奇抜な言葉を話す剣士は余りにも王道な騎士甲冑姿をしていた。召喚された英霊のサーヴァントは時代時代の衣装を身に纏いながらも、その時代の中でも中々にかぶいた格好をしている者が多い。
その点、この剣士は中世ヨーロッパの騎士に適した姿である。
一番大事な頭部を護る兜を被り、鎧を身に付け、篭手と足具で四肢を防御している。蒼いサーコートを鎧の上から纏ってはいるものの、一般的な騎士であるのは一目瞭然。とは言え、戦争中の騎士や傭兵と言うよりも、どちらかと言えば武者修行の旅をしている途中の剣士とでも言うべき雰囲気を持ち、鎧に付属している装備品も、色々な旅の道具が付いているようだった。
だが―――手に持つは、
ヨハンネス・リヒテナウアーの真名が正しければ、この剣士が最も得意とする武器は両手大剣の筈。何故なら
「リヒテナウアー……貴様が?」
「無論。私こそ剣術家リヒテナウアーその人です」
「そうか。帝国で騎士道を語った剣術家……貴様があの、リヒテナウアーと」
当然と言えば当然であるが、アルトリアは尋常なレベルではない勤勉家だ。努力の鬼で、才能の塊である。剣術以外にも、経済学、地理学、軍事学、帝王学などありとあらゆる分野に通じ、それら学問の実践者でさえある。そんな彼女からすれば、生前に宮廷魔術師マーリンから学んだ剣術以外にも、現世にまで伝えられている剣術を再学習するのは当たり前な手段。
宮本武蔵の二天一流。
上泉信綱の新陰流。
柳生宗厳の柳生新陰流。
等々、有名な所は読み込んでおり、理念も想念も有る程度は学習している。だが、それらは召喚された地である日本の剣術家達の教えである。
星の聖剣エクスカリバーを得物とする剣士――アルトリアにとって、日本刀の武術は参考にはなるが、それだけだ。確かに無の境地を秘奥とする精神性は重要だが、それは個を極めるどんな武術でも同じこと。しかし、魔術師マーリンから剣術の基礎を学び、殺し合いに満ち溢れた戦場で実践して鍛えた生粋の殺人剣術である為、アルトリアの剣技は殺人技巧一辺倒の術理である。
―――絶対に生き残り、確実に叩き切り、斬撃に死を宿す。
不老不死の王で在れば十分な剣術。何せ彼女は剣士で在る前に、騎士で在る前に、王で在らねばならない。それがアルトリア・ペンドラゴンで在り、このアルトリアは王では無い。
ならば―――アルトリアは、ただの一人の剣士で在る事が許される灰色の女。
騎士でさえなく、無論のこと王には程遠い。生前の誇りは聖剣の担い手である事だけだった。故に、今の彼女は剣士に過ぎず、記録が削られ、理想が溺れ沈み、だからこそ剣を極める事を許された。
求めるは―――無。
空位。虚無。無限。無空。無窮。涅槃。無辺。無敵。
呼び方は様々あり、何でもあるが、それに至ることを死後にアルトリアは許された。受肉による蘇生によって僅かに成長する余地があり、自分が殺した聖騎士の境地を超えるべく、彼女は「無」を手に入れなければならなくなった。
無に至る為の業。
それを得る為ならば、何もかも利用しよう。ならば師と為る者は全ての斬殺者共。
現存している全ての術理に目を通した。必要な術は学習した。アルトリアは中でも、同じ大剣使いであるリヒテナウアー流剣術の技は一通り学習し、言うなればマーリンが祖となるキャメロット流とでも言うべき我流剣術をより進化させている。
尤も、やはり彼女はエクスカリバーの担い手だ。今の型こそ最強であり、最適。
「さて―――あの剣士よりも、貴様は強いか弱いか。試させて貰うとしよう」
ヌォオン、と禍々しい黒き極光の聖剣――
何て、穢れ汚れ、黒く深く、美しいのか。
バベルのセイバーは思わず、嗚呼と感嘆の溜め息を吐き出してしまった。
これ程の剣気を刀身に納めた剣は存在しないと、まるで人間一人の人生が凝縮されたような妖しさだと、ヨハンネス・リヒテナウアーは実感し切っていた―――綺麗だ、と。
「美しい……ええ、それは何て、美しいのですか。本当に、貴女に相応しき聖剣であるようですね」
「―――フ。美しいだけか、これから味わえるぞ?」
「オー、ファンタスティック!! 実に、実に、貴女の美しき瞳にプロージッド!!」
「しかし、嗚呼しかし! あの剣士とは、誰の事なのか気になりますね、実に!」
「貴様には何ら関係のない者だ。気にする必要は欠片もない」
最強と言う言葉に相応しい者となれば、アルトリアは一番にランスロットを脳裏に浮かべる。他にもガウェイン、トリスタンなど様々。そして、最も優れた者となればギャラハッドであるが、それは聖剣の騎士王アルトリア・ペンドラゴンにとっての話。
至高と呼べる神域の技巧に至った剣士――佐々木小次郎。
狂気と果てる涅槃の境地に堕ちた剣士――デメトリオ・メランドリ。
今のアルトリアにとって、この二人こそ無空の者共。戦士としてならば負けぬが、剣士としては勝てないと実感した魔人である。
そして、ヨハンネス・リヒテナウアーと名乗るこの騎士も、あの二人と同じ存在感がある。
「尤も今の私は剣士ではなく、ただの雇われ傭兵に過ぎん。貴様との斬り合いは愉しみだが―――囲んで、数の差で、惨殺する事になってしまうがな」
「何と。しかし、構いませんとも。それこそ問答無用の殺し合いにおける全力と言うもの。
―――そして何よりも!
