神父と聖杯戦争2   作:サイトー

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11.世界で最も邪悪な男

 天使の煉獄だった。地下牢獄に閉じ込められた美女と美少女であるが、彼女達の背中には翼がある。しかし、虜囚となった天使は翼を折り畳まれ、鎖で骨が砕ける程に縛り絞められ、傍から見れば人間にしか見えない。そんな捕虜が棺桶に仕舞い込まれ、只管に並べられている通路。

 その奥地―――

 

「……ぁ、あっ……あ、あ、あ……ぁ」

 

 ―――貌のない天使がいた。

 顔面を黒い革の覆面で覆われ、呼吸用の管が三本だけ取り付けられ、頭部だけが剥き出しになっている姿。施術を受けており、悶える声で生きているのは分かる。それ以外は無音で手術が行われているが、肉が蠢くようなグチュリと言う音が聞こえそうな作業だ。

 いるのは三名。薄暗く姿は影になってはいるが、動いている者が一人、佇んでいるだけの者が一人。そして、脳味噌に針を頭蓋骨越しに刺し込まれている者が一人、椅子に拘束されていた。

 天使が―――脳手術を受けていた。

 全身を縛られているが、筋肉が弛緩しているようで、そもそも身動きなど出来ない。神経がまともに機能していない。まるで機械のメンテナンスをする作業者のように、針を一本慎重に刺しながら、もう片手で刺さったままの針をグルリグルリと回転させた。

 

「ぁ―――……ぁぁ、あ、うぅぅ。うぅ、ぅぅ」

 

 脳神経が刺激されているらしい。車に轢かれた臨死の猫のように痙攣し、椅子ごと天使が震えていた。だが、動く事は許されず、針による拷問施術を受け続ける以外ない。作業者は天使の頭へ何本も何本も、刺し、回し、抜く。その度に震えて悶える。

 ……繰り返す事、幾度目か。もはや痙攣さえしていない。

 僅かな呼吸音と共に動く胸部を見れば生きているのは分かるが、針だらけになった頭部を見て、この状態を安全とは決して呼べはしないだろう。

 

「これで終わりかな、エセルドレーダ?」

 

「はい。御主人様」

 

 脳に突き刺した針を全て抜き取り、男の呟きに女が返答する。

 

「レディー・エセルドレーダ?」

 

「はい。御主人様」

 

「エセルドレーダ。可愛い私のエセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

「ああ。ああ、エセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

「うーん、流石はエセルドレーダ」

 

「はい。御主人様」

 

 ―――美少女の名前を繰り返し呼ぶ大変な変態が、そこには君臨していた。

 歩いた先の奥。辿り着いた士人の視界に入っていた三名。拘束された天使を手術していたのが、妖し過ぎる格好をした奇術師(マジシャン)であり、静かに佇んでいたのは死ぬほどこの場所に似合わない犬耳メイド。奇術師は男にも女にも見え、男よりの美的感覚を持つ士人からすれば美女に見えた。恐らくは、女性からすれば中世的な美男子に見える事だろう。逆にメイドの方はあからさまに美少女であり、男も女も彼女の美しさに愛情を抱いてしまう。

 だが――犬耳だった。

 彼女は天使のような翼を付けた上で、何故か犬耳と尻尾が生えていた。解析で理由は分かるのだが、その趣味が士人には理解できない。何故天使で犬なのか、それは犬天使なのか、何も分からなかった。

 

「では、我が麗しき飼犬エセルドレーダ。この度の堕天化実験を始めるとしようか。宣教師特製の麻薬……いや、魔薬(ジン・ハシシ)で精神構造は作り替えれたからね。加えて、薬針で脳神経も組み換えることも出来た。

 となれば、もう準備万端だ」

 

「はい。御主人様。是非ともに」

 

「ならば、そうエセルド―――」

 

「―――おい」

 

