神父と聖杯戦争2   作:サイトー

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 この話から、序章の最後に繋がります。


英霊七騎殲滅戦線
10.秘密の園


 忍びの技を使う老人。その正体である上泉伊勢守信綱は、隠れ宿から塔を見て呟いた。

 

「あれは天蓋巨塔―――バベル。

 この世界は既にあの古い王が住まう領域。この冬木はの、嘗て神に滅ぼされた魔導都市に成り果てたのじゃよ」

 

 そうして、神父は情報整理の為に過去を思い返していた。言峰士人はこのバベルに侵入し、この拠点(秘密の園)にまで辿り着くまでの記憶を掘り返し、敵勢力と都市の機能を見直していた。

 別れた衛宮士郎、美綴綾子、アルトリアとの再会はまだ出来ていない。

 流石に無策でこのバベルを彷徨い歩く訳にはいかず、捜索は何一つ思い煩うことなく神父は諦めた。生存の責任は本人が背負うべきものであり、助けられないなら何も出来ないと判断するのが賢明だ。何せ、命を賭せば成功出来るのであれば士人とて迷わず実行に移るが、命懸けでも十割成功しない作戦なら全く価値がない。例えるならば、戦車を相手に単身竹槍で突撃するようなものだ。

 

「……ほぉ。あれの名を、天蓋巨塔と呼んでいるのか」

 

「ラシードが保護した魔術師がそう呼んでおったのさ。見るからに胡散臭く、血生臭い悪の邪術師であったのだが、バベルを討つ為に外側から侵入して来た生身の人間を見殺しにするのは……ふぅ、どうしてものう。

 いやはや、甘いとも思ったが、戦力はまるで足りぬ故、致し方なしと考えたのじゃが……」

 

「……くく。そう言うお前も、俺のような輩を助ける当たり、何も言えぬと思うのだが?」

 

「まぁ、そうなんじゃがな。お主は悪人そうなのは事実なのだが、仲間を守るあの献身を見ていてな。黄泉への旅路を武者として英霊になった儂は、絶対に否定をしてはならぬ。

 合戦での殿(しんがり)は、侍にとって―――華よ。

 それは死を飾る輝かしき花束よ。切腹を同じく、自ら誇り高く死ぬことを笑う侍の死に様じゃ」

 

「ああ……成る程な。俺からすれば、効率性のみを求めた作戦でしかなかったのだが、お前からすればそう見えたか」

 

「そうじゃな。これがただの感傷には過ぎぬのは分かっておる。しかし、その感情を捨ててしまえばの、英霊としての尊厳もないと同じじゃよ。

 となれば、そもそも戦わず死した方がまだマシだ。あの源氏の武者がそう自害した様に、切腹して果てた方が座の儂自身に誇れるわい」

 

「それで、あの人形に化けていたのを解いて、俺を助けた訳と……ふむ、そうか。この命、お前の誇りによって救われた事となる。ならば武者の矜持を哂うのは、この俺自身の人生を嘲笑うのと等価値だと言うこと。

 ……改めて、感謝する―――上泉伊勢守信綱。

 貴方の好意によって、俺はまだバベルで使命を全う出来る」

 

「よせ、御若いの。儂は老人にして死人。今を生きる若者を助けられただけで、この地獄に召喚された甲斐もあったと実感出来る訳よのう」

 

「そうか……――そうだな。では、助けられたついでに、その保護された胡散臭い魔術師とやらに、出来れば会わせて貰いたいのだが?」

 

「構わん」

 

「有り難い。後序でに、その者の名も教えて欲しい」

 

「あー……はて。あやつの名は確か、何じゃったろうか……―――あ、思い出したのう。

 名はエドワード・ケリー。

 ……多分、そう名乗っていたと思うの。

 気配がもう凄く、それはもうおぞましいまでに妖しかったのでの、どうも名前に衝撃(いんぱくと)が足りんくて、覚え難い邪術師じゃったよ」

 

「エドワード・ケリー……ふむ。魔術師エドワード・ケリーか。長い間この社会で生きていたが、ヨーロッパでもアジアでも聞いた事も無い名前だ。魔術協会の執行者でもなく、封印指定を受けた魔術師でもない。聖堂教会の代行者や、聖堂騎士団の名簿にもいない。

 決め付けの先入観は宜しくないが、間違いなく偽名で間違いはない。このバベルに侵入する程の腕前となれば、裏社会でもある程度は名が広まっている筈だからな。何だかんだと現代文明を嫌いながら、魔術世界も高度情報化社会に逆らえず、インターネットシステムも事務方では普通に導入している。

 情報屋も電脳世界を使いこなしている現代魔術師となれば、遮断されている異界に住んでいなくては、例え神秘に生きる者であろうとも名前程度は広まるのが必然となろうしな」

 

