神父と聖杯戦争2   作:サイトー

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2.贄街

 抑止の守護者として召喚された英霊は、ほぼ全てが遠坂凛と、その魔法使いに召喚されたサーヴァントによって皆殺しにされた。

 冬木市。その異界化した街――否。其処は既に太古の魔術師が展開した結界都市。

 名付けるならば―――天蓋巨塔都市。

 それはもはや、神の叡智さえ超える隔離魔界。悪魔でもなければ、死徒でもなく、宝具を持つ英霊が魔術によって生み出した異界常識を、遠坂凛が展開した隔離異空間と融合させて生み出した平行世界ならざる同列異界。ならばもう見る影も無く、冬木の街は幻想に侵食された。

 

「ようこそ、この小さな隠れ宿へ。

 抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)ではなく、まさか生きた人間が此処に来るとはの」

 

「はい。では改めまして、匿って頂きありがとうございます。遅くなりましたが、自分の名前は言峰士人と言います。

 貴方の名は何と言いますか、御老体」

 

 そして、彼は眼前の人に名を問う。見た目は正に御老体であり、簡易な薄黒い甚平のような和服と、刈り上げた坊主頭に手拭を巻いている姿は、日本人以外の人種には見えなかった。

 

「―――上泉信綱。武士じゃ」

 

 神父と話す老人、上泉は内心で真名を隠す必要がないのは楽で良いと思っていた。今の自分は聖杯を求めて召喚に応じたのではなく、抑止の守護者として英霊召喚を承諾した身。本来なら抑止の召喚など応じない正規の英霊であるが、どうも緊急事態との事で守護者も、反英霊も、正英霊も、何も関係なく座の眷属は駆り出されているようだった。

 となれば、世界の危機を救う同じ立場の神父に真名を隠匿はしない。

 剣聖―――上泉伊勢守信綱は、戦と武芸と人斬りを人生とした狂気など全く感じさせず、穏やかな笑みを作っているだけだった。

 

「ああ、剣聖の。では―――上泉さん。この度は助けて頂き、感謝致します」

 

「よせよせ、敬語なぞ気味が悪いの。他の奴にも遠慮はいらんぞ。それでお前さん、なにをやってる人だい?」

 

「―――ふむ。そうか、ならば止めよう。それはそうと、俺は神父をしている聖職者だ」

 

「ほっほっほ、神父とな。ふぅむ、見た目はこの国生まれに見える事は見えるが、違かったか。やはり南蛮の僧侶かの」

 

「まぁ、そんなところだ。だが、俺はこの国生まれだ」

 

「何と。にしては、黒髪黒目が標準的な日本民族の風貌から離れとるが……まぁ、良いか。些末事に腐心するのは平和な時だけで良いじゃろう」

 

 神父の前にいる老人はサーヴァントとしての気配はない。英霊としての気迫もない。本当に日常を謳歌している一般的な、まるで定年を越えてやっと年金生活に入って余生を楽しんでいるような、そんな雰囲気の年配の方にしか見えなかった。

 しかし、それが士人にとって相手が自分より遥か格上だと確信させた。

 真名があの剣聖―――上泉信綱と言うのであれば、おそらくはこの日本において頂点のレベルに位置する武芸者。柳生新陰流の原典に位置する新陰流の開祖である。

 

「神父……―――ほう、成る程。君は十字の異教徒か。だが、今は構わぬと言えば構わぬか」

 

 そして、上泉の他にもう一人、この隠れ家の一室にて煙草を吸って話を聞いていた人物がいた。

 

「ラシードや。そう殺気立つで無い」

 

「分かっている。この拠点の家主として、客を蔑ろにはせん」

 

 その名前に士人は聞き覚えがあった。聖杯戦争の監督役として、世界中の古今の逸話を学び尽くした神父で在る故、ある程度有名ならば簡単に理解出来る。何よりも今の時代、魔術などの外法の学問でなければ、インターネットに接続するだけで容易く欲する知識を身に付ける事が可能。英霊の座に招かれる程の英雄であれば、現代人はあっさりと本や資料を読まずに把握出来て仕舞える時代である。