 思わす声を出してしまった士人に文句を言う者など誰もいない。ラシードの方からは薬針実験で静かにするようにと言われたが、どうやらそれを終えて次の段階に入るようだった。

 

「おや。君は―――ああ、そうか。君だったかい、神父」

 

 くるりと振り返る男―――魔術師エドワード・ケリー。恐らくは、と士人は判断するも解析魔術を仕込んだ魔眼は平常運用されている。装備品は一瞬で全て理解し、興味のある存在(モノ)は無限に広がる空白である固有結界に情報が自動登録され、それを応用することで魔術の類も探知する。

 ……節操がないとは、この事か。学者として魔道を志す魔術師であれば溜め息を吐いてしまい、次の瞬間にその意味を理解して茫然となり――相手の殺害を目的としてしまうだろう。使われているのは多層障壁に多重結界。それはまだ良い。障壁と同時展開した防御結界を連れ歩いている時点で化け物だが、そこには眼を瞑れば良い。おぞましい事に、使われている魔術基盤が一つではない。

 ――刻印。

 ――聖言。

 ――真言。

 ――数秘紋。

 ――神仙道。

 ――大陸思想。

 まだまだ他に多くあり、呪術にも手を出している。挙げ句の果てには経絡で“気”を全身に張り巡らせており、呼吸法さえ鍛えられている模様。この男は魔術師でありながら、魔術以外のありとあらゆる神秘を身に修めているようだった。

 

「やはり、お前か。獣の魔術師」

 

「なんだい。やはりとは、中々に冷たいな……」

 

「無論だとも。死人に優しくする聖堂教会の代行者がいるものか。灰は灰へ塵は塵へとの聖言、お前が作り上げた魔術基盤にも酷く有能であると思っていたが?」

 

「そうだとも。しかし、甦ったからには死人に非ず。今のこの身は、呼吸を繰り返す人間である」

 

「成る程。では、そのように扱うとしよう。一人の人間として、獣性に満ちたケダモノを相手をするだけの話さ」

 

「全く……」

 

 エドワードは相変わらずな神父に微笑み、その後にエセルドレーダと呼ぶ天使にも同じ笑みを浮かべた。

 

「……とのことだ。すまないね、エセルドレーダ。君との語り合いはまた今度にでもしよう」

 

「はい。御主人様。御用がありましたら、(わたくし)を呼んで下さいませ。それでは御主人様、神父様、失礼致します」

 

 かつんかつん、と犬耳メイド姿の天使が遠ざかる。高校時代からの友人である後藤君からサブカルチャーの知識を持つ士人は、あの天使は属性多寡だなと判断しつつも、その美しさは雑多な姿に負けず美少女である事を確立させていた。

 

「犬耳に、メイド服に、その上で天使か。お前も好きものだな、魔術師エドワード・ケリー」

 

「そうかな。だけど可愛いは正義って、日本人の若者は言っていたな……うん?

 神父、君も確か日本人だったね。聖堂教会の殺し屋だけど、言峰士人って言う名前だったし?」

 

「そうだが」

 

「それなら、現代日本人ならば萌えと言うものに理解がある筈だ。彼女を見て、こう……あれだよ。胸に迫る感動はなかったかな?

 トキメキと言っても良い筈の感情が浮かんで来た筈だ」

 

「―――ない」

 

「嘘を言い給え……あ。もしかして君、同性愛者なのか?」

 

「男に性的興味などない。戯け」

 

「そうなのか。それはそれで残念だよ」

 

「ふむ。期待を裏切ってしまってすまないな。代わりにエミヤか殺人貴を紹介しよう」

 

「エミヤに殺人貴……ああ、あの現代の英雄かな。まぁ、会えるなら会いたいね」

 

「互いに生きておれば、と言う仮定での話ではあるがな」

 

「それは良い事を聞いたね。生きる活力が湧くと言うものだ」

 

「成る程。ならば、あの天使のメイドもお前にとって、生きる活力の一つと言うことか」

 