「成る程のう。そりゃ確かに、偽名だと判断するのが正しかろ」

 

「ああ、だろうな。ついこの間、賞金稼ぎの魔術使いや死徒狩りの為、インターネット窓口を聖堂教会は作ったばかりだからな。俺も持っている情報を教会に手渡し、死徒二十七祖のイメージ顔写真を作り、一匹数百億円レベルで手配書を作ったぞ」

 

 等と思いながら、あの大戦で何体か殺した有名な死徒を自分の手柄に出来たので、懐にかなり死徒討伐ボーナスが入り込んだのを思い出した。神父の知り合い風(高校の友人)に例えるなら、人の命を道具扱いするダークを超えてアビスなブラック企業だが、金払いは凄く良い組織である。むしろ、其処以外に良い所が欠片もない。経費も理由を付ければ自由に使え、死徒狩りや魔術師狩りの為なら何気に横領し放題な部分もある。

 そう考えた所で、殺し屋アデルバート・ダンが教会入りしたのもその点なのかもしれないと彼は思った。あの殺し屋はお金の為に真性悪魔に勝負を挑み、特別ボーナス欲しさに死徒二十七祖に喧嘩を売る金の亡者であったのを思い出した。

 

「賞金稼ぎ、懐かしい響きじゃな。武者で言うところの、首狩りの報奨と言ったところよのう。苦労するのは、何処も下働きと言ったところかの」

 

「代行者も仕事内容は武者と変わらんな。殺して稼ぐ、何も可笑しな事はない。苦労するのもな……む?

 ―――苦労、か?

 エドワード・ケリーで、苦労……苦労、苦労苦労―――――あ!」

 

「如何したのか、神父?」

 

「いや、エドワードで有名な魔術師を一人思い出してな。もう死んでいる人物であるし、この世にはいないのだが、思い出すと怪しい男でな。しかし、あれ程に表側で名前を売った正真正銘の大魔術師となれば、確実に英霊の座に刻まれているに違いない。ロンドンで起きた聖杯戦争にも、実際にキャスターで召喚されていたサーヴァントでもあり、思い出せば出す程に怪しさが膨れ上がる魔術師だ。

 ……との事で、お前が覚えた印象を、もう少し教えて貰いたいのだが?」

 

「良いとも。妖しさ以外の印象となれば、意味も無く妖艶(えろ)い男じゃったよ」

 

「エロい?」

 

 少しだけ……いや、かなり目の前の侍らしくない台詞に聞き返してしまった。

 

「そうじゃ。あれは恐らく、両刀使いの男だ。儂の生前の頃、武者は男も女も愉しむのが嗜みじゃった。得てしてそう言う類の男はのう、同性の男に対しても雰囲気が妖艶に―――じゃなく、今風に言う所の衛炉王気(えろおーら)を放つからの」

 

「えろおーら……はぁ、エロオーラか。しかし、ふむ―――衛宮か?」

 

「えみや?」

 

「いや、此方の個人的な話だ。あいつは別にバイではないからな。まぁ、同性愛者や両性愛者にも性的に好かれるらしいが……ではなく、今はあれのハーレム力など如何でも良かった」

 

「はて。そのようなモテ男、儂は知らんが。まぁ、如何でも良いなら、こちらも如何でも良いがの」

 

「此方の話だ、すまんな。後、その衛宮はバベル殲滅に賛同した俺の仲間だ。見付けたら、出来れば助けてやって欲しい。他にも二名いるので、人相やらの情報は後で渡そう」

 

「お主が逃した勇士か……ほほ、あやつらか。儂のような糞爺の勘に過ぎぬが、多分生きておろう」

 

「剣神の勘ならば、信用出来るな。何よりあの程度の危機で沈む程、可愛げのある人間でもない。と言うより、人間らしくないと言った方がいいだろう。

 ……で、だ。そろそろ、その胡散臭い魔術師に会わせて欲しいのが?」

 

「おぉ、すまん、老人の精神じゃと、意味も無く世間話を引き延ばしたくなってな。ふむ、そうじゃな。ついて来い」

 

「ああ」

 

 会話はここまでにした。部屋の扉を開けた上泉信綱に連れられ、士人は先導されるがまま歩いて行く。この拠点は作りそのものはバベルのコンクリート・ビルのままだが、中身は改造されているのでアジトとして使い易くなっている。またラシードの宝具によって秘密の園になったビルは階層ごとに用途が分かれ、先程まで居た場所が共同生活スペースとなる。

 ……どうも、目的地は地下室であるらしい。

 階段を一段一段下りる度、澱んだ魔力が空気に融け込み始め、呼吸をすると肺が凍りそうになる。それ程のおぞましい何かが下層にある事実を肌で感じ、まるで地下墓地のように湿っぽい空気になっている。

 

「上泉……この気配―――」

 

「―――ホホホ。先程も言っておったろう?