 よって異教徒(イスラム)の宣教師であろうとも、言峰士人からすれば当たり前に名前が分かった。

 

「ラシード……ああ、あの有名な。六代目主席宣教師だったか」

 

「知っているなら話は早い。では神父、私も軽い自己紹介はしておこう。

 真名はラシード・ウッディーン・スィナーン。言い当てた通り、教団六代目主席宣教師のダーイーである」

 

 アサシンのサーヴァント――ラシード・ウッディーン・スィナーン。教団教祖にして初代指導者ハサン・サッバーハが創設した暗殺教団に所属していた宣教師(ダーイー)の一人。そして、ハサン・サッバーハではない暗殺教団のアサシンであり、闇に潜みながらも名を轟かせた伝説の暗殺者でもある。

 ある意味、アサシンの語源の元凶でもある正真正銘、本物の魔人。

 悪辣さは歴代ハサンを容易く超え、暗殺ではなく抹殺に拘り、教団最悪の暗殺者の群れ―――殉教者(フィダーイー)を完成させた英雄であった。

 

「成る程。ならば、この隠れ家はお前の宝具か、スキルによる陣地作成のようだな」

 

「素晴しい見識だよ。正解だ。此処は我が宝具の一つ、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤード)による秘密の園だ」

 

「ああ、それもまた有名だな。伝説の中で生きる山の老人が住まう秘密の園か」

 

 曰く、薬物と女体で洗脳した。

 曰く、一度入った者を狂信者に生み変える。

 曰く、死を自ら望んで信仰を達成させる殉教者を量産していた。

 故に、宣教師。

 違う神を信じる異教徒を自分達の宗教に取り込み、違う宗派の同じ信仰者を自分達の主義に吸収する。それは何でも無い民衆を狂信的暗殺者にする本当の魔物。本人も非常に優れた暗殺者であり、超常の神秘を身に付けた呪術師であり、生まれつき透視の目を持つが、もう一人の山の翁として彼は暗殺者を作り出す暗殺者―――主席宣教師であった。

 

「それだ。で、それを知った君はどうする? 此処を出て行くかね?」

 

「まさか。お前が過去に何人洗脳し、何人殉教者として捨てたのか、どうでも良い事だ。無論、俺を洗脳すると言うのであれば止めはせず、敵が一人増えるだけのこと。

 そして、生前のお前が幾人も信者を虐殺していようと、俺と、俺の信仰には、何ら問題はない」

 

「……君、本当にあの十字教徒か?」

 

 神の名を借りて凶行に勤しむ蛮族。北の土地から来た異端者共は、本来ならローマ帝国の処刑器具に過ぎない十字架をシンボルに掲げ、あの砂漠の土地で殺戮に興じていた侵略者であった。目の前の青年はその信仰を受け継ぐ一人であり、あの聖堂教会にも所属している殺戮装置でもある筈。そんな狂信者がアサシンを生み出していた自分(ラシード)を目の前にすれば、殺し合う方がまだ自然な流れ。

 

「何。我らの宗教は過去に殺し合い、現在でも殺し合い、そして、この先の未来でも殺し合いを続けるだろう。だが、それを我らの神が見て何を思うか?

 啓示を人に与える我らの主は、隣人を殺すことを喜ばれるか?」

 

「さて。私はただの教徒故、答えを持たない。しかして、我らの神は……―――」

 

「―――ああ。言わずとも結構だとも。無論、神の御気持ちなど、俺には到底理解出来ない。お前もそれは同じ筈だ、ラシード。

 だが、宗教は違えど、教えは異なれど、信じるは同じ啓示の神であろう?

