃を振い、絶殺を狙うも全て受け流されてしまっている。
「埒を開ける、アーチャー……ッ――!」
「合わせるぜ。好きにやれ、アサシン」
バベル最強の
―――発火する
それこそが戦果である宝具。救世主の生首を納めた概念武装であり、彼女が歴史に名を刻んだ具現。
「―――……
血色の兵士。鮮血人形の軍勢。屍の軍団―――マッサゲタイとペルシャの混成血軍。革袋から溢れ出した血液は人型となり、硬化した血液は刃と鎧に変化する。既に十名の鮮血屍兵が生み出され、人形を囲んで抹殺陣営を組み終わっていた。そしてこれは、嘗て殺した
この宝具こそ―――彼女の怨讐の成れの果て。
「カカカカカ―――死ぬ時だ、鶏の爺さん」
アーチャーも一気に戦域から離脱し、建物の屋上へ飛び上がった。瞬間、五人張りの剛弓を構え、矢を備える。もはや手加減など無く、魔腕の力を解放。筋力は倍以上に強化され、
―――二重宝具の真名解放。
それもあの救世主狩りのトミュリスと、軍艦砕きの源為朝の両名による合わせ技。鮮血屍兵で取り囲む事で逃げ場を失くさせた上で、宝具化した対人奥義「
そして、構えた時点で策は完成し―――殺人は既に成されている。
躊躇いなど欠片もなく、アーチャーは真名解放もせず、この対人宝具の弓術を撃ち放っていた。頭蓋を鏃は射貫き、そのまま貫通して地面に鋭い穴を穿ち、巨大クレーターを作り出した。人型の生物が受けては良い破壊力ではなく、頭部は木端微塵に散ってしまった。挙げ句、それでもまだトミュリスは安心出来ないのか、取り囲んでいた血兵を操って残った肢体を串刺し、斬り刻み、その上で兵士を炎化させて爆散させた。肉片一つ残さない徹底した鏖殺の所業である。
回避も出来ず、防御も出来ぬそれを、あろう事かこの人形は―――
「残念じゃ。それ、変わり身の術ならぬ、変わり
―――人形そのものを囮にし、抹殺の陣営から抜け出ていた。
士人の前にゆらりと幽鬼の如き気配で立つ老人。旅装束の簡素な和服に、禿頭らしき頭には手拭を巻き付けている姿。腰に簡素な艶のない鞘を差し、日本刀を武器とする侍とも見えるが、それらしい武者の雰囲気はない。静かで、余りに自然で、其処に存在していないと錯覚してしまう程の虚な人物。
……そう、視界に居るのに実感出来ない。存在感がまるでない。
空気や空間を相手に気配を読むなど、並の人間では出来ないのと同じである。
剣術家としての頂点。リヒテナウアーと同じ虚無に至った精神。この侍らしき翁からは、戦場で鍛え上げられただけでは到達出来ない“死の形”を纏っていた。
「成る程。オレの時代に暗殺者や退魔師はいた。似たような技を使う者はいた。だが、貴様のような者はまだ居なかったぞ。後の時代で生まれた忍びの者、素っ破の類であろう?
…‥だが、可笑しな話だ。
それ程の剣技を持つ素っ破など日ノ本にはおるまい。剣聖を辞めた剣神が、忍術など手を出す道理がないからな」
「え―――ニンジャ? この老人が、あの
「さぁな。しかし、忍術が使えるのは確かだろう。まぁオレは生前、胡散臭い陰陽師やら、血生臭い妖術師やらと、似たようなモノを見た覚えがあるだけで、忍術がまだ開発されていない時代の武者だからな。
確かな事を言えんし、断言も出来ぬが……ふむ。あれは忍術で間違いないな。だが、素っ破であるのは間違いでもある。いやはや、矛盾だな。
……だろう、御老体?」
「―――ほほう。
流石は、かの名高き源為朝殿。儂ら戦国武者にとって、憧れの一人でありますな」
「戦国……ああ、あの時代の侍か。オレの時代も戦乱に飽きぬ日ノ本であったが、その時代こそ正しく我ら侍の全盛期。全国各地東西南北で殺し合い、奪い合い、落し合い、半島にまで戦火を広げた時代。殺戮を謳歌した武者の世界。
ならば、その技が磨き抜かれたのも道理よ。
持ち得る何かもを、鍛え上げた訳だ。剣も、弓も、槍も、火縄も、策謀も、忍術も、な?」
「否定はせぬ。無論、加減もせず―――それら全てを以って、お主らを皆殺しにするかのう?」
擦り足一踏み―――武芸の極致である縮地歩行。
人形に化けていた老人は、容易く
「―――