 ラシードの奴が天使を捕え、あの者共に洗脳と改造を施しておるとな。保護した魔術師も、その殉教者(フェダーイー)量産計画に賛同し、天使の洗脳に手を貸している。

 あやつに頼まれ、半殺しにした天使を何人か渡しもしたからの……」

 

 刀で斬って、切って、裂いて、開いて、断じた。

 手で折って、捩って、叩いて、撲って、砕いた。

 上泉伊勢守信綱は―――殺し尽くした。天使をあらゆる方法で殺した。日本刀と徒手だけでなく、忍術も使い尽くし、生前修得したあらゆる手段で鏖殺した。

 その中でも人形はとても効率的な迷彩だった。自然と同化する程度の光学ステルスなど見破る化け物が相手では、むしろ古典的な隠れ身の術が有効だ。視覚に入ろうとも意識的に視認出来なくては、それが敵対者であると認識は出来ない。壁の風景に融け込むのも中々に使え、この男の腕前なら痛みは全くなく、自分が死んだ事にさえ気が付く前に抹殺出来た。

 

「……儂も、侍じゃ。

 他者の尊厳を汚し穢す行為を肯定は出来ぬ。だがこれは、儂が始めた活人剣として背負うべき悪逆非道だ。剣に生きるのであれば、悪となりて罪を飲み干し、人を斬らねばならぬ。

 とは言えの、所詮信条など只の言葉よ。奴ら天使にとって、儂が人斬りの鬼畜であることに違いなし」

 

 それは――心の膿だった。

 何十人何百人も斬り殺した立場でありながら、非人道的だから、武士道に反するから、とラシードの天使殉教者化を止めるのは理不尽であり非合理的だ。自分も同じく、生きるのに、バベルを壊すのに必要だからと天使を殺した。

 ―――生前と、何一つ変わらぬ戦国乱世。

 結局、目的を果たす為に必要な手段など何も変わりはしなかった。あの時代の日ノ本と同様、殺して生きる武者の楽園。支配階級の武者が、侍が、兵が、何の罪も無い女子供殺す世界。見世物のように処刑される幼子もいれば、面白半分に犯された後に殺される女もいて、目の前で妻子を殺されて盗賊共に嬲り殺しにされる男もいる。人が死ぬ不幸など当たり前で、権力者の武者が罰した者の縁者だからと妻を、子を、家族を、一族を皆殺しにする悪夢のような時代。活人剣を夢見た上泉信綱にとって、政に溺れる侍など所詮は命を喰らう犬畜生。国を統べる権力を持つ武者など無念無想からは程遠く、血で曇った冥府魔道は見るに堪えぬ。屍など見飽きてしまって、人斬りなど慣れてしまって、戦場で人を殺す事に疑念を覚える武者など存在しない。

 自分が天使を殺した罪科は、それらと何一つ相違しない。

 殺して、殺して、殺して、殺して―――剣に道など有りはしないと、何時気が付いたのか?

 頂きの零に辿り着き、其処が無価値なる虚無だと悟れたのか。そもそも人殺しなどうんざりしていた筈なのに、何故こんな活人剣などと言う題目を死んでも捨てられないのか。

 ―――自分が殺した天使は、人殺しでさえ無かったというのに。

 こんな人斬りの人殺しが、世界を救う為だけに殺して良い筈がないというのに。

 

「剣聖よ、辛いのか?」

 

「戯言よ、神父。罪の痛みなど、戦場で初めて人を殺した時に忘れた」

 

「成る程。だが、罪から逃れる事は出来ない。痛みが幾らなくなろうとも、その傷は必ず刻まれるものだからな」

 

「知ってるわい。儂はこう見えても―――人斬りじゃ。

 人を斬って英霊になった侍である故、斬らねばならん者を我が刃で殺めるのみ。人殺しの罪を一つ一つ、天使を斬る度に積み重ね、何時か英雄共を鏖殺するべく刃を研磨させよう。

 ならばどのような大義名分があろうとも、殺人の咎からは逃げられん。逃げる気にもなれん」

 

 だが、彼は明鏡止水に辿り着いた。葛藤など価値はなく、迷いさえ消え去った。しかし、何故だろうか、この神父は容易く人の苦悩を浮き彫りにしていまう。この程度の揺らぎを言葉にして懺悔にしてしまいたくなるような、不可思議な神聖さがあった。生前でも、こんな人物に会ったことはない。信綱は人でなしの悪人を信用しても良いと感じる自分を面白く思い、この確信が間違いないことを水月の境地で悟っていた。故に、この神父を信頼することだけは絶対にしてはならない。