 となれば、憎しみ合う事も、殺し合う事も、やはりそれは自分達人間の都合に過ぎない。お前が許し、俺が許すのであれば、それだけで戦わぬ理由が出来上がると言うものさ」

 

 その神父の言葉を聞き、アサシン(ラシード)は白けた視線を送る。彼は宣教を生業とする暗殺者であるため、相手の言葉に込められた感情と意志を目で見るように仕分け可能。

 

「嘘はつかぬが、本意ではない。そう考えてはいるが、個人の感情は何一つ込めてはいない―――成る程。成る程。嘘言わぬ詐欺師と言ったところか」

 

 声に何も無いのだ。神父は本当にそう喋っているだけで、脳裏に書いた台本を読んでいるだけに過ぎない。自論ではあるのだろうが、知識だけの言葉に過ぎず、説得力があるだけの諭すような説法だった。

 個人的感情を挟まない聖職者としては確かに完璧なのだろう。神父として万人がそう在れば幸福になれると、理想論的な前提を話しているのだろう。

 しかし、彼本人はそんな事柄に何一つ価値を見出していないことを、このアサシンはあっさりと理解してしまった。

 

「ほう。鋭いな、暗殺者」

 

「戯け。君が胡散臭過ぎるだけだ、神父」

 

「成る程。胡散臭さは抜け切れないか。三十路手前になったが、心はまだまだ未熟だな。子供の頃とそう変われないとはね」

 

「肉体が成長しても精神が成長しなくては、糞ガキはただの糞になるだけだ。そう言う輩が哀れなのは、私が生きた過去もこの現代も変わらぬ事柄だろう。信仰もなく、怠惰と堕落に生きる糞のような肉塊は、見ていて恥ずかしい気分になる。

 とはいえ、君はそれらの愚物には程遠い腐れ外道のようだが」

 

「そうかもしれないな。腐れ外道であることは、周囲の自分の評価からも認めざるを得ないだろう」

 

 にたり、と実に雰囲気に合った笑みを浮かべる神父(言峰士人)宣教師(ラシード)はその姿を胡散臭く感じながらも、決して虚言を吐かない敬虔な信仰者であるとも確信していた。

 この矛盾、確かに無視出来ない。言葉を僅かに交わしただけで、宣教師はこの男の異常性を察知し、だからこそ言葉だけは信用出来ると言う変な確信も同時に察していた。

 

「……ふむ、まぁ良い。

 では、私は作業に戻る。苦労して捕獲した天蓋巨塔(バベル)の眷属、醜い天罰天使を洗脳しなくてはならないのでな」

 

 そう嘲笑い、山の翁が住まう逸話を持つ秘密の園――宝具、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤード)の家主であるラシードは、上泉信綱と言峰士人を部屋に残した。本来の自分の居場所である作業場にて、洗脳桶で磔にした獲物に薬物投与や呪術行使を行うべく、稀代の宣教師は背中を見せて扉から出て行った。

 

「ふぅ……相変わらず、あの翁殿は生真面目だのう。世界の命運が掛かっていようが、甦ったならもうコレは儂らの人生に過ぎんと想うのだがな。

 我ら死人に過ぎぬ稀人(サーヴァント)よ。所詮、甦った者勝ちの馬鹿騒ぎじゃ」

 

 ……ずずず、と言う音。音源は神父の目の前に座って笑う老人、上泉信綱。

 湯呑に入れた緑茶をゆっくりと飲み、餡子の匂いがする饅頭を美味しそうに食べていた。

 

「茶、美味いか?」

 

「勿論じゃよ。久々に呑む娑婆の緑茶は美味いのう」

 

 そして、煙管(キセル)で煙草も楽しみ出す老いた剣豪。士人も何となく寛ぎたい雰囲気となり、懐から特製激辛飲むマーボーを入れた水筒を取り出し、煙草を咥えて魔術で先端を着火した。

 

「……それで、この異界はどんな場所なんだ?」

 

 聞かねばならない事がある。助けられたのはいいが、士人はただの異界に流れ着いた漂流者ではない。現実世界からこの異界を破壊すべく来訪した聖堂教会の代行者であり、弟子として師匠の不始末を愉しむ為に来た腐れ外道であった。

 それを果たす為には、この目の前の老人から情報収集をする必要がある。

 