これ程の強者達を一度に楽しめる何て、これ以上の贅沢が我ら斬殺者には存在する訳がないのですから!!」
誰に臆する事なく、自らを恥ずかし気もなく帝国最強の無敵剣士と名乗り上げた剣士は、両手を広げてこのバベルを全身全霊で祝福していた。
―――素晴しい、と。
故に騎士道の剣士リヒテナウアーは、これまで斬り殺した外敵を、難敵を―――愛すべき強敵を、強く脳裏に思い返す。そして、思い出した全ての者を斬り殺した実感を再び得て、このバベルは本当に夢のような世界であると考えた。何せ此処は剣術家ヨハンネス・リヒテナウアーにとって、死の瞬間まで鍛え上げた己が術理を存分に愉しめる史上最高の戦場であった。
人類を守るべく、使命に燃える騎士を、戦士を、兵士を、何より自分と同じ剣士と殺し合える奇跡。
それも自分が世界を破壊する側に回り、自分が敗北して死ぬまで何度も死合を堪能出来る極楽浄土。
だから―――殺した。この手で斬り殺した。
生前に出会う事さえ許されず、殺し合えなかった英雄英傑達。円卓の騎士を殺した。十二勇士を殺した。ローマ皇帝を殺した。中華の仙人を殺した。古い神話の神仙を殺した。オリンポスの半神を殺した。ケルトの勇士を殺した。秦の将軍を殺した。大陸の猛将を殺した。戦乱に生きた武将を殺した。
そして、世界各国の剣士を斬り殺した。斬って斬って、斬る為に殺し続けた。
例外は―――あの侍、ただ一人。
これ以上の幸運が、果たして存在するのか、否か。ヨハンネスの答えを決まっており、決まり切った自分の在り方のまま―――目の前にいる四人の強者を、ただ切り捨てるのみ。
「さぁて、さてさて。では皆さん、存分に私と斬り合いましょう!!」
「来るならば、来なさい。来ないなら、此方から追って斬殺してやろう……――!」
「是非とも!!!」
昂る
一歩―――ただ、踏み込む。
それだけの行動が、あらゆる宝具とスキルを超える狂おしき技巧の果て。三角の足捌きと呼ばれる独逸流剣術の基礎だが、その祖である剣士は歩く事さえ頂きまで鍛え上がっている。
―――縮地と呼ばれる技巧に等しく、剣士は純粋に
アルトリアが直感でしか認識出来なかったように、視界のみで見切る等と生易しい手段で対応出来る技ではない。これを打ち破るに動体視力は勿論のこと、技に翻弄されぬ堅牢な第六感と経験則が必須となる。
「っ……―――!!!」
即ち――アルトリアならば対抗可能。
技巧を極めたあの佐々木小次郎と殺し合った剣士であれば、その領域に踏み込んでいる彼女であれば、剣術家の足捌きを直感により察知した。だが、他の三人はまた話は別。綾子はまだ近距離戦でも勝ち目はあるも、士郎と士人は一目で勝てないと理解した。殺すなら得意な戦況を作り出す必要があり、それを実行可能な思考回路も持っている。
斬り合いを始めるヨハンネスとアルトリア。直剣を聖剣で迎え止め、斬撃と斬撃が交差し―――余りにも容易く、彼女の一閃が丸盾に受け流された。同時、直剣の振り下しが脳天に迫るも直感でその展開を予測していたからか、紙一重で後ろに頭部を逸らして避ける。
それなのに原理は分からぬが、彼女の視界から奴は消えていた。剣術家は彼女の視界の外側に踏み込み、真横から首筋を両断せんと直剣を振う。だが、それさえもアルトリアは予感した危機を信じて聖剣を振って受け止める事に成功していた。
瞬間、綾子は無音のまま強化した刀を構え――リヒテナウアーを強襲。
その隙にアルトリアは体勢を整え、聖剣に魔力を充填させて斬り掛った。卑怯などとは言わせない攻め込みであり、その上で剣術家は二人と対等に斬り合う奇跡を演じている。
「―――
その嵐を移動して離れた場所から士郎は観察し、魔術によって投影宝具の射出を実行。
前にアルトリア、後ろに綾子。
そして、全方位を囲む剣群ら。