 虚偽を一切言わず、他人を裏切る正直者。

 隠し事を好む癖に、真摯に接する極悪人。

 おぞましいのは上泉伊勢守信綱をして、常に隠し事をしている神父の心情を見抜けないこと。呼吸をするのと自然な態度で、自分の思考回路を一切晒さない空っぽな心の持ち主であること。だが、そんな怪人だからこそ興味深いとも考えていた。

 

「肯定しよう。人殺しの罪科から、人間である限り逃げられない。同じ人間を殺害すれば、その魂に悪行が染み込むのが業と言うものだ。

 ―――罪悪感とは、良心の嘆きだ。

 心の痛みを失くした人間は、命を喰らう獣に成り果てる。

 人を殺めて喜ぶ事があれば、その幸福は命を消化して作り上げた糞尿と等価値となる。故、悪行を娯楽とすれば、即ち人外の化け物と何一つ変わらない。その者は理性で殺戮を堪能し、悪意が正気と成り果て、やがて罪悪のみに溺死する」

 

 神父も勿論、人殺しだ。殺戮者であり、虐殺者でもある。自分の娯楽を満たす為に悲劇を興じる悪魔であり、世界を救う為に巨悪を打倒する英雄でもあった。

 だが目的が善だろうと悪だろうと、その両方だろうと―――殺人に、興味などない。

 強くなる為に強くなり、戦う為に戦い、殺す為に殺す求道者であるが、人を殺したいからと殺人の罪を犯したことはない。人殺しを愉しみたいと思えた事は一度も無い。

 この神父にとって善悪は等価であり、善行も悪行も違いはない。人殺しも人助けも同じことで、人を殺す事で誰かを助け、人を助ける事で誰かを殺す事もある。

 

「ならば幾人も斬り捨て、人殺しに慣れたとしても、問題はないだろうよ。身の裡に苦しむ感覚が汚泥の様に存在するのであれば、お前は化け物(ケモノ)ではなく―――人間であると言う訳だ」

 

 言峰士人(神父)から視た上泉伊勢守信綱(剣神)とは、何処まで行っても真っ直ぐな求道者。嘗て短い間とは言え、キャスターからスリ盗った佐々木小次郎(アサシン)と契約した過去を持つ士人にとって剣の求道者にはある程度の理解を持ち、その英霊には透化と言うスキルがあった。明鏡止水の精神を示す技能は、言わば無の境地に至った剣聖に許された極致でもある。如何に自分自身を薄く透明にさせ、限りなく世界から空となり、始まりの零と成り果てる心得。

 告白すれば、言峰士人は佐々木小次郎以上の武人など知識に存在しない。

 備中青江(物干し竿)には、その技巧の境地が刻み込まれている。あの領域の業を見た後では殺して来た死徒も魔術師も、技を磨かぬ哀れな素人でしかなかった。サーヴァントも見て来たが、あのアサシン以上の技量を持つ英雄英傑は居なかった。あのアルトリアでさえ剣聖と呼べる技巧を持つが、剣神には届かない。別格として聖騎士デメトリオ・メランドリもいたが、彼は武人とはまた違う方向に進化して死に果てた。

 しかし、このアサシン――上泉伊勢守信綱は、同じ剣神だった。

 トミュリスと源為朝を接近戦で二体同時に喰い止める等、大英雄でも不可能な所業。それも宝具も使わず、ただの剣技だけで渡り合うなど神と呼ばれる何かだけが許される領域であり―――故に、神域の剣士。此処までの剣豪となれば、もはや人間の精神から乖離されてしまっている。自分独りで自己が完結し、完成された思考回路を持つ。刃の心は朽ちず砕けず、自分の心から生じる罪悪感さえ斬って捨てるだろう。

 

「剣の獣となれば、その心境さえ消えて無くなるだろう。人間を()めた吸血鬼共と同じく、自分自身を定める常識が作り替わるからな」

 

「……人を如何に早く切るか。それに腐心し続ければ、侍は獣となる。故に儂は殺人刀を捨て、活人剣を己の中から見出した。

 剣術は命を斬るだけではのうて、相手を思って巧く斬るものとな」

 

 若い頃はそうだった。殺人剣の教えとは違い、己が精神を鍛えたのも、剣の技を研磨する為だった。強くなる為に、どれ程までに強くなり続け、何処まで到達出来るのか、否か。だが到達してしまえば、更に極める為の修練しか残っていなかった。零の頂点からもっと深く無に沈み、空の境界を遥かに超えた“向こう側”まで走り抜けるしかなかった。

 その為の―――活人剣。自分自身が零の刃となってしまえば、自分と言う剣を振う術理が必要だ。何もかもを切り裂く刀には、それを納める鞘がなくてはいけなかった。

 