「ふぅむ、ふむふむ……ふむ。いやはや、はははっはっはっは―――考えても詳しく分からんわい。

 儂はキャスタークラスじゃないからの。暗殺者の匣に組まれた剣士に過ぎず、生前はちょいとした裏太刀……まぁ、俗に言う忍術じゃな。忍者から盗んだ技を研究し、新陰流兵法の我流忍術を習得していた程度の術者に過ぎんのよのぅ。

 儂は妖術師でも陰陽師でもないので何ともなぁ……うぅむ、分からん。恐らくは日ノ本で言う竜宮城や鬼ヶ島のような、現実から隔離された異界常識が支配する場所と言う事くらいしかの」

 

「それは分かっていることだ。そうだな、キャスタークラスの仲間は不在なのか?」

 

「いたにはいたがのぅ……殆んど(ミナゴロシ)じゃ。このバベルで生き残っているのは、隠れ潜むのが得意なアサシンか、そう言う宝具や技能を持っているサーヴァントだけじゃ。

 その点、剣術以外にも忍術も修めている儂や、山の老人であるラシードは生き残るのは楽じゃったよ。むしろ、強大な力を持つサーヴァントほどあっさりと殺され尽くされたよの」

 

「それはまた……」

 

「とは言えの、逆なのかもしれんな。あの行動を見るに、強いサーヴァントを狙い、確固撃破していたようにも見えたのよのぅ。儂らのような、神話にも魔術にも疎いか弱いサーヴァントは、大分後回しにして殺し回っているような……否、あれは殺すと言うよりも蒐集かもしれんの」

 

「か弱い……?」

 

 アサシンで在りながら、並のセイバーを遥かに超える剣神。その上でアサシンらしく隠行を行い、忍術にも精通し、臨機応変にあらゆる敵に対応する魔人。しかも集団戦や軍略にも通じうる指揮官でさえある。それがこの暗殺者(アサシン)、上泉伊勢守信綱。か弱いなどと言う形容詞が全く似合わない何でも有りの兵法家。合戦にも心得がある剣聖など、誰だって敵対したくはないだろう。

 そんな伝説的な剣豪がお茶を飲みつつ、彼の出身地である上野国――現代で言う群馬県の特産品をお茶受けとして食べていた。

 

「……いや、まぁ良い」

 

 味噌風味の甘い匂い。どうやら中身がない饅頭のようなものであり、外側の皮にタレを塗って焼いた食べ物。あの食べ物の名前は確か―――焼き饅頭。

 それを見た神父は思い付く。素まんじゅうにマーボータレを塗って焼くのも良いじゃないかと。

 

「群馬名物、焼きまんじゅうか」

 

「儂が死んだ後で出来た地元の名産品だがの。こんな異界ではあるが、本屋やコンビニ……じゃったか。そう言う店はまだ残っていての。それで知って、ついつい作ってみたんじゃよ」

 

「愉しんでいるな」

 

「そうじゃな。儂は基本、サーヴァントライフエンジョイ勢だしのぅ。老年は柳生の里じゃったが、育ちはバリバリ上野国のグンマー人よ」

 

「グンマー人?」

 

「グンマー人よ」

 

 焼きまんじゅうを食べながら茶をしばいている姿は、確かにもう群馬県民の何者でもないのだが、ここは異界化した冬木市である。この異世界感に戸惑う神父であったが、取り敢えず群馬の剣豪なら仕方がないと納得した。しかし、関東地方の中にある群馬県の田舎っぷりを揶揄するネットスラングを、戦国時代の大剣豪が使うの見るととても脱力する気分になる。尤も士人にまともな情緒はなく、人間から学んで修得した感情と感性を理性的に演算することで、普通ならばそんな気持ちになるだろうと思考しているだけだが。

 とは言え、だ。士人は取り敢えず、思考を止めずに焼き饅頭を食べる剣士からの情報を脳味噌で咀嚼する。

 

「で、蒐集とは?」

 

「魂じゃな。我らサーヴァントを殺して集めるとなれば、それ以外に思い付かんしの」

 

「やはりな。となれば、聖杯の動力源だろうな」

 

「……聖杯?