「当然だ。人間の男として生まれたからは、美しい造形をした女性に興味を持つのは必然だろう」

 

 しかし、立ち去った者は明らかに天使だった。犬耳と尻尾が生えた給仕服の女性であったが、気配と姿は間違いなく天使のもの。士人はまだバベルの天使と戦ってはいないが、その脅威を遠目から視認しており、解析魔術も使った後なので間違えることもない。少々、歪ではあったが。

 考えるに、この男のそう言う“所有物(おもちゃ)”なのだろう。

 何よりも、使い魔をどう扱うかなど魔術師の自由。

 哀れに思う事もなく、神父は名前通り飼犬の天使なのだろうと考える。エセルドレーダとは、そのままの名だとさえ思った。バベルで作られた神造ならざる人造の天使であろうが、天に住まうべき彼女らに犬の名を与えるとは、正に獣の名に相応しい魔術師の所業である。

 

「後な、これは君と私だけの秘密だ。

 実はメイドに強化魔術を施すとね、なんと―――萌え(ぢから)が上昇するのだよ」

 

 この男は何を言っているのだろうか?

 そんな事を士人が考えてしまったのも無理はない。

 

「はぁ……魅了ではなく、強化魔術で?」

 

 そもそも萌え力とは、と疑念に思うも問おうとは思わなかった。多分かなり長くなると判断した。それは実に正しく、聞けば魔術師の変態的趣味嗜好を聞かされる嵌めになっていた事だろう。

 

「ふふふ。複合神秘術(セレマ)に不可能はない。そう作ったからね。

 剣を強化すれば切れ味を、槍を強化すれば貫通力を、盾を強化すれば固さを。つまるところ、メイドを強化すれば萌えが強まる。

 本質的に、強化とは機能や出力を上昇されるのではなく、存在がそう在るべしと言う概念を強めている。私はセレマによって"メイド"の概念を匣で括り、それを術式で強化することに成功したのだよ」

 

「学者馬鹿極まりだな。しかし、考えとしてはサーヴァントの(クラス)と同じか。となると、あのメイドも肉を持つサーヴァントのような存在な訳だな。

 ふむ。正しい意味でサーヴァントとなる使い魔か。

 英霊並の幻想種を使い魔にし、支配し、精神ごと使役するシステムも、マキリが作った呪縛の応用とも見え……いや、それを永続的に使うのは難しいのだが―――……あぁ、成る程。その為のラシードの技術か。

 脳に直接―――魔術式を刻み込んだな?

 そこまでしてしまえば、対魔力や抗魔力でどうこう可能な領域ではない。霊核である脳に刻印することで、そう言う生き物に作り変えてしまえば良いだけか」

 

 つまり、そのまま脳手術。魅了などの精神操作ではなく、物理的に神経を改造する手段である。人間の人格や記録、あるいは思考回路を組み換えるなど今の医療技術では絶対に不可能だが、魔術知識を持つ学者ならば出来ない事でもない。

 

「―――御明察。

 柔軟な思考を持つ魔術師が相手だと、私としても話し甲斐があるというもの」

 

「とは言え、お前は柔軟に過ぎる。メイドの概念を強化出来る魔術師など、今昔古今東西探してもお前しかいないさ。

 そのような事ばかり行い、魔術師でありながら世間を騒がすから、魔術世界の全てを敵に回したのだろう?」

 

 術式の匣として作り上げた「メイド」の概念を編み出し、それを捕縛した天使に刻むなど大魔術師と呼べる技量である。魔人とも呼べる手腕を誇る魔術師、エドワード・ケリーからすれば児戯にも等しいのだろう。

 だが、それだけではない。

 彼は存在するだけで、神秘を安売りする魔人だった。

 思い付いた魔術理論を容易く完成させ、自分の魔術基盤に節操なく追加する化け物だった。

 この度の天使も例外ではない。英霊の魂を(クラス)で作った霊体に嵌め込み、サーヴァントと言う使い魔に劣化させて召喚する降霊魔術。そのアインツベルンの魔術師が聖杯戦争の為に編み出した技術を、この男はあっさりと自分の魔術として利用していた。