「その点、お主はまぁ……苦悩がなさそうな男よな。士人(ジンド)の名に相応しく、人道(ジンドウ)には後一歩足りぬ悪人じゃ。しかし、悪党には程遠いのも事実。なにせ命の恩人である儂に一切感情を込めず、なのに本気で感謝するなどまともな精神構造では出来ぬ行いよ。まるで感情がないカラクリ人形のようでいて、同時に強烈な意識を持つ自我の塊じゃ。

 何より―――一目で分かる怨念が、お主の心には住みついておる。そこまで煮え滾った憎悪と邪悪なぞ、溢れた死で満ちる戦場にもない。根本からして他者を否定し、自己なぞ悪一色に染まり、世界を幾つも呪い殺す怨讐にしか見えぬぞ。

 ……であれば儂程度の者じゃと、悪い企み事をしているのは分かるんじゃが、何を考えているのか全く分からんのう。素直に本音を言えば、呪いとなったそこまでの憎悪を持ちながら、その人間性を保てるのか摩訶不思議で仕様がない」

 

 上泉はただの剣士に非ず。剣と共に死んだが、剣だけに生きた侍ではない。剣士で在りながら悪人を斬り殺すことなく、素手で無力化して捕えた事もあり、人斬りだけでの剣士ではなかった。兵法家でもあり、教師でもあった。そして、そもそも活人剣とは彼が編み出した新陰流の純粋な技法であり、殺人刀と反する戦闘理論であった。即ち、自分は明鏡止水の不動を保ち、相手を思い通りに動かすことで剣を的確に振う殺人技術。それが柳生新陰流に伝わり、柳生石舟斎宗厳から柳生但馬守宗矩へ伝授され、その宗矩が思想したのが今の活人剣の考えである。

 それは悪を斬って終わるのではなく、悪を斬ったことによって人が救われること。刀で以って悪から守られたその命が活きると言うこと。

 活人剣とは―――剣の道。

 誰かを殺すことに価値を生み出すには、守る者を認める必要がある。救われる誰かがいなくてはならない。殺戮が日常であった戦国乱世では、人を殺さねば、自分も家族も人に殺されて終わるだけ。

 

「流石は新陰流開祖。俺の呪いに気が付くとは、素晴しい眼力の持ち主だな。活人剣を始めたお前からすれば、人を害して人を活かす傲慢など、既に飲み乾した矛盾に過ぎんと言う訳か。人に仇なす悪とは、悪人の命と共に滅びるモノである故にな。

 まるで本物の―――正義の味方のようではないか?」

 

「―――……ホ。儂が語り始めた道ではないがの。

 儂では剣に道を見出す気にはなれん。所詮は殺人の術理が行き止まりよ」

 

「しかし、お前の意志を引き継ぐ者がいたのは事実だろう」

 

「そうよのう。ふ……まこと、石舟斎めは良い息子に恵まれたと思うぞ。新陰流は殺人兵法の集大成であるも、剣のみに研ぎ澄ませたのが柳生新陰流と聞く。

 ……だからこその、活人剣の道なのじゃろう」

 

 だが、上泉が活人の言葉を使い始めたのも理由がある。もし自分の兵法へ記したその言葉に、禅から引用した意味を持たせたかったと思うならば、柳生宗厳も柳生宗矩も上泉信綱の志を受けた事となろう。

 

「―――そうか。いや、暇潰しの為とは言え、お前からは良い話を聞けた。礼を言おう」

 

「ほほ。構わんよ。今を生きる若者は時代の宝じゃ。儂も老人らしく、こうして会話をするだけで気分が良くなるのでのう」

 

 そして、丁度最深部に到達する。二人の目の前にあるのは重厚な扉。回転式の大きなドアノブが付き、内側から瘴気のみが漏れ出している。

 

「では、此処じゃよ」

 

「ああ」

 

 ギィ、と鈍い音を上げながら扉が開かれた。ムワリとした空気が士人を歓迎し、この世のものとは思えぬ光景が目に入り込んで来た。それは冒涜と涜神のようでありながら、神に信仰を捧げる為の祭壇でもあった。信仰を貫く為に必要な悪行であり、祈るような信仰者の悪徳だった。

 言峰士人は初代教祖(山の翁)から生まれた伝説をこの瞬間―――正しく理解した。伝承に嘘偽りはなく、間違いなく本物であると。

 

「……――成る程。

 これが、あの秘密の園か」

 

 ―――人間牧場。そんな言葉が思い浮かぶ。正確に言えば天使牧場と言うべきなのだろうが、翼を折り込まれた美しい彼女達は傍から見れば人間に見えた。いや、もう牧場と言うより栽培かもしれない。