 ほぅ、南蛮の神が齎した奇跡じゃったか。それが我らの魂を喰らって太るとは、何とも血生臭い神様がいたものか。

 いや、その手の伝承は日ノ本でも珍しくない話じゃな」

 

 伝承と伝説は血生臭い。それらは人の歴史に基づくモノであり、歴史とは人間同士の闘争の積み重ね。信綱は聖杯が魂を喰らう化け物だと知ったが、それを別段不可思議に思わなかった。

 

「まぁ、俺が知っているのはアインツベルンだがな。カトリックの聖者の血の杯ではなく、願いを叶える魔法の釜の模造品だ。そして、この度の事件で使われているのは釜の方の杯だ」

 

「成る程のう。そいつは厄介じゃな。抑止の駒として召喚された筈の儂らが、実はただの生贄に過ぎず、敵はエネルギー蒐集に抑止力さえ利用していると推察出来るの。まるでこの儂や死んで逝ったサーヴァントが、異界の主人からすればこの焼きまんじゅうと何一つ変わらん訳か。

 うーむ、そいつは拙いの。実に―――拙い。いや、焼きまんじゅうは不味くなく、美味いがの。流石我が故郷」

 

「―――それで?」

 

 焼きまんじゅうの話になると長くなりそうだったので、神父は信綱に話の先を促した。ついでにこの大剣豪、まだ焼きまんじゅうを食べて続けており、串刺しにされた饅頭がまだ皿の上に積まれ、お茶の御代わりも万全だった。

 

「もう既に数百以上の英霊が殺されておる。まともにバベルの塔と戦ったヤツは例外なく皆殺しじゃったしな。生きているのは儂やラシードみたいに逃走の術に長け、尚且つ対人戦闘にも非常に優れているような者のみよ。どちらか欠けていれば、それはもうあっさりと殺されおったわ。それかあれじゃな、運良く秘密の園に保護された者や、他に協力者がいる者程度かのう。

 自重出来ぬ輩は集団で嬲り殺され、弱い者は普通に甚振り殺され、隠れるだけの者は焙り殺されたのう。

 宝具頼りな者は良い獲物じゃったしなぁ……いやはや、実に強者が生きるに厳しい異界じゃな。強い魂を持つサーヴァントほど、目立つ宝具や戦闘を行う。それを目印にして一気に抹殺して来る故、儂らもああなったら最後で助けられん」

 

 上泉信綱は、この異世界(バベル)で様々なサーヴァントを見た。守護者として召喚された英霊を駆逐する巨塔のサーヴァントも幾人か目撃し、その真名を暴いた者もいる。そんなサーヴァントとサーヴァントが殺し合う地獄の中、たった七騎で数百の英霊を殺戮し、虐殺し、召喚されたこの異界において更なる深化を遂げた敵陣営の英霊。

 言うなれば、既に英霊殺しの百戦錬磨。

 召喚された後に経験を積むことで、英雄殺しの技術と戦術を学習した化け物共。

 確かにサーヴァントは成長しない存在であろうが、その限られた技能と能力が許される範囲で作業をより効率的、能動的にし、安全且つ高速で命を奪い取る。あらゆる分類の宝具に慣れ切り、対城宝具さえ当たり前のように捌く連中だった。

 

「そうか。いやはや、師匠らしくはないが、今の遠坂凛に相応しい悪辣さだ」

 

「ほぅ、師匠とな?」

 

 となれば、この神父の身内が黒幕らしい。あるいは、この神父が黒幕か。

 

「ああ。この異界を支配している者が、俺の師匠と言うだけの話。それはまた詳しく説明し、情報を共有しよう。

 俺としては、俺が持つ情報よりもそちらの方が重要な話だと思うので、この異界で生き延びているお前の情報を知りたいのだがな」

 

「露骨に話を逸らすのぅ……じゃが、まぁ良かろう。お喋りは好きじゃし」

 