―――サーヴァントをして絶殺の布石。
「―――ク………」
兜より漏れた苦笑。ふざけた道化の笑いではない。刃の如き狂人の哂いだ。そのリヒテナウアーは内心、心の底から歓喜していた。
何時も通り、愉しいバベルの日常。
当たり前な、楽しい命の奪い合い。
この程度の臨死体験は普通であった。バベルの塔を護るリヒテナウアー達にとって敵が複数なのが当然で、全方位攻撃など何度も打ち破った普通の戦術に過ぎない。
―――おぞましい煌きを見せる剣術家の業。
目視さえせず剣の一本一本を感覚。視界に映る
そして、錬鉄の魔術師――衛宮士郎。
自分を召喚したマスターから聞いた話通り、何から何まで面白い
「……ふふ。ふぅはっはーっはははははははは―――!!」
だから、彼は笑うのだ。こう言う危機を笑って踏破してこそ英霊であり、その分霊体であるサーヴァント。剣術家はアルトリアにバックラーで殴り掛かり、綾子の斬撃を直剣で受け流し、独楽の如き回転駆動で大剣豪と呼べる彼女ら二人を透けるように回避。まるで柔術を極めた武道家のように二人の動きを流し、周囲から迫り来る刃を紙一重で、しかし当たりそうな物は剣で、楯で、具足で受け流し、全て回避に成功する。
何度奇跡を起こせばこの絶技を再現可能なのか、士郎には皆目見当もつかず―――英雄王を封殺する投影射出が効かない事を理解した。
技量と言う分野において、ヨハンネス・リヒテナウアーは座でも頂点に位置する剣術家。
勝てる勝てないの話ではない。この男を相手に、武術で挑む事が馬鹿げている。第五次聖杯戦争で召喚された佐々木小次郎と剣技の冴えで戦うのと同じで、ギルガメッシュと財力で競うのと同じで、クー・フーリンを投槍で殺そうとするのと同じこと。
殺人剣術で、白兵戦における戦術で上回るには、同じ分野で頂点に位置する力量が必須となろう。
「成る程な……」
その悪夢のような神技を観察していた士人は、敵を理解したからこそ納得する。その呟きをリヒテナウアーは聞き逃さず、むしろ何故そんなようにしているのか楽し気に見ている様子。
「ほう……それで神父、一体何が成る程なのですか?」
「お前が真名を暴露した訳だよ」
「言ってみて下さい。聞いてみたいですので。それにほら、其方の方も時間稼ぎをしまして、作戦を練り直したいのでしょう?」
「肯定する。とのことで、好意に甘えさせて貰おうか」
「おう!」
直剣を持つ右手で神父を指差しながら快く答える剣術家。士人も同じく変わらぬ笑みを浮かべ、その笑い一つで戦場を支配した。アルトリアも、綾子も、士郎も黙り込み、神父が無理矢理作り出した時間で念話を行い、作戦を相手の言葉通りに練り直した。
その相手の魂胆を理解しておきながら、神父の話を聞くリヒテナウアーは間違いなく狂っている。合理的殺人技能の結晶である
だが―――剣術家にとっても、時間稼ぎは有効な戦術であった。
四人はまだ知らない事情がリヒテナウアーにはある。そもそも幾ら複数の敵を狩る事に慣れているとは言え、多勢に無勢な殺し合いをする等、独逸流剣術の開祖らしくない不利な条件。それでも尚、リヒテナウアーがこの場に来た訳があり、各個撃破による初手必殺をしない理由がある。
「しかしながら、理由はとても分かり易いものだ。ヨハンネス・リヒテナウアーと言う真名が事実であれば、考えるまでも無い事だがな。
単純明快な話―――お前に弱点など一つも存在していない。
独逸流剣術開祖となる兵法家に、他の英霊のような歴史など記されてはいない。
強いて言えば魔術的素養が全くない事なのだろうが、お前も召喚されて時間が大分経過していると見える。その装備品や護符を解析すれば、相応の対魔力と抗魔力を準備しているのも一目で把握出来たぞ」
「ええ、ええ。全く以って、悪辣そうな貴方の言う通りですとも!