 ……少しだけ、懐かしいと士人は考えた。

 教会の居候であったギルガメッシュに対する供物。

 士人にとって英雄王とは絶対なる君臨者であり、自分に道を教えた王であると同時に―――言峰綺礼や言峰士人と同じく、人間の魂を貪り喰らう化け物でもあった。子供の命を消費する人でなしだった。あの教会の地下室でも此処と全く同じ光景が広がっていた。胡乱とした子供たちが、只管延々と苦痛を与えられ、意識さえ剥奪され、その魔力を抽出する人間飼育の手腕であった。言峰綺礼は自分の仕事に手を抜かず、ギルガメッシュのマスターとして完璧に責任を全うしていた。

 つまるところ、この惨劇は士人にとってギルとの懐かしい思い出に過ぎなかった。久方ぶりに思い返す事も出来て、逆にラシードに感謝さえしても良いと考えている程だ。

 

「この宝具は、確かに素晴しい代物だ。敵を思う儘、自分の配下に作り変える事が可能な訳だ」

 

 死徒(吸血鬼)にも、このような趣向を持つ者もいた。人間をペットや家畜として飼育し、何時でも血を吸えるように管理していた魔術師上がりや、性欲処理にも使っている倒錯者も中には存在していた。言うなれば、人間を中身に詰め込んだ生きる血液パック。士人にとって此処は、人間が野菜のように栽培され、血液を採取される煉獄を思わせる場所だった。

 天使らを縛る装置の見た目はそのまま――拘束棺桶。

 白い衣服を剥ぎ取られた姿。美しい裸体のまま雁字搦めに動きを縫い留まれ、目隠しと猿轡と耳栓と鼻栓をされ、体中に薬品の管を差し込まれた重病人のようでいて、その棺桶から生命力を吸い取られている状態。もはや食虫植物に囚われた羽虫と同じで、自分の力で脱出することは不可能になっている。

 だが見た限り、基本的には棺桶で拘束されているだけ。他の状態で捕まっている天使もおり、その天使らは拘束されているのではなく、暗殺者(ラシード)魔術師(エドワード)の手によって魔術実験の対象になっているようだった。

 

「ほう。やはり、これを見てもお主は激昂せんの。勝つ為なら汚らしく手段を選ばぬ効率主義者か、一を切り捨て九を助ける現実主義者であらねば、この園の地下室には案内せんと決めてはいたが……ふむ、お主が悪人で助かったのう。

 儂らが邪悪だからと恩人でも倒す正義感溢れる英雄であれば、此処で殺し合わねばならん事になっておったよ」

 

「良く言う。そうであれば、この地下室に案内もせず、そのもう一人の魔術師も隠していたのだろう。だが俺としては、この惨状をお前程の剣神が許している事実が、中々に意外だと考えているのだがな?」

 

 士人はもう、この手合いの悲劇も地獄も見飽きている。当たり前な非日常として慣れており、動揺もなければ感傷もない。そもそも実家があの有様であり、友人宅の間桐家が蟲蔵である冬木市出身の魔術師なので、何も思う所がない身近な邪悪に過ぎなかった。

 しかし、この剣神は別。戦国乱世生まれの英雄なので、血生臭い悲劇には慣れてはいるのだろうが、この手の邪悪の所業に加担するのには拒否感を覚える筈。

 

「……いやはや、それこそ意外よ。お主は儂を、誇り高い綺麗な英雄とでも思っておるのか?

 言った筈だと思うが、儂は新陰流開祖、上泉伊勢守信綱じゃぞ。糞のような時代、血塗れ泥塗れになって戦場を這い回り、力と技を欲し、剣の理念を盗み、兵法の業を作り上げた侍よ。刀以外も、槍も弓も銃も、何もかも使いこなし人を殺めた虐殺者よ。忍びからも忍術を盗み取り、我が殺人兵法を無差別に鍛えた人殺しよ。

 その非人間の儂は、武者である時点で(コレ)を否定せん」

 

 人質と言うものがある。乱世では良く行っていた交換条件。身内を敵に売る行為であり、侍共からすれば家族さえ戦場の道具に過ぎない。

 故に、同盟相手への裏切りは即ち―――身内の死。

 戦国乱世における合戦は、始まる前から誰かが死んで初めて成立する。

 だから信綱も分かっている。人命とは消耗品。殺し合いを愉しむ我らに尊厳なし。何一つ罪を犯していなくとも、殺した方が利益になるから(ヒト)は簡単に罪なき者を殺す。相手が武者なら鏖殺し、女子供も身分の差なく嬲り殺し、敵ならば情けなど欠片もない。

 中でも忍びなど、その筆頭。盗賊紛いの事もし、内部工作や味方の粛清さえ感情なく徹底する。汚れ仕事を専門とし、主君の命ならば老若男女に区別などなく、暗殺と拷問を行うことだろう。