 そう神父を見て笑い、和服の旅装束で身を包む武芸者は、文字通りこの異世界を旅した記憶を掘り上げた。

 

「取り敢えず味方、あるいはバベルと敵対している者からじゃな」

 

「ああ、頼む」

 

「バベルの廃都にはラシードの宝具である園、殉教宴楽土(フィダーイー・マスィヤ-ド)が幾つか点在しておる。抑止力に召喚された英霊の幾柱とも共闘関係でもあるぞ。

 一応お主らのような外界からの漂流者、ないし侵入者を二名保護しておる。確かあれじゃ、協会の魔術師と教会の代行者だったかの。生きている者はその二人だけで、後は儂と同じ生きた死人が幾名かかの。それに加えて、他二名程の外界からの侵入者がいてな、その二人は桁違いに強かったぞ。

 うむ。強襲して来た敵首魁―――狩猟王ニムロドを撃退していたのは驚いたのう」

 

「―――ほう。あのアーチャーを撃退する外側からの侵入者となると、あの者共か。

 しかし、いやはや。なんだかんだと結構生存者がいるのだな。俺もこの冬木廃都で敵は何人か見たが……いや、そう言えば、誰かが殺されている姿は一度も見ていないか。

 となれば、今はどちらも千日手。殺そうとも殺せず、隠れ潜む者を殺し上げようと熱を上げる暴徒の群れかが暴れるのみか」

 

 しかして、此処は地獄。もはや人類の生存圏とも呼べず、生きている生物は外部からの侵入者のみ。此処を制御する魔法使いさえ、もはや生き物と呼ぶに相応しくない暗闇の存在――死徒である。

 

「ほっほっほ。察しの良い聖職者じゃ。本当に、聖職者か疑わしい程の腹黒さなのじゃが……ふむ。詳しい説明は家主のラシードも交えてからじゃな。

 出来れば、他の者共も集めたい訳じゃしのう」

 

「心得た、御老体。では、俺にもその焼きまんじゅうをくれないか。対価は渡そう」

 

 どんな原理か分からないが、恐らくは忍術か手品で皿をもう一枚何処からか取り出し、串刺しにした焼きまんじゅうを何本か士人へと信綱は手渡そうとした。

 

「ああ、良いとも。若者に食べ物を渡すのは老人の愉しみで……―――おい、お主。今、その液体を焼きまんじゅうに掛けようとしたか?」

 

「―――え。何故行き成りそんな凄い剣気を俺に?」

 

掛けようとしたな(・・・・・・・・)?」

 

 余りに壮絶な刃の気配。これ程の剣士の気迫を士人は体験した覚えはなく、このバベルにて尤も死を覚悟する最初の瞬間が焼き饅頭が原因とは欠片も思わなかった。

 しかし、自家製飲む激辛マーボーで味付けしたい欲求を抑えられようか―――否。断じて、否。

 剣豪が恐らくはスキルか何かで召喚された後で身に付けた調理技術で作られた焼きまんじゅうは素晴しく、だからこそマーボーを付け足したい。むしろ、マーボーで浸したい。

 

「ああ。まぁ、甘辛い新生焼き麻婆饅頭を創作しようと―――」

 

「―――オヌシ」

 

 あ、これ駄目なパターンだと、豊富な人生経験でバッドエンドを士人は悟った。教会で居候をしていた王様と共同生活をしていた士人は、日常的に起こる死亡ルートにはとても敏感になっていた。そして、人間達の感性を学習する為に高校時代からの友人である後藤君から借りて遊んだゲーム知識より、こう言う場面でするべき選択肢も自然と思い浮かぶ。

 何が生きる為のヒントになるか分からないと考えながら、神父は無駄に神聖な雰囲気を出しながら、正解に相応しい答えを紡ぎ出した。

 

「ふむ。やはり、マーボーは麻婆豆腐のままが王道だな。焼きまんじゅうもしかり」

 

「分かれば良いのだ―――分かれば、のぅ」

 