 

「魔術協会の魔術師はどうも無能揃いでなぁ……全く。家系の古さが誇りだと言うなら、それは根源に辿り着けぬ無能さの証明に他ならない。魔術師の家系と同じく概念とは年月で積み上げるものだが、理論とは時代ともに発展するもの。その矛盾を飲み乾せる学者でなくば、魔術など志すべきでないんだよ。数百年、数千年。それ程の年月を費やし、尚も至れないなら、潔く魔術以外の道に行くべきだろう。

 そも魔術師とは、概念の探究者で在るべきだ。

 神秘とは、それを引き出す技術でなくてはならない。そう考えれば我がメイドこそ、魔道における王道と言う訳だ」

 

「そうか……で。つまるところ、お前は何が言いたい?」

 

「―――メイド萌え」

 

 凄く凛々しい真顔だった。男も女も関係なく見惚れて、思わず一目惚れしそうな魅力がある真剣な貌だった。

 

「ああ。メイド萌えか、成る程……成る程?」

 

 日本人故に、ある程度のサブカルチャーや流行は分かる。基本的に海外で活動してはいるが、学生時代は日本生活であり、その頃の知識も残っている。

 しかし、メイド萌え。

 この魔術師から、そんな台詞を聞くとは思わなかった。

 重度の変態なのは重々承知。頭が可笑しい狂人なのも把握。その上で、エドワード・ケリーは言峰士人の予想を更に超えた変質者であった。普通と言うのも可笑しいが、世間一般的なサイコパスで、猟奇的外道の類と考えていたが、この魔術師は斜め上にかっ飛んでいた。

 

「アインツベルンの当主みたいな、そのような雰囲気の趣味か」

 

 取り敢えず、士人が知るメイド好きとして思い浮かんだのは彼だった。あの雪の城が、ほぼメイド城だったのは覚えていた。制服になっているメイド服の凝り具合から、相当メイドに対して拘りがあるのだなと考えてはいた。

 尤も、この男のような変態ではなかったが。

 メイド服を着させた上、犬の格好までさせるマニアックな倒錯者はそうはいない。

 

「名前しか知らないけど、まぁ多分そんな感じだよ。だけど、第三法に辿り着いた魔法使いの生家が、今ではメイド屋敷になっていると。

 まさかあの家、深淵魔境な日本文化を取り入れたんだろうかね?」

 

「ああ、その通りかもな。確かに、日本文化には詳しい家ではある」

 

「ふふ、なるほど。業が深いぜぇ……」

 

 奇術師(マジシャン)風の魔術師は微笑み、ついでに自分の前で拘束されている天使の頭を撫でた。士人もその動作で改めて天使の方へ視線を送り、解析魔術を向けてその女の現状を理解する。

 悪辣な改造手術と洗脳施術。

 脳神経に刻み込まれた傷痕。

 血液に染まり付く薬の呪詛。 

 ざっと見ただけでも下劣なやり方が見て取れた。ラシードも非道の輩だが、負けず劣らずエドワードも外道の術者。

 

「このバベルの天使……いや、もはやそれは彼の暗殺教団の殉教者(フィダーイー)か」

 

「正解だ。先程のエセルドレーダはそのフィダーイーを一匹借り、私用の従者(サーヴァント)にした使い魔だよ。流石の私でも、やはり天使を最初から洗脳出来る訳じゃないからね」

 

「得意な性魔術の儀式にでも使うのか、エドワード?」

 

 神父が知るこの魔術師が得意とする分野に性魔術がある。近代魔術世界史において、彼ほど性魔術で有名な者はいない程だ。神秘が駆逐された科学文明において、この魔術師は“魔術師(オカルティスト)”として絶大な知名度を持つ魔人であった。