 

「自分語りになるがのう、これ以上の悲劇―――良く処刑場で見たわ。戦場ではの、自分の手でも多く作り上げたぞ。

 罪人の処刑を娯楽として観賞する倫理亡き乱世(クソ)の時代、穏やかに暮らす無辜の民が死ぬのは極々当たり前じゃ。それも敵側の人間であるならば、例え罪がない人間だろうと構わず殺し回るのが兵士と言うもの。その相手が敵意を持つ天使となれば、儂は同僚が何をしようと何も言わん。捕虜に尊厳を持たせるべきとも思うが、そう在れば好ましいと言うだけのこと。殺し合う敵の心情を気遣い、自分達は手段を選んで殺すべき者だけを殺すなど、絶対強者に許された境地じゃろう。

 ―――これを、慢心と呼ばず何と言う。

 敵を選んで斬り殺すなぞ、儂はそこまで己惚れておらん。あの相手を斬ると決めたならば、汚い下衆になろうとも、醜い殺意を喰らい奔るが士人(シジン)と言うものよ」

 

「同感だな。そもそも戦争で慢心が許されるのは、この世全てを背負う王だけだろう。物足りぬ魂である我々は、人の命を奪う悪行をなす為ならば、汚らしく足掻くことが勝利への道となる。

 ……まぁ、そう言うことだ。

 これを見て、俺は別段思う事はないさ」

 

「―――じゃ、そうよ。良かったのう、ラシード。この者は良い同盟相手になるじゃろう」

 

 かつん、と足音がした。誰かが暗闇から現れていた。

 

「―――そうか。だが、此処は私の宣教広場。秘密の園の正体だ。

 異教徒が入るのは別段構わんが、あれを聖戦と謳った教会の兵士がいるのは気に食わん」

 

 ラシード・ウッディーン・スィナーン(アサシンのサーヴァント)は表情を変えず、睨む事さえせず、言峰士人に声を掛けた。静かなのは興味関心がないのではなく、自分の宝具の深部まで入り込む神父が、バベルを倒すに相応しい同盟相手か見定めているのが理由なのだろう。

 

「すまんな。邪魔をしてしまったな、ラシード」

 

「…………ふん。いや、良い。もう生前の確執は捨てるとする。既に過去の話であり、侵略者などもう居ない。お前を相手に教団の拘りと押し付けるのも、余り価値のない行いと認めよう。

 確か名は言峰士人だったな、お前?」

 

「ああ」

 

「ならば、言峰。一つ問おう。この者共を見て、お前は何を思う?」

 

 分岐点であると士人は悟った。何でも無い様に聞いて来たこの質問は、ラシードにとって信用するか否かの判断材料。

 この暗殺教団の伝承に残る秘密の園―――宝具「殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤ-ド)」は、生前のラシードの倫理観からして邪悪だと自分自身でも認めている所業。それが宝具となって具現したのが、この地下室での洗脳装置。

 その隠れ宿に利益があるか、不利益になるかは、全て持ち主が決めるべき事項。

 邪悪を飲み乾しながら人を助け、自分の心が穢れる事を厭わず、矛盾する行いを許容出来なければ、その者を決してラシードは仲間と認める事はない。

 

「兵器。あるいは、兵士だな。特別な感情を向ける事もない」

 

「む。それだけか?」

 

「俺自身はな。敵に囚われ、無理矢理洗脳をされ、それが可哀想で哀れなのだと分かってはいる。通常の価値観の持ち主ならば、この天使を見てそう思い、倫理的にそう考えるだろうとは理解しているが……俺は、本当にそれだけさ。

 だが、その不幸を見学するのが愉しんでいるのも事実。神に仕える一人の神父として、同じく神に仕える宣教師であるお前が、その哀れな天使で何をするのか。いやはや、実に見物だと愉しみにしているとだけ言っておこうか」

 

「貴様は―――そうか、その呪い……成る程。悪霊(シャイターン)の囁きか」

 

 (おん)、と蠢く何かをラシードは神父の中から見えてしまった。この男が持つ千里眼は中身を覗く透視であり、精霊や妖精をも目視可能とする呪術師の業。言峰士人が身の内に飼い殺している呪詛の塊は、もはや呪い等と言う領域に収まる概念ではない。

 言うなれば―――地獄。一つの世界。

 魔術用語で例えれば、固有結界にも等しい神秘である。

 何故、人間の神父風情がここまで深く凝固した呪泥を生み出しているのか知らないが、ラシードは彼がまだまともな人型を保っている事が不思議で堪らなかった。

 

「何だ、お前も見えるのか?」

 

「戯けが。私は精霊(ジン)を扱う呪術師だ。我が目を以ってすれば、魂の中に隠している呪いだろうと一目で分かる。

 ……不思議な奴だな、お前は。

 その強大な呪いを受けたのであれば、発狂死していなければ可笑しいぞ。人を嬲って殺し、世界中の人間全てを殺し尽くしたいとは思わんのか?