 とは言え、普通に考えれば分かる事。自分が作った料理に違う料理をブチ込まれれば、料理人として怒るのは至極当然。士人は自分が作った料理を如何されようとも何も思わないが、当たり前な感性を持つ人間ならば憤怒すべきことなのだろうと考えた。

 

「―――味噌味か。甘いな」

 

「笑みを浮かべてはいるが、美味そうには食べんの。口に合わなかったかの?」

 

「いや。ただあれだ、美味い料理を食べれば美味いと分かるのだが、それで幸福感を得られないのでな。取り敢えず、人が出した料理を美味いモノであると判断したのなら、料理人への感想の一つとして笑うようにしているだけだ」

 

「……素直に告白するのう」

 

「嘘を言うのは信仰に反する。それに、それを聞いて気にする人間が相手でなければ、隠し事にする必要もないだろうとな」

 

「おう。随分と此方を信用しておるな、お主。そんな人格には到底見えぬのだがの」

 

「命の恩人に何を今更。何よりもまず、俺と言う人間を信用して貰うには、こうして自分が持つ性格や性質を知って貰う方が手っ取り早い。

 俺は罪を罪とも感じぬ非人間に近い悪人では在るが、信用に足る部分もあると分かって欲しい。その方が、この俺にも利益がある。良い人の物真似をして人に隠し事をするのは得意だが、それで察しの良い人間に信用して貰うには時間が掛かるしな」

 

「成る程のう。騙し合いが好きそうな類に見えたのだが、儂の勘違いかのう」

 

「得意ではあるが、それは騙して面白そうな手合いにのみだ。裏切ってもお前は面白そうではなく、何ら利益にもならず、娯楽にもならないだろう。

 剣聖である上泉信綱を背後から襲っても、哀れに真っ二つになるのが関の山だ」

 

「魔物よな。実に斬り甲斐がある怪物であるが、今はお主以上の殺し相手が大勢いる。何よりお主と共闘すれば、お主を斬るよりも多くの敵と殺し合い、斬り合うことも出来そうぞ」

 

「理解して貰えて結構だ……うむ。これ、中々に美味いな。緑茶にも合う」

 

 素まんじゅうを使った麻婆饅頭を魔術食品として開発することを考えながらも、それと並列して今後についても神父は思考し続ける。

 ―――どうやら、状況は最悪を超えて悪夢と成り果てているらしい。

 世界滅亡の元凶となるニムロド王と遠坂凛は、既に人理と抑止を攻略済みであると考えられた。残された抑止力は、抑止で在りながらも抑止に適さぬ尊き魂を持つ魔人超人の群れ。恐らくは世界など内心では如何でも良く、個人の願望を優先し、それが故に抑止以上に守護者に相応しい力として現世に顕現し続けている。

 日本最強格の武人であるこの老人、上泉伊勢守信綱も恐らくは―――

 

「―――良い宿敵とでも巡り合えたのか、御老体?」

 

「ク―――ハハハ。ふははは!

 オヌシ、良くそのような確信を言い放ち、自分を信用して貰いたいなどと言えたのう?」

 

「触れられたくはない感傷だったかね?」

 

「否。嗚呼、それは違うのう。あれは―――そうさ、素晴しい剣士だったぞ」

 

 命を賭せば、敵の幾人か切り捨てることは出来た。しかし、信綱はそうはしなかった。あの剣士を倒せるのは、この異界にて自分以外に存在せず、他の誰もが当たり前のように殺されるだろう男であり―――自分が、この手で斬り殺すべき強敵を。

 ―――剣の業は、死して離れず。

 そして、死した身であるが故―――無を宿した剣へと完成した。

 

「さてはて、それは確かに素晴しくはあるが、敵対する自分にとっては凶報だな。バベルに先行した筈のディートリッヒ・フォン・ベルンとアシュヴァッターマンとのコンタクトも失敗し、こうして協力者に手助けして貰わねば、呼吸をして生きる事も難しいとはね」

 

「何と―――あの二人とは知り合いかのう?」

 