私が人類史に成した事など他の英霊達と比較すれば、実に些細な事柄に過ぎません。己が考え、鍛え、極め、人生を賭して編み出したリヒテナウアー流剣術の開祖となり、幾人かの弟子を育てました。我が偉業はただそれだけでしてね。後は武術書に教えを残した程度であり、剣術以外にした事となれば国々を長旅したこと。
別段、私は英傑のような活躍をした訳ではないのです。
数多の剣豪から信仰を受け―――剣術の開発者として、英霊化しただけの亡霊もどきです」
故に、この
その気配を、剣術家は持っている。
百戦錬磨の神父をして、自分以上の修行狂いなのだと分かってしまった。
「尤も、それだけではあるまいて」
「何と。それ以外の事も見破りましたか!?」
「ああ。今回は無理だろうが、次があれば一人でお前を殺してみせよう」
「―――プロージッド!!」
喜んでしまったのも無理はない。求めるのは自分を殺す絶対強者であり、無敵とも呼べる技巧を持つ自分を超える戦士である。そして外界からの侵入者であるこの四人は殺しても良いが、殺さなくても良い獲物。召喚者とあの狩猟王は抑止力と聖杯を利用し、塔の内部に作ったガフの部屋で第三要素を受肉させた
ならば、今この瞬間に殺す必要はなかった。
自分の殺し方を学ばせ、自分を殺せる強敵にしても良い。そして、自分自身も敵の殺し方を学習し、隙無く相手を殺す戦術を練り込んでも良い。
何時殺しても良いのであれば―――まだ殺さなくても良い。
だから戦術家は仲間を連れず、天使も連れず、一人だけで来た。独り占めする為に、有り得ない来訪者を歓迎しにやって来た。もし自分が殺されず、相手も誰かが生き残れば、互いに強く巧くなって再度このバベルで殺し合える。
しかし、この場で斬るのもまた魅力的。
殺しも良く、殺さなくとも良く―――何も考えずに全力を出せる絶好の機会。
「さぁ、さぁさぁさぁああ!
―――侵入者の皆様、死合を再開致しましょうか!!」
リヒテナウアーは神父に向かってゆっくり歩きだす。そして
―――激突。
狂い果てた剣術家の技と業。
聖剣が、妖刀が、呪剣が舞い、直剣と丸盾が全てを受け流す。本来の得物である背中の
この絶殺の地獄の中に、臨死の果てに―――我が剣は「無」を超えた刃となる。
求めているのは、バベルの英霊として挑むべきは―――決死の戦場での深化だ。
四対一など既に乗り越えた勝負。しかし、この四人であれば錬鉄の危機となって自分を鍛える鉄火と成り得よう。
「そうですそうですそうです。ははははは、これこそ素晴しきバベルの闘争です。
―――だから、嗚呼だから。
私の獲物を奪うなどしないで頂きたいのですが、キャスター―――!?」
「―――断る。召喚者より指令が下された。
何よりも、時間稼ぎこそ貴様の使命であるだろうが」
天より落ちる巨大黒玉―――呪詛の怨塊。Aランク宝具に匹敵する魔術が形成され、対魔力を貫通する暗黒呪塊が地面に衝突。街の一角全て吹き飛ばす一撃であり、並のサーヴァントをダース単位で消滅させる暴力だった。
そして、この場に並の存在などいない。
リヒテナウアーはあろうことか囲まれているのに一瞬で後退し、呪詛の魔力爆風をバックラーで受け流す。綾子は思考と同じ速度で魔術行使した空間転移で避難し、アルトリアは聖剣と魔力放出で身を護りながら遠距離離脱。士人は投影した盾群で防御し、援護に徹していた士郎はその光景を遠目から観察していた。
「貴様は戦闘と命令には合理的だが他は遊びが多いぞ、
「剣で遊べないのでしたら、そもそも娑婆に用などありませんし、座に引き籠ってますよ。それと
……だが、この場に来たのは外法王だけではなかった。
何時の間にか分からぬが、空飛ぶ木造戦艦に乗り込む騎乗兵―――
八匹の竜が飾り付けられた黒い全身甲冑を着込む日本風の侍―――
豪華に煌びやかな衣装が目立ち、黄金の槍を掲げる冠の王者―――
異形の魔獣が元になっている髑髏鎧の姿をした大柄な狂戦士―――
革袋と処刑刀を腰に下げ、喪服のような皮鎧を装備した女王―――
五体の人影―――おぞましき、バベルの英霊。
ヨハンネス・リヒテナウアーと外法王と呼ばれる者を含め、七名のサーヴァントが姿を現した。
ブリュンヒルデ、可愛いね。シグルドが一緒にいると尚良しでした。
しかし、キリシュタリア担当してる場所的に、セイバー・ヴィナスとか出て欲しい。でも雰囲気的に多分、クレイトスさんが一人いればクリア出来そう。