 マスコミを巧みに利用する手腕。己が悪名を気侭に広げ、神秘を完全秘匿しながらも魔術を大衆全てに認知させる。つまるところ、魔術世界における魔術基盤とは神秘は知る人間が増えれば力を失うが、広く大勢の人間に知られていればいるほど強固なものになる特徴がある。

 男が実行したのは―――正にソレだった。

 近代生まれの魔術師で在りながら、協会を含めたあらゆる魔術結社を敵に回し、聖堂教会や退魔組織、各国政府機関さえ敵視されながらも―――根源の渦(エイワス)から持ち帰った魔術基盤(セレマ)を全世界に根付かせた。原理を秘匿した上で、魔術を一切文明社会から隔離し、秘密主義を貫き通した悪魔であった。この魔術師だけが、この魔術世界も近代文明を完璧に操り切った。

 ―――複合神秘術(セレマ)

 獣の魔術系統はそう呼ばれ、秘匿されし神秘へと完成した。

 

「―――ふふ。ふぅふふぁっははっはは!

 君は本当に趣味が悪い。真に神みたいに悪趣味な神父だよ。私の通り名を知りながら、その偽名を律儀に呼び続けるなど、厭味ったらしくて仕様がないな!」

 

「さて。俺としては、偽名を名乗っているお前を気遣っているだけに過ぎんのだがな。だが、そもそもエドワードは本名だろうに。しかし、其方が気に食わないと言うなら、あちらの方の名前で呼ぼうか?

 儀式魔術師。

 悪の啓蒙家。

 法の執筆者。

 大いなる獣。

 あるいは、唯一の神秘(セレマ)遣い―――アレイスター・クロウリー」

 

 つまり、エドワード・アレグザンダー・クロウリー―――異名、アレイスター・クロウリー。隠れ潜んでいた邪悪な魔術師を揶揄するため、歪な笑みを浮かべた士人は厭味を込めて彼の名を列挙する。

 

「それは正しくないな、神父。

 今の私は魔術師ではない。霊峰に挑みし者――登山家(クライマー)のサーヴァントとして召喚されている」

 

「―――いや。いやいや、それはないだろう。クライマーの英霊はいようが、そのようなクラスは確認された事はない筈」

 

 有り得無くはないが、七騎士の方に適性があれば其方に基本選ばれる。言峰士人はロンドンで引き起こされた聖杯戦争にて魔術師(キャスター)のサーヴァント、アレイスター・クロウリーと出会っている。時計塔を破壊し尽くし、市街を炎上爆破し、世間では同時多発テロとして報道された英霊七騎の殺し合い。

 神父はそれら全てを見ていた。

 ロンドン以外で行われたローマとベルリンの聖杯戦争も監視していた。

 故にこの男を、恐るべき獣の魔術師を知っている。その真名と宝具だけではなく―――アレイスター・クロウリーが誰に殺され、どのように死んだのかも知っている。キャスターとして召喚され、完全に霊核を殺されたのを確かに確認していた。

 その筈である

 バベルにて抑止力ではなく生身の人間として、ロンドンでの記憶を保持した状態で更に違うクラスであるなどと、流石にあっさりと認める訳にはいかなかった。

 

「嘘だよ。ロンドンの聖杯戦争と同じでキャスターだぜ」

 

「…………………………―――お前」

 

 美貌を麗しい笑みで飾り、クロウリーは胡散臭い雰囲気を更に強める。

 

「全く、人を揶揄するのが巧い詐欺師だな。一瞬、真か嘘か、真剣に考えてしまったさ」

 

「どうもありがとう。君からは、何時か一本取ってみたかったんだよ」

 

 悪戯に成功した子供のように、彼は無邪気に笑っている。本性を知っているので士人はおぞましいものと理解はしているが、彼の心の中には何もない。その笑みを淡々と態とらしいとは思うが、気色悪いとも気味が悪いとも思わない。