 剣聖は、外界からの侵入者だった二名を思い出す。このバベルにて最強と呼べるサーヴァントは幾名も呼び出され、その全てが殺されてしまったが、あの二人はそれでも尚―――今もまだ、生き延びている。突如として襲来した天蓋巨塔(バベル)の七騎士を相手にした上で逃げる事に成功し、理由は分からぬも何故か単騎で襲撃しに来たニムロドさえ迎撃に成功している。

 まだ誰も殺せてはいないが、あの二人は―――強過ぎる。

 抑止力のサーヴァントが無様に殺される中、まるで生きた人間のような強烈な意志と行動力を誇っている。あのバベルの塔で量産されている天罰天使共さえ、サーヴァント以上の神秘を持つ筈の化け物でさえ、塵屑のように鎧袖一触で屠り殺していた。

 とは言え、信綱も天罰天使を同じ様に始末可能なのだが。

 既に慣れ切ってしまい、一呼吸で数体纏めて撫で斬りにもしている。それは此処の家主であるラシード・ウッディーン・スィナーンも同様で、しかもこの宣教師は生け捕りにし、自分の殉教者(ダーイー)にすべく改良している真っ最中でもあった。

 

「ああ。このバベルに入り込む前、少し手助けをしてな。この異界の外側、現世で行われた第八次と第九次の聖杯戦争の生き残りであり、遠坂凛と第七次聖杯戦争優勝者のニムロドに復讐を誓う者達だよ」

 

 サーヴァントの気配を完全に隠し、恐らくはまだ廃都に隠れている筈の二体。ニムロドを撃退した二名と言うのも、十中八九この二人の魔人(サーヴァント)であろうと士人は予測していた。

 強い上に戦が巧く、生き残る術を理解し、死を踏破する理念を持つ者。

 巨人の魔剣を振るう絶対なる戦士の奪還王と、神々の血を混合して生み出された神仙の破壊者。

 あれが聖杯の黒泥によって受肉し、生前と変わらぬ領域にまで進化していれば―――狩猟王と言えども、狩り射殺すだけの獲物には程遠い英雄で在ろう。

 

「……しかし、戦力はまだまだ生存しているようで助かった。これで衛宮と美綴とアルトリアの四人だけとなれば、流石に巨塔攻略は不可能だ。まずは敵戦力を削り取り、戦力比を整える必要もあると見える。

 だが―――バベルの塔に、バベルの王か。

 まるで神話の世界に迷い込んだかのような達成感さえあるな。死ぬ前にこうして伝説の巨塔を見ることが出来て、預言者アブラハムから始まった啓示宗教の信徒としては、実にやりがいのある仕事と言えよう」

 

「お主、玩具で遊ぶ子供みたいに笑うのだな」

 

 この世全てを愉しむように、神父は楽し気に笑っていた。純粋無垢な余りに神聖な微笑みであり、それを神聖だと感じてしまうこと自体がおぞましいと錯覚するような表情だった。

 

「不愉快かな?」

 

 それを剣豪は、何でも無いように受け流した。自分も恐らくは強い武者を斬り殺せた時、同じ様な笑みを達成感から浮かべているだろうと言う自覚がある。そんな人斬りの人でなしが、同じ極悪人を批難する資格はないと考えた上で、そもそも人殺しと誰かの罵る趣味など欠片さえ存在していない。

 

「ほっほっほ。ならば……まぁほれ、そこの窓から外を見てみい」

 

 冬木の新都……否、もはや神都と呼ぶべき神々しき都市の姿。それは余りに巨大で、余りに雄大で、人間の技術で絶対に建築不可能な建物だった。現代では有り得ない太古の人類文明が至った建築技術の集大成であり、科学と魔術と魔法がまだ同じ文明に過ぎなかった旧世界の遺物。

 ―――巨塔が、街の中心に聳え立っていた。

 

「あれは天蓋巨塔―――バベル。

 この世界は既にあの古い王が住まう領域。この冬木はの、嘗て神に滅ぼされた魔導都市に成り果てたのじゃよ」

 





 とのことで、プロローグは終わりです。次回から本編を開始していく予定です。
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