 世界を無造作に滅ぼしたくはならんのか?」

 

 そう在るべき呪いである。この世全て―――いや、人界幾つ分の呪泥であるか。膨大な呪詛でもあるが、それ以上に濃度が余りに高過ぎる。人間を幾人殺すとも尽きぬ怨念は、もう“悪”でさえないのかもしれない。神父がその気になれば泥の狂気を太源に汚染させ、街一つ人間同士で共食いさせて滅ぼす事も可能だろう。

 

「一度もない。殺人も滅亡も、俺に関心はないさ。娯楽とするべきモノは人間自体であり、見守るべきなのは人間達の営みだ。

 俺の呪いは、全人類の虐殺など一度も求めはしていない」

 

「そうか……ああ、そのようだ。私がお前に、人間全ての邪悪を知る悪魔に、目的の為に果たす悪行について問うこと自体間違いである訳だ。

 ―――ならば、良い。

 此処では好きにして貰って構わない、言峰士人」

 

「感謝する、ラシード・ウッディーン・スィナーン」

 

「ふん……で、だ。何用で此処へ来た?」

 

 漸くラシードは本題に入った。

 

「エドワード・ケリーと言う名の魔術師に用事がある」

 

「ああ。奴なら奥に居る。それと注意するが、今は天使の脳を刺激する為の薬針実験の最中なため、声を掛ける機会には気を配れ。千分の一mmの誤差で脳神経が駄目になり、捕虜が一人消耗してしまうのでな。

 私も仲間に出来る天使を態と殺したくはない。我が宣教を受け入れた異教徒は、すべからずして同輩であるフェダーイーで在る故に」

 

「成る程。分かった」

 

 そう言い残し、士人はずらりと天使共が収納された洗脳棺桶が並ぶ通路を歩き、奥の暗闇へと進んで行った。士人の耳に入るのは言葉にならない唸り声であり、快楽と苦痛の感情に満ちた苦悶の嘆きであった。天使は薬物で高揚しているのか、肌が桃色になっており、その裸体も汗で全身が濡れてしまっている。その所為か、この地下室は何とも言えない臭気が籠もっており、只管に脳が焼けるように甘ったるい女の香りで溢れている。しかも薬品の匂いも混ざり込み、まともな精神をした人間なら一呼吸しただけで絶頂を迎え、性欲が暴走し、狂い死ぬことだろう。

 可笑しなのは、此処にまともな者など一人もいない点。神父を見送る剣神の精神は明鏡止水そのものであり、宣教師は余りにも高い信仰心が一切合切全ての欲得を狂気のまま遮断し切っている。

 

「ほほほ。作業の邪魔をしたな、ラシード。じゃが、あの者を此処まで連れて来た責任として、儂はまだ居座るつもりじゃ」

 

「良い。お前も神父と同じく、好きにして構わない。此処を教えた事も、何一つ追求もしない。私も私でするべき事があるので相手には出来んがな」

 

「すまんのう」

 

「気にするな」

 

 一切表情を変えぬ巌のような無表情で、宣教師は自分の作業場に戻った。ラシードの洗脳と宣教は既に終わっており、兵士として使うにはもう充分。だが、彼はそれ以上の機能を天使共に求めている。それを実行する為の機能向上実験であり、生前の自分達(ダーイー)殉教者(フェダーイー)にも使われた薬物投与でもある。ラシードの強化個体改造実験が成功すれば、敵側の七騎を抑え込む良い駒となる筈。

 そう計画を練りつつ、宣教師はまた作業台に戻って行った。天使への薬品投与や、快楽による鈍化も、全自動と言う訳ではない。職人が微調整をすることで寸分狂わず洗脳稼働をし続け、順調に殉教者を製造する事が出来る量産機構である。彼も彼ですべき事は多く、まずは戦力差を少しでも埋めなくてはバベルに勝つなど不可能である。

 

「…………」

 

 ……信綱は、それをただただ見ているだけだった。

 出口の扉に寄り掛かり、事が終わるまで見ている事しか出来なかった。忍術を通して拷問技術も持ち得てはいるが、使うつもりは全くなかった。

 もはや剣神は―――表情のない無貌のまま、一人佇んでいるだけだった。

 












 実は味方魔術師役は神話創設者であるラブクラフトの予定でしたが、FGOで本格的にクトゥルフが関わって来たので、彼の設定が怖いので変更してしまいました。
 エドワード・ケリー。多分詳しい人なら一発で分かってしまう偽名です。

 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!
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