 そして、神父は啓蒙家(キャスター)を再び見た。

 胡散臭い表情と妖しい気配。人間味がない不可思議な雰囲気。

 顔立ちは残っている実物の写真とは全く違う。短い茶髪に茶色の瞳であり、中性的な美貌はより雰囲気を妖しく仕立て上げ、男女関係ない麗しい美人。おそらくは現代社会に残っている写真の所為で一発で露見する真名隠しの為か、あるいは他の理由で術的整形を霊体に施したのかと思われる。

 

「性格は相変わらずだな。そして、ロンドンの時と違わない貌でもある」

 

「無論だとも。気に入っているのさ。所謂、私が理想とする最もセックス(性魔術)が楽しみ甲斐がありそうな肉体だよ。顔にも色々と拘りが詰まっているからね。

 何よりも、私はメディアに顔が知られている有名人。整形は必須。

 ついでにイケメン美人にもなれば、夜のジョイスティックが暴れ馬に超進化するというもの!」

 

「ああ。そう言う造形か。趣味と実益を兼ねていると」

 

「一本に筋が通った効率は美しいと思わないかな。エロスの充実は人生エンジョイの秘訣でもあるしね」

 

「さぁな。俺はその手の経験は少ない」

 

「えー、本当ですかぁ?」

 

「本当だ。神父は嘘をつかない。いや、つけない。

 神の教えを語る聖職者がな、その言葉を偽るとなれば、主に対する冒涜にも等しいだろう」

 

「はは。その代わり、隠し事も悪巧みも行うと言う訳だね?」

 

「そこは見逃して貰いたい。全てを知ることは、人々にとって幸福と言う訳でもあるまい。他者の不幸がなくては娯楽が成り立たない俺とて、場面場面におけるTPOを弁えた神父を目指して日々精進しているのだからな。となれば他人を隅々まで理解出来るからと、心の何もかもを暴き立てるとなれば、それは精神を犯す強姦魔と変わらない外道であろう?

 人間は見たいモノだけ視て、聞きたいモノだけ聴く。しかし、俺の言葉はどうしてもヒトの醜さを教え込む呪い(説教)になってしまう傾向にある。

 神に仕える一人の人間として、自分と同じ人間に人道と懺悔を説法するのであれば、それはそれで構わないとは思っている。しかし、ただの日常会話にまでそんな事をしてしまえば、実に面倒くさい男になる。ほら、台詞が一々説教臭い奴になど、男も女も関係無く心を開き難くなってしまうのでな」

 

「だから、隠し事をするのを許せと?

 それで被害が出たとしても、自分の所為ではないと?」

 

「許しなど無用。責任と過失に、そもそも所在などない。戦場における自己責任とはな、自分の命を自分で生かすと言うことだ。何を信じ、何に身を委ねるのか、全てが選択だ。

 それを間違えた者が――死ぬ。

 お前はお前が決めた価値観に則り、俺の言葉を取捨選択すれば良いだけのこと。それは勿論、俺にも言える事柄となる」

 

「成る程。だったら、そうするだけで良いんだな?」

 

「ああ、仲間になる必要はない。そもそも最終的な目的も違う。

 協力関係を結んだビジネスパートナーで充分であり、それ以上に求める事など有りはしない」

 

「成る程、うん。良く分かった……―――で、何が聞きたい?」

 

 無駄話が好きで、無価値な徒労にも興味を持つ男だが、神父は無意味な事を一切しない。この無駄な会話にも何かしら意味があるのだとしたら、自分から何かを聞き出す為の前振りなのだろうと判断していた。

 ならば、自分から聞いた方が良い。受け身でいれば抉り出される。

 容赦なく精神を解剖されて、()を切り開かれて、()を摘み出される。

 

「有り難い。では、きっちりと等価交換といこう。そちらの要望を俺も聞こうとも思うが、まずは情報がなくては作戦目的も決め難いのでさ。

 だがまずは、私が知らなくては始められない……―――」

 

 啓蒙家と同じ胡散臭い笑みを浮かべ、神父は欲する答えを求めるのみ。バベルの塔とは何か、ニムロドとは何者なのか、死徒トーサカが作り上げたモノは何へ変貌するのか。この巨塔都市は何処を目指して建築されている異界であるのか?