その隙を、士人は容赦なく狙い撃つ。魔剣ダインスレフを改造した矢を弓に装填し、真名解放を行っていた。トミュリスの血の味を覚えさせ、幾度回避されようとも追い続ける魔剣の鏃は執念深く、掠り傷一つで霊体を憎悪で汚染する。
しかしながら、それを見逃す
正しく―――超常の狙撃能力。
この武者の一射一射が
「―――…………ふむ。駄目だな」
あの老人が自分の味方になると前提して、士人はアーチャーとアサシンに勝てないと判断。老人の技量は確かに宝具の概念に匹敵する程だが、源為朝とトミュリスの技巧も負けてはいない。勝つには固有結界に引き摺り込む必要があるが、それで勝てる可能性が生じるのは一騎を相手にした場合である。あの二騎同時では、老人と共闘して固有結界内で戦っても勝ち目は皆無。そもそもあの二人の連携は、余りに巧過ぎて、突け入る隙間がない。
そして、トミュリスは老人相手に接近戦を挑んでいる。宝具を解放し、あの剣神と斬り合っている。宝具「
……しかし、役者が違い過ぎる。神父では武者に到底及ばない。
あの魔腕による射撃能力は、源為朝にのみ許された弓術。恐るべき弓張りの剛腕を持たない言峰士人では、幾ら技巧を魔術で誤魔化そうとも前提条件が違ってしまった。
「仕方がない。少しばかり、枷を外すとするか……のう、アサシン?」
おまえを殺すと宣告する事で自分に注目させ、動きを態と注視させる。相手も罠かもしれないと考えながらも、宝具の真名解放に匹敵する殺気が放たれては、無視する選択をする方が危険。むしろ、そう言う風に思わせる作戦かもしれず、ならばと備えて自己防衛に精神構造を特化させるが正解。
……しかし、それらも無駄になる。
老人は卑怯も卑劣もお手の物。殺せば勝ちの官軍気質。一対一の死合ならば剣者を志す侍の誇りを持つが、何でも有りの合戦ならば武者として行う巧みな策謀こそ矜持となる。
「お前……ッ―――!?」
故に、アサシンがそうした様に、老人もまた秘策で以って埒を開けるだけ。まだ真名解放はしていないが、自分の宝具では打開出来ないと判断し、
―――
炸裂玉、閃光玉、火炎玉、煙幕玉、催涙玉、音響玉、毒霧玉、等々の火薬玉の王道使用。兎に角、隠し持っていた秘密道具を一気に投げ放った。
「目、目が―――目がぁ……嗚呼、痛い上に痒くて眩して熱いとか、本当に遠慮なしね!?」
忍びの技だからのう、と声を出さずに老人は内心で溢す。煙が舞い上がり、周囲全てを目視不可な領域に変え、アサシンだけではなくアーチャーの目にも影響が出ていた。突如として視界が潰されてしまい、二人に隙が生まれると低能な戦士ならそう勘違いする。
だが、逆なのだ。これ程の強者となれば、視界が潰れる事で自己防衛に専心する。第六感が大幅に研ぎ澄まされ、無音で飛ぶ羽虫でさえ一匹逃さず把握する。どれ程まで気配を薄めて世界と同化し尽くそうとも、視界を閉じて全力で第六感による察知能力を行えば、どんな暗殺者であろうと隙を突く事は絶対に不可能だ。それが、この二人が相手となれば尚の事。
“―――糞が。目が痛い上に、涙が出るな……ッチ。耳もまだ駄目か”
そして、言葉にせず敵の策を罵倒したアーチャーは視界を捨てた。だが何一つ問題ない。目など使わず、気配で弓矢の標準を定めれば良いだけのこと。
……しかし、その存在感も薄い。
アーチャーは気配を探るも、僅かばかり動いているのが分かるだけ。聴覚もまだ完全に回復はしておらず、物音で動体察知をするのも不可能だった。
「………………御老体?」
「まだ静かにするように、御若いの」
神父は静かな声で問い、老人も同じく小さな声で返答。
「………」
無言のまま相手の言葉に士人は頷く。何故なら、老人は地面にあるマンホールの蓋を静かに開け、理由は分からないがそのまま放置して士人の方へ歩み寄った。そして、老人は士人の目の前で建物の壁を指差し、自分の後ろから一緒に付いて来るようジェスチャーした。そのポーズを把握し、彼もその後ろを気配を殺して付いて行く。
老人はその壁の前まで辿り着くと、片手で静かに押し込んだ。するとストンと壁が動き、くるりと横に半回転してしまった。
“……成る程。マンホールは囮か”