 知らなくては、何も始まらない。

 初めを理解出来なくては、彼らの目的を把握出来ない。

 

「―――塔とは、何を求められて建築されている?」

 

「確信だねぇ……ふふ―――良いとも。

 君からの要望だもの。私が知っている情報は、協力者として教えて上げよう」

 

 バベルの塔。涜神者の城。あるいは、狩猟王が神と天使を狩る為の天蓋巨塔。それらはあの塔の本質を指す機能ではない。四つの大聖杯を取り込んだ塔は、千の英霊を内蔵する異界術式には、違う目的が存在する。塔は既にランクEXに到達し、神狩りの塔として“完成”した後も増築が延々と繰り返されている。

 ―――もはや地球の支配領域を踏破した。

 頂上は宇宙空間にも到達し、あらゆる山脈よりも高く、神の国を突き抜けているのに―――塔は、まだまだ成長する。あの塔はバベルの塔であり、それをもう超えている。

 故に―――天蓋巨塔。

 ――空の果ての果て。

 地上の一切合切と、天界されも見下ろす人界の極点。天蓋の意味とは即ち、惑星を閉じ込める為の大いなる蓋であった。

 

「あれの術式は、魂の物質化をする新たな人類の文明技術だよ。塔そのものが、巨大な魔法陣が一本に束ねられた術式なんだ。そして本質的には、アインツベルンの大聖杯と機能を同じとする第三法の具現だ。勿論、人間を不死にする何て真っ当な代物じゃあない。

 あれの最終的な機能は―――星の魂の物質化だよ」

 

 それはもはや神でさえ不可能な、この太陽系で生まれた如何なる生命体にも許されない禁忌であった。

 

「星の魂……―――まさか、ガイアの具現。

 有り得ない。そんな馬鹿馬鹿しい事は有り得ないが……いや、有り得んからこその天蓋巨塔」

 

「やり方はまだ分からないけどね。でも私が読み取った所、あの塔にはそれら全てが可能な術式が編み出されている。

 ……アルティメット・ワンの人工創造か、惑星の不死化と言ったところか」

 

 アレイスター・クロウリーの知識に底はない。第一法、第二法、第三法、第四法、第五法も知ってはいる。そして、魔法使いではないが魔法使いと同じく根源に到達した男。魔法の魔術基盤ではないが、魔術系統であるセレマの魔術基盤を世界へ持ち込んだ異端にして禁忌の魔術師である。また魔術系統としてセレマは現代魔術の概念として他の魔術師も使うが、この“魔術基盤”はクロウリーが独占した神秘。その彼からすれば、分からない事柄はほぼ存在しない。全知全能の少女(怪物)と同じ、あるいはそれ以上の魔術師である異端者に、そもそも不可能などない筈。

 その魔人からして、詳細不明なのがバベルの塔だった。

 分かるのは大まかな概念だけであり、機能のみ。その術式によって世界に何が施されるのかさえ理解できない。

 

「お前が持つ獣の眼でも詳細は分からないのか?」

 

「そりゃね。流石に細部までは分からないよ。内部にまで忍び込めれば違うけど、この異界を調べて、外側から塔を見た限りじゃ大雑把にしか術式は分からない。

 真祖の吸血鬼が持つ空想具現化なんて次元じゃない。

 惑星環境を自由自在に改変する……―――なんて、そんな生易しい異界じゃない。

 おそらくは、真の意味で星から寿命を失くす偉業なんだろう。どうやって、どうして、等と言うのは分からないけど、それだけは見て分かる。後数千年もすれば滅亡する惑星を救う所業なんだろうけど、そんな文明が果たして人類に何を齎すのか、実に興味深い」

 

「不老の星……か?