そして、士人は躊躇わず老人の後ろへ付いて行った。残っても死ぬだけならば、相手が誰だろうと信用する以外に生き延びる手段はない。まるで忍者屋敷のような隠し扉を潜り、ゆっくりと音も無く扉は閉まった。外から見れば扉と壁の境も見えず、神隠しにあったかのように、神父と老人は戦場から消え去ってしまった。
―――静かになったと、アサシンは疑問に思う。
それも当然の事。既に狙う獲物はおらず、火薬玉各種で視えなかった戦域も漸く目視可能となった。
「……アサシン。これは、あれか。あいつらに逃げられたのか?」
「だろうね。私も忍者は何人か仕留めたけど、その手合いのサーヴァントはアサシンとして優れていただけだった。
しかし、あの老人は忍者の中でも例外だろうさ。
剣士として私以上の強者となれば、そもそもスパイ稼業などする必要もない。確かに間違いなく、あれは剣の求道者として完全無欠だった」
「ああ、そうだな。オレとて剣術は徹底して鍛え、魔物や武者とも存分に斬り合ったが……いや、これは生前の未練だな。
剣の技を弓と同程度まで鍛え足りなかった。弓と比べ、才能も足りなかった。
そして、若くして死を選んだのは、オレが自分自身で定めた運命だ。限界を超えて零まで極めたのが、この弓術だけとなれば、その業で愛すべき強敵を討つのみだ」
「そうだね。そう言う意味では、私も弱肉強食の狩猟一族を率いる頭脳担当だったな。いや、本音を言えば、突撃命令を出せば各々で好き勝手に皆殺しを開始して、何もしなくても強かったから、そうでもないのだけど。
うむ。強過ぎると言うのも考えものだ」
「マッサゲタイも、源氏とそう変わらないか。オレの一族も、オレの策を理解出来ない脳筋が多かった……」
「……分かるよ」
「「―――はぁ……」」
二人揃って生前を思い出し、溜め息と同時に吐いてしまった。その時、煙幕が晴れた視界に、蓋が開かれたマンホールが目に入る。
「分かり易い。これ、罠だね?」
「まぁ、間違いなく罠だな」
「……仕方がないね。取り敢えず、塔の職員に連絡して、天罰天使に追跡させるよ。多分、地下下水道に逃げてなさそうだが」
「ああ。それで良かろう」
トミュリスの言葉に頷き、源為朝は周囲を見渡した。空を飛ぶ天使共はまだ抑止力側のサーヴァントを抑えるのに使われ、新たな侵入者である四人を追う余力はない。しかし、あの忍びの老人はバベルで生き残っているサーヴァントであるとすれば、天使対策も万全だと考えるのが自然。神父の青年も生身の人間でありながら、あれ程の強さに至っているとなれば、慣れていない天使が相手でも殺害可能だろう。
だが、とアサシンは思い返す。あの老人は変装し、このバベルの街中に潜んでいたサーヴァント。コソコソしている様でいて、マスコット人形に化けて待伏せをするあたり、大胆不敵で予測不可能な怪人物。そうあるからにして、一対一の殺し合いではなく、生存競争である戦争ならば、あの老人の忍者は実に厄介極まる。
どうやら、自分やアーチャーと同類と判断するのが正しいのだろう。つまるところ、個人の戦闘能力に優れた上で、戦略的視点を持つ英霊。
「こちらは当たりだったけど、ある意味で外れだったね。さて、アーチャー、これからどうするかな?」
「カカ、しれた事。獲物はまだいる。セイバーのバイクに乗り、狩りを続けようではないか」
建物の屋上に戻った二人は、先程までと同じ様にアサシンが運転し、アーチャーが後ろで立ち乗りをする。まだまだ敵勢力は暴れ回っており、塔より出撃した天使も殺され続けている。何よりも、ライダーがサーヴァント衆を乗せた軍艦も進撃中。
まだまだ今日の祭りは終わらない。
敵を血祭りにするまで終われない。
逃げられた事実を愉しみ、神父と老人が素晴しい敵だった事を喜び―――鮮血王と魔腕の弓使いは、颯爽とバイクで駆け抜けて行った。
流夜さん、何時も誤字報告ありがとうございます!
ぶっちゃけた本音を言えば、月姫、鋼の大地、魔法使いの夜などの新作発売を除けば、Fate作品のアニメ化が一番嬉しい作者です。地味に一番見てみたかったのが、ガウェインvs山の翁と、ランスロットvsアグラヴェインの斬り合いでしたので、第六章の映画化決定は素晴しいと思います。