 成る程。神以上の神を生み出さねば、確かに人類は救われないのかもな」

 

「もしくは新人類なのかもしれないし、そもそもアルティメット・ワンとは関係ないのかもしれないけどね。ガイアを具現する術式から予想しただけでだから。

 ……だけど、この惑星が第三法の応用で不死となるのは確実だ。

 一生命体に進化したこの星を、我ら人類の世界を、アルティメット・ワンに連なる頭脳体で支配するっていうのも余り外れてはいないとは思うけどね」

 

 ――――根源の渦。

 塔とはソレだった。

 だが、無尽蔵の魔力ではない。渦巻いているのは真エーテル。

 大聖杯によって得たエネルギー源を利用し、塔は現在進行して真エーテルが貯蔵され続けている。しかし、それだけではなかった。

 人造アルティメット・ワンを創造する文明技術。天使量産を可能とする全知全能なる叡智の模倣を考えれば、(モドキ)程度ならば不可能ではない。月の王(ブリュンスタッド)を模した月の魔物(真祖)程度ならば、統一言語を取り戻したニムロドならば容易く作れるだろう。今の状態でさえ狩猟王の塔は、核弾頭並の戦力を持つ戦略兵器(エンジェル)を作れている。あるいは数万年前数十万年前、もしくは何億年も前に神代を本当の意味で始めた“神を作ったナニカ”にさえ届くかもしれない。

 だが、バベルの塔には地上に残る全ての古代文明が記されている。

 何もかもを知り得るクロウリーのみ、塔の情報を盗み取れる獣の魔術師(ビースト)にのみ、ニムロドの事を敵陣営の中で最も理解していた。

 ()は―――全てを知っている。

 神代の秘密も、滅び去った文明も、その全てを知っている。

 消え去った世界の分岐さえ、異聞と化した古代文明さえ、無かった事にされた歴史さえ知っている。

 

「狩猟王に不可能はないんだろうね。彼は魔術師ではあるが、その本質は魔術使い。ただの狩人であり、ただの人間であり、今は信仰を得た英霊に過ぎない。

 ……ああ、けれどね、このバベル―――」

 

 あの狩猟王は、史上最悪の―――魔術使いだった。

 所詮、全知全能に辿り着こうとも、魔術も魔法も狩りの道具に過ぎないのだ。神が何が何でも殺したのも当然と言える本物の“人類”であった。

 一個体で歴史が完成した存在(ヒト)だった。

 

「―――確実に、世界を変えるよ」

 

 つまるところ、文明の蒐集者。遥か過去の、異星人が、異界人が、外側の神が、この地上に作り上げた文明も理解する。地上の文明技術の何もかもとは、そう言う訳である。あらゆる概念を理解する言語とは、目にした全ての情報を理解する技術である。

 不可能がないと即ち、可能にする技術を生み出すこと。

 何時か辿り着く到達点へ、観測した遥か未来へ、狩猟王は容易く人類史を進化させる。

 その脅威を理解しているのはキャスター―――獣の魔術師(アレイスター・クロウリー)唯一人。男はこのバベルで何が起こるのか愉しみにしながら、今は自分の目的を達成させる為に生き残り、狩猟王から神秘(アレ)を盗み取る戦力を整える事に腐心する。

 その未来を夢見て、彼は捕えたバベルの天使を自分の奴隷にする。

 全ては一を目指すため。英霊の座へ至る為に無価値な不老不死を捨て、人間として死んだ生前の自分の願望を果たすため。

 クロウリーが諦める事は有り得なかった。













 はねバトと言うアニメが最近一番面白いと感じるこの頃です。主人公が可愛いですよね。努力と才能のスポーツモノは面白いです!
 後、受肉して生前の力を取り戻しつつあるニムロドがかなりあかん事になっているのに気付いているのは、実は反バベル側はクロウリーくらいだったりします。

 流夜さん、誤字報告ありがとうございます!

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